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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


お花見IN桜ノ杜神社

《オープニング》
「…ふぁ…。最近は良いお天気が続いて何よりですねぇ…」
 早朝の神社の境内で、巫女服姿の少女があくびをかみ殺しながら空を見上げ、呟いた。
 春眠暁を覚えず。早起きには慣れている少女でも、この時期は眠いのだろう。使い込まれた竹箒を動かす手を止め辺りを見回す。
 境内を囲むように、守るように植えられた沢山の木々。それらには淡い薄紅色に色づいた可憐な蕾が一斉に花開く時を待っていた。
 春の柔らかな日差しを受け、のんびりと木々を見上げていた少女が、突然何かを思いついたようにパン、と手を打った。
「…そうだ!せっかくですから、どなたかをご招待して、お花見をしましょう!」
 善は急げとばかりに、箒とゴミをかき集めた塵取を抱え、社務所へと取って返す。
 いつも遊びに行っている掲示板に書き込んでみれば、参加してくれる人もいるかもしれない…──小走りに向かいながら、ふと、一際大きな桜の木を振り返る。
「…ですから、もう少しだけ、待っててくださいね」
 少女の言葉に、注連縄の巻かれた桜の大木が応えるように、さわ、と揺れた。


≪花鎮の舞い〜はなしずめのまい〜≫

 薄闇がせまる桜ノ杜神社の長い石階段の前に、一際目立つ深紅の髪の美女が重箱らしき包みを持って佇んでいた。
「流石に、桜ノ杜神社っていうだけあるわねぇ…。見渡す限りの桜の木…」
 ほぅ、と溜息を吐いて首を長く続く石階段の両脇をずらりと囲む桜の木々を見やる。一斉に花開けば、山は淡い桜色に染まるのだろう…。
「…散ってしまうのが本当にもったいないですよね〜」
 不意に、軽やかな少女の声が背後から投げかけられ、ゆっくりと振り返れば春物の桜色のワンピースに身を包んだ青い髪、青い瞳の可憐な少女が立っていた。
「あれ…?ええっと、みなもちゃん?」
 以前、ちょっとした事件の際に顔を合わせた事があった、と眉根を寄せつつ記憶を辿れば、案外すんなりと名前が出てきた。それも、みなもの持つ独特な雰囲気のせいであろう。
「はい。お久しぶりです、こんばんはっ。愛さんもお花見ですか?」
 ぺこりとお辞儀をして、バスケットを抱えたみなもはとことこと愛に歩み寄る。見知った顔があるのは嬉しいのだろう、話す間も始終柔らかな笑顔を浮かべていた。
「ええ、ある事がきっかけでね、ここの神社の巫女さんとは友達なのよ。ここの桜は見事だって聞いたから…」
「え、そうなんですか、あたしも前にここでバイトしたんですよっ!」
 不思議な縁ですね、等と楽しげに話していた時だ、優雅な仕草で駐車場代わりになっている石階段前の広場に一台の乗用車が滑り込んできたのは。
「あら…?」
「もう一人の参加者さんでしょうか?」
 二人が見守る前で、停車した車からすらりとした体つきの青年が降り立つ。
 ゆるやかに曲線を描いた黒髪を一つに束ね、端正な面差しにどこかミステリアスな笑みを湛えた青年は、愛たちの視線に気が付くとなにやら大きなボックスを手に、重さを感じさせない足取りで向かって来る。
「九尾さんじゃない、この間はありがとう」
 ふふふ、と何やら含みのある笑みでやってきた青年に愛は頭を下げる。ついこの間、桜ノ杜神社の巫女である陽子が変態男に拉致されるという事件があり、救い出すのに協力してくれたのが目の前の青年、九尾桐伯なのである。
「こんばんは、藤咲さん。いえいえ、おかげさまでとても楽しいひとときでしたよ。…そちらのお嬢さんは、海原みなもさん、でしたね。お久しぶりです」
 やはりこちらも曲者然とした微笑を愛に向け、優雅に応じて見せる。二人の制裁を受けた本人が居たら憤死しそうな発言であるが、幸か不幸か、ここに居るのは二人と、何も知らないみなもだけであった。
