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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


しょういちくん道路

 その道路は『しょういちくん道路』と名づけられていた。
 大きな山をまたがる、カーブの続く長い道だ。
 何故、そんな名前がつけられたのか、いつ頃からそう呼ばれていたのかは定かではない。
 そして当然のように、「その道を夜中に走ると、しょういちくんに出会えるらしい」という噂が広まった。

 草間興信所を訪れたその夫婦は、とても暗い表情をしていた。
「‥‥それで、そのしょういち、というのはあなた方の息子さんというわけですね」
「はい‥‥」
 そっと身を寄せ合うように腰掛けた小柄な夫婦は、共にゆっくりと頷いた。
「あの子が事故に逢って亡くなったのはもう10年も前のことなんです‥‥まだ中学生だったあの子は、買ったばかりの大好きなマウンテンバイクで峠を越えるんだと言って、元気に出ていって‥‥、けれど居眠り運転のトラックにはねられて亡くなったんです」
「それは‥‥」
「私達はこんな悲しいことは二度とおきて欲しくないと思って、『しょういちを返して』とその道路の側に看板をたてました。今、あの道路にそんな名前がつけられたのは、そのせいだと思うのですが‥‥」
「ふむ‥‥」
 それは後からアトラスの編集長にでも教えてあげれば喜ぶかもしれない真相だ。
「ただ‥‥ですね」
 夫の方が草間を見つめて辛そうな顔で言った。
「あの道に現われる幽霊の正体が知りたいのです。‥‥皆から『しょういち』と呼ばれているその幽霊が果たして私達の息子なのか、そうではないのか‥‥」
 妻も深い溜息をつく。
「ただの幽霊ならともかく、その幽霊は事故を起こすというのです。‥‥雨の降る夜に、白い車でその道にあるトンネルを通り抜けると、窓に男の子の霊が張り付き、驚いた運転手がハンドルを切りそこなってその先のカーブで事故を起こす‥‥実際にそんな事故が、最近、多発しているらしいんです」
「もしも、それが『しょういち』の仕業なのだとしたら、‥‥私達はどうしたらいいのでしょう。何でもあの子の望むことならしてあげたいのです」
 夫婦は肩を寄せ合い、嗚咽を始めた。

 危険がつきまとう事件だ。
 白い車の用意は出来そうだ。運転は草間が務めることにした。
 『悪霊』(?)退治と、その調査、誰か同行してくれるものはいないだろうか?


+△▼△▼+

 しとしとと雨が降り続いている。
 古い空調設備は役割を果たさず、湿っぽさに書類でパタパタと自分を仰ぐ草間探偵。
「‥‥夏が近いってやつかね」
 ブーンと機会音を響かせ、首を振りながら涼風をそよぐ古い扇風機は、つい一週間前に物置から引っ張り出してきたものだった。
「まだ梅雨には早いと思うが」
 応接室のソファに大きく足を組み、深く越しかけながら、真名神・慶悟(まながみ・けいご)が苦笑した。
 なかなかのハンサムな青年である。金髪に染め抜いた髪、耳に金のピアスを光らせ、微かに香水の香りもする。自分で好みの香水をつけているのか、夜の街で口説いた女の移り香なのかは定かじゃない。
 草間も、そこまで詮索するつもりもなかった。例え派手な姿をしていても、仕事はきっちりとこなす男であるのはよく知っている。
「‥‥夏なんてすぐだよ」
 今にも崩れそうな書類の山のデスクで、好きな煙草に火をつけて、草間は笑う。
「もう五月だしな」
 慶悟の正面の椅子で、難しそうな表情をし、口を真一文字に結んだ忌引・弔爾(きびき・ちょうじ)が呟いた。
 こちらもかなり端正な、立派な体躯の青年である。しかし、その瞳はどこか淀んでいる。世間の面白くなさを一人で背負ったような不景気顔といったところか。
 ただ、彼は一振りの日本刀を常に傍らに置き、とても大事にしていた。否、大事にせざるを得ない理由が彼にはあるのである。
「‥‥こないだ年が明けたって気がしたのに、早いもんだ」
「年を取ると、時間の流れが早くなると言うな」
 テーブルに出してあったウーロン茶のグラスを取りながら、微笑むのは銀色の髪の美しい女。
 瞳も同じ白銀の涼しげな光。抜けるような肌の色。しかし、その身の回りに漂う空気は、ただ美しいだけの女ではないことを物語っている。
 レミントン・ジェルニールと女は名乗っていた。
「あのな、まだ俺は25だぞ」
「年はとりたくないな、弔爾」
 はは、と草間がデスクで笑う。弔爾はむくれたように頬を膨らませた。
「ったくよ、それより、探偵。もう一人の協力者はどこだよ」
「‥‥そうだな、来ないな」
 草間は煙草をくわえたまま、時計を見上げた。約束の時間から、既に二十分程立っている。
「早くしないと、雨までやんじまうぜ?」
 弔璽の意見は正しい。草間も少し困惑したような表情になり、ふと助け船を求めるように慶悟の方に視線を向けた。
 慶悟は小さく苦笑する。
「‥‥もう少し待って、来ないようなら、出発したほうがよいだろうな」
 レミントンが草間に助言した。
「そうだな‥‥手伝ってもらうにはいい仕事だと思ったんだが‥‥」
 紫の煙が天井にユラユラと伸びる。草間はぽつりと呟いた。

