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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


迷い幽霊預ってます

■オープニング■

 ――困ったな。
 何故かその場に居合わせた、幾分のほほんとした印象の若い男はひとりそうぼやく。
 この彼の目の前には。
 …血まみれでうずくまる黒尽くめの人型がひとつ。
 まだ僅かに息はあるが、どうみても助かりようがない姿。
 救急車――は無駄だろう。
 何故ならその人型――多分男――からは既に、魂が抜けかけていたのだから。

 …男は暫しその中空――目の前の死体から立ち昇ってきた幽霊を緊張感なく見つめていた。

■■■

    タイトル:迷い幽霊預ってます 投稿者:Aqua(あくあ)
    ----------------------------------------------
    ■突然ですが、誰か助けて下さい。こちら、タイトル通り幽
    霊を預っております。男性ですね。日本人だと思います。あ
    まり背は高くありません。170に少し欠ける程度でしょう
    か。体型は痩せ型ですね。髪は少し長めで前髪は目に、後ろ
    は肩に掛かる程度。年齢は…恐らくは十代後半。何故か銃器
    に関して相当に詳しい知識があるようですね。要点としては
    「帰らなければ」と言うような事しか言いません。けれど何
    処に帰るのか、と言うところまで突っ込んで訊くとわからな
    いんですよ。
    …全体的な雰囲気として…あんまりカタギじゃ無さそうな感
    じではあるんですがね。普通の学生じゃ、ないような。

    誰か御心当たりの方、もしくは彼の行き場を探してくれる方、
    メール下さい。追ってこちらから連絡致します。


■奔走■

 コンピュータ画面を見つめる青い髪の少女の背中。
 画面に映し出されているのは――件の怪奇掲示板。中でも彼女が目を止めたのはひとつの記事だった。
『迷い幽霊預ってます』。
 そんなタイトルの記事に一通り目を通し、彼女はキーボードを叩き出す。
 メールを、出そうと。

 …困っている方がいらっしゃるのでしたら助けたいです。
 彼はどの辺りで、いつ拾われたのでしょうか?

 ――送信者:海原みなも 宛先:Aqua

■■■

『メールが届きました』
 電源をONにしたままのノートパソコンから電子的な声が発される。
 そのパソコンの持ち主こと図書館で各社の新聞を漁っていた男は…真冬の屋外のようにベージュのコートまで着込んでいた。
 何故かと問うなら今日の図書館は空調が狂ったか異様に寒い。
 一歩外に出れば春麗かな過ごしやすい陽気だと言うのに、今この場は…ガラス一枚隔てて別世界だ。

 そんな異様な環境の中、男はたった今届いたメールを開く。

 ――送信者:海原みなも 宛先:Aqua

■■■

『何だ、今の?』
「どうやら、君の件を手伝ってくれるってさ」
 声を潜めてAquaが言う。図書館内は通常静かなもの。
『俺の何をだよ』
「帰る場所探し」
『おっ、協力してくれるって?』
「書き込んでみるもんだね。駄目元だったんだけど。…ま、やっぱり心当たりがあるって人は居ないようだけど」
 Aquaは声の主――普通の目には恐らく『視』えないだろう姿をちらりと見た。
 乱暴な口調の黒尽くめの少年。肩口までのざんばらな長い髪。普通にそこに居るだけでもわかる、仕込まれたような何処か特殊な身のこなし。鋭い目。
 普通の一般市民的な人種ではない気がする。
 …心当たりのある人があの掲示板の書き込みに反応するならば、素直にAquaに連絡はせず、違法な手段で書き込みの主を辿ってきそうだ。
 そう思いながら、Aquaはキーボードに素早く指を滑らせる。
『ふぅん…ところで何してんだ?』
「返信打ってるんだよ。勿論」

