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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


学校の怪談 〜体育館裏の幽霊〜

++++opening
「それで?」
 書類の整理を終え、退社の準備をしている麗香に、とても気まずい様子で三下は声をかけた。
「また来てるんです、彼女達」
「‥‥また?」
 眉を寄せ、麗香は「もう」と小さく頬を膨らませる。

 最近の編集部名物・私立鶯女子学園のミステリー研究会御一行。
 ミーハー盛りの三人の少女が、自分の学園に起こっている奇怪な出来事を編集部に取材にきて欲しいと直談判に来ているのである。
 話は何度か聞いて、そのうち取材に行くから、と答えてはあるのだが、この手の話題に想像以上だったという試しはあんまりないのだ。
「しょうがないわね〜」
 髪をすくように右の手の平で持ち上げて、麗香は応接室で待つ少女達の元に顔を出した。

 少女達は瞳を輝かせて、美人でスタイルもよくてカッコイイ編集長の登場に歓喜する。
 麗香は苦笑して、それじゃためしに取材に行かせてみようかしらね、と根負けした感じで呟くのだった。

 -----調査内容-----
「私立鶯学園は、創立から130年の歴史を持つという、名門の女子学園だ。
 その学園にある体育館の裏に、最近白い制服の少女の幽霊が出るという噂だった。
 出現時間は、大抵夕暮れ。放課後の場合が多いそうである。
 幽霊の着ている制服は、学園の生徒達が来ている制服とはいささかデザインが異なるという。ミステリー研究会で調査したところ、どうも15年ほど前までのデザインだったようだ。

 そして、その幽霊を見た生徒は必ず怪我をするといわれていた。
 階段から落ちたり、車にぶつかったり、プールで溺れたり‥‥。
 そしてミステリー研究会の一人、此花・桃(このはな・もも)もまた、つい先日、その幽霊を目撃してしまったのだという。

「どうかどうか、私を助けてください! 碇編集長様ぁぁぁ」
 ふわふわのパーマがかった茶色の髪に、大きな瞳。小柄で可愛らしい顔立ちの彼女が、その瞳にたくさんの涙を溜めて、訴えて見つめるのを、碇は苦笑して見つめ返すのだった。

++++体育館の幽霊+++++

 夕暮れを迎えた広いグラウンド。
 茜色の光に包まれた、人気のない体育館の裏。
 そこに彼女はいた。
 静かなその場所から、そっと校舎を見上げて、小さく嘆息をつく。
 
 ふと、賑やかな声が体育館の向こう側の通路を歩いていく。
 彼女はそっと物陰に隠れるように気配を消した。
『‥‥あ』
 その歩いてゆく三人の女生徒達の中の一人に、何かを見つけ、彼女は大きく目を見開く。
『‥‥い、いけない。貴方‥‥』
 彼女は手を伸ばし、その女生徒に呼びかけた。
 その声に気づいたのか否か、並んで歩く他の友人達と明るく談笑していたその少女は、ふと体育館の方を振り返った。
『‥‥だめ‥‥気を‥‥つけ』
「きゃあああああああっっっ!!」
 彼女を見て、少女は頬に手を当て絶叫する。それに驚いたように彼女はふわりと空中に姿を消した。
「どうしたの、順?」
「大丈夫?」
 他の少女達は、悲鳴を上げて突然座り込んだ少女に驚いて立ち止まり、声をかける。
 少女は泣きじゃくりながら、友人たちに告げた。
「幽霊‥‥どうしよう、私、幽霊見ちゃったぁ〜‥‥」

