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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


深遠を覗く穴


------<オープニング>--------------------------------------


『この前、遠足で行ったところに大きくて深い穴があって、噂では、そこに入った人は二度と出て来れないそうです。』
 そんな文面が脳裏を過ぎる。あれはどこに書いてあったのだろうか。
 思い返す2、3日前、草間武彦に見せてもらった月刊アトラスに掲載されていたものだ。恐怖スポット投稿欄だったか。
「だからってそんなやばいところを載せとくなー!!」
 ルートは絶叫して、助けを呼ぶため(月刊アトラス編集部に殴り込みに行くと想像されます)、その場から空間移動した。



 遡ること数時間前。
 ルートがその洞窟を発見したのは偶然だった。片翼でふよふよと空を飛んでいると、女性の啜り泣く声が聞こえてきたのだ。
 悪魔である彼は、はっきり言って人間の悲しみを軽減してやろうという気持ちなど毛頭抱くはずがない。しかし、生まれたばかりの頃に草間に拾われて名前を貰ったルートは、彼を主と認めて心酔しているのである。洞窟との遭遇は、草間の元に仕事を持っていってやろうという健気な捜査活動が功を奏したのだとも言えた。
 ルートは好奇心に打ち震えて、何も考えずに中に飛び込んだ。足場はじめじめしており、空気が陰気で澱んでいるところに、一体どんな女の人が迷い込んだのだろうかと、ちらりと思った。
 落石を飛び越え、複雑な地形を進んでいった最奥に、髪の長い女性が後ろを向いて肩を震わせていた。
「どうしたんだ? 大丈夫?」
 驚かさないように牙や角、片翼を隠して人間に化け(この思考は教育の賜物だった)、ルートは駆け寄って彼女を振り向かせようとした。
「……助けてください。」
 奥のある箇所を指差したまま、彼女は首を横に振って恐怖と戦っている。
「何かあるのか?」
 ルートは奥へと足を向けようとしたそのとき、背中を向けた彼に女性が飛び掛ってきたのだ。気配を感じて飛び退いたルートは、相手の姿を見て、驚愕に目を見開いた。大きく開いた口からは鋭い牙が覗いている。
 どうやら彼女は彷徨い込んできた人間を食べていたらしい。よく見ると、周囲には恨めしげな頭蓋骨が並び、人間の骨が散乱している。
「ちっ。避けられたのは初めてだわ。あのまま殺られていれば、楽に死ねたものを。」
「ら、ラミア?!」
 上半身は女性だが、下半身は蛇の怪物の名前を叫び、ルートはくらりと眩暈を覚えた。


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「こらー!! 編集長はどこにいる?!」
 突如として空間内に現れたルートによって、三下忠雄は踏み潰されて机に突っ伏した。
「三下さん?!」
 ちょうど月刊アトラス編集部に遊びに来ていた淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい)が、三下を助けようとしてルートの進路を邪魔してしまった。蹴られそうになったところを避けたため、勢いあまってエディヒソイは床に転がる。
「一体何やねん!」
 哀れな被害者を気にすることなく、ルートは一番奥の席の碇麗香の元へ駆け寄った。
「おい、お前か? 月刊アトラスの編集長!」
「そうだけど。どちら様?」
 麗香はルートがいきなり現れた現場をしっかりと見ていた。エディヒソイがぶつぶつ呟きながら三下を叩き起こしている。
「あらルート、どうしたの? 血相変えて。」
 麗香に答えを返す前に、シュライン・エマがルートの肩に手を置いた。予想外の人物の声に、ルートは驚いて目を丸くする。怒りのあまり周囲を見ていなかった。
「え? シュライン? 何でこんなとこに……。」
「原稿を渡しに来たの。ねえルート、アレほど、アレほど、アレほど口酸っぱくして空間移動なんて人前でやるなと言った筈だったけれど、一体何処にその記憶落してきたのかしらぁ?」
「痛いひぃたいいひゃい!!」
 にこにこと笑いながら、シュラインはルートの頬をぐいぐいと引張った。あまりの痛みに、ルートが暴れる。麗香の机の上に乗せられていた原稿や書類が激しく床に散らばった。
「何してるんですか!」
 ばしっと背後からハリセンで一撃にされ、ルートが沈む。ようやくシュラインからは開放された。
「まったく、また暴れて。」
「何すんだよっ!」
 喚きつつ顔を上げ、ルートの顔が引き攣った。
「げっ……悠也。」
「何ですか、そのげっていうのは。」
「なんでもないなんでもない。ってか、何で悠也までこんなとこにいるんだよ。」
 斎・悠也(いつき・ゆうや)に睨まれ、ルートは激しく首を横に振った。急いで頭を触って、角やらなにやら出ていないことを確認する。シュラインと悠也はルートの教育係なのである。不備があれば怒られると思って(すでに空間移動のことでシュラインに怒られたが)、びくびくと悠也を窺う。
「資料を見に来たんですよ。……ルートはこの間からの言いつけは守っているみたいですね。」
「あ、当たり前だろ。」
「そうね。ちゃんと人間に化けたことは褒めてあげるわ。いい子いい子。」
 シュラインに頭をよしよしと撫でられ、ほっとしつつもルートは嬉しそうに笑った。
「で、何か緊急事態でもあったんですか?」
「そうなんだよ! 大変なんだ!」