 ――送信者:Aqua改め水原新一(みずはら・しんいち) 宛先:海原みなも

■■■

 時はたったの三日前。
 場所は――それ程遠く無い。
 確か、アジア系の様々な飲食店がよくある多国籍な街並みの方面だ。マンションも多くて、通りによっては閑静な住宅地、と言ってもいいかもしれない。学校もある。公園もある。…ただ、少し逸れた通りに行くだけでいかがわしい店も多いらしい。ひとつひとつの通りによってその違いが極端な地域。
 ニュース沙汰になるような凶悪事件も比較的多い地域だ。

 取り敢えずみなもはあまり足を踏み入れた事は無い。

 アクアさん――水原さん曰く、そんな場所にある小さな公園で、その幽霊さんが死ぬところを直に見たらしい。この御時世にしては珍しく、水原さんは携帯電話を持っていないと言う事で…仕方無く死体&魂――幽霊の方は一時放置し、公衆電話を探して110番通報。
 したのだ、が。
 戻って見ると、どうやら肝心の死体がない。
 血まみれだったと思ったのに、僅かな血痕すらもない。
 だが、死体の無くなったそこには、憮然とした顔で死体と同じ顔の幽霊、だけが地面に座り込んでいた。

 …と言う事だ。

 みなもはそこまでメールを見ながらう〜ん、と考え込む。
 が、次の文面をみて一瞬引いた。

 気になったんで後で警察の方にハックしてみたんですが、僕の110番通報はどうやら悪戯として処理されてまして。

「…そ、そういう事する方だったんですか」
 ちょっと冷汗。
 …それは犯罪だろう。
 思うが、取り直してみなもは先を見る。
 今はそれより困り事。警察が頼りにならないなら余計にそちらが先だ。

 死体が無い。ならば死体が何処か違う場所に運ばれたのだろうか? と、水原はこの三日分の各社の新聞にも目を通してみたらしい。また先程の110番同様、警察のネットワークに入り込んでもみたらしいが、それらしい事件は取り敢えずない。
 見落としもあるかもしれないからまだ何とも言えないけど、ともあった。

 みなもはそのメールを見終えると、取り敢えず自分も各社の新聞をあさってみる。
 水原と重なるにしろ、ひとりよりふたりで確認した方が見落とす可能性は少ないだろう。
 身元不明者、死体遺棄事件等、関連ありそうな事件を探すが、該当しそうな記事は、見当たらない。
 それとも…水原さんの言う様子では、まだ死体は見付かっていない、即ち公に事件になっていない、と言う可能性が高いかもしれない。

 …と、なればこれは…死亡した、と言うその現場付近に聞き込みに行った方が確かなのでは?

 ――送信者:海原みなも 宛先:水原新一

■■■

「…言えてるな」
『それでわかるもんか?』
「それを確かめる為に聞き込み、ってのはやるもんだよ」
 水原はみなもから届いたメールを見ながら考える。
「ただね、ひとつ気になるんだよね」
『何がだよ』
「君の死に方見てたら、あれで現場の公園に何の痕跡も残ってないって方が物凄く不思議なんだよね」
『俺そんなヒドイ死に方してたのか?』
「ぼろぼろだったよ。傷だらけだったし…あの出血考えるとかなり深い傷も幾つかあったんじゃないかな」
『うわ痛そう』
「…言い方が他人事だね」
『覚えてねえもん』
「…それはひょっとすると、幸せかもしれないよね」
『そぉか?』
「…どうだろうね?」
 柔らかく誤魔化すと水原はまたキーボードを叩き出す。
『今度は何だよ』
「いや、憶測が当たった」
 侵入者。
 ゴーストネットの掲示板から「Aqua」を辿ってきた。
 色々なサーバを経由してはいるが、比較的甘いハッカーだと水原は判断。
 こちらが気付いた事に気付いていない。
 ついでに言うならこちらも散々偽装してある。つまり、向こうさんの辿りついた先は元々、こちらの思惑通り。
「…さて、逆に辿らせて頂きましょうか」

