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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:そうだ、温泉に行こう パート3
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界境線『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 心身の疲れを癒し、傷を治す。
 そのために温泉にゆくのは、この国古来の伝統である。
 湯治、という。
 滞在期間は、一週間から一ヶ月。
 閑静な宿で、じっくりじっくり療養するのだ。
 道南にある大沼国定公園。湖畔にたたずむ大沼保養センターも、そんな湯治客がたくさんいる。
「昔は、自炊とかしたものなんですよ」
 のんびりと老婦人と会話を楽しむ金髪の美女も、湯治に来た一人だ。
 玉ちゃん、という愛称で親しまれている。
 どうみても三〇歳以下には見えない風貌だが、なぜか昔のことに詳しい。
「でも‥‥いい加減、飽きてきましたねぇ」
 呟く。
 郵政省が経営する旅館に宿泊して二週間。
 なにしろ周囲には森と湖しかない。
 館内のゲームセンターで遊んだり、おじさんたちの麻雀の相手したり、そのくらいしか時間の潰しようがないのだ。
「今日は湖まで足をのばしてみましょうか‥‥?」
 決心する。
 宿から湖畔までは送迎バスに便乗すれば何とかなるだろう。
「あ、鯉の洗いも食べないと‥‥」
 義務らしい。
 まあ、湖畔にでれば観光地だ。
 それなりに楽しみはあることはずである。
 何の計画性もなく心さだめ、ふわりと伸びをする玉ちゃんだった。







※玉ちゃんと大沼で遊ぶ特殊シナリオです。
※事件性はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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そうだ、温泉に行こう パート3

 寝台特急エルムがホームに滑り込む。
 まだ冷たい風が降りた乗客たちの髪をなぶる。
 大沼国定公園。
 北海道南部の観光地の一つである。
「寒いけど、気持ちいいわぁ」
 シュライン・エマが、大きく伸びをした。
「車内が熱かったですからねぇ」
 草壁さくらが応じる。
 東京から約一三時間の旅だ。
 飛行機を使えばずっと速いのだが、
「まあ、さくらは飛行機が嫌いだからね」
 黒髪蒼眸の美女が笑う。
「嫌いではないんです。怖いだけで」
 金髪緑瞳の美女が言った。言い訳めいて聞こえるのは仕方ないだろう。
 それにしても目を惹く二人だ。
 モデル並みのプロポーションを持つ背の高いシュラインと、身長では親友に及ばないものの歴然とした美貌を持ったさくら。
 殺風景なホームが華やいで見える。
「灰慈が迎えに来てるはずよ」
「一日はやく到着してるんでしたね」
 颯爽と改札をくぐる美女たち。
 寂れた駅舎は、本格的な観光シーズンになると賑わいを見せるのだろう。
 あと一ヶ月ほどだ。
「よ。おふたりさん」
 出口で手を振る野性的な体躯の青年。
 こんな田舎町には似合わないハンサムだ。
 巫灰慈。
 シュラインやさくらとは、けっこう長い付き合いになる。
「出迎えご苦労」
「お疲れさまです。巫さま」
 横柄に笑うシュラインと、楚々として頭をさげるさくら。
 この対比もなかなか面白い。
 苦笑を浮かべた巫が、二人を誘って乗用車へと歩く。
 レンタカーだ。
 恋人の軽自動車を借りても良かったのだが、四人が乗るとやや窮屈なのだ。
「そういえば玉ちゃんは?」
「釣り堀で鯉とバトルってるぜ。晩飯にするんだそうだ」
「夕食は旅館ででるのではないですか?」
「材料を持ち込めば調理してくれるんだ」
 大沼にきたからには、名物の鯉の洗いを食べないわけにはいかない。
 それに鯉こくも。
「なるほど」
 シュラインの顔にも微笑が浮かぶ。
 友達のため、一生懸命に釣りをしている玉ちゃんの姿を想像してしまったのだ。
「で、どうする? 俺たちも釣り堀に行くか? それとも先に宿に行って荷物を置くか?」
「そうですねぇ‥‥」
 さくらがちらりと街頭の時計を見遣る。
 まだ午前九時前だ。
 旅館に行っても、とくにやることもない。
「荷物はトランクにでも入れて、まずは玉ちゃんに挨拶しましょ」
 旅慣れたシュラインが、あっさり決める。
 このような場合、全体のまとめ役になるのは常に黒髪の事務員だ。
「わかったぜ」
 運転席に回り込む巫。
「あ、待ってください。巫さま」
 さくらが制動をかける。
 珍しいことである。
「どしたの? さくら」
 怪訝そうな顔のシュラインに、
「せっかくですから、大沼だんごを食べてから参りましょう」
 にっこりと笑う金髪の美女だった。


