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<PCシナリオノベル(シングル)>


味方していない者は敵対している

「方法としては…単純だね、すごく」
年配というには若く壮年というにはちと老けた、西尾蔵人は眠そうな目を正面に向け、ハンドルを握ったまま、ぼそぼそとしたしゃべり方で同乗する青年が請うた事件の詳細を説明する。
「まぁ…体の部品を切って持っていく。それだけなんだけどね」
「それだけ…じゃ、わざわざ俺を引っ張り出す意味がないだろ、西尾さん」
うん、まぁそうなんだけど…蔵人はふぅ、と疲れたような息を吐いて前方の信号が点滅するにギアを落とした。
「内情を外に漏らさない…ってか、漏らせないけどね、俺は」
青年は薄く笑って踵を助手席のシートにあて片膝を立てて組んだ両手にバランスを保って背筋と腕の筋とを伸ばす。
「標的に近い体格を持つヤツだけならまだアレだけどさ。身代わりに護身の…術の心得が必要な理由ってのが説明に欠けてたと思うんだけど?」
 会話からするに、彼が地方の大会であるが日本新に近い記録を残すに、選考会に招かれた短距離選手…では勿論ない。
 willies症候群がなりを潜めたかと思えば、今度は連続殺人事件が世間の関心事である。
 20代前後の若い世代、大なり小なりの記録を残したスポーツ選手が被害者である話題性、その身体の一部を持ち去られる猟奇性とに、怨恨か復讐か逆恨みかとマスコミがこぞって取り上げるのに警察もようやく重い腰を上げ、該当すると思しき者に警備が配される事となり…その水面下でどのような手が配されたかは常人に知る由も知る必要もないが、実際の警護にあたるは通称『IO2』、常識的に考えられない、有り得ないとされる超常現象を、一般人にとって有り得ないものとする為の超国家的組織だ。
 一連の事件に心霊テロ組織『虚無の境界』が絡むと践んだ『IO2』は、犯人の捕縛に乗り出すに、先に青年が称した条件に適う者を囮として能力者に協力を求め…青年は自ら志願してここに居るのである。
 事が起こった場合、標的は指示に従い人気のない、被害の少ない場所まで犯人を誘導する…それが青年に与えられた指示なのだが。
「紛いなりにも命を張るかも知んねーお役目なんだ、多少は情報リークしてもバチあたんねーぜ?」
 畳み掛けられるに、蔵人は首が凝った風に左右に倒し、重い口を開いた。
「まぁね…概ねはニュースでやってる通りなんだけど。能力者である必要性があるのは…被害者の傷がね」
そこで一旦、言葉を切る。
「実にすっぱりとした切り口で…細胞が死にさえしなきゃ、切ったも一度くっつけたらそのまま動くんじゃないかって位」
「何をどーしたらそんなのが出来んの?」
「君にだって出来るんじゃないかなぁ…」
えらく物騒な台詞で遠い目をされる。
「風がね、あるでしょ。あれを上手に使ってね…ホラ、刃物とか金属使うと肉を押して細胞潰しながら切るじゃない。だから細胞と細胞の結合部分を空気で押し開くみたいなカンジで…あぁ、でも血管とか骨とかはちょっとコツが要りそうだよねぇ」
最も、刃物使っても上手にやってのける人も居るよ?と、妙な人脈を覗かせて蔵人。
「…何で、持ち去るんだろ」
陸上選手というには些か細さの目立つ体躯を、日本の北大学の校章を胸に縫い取ったスポーツブランドのジャージに誤魔化し、前後を固めたパトカーを睥睨するに、首を傾ける。
 指の背を口許にあてて思案する青年に、蔵人は言う。
「そんなのは気にしなくていいよ。君には君の役割をしっかり果たして欲しいだけだから…」
事件の解決を依頼したワケじゃない、言外にそんな響きを持たせて。
「そーは言うけど…」
青年はキッと眦を険しくした。
「こんなジャージなんてダサいし、ウィッグなんて頭蒸れて暑いし!カラコンなんて慣れないから痛いし!何か別の事でも考えて気を紛らせてなきゃやってらんないのよ、そこら辺の乙女心ぐらい察しなさいよ、そんなだから嫁の来てもないのよオッサンは!」
常には自称可憐な乙女、今は陸上選手に身をやつした…青年の名を、朧月桜夜という。
「こらこら、座ってなさい朧月クン…ちなみにオジサン、ちゃんと奥さんいるから」
「え?嘘、どんな物好き?」
痩けた頬に無精髭、やる気もなさそで風采の上がらない外観になんとなく恰幅のいい豪快なオバサンを想像する。
「29歳のね…とてもいい奥さんだよ」
