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桜眺酒呑
【オープニング】
春うらやかな日。それは突然やって来た。
「今日和、草間さん。どうです、お花見なんてしませんか?」
にこりと微笑んで現れたのは、数度ここに依頼を持ってきた黒影・華月(くろかげ・かづき)。長い黒髪と和装を好む青年は、窓を開けて春が訪れたことを草間に知らせた。
いや、草間とて春が来たことくらい知っていたが、多忙を極めていた為か外出するという方向に意識が向いていなかっただけである。
「今日は風も穏やかで、お花見日和ですねぇ」
チリンと鈴を鳴らした風が、草間の髪の毛をサワリと揺らす。
「…………花見…ねぇ」
「お嫌ですか?」
「そういうわけじゃないんだが……」
首を傾げて草間を見る華月に、ぽりぽりと頬を掻く草間。
実は草間興信所の所長も、浮かれていたのだ。
現在溜まっている調査依頼はない。春はもう来ている。桜は満開だ。
そうなれば酒を片手に花見と称した宴会をしたいのが、日本人の心というものだろう。
更にそこへ華月からの花見の申込がプラスされれば、もう草間を止める為の要素は………何もない。
「よし、やるか」
「そうでないと、楽しくありませんね」
草間の言葉に華月は微笑みを浮かべた。
「あっ、そうそう忘れるところでした。風月からメッセージを預かっていたんです」
「メッセージ?」
黒影・風月(くろかげ・ふうげつ)は華月の双子の弟で、性格が正反対な青年である。正反対ということは……まぁ取り合えずはいいか。
「今回のお花見ですが、風月が場所取りをしていますので、彼共々宜しくお願いしますね」
にこりと微笑み、華月は「では後ほど」と興信所を後にした。
残された風月のメッセージと、場所と時間を示したメモを手にした草間は、小さく溜息を付いて人集めを始める。
場所は桜並木で、毎年花見で盛り上がる場所。時間は夜七時かららしい。土曜日ということもあり、風月は昼間から頑張って場所取りをしているのだろう。
双子と言えど、力関係はどこの兄弟も一緒らしい。
『夜桜を眺めて、酒を呑むべし!!!
一発芸・大歓迎!!! ない奴は来なくて良し!!!』
「一発芸ってなんだよ」
そんな言葉は、春風しか聞いていなかった──。
【2/一兵衛&草間】
「はてさて、花見の席はどこじゃろか?」
桜並木を眺めながら、一兵衛はご機嫌な様子で歩を進めていた。
大学を定年退職した後、妻に先立たれたばかりか息子夫婦まで自分より先に天に召されてしい、現在は隠居生活と共に生涯孤独な身。落ち込んだ時期もあったが、今では前向きに人生を楽しんでいる一兵衛にしたら、こんな楽しそうな誘いを断る理由がなかった。
今日は穏やかな陽気。けれどまだ季節は春を迎えたばかりで、きっと夜になったら冷え込んでくるだろう。
ならいっそのことそれを見越して、酒で体を温めればいい。色々な年代と酒を酌み交わすのも、またオツかもしれない。
その分桜を眺める時間は減るだろうが。
だから一兵衛は少し早めに家を出て、散歩しながら桜を愛でることにしたのだ。
とはいえ、時間はまだ夕方六時になろうとしているところ。
一兵衛はのんびりと桜を……そして人物観察をしながら歩くことにした。
「…最近の若いモンは、ゲラゲラ笑って品のないモンが多いのう」
散歩を兼ねた早々の外出は、一兵衛にビール片手に馬鹿笑いしていたり、酔って眠っている女性を見せ付けた。別に大和撫子が現代に多く残っていないのは、大学教授をしていた頃から薄々感づいてはいたが、ここまでくるとガッカリするしかないだろう。
「今日来る女子もこんな感じじゃろか?」
一抹の不安を覚えつつ、一兵衛は風月の元へと向かうため、再度足を動かした。とその時、後ろからぽんっと肩を叩かれる。
振り向いた先に居たのは──…。
「なんじゃ。草間さんか」
今回の依頼(?)主である、草間興信所所長・草間武彦が立っていた。
「桜を眺めつつ、ちょっと早めに来たんですけど、一兵衛さんもですか?」
「うむ。どうせ酒が入れば、桜を眺めることもないじゃろうしな」
「同感です。まー私の頭の中では、一発芸のことでいっぱいですけど」
「ほぉ、草間さんもするのか。それは楽しみじゃのう」
苦笑する草間に一兵衛は豪快に笑い、並んで桜を眺めつつ足をゆるやかに動かす。
そして漸く辿り着いたブルーシートの上では──…
「何をしとるんじゃろか?」
「さぁ…。ただ白熱はしているようですね」
銀髪の男と高校生の男の子が何かをしている姿。
別のお花見客が、覗き込んでいるようにも見えるが……一体何を?