 刹那。
 
 コツコツ。
 草間興信所のドアがノックされた。
「ん」
 草間は煙草を口から指に移し、フラフラと立ち上がって、ドアを開く。
 小雨の雨は、少し勢いを増し、ヒュウヒュウという風の音が雨音に混じって聞こえていた。
「ああ、来たか」
 草間はドアの向こうの人物に、微笑した。
 振り返るソファに腰掛けていたメンバーに、最後の協力者は紅を引いた唇でゆっくりと告げた。
「初めまして。紅蓮の鬼姫・雷歌(ぐれんのおにひめ・らいか)と申します」

+▼△▼△+

「それじゃ、車の用意できたぞ」
 草間が興信所の下に運んできたのは一台のレンタカーだった。
 4ドアの8人乗りワゴン。
 咥え煙草のまま、無表情で運転席に乗り込む草間。この探偵に運転能力があったことなど、知る者は少ない、かもしれない。
 助手席に慶悟、運転手の後ろに弔爾、その隣にレミントンが腰掛ける。
「‥‥あのお姫さん、来ねぇな」
 弔爾は腕を組んで、興信所を車の窓から見上げた。
 雷歌は、着替えさせてください、と告げ、他の者を興信所から出して、部屋の奥へと入っていったのである。
 美しいまるで日本人形のような美人だが、レミントンと同じく、そこから醸しだされる空気は、人の肌をピリピリと緊張させた。
(「いつものことだけど、この興信所に集まるメンバーは変わった奴ばかりだよな」)
 心でひとりごちる弔爾。
 すると、その心の中に、怒声が響いた。
『自分は違うとでも言いたいか、弔爾』
「何だと、俺はパンピーに決まってるじゃねーか」
 反論して、口五月蝿い刀をカーシートにぐいぐい押し付けようとすると。
「‥‥何か変な言葉が聞こえたなぁ」 
 意地悪な視線で振り返る慶悟の視線があったりして。
「‥‥パンピーは日本刀と、人生について語り合わない」
 レミントンまで冷たい視線で横目に睨んでくる。
「見たように言うなっ!! まったくもー。‥‥ん、降りてきたぜ」
 深紅の上下に別れた美しい着物に着替えた雷歌が、扉を開き、怪談を降りてくるのが見えた。
 凛とした冷たい程の美貌。
『‥‥面白い術者が揃ったものだな‥‥』
 まるでこちらの心を読んだようにぽつりと語る日本刀。彼は『弔丸』と名乗っていた。
「お待たせしました‥‥」
 静かに告げ、車の後部席に腰掛ける雷歌。
 草間は最後にもう一度振り返り、それからゆっくりとアクセルを踏んだ。

