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地縛された人々の心
<オープニング>
毎夜廃墟のビルで、亡霊たちの前でピアノの演奏するピアニスト諒。
興信所の人々によってその行く先まではつかめたものの、解決法が見つからぬままになっていたこの事件で、以前興信所に依頼に来ていたバーのママがまたしても草間の所に依頼を持ちかけてきた。
「ねぇ、諒ちゃんなんだけどさ。居場所が分かって店に戻ってくるように説得したんだけど、結局断られちゃってまだビルに通いつづけているようなのよ」
諒の具合は更に悪化しており、このまま放置していれば確実に死が訪れるのは確実と思えるほど憔悴しきっているという。
できれば店に戻ってきてもらいたいが、それ以上に諒の安否が気になると彼女は諒を連れ戻してきてほしいと草間に依頼してきたのだ。
「いや、うちは探偵事務所でして、そういうことは…」
「何よ。前は依頼を受けたっていうのに、今度は引き受けない訳? そんなの随分と失礼じゃない。一度引き受けたんだから、最後までやり遂げるのが筋ってものじゃないの」
はっきり言って、こんな厄介ごとには余り関わりたくない草間であったが、ママの勢いに押し切られて結局は引き受けることになってしまった。
とはいえ、相手は亡霊に取り付かれたピアニスト。
説得するにしても一筋縄ではいかないだろう。この事の原因をつかむ必要があるかもしれない。
そういいながら、草間は煙草に火をつけて興信所にいる面々に視線を送った。
「って、訳だ。誰か調査に行きたい奴はいるか? まぁ、調査というかついでに事件まで解決して来いってのが、依頼主の要望みたいだけどな」
※この依頼は、拙作「真夜中のピアニスト」の続編となります。
初めてご参加される方は、一度こちらの作品にも目を通していただけますとストーリーが把握しやすくなると思います。
以前参加されていないからといって、特に弊害があるわけでもありませんので、お気軽ご参加くださいませ。
●廃ビルの謎
かつて火事があり、廃墟と化したビル。
その火事によりビルには地縛霊としてその場所に繋ぎとめられているものたちがいる。更にそのものたちの思念によって縛られた存在であるピアニストの諒は、このままでは命に関わる状態に陥ってしまう。
その状況を断ち切るにはやはり諒本人の考えを聞かなければならないと、シュライン・エマは彼に直接彼の考えを尋ねて見ることにした。
「諒さん、貴方は一体何を望んでいるの? このままの状態じゃ決して良くない事は貴方にも分かっているはずよね」
バーの自縛霊たちは、彼の曲を聞きためかずっとあの場所に縛れた状態でいる。
このままの状態でいることは決して彼にとってもいい事ではない。そのことを問われた諒は、げっそりとやつれた顔を見せながら、独り言のようにポツリと漏らした。
「‥‥俺があの時、遅刻しなければ‥‥、あいつらもあそこに‥‥、縛られることもなかった‥‥」
「遅刻した? 一体どういう事なんですか?」
この事件には諒自体にも何か問題があるのではないか。
そう思っていた宮小路・皇騎は諒に問い返してみることにした。やはり何か理由が存在するのだ。
やがて、重々しくではあるが彼は起きてしまった事実について語り始めた。
それによると当時その廃ビルがまだ運営されていた頃、彼は最上階にあるバーのピアニストとして務めていた。その当時はその容姿も相まって女性客などには割合に人気があったらしい。
ともかくとしてバーに勤めていた彼は、火事が起きた当日寝坊して遅刻してしまったのだ。
店では既に客が彼の演奏を待っているとママから連絡を受けて、急いで店に向かうと、既にそのビルは明々と燃え上がる炎に包まれていたという。
出火原因は不明であるがその当時のビルの管理は最悪であり、非常口などは全て荷物で埋め尽くされていてどこにも避難場所が無かった。
いわば、殺されたも同然の人々に対して自分が遅刻してしまっただけでもせめて詫びたいと思い、火事が収まってしばらくしてからビルの最上階を訪れた諒の目の前に広がっていた光景とは、何と焼ける前そのままの店と満員の客だった。
まるで火事など無かったかのように普段の店そのままの光景だったという。
ここまでの話を聞いて、志摩・貴次はなるほどと頷いた。