++++TOKYO25時
 
 摩天楼を見渡す高級ホテルの24階レストラン。
 銀の食器を動かしながら、艶かしい肌を露出する、紫のドレスの女は、紅い唇で男に甘えて話しかけている。
「もう‥・いつもいきなりなんだからぁ‥‥でも、今度は東京なのね、よかったわ」
 答えるのは男。
 端正な顔立ち。まるで美しく彫りこまれたダヴィデ像のようなハンサムな青年だ。
 長身でスマートな体系。黒髪を長く伸ばし、それを後ろで一つに束ねている。
 凛とした雰囲気の青年だが、その瞳だけがとても優しく、そして甘い雰囲気を秘めていた。その瞳で、青年は女に微笑む。
「‥‥ああ。君と離れずに済む。それが一番幸いだ」
「もう‥‥心にも無い癖に」 
 女は微笑む。そして、ゆっくりと席を立つと、バッグを取り、目を細めた。
「じゃ、私そろそろ行くわね」
「ああ‥‥また連絡するよ」
「待ってるわ」
 席を離れていく女。
 凪・龍一朗(なぎ・りゅういちろう)はそれを静かに微笑み見つめた。
 まるでタイミングを計ったように、テーブルの上に出していた携帯電話が揺れ動く。
「‥‥麗香か」
 電話の相手は、碇・麗香だった。 
 甘い響きのテノール・ヴォイス。
「ああ、明日。行くさ。‥‥お前の頼みだ、断れるわけが無いだろう」
『‥‥もう』
 気の強い麗香の溜息のような声が電話口から紡がれた。
「‥‥借りは返すと約束したからな」
『借り? ‥‥ああ、もう。忘れてくれてもよかったのに』
「それは無理だな」
『忘れないっていうのなら、これくらいじゃ足りないわよ。‥‥ともかく、宜しく』
 ぷち。と電話はあっけなく切れた。龍一朗は、クスクスと指を顎に当て、小さく笑い続けた。
 
++++神様

 ふわり。
 ぷかり。
 水の泡の音の響く場所。
 
 海原・みその(うなばら・-)は深海の奥にいた。
 漆黒の麗しい髪、幼い年齢とは裏腹の、大人びた豊満な魅惑的なスタイルを持つ、美しい巫女だ。
「‥‥学校かぁ」
 ひらり。魚たちが身を翻して泳ぐ。
『‥‥行きたいのか』
 優しい声がみそのの上に降り注ぐ。
 みそのが全てをかけて仕える相手。「神」と呼ばれる神々しい存在。
「はい。みなもに頼まれたのもあるし、行ってみようかと思ってます。‥‥制服も手に入れてもらったんです」
 みそのは碇・麗香から借りてもらっていた制服を取り出して、神に見せた。
『‥‥ほう』
 神は目を細めてくれた。
 みそのはそのブレザーの制服を胸に当て、微笑む。

「私でお役に立てるなら頑張ってきます。‥‥学校も行ってみたいですし」


++++バンシー
 
「‥‥幽霊かぁ」
 東京の夜。晴れ渡る夜空に、ふと現われた灰色の靄は、思わぬ天気雨をもたらせていた。
 その雨を窓越しに眺めながら、ヴィヴィアン・マッカランは小さく息をつく。
 銀色の柔らかそうな細い髪に赤い瞳の、笑い上戸の若い女性だ。年齢を聞かれればいつも二十歳と答えている。
 生まれたお国はアイルランド。海の向こうの遠い国。どこにあるのかさえ示せない人も多いくらい。
 背後では「だぁだぁ」とベビーベッドに横になった赤ん坊が、明るい笑い声を響かせていた。
 彼女の職業はベビーシッターだった。今は、夜勤勤めの女性の家で、留守番を勤めているのだ。
 夜鳴きのひどい赤ん坊とは聞いていたが、こんな深夜になっても眠ってくれないのだから困ったものだ。

 高校に出る女の子の幽霊だから、きっと、高校生の幽霊なのだろう。
 家族もいて、夢もあって、好きな人もいたりして、未来が突然ついえてしまうなんて、思いもしない毎日を送っていたのだろうか。
 死んでしまうとは、人生が終わること。
 さっき果たしたばかりの約束を、どんなに頑張っても果たせないこと。
「‥‥」
 口惜しいとか悲しいとか、そんな言葉じゃ収集できない。
 全てが崩れて終わること。「あなたは終わり」そう宣言されること。

 それでも彼女はそこにいる。
 何か伝えたいことがあるのか。
 生への未練か。
「‥‥切なくなっちゃうなぁ」
 ヴィヴィアンは小さく吐息をついた。
 何故ならば、彼女もまた、その同じ経験を積んできたから。それはもう百年以上も昔の話。
 ヴィヴィアンの正体はバンシーと呼ばれる妖怪だ。若くして死んだ娘が変化するという妖怪。