■■■

「は?」
 ところ変わって草間興信所。
 草間と零、事務所常連のバーテン・真咲(しんざき)の三人がのほほんとコーヒーを啜りながら寛いでいる。
 そんな長閑な空間に、妙な話題がひとつ持ち出された。
「…殺し屋組織だと?」
「ええ。一歩間違うとギャグな話でしょうが、本当です」
 真咲曰く、最近、表の顔は一般市民、だが狙った相手は必殺必中の裏稼業、と言う何処ぞの時代劇のような殺し屋組織が勢力を広げているらしい。具体的な組織名は広まっていない。が、ただひとつ、そこの構成員の殺しには、刃物や銃器と言った有り触れたもの以外に、呪術も手段として普通に使用されているらしいと言うのが特徴と言えば特徴。
 と。
 そこまで話したところで。
「なんだ。こんなところに居たのか。真咲」
 ドアが開かれ、悠然と入って来たのはダークスーツを着込んだ男。
 酒場に勤める真咲にもある程度共通する、夜の匂い。
 ただ、醸し出される危険度は真咲より数段高い。
 真咲は目を細めて彼を見た。
「…どうしてここに?」
「ほぉ、ここは探偵さんの事務所かい。ちょうどいいね。ついでだ、頼もうか」
「…ここじゃなく手前の情報網使っちゃくれませんか…凋叶棕(てぃあおいえつぉん)」
 咎めるように真咲の口から妙な響きの言葉が発される。名前か。中国系?
「いや、ガキが一匹消えちまってね。捜してる。黒尽くめのガキでね。若干15で射撃のプロだ」
「…何?」
「名前は高比良弓月(たかひら・ゆづき)。男だ。ひょっとすると死んでいるかもしれなくてね。…まぁ、だったら見事に幽霊にゃなってると思うから…捜してくれって依頼は有効だな? 怪奇探偵?」
「…『怪奇探偵』?」
 ――草間に対しその単語が出ていながら、偶然ここに来たと言うのは嘘だろう。
 真咲のみならず、草間も険しい目でダークスーツの男を見つめた。
「…貴方は、何者です?」
「凋叶棕、殺し屋さ」
「…補足しますと、たった今俺の言っていた殺し屋組織の…一応構成員です。
 この人の場合、何処から見ても一般人には見えませんが」
「は?」

■■■

「ふぅん。大杉(おおすぎ)さんか。普通の一般家庭だね?」
 水原がカウンターハックで辿りついたのは、少年を拾った場所のすぐ御近所になる家庭に引かれた回線だった。
 辿りついた後、その情報を元に水原は他にも色々調べ出す。
「…亭主と子供の行動パターンから考えて、本日、今の時間で家に居るのは奥さんだけだね。大杉俊江(としえ)。…いやあ、主婦の趣味にしちゃ、過激だね」
 …人の事は言えるのか水原新一。
『大杉、俊江…?』
 呆然と呟く黒尽くめの少年霊。
「何か引っ掛かる名前かな?」
『いや、どうだろ…』
「いきなり考え込むって事は当たってみる価値はあるね」