+△▼△▼+

 神奈川にあるその峠までは、車で約2時間程の道のりがあった。
 雨はやむどころか、どんどんひどくなっていく。
「台風みたいだな」
 レミントンが車窓から外を眺め苦笑した。
 つけっぱなしのカーラジオからは、首都高速が通行規制がかかったとの臨時ニュースが流れる。
「‥‥峠が通り抜けできなくなってないように祈らなければな」 
 慶悟がぽつりと呟く。草間はそれを聞き、額に手を乗せた。
「それは参るな、うん」
「‥‥それにしても、その幽霊少年の話だけど、‥‥行ってみて、その子供の霊の仕業だとしたら、どうするつもりなんだ?」
 弔爾は窓の外を眺めながら仲間に問うた。
 ずっと考えていた。
 自分に何が出来るのかと。
「退治するしか無いだろう」
 慶悟が前を向いたまま、素っ気なく告げる。
「そうだな‥‥迷ったまま、悪霊と化しているのならそうするしかない」
 レミントンも答える。雷歌も「そうですね‥‥」と静かに告げた。
「‥‥それで解決になるのか?」
「‥‥俺は、その霊はしょういちで会って欲しくないと思ってる」
 慶悟は弔爾を振り向いた。
「へへ、そうか。‥‥だけどよ、死んだ人間の事勝手に評価すんのは、生きてる奴の悪いクセだ。‥‥死んで何しようが‥‥普通は何も解らねぇんだよな。たまたま自分の子供の名前の幽霊が出るからって、その両親は来たんだろうけどよ、‥‥こんなゲンの悪い依頼は好きじゃねえな」
『弔爾、まだそんなことを言うか』
 日本刀が大きな声を張り上げた。
『幼子を貶めているもの、或いは妄執は取り除かねば、後々の禍を脅かすのみだ‥‥何を迷うという』
「‥‥そう、かな」
 弔爾は溜息をついた。
 彼は一度、自分の命を絶とうとしたことがある。結果的にそれは叶わず、変わりにこの刀と出合った。
 もしあの時死んでいたら、自分はどうしていただろうか。どこにいただろうか。
 その人にしかわからない思いがあり、その人にしかわからない怨讐がある。
 それを見知らぬ他人がいきなり手をつけていいものなのか。
「‥‥弔爾」
 レミントンの銀色の瞳が弔爾を見つめていた。
「‥‥死んだ者が辛いのは、生きて残された者にとってはもっと辛いことだ」
「ん」
「生きている者は、死んだ者の思いを引き継いで行く。どんなに重い十字架であっても、降ろすわけにはいかない」
「‥‥」
「そうですね‥‥死んだ者、消えた者たちの思いも命も、生きている者の背中に‥‥」
 弔璽の背後で、雷歌も静かに呟いた。
 人の命以上の時間を生きる者達。
『‥‥それが自分の子供のことであればなおさらのことよの‥‥』
 弔丸すらも神妙な言葉で呟く。
「なんだよ、お前等‥‥」
『おぬしに出来ることはある、弔爾』
「‥‥」
 むぅ、と鼻の辺りをこすりながら、弔爾は息をついた。

+▼△▼△+

 しょういちくん峠。
 激しい雨の為もあってか、行き交う車はとても少なかった。
 発生してきた霧の為もあり、視界はあまり宜しくない。
 スピードを控えめにしつつ、草間はその峠に車を乗り入れた。
「‥‥トンネルまではどれくらい?」
 地図帳を持つ慶悟が、確認する。峠の一番奥まった場所にあるトンネルらしかった。
 そんな場所で事故を起こせば、救急車の到着も時間がかかることだろう。
「‥‥しょういちという少年が事故に逢った場所はどの辺りだ?」
 慶悟が草間に問うた。草間は、「そこ」と短く答える。
「そのトンネルから少し離れた場所に、交通安全の地蔵が作られてるそうだ」
「ふむ‥‥近いのか」
「ああ」
 草間は咥え煙草のまま、不機嫌そうに見づらい前方を睨みながら頷いた。
「普通に考えれば、トンネルを抜けたところに照明があって、その光を幽霊と見間違える‥‥そして眼のくらんだドライバーがハンドル操作を誤りカーブに突っ込む‥‥と。そう考えるのが普通なんだがな」
 レミントンが前方の二人に告げた。
 慶悟も「ああ」と頷き振り返る。
「トンネルから外に出る際時は、明るさが極端に変化する。雨も降っていれば、ハンドル操作を誤りやすいというのも納得だ」
「‥‥それが幽霊のせいにされてるんじゃたまらんな」
 弔爾も息をついた。
 その席の後ろ、雷歌は峠に入った瞬間から、瞼を閉じ、気を整えていた。
 他の者たちが話をしているその後ろで、彼女の姿は少しずつ異形のものへと変化していたのである。
 赤い髪の中からは、二つの鋭い角が伸び始め、その指の先からは、長く巨大な爪が現われていた。
 その姿は既にヒトと言うよりも、『オニ』に近い。美しい魅惑的な瞳は、吊りあがり妖気を増したものとなり、細い指には鋭い刃物のような爪が伸びていた。
 バックミラーでそれを見つけ、一瞬眼を丸くる草間の姿が見えた。
 雷歌はクスリと唇をゆがめる。
 くわえタバコのまま、草間はバックミラーごしに、軽くウインクをしてよこした。