「あ〜‥‥ん」
 
 背後のベッドで赤ん坊が、むずり声を上げた。
 ヴィヴィアンはすぐに笑顔を取り戻し、ベッドの側に駆けつけた。
「あらら、どうしたのかなっ♪ よちよちっっ」

++++大学生

「それはきっと階段から落ちて、車に跳ねられ、プールで溺れ死んだ女の子の呪いだ!! 間違いないな」
「‥‥」
 頬に手をあてたまま、彼を皿のような視線で見守る麗香の視線はとても厳しい。
 あ、う‥‥と声を詰まらせ、八柘・房(やつ・ふさ)の両手はぱたぱたと宙を舞った。
「あ、あ、あんまり面白くなかった?」
「どこをどうとってもね」
 麗香は苦笑する。
「うーむ。そうか」
 房は腕を組み、もう一度考えるふりをした。
 憎みきれない温和な表情をする、茶髪の大学生だ。どこにでもいるような、と言えばそうかもしれない。
 どこか人なつこい雰囲気があり、嫌われることは無さそうなタイプだな、と彼を見つめながら、麗香は分析してみたりした。

「資料なら勝手に使っていいわよ。私、もうしばらく編集部に残ってるし、好きにしなさい」
「ありがとうございますーっっ」
 時計は既にかなり遅い時間になっているが、経理に上げる資料に間違いがあって、今夜は帰れそうもないのだと麗香は房にぼやいていた。
 大学に提出するレポートに、アトラス編集部の本棚にあった本がたまたまテーマがあっていて、それ目当てに訪ねていた房も、それを幸いに深夜遅くまで自分のレポート書きに追われてみたりなのであった。
「それにしても‥‥」
「ん?」
 麗香の呟きに、房は顔を上げる。
「‥‥こんや深夜に男と女二人きり。‥‥でも色気も何もないっていうのも面白い話ね」
「‥‥そ、そうっすか? あははは」
 危険性を感じない男。麗香の判断はそうらしい。
 そんな笑えない(?)冗談よりも、目の前のレポートを終わらせて、明日の学園への調査の報告に睡眠不足で挑まないために房は目の前の課題に必死に取り組むのだった。

++++レポートone

 此花・桃(このはな・もも)の通うクラスは、1年桜組だ。
 休み時間に屈託ない笑顔を振りまいていた少女は、廊下から戻ってきた友人の台詞にきょとんと表情を変えた。
「ねー、大変だよ。次の授業で、臨時の先生が来るんだって」
「臨時の?」
 友人たちは同時に振り返る。そういえば、先日、結婚の為に退職した女性教諭がいたのだ。
 新しい教諭が来るだろうという話はあったが、それからずいぶんと時期がたっている。
「それもね、超!!!いい男らしいよっっ」
「へえ‥‥」
「あ、あれ、私も違う話聞いたよー?」
 隣の机から、他の生徒が会話に入ってくる。
「今日の三時限目から転校生来るって」
「転校生?」
 また変な時期に入ってくるものだ。俄かには信じられない感じである。
「三時限目って次、だよねぇ」
 ふわふわの天然パーマの髪の毛を揺らして、桃は顎に白い細い指をあてる。
「うん、次〜」
 他の友人が頷く。そのタイミングを計ったかのように、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
 桃や友人たちは慌てて、自分の席に戻る。
 やがて、ガラリと教室の前の扉が開き、教頭先生が入ってきた。
「‥‥諸君、今日より新しい先生と新しいキミ達の仲間が増えることになった。宜しく頼むよ」
 ひそひそと声が響き渡る。
 新しい先生も、新しい生徒も両方正しい情報だったらしい。
「それでは、どうぞ。自己紹介、お願いします」
 呼ばれて入ってきた男と少女。
「ひゃあ〜‥‥」
 ざわめく教室。たがわず桃の唇からも声が出ていた。
 背筋まっすぐな長身の、かなりハンサムな教諭。長髪黒髪、眉は凛々しく、唇は彫りこまれたようにくっきりとして、肩は広くがっしりとしていて‥‥。
「宜しく。今日よりこの学園に赴任した、凪・龍一朗と申します」
 ふ。微笑む表情の端よりは白い歯がキラリと光った。
 その隣には、やはり長髪の瞳の大きな美しい少女がいた。肌の色が透けるほど白い。
 鈴を転がすような柔らかい声で少女も自己紹介を続ける。
「海原・みそのと申します。皆様よろしくお願いします」
 