■あと一歩■

 水原からみなもの元へメールが届く。
 どうやら現場の御近所に、この幽霊さんと何らかの関係があるかもしれない人が居る事がわかったらしい。

 …だったら、是非お話を伺いに行きましょう。
 可能性があるのなら、動くのみです。

 みなもはその旨メールで水原に送る。

■■■

 …いつものネットカフェ前。人待ち風に佇んでいるみなもに、怪奇好きの元気娘――瀬名雫が目を留める。
 彼女はこれからマイHPの記事の確認&常連皆とのOFFでの交流に行くところだ。
「あれ? みなもちゃんだよね?」
「あ、雫さん」
「こんなところで何してるの? 入りなよ…ってあれ、誰か待ってるの?」
「はい。ゴーストネットの掲示板で、身元不明の幽霊さんを拾って、困ってらっしゃると言う…」
「ああ、そ言えばあったねそんな記事。で、コンタクト取ってみた、ってコト?」
「はい。漸くその幽霊さんのお願い叶えてあげられそうなんですよ。あと一歩なんです」
「じゃ、『幽霊』ってところは本物なんだね!」
「みたいです。どうも…霊威が高いせいか連れて来ると寒くなるとか何とか…」
「だからコート持ってる、と。…みなもちゃんみょーに厚手のコート持ってるなーと思ってたんだー。…ねえねえ、私もついでに待たせてもらっていい!?」
「それは…構わないと思いますけど…」
 みなもは雫の服装を見る。
 …春だ。
「大丈夫☆ こんな事もあろうかと♪」
 みなもの言いたい事を察し、先回りして雫が取り出したのは小さなナイロンの巾着袋。携帯用と思しき、ブルゾンと見た。
 …こんな事もあろうかと、って、雫は普段どんな事があると考えて生活しているのであろうか…。

■■■

「ちょっと待って、あんた…」
「はい?」
 ネットカフェの前、ダークスーツの胡散臭い男にいきなりずいと詰め寄られ、みなもはきょとんと目を瞬かせた。直後、雫は反射的にみなもの手を引き後退りする。
「何何何あんたはっ! か弱い女子中学生だと思って気安く話し掛けて来るんじゃないわよっ」
「…何思いっきり警戒してやがるんだお前さんよ」
「ちょっとちょっと…何威嚇してるんですか凋叶棕…」
「誰も威嚇なんぞしちゃいねえ」
「…貴方のその風体でのその態度が既に威嚇です」
 その胡散臭い男を諭すよう、後ろから現れたのは背の低い男がひとり。ひょっとすると女の子としては長身になるみなもと張る。その男は、はじめっからダークスーツの男の連れであるようだが何やら存在感が薄い。
「…あの、貴方がたはあたしに用があるって事ですか」
「ちょっとみなもちゃん!」
 妙な二人組の男に問い返そうとするみなもに、制止しようと雫が叫ぶ。
 そこで背の低い男の方がみなもを見た。
「…あの済みません。ひょっとして貴方は海原みなもさんですか」
「え? あ、はい、そうですが…」
「何正直に答えてるのっ」
 名前知ってるなんていよいよ危ないじゃないっ!
 雫の剣幕に背の低い男は降参の形に小さく手を上げる。
「まぁまぁちょっと。俺は最近草間さんのところに良く伺ってますコーヒー好きのバーテンダーです」
「…あ、ひょっとして姉さんが言ってた」
「はい。真咲です。みそのさんにはちょっとした事件でお世話になった事があります…と言う訳で怪しい者ではないと納得してやって頂けませんでしょうか。何なら草間さんに電話で確認して頂いても結構です。現在、興信所の依頼遂行中なので身元は草間さんが証明して下さると思うんですが」

■■■

「え?」
 ダークスーツの男――凋叶棕曰く。
 海原みなもの近くに居れば高比良弓月の手掛かりが掴める――だそうだ。
 …一応、予知のようなものらしい。
 みなもの後ろに弓月が『視』えたそうだ。これから出会う、と。
「…その高比良弓月さんって、どんな方ですか?」
 凋叶棕のその発言に、急に厳しい声でみなもは問う。
「心当たりあるのか」
「記憶喪失の幽霊さんのお願いを叶えてあげる為にあたしたちはここで待っていたんです」
「記憶喪失の幽霊さん…ね。高比良弓月は15のガキでいつも黒い服を着ていたな。背丈はこの真咲くらいで、髪はちょっと鬱陶しい感じだよ。ここだけの話だが奴は射撃のプロだ。…どうだ? こいつか?」
 15歳――『十代後半』、充分誤差の範囲。
 いつも黒い服――『黒尽くめ』、合致。
 背丈はこの真咲くらい――『170に少し欠ける程度』、合致。
 髪はちょっと鬱陶しい感じ――『少し長めで前髪は目に、後ろは肩に掛かる程度』、合致と言えば合致。
 射撃のプロ――『何故か銃器に関して相当に詳しい知識があるようです』、同じく。
 みなもはゴーストネットの掲示板に書き込まれていた内容と凋叶棕の発言をひとつひとつ照らし合わせる。
「…そう、だと思います」
「だったら…一緒に待たせてもらうぜ。お前さんの待ち人を」

