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しょういちくん道路
その道路は『しょういちくん道路』と名づけられていた。
大きな山をまたがる、カーブの続く長い道だ。
何故、そんな名前がつけられたのか、いつ頃からそう呼ばれていたのかは定かではない。
そして当然のように、「その道を夜中に走ると、しょういちくんに出会えるらしい」という噂が広まった。
草間興信所を訪れたその夫婦は、とても暗い表情をしていた。
「‥‥それで、そのしょういち、というのはあなた方の息子さんというわけですね」
「はい‥‥」
そっと身を寄せ合うように腰掛けた小柄な夫婦は、共にゆっくりと頷いた。
「あの子が事故に逢って亡くなったのはもう1０年も前のことなんです‥‥まだ中学生だったあの子は、買ったばかりの大好きなマウンテンバイクで峠を越えるんだと言って、元気に出ていって‥‥、けれど居眠り運転のトラックにはねられて亡くなったんです」
「それは‥‥」
「私達はこんな悲しいことは二度とおきて欲しくないと思って、『しょういちを返して』とその道路の側に看板をたてました。今、あの道路にそんな名前がつけられたのは、そのせいだと思うのですが‥‥」
「ふむ‥‥」
それは後からアトラスの編集長にでも教えてあげれば喜ぶかもしれない真相だ。
「ただ‥‥ですね」
夫の方が草間を見つめて辛そうな顔で言った。
「あの道に現われる幽霊の正体が知りたいのです。‥‥皆から『しょういち』と呼ばれているその幽霊が果たして私達の息子なのか、そうではないのか‥‥」
妻も深い溜息をつく。
「ただの幽霊ならともかく、その幽霊は事故を起こすというのです。‥‥雨の降る夜に、白い車でその道にあるトンネルを通り抜けると、窓に男の子の霊が張り付き、驚いた運転手がハンドルを切りそこなってその先のカーブで事故を起こす‥‥実際にそんな事故が、最近、多発しているらしいんです」
「もしも、それが『しょういち』の仕業なのだとしたら、‥‥私達はどうしたらいいのでしょう。何でもあの子の望むことならしてあげたいのです」
夫婦は肩を寄せ合い、嗚咽を始めた。
危険がつきまとう事件だ。
白い車の用意は出来そうだ。運転は草間が務めることにした。
『悪霊』（？）退治と、その調査、誰か同行してくれるものはいないだろうか？
+△▼△▼+
夕方降りだした雨は、時間がたつにつれ、本降りへと変わりつつあった。
「まだ梅雨でもないのに、よく降るわね」
冷たい硝子窓に手の平をつけ、シュライン・エマは小さく吐息をついた。
黒髪の凛とした雰囲気の美人である。
応接用のソファからその声に振り返る草間探偵。
「まあ雨が降らなきゃ今回の仕事にはならないからな」
そして煙草に火をつける。
シュラインは、そうだけど、と小さく微笑み、草間の正面の席へと移った。
「以前の事件で、白い車の事件を覚えてる？」
「白い車‥‥ああ、走り屋の」
「そう」
それは去年に携わった事件だった。
峠に住む妖怪よつんばい、それと、白い車の幽霊。
その正体は、子供をひき逃げされ、その命を奪った白い車への妄執を抱えた老婆の霊と、峠を愛した走り屋の青年が死してなおその道を護ろうとする姿だった。
「なんだか話聞いてると思い出しちゃうのよね‥‥」
「少年を跳ねたのは、確かに白い車だと聞いたが」
「そうなの？」
「ああ」
草間は煙草を左指に挟みながら、テーブルの上に出してあった資料をめくる。
「ご両親に話を聞いた。‥‥一度はねた後、逃げたらしいんだ。その後、戻ってきて通報したらしい。すぐに通報してくれていれば助かっていたのかもしれないが、出血多量で亡くなったそうだ」
「‥‥ひどいわね」
シュラインは眉をひそめた。