「行けば判るじゃろ」
一兵衛はにかりと笑い、ブルーシートの二人の元へ歩いて行った。
【5/酒とジュースと男と女(弁当もアリ!)】
「ロイヤルストレートフラッシュじゃ」
「また一兵衛さんの勝ちっスね」
「草間、どうにかしろよ!!」
「出来るか!!」
「一兵衛さんの一人勝ちですね♪」
集合した先では、既に到着していた天宮・一兵衛(あまみや・いちべい)、湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)、黒影・風月、華月、そして草間・武彦が揃ってポーカーをやっていた。
「ちょっと、どうなってるの!?」
シュライン・エマ(─・─)が藤咲・愛(ふじさき・あい)に、荷物を下ろしながら訊ねる。既に宴会が始まっているというならシュラインだって理解出来る。しかし何が楽しくて桜の下で、ポーカーをせねばならないのだろう。
「あたしが来た時は、もう始まっていたわよ?」
「あっ、俺がトランプを持って来たんすよ。風月さん、暇だろうなぁって」
「そういうことじゃ。私が来たら何やらやっておったのでな。ギャンブル好きとしては、混ざらんわけにはいかんじゃろ」
「ということだ。シュラインもみなもも座らないのか?」
一通り説明が終わったところで、草間が声を掛けた。
「ポーカーですか。面白そうですね。あっ、お邪魔します」
ちょこりとみなもが座り、シュラインも座る。
どうやらメンバーは揃ったようだ。
「さて…っと。それじゃあ、花見でもするか」
そう草間が口を開くと、女性陣お手製弁当と龍之助が持ってきた母の味弁当が並べられる。並ぶ重箱を見て、一兵衛が「ほぉ」と息を呑んだ。どれも素晴らしいデキだったからだ。
そして各々に紙コップが配られ大人は酒を、未成年の龍之助とみなもはジュースとお茶を入れる。
美味しい酒と料理、そして桜に綺麗な女性が居れば、それだけで場は盛り上がるというもの。
「んじゃ、かんぱ〜い♪♪」
本日の主催者である風月が音頭を取り、まずは腹ごしらえをすることにした。
どのお弁当も売れ行きは好調で、特に風月と龍之助の勢いは目を見張るものがある。そのまま視点を動かしてみれば、日本酒を口に運ぶ大人達に紛れて、みなもがお茶を飲みながらお弁当を食べている姿もあった。
「武彦さん、どうぞ」
「あぁ、すまん」
シュラインは草間の横に座ると、自分もお酒を口に運びながら草間への酌をする。勿論、草間にだけ酌をしているわけではないのだが、そこはどうしても彼を優先してしまう。こればかりは、人の心情というもので、どうしようもない。
それをチラリと見ていた一兵衛は、隣りに座る愛へと視線を送った。下心があるわけではないが、やはり酌をしてもらうなら男より美人な人にしてもらいたい。これも心情だろう。
「あら、お酒が空っぽね」
「うむ、すまんな」
一兵衛は注がれた日本酒を咽に通す。やはり美人に酌をしてもらった酒は一味違う…かは定かではないが、一兵衛がご機嫌なのは、そういうことかもしれない。
「愛とか言ったか。お主、こんな和歌を知っておるか」
「どんなのかしら?」
ニコリと営業スマイルを浮かべた愛に向かって、咳払いを二度三度した一兵衛の口から和歌が詠まれる。
── さくら花 ちりぬる風のなごりには 水なき空に 浪ぞたちける ──
「あら、古今集のものね。綺麗な和歌よね」
「あたしも知っています。”貫之”が詠んだものですね」
愛の隣りでお茶を飲んでいたみなもが、詠まれた和歌について口を開いた。
「知っておったか。それでは口説けんのぉ」
「そうね。残念ながら」
笑う一兵衛と愛だったが、腹ごしらえの終わった主催者が、いきなり立ち上がってニヤリと笑う。
「そろそろ一発芸といこうじゃねぇか」
【6/一発芸披露!!】
「それじゃ……トップバッターは誰にしましょうか?」
