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<PCシナリオノベル(シングル)>


罪が支払う報酬

 タタタタ、と軽くリズミカルな音が深夜の空気を裂くに、夜籐丸星威は、咄嗟自らの左手を押さえた。
 それは法治国家である日本で耳にする事のない…あるとすれば、TVの中、ドラマや海外ニュースに限定されるであろう、自動小銃の発射音だ。
 だが、それが真性に命を奪うが目的で発せられたと察する、それは姫巫女護として長く己を鍛錬してきたが故の直感か。
 姿勢を低く、物影から物影へと移動して音の先を探る…間も、右の手は革手袋に包まれた左手を押さえたままだ。
 闇に黒く視界の効かぬ道の向こう、車のタイヤの甲高い擦過音に、先と同じ音が重なる。
 だが、今度は高い箇所…空、へ向けての発砲に思えるのは気のせいか?
 街路樹に背をつけ、道路から半身を隠した星威は頭上を見上げ、冬枯れた枝の間、星の少ない夜空に黒の一点を認めるに、革手袋を手首で固定するベルトを右手親指だけで外して口許に寄せると、軽く噛んで引き抜いた。
 夜目に仄かに青白い光を纏った左手に、祈りの形に手を合わせる…次に広げた腕、左の掌から右の手に引き出されて顕れる、一振りの剣。
 淡い燐光に透明な刃…それは、熱を持たぬ焔が刃に形為す、星威の力の具現。
 チロ、と絶え間なく刃に纏う焔、その無形にして有形なる力は冷気にて構成される。
「…さて」
空いた手でくわえた手袋を取ると上着のポケットに仕舞う…星威の眼前、その頭上から、ズザザと梢を折ながら人が降った。
「あれ?星威じゃん」
足首にかかる衝撃を吸収させて逃がし、踞るように片手を地について星威を見上げる、円い遮光グラスに表情を隠した青年。
 紺天に溶けぬ黒尽くめのスタイルは、影の内に…闇にあってこそ輪郭を消すのであろうが、中途半端な街灯の灯りにそれも適わないで居るに、意図は何処にあるのか、と星威は首を傾げた。
「今、幸せ?」
挨拶代わりの問いを口に、ピュン・フーは変わらぬ笑顔でニ、と笑う。
「しばらくお会いしない間に…」
お変わりになられて。
 しみじみとした感想に視線を向けるは、ピュン・フーの背に拡がる、一対の皮翼。
 黒革のコートの背を裂き、骨の間に天鵞絨の光沢を張ったような…蝙蝠のそれに酷似した。
「いーだろ」
滑らかに動かして風を作ってみせるのに、鳥人間コンテスト出場を目指して訓練中に誤って落ちた、という可能性は却下される。
「星威、こんなトコで何してんの?」
パタパタと、髪やコートについた枝葉を払うピュン・フーは、星威が手にした剣に一瞬、視線を流して。
「いーモン持って。辻斬り?」
誰がこんな深夜のオフィス街でそんな古風に物騒な真似をかますか。
「それは通り魔と言うのでは…」
生真面目な星威は、微妙な日本語の機微の方が気になるらしい。
「そういう貴方は?」
硝煙の匂いを纏って、此処で、何を。
 星威の勘は…まだ、危険の内に居ると告げている。呑気に世間話を交わしているように見えても、五感の全ては周囲の気配、変化を察知出来るようにと注意を払う。
「俺?俺は…」
最後に膝についた土埃を払い、立ち上がったピュン・フーは肩を竦めてまた笑った。
「鬼ごっこ?」
 不意に、星威とピュン・フーは同時に右方に顔を向けた。
 その視線の向こう、バラバラと続く足音に、街灯が作り出す光の領域に入る一歩手前に影の濃い場所で足を止める黒服・黒眼鏡…それぞれに銃を手にした三人の男。
「見つけたぞ、裏切り者!」
ピュン・フーは両手を挙げた…とはいえ、降参の意ではなく、掌を上に向ける、呆れのジェスチャー。
「もーちょっとさぁ…目新しい事言ってみよーぜ、ワンパターンにも程があんだろ?」
なぁ?と、同意を求められても、両者の関係が皆目掴めない星威に、答えられようはずがなかった。


「…お前は?」
三つの銃口の内、二つはピュン・フーへ、残りひとつは星威へ…迷うように向けられた。