「その間、誰も通らなかったの？」
「週末になると割合、車の量は増えるそうなんだが、平日はそれほど多くないらしい。近くにもっと早くて近い道もあるしな。全く通らなかったかどうかは定かじゃないけど、はね飛ばされて道端に倒れていた少年に気がつかなかったのかもしれないな」
「自転車も側にあったんでしょう？」
「‥‥そうだろうが」
両親にとってはいたたまれない話だろう。
大切に大切に育てた息子が、他人たちの手によって無残に殺された。
交通死亡事故は殺人である。そんな言葉を昔どこかで聞いたような気もする。
自分の息子を殺した犯人を捕らえようと妖怪にすらなった母がいたのだ。しょういちの両親もそこまで行かなくても、それに近い気持ちを抱えてきたに違いない。
そのうえ、自分の子の幽霊が峠に現われて、人を事故に導いているなんて風評がたったときには、いてもいられなくなっただろう。
そして彼等はこの興信所に助けを求めることを選んだ。
「解決してあげたいわね」
ぽつりとシュラインが呟く。ファイルに目を通しながら、草間もああ、と呟いた。左手につままれた煙草の先が、今にも落ちそうに伸びていた。
+++
「私向きだわ、こーいうのを待ってたのよね！！」
待ち合わせの喫茶店。事前にもらっていたファイルを片手でめくりつつ、冴木・紫（さえき・ゆかり）は上機嫌に微笑みを浮かべていた。
「そうなんですか？」
その正面に腰掛けているのは青い髪に青い瞳の美少女中学生。
「いい事件だわ。アトラスにいくらで売れるかしらね」
フリーライターを職業にしている紫の専門は、「オカルト」だ。
全国を又にかけ、怪しい宗教団体、ＵＦＯ情報、惑星接近記事から、近所の猫に尻尾が二本生えていた（ように見えた）！という小さな投稿ハガキネタにいたるまで、歩き回っている。
「『しょういちくん道路』って最近からだけど、結構、知られたネタだからね。美味しいわよ」
「そういうものですか‥‥」
きょとんと首をかしげる少女。名前を海原・みなも（うなばら・−）と言う。
南の国の人魚の末裔という彼女の存在こそが、雑誌に載せればかなりセンセーショナルなものになるとは思うが、さすがに仕事仲間をネタにするわけにはいかない。
「そういうものなの。‥‥超わたし向きっていうか、私が記事にしなきゃ誰がするのよっていうくらい私向きの事件だわっ」
軽くにぎったこぶしが、ドンとテーブルに当たる。びくりとするみなもを他所に、しばらく紫は感動に震えていた。
「そういえば」
感動の余韻を味わいつつ、紫はみなもをじろじろと見つめた。清楚で可憐な少女だが、その着ている服にはあちこちに泥がはねた後があるのだ。
「どうしたの、そのかっこ」
「‥‥あ、ああ、これは」
みなもは破顔する。
「‥‥その事件のあったというお山に今朝出かけてみたんです」
「はぁ！？」
峠と呼ばれるだけあって、かなりけわしい山が続く場所であるはずだ。
「ひとりで行ったの？」
「あはは、まあ、そうですね」
みなもは困惑したような笑みをして、持っていたポーチの中からペットボトルを取り出した。
「これを取りにいってきたんです。役にたてるといいのだけど」
「何よそれ」
「霊水です」
「霊水？」
「大きな山ですから、その山に住まう神様がいるんです。その方にお願いをして分けてもらったんですよ。‥‥いい人でした」
「‥‥‥そ、そう」
いい人なら、今度紹介してちょうだい？ などと、多分違うだろうなと思う返事をかえしながら、紫は前髪をかきあげた。
「ええ。あ、冴木さん、あの方達ではないでしょうか？」
返事のかわりにみなもは何かに気付き、紫の背後に視線を向けつつ言った。
「ん？」
初老の夫婦が喫茶店の入口に立っていた。
「そうね、多分そう。‥‥」