++++レポートtwo

「この辺りかな?」
 ふんだんに黒のレースが使われたドレスが、ふわふわと揺れる。
 体育館裏の日陰で、ヴィヴィアンは辺りを見回していた。その背後には、房が壁に手を当てて、やはりきょろきょろと見回している。
「特に何も感じないけどな」
「‥‥そうね。でも、いる気配はわかるわ」
 ヴィヴィアンはにっこり笑った。
「ふぅん」
 房は首を捻って、もう一度辺りを見回した。
 体育館の奥には大きな銀杏の木がそびえ立っている。
 この学園ではスポーツ選手の育成も盛んなのだと言う。その為に体育館は二階建てで、屋内競技系部活の専用の部屋も色々とあるのだという。
 その巨大な体育館の裏にあって、あまり日当たりもよくない場所だ。銀杏の木は少し肩身が狭そうに大きく高く伸びていた。
「‥‥寒ぃ」
 銀杏を見上げた瞬間、体に一瞬走った悪寒。房が身を抱きながら呟くと、ヴィヴィアンがきょとんとして振り返る。
「房、大丈夫?」
「ああ」
 房は頷き、小さく息をつく。
「例の女子生徒がこの辺りにいるっていうのかねぇ‥‥」
「そうかもしれないわね‥‥でもどこにいるのかなぁ」
 この学園に入る前に、二人は、学園の周りの文房具屋や駄菓子屋などを回ってきていた。

「あの学園で昔起きた事件?」
 文房具屋の店番をしていた初老の婦人は、見慣れない二人組みの質問に首をかしげる。
「い、いや、俺たち、月刊アトラスって雑誌の取材をしてまして」
「‥‥取材‥‥ねぇ」
 片方はゴスロリのファッションに身を包む銀髪の女性、もう片方はどう見ても学生。ついでにその雑誌の名前も彼女は聞いたことがない。
 なかなか言葉に信憑性がなかったりするのだが、暇をもてあましていた婦人は、しばらく思い巡らせるような表情をした後、「ああ、あれのことかしら」と口を開いた。
「あれ、ってなんですか?」
 ヴィヴィアンが尋ねると、婦人はまあ椅子にでも座りなさいな、と小さな座椅子を二人に勧めた。
「あれはね、もうどれくらい昔になるかしらね。‥‥二十年は立ってないような気がするんだけど‥‥あの体育館が作られたときよ。その中で女の子が死んで発見されたことがあったわ」
「‥‥!」
「生徒会に所属していた三年生だったかしら。卒業も控えていて進学も決まっていて、優等生でみんなから慕われていた子だったそうよ。それが工事現場の中で、金具で頭を打って死んでるのが発見されたから、もう大騒ぎだったわ」
「‥‥殺された、の?」
 口元を手の平で押さえ、ヴィヴィアンは震える声で尋ねた。
「いいえ」
 婦人は首を横に振る。
「結局は事故ということで処理されたらしいわよ」
「‥‥へぇ」
 ぞくりぞくり。房の中の何かが蠢く。
『‥‥房、なんの、話だ?』
 彼の心の中に何者かの声が響いていた。
 房の中に眠るもう一つの人格が警鐘を鳴らすように目覚めたようだ。
 (若雪、まだ出番じゃないよ、もう少し眠っておいで)
 心の中で房が呟く。『‥‥そ、うか』その声の相手は再び、彼の心の闇に静かに消えた。
 彼の中に住まうもう一人。彼の能力は『狗神憑き』と呼ばれるものだ。普段は彼の体の中に眠るその存在は、一端目覚めると神としての力を十分に果たしてくれる。
 その房の微妙な態度の変化にも気付かずに、文房具屋の婦人は話を続けた。
「‥‥工事の人が組み立てた鉄筋の足場の上に、道具を出しっぱなしにしていて、それが落ちてきたという話だったわね。あの時は大騒ぎだったけど、‥‥もう忘れちゃってたわね、そういえば」
「そう、ですか」
 ヴィヴィアンは微かに眉を寄せ、婦人に頷いた。
 饒舌な婦人はそれからも、学校で起きた細々とした事件を語ってくれたのだが、それ以上に有効な情報らしきものはなかった。