 その当人であるみなもといえば、やはり以前に会ったことのある九尾にぺこりと礼儀正しくお辞儀をして挨拶をしつつ、
(お二人とも大人の方ですから、お酒、きっと大丈夫ですね。良かった、おつまみっぽい味付けのも作っておいて)
 持ってきたお弁当の中身を思い出しながら、実に平和な事を考えていたりしたのだった。

「……此く佐須良いて………天つ神………八百万神等共に……白す」
 三人が長い石階段を登りきると、微かに呪文のようなものが耳に入った。とぎれとぎれのそれに不思議そうに愛とみなもが顔を見合わせたその時だ、よく掃き清められた石畳を駆け寄ってくる少女が目に入った。
「こんばんは〜、皆さんようこそいらっしゃいました〜」
 いつもの緋袴に千早と呼ばれる衣を纏い、正装姿で息を切らして三人に笑顔を向ける少女は陽子だった。
「お招きありがとう、陽子ちゃん。この間の桜餅、とっても美味しかったわよ。お返しというワケじゃないけど、お弁当作ってきたわ」
 にこやかに愛が手にもった荷物を軽く持ち上げて、陽子にウィンクしてみせる。それに嬉しそうな表情になると、陽子は三人を石畳の境内から少しそれた場所にしつらえた簡易花見席に招いた。
「わー、一等席ですねっ、ここ」
 時代劇に出てくるような茶店のセットのように赤い布を敷いた木製の椅子に早速腰掛け、テーブルクロスを敷いた折りたたみ式のテーブルにお弁当を並べつつ、みなもが感心したように周囲を見やって声をあげた。
 確かに、この席ならばもうじき昇る満月と相まって、素晴らしい夜桜見物ができるだろう…が。
「…しかし、まだ蕾のようですね…」
 残念ながら、とみなもの言葉を受けてボックスを下ろしながら九尾が続ける。
 なるほど、言葉通り、一面の桜の木々は未だ蕾を頑なに閉じたままであった。
「ん〜、しょうがないわね。…ま、月見酒っていうのも素敵じゃない?」
 ぽんぽん、と陽子の肩を軽く叩きながら愛がとりなすような言葉をかけるが、当の陽子はにっこりと笑顔を向け、心配ないと手に持った採物である神楽鈴を示す。
「大丈夫ですよ、皆さん、少々お待ちくださいね」
 先ほど走った事で、少しずれた髪飾りを直すと、陽子は石畳を進み注連縄の巻かれた桜の大木にぺこりとお辞儀をし、鈴を構える。
 深呼吸した陽子を応援するかのように、さわりと風が白弊を靡かせた。
 シャ…ン!シャン!シャン!
 陽子の手の動きに従って、沢山の鈴が飾り付けられた採物が揺れ、静かな境内に清々しい音色が響き渡る。
 鈴のリズムにあわせるように、白い巫女装束の袖がひらりと空を舞う。常ののんびりした様子とは離れた、真剣な表情ときびきびとした動作。
「わぁ…」
 元々、清浄な気を放っていた神域は、鈴の音と共に高まっているようだった。感嘆の声をあげるみなもの横で、
「なるほど…巫女神楽、ですか」
 そう九尾が頷くと、荷物の中から細長いものを取り出し、そっと構える。
「あら…?九尾さん、笛もできるの?」
「ええ、たしなむ程度には」
 目ざとく問い掛けてくる愛に、すっと目を細め、肯定の意を示すと、和笛を奏ではじめる。
 たしなむ程度、などと言ってはいたが、九尾の腕前は実際、かなりのものであった。それは素人耳にも良く分かるもので、無論、鈴の音色だけで踊っていた陽子も九尾の音色に気が付くと、あわせるように舞い始める。
 鈴の音と笛の音色が、柔らかくあたりに響き渡り、舞いも終盤に差し掛かった頃であろうか。
「あっ…!藤咲さん、あれっ…」
 みなもが小さく声をあげ、注連縄の巻かれた桜の大木を指差す。
「……あの木だけじゃないわ、ほら、こっちも…」
 すばやくあたりを見渡した愛が、みなもに答える。その言葉にみなもも視線を巡らせば、今まで頑なに口を閉じていた蕾が、一斉に花開き始めたのである。
「すご…い…、一面、桜色…」
 満月の光を受け、真っ白な雪のように淡く光すら放ちながら桜の木々は短い命の花を咲かせる。
 山全体が淡い桜色に染まっていく様は、見事としか言い様がなかった。
…───シャン!