+△▼△▼+

「そろそろだな」
 弔爾が窓を見ながら呟く。
 目的のトンネルが目の前に迫っていた。
 雨は相変わらずのどしゃぶりである。あまり視界も宜しくない。
「どうする?」
 弔爾が問う。
「‥‥一度素通りしてみるか? 地形も調べた方がいいだろう?」
「‥‥そうだな」
 助手席側の窓を開き、慶悟は用心深く白い符を外に落とした。
 あっという間に車の後ろ側にヒラヒラと舞い散ったその紙片は、突然大きな鷹へと変化して、車の後ろを追いかけてくる。
「ん?」
「先に飛ばそう。何が見えるのか知らないが」
 鷹は口に何かをくわえたまま、トンネルの中に滑空していく。
 それほど長いトンネルではない。
「‥抜けた」
 慶悟は顔を上げて苦笑した。
「‥‥特に異常は無いようだったが‥‥いや、霊気は問題なしなくらいに強いが」
「とりあえずそのまま突っ込んでくれ、草間」
「ああ」
 草間はアクセルを踏み込んだ。
 どしゃぶりの中を進んできた白いワゴン車は、加速をつけるようにしてトンネルの中に突入した。
 
 今までの霧がかった暗い道のりの中から、突然視界は明滅するオレンジの世界へとかわる。
 勢いよく怒鳴っていたカーラジオは雑音に変わり、どこか異様な空気さえ感じる。
 肌には冷たい冷気すら感じた。
「‥‥出口だ」
 1.8キロあるというトンネルの出口が近づいてきた。
 全員が、前方を真っ直ぐに見据え、息を殺している。
 しかし、何事も起こらず、車はトンネルを抜けようとした‥‥‥。
 
 ドスン!!

 激しい衝撃音がワゴン車の天井に響いた。
「ん!?」
 注意を天井に注ぐ全員。
 しかし、それはその瞬間にフロントガラスに張り付いていた。
「うわっっっ!!」
 鳴り響く急ブレーキ音。
 水の溜まった道路に白いワゴン車は、何度もスピンを繰り返し、ようやく炉辺に停車した。

「‥‥い、‥‥今のは‥‥」
 肩で息をする草間。
 車の停車を確認するまでに、その同乗者達は皆車から飛び出し、トンネルに駆け戻っていた。

「ちきしょう、ふざけやがって!!」
 怒声を飛ばす弔爾。
「いない‥‥消えたか」
 降り注ぐ強い雨に銀の髪を濡らしつつ、レミントンも口惜しそうに呟いた。
 あれは、あれは何だ。
 窓ガラスに張り付いたのは血まみれの少年の姿。恨めしそうにフロント硝子の中央にぺたりと赤い手の平を貼り付けて。
 ボンネットの上に腹ばいになり、首だけを持ち上げ、ニタリと笑った。
 刹那、フロントガラスの上に、べた!べた!べた!とまるで雹が当たるような音が響き、次々と大小の血まみれの手形が窓に張り付いたのである。
 それは瞬く間にフロントガラスの視界を全て埋めた。草間の悲鳴はそこで上げられた。
 トンネルを出た瞬間にそれは消えてしまったらしい。
 けれど、運転手の判断を誤らせるには十分といっていい効果をもたらしたのだ。
「‥‥」
 車の側で雨に打たれながら、雷歌はじっとトンネルを見つめていた。
 たくさんの霊の固まりがそこにある。
 そして恐ろしいほどの殺意を放っていた。
 彼女の耳には届いていた。

