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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


花見でポン!

●誘い誘われ、いざ花見

「こんにちは三下さんv」
 風に舞う花びらをボーッと眺めていた時、三下は聞き覚えのある声に振り返った。流暢な日本語が声をかけてきたのは、碇編集長の友人、ユリウス・アレッサンドロ枢機卿だ。
 ……といっても、普段着にしようしている新米用の僧衣では、そのような立場に彼がいるということは判らない。

―― いつ見ても、偉く見えないよなあ……

「なんですか、三下さん?」
「はぇッ!」
 神父の顔が間近にあることに気が付き、三下は飛び上がった。にこっりと微笑んだ美貌に半ば見とれる。
「な……何でもないです」
「そうですか……あの…三下さん?」
「は?」
「これからお花見なんですけど、行きませんか?」
 そう云われて頷いたものの、この人と居るといつも何かある。慌てて忙しいと云おうとした時にはユリウスはもう教会のドアを開けていた。
「あッ……あの」
「やぁ、遠慮は無用ですよ、三下さん。そうそう……時間は6時からですからね。集合場所はここで。カラオケ大会もありますから、楽しめると思いますよ。持ち込みも歓迎ですvv 甘いものも『大大大・歓迎♪』です……あ、催促じみたことを申してしまいましたかね?」
「あ……いいえ」
「そう……それはよかった。勿論、お友達も歓迎しますよ」
「…は、はぁ……」
 ばたむ☆とドアは閉められ、三下は異論を唱えることが出来なかった。この人といると何故か誰かに苛められたり、多大な不幸に見舞われる。今回も嫌な悪寒を感じた。胸の奥がキュンとなって、じわりと汗が垂れてくる。

―― やっぱり何かあるッ! 

 あぁ、もうダメだと思った時、俄にある考えが閃いた。きっと天啓に違いないと思った三下は編集部へ走って帰る。

―― もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……どなたか調査員の人がいるかもしれな〜〜〜〜いッ!

 扉を開くと、蝶のように軽やかに編集部へ飛び込んだ。着地した瞬間、鼓動がドキドキと跳ねる。

 あ…

 顔を上げるのが怖い。

 あぁ……

 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ!

 あああッ!……

 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ!! 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ!!僕には(不幸の)神様がついているんだ!…と心で唱えながら、三下は顔を上げる。