「『IO2』の者か?所属は?」
星威も同じ黒尽くめである…己の姿を見下ろし、成る程、と頷く。
この黒が制服代わり、という事か。
「存じ上げませんが」
簡潔な星威の答えに、迷っていた銃が固定された。
「ならば『虚無の境界』の者か」
こちらの意見は聞かず、己が価値観だけで断じるに星威は眉を寄せた…とはいえ、ピュン・フーと並び立つに抜き身を引っ提げていて、善良な一般人ですと言われて納得するは難しい。
「コラコラ」
その男達の更に後ろから、何処かのんびりとした呼び掛けが届いた。
「ウチの人間じゃなかったら、相手の人間、なんて端的な思いこみはやめておいた方がいいねぇ」
銀色のアタッシュケースを下げ…黒服達と、星威、ピュン・フーの丁度中間地点に立つ…これもまだ見事な黒尽くめの男性。
「すまないね、どうも若い者は血気盛んでいけない……にしても君、落ち着いてるねぇ」
痩けて無精髭の浮く顎を手で擦りながら、その中年男性は背後の緊張感は欠片も意識していない風だ。
「げ、西尾…」
ピュン・フーが口をへの字に曲げるを一瞥すると、星威はその男性に視線を戻す。
「貴方は?」
「あぁこれは失敬…西尾蔵人と言う者だけど。名刺、要る?」
何か手品の如く、手の内に白い紙片を現すに、星威は首を横に振った。
「そうか…」
何処か残念そうに、コートのポケットにそれをしまった蔵人は、眠たげに視線のはっきりしない目線で、星威とピュン・フーとを見比べる。
「君、彼とどの程度の知り合い?」
「一緒にお茶飲んだ程度ー」
こそこそと…何故だか星威の背後に隠れるのに星威の背に皮翼があるように見せながら、ピュン・フーが口の横に手をあてて言うに、蔵人はうんうんと頷いた。
「そーか…相変わらずだねぇ」
 どう相変わらずなのかは知れないが、両者の間に妙な繋がりを感じるに口を噤む星威。
「うん、君が能力者なのは分かったから…早くここから立ち去りなさい。今からちょっとコレを取りっこするから。とても危ないから」
「西尾部長!」
背後の黒服が口を開くに、黙って、と手で制し、蔵人は続ける。
「僕は君の名前を聞かないから…君も、今夜の事は忘れて、行きなさい。そうしたら、お互いに何の問題もなく日々を過ごせるというものだ」
口調は柔らかだが…ひどく、物騒な事を言い聞かされた気がする。
 星威は、背に向かって呼び掛ける。
「ピュン・フー、どういう事ですか?」
説明を求めるに大きな溜息が返り…こめかみを掻きながらピュン・フーは星威の背から出てきた。
「アイツ等が持ってる薬がねェと、死ぬんだよ、俺。だからくれっておねだりしてんの」
あぁ、またどっかで言ったような…既視感に遠い目になりつつ、ピュン・フーは続けてぼやく。
「西尾のおっさん、苦手なんだよなぁ…」
言いながら、畳んでもかさばる背の皮翼に大回りに蔵人と対峙の形に立った。
 そのピュン・フーに蔵人は指を折って問う。
「この前盗られてからそう日が空いてないみたいだけど…頻度があがってる?元に戻るまでの時間は?」
「そーゆーお見通しなトコがヤなんだよ…」
ピュン・フーはぶすくれた様子にコートのポケットに両の手を突っ込み、横を向く…何処か親しげな空気が拭えない。
「まぁもう関係ない事かも知れないけどね…僕が出てきた意味も分かってるだろうし」
 蔵人は手にしたケースを胸に抱えて、ぽんといい音を立てた。
「あんまりね…組織を裏切って、テロ活動に励んでる人材に、抑制剤を奪われ続けるのもウチとしては痛い訳。コレだってそう安くはないし…」
「捕らえるか、殺すか。そーなんだろ?」
アンタが出てきた意味…言葉尻を取ったピュン・フーの声音が笑いを含んでいる。
「そんなモン、ちょっと薬に細工しちまや済みなのにさ」
「あぁ……心配しなくても紛い物じゃない」
それに、と蔵人は続ける。
「そこらで気軽に野垂れ死なれたら困るんだよ…特に、君はね」
話が区切れるを合図に、蔵人の背後で予断なく銃口を向けていた黒服達と、星威が動いた。