「‥‥そのビルの現在の状況はともかくとして、ほかの事に関してはこちらの集めた情報と一致しますね。あそこの火事は恐らく人災と言えるでしょう」
もっと緊急時における避難について心を配っていれば、このような事件を回避する事はできたはずだ。
それを経費を浮かすために疎かにしたということは、明らかに人災と言われても仕方の無い事だろう。
そして、火事によって死した人々は今だ自分達が死んだ事を受け入れておらず、ただひたすらに諒の弾くピアノの音を求めているのだという。
霊たちは彼をビルへと招き寄せひたすらピアノを演奏させているのだ。だが、このままこの世ならざる者とずっと接触を続ければやがて彼自身も精神的に疲弊してしまい、死の世界へと導かれてしまう。
その事を危惧した神崎・美桜は、それをやめるように諒に諭した。
「諒さん、このままバーでピアノを演奏しつづければ貴方の身体が持ちませんよ。それにバーの人たちもそのままでは可哀相です」
このままではビルの霊たちも諒も双方が不幸な事になってしまう。
この事件を解決するには、やはり問題のビルに向かうしかないと一行は諒と共にもう一度真夜中のビルへと向かうのだった。
●過去からの解放
華やかなネオンによって彩られた新宿は歌舞伎街の夜の光景。
不夜城というべきこの町の本当の顔は夜にこそ現れる。東京と言う爛熟しきった文化の虚飾と空虚を併せ持つ煌びやかな通り。
そして、そのビルは皆に忘れらされたかのようにひっそりと建っていた。
火事が起きて以来このビルに人が立ち寄る事はほとんどなく、焦げて剥き出しとなったコンクリートだけが、当時の惨劇を物語っている。
この場所には、今も最上階のバー以外にも沢山の霊が今だ自分が死んだ事も分からずに彷徨っている。
その事実に気付いたマンゴ・パヤパヤは、勝手にここにいる幽霊たちを排除していいものだと判断してナパーム式退魔体操なるものを放つ事にした。
「幽霊さ〜ん、踊ってきませんかぁ〜☆破ぁ!」
腰をくねくねとひねり、ナパーム弾を放つ中年の小太りなおやじ。
正直言ってかなり直視したくない光景であるが、こんな場所でナパーム弾を連発したら大騒ぎになることは必死である。
大急ぎで他の者たちはこの行為を止める事にした。
「え〜、幽霊は退治してかまわないんじゃなかったけ〜?
「‥‥そんなこと、誰も行っていない」
青筋を立てながら、諒はきっぱりはっきりとマンゴの勝手な考えを否定した。
今回は霊たちと話し合うために訪れているわけであって、ここに存在する霊たちを蹴散らしにきたわけではない。
もっともナパーム弾のような実弾兵器では、実体の無い幽霊に攻撃を加えられるかどうか微妙なところではあるが。
廃墟と化したビルの階段を昇りながら、シュラインはバーに残る霊たちの事に関して心を巡らせていた。
「霊のママは仕事中と言ってたわ。仕事終了まで帰せないって。確かに演奏が終わったら諒さんは一応解放されたけど‥‥。霊達は終わってないのよね。なら店自体を終業と思わせてはどうかしら。諒さん、店の終業時にかけていた曲とかは無かった?」
「‥‥そういえば、古典的ではあるが蛍の光を演奏していたな‥‥。霊に呼ばれている時はずっとその曲は弾いていなかったが」
いつも演奏が終ってもバー自体は終わりにはならず、延々と毎日同じ事が続いている。
それはすなわち火事が起きた日より先に、霊たちの時間が進んでいない事を意味しているのではないだろうか。
「もしかすると、終わりの曲を聞かないのは霊たちにとって時間が止まっているのか、それとも止まったままでいたいのかそんなところなのかもしれませんね」
霊たちが火事で焼け死んだという事実を受け入れず、自分達は死んでいないという事に固執しているとすれば、それは十分に考えられる事だと志摩は頷いた。
しかし、そうであるとするならば彼らは自分達自身で自分達を苦しめている事になる。
事実を受け入れずにこの世に執着したとしても、それは偽りであり永遠に続く事が出来るわけではないのだから。
彼らを解放する為にも、神崎は最後の曲を演奏する事を彼に望む事にした。
「‥‥バーの人たちを苦しみから解放する為にも、諒さん、やはり最後の曲を演奏する事が必要だと思います」
「‥‥ついたぞ」
遂に最上階に辿りついた諒は、ポツリとそう述べるのだった。
●全てが終る時
最上階は、今までの空虚な剥き出しのコンクリートの壁しかないフロアとは違い、客が多く賑わうバーになっていた。