紫が立ち上がり、軽く礼をする。夫婦は慌てて共に会釈をすると、二人の元に近づいてきた。
+++
車は神奈川方面にひた走る。草間が用意したのはレンタカーの白いワゴンだった。
深夜になるに近づいて、雨は強くなっている。
「‥‥これで峠はつらいな」
ハンドルを握りながら、苦笑する草間。地図帳を膝に広げたシュラインが助手席に腰掛け、後部席には紫とみなもが座り、その後ろのシートにしょういちの両親がいた。
道の利便などを考え、興信所まで来てもらうよりも途中で拾うほうが早いと判断して、喫茶店で待っていてもらったのである。
「本当に大丈夫？ ね、みんなの命がかかってるんだからね？」
草間の背後から、心配げというよりは、好奇心を足したような声が響く。
「大丈夫だ‥‥」
草間は溜息をつきながら頷いた。車に乗り込んでからというもの、若干言葉数が少なくなっているのは気になるところだが。
二時間ほどノンストップで走り続け、峠についた頃には、雨はどしゃ降りに変わっていた。通行禁止になっているのじゃないかと不安になるほどの雨だったが、幸いにも、まだ通れるようだった。
「行くか」
草間はアクセルを踏み込んだ。
「あの子がはねられた日も雨が降ってたんです」
ぽつりと婦人が呟いた。
その言葉に驚いたように紫が勢いよく振り返る。
「え、でも自転車で外出って？」
「はい。出かけたときにはとても晴れていたのだけど、途中から雨が降り出したんです。あの子がぬれてるんじゃないかって心配して、帰りが遅いのもきっとどこかで雨宿りしてるせいだわ、とその時は思ってました」
婦人は思い出したように瞼をハンカチで押さえた。
「‥‥警察から電話が来たのは、もう夜になってからでした。帰りが遅い遅い、ってふたりで探しまわって‥‥家に帰ったら電話が鳴ってたんです。お宅の息子さんが亡くなりましたって‥‥警察から」
「‥‥辛かったですね」
みなもは自分も涙ぐみながら、ふたりを見つめた。
死んだ少年とみなもは同世代だ。他人事のようにも思えない。
父親はみなもを見つめて苦笑する。
「あの子があの子とわかるようなものを何一つ持っていなかったせいで、身元がわかるのに時間がかかったらしいんです。自転車の防犯登録からわかったらしいんですが‥‥」
「病院に運ばれてから２時間は生きていたんです。たった一人で苦しんで苦しんで死んだのに、私たちは側にもいてあげられなかった‥‥」
「‥‥」
朝早く、元気で「いってきまーす」と笑っていた。
それから何時間もたたないのに、冷たい体になって戻ってきた子供。
「犯人は捕まったんですか？」
みなもの問いに、両親は頷く。
「ひき逃げした後、通報して、警察にも責任を認めましたから。といっても、反省しているってことで半年で刑期を終えたそうですけど‥‥」
「‥‥」
「その後どんな生活をしているのか、私達には知る権利はありません。知っても仕方ないですし‥‥」
事故を起こした運転手にしても、少年をひきたくてひいたわけではない。突然降り出した雨で、道路に大きな水たまりができていた。そこにタイヤがスリップしたらしい。
彼にしても人を殺した十字架を背負って生きるのだ。事故を起こした後、交通刑務所へと護送された彼は、長年続けていた仕事も辞めねばならず、出所後は家族と共に遠い町に引っ越したという。
「‥‥」
重苦しい空気が車の中を支配していた。
「‥‥もう」
紫が、その空気を押し破るように必死に口を開いた。
「‥‥その事故を起こすとかいう幽霊、絶対なんとかしないといけないわよね」
「そうだな」
草間が頷く。シュラインも「ええ」と頷いた。
例え死者がいくら可哀想でも、新たな死者を作らせる言い訳にはならない。悲劇はどこかで食い止めねばならないのだ。
+++トンネル