紙コップの酒を飲みつつ、華月が誰に言うでもなく口を開くと、元気いっぱいに手を上げる青年が一人。
「一番!!湖影龍之助、行くっス!!」
しゃきっと片手を垂直に挙げた龍之助は、隅に寄せておいたバッグから、自分のバッグを取って来る。そしてジッパーを開けて取り出したのは……。
「なんですか?それ」
瞬きを数度したみなもが、龍之助へと疑問を投げ掛ける。
無理もないだろう。
登場したものは、街中でよく見かける物体なのだ。
「じゃーーん!!コレを殴って割るっス♪」
「……コンクリートブロック?」
「そもそもソレって、割れるものなの?」
シュラインと愛も驚いて、まじまじとそれを見つめる。
「えっと駄目っスか?俺、これくらいしか思いつかなかったんすけど…」
コンクリートブロックを降ろした龍之助の表情が一瞬曇った。何故ならこれが駄目だと言うなら、龍之助は素直に帰路につこうと思っているからだ。
けれどそんな龍之助に、一つの光が差し込んだ。
一兵衛の一言である。
「別に構わんじゃろ。それより、よくこんなのを持って来れたな」
「いいっすか。良かった〜。あっ、これ軽いっスよ♪」
にこりと笑って龍之助は、持ち込んだコンクリートブロック三つを軽く叩く。決して軽いものではないはずだ、というツッコミは誰の口からも飛び出てこなかった。
そして龍之助の一発芸が披露される。
空手割りと同じ要領で、コンクリにタオルが置かれた。それに精神統一する龍之助は深呼吸をしながら、拳を数度タオルに押し付ける。
スー、ハー……
スー、ハーー……
キッと龍之助の双眼が見開き、狙った場所へと拳が振り下ろされた。
瞬間──…
三つのコンクリートブロックは見事に割れ、周囲の拍手喝采を浴びる。
「すごいじゃない!」
「中々やるもんじゃな」
「そうでもないっスよ。これくらいなら、いつでも披露するっス♪」
愛と一兵衛が声を掛けるが、当の本人は拳を痛めた様子もなく、笑顔で砕かれたブロックを片付けている。またそれを持って帰るのだろうか、と草間は思ったが、あえて口を開くことはなかった。想像するに、その通りだと踏んだからだ。
そして風月の「次誰が行くんだ?」という声が聞こえた。
「次はあたしが行こうかしら」
そう名乗りを上げたのは……シュライン。酔った様子もなく、微笑む表情はいつもと変わりない。
「シュラインさんは何をするんですか?」
用意している素振りを見せないシュラインに、みなもが不思議そうに尋ねた。
「私の一発芸はコレがあれば充分なの」
「コレ?」
シュラインが何を指しているのか判らず、今度は愛が不思議そうな顔をする。
するとシュラインは、自身の唇にすっと指先を向け、
「そう。コレよ」
と静かに微笑んだ。
「みなもちゃん。申し訳ないんだけど、お弁当の蓋を閉じてもらえる?」
「あっ、はい」
「俺も手伝うっス」
言われて、みなもと龍之助がお弁当の蓋を閉じていくと、その横でシュラインが立ち上がり腹部に両手を当てた。
シュラインの一発芸は、その美しい声によって可能となるもの。誰も真似出来ない、彼女ならではの芸と言ってもいいかもしれない。
「一体何をするんじゃ?」
「そうねぇ。人には聞こえない音を出して、蝙蝠を呼んでみましょうか」
シュラインの言葉に、みなもと愛の表情が固まる。二人の脳裏には、大量の蝙蝠が自分達の頭上を飛び回る様が浮かび上がっていたからだ。桜とのミスマッチさ…何より恐ろしい光景ではないか、と二人は無言でシュラインへ変更をお願いする。
「…冗談よ。それじゃ……始めるわね。何が来るかは、見てのお楽しみよ」
ウィンク一つして、シュラインがスゥーと息を吸い込んだ。そして人には聞こえない音色を奏でる。
一体どんな音色が流れているのだろう。
何も聞こえない、ただ騒がしい周囲の音に紛れて、確かに今シュラインから美しい音色が奏でられている。