『な、んだ、た、すかっちゃったのか‥‥つまんない、つまんないねぇぇぇ』

「‥‥‥」
 雷歌はそっと腕を持ち上げ、爪で彼等に狙いを定めた。
 すると、その霊の集団は雷歌の存在に気付いたらしく、ぴたりと動きを止めた。

『‥‥おお怖い』
『ふふふ‥‥』
 すっと存在を空気にかき消す彼等。
 雷歌はその場所をいつまでも睨みつけていた。

+△▼▼△+
「もう一回だ、もう一回」
 弔爾は草間に叫んだ。
 車の中、バスタオルでそれぞれぬれた体を拭きながら、言葉少なにそれぞれ思いをめぐらせていた。
「ああ‥‥望むところだ‥‥」
 草間はアクセルを踏みなおす。幸いなことに故障した場所はなかった。
 一番近いインターチェンジで降り、再び来た道を戻るように高速に乗りなおす。
 時間は既に深夜の2時に近づいていた。
「今度は絶対逃さないぜ」
 弔爾は弔丸をしっかりと握って呟いた。弔丸も同意を示す。 
 やがて前方にトンネルが再び見えてきた。
 息を殺す弔璽。その目つきが突然凛々しく吊りあがった。
「外に出る」
「何?」
 草間が驚いたように振りかえった。弔璽は不敵に笑むと、車の窓を空け、ひらりと外に飛び出した。
 弔爾、否、その瞬間彼の体は、弔丸のものとなっていた。
「ふふ」
 開け放たれた窓から入り込む冷たい雨と強い風。それに赤い髪をなびかせながら、雷歌が面白そうに口を手元で塞いで笑った。
「お供しますわ、弔爾さん」
「ん」
 トンネルに侵入する緊張を抱えたまま、草間はバックミラーで雷歌を見た。
 彼女の両脇の窓は狭い。どうやって出ようというのか。
「‥‥ここしか無さそうね」
 雷歌は、自分の背後の座席の窓に手を伸ばす。彼女の手がそこに触れた瞬間、パリン、と乾いた音が響いた。
 同時に強風が車の中に吹き込んでくる。
「!!!!!」
 草間の目が丸くなっていた。
 ワゴン車の後部の窓を割り、雷歌がひらりと戦闘着物を揺らしながら屋根の上に映るのが見えたからである。
「‥‥おいおい。借り物なんだぞ、この車‥‥」

「ほぅ、おまえさんもか」
 屋根の上で、弔爾は雷歌を見つめ、口元をにやりとゆがめた。
「ええ、ご一緒させてくださいませ」
 車はトンネルに入った。オレンジ色の明滅が二人の頭上を過ぎていく。
 このスピードと車の震動。両腕で握れる部分を掴んでいるとはいえ、普通の人間に出来る行為では無い。
「変わった女だな」
 弔爾は笑って、前方を見つめた。
 その隣に一羽の鷹が追いついてきた。口元には相変わらず白い符をくわえている。
「二度目は仕損じるなよ、おまえさんも」
「‥‥」
 トンネルの出口が近い。
 彼等は一瞬のさらなる緊張に身を固めた。
 刹那。
『フフフ』
 弔爾と雷歌の耳元で少年の声がした。
 同時にたくさんの腕がトンネルの出口の先から、まるで這い出すように一斉に伸びているのが見えた。
 その腕は今度は二人の体を捉えようとこちらに向かって伸びているのである。
「させるかーっっ!」
 弔丸を振りかざす弔爾。雷歌も両方の指先の鋭い爪で、左右にそれを切り開く。
 鷹式はその二人の切り開いた隙間から先に行き、その奥にいた一人の少年の霊に向かって体当たりを決めた。