「ああああああああああああああああああ……!!」
「な……なんだぁ?」
「神よぅッ!!」
 三下は片足を上げ、グリコのポーズで叫んだ。
「こんなに……こんなにたくさん調査員がいるぅ〜〜☆」
「何なの?」
「ひーふーみー……あぁ! 8人もいる!! 助かったぁ!」
 ふいに三下は座り込んだ。
「ああ……今まで幸福だったことなんかこれっぽっちも無かったけど、やっと僕は報われたんだ!」
「だから何だってーんだよ、三下のおっさん」
 呆れて五代・真は言った。
「お願いお願い! お花見に来てぇ」
「はぁ?」
 三下は哀れにも、目の前の人々に懇願した。
「ユリウスさんにお花見に誘われたんです」
「よかったじゃねえか」
「あの人と居るとお化けに追いかけられたり、何かに苛められたりするんですう。ねぇ、一緒にお花見に行きましょうよ〜〜〜〜ぅ!」
「花見程度で何情けないこと言ってるんだよ、この人は…」
「まぁ、忠雄様‥‥せっかくのお花見なのに、やっぱり困ってるのね。大丈夫ですか??いじめられたら、私が守りますから、お花見楽しみましょう……ね?」
 四宮・杞槙は柔らかな笑みを浮かべ、三下を慰める。
「杞槙さぁ〜ん」
「え、お花見? 行く行く〜♪ マールもいっしょに行くよね」
 横で聞いていた楠木・茉莉奈は張り切って手を上げ、黒猫のマールに話し掛けた。
「本当ですか!」
「うん♪……恵那ちゃんも行くよね?」
 茉莉奈は背の高い今川・恵那を見上げる。
「え?……わたす?……うん。お花見、大好き♪ んだども、なんが持って行ったほうがええだが?」
 本人は気を付けているらしいが、ぽろりと秋田訛りが顔を出す。ちょっと顔を赤らめながら恵那は俯いた。
「少しは何か持っていったほうが良いですよね……あ! ユリウスさんはお菓子が大好きなんですよ」
「そんだら、お菓子どご持っていくべな」
「わあい☆ 皆、一緒にきてください♪」
 この世の春とばかりに三下はうかれる。そんな三下の声を聞いて、真姫はにっこりと笑った。
「はい。お花見なんて、本当に久しぶりですもの。ここ数年は、部屋の中から『音』を楽しむだけでしたし……今日は楽しませてもらいますね」
「お花見ですか……いいですね☆ ファラも、勿論、行くでしょう?」
 しばらく考えていたデュナンが云った。
「当然! へへへ、お菓子お菓子vv」
 一見すると兄弟のように見えなくも無い二人は花見行きに賛同した。長い銀髪の少年がデュナン・ウィレムソン。短いほう、と言っても肩まであるが、こちらのほうはファレル・アーディンである。
「……さ、三下さんが苛められたりするのはかわいそうだから……」
 と、小さな声で呟くように云ったのは、神崎・美桜だ。
「ありがとうございます!!」
 滅多に話さない美桜が喋った事が三下には堪らなく嬉しかった。今日という日は素晴らしい日だ。女の子がたくさんいて、こんなに親切にされた日は無い。
 なんと花見に相応しい日だろう。
「じゃ……じゃぁ、教会の前で6時に集合ですからね。あ……なんか、芸ができる人はやってもいいそうです……ぼ、僕はこれからお買い物しにいきます。では、早退しまぁ〜〜〜すvv」
 と云うやいなや、三下はダッシュで編集部を出て行った。


●Alleluia 〜スウィートパラダイス☆〜

 時間10分前に、皆で教会に集まって移動することにしたものの、三下と五代は中々現れない。やっと現れたときには6時20分を過ぎていた。
「遅いですよ、三下さん」
 ユリウスはめっと視線で叱る。三下はビクリと反応したが、五代のほうは一向に気にしていないようだ。
「移動が大変だからウチの車を持ってきたぜ」
 ちょっと離れたところに止めてあるバンを指差していった。
「仕事用で悪いんだけどな……そうだ。花見といやぁ、酒は絶対に欠かせないよな。当然、あるんだよな?」
「あることはありますが、私はワインしか飲みませんので」
 ユリウスは「貴方、飲酒運転する気ですか」と心の奥深くでツッコミを入れたが、荷物が多くて大変なのが判り切っていたので黙っていた。
「俺はビールが良いんだけど、まあいいや。買って来たし。あんた、いけるクチか……って、坊さんだろう?」
「神父であって、坊さんでは……いえ、この際そのことは置いといて……私はイタリア人ですから、水代わりですよ。ワインなんて……まぁ、飲み出すと止まらなくなりますけど。おつまみはチョコがいいですね」
「つまみはやっぱ、焼き鳥と柿ピーだろうに。チーズ鱈とチーズおかきならあるぜ」
「ぐぅ……」
 ユリウスは顔をしかめた。餡子以外に日本食でどうも苦手なのはチーズおかきだった。チーズはやはりクラッカーに限る。
「おっと……ユリウスさんには誘ってくれた礼として羊羹の詰め合わせを持ってきたんだぜ」
 と云って五代が差し出したのは……舟和の芋羊羹と餡子玉のセットだ。
「あうっ……」
 悲痛な声がユリウスから洩れる。苦手な餡子が原材料である上に、芋も入っていて、飲み込みにくいことこの上ない凶悪なお菓子だった。
「そ、そう云えば、皆さんはお弁当を持ってきたんでしょう?」
 落ち込みかけた気持ちを盛り上げようとするかのように、ユリウスは話し掛けた。
「料理はまだおができねしがら、おがさんが好きなお店のお団子と草餅どご持っていきました……あ、わたすもこっちゃあるお菓子好きだす……」
 恵那は笑って云う。
「ええと、茉莉菜はクッキーとぉ、マドレーヌと、レアチーズケーキ持ってきたの☆」
「本当ですかッ!」
 天使に出会った神父よろしく、茉莉奈の手を取ってユリウスは喜んだ。
「茉莉奈のクッキー食べてねvv」
「はいッ、頂きます♪ じゃぁ、出発しましょうvv」
 なんとか食べられるものがあることに安心したユリウスは元気になって云った。ゲンキンなものである。お弁当の準備が終わったシスターの星月 麗花を手伝って荷物を車に運んだ。ファレルは菓子類を詰めたバスケットに何度も手を伸ばし、その度にデュナンに怒られる。
 五代のバンに便乗し、一同は一路、千鳥が淵へ向かう。そこで先発隊の信者一同と合流した。
 