 高く短く鈴の音色が響き、気が付けば九尾の笛の音も止まっていた。
 舞いを終え、もう一度桜の大樹に頭を下げると、陽子は三人の前に軽い足取りで戻ってくる。
「九尾さん、ありがとうございました。素晴らしい音色で、桜も喜んでいます…」
 ぺこりと伴奏をしてくれた九尾にお礼を告げると陽子は、未だ夢見心地で桜色に染まった境内を見つめる女性陣に微笑みかける。
「…びっくりしましたか?咲く前に、神楽を踊る事…これは桜ノ杜の巫女と桜の約束なんですよ」
「あ、もしかして花鎮祭とかいうのですか?」
 みなもが、どこかで耳にした単語を思い出してぱちん、と両手を合わせながら陽子に問い掛けた。それに陽子は緩く頷いて、
「ええ。花鎮祭は、その昔、桜の花が散る頃に、疫病が流行るという言い伝えがあって、それを防ぐためにした祓いの行事なんですけど……さっきの花鎮の舞は桜木の神様をお慰めするのが目的なんです」
 微笑んで説明する陽子に、愛もしみじみと頷いて桜の木を眺める。
「なるほどねぇ…。桜ノ杜神社って、そういう桜の木との関わりも深いから、っていうのもあるのね?」
 月光を浴びて花開く桜木の杜…。絶好の花見スポットだろう。陽子がわざわざ誘ったという意図も理解できた。
「さ、終わり有るもの美をしっかりと味わわせていただきましょうか」
 ひとしきり桜の美しさを堪能した九尾が、花見の醍醐味だろう、とばかりにボックスの蓋を開ける。二層式になっているボックスの下段はクーラーボックスになっているようで、取り出したものは酒瓶だった。
「……十四代に、菊姫に、黒龍に、酔鯨……珍しいお酒ばっかりじゃない…」
「おや、詳しいのですか?」
 どん、どん、どど〜ん、とテーブルの上に並べられたお酒を目を丸くしながら、愛が銘柄を呟く。その様子に九尾は涼しい顔をして問いかけるが、問われると愛は曖昧に笑ってみせるだけだった。
(……お、お酒は好きだけど、今日は自制しなくっちゃ、ね)
 自分の酒癖は嫌という程熟知している愛は、内心そんな事を呟いて、ちらり、と陽子を見やる。
(あれを知られるわけには行かないわよ、ね)
 幸か不幸か陽子は未だ、愛の仕事モード──女王様姿──を知らないのだ。出来れば、知らないのなら、知らないままで居て欲しい、とも思う。
 俗世から離れた彼女に、歌舞伎界の女王様はカルチャーショックどころではないだろう。
「もし、辛口の方がお好きでしたら、鳴門鯛・霧造りもご用意いたしましたから、どうぞ」
 にこやかに微笑みながら勧めてくる九尾が憎らしい。愛は笑みを浮かべ一応礼は言うものの、内心では泣いていた。
「アルコール度数26…?これってどのくらい凄いんですか?」
 自作の弁当を展開しつつ、みなもが霧造りのラベルを覗き込み呑気な声をあげる。13歳・中学生である彼女が日本酒について詳しいはずが無い。
 無邪気なみなもに身近なものを例にあげ説明してみせた九尾が、やれやれと吐息を吐く。
「お酒の一気飲みは丹精込めて世に送り出した蔵人達に失礼ですので禁止させていただこうと思っていましたが……この様子ですと心配いりませんね」
 にっこり、と妙な迫力を感じさせる笑みを浮かべてそう告げるが、確かに女性と未成年というメンバーでは乱れようがなさそうだった。
「そうですね、あたしはお茶持参してきましたから…。お弁当、おつまみになりそうな濃い目の味付けのも作ってきたので、どうぞ」
 にこにこと笑って、揚げ物や煮物が綺麗に詰め込んである容器を示すみなもに、思い出したかのように愛もお弁当を広げる。
「ああ、あたしもね、作ってきたわ。一押しは特製茶巾寿司よ、お口にあうかしら」