++++レポートthree

「‥‥君が、此花・桃くん、だな」
 授業が終わり、次の移動教室の用意をしている桃を、龍一朗は呼び止めた。
「え、は、はいっ」
「少し話があるんだが、いいか?」
「えっ、私にですかっ」
 幼い顔立ちの桃の表情がぱっと赤らむ。
「‥‥ああ」
 龍一朗はどこか意味深な笑みを浮かべて頷いた。転入生のみそのも駈けてきて、その隣に立つ。
「私も桃さんとお話したいです」
「ん、じゃ三人で」
「‥‥ど、どこに行くんですかっ!?」
 何か危険な香りを感じ、躊躇する桃。龍一朗はくすりと微笑み、そして耳元で甘く語った。
「‥‥俺たちは月刊アトラスから来た。‥‥君を救う為にね」
「ひゃうっ」
 桃の目が丸くなる。
「あなたたちが‥‥」
「そうです、どうぞ宜しくお願いいたします」
 丁寧に頭を下げるみその。桃は緊張したそぶりで、「は、はい〜」と頷いた。
 刹那。
「あたた‥‥っ」
 腹を抑えて桃は体をくの字に曲げた。
「どうした?」
「‥‥あ、すぐに収まりますぅ‥‥。なんだか最近ずっとおなか痛くて‥‥っっ」
「いけませんわ」
 みそのは桃を支えようと手を伸ばした。しかし、伸ばした先は少々方向違い。慌てて腕を振り回し、桃に当てる。
「ん、みその、お前、眼が?」
 龍一朗は気付いてみそのを見つめた。
 みそのは桃を支えつつ、「ええ」と頷いた。
「わたくしは海で生きる者でございますから。視力はあまり‥‥それよりも、桃さん大丈夫ですか。呼吸を合わせてくださいますか。‥‥吸って‥‥吐いてください」
 伝えながら、みそのは彼女の体に流れる気をとらえる。
 大陸に流れる気、龍脈、人の体にもその流れがある。痛みのある場所の気を和らげるようにそっと風を送る。
「ん‥‥」 
 桃は息を小さく吸い、瞼を開いた。
「あ‥‥痛みが‥‥」
「平気か?」
 見つめる先に龍一朗の顔。ボム、と音がしそうな勢いで上気した桃だが、かろうじて、うん、と頷いた。
「‥‥みそのさんすごい‥‥」
「桃さん、体のどこかに悪い部分がありますわ。‥‥病院に行かれたほうがよろしいかもしれません」
 みそのは心配そうに桃に告げた。
「悪い部分ですか?」
「ここを押さえていたな」
 龍一朗は桃が押さえていた下腹部を軽く睨む。
「盲腸かもしれないな。‥‥保健室に行くか」
「盲腸‥‥?」
 桃の顔が真っ青になった。
「や、‥‥やっぱり幽霊見たから‥‥」
「とにかくこっちだ。‥‥歩けないならこうしてやろう」
 筋肉質なしまった腕が、桃の体を抱き上げた。教室に残っていた生徒達がきゃあと歓声を上げる。龍一朗はその生徒達に「具合が悪いようなので保健室に行く」と告げ、みそのを連れて教室を出て行った。