「ユリウス猊下ぁ!」
 手を振って、信者の一人が叫んだ。
「猊下はやめてください、ユリウスでいいです」
 困った顔をして云った。麗花はそわそわと落ち着きが無い。その様子をいぶかしんだデュナンは彼女に声をかけた。
「どうしたんですか?」
「あ……あの、私……」
「またですか?」
 ユリウスが考え深そうに言った。
「また?」
 意味が分からず、隣にいたデュナンは聞き返した。
「彼女は霊媒体質なんです。ここは戦争で無くなった方の廟があるんですよね……場所を選ぶべきだったようですね」
「それは無理でしょう……東京の花見場なんて、そんなものばっかりですから。上野に変えても同じですよ」
「でしょうねぇ……」
 ユリウスは溜息を吐いた。日本は古戦場のの上に成り立つ国だ。どこに行っても霊はいる。大体、東京には日本中の80パーセントの不浄仏霊が存在しているのだ。ここにいる限り麗花は無関係ではいられない。何かあったとしてもこの人数だ。何とかなるだろう。ユリウスはそう思った。
 ビニールシートを引いた上に靴を脱いで座る。
「ユリウス様は甘いものがお好きなようだから、お菓子を作ってみたの。シュークリームと、チーズケーキと、いよかんのタルト。お口にあうかわからないけど、よろしかったらどうぞ♪」
 杞槙はバスケットからケーキを取り出しながら云った。
「はい……そりゃぁもう……ふふふvv」
 にんまりと笑うと、ユリウスの目尻が下がった。
 大量のお菓子や焼き鳥、バーべキュー道具に茉莉奈とデュナンのティーセットが二組。麗花の作ったカスクートとフォカッチャを詰めたバスケットとビールとワイン。先発隊の差し入れとカラオケセットを合わせると……さすがに凄い量である。
「きゃぁあ! カラオケだvv」
 茉莉奈ははしゃいだ。
「‥‥カラオケ?カラオケって‥‥何ですか??」
 首を傾げて杞槙は覗き込む。
「この機械の中にたくさん歌が入ってるのよ」
「これで歌を歌うの? わぁvv 初めて見ました」
「そうなの? じゃぁねぇ……茉莉奈が歌うから聞いててね。三下さん、アニメ『名探偵○×△』の主題歌メドレーをお願いしまーす!」
「あ……はい」
 慌てて三下は番号を調べる。
 杞槙は微笑んだ。
「わぁvv や〜ん、杞槙ちゃん可愛い☆」
 茉莉奈はマイク片手に杞槙に抱きつく。
「きゃあ」
「杞槙ちゃんお姫様みたいでいいなvv 腕によりをかけて歌っちゃうvv」
 産したに番号を教えられ、コントローラーに手早く数字を打ち込むと転送した。
「メドレーでいきま〜す」
 しばらくして曲が始まる。テンポの良いリズムが始まるとすぐに歌に入った。恵那も一緒になって歌う。それは二人が好きな主題歌だ。