バラバラと殴りつけるような雨が続いていた。
ふりつける雨と道路にたちこめる水蒸気で、視界は最悪だ。
スピードを落とすしかなく、その場所にたどり着くまで長い時間がかかってしまった。
「よく降る雨だ。もう午前をまわったな」
車の時計を確認して、草間がぼやくように呟く。
視界は悪いが、霞がかる道の正面には古いトンネルが広がっていた。
「外に出る？」
シュラインがほかの二人に尋ねた。
「でも、白い車でないと姿を見せないのよね、行きましょ」
紫が草間に明るく告げる。カメラの準備もＯＫだ。
「そうですね、様子見たほうが‥‥気をつけてお願いします」
みなもの言葉に草間は「ああ」と頷いた。
用心深く、アクセルを踏み、徐行しながらトンネルに侵入した。
そこに踏み入れた途端、そこは今までのどしゃぶりの世界からは一転する。
オレンジ色の鮮やかな明滅が、彼等の眼の中に飛び込んでくる。
長い、トンネルだった。
「‥‥」
皆がいつの間にか無口になっていた。
アクセルを踏み込みながら、草間はただ、前だけを見つめている。
無意識ではないが、スピードはやや早くなっていた。見通しのいいトンネル。雨の音もその中では届かない。
「‥‥出口が見えてきたわ、壮介さん」
シュラインは助手席から、草間の横顔を見つめた。
「ああ」
気をつけて、口に出さなくてもそれは伝わっているだろう。
早くそこを抜けたくて、アクセルの上に置いた足に重力がかかるのを感じる。何が起きるというのだろう。それへの興味もあるけれど。
オレンジ色の世界の向こうに、ぽっかりと黒い世界が口をあけている。
敵はあそこに出るというのだろうか。
刹那。
バン！！！！
強い音が車の前面で響いた。強い衝撃が乗員に悲鳴をあげさせる。
「！！！」
草間は驚いて急ブレーキを踏んだ。
トンネルの外に出ていた前輪が、溜まっていた水たまりにスリップを起こす。車は何度もスピンを繰り返し、ガードレールですべりながら、路端でようやく止まった。
急ブレーキの悲鳴のような高い音に、こすれていく金属音。
それに乗り合わせた人々の悲鳴と、強いどしゃぶりの叩きつける雨の音。
彼等はさまざまな騒音にパニックになりそうな頭を押さえ、何かに捕まりながら、息をしていた。
「みんな無事？」
シュラインがシートベルトに捕まりながら、後ろの席を振り返る。
「へ‥‥平気です」
みなもが顔を上げた。
「これくらいじゃ、まだ死なないわよ‥‥」
紫も苦笑しつつ、ウインクを返す。その後ろの席のしょういちのご両親も平気だった。
「壮介さんは？」
シュラインは助手席の草間を振り返る。すると草間はハンドルに顔を伏せ、ぐったりしていた。
「ちょ、ちょっと！！ 壮介さん？？」
「‥‥たたた。‥‥」
草間は胸を押さえ、シュラインを振り返る。
「ハンドルで打ったみたいだな。‥‥骨にはいってないようだから、しばらくしてれば大丈夫」
「そう‥‥」
動けない草間を残して、三人は傘をさして、車の外に出ることにした。
激しい衝突音がし、また衝撃が走ったのだ。車の前面に何かが当たったことは間違いないだろう。
だが。
車の前面に回りこんだ三人は「あら‥‥？」と眼を丸くするのだった。
車には傷一つなかった。否、ガードレールで引っかいたひどい傷は側面にびっしりとついていたが、前面には何もなかったのである。
「‥‥どういうこと？」
紫がぽつりと呟いた。
「‥‥さあ‥‥」
シュラインは呟き、車の運転席を見上げた。胸を押さえた草間が怪訝な表情でこちらを見つめている。シュラインは首を横に振って見せた。
みなもは辺りを見回した。
そして、その白い影を見つけた。
「あ‥‥」
「どうしたの？ みなもちゃ‥‥ん？」
紫も同じ方向を見つめ、その表情を固めた。
「シュ、シュラインさん、あれ見てっっ」