■■■

 暫し後。
 そこにベージュのコートを引っ掛けた男が走ってきた。
「すみませ…ん。えと、海原みなもさんですね」
 みなもたちの前で立ち止まり、息を切らせながら確認する。
 ぜーはーと荒い息も治まらず、がっくりと上体を屈め膝に手をついていた。
「水原新一…さんですか」
「あんたがみなもちゃんの待ち人? おっそーい。女の子待たせるなんてさいてーい」
「いえ…本っ当すみま…っせん、遅くなりまして…ってそんな場合じゃないんですよっ」
「…あんたが高比良弓月を保護してくれてたってひとか」
「…え?」
 凋叶棕の科白に水原は顔を上げる。
 すかさずみなもが補足した。
「こちらどうやら件の幽霊さんを探してらっしゃった、って方なんですよ」

■■■

「消えた?」
「現場近くのガード通ったところで、いきなり気配が消えちゃって」
 曰く、件の幽霊が突然消えたと言う。
 その彼を捜していて、水原は待ち合わせに遅れたらしい。
「その直前まで、どんな様子だった」
 凋叶棕が真剣な声で問う。
「何か、思い詰めた様子ではあったんですが幾ら訊いても何も。
 記事から僕を辿ってきた相手へのカウンターハックで大杉俊江の名前が出てきてからずっと様子が変でした」
「…大杉俊江だと」
「…心当たりが?」
「高比良弓月はその名前を聞いたんだな」
 凋叶棕は水原に確認する。
「ええ。何か…まずかったんですか」
 凋叶棕は目を細めた。
 唸るように低い声で言う。
「…高比良弓月の帰りたい場所ってのは、大杉俊江個人だ。
 それまで記憶を失っていたにしろ…、そりゃあ一番刺激の強い、手前の記憶の鍵になる。…それから様子が変で、居なくなったって事ァ…全部思い出したな」
 舌打ちしそうな切迫した声で、凋叶棕はそう吐き捨てた。


■闇の華■

 ネットカフェ前に溜まっていた一行は大杉俊江の家へ向かう。水原の取って来た情報で、本日、夕方五時までは自宅に居るのは彼女だけだとわかっていた。
 目的の家――マンションの一室――のインターホンを押す。
 …目的の人物はすぐに現れた。
 特に変わり映えのしない、何処にでも居るような家庭の主婦。
「…凋」
「…『来てる』な? 大杉俊江」
「…『死なない』のよ。まだ」
 凋叶棕の科白に対し、平然と返された冷酷な言葉にみなもたちは耳を疑った。