そして数分後──…
「これはまた─…すごいのぉ」
一兵衛の言葉に、全員が空を…周囲を見上げた。
とそこには様々な小鳥が人にも聞こえる優しい歌声を聞かせてくれる。シュラインの肩に、龍之助の頭に、愛やみなもの手に、一兵衛の腕にとまっていた。
「犬笛を再現しても良かったんだけど、他の人達のお弁当も食べられちゃうから、鳥笛にしておいたの。やっぱり鶯は……来なかったかしら」
来たらラッキーだったのに、と苦笑するシュラインだったが……。
ホー ホケキョ
桜から聞こえた声は、そのラッキーな鳥だったのかもしれない。
「ふむ、負けておれんな。次は私だ」
腕にとまっていた鳥を空へ羽ばたかせ、一兵衛が名乗りを上げる。
どうやら次の一発芸は、一兵衛が行うようだ。
「一兵衛さんは何をするんスか?」
龍之助が頭に乗っている鳥に、こっそりお弁当を与えつつ口にする。
「私はちょっとした予言をしてみるかのぉ」
「予言っスか!楽しみっスね」
龍之助からの期待を受け、一兵衛は早速『勘』に頼ることにした。
何故か市兵衛は勘が鋭く、口に出したことがよく当たる。よく…というのは、普段の何気ない会話からは、勘が働かないからだ。もし百発百中なら、あの時に──家族を失ったあの時にこそ働いて欲しかっただろう。
しかしこの勘。一兵衛の収入源であるギャンブルにはとても活かされており、楽しい余生を過ごしているのは事実だったりする。
暫し周辺を見渡した一兵衛は狙いを定めるかのように、少し離れた場所で花見をしている集団に目を止めた。
「手始めに……あそこで酔っ払っている輩じゃが、勢い余って空き缶に足を取られて転ぶじゃろうなぁ」
言って指差す先では、若い男女が楽しそうに酒を飲んでいる姿があった。そして一人の男性が酔っ払ったのか、ビール片手によろよろ歩いている。一兵衛が言うのは、きっとあの男性のことだろう。
全員が本当にそんなこと起こるのか、と固唾を呑んで見守っていると、不思議なことに男が空き缶に足を取られて盛大に転んだ。
一兵衛が言った通りの出来事が起こったのだ。
「すごいじゃない」
「すごいです、一兵衛さん」
「へぇ、すごいもんだな」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
口々に上がる歓声に、一兵衛は笑顔で更に次なる予言をしようと、先ほど転んだ男性をじっと見つめた。
今度はどんなことが起こるのだろうか。
誰もが期待せずにはいられない。
「あの男。今度はビールを撒き散らしながら、服を脱ぎ始めるぞ」
一兵衛の口から出たのは、そんな言葉。流石にそれはないだろうと、また全員で男へと視線を向けた。すると一兵衛が言う通り、彼は手持ちのビールを撒き散らして服を脱ぎ始めているではないか。それを仲間が必死に止めているようだが、中々脱ぐのをやめようとしない。
それはそうだろう。一兵衛が行っている『予言』は勘ではなく、言霊を使った力なのだから。
本人に自覚がない分、少々厄介な能力と言えるかもしれない。
一兵衛の予言は女性陣にウケるばかりか、男性陣にもかなりウケていた。
そしてどんどん調子に乗っていく一兵衛は、周辺の花見客を予言の渦に巻き込んでいく。
ある花見客はいきなりプロポーズをしてみたり、またある者は出来ない逆立ちを何度もやろうとしたり、と場は混乱をきした。
「天宮さん。そろそろ次の人の一発芸も見たいんですが…」
草間が申し訳なさそうに言うと、一兵衛も渋々自身の一発芸を終えることにする。
「それじゃ次は誰だ?」
「あっ、あの…あたしがやってもいいでしょうか?」
一歩前に出てみなもがそっと口を開く。その手には黒いマーメイドドレスが携えられている。みなもの一発芸に、そのドレスは関係しているのだろうか?