 ルートの説明を聞き、その場の全員が難しい顔をして、うーんと腕を組んだ。
「ラミア、ですか。……それはまた物騒な。」
「そうね。これが本当ならば一大事よ。ちょっと専門家に電話してみるわ。ちょっと待っててくれない?」
 麗香が受話器を手にして、どこかに電話をかけ始めた。シュラインはその間に今月号の月刊アトラスをめくり、例の投稿欄を見つける。
「本当に書いてあるわね。」
「誰かが興味本位で行ったりしたら大変なことになりますね。」
「怪物やもんなぁ。めっちゃ危険やん。」
 エディヒソイも傍らで話を聞いていて眉を顰める。
「そうだ。ルート、これは助手の修行です。」
「は? どういうこと?」
 悠也の突然の提案に、ルートはきょとんとする。詳しい説明をせずに、電話の終わった麗香に向き直った。
「麗香さん、ルートとその記事の追跡調査という形でラミアを倒して記事にしますから、ルートをバイトとして雇うのはどうでしょう?」
「……それはいいけれど?」
 記事になるのであれば、麗香は多少の出費は目を瞑ることにしている。そういう体制でなければ、三下などここで仕事をしていられないだろう。
「はあ? ここのバイトになって俺、どうすんの?」
 草間の助手にすらまだなれていないルートは、他の場所に浮気するつもりはなかった。
「だから修行ですよ、修行。それに、バイト代で煙草でも買っていけば武彦さんが喜んでくれるかもしれませんよ?」
「武彦に煙草持っていったら喜ぶのか?!」
 きらりとルートの目が輝く。悠也は慌てて付け足した。これまでの付き合いで、思考回路は読んでいる。
「言っておきますけど、ちゃんと働いて儲かったお金で買うんですよ。魔力とかで奪ってきたらダメですからね。」
「……ちぇっ。」
「やっぱりする気だったんですか?」
「ううん。全然。そんなこと考えてないって。」
「では、ルート、ちゃんと一緒に行く人を守ってくださいね?」
「お、おう。」
 悠也にやましい考えがばれていやしないかとひやひやしながら、ルートはこくこくと頷いた。
「ところで、誰が一緒に行くのかしら?」
 麗香が周囲を見回す。言い出した悠也は当然行くのだろうと、他に目を向けた。
「うちうち! その怪物見てみたいし。」
「あ、エディーも行くのか!」
 ぱっとエディヒソイが挙手をすると、ルートが嬉しそうに笑う。エディヒソイとは悪戯仲間であるのだ。
「私も行こうかな。」
 シュラインも頷いた。ちらりと心配そうにルートを見やる。無茶をし過ぎないように見張っておくつもりだった。
「さっき、誰に電話しとったん?」
「近くにいると言っていたから、そろそろ来ると思うわ。」
 麗香の言うとおり、すぐに宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)がやってきた。
「ラミアが出た、だって?」
 なんだかひどく慌てている。
「何で西洋の魔物が日本にいるんだ? どういう経路で?」
 日本の霊的防衛の一翼を担っている一族の総帥である皇騎にとって、この事件は一大事だった。思わず、ルートを締め上げようという仕草を見せる。身の危険を感じ、ルートは慌てて近くにいた悠也の後ろに隠れた。
「月刊アトラスの投稿記事はどれだい?」
「ああ、これよ。」
 シュラインがちょうど見ていたページを皇騎に示した。皇騎はここに来る前に急いで調べた警察情報を照らし合わせてみる。
「以前から特に騒がれていた場所ではないみたいだな。」
「どういうこと?」
「被害にあった人が多くないってことさ。さあ、その洞窟に案内してくれ。」
「参加者は5人ってことやな。」
「じゃ、俺にしっかり捕まって〜!」
 ルートがどこか得意そうに胸を張る。
「ちょっと、人の話聞いてたの?」
 意図を悟って、シュラインが腕組みをしつつ、ルートに詰め寄る。
「だって、ここからかなり遠いんだぜ? 時間かかるだろ。」
「一理ありますよ。早く行った方がいいですしね。」
 悠也がルートの肩を持ったので、シュラインは渋々それに従った。
 エディヒソイはすでにわくわくとルートに捕まっている。皇騎は今ひとつ状況が分からなかったが、言われたとおりにしていた。
「しっかり記事にしてきなさいよ。」
 麗香はにっこりとその5人の調査隊を送り出した。