■■■

 外で話そうと俊江は一行を連れ出した。その場所に水原は眉を顰める。何故ならそこは――高比良弓月が死んだ、現場だ。
 妙な水原の様子に気付きみなもが問うと、その旨教えられみなもも、ついでに聞いていた雫も疑念を抱く。
 そんな中、俊江は静かに話し出した。
「…あの子の死体ならとっくに奴らが持って行ったわ」
「奴ら?」
「…誰この子達は」
「答えてやってくれ」
「…まぁいいわ。不都合あったら全部あんたが面倒見てくれるんでしょうからね。凋。…奴らってのは内臓占いの、魔術師達よ」
「いっ…」
 察して雫が拒否反応を示す。
「…そう。ヒトの腹掻っ捌いて吉凶を占う連中の占い道具になった訳。有効に活用されてる筈よ。
 あたしらは隠密が最低条件だからね。当然ここにあった痕跡は全部消したわ。…ただ問題だったのが――魂が行方不明になったって事。…あんたが、あの子を連れて行ったって、人ね。余計な事してくれたわ。まったく」
 水原を見、俊江は毒づく。
「あんたが手を出しさえしなければもっと事は簡単に済んでたわ」
「…どうする、つもりだったんですか」
 思わずみなもは問い掛ける。
 予想は付く。
 …ただ信じたくはない。
「居なくなってもらわないと困るの。世界の何処からも」
「――」
「瀕死のあの状態で転移して逃げまわってたくらいだからね。相当霊格は高かったのよあの子は。そんな子の霊を野放しにしておいたらこちらが危険だわ。何かやらかすかもしれない。でしょう?」
 当然のように言ってのける俊江。
 確かにそれが、プロ、なのだろう。
 けれどただ、弓月は。
 …帰りたい、とだけ。
「弓月、さんはずっと帰りたい、とだけ仰っていたそうです。俊江さん、貴方の元に。そんな弓月さんが、何かやらかすかもしれない、んですか。…貴方にはそうとしか思えないんですか。危険だとしか!」
「…わかってる? あの子を殺したのもあたしよ。お嬢さん」
「――」
「あの子は強くなり過ぎた。この業界、出過ぎる杭は危険なの。――処分決定、してたのよ」
「…それでお前さんが手を下す、か。よくもまあできたな。教育係だったんだろ」
「そんな事関係無いわ。…ううん、教育係だった責任、と言った方が聞こえは良いかしらね。そもそも文句付けられる筋合いなの凋? あんただって同類でしょう?」
「それにはひとつ条件があってな」
「何よ」
「その条件は――高比良弓月が健在である事だ」
「何? 裏切る気?」
 俊江の目がすぅと細まる。
 と。
 …そこはかとなく漂う冷気。
 遠く。
 大杉俊江の家の前の通路。
 何枚もの御札を貼られ、霊的に拘束された状態の筈の高比良弓月の霊体が、俊江たちの居る――自分の死んだ公園を呆然と見下ろしていた。

■■■

 刹那。
『身体、貸せ』
 言い捨てるような低い声。
 続き、弓月の霊体が掻き消えた。次の瞬間凋叶棕ががくりと一瞬項垂れ、すぐ起き上がる――が、今までとは瞳の色が違う。
 何処か余裕のある落ち着いた感は無くなり、明らかに攻撃的な色。
「凋…!」
 真咲の咄嗟の呼びかけも無視し、凋叶棕は俊江を見ている。
 くるりと上着をはだけ、半身を翻したかと思うと凋叶棕――否、凋叶棕の身体を借りた弓月は、手馴れた様子でトカレフを握り締めていた。次の瞬間、俊江に肉迫し、銃口を彼女の額に押し付けている。
 が。
 ほぼ同時に、俊江が持つナイフの切っ先が弓月――凋叶棕の首筋に当てられていた。
「…どうするの」
『おばさん、は』
 凋叶棕の口から漏れたのは、明らかに弓月の声。
 悲痛な。
「あたしはこのまま切り裂いても構わないのよ」
『…俊江おばさん』
「撃ちなさいな」
『――』
 弓月は唇を噛み締める。
 銃把を握る手が震えている。
 対するナイフを握る手には、同様の色はない。

 …やがて、弓月は銃口を下ろした。
 俊江は無言でナイフの切っ先に力を込める。
 そのまま切り裂かれよう――と言うところで。
 弓月の――否、凋叶棕本人の腕が俊江の腕をあっさりと捕らえて捻り、地に投げた。合気の技だろうと思われる、特に力尽くではなさそうなやり方で。
 凋叶棕の瞳は落ち着いた色に戻っている。
「…凋」
「…済まなかったな。高比良弓月」
 凋叶棕は自分が投げた俊江を見下ろしながら、ぽつりと、そう言った。