「愛さんもみなもさんも、お料理上手なんですね〜、凄いです〜」
 陽子が感心したように二人のお弁当箱を見て、感心の声をあげた。
 みなものお弁当は生ものは危ないという配慮であろう、色々な海産物を使った揚げ物や煮物、焼き物でひしめいていて、手馴れた印象を受ける。また、愛のお弁当はこまごまとしたものが彩りよく詰められていた。中でも、お勧めと言う茶巾寿司は具を包み込んだ薄焼き卵をみつばで縛り上げ、茶巾に結び、その上に甘酢につけたレンコンや、可愛いらしい花の形に切ったニンジンで飾るという芸の細かさだ。
「あら?陽子ちゃんだって、桜餅作ったりするじゃない、料理、得意なんじゃないの?」
 照れくさそうな表情で陽子の視線を受けていた愛が、頬杖をついて問えば、
「あの…お菓子は作れるんですけど、料理は苦手なんです……調味料、沢山あるじゃないですか〜」
 砂糖とか、塩とか、味の素とか…──お約束な間違い例をあげられ固まる愛とみなも。九尾に至ってはさりげなくあさっての方向をみやっている。
「……ええっと、何事も練習ですよ!沢山、他の人の作った料理を食べて舌で覚えれば良いんです、ね!藤咲さんっ!」
 やっとフリーズ状態から立ち直ったみなもが元気に言葉をかけると、愛に同意を求める。
「そ、そうよ、はじめは誰だって失敗するわ、さ、食べましょう?」
 妙に気合の入った声をあげると、そそくさとお弁当を勧める。だが、陽子ははにかんだ笑みでお礼を言ったあと、愛の手首をしげしげと見つめ、
「あの…愛さんの手首のそれ…なんですか〜?」
 ぴきーん。
 その場の空気が凍った。
「そ、それって、ど、ど、ど、どれの事かしら?」
 ひきつった笑みを浮かべ、愛はどもりながらも声を上げる。「それ」が何か充分分かった上で、あくまでそらっとぼけようとする彼女に、陽子は分かっていない顔を向け、無邪気に愛の手首に巻かれた鞭をさす。
「時々、それをさすったりしていますよね。皮製のアクセサリーのようですけど……流行なんですか〜?」
「えっ!?」
 いきなり話を振られたみなもも、思いっきり動揺した声をあげる。「それは鞭です」と正直に告げていいものか、横目で愛を見やれば、必死に指で×マークを作って首を振っている。
(やっぱり、まずいですよね……)
「触ってみても良いですか〜?」
 興味津々の表情で手を伸ばしてくる陽子に、愛は傍でみて分かるほど落ち着かない表情で体を引き、
「ご、ご、ご、ごめんね、これ、願掛けしてるから、誰にも触らせちゃダメなのよ」
 苦し紛れの大嘘である。既に愛の額には嫌な汗が浮いていた。
 暫しの微妙な沈黙が流れた。
「あ、分かりました!ミサンガですね!プロミスリングとか、流行していましたものね〜!」
 全然違う。
 その場の三人は即座にツッコミを入れたい所だったが、口に出しはしなかった。
 ぽん、と手を打って納得顔の陽子と、乾いた笑いを浮かべる愛。なんと言っていいのか分からないみなも。
 内心はともかく、表に出さないで涼しげな顔で見やっていた九尾がさらりと助け舟を出した。
「…陽子さん、そのままの格好では衣装が汚れてしまうのではないですか?」
 言外に着替えておいで、の言葉に陽子は、はっとした様子で立ち上がり、
「ああっ、そうでした〜、ありがとうございます、九尾さん。……では、私は着替えてまいりますから、みなさん、楽しんでいてくださいね〜」
 たったった、と社務所に向かって走り去っていく陽子を、ぐったりした様子で見送った愛は、溜息を吐きつつ汗を拭い、九尾に礼を言う。