蔵人はパタンと運転席の日除けを下ろし、内側のカードホルダーからラミネートされた写真を一枚、桜夜に渡した。
「え、嘘!」
掌の中、ブロンドの髪がバランスの良い顔を縁取り、印象的に大きな緑の瞳が無邪気に笑みを見せる…ポーズが今は懐かしく大きな胸の谷間を強調する「だっちゅーの」なのが気になるが。
「似ー合ーわーなーいーッ!」
絶叫が車内を満たすに、けれどハンドルから手を放せずにその高音を至近で浴びた蔵人は思わずブレーキを踏み込み、後続のパトカーと危うく玉突き事故を起こしそうになる。
「ね、どーやって結婚にこぎつけたの?ナンパ?お見合い?もしかして恋愛!?ねーったら!」
そんな事はちっとも気にせずガクガクと蔵人の肩を揺すぶる桜夜、ちょっと人選を間違ったかも知れないけれども、面接官が自分だっただけに、誰にも責を押しつけられない、ちょっと悲しい中間管理職であった。


 目的は、犯人の捕獲…もしくは処分。
 故に対象と目された人物、の身代わりである桜夜の周囲に自然に、けれど意図的に警備の穴が出来る。
 餌を水に投じなければ、魚が釣れるワケがない。
 だから、とはいえ。
「何してたんだよ、オッサン…」
桜夜は背にした扉のノブを手探りで回すが、開く様子はない…身代わりなだけに本人のパターンを踏襲する必要があり、やった事もないような練習メニュー(それでもソフトな物だつたらしい)を漸く終え、ロッカールームの扉を開いた瞬間に感じた違和感。
 それに対応する間はなく、開いた扉は室内に桜夜を押し込む形で自ら閉じ、現況に至る、のである。
 足下を漂って濃厚な霧…室内には、誰もいない。
 否、正面、薄暮のような光を背に、行儀悪く片膝を立てて壁際の椅子に座った人影があった。
 黒い影が踞っているのか、と思ったそれが立てた膝の上に乗せていた額を上げ日にさらされていなさそうに薄い肌色にようやくそれが生身の人間であるを教え…大きく欠伸をした。
 表情を隠して円い遮光グラスを指で持ち上げ、目をこしこしと擦るのに、無彩色に唯一の色彩…紅、が覗く。
 見慣れたその姿に…桜夜は咄嗟跳ねた鼓動を押さえつけるように、片拳を自らの左胸にあてた。
「よ、アンタ今幸せ?」
いつもと変わらない、楽しげな微笑み。
 この場に『虚無の境界』の者である、黒衣の青年が…ピュン・フーが居るその理由はひとつしかない。
 桜夜は動揺と緊張とを鎮める為、小さく、長く息を吐き出し…毅然と顔を上げた。


「アンタ今幸せェ?」
桜夜は肺に残った最後の息を笑いの形に短く吐き出し、嘲笑うかのように片頬で笑った。
「可愛い嫁さんなるまで未だ死ぬ気ねェって何度言ったら判るんだァよ」
「可愛い?」
ピュン・フーが首を傾げる…本気で解っていない風に、桜夜は頬をひくつかせた。
「悪ィけど神妙にお縄についてくれよ?」
声は低く発している、姿も男だ…髪も目も、人工の品で隠してある。
 が、そんな外見に惑わされて桜夜と解らないなど、以ての外だった。
「ふぅん、お前標的じゃないのか…」
つまらなさそうに肩を竦めたピュン・フーはひょいと身軽く立ち上がった。
「無駄足だったなぁ…んじゃ、殺してさっさと帰るか」
「………やってみろよ!」
予備動作はなく、周囲に光球の形で桜夜の力…半ば我流で陰陽師の力として整えてきた生来に備わった強大な力を、符も介さずに発現させる。
「一歩でも動いたら腹に風穴空くぜ?」
その言葉が終わるよりも先、ピュン・フーの片手が喉を掴んだ。
 避けれる距離は充分にあった。が、動きを目で追う事は適わず…鋭利な刃として伸びた五指の爪は既に、桜夜の胸に吸い込まれていた。
「悪ィね」
僅かに眉だけを上げたピュン・フーは自らが手に掛けた青年から目を逸らさず、衝撃に扉に打ち付けた背と…胸を貫く爪、を支点にどうにか立つ桜夜を片手で拝んで謝罪する。
「………こっちの方こそ」
驚愕に凍り付いた顔が、その言葉に表情を消した。
 スウ、と色合いと輪郭を薄め…ピュン・フーの手に十二単の袖から伸びる細い手が添えられる。
「『咲耶』、封じて」
声は、横に並んだロッカーの影から。
 青年の姿から和装に転じた桜夜が、今度は輪郭を崩してピュン・フーの腕を包んでとろけるような光に落ち、その足下の霧を払って陣を描き出した。
「コレもお仕事の一環?俺もだけどさ」
ロッカーの影から、腕を組んで姿を見せた桜夜に、ピュン・フーはきょとんとした表情の後に破顔した。
「なんだ桜夜じゃん、奇遇だなー。今幸せ?」
「なんでさっき分かんなくって、今なら解るのよ…」