「ん？」
三人の女性達の視線の先、トンネルの前にその少年は立っていた。白い光に包まれて、とても寂しそうな表情でこちらを見ている。
そしてぽつりと呟いた。
『‥‥死んじゃったらよかったのに』
+++
「何ですってー！？」
「ちょ、ちょっと冴木さーん」
駆け出そうとする紫の腰にしがみつくみなも。
「だって、あの子、今なんていったか聞いたでしょ！？」
「困ったわね」
シュラインは息をつく。そして、その少年に向かって、ゆっくりと歩き出した。
「‥‥シュラインさん」
「放しなさーいっっ」
「あ、はいっっ」
紫とみなももその後ろに続く。
少年は、自分の姿が相手に見えていることに気付かないのか、不思議そうにその女性達を見つめ続けていた。
「‥‥こんにちわ、あなたがしょういち君ね」
シュラインは近づくとゆっくりと話し掛けた。
しょういちは一瞬驚いたような表情をして、シュラインを見上げた。
『ぼくが見えるの？』
「見えるわ。‥‥なんでこんなところにいるの？」
『行くとこがないから‥‥』
しょういちは俯いた。
「どうしてですか？」
みなもがしょういちを見つめる。しょういちは、みなもの同級生たちと同じくらいの少年に見えた。
『‥‥どうしてって‥‥みんなボクが見えるの？』
「見えるわよ」
紫も告げる。
「‥‥さっきの言葉はなんなのよ。「死ねばいいのに」だなんて。‥‥許さないわよ」
『ごめんなさい‥‥』
しょういちはうつむいた。
『いつもひとりぼっちで寂しくて友達が欲しかったんだ。１００人連れてゆけば、天国に連れてってくれるって神様がいってたの』
「１００人？」
紫はしょういちに問い返す。
『うん』
「神様って誰ですか？‥‥神様はそんな命令しません。人を殺せ、だなんて‥‥本当です」
泣きそうな表情でみなもがしょういちに告げる。しょういちは戸惑うような顔をして、みなもに「でもっ」と叫んだ。
『嘘なんかついてない。‥‥そうしないといつまでも一人ぼっちだって‥‥言われたんだ』
「‥‥」
シュラインは腕を組んで、二人の後ろからしょういちを見つめていた。
しょういちのすぐ背後に、彼に被さるようにしてもう一つの黒い影がある。
普通に見ている分では気付かないかもしれないが、その存在にシュラインだけは気付いていた。それはその黒い影がたてる微かな音のせいだった。
その耳元で影はしょういちに何かを囁いていた。
人には聞き取れないほどの小さな小さな声だ。音に関して秀でた能力を持つシュラインはそれに気がつくことが出来たのだ。
そして注意してもう一つの声の持ち主を探った。
『帰るぞ、もう相手にするな、しょういち』
言われるとしょういちは困ったような表情になる。
そして、紫とみなもに告げた。
『もう行く‥‥さよなら、バイバイ』
「ダメよ」
シュラインはその黒い影を睨みながら、大きな声で言った。
「行かせない、あなたは誰かに騙されてるわ、しょういちくん」
「シュラインさん」
みなもが振り返る。
「みなもちゃん、‥‥彼を清めてあげて。‥‥この子、背後に何か連れてる」
「あ、はいっ」
みなもはポシェットからペットボトルを取り出すと、その水を手の平で空中に引き出した。雨はその水を避けて流れた。
水を操る力。それがみなもの持つ能力だ。
山の神から預かった聖水。みなもはそれを霧のような小さな粒に変え、しょういちの体を覆うように包んだ。
『うわ、な、なんだ、これっっっ。わあぁ』
悲鳴をあげるしょういち。彼を包む白い光が強くなる。刹那、その身から何か黒いボールのようなものが飛び出して、地面に跳ねた。
「なにっ！？」
紫が叫んで後を追う。
それは不気味な小さな鬼のようなものだった。
『‥‥クッなんでわかったんだ、ちきしょう！！』