「た、助かったわ…九尾さん」
「……あのままでしたら、自分も身に付けたいと言い出しかねませんから」
 さらりと言ってのけた一言に愛は頭を抱え、みなもは顎に手をあてつつ小首をかしげ、
「でも、本当に、誤解したままで良いんですか?」
 不思議顔で呟いた言葉に、二人は妙に寒々しい笑顔を向け、同時に答えた。
「……世の中には知らない方が良い事もあるのよ、みなもちゃん」
「世の中には知らなくて良い事もあるのです」


≪花美月≫

「ほほぅ、盛り上がっているようじゃのぉ…」
 闊達そうな笑い声が響いて三人が視線を向ければ、喜寿をとっくの昔に向かえたような老人が腰も曲げずに立っていた。
 白い着物と紫色の袴を身につけた姿からみて神主であろう、と判断した九尾の横でどうやら顔見知りだったらしいみなもが頭をさげる。
「お邪魔しています、お爺さん」
「おぉ〜。相変わらず可愛いのぉ〜、よう来たのぉ〜」
 皺の寄った顔を更に皺くちゃにしながら、老人は目を細めて笑い、みなもの横へ立つ。
「…そういえば、さっきの呪文みたいの、おじいちゃん?」
 愛がふと思い出して問えば、老人はでれっとした表情で愛の大きく開いたスーツの胸元を見つめ、
「あれは祝詞じゃよ、儀式をする時には必ず、唱えるんじゃ…」
(……年寄りのくせして、こういうところは枯れてないってワケ?)
 女好きらしい老人に内心苦笑しつつ、愛は成る程、と相槌を打つ。まぁ、相手は年寄りだ、いちいち目くじらをたてても仕方がない。
 嫌ならば、こういう格好をしなければいい。あえて、挑発的な格好をしているのも女を武器にしている部分もあるからだ。
 得をしている分、多少のデメリットには目をつぶる。そのくらいの度量の大きさを愛は持ち合わせていた。
「おおぉ〜、鳴門鯛ではないか〜。わしゃ〜、これも好きでのぉ〜。こう、きゅーっと胃に染みる感じがたまらんのじゃ〜」
 テーブルの上の酒瓶を見やった老人の酒好きな発言に反応した九尾が応じ、酒について盛り上がり始めた。
「お酒好きな神主さんっていいんですか?」
 水筒に持参してきたお茶を飲みながら、みなもがのんびりと問うと老人は大きく首を縦に振り、
「もちろんじゃ、神様だって酒好きじゃ。お神酒といって必ず神棚に捧げるじゃろう?……それを陽子は理解せんのじゃ…わしの大事にしとった越乃寒梅を……料理に使いおった…」
 何やら物凄く胡散臭い事をもっともらしく語ったあと、老人はよよよ、と泣きまねをする。神様は酒好きうんぬんはともかく、後者の酒を料理に使われたというのは九尾にとっては同情に値する事だったのだろう。
「……越乃寒梅、ですか…。それは勿体ないですね」
 幻の酒と言われ、以前ネットで偽者が出回るという騒ぎにまで発展した酒の名前を口にし、しみじみと頷く九尾に、老人は何やら感激した表情を向け、
「分かってくれるか、お若いの。陽子は『酒を飲んだら体に悪い』などとぬかしよってのぉ〜。わしのコレクションを得体の知れぬ料理に次々とつぎ込むのじゃ…。わしゃ、切なくて、切なくてのぉ…」
 哀れっぽく言い募ると、九尾の袖に取りすがって情けない声を上げた。
「でも、あまりお酒を飲むのは良くないわ。体に響くもの」
 酔い過ぎない為に、あまりきつくないお酒…とカップに注いだ十四代をゆっくりと口に運びながら愛が呆れたように陽子の味方をするような発言をする。
 その横では、同意見なのか、茶巾寿司を美味しそうに食べながらみなもがしきりに頷いていた。
「酒は百薬の長じゃ、適度に飲めば薬になるのじゃ…この老い先短い年寄りの唯一の楽しみなんじゃ…」