+++++レポート for
 鶯学園の図書資料室。それは予想以上に広いものだった。
 小さい規模の公立の図書館並みの広さがあるのではないだろうか。
「こちらです。ちょっと入り組んでますので、ついてきてくださいね」
 にっこりと微笑む黒髪の少女がヴィヴィアンと房の二人を案内してくれていた。
 少女の名前は神田橋・華子(かんだばし・はなこ)。桃と同じミステリー研究会の一員で二年生である。制服よりも和服が似合いそうな華奢な色白の少女だ。
「このお部屋です」
 華子が立ち止まった先は、図書室の奥まった場所にある小さな小部屋だった。
「新聞の縮小版とか、過去のアルバムとかはこちらの資料室にあるんです」
「へぇ‥‥特別室があるとは、やるなぁ」
 何がやるなぁなのかは露知らず、房は呟いてその中に足を踏み入れる。
 ぞくり。
「ん?」
『房!』
 若雪が房の中で敏感に反応した。
「どうした?雪」
『い、いや‥‥なんでもない。気をつけろ、この部屋‥‥何かある』
「ん?」
「どうしましたか?」
 隣できょとんとするヴィヴィアン。雪の声が聞こえているのかどうかは定かでないが、不審な態度には変わりないだろう。
「なんか変な雰囲気のする部屋だな、て思って」
「ああ、あたしもそう思いました。なんか誰か棲んでるみたいな‥‥」
「棲んで‥‥って怖いな、そりゃ。入ってますかー♪ なんて聞いちゃったりして」
『‥‥入ってますよー』
「へ?」
 ドアの前で一瞬硬直する二人。
 開いたドアの中には、人影は見えなかったのだが。
「どうかされましたか?」
 先に小部屋に入っていた華子が、首を傾げて二人を見つめた。
「あ、いや、なんでもない」
「気のせいだったのかな? うん」
 しかし気味の悪さはそればかりではなかった。
 四方を天井まで届くような書類保存棚で囲まれた部屋であるのだが、その一つの棚を見上げて二人はぎょっとする羽目になる。
 そこにはこの学園の長い歴史の資料の他に、『全国小中高等学校・怪奇事件簿』というタイトルのものが、全46巻手書きの資料として置いてあったのである。
「なんだこりゃ?」
「‥‥手書き‥‥ですね」
「‥‥それは、学園長の趣味で‥‥」
 華子が頬を赤く染め、俯きながら呟いた。
「学園長?」
 ヴィヴィアンが問い返した時、突然背後のドアが開いた。
「いかにもぢゃ」
「はっ?」
 二人は同時に振り返る。そこには杖をついた初老の老人が着物姿で立っており、ニヤリと笑っていた。
「お宅様たちか。月刊アトラス編集部からいらっしゃったというのは」
『房、油断するな‥‥っ』
 若雪の叫びが頭の中にこだまする。
 ヴィヴィアンの腕は一斉に鳥肌だっていた。
「‥‥そうだけど、あんたは?」
「うちの学園長です‥‥。すみません」
 華子は申し訳無さそうに深く頭を下げた。
「へ? あ、そうなんですか、お邪魔してます」
 ヴィヴィアンは腕をさすりながら、それでも丁寧に頭を下げた。しかし並大抵ならぬ妖気の持ち主である。
 老人は胸を張って答えた。
「ふぉふぉ。体育館裏のかわいこちゃんを調べておるそうじゃな。‥‥そういう話をわしに聞かずに誰に聞くというのか」
「ご存知なんですか?」
「ふぉふぉっふぉっ。ご存知も何もじゃな‥‥わしはこの学園に起こったことの生き字引じゃて‥‥」
「18年前の体育館工事中の事故で亡くなった女子生徒のことも?」
「‥‥ほう、そこまで調べておったか」
 学園長の瞳がキラリと光った。
「18年前ですか?」
 華子が棚から、18年前の卒業アルバムを見つけ出し引き抜いた。
「えーと、あれは、三年C組の子じゃったかのう‥‥名前は、そう、叶みのり」
「‥‥C組ですね、‥‥C組」
 華子はページをめくり、C組のページを開いた。
 そこはクラス単位でとられた集合写真。全員が当たり前だが、古い制服を着用している。
 その中に一人だけ、写真の斜め上に丸枠に囲まれた生徒がいた。
 長髪の落ち着いた感じの少女である。優等生風にも見える。
「この子じゃな‥‥間違いない。生徒会でも書記を務めていた優秀な生徒じゃったよ。卒業後は看護婦さんになると言っておった‥‥まったく可哀想なことになったものだ」
「‥‥このアルバム借りていいですか?」
 房が学園長に尋ねた。
「幽霊を目撃した桃さんにこれを見せて、この顔であってるかどうか確かめるんです」
「それはいいが‥‥」
 学園長は華子を振り向いた。
「桃って子、先ほど病院に運ばれていったわい。‥‥盲腸の疑いがあるってことでな」
「!!」