鬼はシュラインに向かって、ガチャガチャ叫ぶと、そのまま崖の方へと逃げ出した。
「待てっ」
紫はその後を追う。そして右手で胴体を掴み上げる。
『放せ放せ放せ放せ放せ放せっっっ』
「うるさいわねぇ」
紫はほかの二人に背を向けるようにして、崖を向いた。
「捨ててあげるわよ、ほーら」
投げるポーズをとりながら、手の平から小さな炎を吹き上げる。『ギャーッッッ』 手の中で悲鳴が走った。
黒いカケラだけがポロポロと崖の下に落ちて行った。
+++
ふと気付くと、雨は大分弱くなっていた。
呼ばれる声に気づき、三人が振り返ると、胸を押さえた草間と、しょういちの両親が車から降りて立っていた。
『‥‥あれは‥‥』
「あなたは自分のお父さんとお母さんを殺そうとしたのよ、わかる？」
紫は苦笑してしょういちに告げた。
両親にもしょういちの姿は見えたのだろう。二人の目にはたっぷりと涙が浮いていた。
『お父さん‥‥お母さん‥‥』
しょういちの声も震えていた。
「‥‥ごめんなさい‥‥しょういち」
「寂しかったな‥‥」
『‥‥‥‥』
しょういちは駆け出した。両親の元へ。その腕の中へ。
そして、走りながら宙に透けて見えなくなった。
+++エピローグ
事故現場の近くにはしょういちの為に両親が建立していた、小さな地蔵尊があった。
一同はその地蔵尊まで歩いて行き、線香をたて、手を合わせた。
「あの‥‥変なのは何だったのかしら」
「迷ってる霊に取り付いて、悪さをさせるような小ざかしいヤツ、そんなところかしら」
どこかで聞いたような話を口にしてみる紫。確証はないけれど。
「‥‥あの子は成仏できたのでしょうか」
父親が息をついて呟いた。
「出来ますよ」
シュラインに肩を借りつつ、草間が微笑む。
「もう迷わないでしょう。‥‥それにおふたりもいつまでも息子さんに縛られ続けているのもよくないでしょう。‥‥おふたりの幸せを見つけてください」
「‥‥ありがとうございます」
二人は草間に深く頭を下げた。
みなもはペットボトルに残った水を、手の平で雲にかえ、今朝登った山の方角を向いた。
「神様‥‥ありがとうございました。お返ししますね」
雲はゆっくり暗い山に向かって進んでゆく。すると、突然、淀んだ黒雲の合間から、大きな月が一瞬顔を覗かせた。
その白い光は、まるで雲に向かって一筋の光を放ったように彼等には映っていた。
そして光に導かれ、ふわふわとのぼっていく小さな雲。
それはどこか天国に導かれ、成仏の道を歩む小さな命のようだった。
皆はその雲をいつまでもいつまでも見上げていた。雲間の彼方へそれが消えてなくなってしまうまで。
了
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
1252 海原・みなも 女性 １３ 中学生
0086 シュライン・エマ 女性 ２６ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト
1021 冴木・紫 女性 ２１ フリーライター
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、ライターの鈴猫です。
大変お待たせして申し訳ありませんでした。
「しょういちくん道路」をお届けいたします。
こちらはご両親と一緒、編になっています。
もう一編の方は戦闘がメイン（？）になっていますので、割と雰囲気が変わってしまったかもしれません。
草間さんの怪我は単なる打撲でしたので、ご心配なく。
それではご参加本当にありがとうございました。
また他の依頼でお会い出来るのを楽しみにして。
鈴猫 拝
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