『この世で貴方の愛を〜♪』
『手にィ〜入れるもの〜ッ♪』

 歌う二人の反対側でビール片手に五代が着物に着替えていた。二人が歌い終わると五代はおもむろにマイクに手を伸ばす。
「一番、五代真、『兄弟船』歌いますっ!」
 十八番の演歌を歌い始める。この時、自前の演歌歌手衣装に着替えていた。鮮やかな紺地に白抜きの波模様のアレだ。高らかに歌い上げ、こぶしを回すとおっちゃんたちの間から「よっ!日本一!!」の合いの手が入った。
 続いて、デュナンのマドンナのバラード。しんみりしたところで、ファラが元気にアースウィンド&ファイアの『宇宙のファンタジー』を披露した。
「みっしー」
「へ?」
 ふいにファレルに「みっしー」と呼ばれ、三下は驚いた顔を隠せなかった。悲しいかな、人には馬鹿にされ、女性群には(都合の)良い人呼ばわりされていた三下にとって、それ新しい呼び名だった。
「歌わないの?」
「あ……えっと、僕下手だし」
「良いじゃんか。そうだ! 神父さんと歌いなよ」
「ぶッ!」
 ファレルがにこにこと笑って云った横で、それを聞いていたユリウスは盛大にワインを吹く。五代の頭を掠め、それは撒き散らされた。バケットを食べていた麗花は思わず喉を詰まらせる。信者一同はそそくさと後ずさり始めた。
「汚ったねえなあ、ユリウスさん」
 五代は顔をしかめて云った。
「むぐぐ…むぐッ!!」
 手をバタバタさせ麗花は何か云ったが、皆には真意が伝わらない。更に一層、バタバタするが、首を傾げられるだけだった。
「げほげほっ!!」
 ユリウスが咽ている間に番号は送信され、曲の準備が始まっていた。やっと喋れるようになったときはマイクを手渡されている。その瞬間、信者さん一同はダッシュした。麗花はオロオロし、終いにはデュナンのエアクッションに美桜や杞槙など女子群を引っ張り、隠れ込んだ。麗花は真姫の頭をがっちりと抱え込んで、耳に栓をした。
「麗花さん、何やってるんですか?」
 愁眉を寄せてデュナンは問う。麗花は首を振るだけだ。
 そして地獄の歌声が耳に雪崩れ込んだ。

『すとっぷ・ざ・どりーみんぐ・いん・ざ・さぁ〜〜〜〜ん♪』

 その瞬間、その場は凍りついた。次には亡者の叫びさながらに、男子共は絶叫した。一番悲惨だったのは、ユリウスのTUBU攻撃を直で喰らった五代と三下だ。
「うがあああああああああああああああああああああああ!!」
 身をよじり、五代と三下は苦悶の表情を浮かべる。

『なつぅ〜をとめないでくぅ〜〜れぇ〜〜〜♪』

「うあああああああああああ! 死ぬ死ぬう!!」
「俺たちのTUBUが!」
「み……耳から毒がぁああああああああああ!!」
 デュナンはもんどりうって転げまわる。
 周囲の人間にもそれは伝達し、次々と人は倒れていく。おおよそ、被害は半径20メートルはあっただろう。マイクさえ無ければ、ここまで酷くはならなかったものを、カラオケが拡張器の役割を果たしてしまった。

 パキン、ぷしゅう〜〜……ジジジッ! ガガガガガ!!