■忘却の効能■

「弓月さん…は」
「消えやがった」
「え…?」
「現実を否定しやがったよ」
 凋叶棕は空を仰ぐ。
「俺の中に入って来た時に捕らえておいたつもりだったんだが…人間の心の叫びってのは、キツいな」
「…それは」
「自殺みたいな、ものですよ」
 ぽつりと真咲が口を挟んだ。
「自分の持てる力で、自分自身を否定――攻撃したんです。成仏なんて生易しいもんじゃない。言葉通り、自分の魂を消したんです。…幾ら望んでも霊威が高くなければ、そこまでの力にはならない」
「高比良弓月が連れ返せなかった以上、依頼はちゃらだ…厄介掛けたな真咲よ」
「…謝るなら俺よりも、関与する事になってしまったこちらの方々に」
 真咲はみなもたちをそれとなく示し、目を伏せる。
 そんな様子をみて俊江は半身を起こし、ひとりほっとしたように溜息を吐いた。
「は。やっと本当に消えた? 生きてるのを殺すのも大変だったけど、その先も手間が掛かるわ。さて…あんたがこいつらの口封じ、するのよね?」
 みなもたちを睥睨しながら、凋叶棕に対し高圧的に俊江は言う。
 そしてあっさりと、何の未練も感じさせずに俊江は立ち上がり、
 みなもたちを置いて、公園を、後にした。

 凋叶棕と真咲は何も言わない。

 風が吹く。

「これじゃ…忘れたままの方が、見つからなかった方が…弓月くんにとってはやっぱり幸せだった、のかな」
「…そうなん、でしょうね。こんな事になってしまっては…」
「だからって、なんか、ひどいよ…」
 俊江の後ろ姿を見送り、みなもと水原、雫の三人は小さく呟いた。

 …会わせない方が、思い出さない方がよかったのかな。
 余計な事、したのかな。

 みなもは、悩む。

 どんなに切実に願っていた事だとしても。
 その結果には色々な可能性があるのだと。

 …どうした方が良かったのかなんて、あたしには、わからない。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1252■海原・みなも(うなばら・みなも)■
 女/13歳/中学生

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■         ライター通信          ■
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 ※出演『オリジナル』NPC紹介

 ■依頼人■水原・新一(みずはら・しんいち)■
 男/28歳/ハッカー『Aqua(あくあ)』・高校の日本史教師(実は)

 ■迷い幽霊■高比良・弓月(たかひら・ゆづき)■
 男/(享年)15歳/幽霊・殺し屋組織の一員

 ■弓月に捜されている人■大杉・俊江(おおすぎ・としえ)■
 女/48歳/主婦・殺し屋組織の一員

 ■弓月を捜している人■鬼・凋叶棕(くい・てぃあおいえつぉん)■
 男/?歳/殺し屋組織の一員(?)

 ■凋叶棕の連れで潤滑油(?)■真咲・御言(しんざき・みこと)■
 男/32歳/コーヒー好きのバーテンダー

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 さてさて。
 深海残月です。こんばんは。
 海原様、この度は御参加有難う御座いました。

 今回は参加者様おひとりです。どうぞ御了承下さいませ。
 何故か草間興信所が微妙に出張しております…。

 今回、後味があまりよろしくありません。
 殺し屋さんが唐突に三人も出ています。
 中でも今回はちょっと残酷なNPCが居りました。
 故に…あまり長閑に終わってません。
 …むしろ痛いです。

 また、あまりプレイングが生かせなかったような気がします。
 すみません。
 …警察やら新聞はあまり頼りにならなかったようです。

 それから…文字数セーブがだんだんと利かなくなってきている深海残月をどうぞお許し下さいませ…(汗)
 今回特に…長引いてます…。

 …こんなん出ましたが、楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致しますね。

 深海残月 拝