「うわあああああっっ」

+▼△▼▼+

「‥‥おまえがしょういち、か?」
 車を降りた草間と慶悟、それにレミントンは、鷹式の持つ禁呪の効果を持って、身動きできなくなった少年霊に対して尋ねる
「答えろ」
 レミントンは少年の側に膝をつき尋ねた。
 少年は首を上げて、三人を見上げた。
『‥‥話すよ‥‥だから、これ、解いて?』
「‥‥」
 三人はそれぞれ視線を合わせた。
「まだ解くわけにはいかないな」
 慶悟は厳しい口調で彼に言った。

 草間から事前に見せてもらったファイル。
 そこには、死んだ少年の生前の写真もあった。そして、目の前の少年はその写真の少年にとてもよく似ているように見えた。
「関わっていてもらいたくなかったな」
 草間は頭を掻いた。
 その背後では、トンネルの上部からのびている腕をほとんど切り裂き、返り血を浴びながら戻ってきた弔爾と雷歌の姿があった。
「‥‥どうなったんだ?」
「なんといえばいいんだろうかな」
 腕を組み、慶悟は苦笑する。
 レミントンは少年と視線を同じくしながらゆっくりと告げた。
「自分のしていたことがどんなことかわかっているか?」
『‥‥関係ない‥‥貴方たちには』
 ぷい、と少年は横を向く。
『見逃してあげるよ、ボクはあんた達嫌いだ。‥‥ボクの寂しさはきっとみんなにはわからない‥‥』
 少年は俯いて呟く。
「‥‥いい加減にしろっ」
 慶悟が少年の襟首をつかむ。驚いたように見開かれる少年の瞳を、慶悟は強く睨みつけた。
「おまえの両親は、おまえが安らかに眠れるようにさんざん手を尽くしていたはずだっ。何が寂しいだ。‥‥そんなことで、生きている人間を死に追いやることが正当化できると思うのかっ」
『!!』
 少年はその瞳にたくさんの涙を浮かべ、それから全身に力を入れた。
 白く発光するその体。禁呪の効果を跳ね返そうとしたのか、けれど、それは叶わず、彼の体は反対に地面の上に転がった。
『ぐ‥‥ぐぅ‥‥』
「しょういち‥‥、ちゃんと見ろ!」
 慶悟が叫んだ。彼の指差した先には、交通安全を祈った、小さな地蔵が作られていた。
「あれがお前の両親の思いだ。‥‥大切な息子を事故で失った悲しみ、そして同じようなことが二度と繰り返されないように、心を込めて作ったものだ。こんな近くにいてそれも見えなかったのか」
『お、お、お兄ちゃんにはわかるもんかっっ!!』
 しょういちの体が再び白い光に包まれる。術者達の視界も奪うほどの強い光だった。
 一瞬眼を庇った彼等が、瞼を再び開いた時、しょういちの体の周りを取り囲む二つの黒い柱の存在に気がついた。
 渦をまくように、とぐろをまくように、回転し続ける黒の柱。
 不愉快な妖気を撒き散らしつつ、しょういちを護るように彼の体の周りを移動していた。
「‥‥あれはなんだ」
 呟きつつ、レミントンはズボンのポケットから拳銃を取り出した。
 禁呪で捕らわれ動けないままのしょういち。しかし、二つの柱はやがて上空で球の形になると、彼等に向かって体当たりの攻撃を開始する。
 鋭い勢いで宙を切り、飛び掛ってくるソレに、レミントンは迷わず銃口を向けた。
「‥‥!?」
 瀬戸際で避けたのか、手ごたえはあまりなく、球体は猛スピードでレミントンに近づく。
 再び轟く銃声。
 ‥‥当たった!
 僅かにコースがずれ、球体は彼女の近くに強くぶつかり散らばった。しかし、再びより集まると、気味の悪い笑い声をたてた。
『ケーケッッッ。ヒヒヒ。面白いものよのぉ‥‥』
「‥‥なんだこいつらは」
『我等は神。この峠に住まう神』
 二つの球体は一つになったり、再び別れたりを繰り返す。
「‥‥くっ」
 慶悟は符を構え、それを睨み上げる。多分、これは、あれだ。思い当たる知識があった。
 古よりある古い霊。
 おぞましいほどの怨念で地上に未練を残し、何百年も減ると妖怪化するという。
 弔爾の心にも弔丸の声が響いていた。
『弔爾、あれは厄介だ』
「厄介だから、どうしろって言うんだよ」
 け。唾を吐き、息を潜める弔爾。雷歌がクスクスとその隣で笑った。
『‥‥峠で迷うこの哀れな少年の魂を哀れとは思わぬか』
 球体は語る。
「哀れだろう。だが、悪霊に利用されるいわれはない」
 溜息をつく慶悟。
「手加減しなくてもいい相手に恵まれたようだ。‥‥」
 慶悟は符を放つ。十二神将の式神が現われ、辺りに散らばった。球体の霊を捕らえに動く神将達。
 黒い光が辺りに咆哮を放つように広がる。はじき飛ばされる神将たち。しかし、それを繰り返すこと数度。
『‥‥黙ってみている法は無いな』
 弔丸は弔璽の体を乗っ取ると、強く地面を蹴り、宙に飛び上がった。
 そして敵の正面から上段に構え、力を込めて振り下ろす。
 神将に気をとられていた球体は避けきれずに、刀にぶつかると斜めに下がった。その動きにレミントンの銃が炸裂する。
 そして再びはじかれて宙を舞う球体。受け止めたのは雷歌だった。
 両手で受け取り、両方の手の平で左右から押しつぶす。
『グガァ‥‥ァ、ァ!?』
球体は悲鳴を上げ、強い光を発す。しかし、その体積はみるみる小さくなっていき、そして、その存在を世界から消した。