 大沼国定公園には、三つのカルデラ湖が内包されている。
 大沼、小沼、蓴菜沼だ。
 このうち、蓴菜沼だけは場所がやや遠い。
 メインスポットになるのは、やはり大沼だろう。
 外周は約一四キロメートル。一二〇を超える小島が浮かび、湖面から名峰駒ヶ岳を望む。
 その美しさは、新日本三景に数えられるほどである。
 ただ、風光明媚な場所にしてはカップルで訪れる人は少ない。
 理由は、この湖にまつわる伝説のせいだろうか。
 水藻の花
 湖に漂い咲く白い花だ。
 この花には、悲恋の伝説がある。
 それ自体はありがちで、どこにでもあるようなものだが。
 派生する形で、この湖を訪れる恋人たちは必ず哀しい別れを迎えると伝えられるようになった。
 まあ、観光業界にしてみれば迷惑な話であろう。
 もっとも、今の時世の若者が伝説などに興味を示すことは少ないから、単なる交通の便の悪さが原因なのかもしれない。
「こんな景色、見にこないのは損だと思うけどねぇ」
 ゆらゆらと進む遊覧船。
 舷側に身体を預けたシュラインが、眩げに目を細めている。
 湖面を渡る風が白波を誘い、陽光がきらきらとはじける。
「本当に、草間さまも零さまもくればよろしかったのに」
 さくらが同調した。
 なんとも言えない表情で頷く青い目の美女。
 怪奇探偵はともかくとして、その義妹は同行するつもりだったらしいのだ。
 ところが、骨董屋の店員が一緒だということと、行き先が北海道の湖だということが判ると、なんだか引きつった笑いを浮かべて残留に切り替えてしまった。
 おかしな話である。
 べつにさくらと零は不仲ではない。
 むしろ仲がよい方であろう。
 にもかかわらず、危険を予知した小動物のように身を隠してしまうとは。
「なんなんだろうな?」
「さっぱりわかんないわ」
 浄化屋と事務員が首をかしげる。
 根底に流れる事情を知っているのはさくらだけだったが、むろん金髪の美女は余計なことを口に出したりしなかった。
 わざわざ恥をさらす必要もない、ということだろう。
「だがまあ、武さんがいないからゆっくりできるな」
 身体を伸ばす巫。
「草間さんがいないと、のんびりなんですか?」
 玉ちゃんが訊ねる。
「世紀のトラブルメーカーだからなぁ」
「‥‥‥‥」
 シュラインは無言だった。
 一応、恋人としては反論しなくてはいけない場面なのだが、残念ながら巫の言葉を否定する要素の持ち合わせがない。
「それより姉さま。今宵、一緒に‥‥」
「いいですねぇ」
 さくにと玉ちゃんが、ひそひそ話をしている。
 けっこう怪しいが、べつに巫もシュラインも気に止めなかった。
 金の髪の美女たちの関係は、彼らのものとは多少異なっている。
 なんとなく肌で感じているのだ。
「シュライン。あとで昆布館に行ってみねぇか?」
「あ、やっぱり灰慈も気になってた?」
「何があるんだろうなぁ」
「昆布を展示してるんじゃない?」
「そんなばかな」
 あまり昆布を展示する博物館はないだろう。
 まあ、そのあたりは行ってみればわかる話ではある。
 春の風をかきわけながら、遊覧船が進む。


「んおー 濃いぜぇ」
 瓶の牛乳を一気飲みした浄化屋が、謎の感想を漏らす。
「そうですねぇ」
 ベンチにすわった女性陣も、同様のようだ。
 湖畔で売っている山川牧場のミルクを試してみたのだ。
 これもまあ、名物の一つである。
 紙蓋の裏に乳脂肪の固まりが張り付くほどの濃さ。
 牛乳とはかくあるべし、といわんばかりの味だ。
「昆布館は楽しかったですか? シュラインさま。巫さま」
 さくらが訊ねる。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 沈黙で応える浄化屋と事務員。
 推して知るべしだろう。
「どういうものか、注目を集めているようですねぇ。わたくしたち」
 どこまでものんびりと玉ちゃんが言う。
 いまさらの話だ。
 美男美女が四人。
 しかも、一人は日本人ではない。
 これで注目されなければ嘘だろう。
「ハーレムだと思われてるかもね。灰慈」
「勘弁してくれ‥‥ポジション的に下僕じゃん。俺」
「後宮‥‥ですか?」
「玉姉さまに変な知識を与えないでくださいな。シュラインさま」
 さくらが笑う。
 暢気な会話だった。
 そう。
 ここは戦場ではない。
 傷つき、疲れ果てた身体と心を癒す保養地なのだ。