「…まぁ、何事も適度ですよね」
 いじいじと袖に取りすがる相手を適当にあやしながら、九尾は持参してきた道具の中からミキシンググラスを取り出しステアし(かき混ぜ)ていた。
「綺麗ですね、抹茶みたいです」
 やがてグラスに注がれた、できあがったカクテルをみなもが興味深げに見やる。
「春暁というカクテルです。仕上げに塩漬けした桜の花びらを……用意して来なくても良かったようですね」
 コトン、と愛と、老人、そして自分へと置いたグラスに、ひらりと桜の花びらが舞い降りて緑色の小さな湖の中を漂っているのを見て、九尾は淡く微笑む。
「風流じゃのぉ…カクテルか…戦後を思い出すわい…」
 カクテルをどこか懐かしそうに見やると、ちょこんと椅子に座り手を伸ばす。
「まぁ、みなもちゃんはもうちょっと大人になってからね……っつ、結構これ、美味しいけど、きついわね」
 にっこりと優しげにみなもに微笑みかけ、一口含んだ愛が、嬉しいような困ったような表情を向ける。
「…日本酒とウォッカが入っていますから。多少は」
 あっさりと告げると九尾は桜と月に乾杯の仕草をすると、ゆっくりと酒を嚥下する。こちらはバーテンダーという職業柄か、先ほどから結構な酒量になっているというのに全く乱れる様子がない。
 強いていえば…──。
「……相変わらず、煩いのぉ…」
 やれやれ、とカクテルを美味しそうに味わっていた老人が片眉をあげてぼやいた。
 ブゥン、ブォン…ブブブブブン…。
「若いっていいわねぇ、怖いもの知らずで」
 少し頬を赤くそめた愛がちらりと階下を横目で見やって呟く。九尾に至っては、せっかくの月見酒を邪魔され、にこやかな笑みを浮かべてはいるが静かに怒っているのがありありと見て取れた。
「風流を解さないような暴走族にこの桜はもったいないでしょう……お仕置きが必要ですね」
「……あ、あたしにまかせてください!」
 すぅっと立ち上がりかけた九尾を見て、みなもが慌てて立候補する。とにかく、剣呑すぎる気配をかもしだしている青年を留めなくては、と本能が命じたのだ。
「そうですか?やってくださいますか?海原みなもさん?」
「…え、ええ、が、頑張ります」
 くい、と両頬に手をかけられ、何やら座った瞳で『お願い』してくる美青年に、思わずどぎまぎしながら、みなもは逃げるように手水舎の方へ駆けていく。
「……水よ、力を貸してっ」
 ちょん、と水面に手を浸すとみなもの体に流れる人魚の血の力をほんの少しだけ解放する。ざわりと背筋を這う力の波動に目を閉じ、空を駆ける龍をイメージする。
「…水でもかぶって反省しなさ〜い!」
 ざばりと水が生き物のように舞い上がり、まるで伝説の龍のようにみなもの指す方向へと透き通った長い体を滑らせていく。
「ほぉ〜。やるのぉ〜」
 あっぱれじゃ、などと呑気にはやし立てる老人。ぱちぱちと拍手までしているあたり、既に立派な酔っ払いである。
 そうして、不埒な暴走族はみなもの力による集中豪雨の制裁を受けたのだった。
「はい、完了です」
 ぱんぱん、と手を打ちながら席に戻ると、着替え終えた陽子が不思議そうな顔をしてやって来るのが見えた。
「どうしたの?陽子ちゃん」
「…ええっと、何か虹のようなものが見えた気がしたんですけど?気のせいですよねぇ〜?」
 夜に虹なんて見えませんよね、とほわほわと笑う陽子に愛は曖昧に微笑んで見せ、しっかりちゃっかり花見に同席していた老人は陽子の手元にある酒瓶に悲鳴を上げる。
「よ、よよよ、陽子!!その酒はっ!!」
「お爺様、お酒やめると言っていたでしょう?だからどうせなら皆さんに飲んでいただこうと思って」