「貴重な体験させてもろたわ。」
 エディヒソイがふらふらしながら、洞窟の中へと入っていく。空間移動の負荷にシュラインと皇騎もぐらぐらする頭を抱えていた。
「もう少し上手に飛んで来れないんですか?」
「えー。ちゃんとやったって。慣れてないだけだろ。」
 一人平気な顔をしている悠也がルートに文句を言っていた。人のいないところに来たので、ルートはいつもの悪魔の姿に戻っている。
 奥へ奥へと洞窟の中を進んでいく。じめじめした足場と澱んだ空気に当てられて、何も知らない人間はすぐに引き返してしまうだろうと思われた。このせいで、被害者の数が少ないのだろう。
「どの辺にラミアがいるんだい?」
 皇騎がルートにそう囁きかけた。
「このすぐ奥。右に曲がったところにいたぜ。」
「分かった。まず、私が先に迷い込んだ振りをしてラミアのところまで行って、何故こんなところにいるのか聞いてみるよ。」
 皇騎が振り返ると、他の3人が了解の意を込めて頷いた。
「ちょっと待って。ルートが言った位置から少し移動しているみたいだわ。右に曲がってももう少し先に進んだところにいるみたい。」
 シュラインがラミアの呼吸音を聞きつけて、そうアドバイスをした。
 礼を言って皇騎が行ってしまうと、シュラインはすぐさま音の壁を自分たちの前に作り、何かあったらすぐに音の攻撃が出来るように体制を整えておく。
 皇騎が助言に従って進んでいくと、確かに言われた場所で女の人が啜り泣いている。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
 心配そうに声をかけると、彼女は奥のある箇所を指して、震える。
「……助けてください。」
 掠れた声を出し、怯える様はまさしくか弱い女性に見える。皇騎は警戒しながらも、彼女に背を向けて、指された方を見やる。
 背後が動いた気配を感じ取ると、さっと身体を沈めて第一撃をかわした。演技で、驚愕に目を見開いた。
「な、何をするんですか?!」
「下手に避けると、長く苦しむことになるわよ。」
 ルートに逃げられて空腹だったのか、すっかりラミアの姿になっていた。
「何であなたのような怪物がこんなところにいるんですか!」
「エサが豊富にあると聞いて渡ってきただけよ。ちょっとした手違いでここに閉じ込められてしまったけどね。」
 簡単にこんな怪物が入り込めてしまっているらしい。皇騎は日本の警護の杜撰さに舌打ちしたい気分だった。
「なるほど。分かりました。私は陰陽師の宮小路・皇騎。改心して罪を償うなら、私の式神として命だけは助けてあげますよ。」
「何を言っている!」
 ラミアは鼻で笑い、皇騎に襲い掛かってきた。
「ルート、皇騎さんの耳を塞いで!」
 シュラインの声と共に、空間に他の音が乱入してきた。人間には聞こえない音域の超音波で、ラミア近辺を激しく揺さぶっていく。ルートの魔力のおかげで、皇騎はその影響を受けずに済んだ。
「ふっ、猪口才な!」
 脳震盪を起こさせようとした超音波は、ラミアの一声で消し飛んだ。皇騎は衝撃に巻き込まれる前に退散している。
 効果なしかと思われた超音波だったが、奥の場所では、潜んでいたこうもりの大群がぼとぼとと地面に落ちて痙攣していた。
「見つかってるで。逃げな!」
 エディヒソイ先陣を切って退路を探す。そのすぐ後をルートが追い、シュラインと悠也が続いた。皇騎は殿を守り、封じの鏡という呪具を使ってラミアの魅了に対抗する。
「逃がさないよ!」
 ラミアは自分の目玉を取り出して宙に放った。目玉が逃げた先へと追いかけてくる。
 洞窟の中を誰よりもよく知っているラミアは、目玉の情報から先回りをして襲ってきた。悠也が風神の護符を使って、風を起こし、ラミアに反撃した。致命傷を与える前に、するりと逃げられてしまう。
「キリがあらへんで!」