今までの火事の跡を見てきた後にこのような光景を見せられると困惑してしまうが、中にいる客はまったく火事など無かったかのように振舞っている。その光景は余りにも奇妙であったが、それは当然なのだろう。
なぜならば、彼らの時間は止まっているのだから。
着物を着た、ママらしき女性がこちらの存在に気がついて声を上げた。
「諒ちゃんじゃない。もう、こんなにお客様をお待たせして‥‥。皆さん、貴方の事をまっていたのよ」
「‥‥ママさん」
いつもと同じやり取り。そして、客に促されるままにピアノを演奏すれば同じ事の繰り返しになってしまう。
だが、そうはさせる訳にはいかないとマンゴが口を開いた。
「そうはいかないんだよね。いい加減、この茶番劇を終らせなければいけないんだし〜」
「? 何を言っているの?」
彼の行っている言葉の意味が分からないと首をかしげるママ。
ここで霊たちから諒を完全に解放するには、全てが終わっている事を彼らに悟らせなければならない。
宮小路が諒を促した。
「さぁ、出番ですよ。この因縁を断ち切るためには、あなた自身の手で行わなければなりません。我々ができるのは多少の手助けだけです」
「死者に手向ける曲は、死者の傍に在る魂では奏でられません。生者として、生ける演奏でなければ彼等には届きませんよ」
志摩にも促され、覚悟を決めた諒はここまで一緒に来てくれた者たちに頷き、ピアノへと向かった。
そして、静まり返ったバーで静々と奏でられ始めた曲は蛍の光。
店の終わり、閉店を意味する曲が弾かれた事にバーの中は騒然とし始める。
バーのママもこれには驚き、慌てふためいた。
「ち、ちょっと、諒ちゃん!? まだお店は始まったばかりなのよ!! それなのにどうしてその曲を!!」
「‥‥いえ、もうお店はとっくに終っているわ。それに貴女達の人生もね。いい加減、それを受け入れる時がきたのよ」
いつまでも生者が使者に縛られているべきではない。そして死者もまた現世に己を偽ってまで現世に縛られているべきでもないのだ。
自分達の現状を受け入れまいとしている霊たちに対して、あえてシュラインは厳しい言葉をかけた。
そして、神崎が諒の伴奏に合わせて歌を歌い始めた。
霊たちを鎮める鎮魂歌として、朗々と歌い上げられる蛍の光。
やがて、ピアノと歌が演奏されていく間に、段々とバーの客や従業員たちがその姿を消していった。
光に包まれ消えていく彼の表情は穏やかで、本当の安らぎを得たようだった。最後にママも光に包まれて、ピアノの演奏を続ける諒に穏やかな笑みを向ける。
「‥‥さよなら、諒ちゃん‥‥。私達‥‥、いえ、私は貴方をずっと待っていたのよ‥‥。でも、これでやっと‥‥」
そう言葉を言い残すと、彼女もまた消えていった。
そして演奏が終った時、何時の間にか煌びやかなバーであったそのフロアは、ガランとした元の廃墟にもどっていた。
消え去ってしまったピアノの最後の一音を奏でると、諒はがっくりと膝をついた。
「‥‥俺があの時、遅刻していなければこんな事にはならなかっただろうに‥‥。だけど‥‥」
現実として彼は一人生き残り、バーにいた人々は既に死んでいたのだ。
その事実を受け入れる事ができなかったのはあるいは自分だったのかもしれないと、彼は自分に協力してくれた人々にそう告げるのだった。
こうして、夜の歌舞伎町の一夜が過ぎていく。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1373 / 志摩・貴次 / 28 / 男 / 陰陽師
1417 / マンゴ・パヤパヤ / 男 / 38 / ダンサー兼教皇庁第二法廷士
0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0413 / 神崎・美桜 / 女 / 17 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせいたしました。申し訳ございません。
地縛された人々の心をお届けいたします。
今回は、プレイングがかなり核心をついていたため、スムーズにクリアすることができました。
おめでとうございます。
ご意見、ご感想、その他何かございましたら、お気軽にテラコンよりご連絡いただければと思います。
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