++++レポート five

 龍一朗は体育館裏に立っていた。
 くゆらす紫色の煙。
 放課後の校庭は、部活に熱心な生徒達の掛け声が響いている。
「桃は平気だろう‥‥。しばらく痛みを我慢していたみたいだ、強い子だな」
「そうか。それならよかった。‥‥他に目撃していた生徒とかはいないのかな?」
 房が安心の息をつきながら尋ね返すと、みそのが首を横に振った。
「もう一人いたのですが、先日、今インフルエンザにかかってしまったらしくて、おうちで休まれてるそうです」
「かー」
 房は頭をかいた。
 それじゃ本当に幽霊を見たものに次々と不幸がふりかかる、だ。
 幸い大怪我や重病者ではないものの、幽霊の悪い噂を広めるには十分である。
 ヴィヴィアンは大銀杏の側に立ち、辺りを見回した。
「叶みのりさん? いらっしゃいますか?」
 返事はない。
 代わりにさやさやと銀杏の木が風で揺れた。
「んー」
 ヴィヴィアンは腕を組む。
 すると、その耳元に小さく声が響いた。
『‥‥わ、たし?』
「みのりさん!?」
 辺りを見回すヴィヴィアン。その様子に他の三人も近づいてくる。
「今、声がしたのっ」
『‥‥わたし、を探してるの?』
 銀杏の木の前に、いつの間にか一人の少女が立っていた。
「‥‥会えたな」
 背広のポケットに手の平を突っ込み、龍一朗は微笑んだ。
『‥‥』
 少女は戸惑うような視線を落とし、彼等を一人ずつ確認するように眺めた。
『不思議な人たち‥‥』
「そうか? しかし会いたかったよ、君を探して、来たんだ」
『‥‥』
 甘い声と甘い視線。幽霊の少女は微かに頬を赤らめた。
「あなたに聞きたいことがあります‥‥いいですか?」
 みそのが問う。少女は首をもたげた。
 何故だろう。彼女からは全く悪意を感じなかった。
 これが次々と少女を不幸にしている幽霊の正体だろうか。
『‥‥どうする? 房』
 心の中から問われる狗神の声。房は迷っていた。
「とりあえず穏やかにいこう」
『わかった』
「‥‥悪い子ではないよ、多分」
 その声が聞こえたのかヴィヴィアンが房に呟いた。房はこくりと頷く。
「それは分かるような気がするよ」
 あの学園長に比べても、余程、綺麗な気を放っているし。‥‥いや、学園長は人間であるのだが。
『なん、ですか?』
 みのりはみそのを見つめた。先ほどよりも少し強い視線になっている。
「あなたの姿を見た女の子が次々と、事故や病気に逢われているそうです‥‥どうしてでしょうか」
『ああ‥‥』
 みのりは瞼を伏せた。
『‥‥気をつけてほしかったのに‥‥』
「気をつけて?」
 龍一朗はみのりを見下ろし、ふむ、と顎に手をやった。
 そして、今までに与えられた情報を思い返す。
「‥‥なるほど、謎は解けたな」
「はっ!?」
 房がびっくりしたように振り返った。ヴィヴィアンやみそのもきょとんとしている。
「何がわかったって?」
 龍一朗は微笑を浮かべた。そしてみのりの側に近づくと優しく囁くように語り掛ける。
「‥‥君はみんなに気をつけてほしかったのだな。‥‥彼女達が事故や怪我をしそうだってことがわかっていたんだ。‥‥こんなところで18年も‥‥そうやって、生徒達を見守ってきたんだ」
『‥‥誰も気付いてくれなかったけど‥‥どうして、私のことわかったのですか‥‥』
「君の行為が正しかったってことさ」
 龍一朗はそっと彼女の前髪に触れた。
 みのりの頬に一筋の涙がすべり落ちる。

 少女はその場所にずっといた。
 毎日毎日、自分の前を過ぎていく楽しげな生徒達。
 気付いてもらえなくても、それを見ているだけでも楽しかった。
 その中に自分がいないことを考えると辛いだけだったけど。

 眺めているうちに彼女は、少女達を包む光があることに気がついた。
 そして健康な少女とは違い、時々その光に違う色が混ざっていることを。
 あるとき、薄暗い光につつまれた少女が、交通事故に逢い大怪我を負っていたことをみのりは知った。
 それ以来、そういう少女を見るたびにいたたまれない気分になった。