「大沼の保養センター」
 そういう正式名称のものは存在しない。
「かんぽの宿 大沼」というのが公式な名前だ。
 だが、地元民は前者で呼ぶ。
 日暮山の中腹にあるこの旅館は、まさに保養のための施設だからだろう。
 宿の周囲には、森しかない。
 日が落ちてしまえば、ほとんど常闇の世界だ。
 最も近い国道五号線でも、一キロメートル以上離れており、エンジン音も森に阻まれて届かない。
 まるで原初の密林に抱かれているようだ。
 聞こえるのは風の声と鳥獣の鳴き声。
 ただそれだけだ。
「しかしまぁ。こうも静かだと逆に落ちつかねぇなぁ」
 風呂上がりで火照った体をマッサージチェアに沈めつつ浄化屋が言う。
 けっこうくつろいでるクセに、なかなか勝手な意見である。
「一勝負する?」
 横の椅子に座ったシュラインが提案した。
 青い視線の先には、卓球台。
「ほほぅ。新宿のピンポン王と呼ばれた俺さまに挑むとは‥‥」
「ビンボウ王でしょ」
「ぐっは‥‥」
 これ以上ないというくらい痛いところを突かれてしまった。
「ぜってー泣かせてやるっ!」
「そういったからには、後悔しないことね」
 婉然たる微笑を浮かべて立ちあがるシュライン。
 手には、すでにシェイクハンドラケットが握られている。
「ふふふふ‥‥」
 巫の手にはペンホルダーラケット。
 なんだか性格が反映されているラケットチョイスだ。
 アタッカータイプの浄化屋はペン型。
 後方支援を得意とする事務員はシェイクハンド。
 浴衣姿の男女が、卓球台をはさんで睨みあう。
 紅の瞳と蒼の瞳から放たれた視線が衝突し、火花を散らす。
「いくぜっ!」
「きなさいっ!!」
 いま、熱戦の幕が斬って落とされた。


 さて、宿内で魔ピンポンがおこなわれている頃。
 さくらと玉ちゃんは、日暮山の山麓にいた。
 べつに、巫とシュラインの行動に呆れて宿を抜け出したわけではない。
 彼女らにしかできぬ楽しみを満喫するため、夜更けの山に降り立ったのである。
「桜姫」
「はい。姉さま」
 頷きあって、宙に舞う。
 一瞬後、二人の姿は人間のものではなくなっていた。
 それは、金色に輝く狐。
 古来、妖狐と呼ばれてきた種族。
 二頭のうち一頭は、尾が九つもある。
 久しぶりにとる本来の姿を喜ぶように、高く鳴いて野を駆ける。
 速い。
 まるで風の手綱を取っているかのようだった。
 みるみる景色が後方に千切れ飛んでゆく。
 どれくらい走ったのか、やがて二頭は駒ヶ岳の麓まで辿り着いていた。
 これを越えれば、森町や砂原町へ行ける。
 ちょっと足を伸ばしても良いかもしれない。
 しばし思案する二頭。
 と、近づく足音を狐の耳が捉えた。
 やや警戒する。
 北海道にはヒグマなどの大型獣もいるのだ。
 だが、二頭はすぐに表情を緩めた。
 現れたのはソマリたちだったからだ。
 数は五匹ほど。
 妖狐よりも一回り小さく、尻尾がふさふさしている。
『こんばんわ。内地の方ですか?』
 北海道なまりの下位語で話しかけられた。
 さすがにキタキツネたちに上位(人間)語を操るのは無理だ。自然動物なのだから。
 ちなみに内地とは本州のことで、古くから北海道にいるものの特徴的な言い方である。
『はい。東京からきました』
 笑いながら応える桜姫。
 北海道においては、妖怪と自然動物との間に垣根はないらしい。
 ホンドギツネなど、妖狐をみたら平伏してしまうものだが。
『それは遠いところからよくいらっしゃいました。なんのおもてなしもできませんが、一緒にグズベリでもいかがです?』
『ぜひご相伴に』
 玉藻も笑う。
 さしづめ、キツネたちの茶会というところだろうか。
 炯々と輝く月の夜。
 そよぐ風と湖の波の音を友として。
 宴がはじまる。





                          おわり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「そうだ、温泉に行こう パート3」お届けいたします。
じつは大沼でボートに乗ったカップルは必ず別れるって伝説があるんですよー
今回はカップルがいなかったので関係ないですけどねー
ちぃっ(悔しいんかい)
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。