 黒服達は半円に散って蔵人の合図と同時に標的を攻撃する為に、星威は…ゆっくりとピュン・フーの背後から歩み寄ると、その肩を掴んだ。
「そういった事へ関わりのある方だとは…姉の事を思うと非常に、残念です」
「あれ?星威、まだ居たのか?」
きょとんと問うピュン・フーの肩を強く引くに、半身になったその胸倉を掴む。
「…その身に氷焔御剣を受くることを誉れと覚えよ」
手に、青白い冷気の焔を纏った剣…その切っ先を喉元に突きつけるに、ピュン・フーはくつと笑った。
「誉れ?それって幸せ?」
一旦、切っ先に視線を落として星威の顔の見上げる。
「俺に殺して欲しいんなら、ちゃんとあっち側に行っとけよ」
円い遮光グラスの間に僅かに覗いた瞳…不吉に赤い月の色が暗い真紅へと変じる。
「まぁ折角だしサービスしとくか…星威も一緒に楽しんでく?」
バサリ、と音を立てて皮翼が拡がる。
 胸倉を掴んだままの星威の手に二人の距離に、等間隔の街灯の灯が遠く近く、濃淡に放射状に伸びて二人分の影を重ねる…その皮翼の伸びる異形の方が、一色の闇に塗り替えられた、瞬間。
 その影から、白い靄が吹き出すと同時、銃声が響いた。
「報告は出てるのに……そう怨霊化を許す筈がないだろう」
冷気を帯びて漂う靄が重く足下を漂うのに、赤い滴りが吸い込まれる。
「流石に容赦ねぇなぁ、西尾のおっさん」
苦笑に混じる痛みは、皮翼の上部から伝う流れ。
「其処の君、早くこちらに…」
蔵人が片手で示して促すに、星威は胸倉を掴んだままの手を突き放す寸前、ピュン・フーに顔を寄せて低く囁いた。
「伏せて」
言うが様、一度頭上高く振り上げた剣が斜めに空気を裂く…剣気が熾す焔は風を巻き、まるで凍り付いた湖を渡る神が残した跡のように、無機質なコンクリートに氷柱を走らせ、黒服達の足下から手にした武器までを瞬時に凍り付かせた。
「び…っくりした…」
伏せろ、と言われて素直に伏せたものの、星威の斬撃に数瞬間に合わなかったのか、霜付いた髪の一房をパリパリと音を立てて指で解しながらピュン・フーは眉を寄せた。
「なんでそー、姉弟揃って行動がそっくりなんだ…」
唐突なトコまで良く似て…と、ぶつぶつ呟くピュン・フーから、笑み以外の表情を引き出した事に、星威は僅かに笑う。
「本当に……すごいね」
その横から、ひょいと気軽な動きでそれを避けた蔵人が目を丸めて爪先で氷を蹴ってみていた。
「西尾さん…!」
凍ってしまった部下達にひらひらと手を振って−多分、彼等が求めていたのはそんな事ではないだろうが−答え、蔵人は星威に問う。
「で、君はやっぱり彼の味方なのかな?」
「………非常に残念、なのは本心です」
喩え相手が如何なる素性の者であろうと…一度繋がれた縁はそう切れはしないと彼の主が言うように、姉がピュン・フーに抱く感情を見守るしか出来ない。
「ふぅん…そうか、なら、ハイ」
勝手に納得した風で、蔵人は星威の胸にケースを押しつけた。
「君にあげよう…あの三人を庇いながらの立ち合いは、想像するだけでもう、おじさんしんどくってね」
目をしょぼつかせるのに、思わず受け取ってしまう。
「あ、ずり。なんで星威にやんの」
ピュン・フーが拗ねたように下唇を突き出すに、蔵人は首を傾げた。
「君が、『IO2』に戻るのならあげるよ?直接」
それに対して、同じ方向、同じ角度に首を曲げるピュン・フー。
「おっさん、今幸せ?」
「…………………どうだろう」
敵対しているくせ、何処となく仲の良さげな二人に息を吐き、星威はピュン・フーにケースを差し出した。
「………どうぞ」
「お、サンキュ」
何の気負いもなく受け取るピュン・フーに、星威は「姉を…」と口に出かけたのを言い止す。
 これ以上、踏み込むは過分。
 そう己を律して口を閉ざすと、星威が踵を返してその場から立ち去るに倣ってか、蔵人とピュン・フーもそれぞれに散る。
「気をつけてなー」
「気を付けて、帰りなさい」
と、背にピュン・フーと蔵人が声がかかるに、星威は路地奥の闇に静かに溶けるように、その場を辞した。