 白煙を上げ、カラオケマシーンは異音を発した。何処からともなく、「ウォウ、ウォウ…」という声が断続的に聞こえてくる。ファレルは耳を疑った。瞬時に空気が重く濃厚になる。
「や……ヤバっ! ユリウスさん!」
「あ……あれ?……どうなさいました?」
 一番が終わって、周囲に気が回るようになったユリウスは小首を傾げる。見ると、三下はぶっ倒れていた。
「ばっきゃ〜ろー!! 見りゃわかんだろうが!」
「あいや……やっちゃいましたかね?」
「どうにかしろ!」
 五代は叫んだ。
 そのときにはもう遅く、磁場の歪みは完全にねじくれてしまった。音が耳に入らないように堪えていたため、体力を消耗してファレルの中和能力が発動しない。戦死者を祀る廟の方から数え切れないほどの幽霊が溢れてきた。更にそこを麗華の体質が拍車をかける。
 幽霊たちは麗花めがけて突進してきた。
「きゃあ!」
「麗花さんが!」
 霊の気配に反応し、恵那は立ち上がった。
「だえもいじめたりしねで!」
 恵那は幽霊に向かって念じ、パチンコで飛ばした。恵那は幽霊に綺麗なお花を見て、歌を聴いて、優しい心になって眠って欲しかった。一心不乱に撃った。
「んでもって寝ててけれ」
 団子状になっていた霊は一発で四散する。二度目の玉も外さなかった。そのパチンコに五代は念を込め、デュナンはルーンの詠唱を絡める。飛来した魔法弾を避けきれず、またも幽霊は霧と化した。
「猊下ぁ!」
「大丈夫ですか、麗花さん」
「怖かったですゥ〜」
 麗花はユリウスに慰められ、縋り付いた。
「大丈夫だが、麗花さん。怪我してね?」
 ユリウスの後ろから顔を出して恵那が云った。おずおずと美桜も声をかけてくる。
「……あの…麗花さん、びっくり……したんでしょう?……あの、大丈夫じゃなかったら……泣いても……いいのよ……」
「うん……ありがとう……大丈夫……あれ?」
 云った先から麗花の瞳に涙が零れた。
「大丈夫じゃなかったんですね」
「う……わぁあああん!」
 美桜に頭を撫でられ、麗花は泣き始めた。次第に震えてくる。いきなりの来襲は麗花の負担になっていたらしい。
 美桜は歌い始めた。

 cantilena angeli……天使の歌。

 美桜はテレパスで桜に話し掛け、桜と共に歌う。それを花散る音で聞いていた真姫も歌い始めた。それに杞槙も歌いだす。
 薔薇に良く似た甘い香りがあたりに漂った。此花散る下で三人の少女が優しい歌を紡いだ。雪解けの清水ように澄んだ音は、立ち込めていた闇も散らす。
 辺りは平穏を取り戻していた。
 ユリウスはそれを見ると聖歌の句を歌うのではなく、詠唱で紡いだ。

―― Salve Regina,matermisericordae:
  つつがなくあれ 天の元后 慈悲の御母よ

   vita,dulcedo,et spes nostra,salve 
  生命よ 憩らぎよ 我らが希望よ つつがなくあれ 

 ユリウスが十字を切り、五芒星を描くと違う句を唱えた。

―― Deus Petar omnipotens、Deus ……!
   全能にして父なる神よ 主、……よ!

 刹那、金色の光が差し浮上仏霊を包み、消えた。あとは優しい静寂(しじま)だけが残る。
「何だったんだぁ?」
 起き上がりながら五代は云った。
「さぁvv」
 にこりと笑ってユリウスは云う。彼が何と云ったのかはラテン語が詳しいものにしか分からない。分かったのは麗花、ただ一人だった。