「それでは、みなもさんの芸を見せて頂けますか」
緩やかに笑みを浮かべた華月に、みなもは小さく頷いてから、どこか着替えられる場所はないか辺りに視線を向けた。と桜の木々の間から、W.Cと書かれたダンボールに目を止める。あそこで着替えてくればいいのかもしれない。
しかしである。
公共のトイレというのは、基本的にあまり綺麗とは言えない場所ばかりだ。そんな場所でこの黒いマーメイドドレスに着替えるのは少し躊躇いがある。というのもこれは姉からの借り物で、汚して返すわけにはいかないからだった。
そんなみなもの様子に気付いたのか、シュラインがすっと持ってきた毛布を男性陣に配り出す。足りない分は、同じように毛布を持って来ていた龍之助のを利用した。
「シュラインさん。どうかしたんすか?」
「それでみなもちゃんの周辺を囲んでくれるかしら」
「ここで着替えるの?」
愛が周辺の人ごみを気にしたが、ここにいるのは草間興信所に集まる面々である。そう簡単に普通の男が何か出来るわけがない。
制服姿のみなもがその中で着替えている間、男性陣の目は周囲に充分威嚇していた。
途中みなもからシュラインと愛に内緒話がされ、二人が替え用の真新しいストッキングを渡していたが、男性陣にはそれが意味するものに気付かない。中学生のみなもには、姉のドレスは大きいらしい。極一部なのだが……。
そしてドレスに着替えて出てきたみなもは、少々恥ずかしそうに俯きながら、
「用意出来ました」
と小声で一発芸を披露し始めた。
用意してきた水をセッティングしたみなもは、片方の手の平をふわりと広げて微笑む。
するとそこからはどんな仕掛けがあるのか、水が弧を描いて流れ落ちていく様を目にすることが出来た。手を交差させると、水のアーチも動きに合わせて曲線を描いて流れ落ちる。
フワリ、フワリ──…
サラリ、サラリ──…
手が動くたびに、水は生き物のようにその姿を変え、見る者の心を捕えて離さない。
声を上げることも忘れ、各々が魅入っていた。
次にみなもが祈りを捧げるように両手を組み、中に何かあるように広げれば、そこには綺麗なビー玉とそれを掲げるように水の台座が現れる。片手をそっと外し、上から手を翳せば、ビー玉は水の中で軽やかに踊って見せた。
「………幻想的じゃのぉ」
うっとりと眺めていた一兵衛は、水を操るみなもと水の芸術に声を洩らす。
そして水がまたアーチへと戻ると、みなもがくるりと回転して大きな円を描いた。それはさながら鳥かごのようで、みなもを囚われの姫のように映し出す。
優雅で美しい水芸は姫を解放するように、スッと水がなくなったところで終わりと告げた。
ドレスの裾を両手で持ち上げ、みなもが一礼してみれば、いつの間にか集まった他の宴会客から盛大な拍手を貰う。
少し照れ臭いけれど、みなもの一発芸……いや水芸は好評だったようだ。
「さてと。みなもちゃんの後で恐縮だけど、トリはあたしのようね……」
立ち上がってにこりと笑ったのは、一発芸のトリを飾る愛。
「んじゃ見せてもらおうか」
「頑張って下さいっス!!」
龍之助の声援を受けて、愛は薄く笑みを浮かべてみせた。
「愛さんの芸はなんですか?」
もぞもぞとまた毛布の中で着替えをしながら、ひょこりと顔を出したみなもが尋ねる。それにシュラインも愛の方へ向き直り、何をするのかしら?と首を傾げた。
愛には龍之助やみなものように、何かを用意している素振りはない。何か特別な力を持っているのだろう彼女も、シュラインや一兵衛のように能力を使うのだろうか。
もしかしたら、ここ一番の大技を披露してくれるのかもしれない。
誰もが期待し、胸高鳴らせた時、シュン!と風を切るような音が聞こえた。
そして──…
「常連のお客様しか見ることの出来ない、あたしの『ワザ』を見てもらいましょうか♪」
「ワザ……って、なんすか?」
龍之助の疑問と共に、さっきまで確かに毛布を持ってみなもの着替え室を作っていた、風月の姿が見当たらないことに気付く。
一体何がどうしたのか、と草間が左右を確認してみれば、
「って……何しやがる!!」
頭上から風月の声が聞こえてきた。
「これがあたしの『ワザ』。どう、木に吊るされるなんて、幼少時代ぶりなんじゃない?」
「幼少時代にもねーよ!!いいから降ろせ!!」
「風月…一度だけありますよ♪」
にこりと微笑んだ双子の兄である華月だが、助ける気があるのかないのか判らない科白を弟へと向ける。風月が言うには、助ける気はサラサラない態度だそうだ。
この愛のワザは、職業柄と言ってもいいだろう。瞬時に動かす縄で、相手を拘束して木に吊るし上げたのだ。先ほどの風を斬るような音は、愛が縄を動かした音だったらしい。
