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<東京怪談ノベル(シングル)>


湯けむりの向こうには

 竹林に囲まれた、真っ青な空の下の岩の露天風呂。
 真新しい竹の匂いもかぐわしく、たちのぼる湯気も瑞々しくていい気分。

「写真一枚‥‥いいですか〜?」
「はい‥‥どうぞ」

 かしゃり。

 滑らかな美しい曲線を描く、うなじから肩のライン。色白の肌には、まだ若いというよりも幼さが面立ちに残る少女にも、艶めいた色気が漂っている。
 ファインダー越しに、その後姿を含んで温泉の風景を撮影していた、三下・定雄の胸は変なトキメキを感じていたりして。
 ・・‥い、いや、三下はそんな男ではない。
 けれど、この少女は本当に16歳か。
 光輝くようなブロンドの髪は湯につからぬように結い上げ、微かに振り返る横顔には、エメラルドの美しい瞳が宿り、そしてその表情はどこか憂いを感じさせた。
「‥‥あの、まだ、ですか?」
 肩に湯をかけ、体を温めながら、少女はカメラマンに呼びかけた。
「あ、あ、あ、あ‥‥あと、1枚だから〜‥‥」
「そうですか」
 
 カシャリ。

 シャッターの音が聞こえると、三下は足早に岩風呂を出ていってしまった。

「ふぅ‥‥」
 ようやく肩まで湯につかることができて、ファルナ・新宮(−・しんぐう)は、ほっとしたように吐息をつく。
 暖かい湯。
 月刊アトラスの取材の協力で、こんないい温泉につかることができるなんて思わなかった。
 この近所の霊場を訪ね歩く企画の一つだが、人出不足の旅行雑誌の編集部から、三下がアルバイトの温泉取材を頼まれたらしい。行く道のりが同じなので快く引き受けたはいいものの、三下らしく、モデルさんとの連絡の取り合いをすることをうっかり忘れてしまい、たまたま居合わせたファルナが代役を務めたのだ。
「そろそろ‥‥上がろうかな‥‥」
 三下がモタモタしていたせいで、長いこと湯につかりっぱなしでちょっと気分が悪い。
 ファルナは早々に湯から上がると、脱衣所の方に足を向けた。
 取材の為の貸切になっていたため、他の客の姿はない。
 広い脱衣所も凝っていて、天然の竹が敷き詰められていた。瑞々しい香りが辺りを支配している。
 
「‥‥」 
 とても情緒のある素敵な場所だ、と思う。
 仕事なんかじゃなくて、誰かと一緒に来れたらよかったのに。
 例えば‥‥。
「はぁ‥‥」
 ファルナは大きく溜息をついた。
 新しいバスタオルを手にとり、姿見の前でそっと体を拭い始める。
 あの人に会いたい。
 いつか、また会えることがあるんだろうか。
 思うと胸が苦しくなる。苦しくなって涙がこぼれそうになる。
 だけど、思うことを辞めることができない。
 胸の柔らかい膨らみの上にタオルを当て、ファルナは鏡の中の自分の悲しい顔をぼんやりと見つめていた。

「‥‥や、や、やばい〜〜〜!! フィルムが〜〜なんでボクの部屋にあったんだ〜〜〜!!」
 入れたはずなのに〜、と三下はタダでさえあまりいい顔色ではない表情をさらに悪化させながら、宿の廊下を駆けていた。
「ファ、ファ、ファ、ファルナさーんっっ」
「‥‥はい?」
 鏡を見つめていたファルナは、その近づいてくる足音と、三下の声に振り返る。
 三下は更衣室に駆け入り、いきなり土下座した。
「すみません!!ごめんなさい!! もう一度撮りなおさせてくださいーー!!」
「‥‥え、ええ‥‥いいですけど、どうかされたのですか?」
 快く引き受けるファルナの声。
 三下は「あ、あ、ありがとうございます〜〜!!」と泣きそうな声を上げながら、そっと見上げた。

 白い玉のような肌。
 美しいヴィーナスの曲線。少女の淡い胸の膨らみ。キュっとしまったウエスト。‥‥そして早熟な‥‥‥。

「‥‥●▽☆×▲☆☆@!!!!!!」

「え、あ、あっっ、三下さん、三下さん!! どうかなさったんですかっ!!」
 鼻と口から蒸気を噴出し、そのまま床に崩れて白目をむく三下を揺らしながら、ファルナはその名を呼び続けるのだった。



                                                かしこ♪

 write by 鈴猫。