「ザッハトルテと、桜のシフォンケーキです。失敗ばかりでしたから、本当はお出しするのが恥ずかしいんですけれど……お口に合いますでしょうか?」
 心配そうな表情で真姫は訊ねた。
「とてもおいしいですよ……頑張って練習した甲斐がありましたね」
「本当ですか? よかったぁ」
 ほっと胸を撫で下ろす。じっとさっきから見ていた五代は、ちょいちょいとユリウスの肩を突付いた。何ですかとこちらを向いたユリウスの首根っこを脇で占めて、酔っ払った五代は耳に酒臭い息を吐き掛ける。
「み……耳はダメですッ」
「馬鹿野郎、身悶えんじゃねぇ。気色悪いわ!……んで、恵那ちゃんや美桜ちゃんの和菓子は食べないのかよ?」
「あ……えへっvv」
「喰え。喰わねぇとこのまま無理やり詰め込むぞ」
 問答無用な五代の表情に、ユリウスは蒼くなった。
「た……食べます」
「おっしゃ!……美桜ちゃ〜ん、ユリウスが桜餅喰うってさ」
 呼ばれた美桜はにこりと微笑んだ。


●花は散るらん 安眠なり難し いつもの朝
「……か……猊下……」
「うんにゅ〜……ザッハ…は…ぜっぴん……で」
「猊下ぁあああああああああああッ!!」
 むんずと布団を剥ぎ取ると、高々と足を上げ、ユリウスの腰目掛けて蹴りをお見舞いした。その反動でユリウスはベットから転げ落ちる。
「はうぁ!……は……はいッ?」
「また……やりましたね……」
 その人は無骨な銃の先をユリウスの頭に突きつけた。鋭い双眸が何より心に痛い。
 毎回毎回、この人は何故早朝の教会へ入り込むのだろう。しかも、自分の部屋に……
 ユリウスは朦朧としてはっきりしない頭を振った。
「堪忍してください」
「それはこちらの台詞です。赴任してきて何度目の失態でしょうね、猊下?」
「はぁ?」
「また公衆の前面で暴れてッ! 日本中央協議会のほうから、『いいかげんにしてください』と通達がありましたよ……今回も上手く揉み消したものの、全散った桜(証拠)は消せませんからね。マインドコントロールの要員は厄介な連中なんですよ」
「ごめんなさい……」
「猊下……やつらの面倒をお願いいたします。私は裏工作に走りますから」
「でもォ……」
「文句がおありですか?」
「いいえ……無いです」
「当然です」
 それだけ云うと、さっさと出て行った。
 マリアナ海溝よりも深い溜息を吐いて、ユリウスはその後姿を見つめた。

 ■END■

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1343 / 今川・恵那/女/10歳/小学四年生・特殊テレパス
   (Ena・Imagawa)

0413 / 神崎・美桜/女/17歳/高校生
(Mio・Kanzaki)

1421 / 楠木・茉莉奈/女/16歳/高校生(魔女っ子)
(Marina・Kusunoki)

1335 / 五代・真/男/20歳/便利屋
(Makoto・Godai)

0294/ 四宮・杞槙/女/15歳/カゴの中のお嬢さま
(Komaki・Shiguu)

0862 /デュナン・ウィレムソン/男/16歳/高校生
   (Dunand・Willemson)

1379 / 天慶・真姫  / 女 / 16 /天慶家当主
    (Mahime・Tengyou)

0863/ファレル・アーディン/男/14歳/中学生
   (Ferrell・Erding)

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、朧月幻尉です。
 長々とお付き合いただき有難う御座いました。
 お話のほうはいかがでしたせしょうか? ご感想・ご意見・苦情等受け付けております。何かありましたらお申し付けくださいね。

 恵那ちゃんは秋田出身だそうで、訛りが合っているかどうか結構考えました。
 多分、合っているかと……(^^;)
 お菓子の描写に手間取り、少々予定より遅くなりましたが、お届けします。
 この作品を制作するにあたり、『名探偵○×△』を聞きまくっていました。勿論ベスト版です。東京怪談に合いますよねvv
 皆が私の頭の中で『名探偵○×△』の絵で動いたので、随分と楽しんで書きましたし、とても書きやすかった印象があります。
 あなたの心にはどう映っているのでしょうか?
 うまく届いたらいいなと思います。
 それでは、またお会いできますことを願って……

    夏の幻を聞きながら……

             朧月幻尉 拝