しかし何故風月が選ばれたのか……。
「吊るし上げやすい場所に、たまたま風月が居ただけよ。なんなら全員吊るしましょうか」
妖艶に微笑む愛に、シュラインとみなもが丁重にお断りする。愛も二人にするつもりはなかったのだが、その微笑みに「もしかしたら」と思われたのかもしれない。
逆に凍ったのは男性陣だった。
「私は持病の癪が……」
よろよろと業とらしく、その場に座り込む一兵衛。
「俺はちょっと風邪気味っス!!」
ごほ、ごほとさっきまで元気いっぱいだった龍之助が咳き込んだ。
「私は愛さんを信じていますから♪」
にっこり笑った先で拒否を表現する華月。
残るは──…
全員の目が一人の男性に向けられた。
「……なんで皆して俺を見るんだ?」
悪寒を感じながら、草間が一歩、また一歩と後退していく。
「貴方もどうかしら」
言葉より早く草間の体が宙を舞い、巧みに操られた縄によって、風月の横にぶらりと吊るされる。端から見たら桜の木にぶら下がる蓑虫かもしれない。
「降ろしやがれ〜〜!!」
「降ろしてくれ!!」
二つの蓑虫を他所に、
「さっ、芸も披露したし、花見の続きでもしましょう♪」
愛を初めとする面々は、見ないフリして宴会の続きを始めた。
愛とみなもが空のペットボトルをマイク代わりに歌を歌い、それを見て一兵衛が難しそうな顔をする。最近の歌は判らないらしく二人の歌が終わると、演歌を披露して逆に二人の首を傾げさせた。
吊るされていた二人も結局は降ろしてもらい、シュラインが草間に酌をすれば、不機嫌な風月が「対決だ!」と草間を道連れに酒を煽る。
龍之助は「以前、姉がお世話になりました」と、華月に酌をしつつ苦笑いを浮かべた。華月はそれを飲みながら、龍之助と他愛もない会話をする。
そうして花見が終宴する時、ふとシュラインの疑問が口をついて出た。
「そういえば、武彦さんの一発芸はないのかしら?」
けれど酔っ払い、毛布に包まり眠る草間には、その声は届かない。
代わりに頬を赤らめた風月がぶっきら棒な口調で皆に言った。
「草間には一発芸なんて出来ねぇだろ。だってこいつには、変な能力がねぇだろ」
「ふむ。なるほどのう」
「まっ、そういうこった。──んじゃ、お開きとするか」
「あっ、ちゃんと家に帰るまでが宴会っスからね。片付けもちゃんとするんすよ」
ゴミ袋片手に龍之助が言うと、皆で苦笑いを浮かべて片付けを始める。
そして寝ている草間を風月が背負い、シュラインと一緒に草間興信所まで一緒に行くことに。
愛とみなもは一兵衛、龍之助、華月に家の近くまできちんと送り届けられたらしい。
楽しい雰囲気のまま、宴はこうして幕を閉じた───
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086】シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳
→翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
【0218】湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)/男/17歳
→高校生
【0830】藤咲・愛(ふじさき・あい)/女/26歳
→歌舞伎町の女王
【1252】海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳
→中学生
【1276】天宮・一兵衛(あまみや・いちべえ)/男/72歳
→楽隠居(元大学教授)
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■ ライター通信 ■
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東京怪談「桜眺酒呑」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?
久しぶりの依頼ということで、一度はやってみたかった季節物(旬が命)
を取り扱ってみましたが、時期が……微妙にずれてしまった気が。
旬…通り過ごしてしまった気がします。(がくり)
とはいえ、やはり桜はいいですよね♪ということで書かせて頂きました。
数字は行動順番です。花見の席への到着順と考えて下さい。
また和歌に関してですが、意味は調べて下さると…。
読んでそのままなカンジですが、とても綺麗な歌だと思いまして
使わせて頂きました。
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