「あの瞳を押さえたら大人しくなるはずですよ。」
「しゃあないな。うちが囮になるから、援護よろしゅう。」
 悠也の助言を受け、エディヒソイが進路を変えて、走り出す。
「エディー!」
 ルートが慌てて追ってくる。悠也とみんなを守るよう約束している。目玉の方へと駆けていくエディヒソイは格好の的だ。囮なのは分かるが、それにしてはあまりにも無防備だった。
「危ないってば!」
 ルートが身体ごとぶつかっていき、エディヒソイを地面に引き倒した。そのすぐ上をラミアの蛇の尻尾が凪いで行く。
「……あぶねーっ!」
 今更ながらひやりとした。
「ラミア!!」
 獲物に避けられ、一瞬体制を崩したラミアを見逃さず、皇騎が呪具を翳す。瞳が逃げようと移動した場所が、ちょうどエディヒソイの射程距離内に入っていた。
「覚悟し!!」
 得意能力の重力操作を発動して、瞳を押し潰す。ラミアの本体が悲鳴を上げて仰け反った。
 皇騎は武器召喚で不動明王の『羂索』を喚び、暴れ回る本体を絡み捕って動きを封じた。そのまま印を唱え続けると、ラミアの動きが段々鈍っていき、とうとう鏡の中に吸い込まれていった。
「……これで永劫の彼方に封印した。」
 ほーっと全員が詰めていた息を吐いた。
「つっらー。こりゃうちらもバイト代貰わなやってられへんで。」
「そうですね。請求してみましょうか。」
「しかし、あまりにも杜撰な警護体制が判明したよ。気を引き締めないとな。まだ他にも西洋から魔物が紛れ込んでいるかもしれない。」
 一人生真面目に皇騎が難しい顔をしている。エディヒソイは気が抜けて地面に寝転がった。
 シュラインはルートの傍へと歩み寄る。
「お疲れさま。ちゃんと頑張ったわね。」
「あーあ、服がぼろぼろになっちゃったぜ。」
「じゃあ、買いに行こっか。ルート、すぐに汚れたり破いたりするんだもの。そろそろ春物も用意しないといけないし、合せに行きましょうね。」
「マジで? わーい。やったー。ついでに武彦の春物も買ってやれよ。俺がぼろぼろにしてるから、あいつの服もなくなってるぞ。」
「武彦さんの煙草も一緒に買おうか。どうせルート、どの銘柄が好きか知らないでしょ。」
「知ってるって!」
「じゃあ何?」
「…………うっ。ほらあの、赤いパッケージの奴!」
「ルート、それより先に、記事を書かないといけませんよ。」
 悠也の発言に、ルートは派手に表情を歪めた。
「げーっ、忘れてた! まだ仕事残ってるのかよ。」
(ちゃんと俺たちを守ってくれていましたし、次に持っていく差し入れはルートの好きなお菓子にしましょう。)
 ルートの喚き声を聞きながら、悠也はぼんやりとそんなことを考えていた。


 *END*


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき) / 男 / 20歳 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)】
【1207 / 淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい) / 男 / 17歳 / 高校生】
【0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや) / 男 / 21歳 / 大学生・バイトでホスト】
(受注順で並んでいます。)

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、龍牙 凌です。
この依頼に参加していただき、本当にありがとうございます。
今回は純粋にバトルということでしたが、如何でしたでしょうか。
おかげさまで、ルートも少しずつ成長して行っているみたいですね。
満足して頂けたら幸いです。
それでは、また機会があったらお目にかかりましょう。