 お願い。
 気をつけて。
 
 そう叫んで彼女は、少女の前に姿を見せていた。
 それが怖がられて、その後、出会う事故や病気の原因に自分がされてしまうことなど、思いもしなかったことだろう。

「というわけだ」
 すらすらと語る龍一朗。
「ほ、ほぉ。‥‥って、なんであんたがわかるんだ?」
 額の汗を拭う房に、龍一朗は悪戯っぽく微笑んだ。
「‥‥はは。‥‥どうだ、みのり、俺の推理は?」
『‥‥』
 みのりは、目元にたくさんの涙を浮かべて、頷いた。
『ありがとう‥‥』
「‥‥泣かないでください‥‥」
 みそのはみのりの涙を拭って微笑んだ。涙の粒は、みそのの指の上で宝石のような粒にかわる。その宝石の輝きが彼女の表情を照らした。
『‥‥ずっと誰かに気付いてほしかったの‥‥見つけてくれてありがとう‥‥』
「これからどうしたい?」
 ヴィヴィアンが最後に尋ねた。
「色々あるよ。私もあなたの仲間みたいなものだしね」
『‥‥成仏‥‥させてください』
 みのりは微笑みながら告げた。
「いいの?」
『‥‥はい』
「そっか‥‥」
「それなら俺が責任を持って、送るよ」
 房が皆より一歩前に出て、彼女に告げた。
「若雪」
 房の表情が、突然妖気を帯びたものに変わった。彼の中に宿する狗神が、その身にとってかわったのである。
 若雪は、みのりを冷たい視線で見下ろす。
「‥‥浄化で、‥‥いいのか」
『はい‥‥』

 若雪の腕から放たれる光。
 その光につつまれて、少女の体はかき消えていった。


+++++++
 
 東の空に流れる流れ星。
 仕事を終えた術者たちは、帰途の道を並んで歩きながら、ぼんやりとその空を眺めていた。
「‥‥なんていうか、呆気ないというか‥‥なんだかな」
 房は苦笑する。
「でも、あの子、ここでずーっと誰かに気付いてもらえるの待ってたんだと思うよ」
 ヴィヴィアンは空を見上げながら、呟いた。
「忘れて欲しくない、だけど、それはどうしようもないことだもの。ずっと一人ぼっちで、きっと寂しくてたまらなかったんだと思う‥‥」
「そうですね‥‥」 
 みそのは小さく頷いた。
「そういえばいい忘れていたな。みその、とてもよく似合ってるぞ、その制服」
 龍一朗はみそのの頭を優しく撫でた。沈みがちだったその表情は、微かに和らいだ。
「もうしばらく俺は学校に通うつもりだが、よかったら一緒にどうだ?」
 裏から手を回した臨時赴任であったが、一日で去る訳にもいかない。龍一朗の言葉に、みそのは頷いた。
「じゃあ、もうちょっとだけ‥‥桃さんがよくなられるまで、ですね」
「ああ、桃さんといえば、今から病院に行きませんか? 事件のこと教えてあげたほうが」
 ヴィヴィアンが二人に駆け寄った。
「そうだな、そうしようぜ。‥‥少しは安心すると思うしな」
 房も頷く。


 夕暮れの明るさが、四人の歩く街角を照らしていた。
 ある春の日の出来事である。

                      +++++了


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0994 八柘・房 男性 19 史学部の学生・狗憑き・退治屋
 1402 ヴィヴィアン・マッカラン 女性 120 留学生
 1368 海原・みその 女性 13 深淵の巫女
 0605 凪・龍一朗 男性 27 モテモテ女子校教員(日本史)
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■              ライター通信               ■
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 こんにちわ。ライターの鈴猫です。
 学校の怪談〜体育館裏の幽霊〜をお届けします。
 (ごめんなさい、元のタイトル失くしてしまいました(TT))

 お届けするのが遅くなってしまい、申し訳ありません。
 そのうえ、ちょっぴり長いお話となってしまいましたです。

 皆様の個性あふれるプレイング、本当に楽しかったです。
 このような結果になりましたがいかがだったでしょうか。
 鈴猫の話にしては珍しいNPCの数が多いお話でしたので、ちょっと苦戦してしまいました。
 もしご不満やご意見などありましたら、ぜひ教えてくださいませ。

 それでは皆様のこれからのご活躍、楽しみにしております。
 また他の依頼でお会いできることを夢見て。

                     鈴猫 拝