桜夜の姿は先と変わらない。
 主人の姿を映した式神『咲耶姫』を更に囮に、まんまと容疑者の捕獲に成功した桜夜は、円陣の封じから手も足も出せないピュン・フーの前に立った。
「そりゃ解るだろ…似合ってねーけどな。いつものどしたんだよ?」
「アタシだってしたくないわよこんなダサい格好!でも仕方ないでしょ、報酬欲しかったんだから!」
不機嫌も顕わにぷいと横を向く桜夜の行動は、姿は違えどいつもと変わらず、ピュン・フーは肩を震わせた。
「あぁまぁな。金払い、いいもんな『IO2』」
だが、桜夜の望んだ報酬は現金ではなく…『虚無の境界』の情報だった。
 ピュン・フーに…眼前に立つ彼に問いたい事があったからこそ、同居人がアンダーサイトとで面白い告知があった、と夕食の席に何気なく話題に出したこの囮作戦に乗ったのだ。
「ねえ…貴方、本当に連中に与したくてしてる訳?」
桜夜はすとんとその場にししゃがみ込んだ、
 膝を抱えるように、見上げる桜夜を立ったままピュン・フーは先を促すように…その円いサングラスを取って、赤い瞳を晒した。
「肯定的な発言聞いたことない気がするんだけど」
「そっか?自分じゃあんまわかんねぇなぁ」
首を傾げてピュン・フーは己の頬骨のあたりをポリと掻く。
「………俺にとっちゃ、どっちも一緒なんだよな」
どちら側を殺すか。差は、それだけ。
 あっけらかんとそう言い、肩を竦めて「こんな答えでいい?」といつもの笑みを向けるに、桜夜は息を吐いた。
「アタシはアタシの好きな人が笑ってるの見るのが好きだけど…貴方はその中には入ってくれないのかなァ?」
笑おうとしたが、苦笑いになってしまったのに、桜夜は膝頭に額をつけた。
 けれど今向けられた笑顔は…桜夜でない誰か、それこそ見知らぬ陸上選手に向けるものと同じ質で、なんだか情けない。
 殺しても構わない、そんな対象と同じ位置でしかなのかと、思う。
「おい、桜夜どーしたよ」
ピュン・フーが声をかけるが桜夜は顔が上げれない。
「桜夜?」
もう一度、名を呼んで反応がないのに、ピュン・フーが沈黙する…と、『咲耶』が異変を告げた。
 目元を拭う動作と共に立ち上がると、陣の内側…封じられた場で、自らの手首を爪で切り裂き、濃密な赤を滴らせる青年の姿に、桜夜は息を詰めた。
「何…してんのよ!」
「あぁ…ちょっと待てって」
そのまま、前屈にひょいと身を折り、爪の先から零れる血で、『咲耶』が構成する陣を丁寧になぞって行く…式神は、自らの身が闇に浸蝕され封じきれないと桜夜に伝え、ふつ、と繋がる感覚が途切れると同時に封印は消え去った。
 目には赤く…けれど、闇の質に暗い血の色をぽたりと床に咲かせてピュン・フーは桜夜に手を伸ばした。
 思わず後ずさる桜夜、だがピュン・フーの手は傷つける、ではなく宥めるように桜夜の頭を撫でた。
「いい女が泣いていいのは男を落とす時だけって相場が決まってるだろ?」
いつにない、微笑と共に、かけられる言葉。
「…泣いてなんかないわよッ!」
頬に朱を上らせた桜夜は、ジャージを勢いよく脱ぎ捨てた。
「それによく見なさいよ!この体のどこがいい女だっての!」
平坦に女性らしいふくらみのない胸…仮性半陰陽、桜夜の肉体は遺伝子は女性の物であるのだが、その身体構成は男性である、特異なものだ。
 それを疎まれて長い年月、家の奥深く幽閉された身、曖昧さを嫌う性格は不確かな自分を厭ってのものかも知れない。
「…………ホントだ」
「!!」
明かされた衝撃の事実にしばしの沈黙の後…ピュン・フーはあろう事か、桜夜の股間を叩いた。
「ちょっとピュン・フー乙女になんて事すんのよ!もう今殺す、マジ殺す!」
「ホラ、乙女なんだろ?」
当然の如く激昂した桜夜が力を発動させるに、ケラケラと笑ってふわりと黒革のコートに風を孕ませて後ろに跳んだ。
「体が男がどーしたよ。自分の好きと嫌いがはっきりしてて、それを他人のせいにしないで…可愛い、いい女じゃん?桜夜」
その背に、めきめきと骨を変形させる嫌な音をさせて拡がる、皮翼。
「なんかこれで終わりってのも物足りねーけど…今日はこん位にして、また遊ぼうな♪」
言うが様、ピュン・フーは採光に部屋の上部に取られた窓まで飛び上がると、そのまま硝子を割り散らして戸外へと逃れた。
 同時に、足下にたゆたっていた霧も、陽光から逃れるように何処かへ消える。
「次に逢った時には承知しないんだから!」
桜夜の声が届いたかどうか。
 名残にきらりと砕けた硝子が、光を弾いて床に落ちた。