 にこにこと微笑んで持ってきたものは少しノスタルジックな包装を施された二本の酒瓶だった。
「人夢可酒と百年の孤独…ですか。随分、珍しいものをコレクションされているのですね」
 少し驚いたような九尾の声にかぶさるように、どうやら一気に酔いが醒めた老人がわめく。
「それはわしが苦労して買ってきてもらった……」
 あわあわと慌てる祖父に、分かっているのかいないのか、陽子はトドメの台詞を放った。
「じゃ、今度料理に使ってしまいますよ〜?お爺様」
 今飲むか、それとも怪しげな料理の材料としてしまうか……孫に究極の選択を迫られ、老人は仕方なく、本当に仕方なく、それを九尾達に振舞う事に決めたのだった。


…──その結果、アルコール度40度の焼酎によって、ついに臨界点を越えてしまった愛とやはりどこか鬼畜度が1割アップ(当社比)してしまった九尾が、懲りずにずぶ濡れになりながらもやってきた不運な暴走族の少年達を相手に、少し派手な『お仕置きショー』を繰り広げたのを、月と桜の木々はただ静かに見守っていた。


        お花見IN桜ノ杜神社〜おわり〜


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0830 / 藤咲 愛  / 女 / 26 / 歌舞伎町の女王】
【0332 / 九尾 桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー】
【1252 / 海原みなも / 女 / 13 / 中学生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。新米ひよっこライター・聖都つかさです。
この度は「お花見IN桜ノ杜神社」にご参加くださいましてありがとうございます。
そして……お待たせしてしまって本当に申し訳ありません(平伏)!!!
今回、実験的にオール共通文の描写をしてみようと思いまして、初の試みをしてみたのですが……キャラさんたちの掛け合いが楽しくていつまで書いても終わらないという状況に陥ってしまいました。
締め切り日、ギリギリまでかかってしまいまして本当にお待たせしてしまいました。
少しでも、お花見のムードが出ていると良いのですが……。
私の地元ではまだ、桜も咲いていません…(ホロリ)というのに、ニュースでは大多数の都市で桜が散ってしまっているという状況に涙がでそうです。遅くなりました…。

次回からは多分、戦闘ですとかちょっと慌しいお話がメインになるかと思います。コメディーネタもやってみたいです。何かありましたら、感想のついでにでもお寄せくださいませ。
それでは、また、機会がありましたらぜひよろしくお願いいたします。
少しでも楽しんでいただけましたら光栄です。

<ここからは個別の挨拶です>
 お久しぶりです。海原みなもPL様。
 初仕事の際はお世話になりました!!
 今回、みなもさんに会えてとても嬉しい気持ちで書かせていただきました。
 春物の衣装や、生ものを使わない料理等、大変女の子らしい細やかなプレイングで、楽しませていただきました。
 料理が得意なのはポイント高いです(?…女の子好きな私です(笑)。
 中学生で煮物も揚げ物もマスターされているとは…良いお嫁さんになれます!!
 プレイングにありました、「天然シャワー」しっかり使わせていただきました!
 ……相手は暴走族さんですが(笑)。
 それでは、そろそろこの辺で。
 みなもさんのこれからの活躍、楽しみにしております!!またご縁がありましたら。