 残されたのは少年。
『‥‥おじさん‥‥』
 地面に転がったまま、信じられないといった表情で、雷歌を見上げていた。
『‥‥おじさんをどうしたの?』
「ふふふ」
 雷歌は微笑んだまま答えない。
「おまえを長い間彼等は利用していたのだ。ここで迷わせ、失わせた魂はどこにいる?」
 慶悟が問うた。
 少年は首を横に振った。
『みんなおじさんが連れていったよ。‥‥楽しかったのに‥‥』
「楽しいだと!?」
 弔爾は少年に駆け寄った。
「人の命を奪うことの何が楽しいっていうんだ!?」
『だって‥‥』
 少年は俯いた。
「おい」
 草間が頭をかきながら、車の方から来た。その手には、野球のグローブとボールが握られている。
「君の父さんと母さんから預かってきたんだ。‥‥そろそろ安心させてあげたらどうだ」
 少年は草間の手からそれを受け取った。
『‥‥ありが、とう‥‥』
 慶悟は苦笑して草間を見た。その二つは慶悟が両親に頼んで持ってきてもらったものだった。
「人の死が面白いか? それよりも早く成仏して、生まれ変わってこい。その方が楽しいぞ、きっとな」
『‥‥おじさんがいつか連れてってくれるって言ってた‥‥行き方がボクにはわからないんだ‥‥』
「大丈夫だ」
 慶悟は少年の肩に手を置いた。空に浮かぶ十二神将が少年を誘うように空で見守っている。
 いつの間にか雨はやんでいた。
 黒雲の隙間から、月の光が漏れている。
 あの明るい場所。
 そこが自分の行かなければならない場所だ。
 しょういちはそう思った。否、まるで魔法にかかったように、突然気がついていた。
 おじさん達は教えてくれなかったけど、連れてってもらえなければ行けない場所だと思ってたけど、本当はひとりでも行けるのかもしれない。
 遠い遠い国。
 でも、そこが本当のボクの行かなきゃいけない場所。

『‥‥』 
 少年は他の術者達を見回した。
 彼等は優しく少年に頷いてみせる。
『‥‥父さんと母さんに‥‥ごめんね、って‥‥』
「ああ」
 ゆっくりと草間は頷いた。少年は俯き、涙をぽろぽろとこぼした。
『‥‥ありがとう‥‥なのかな‥‥ごめんなさい』
 白い光が再び少年を包んだ。
 けれど今度はとても清浄な光に思えた。その光に包まれた少年を、十二神将たちが護り、空の彼方に連れていく。


・・・エピローグ

「晴れたな」
 草間が呟いた。
 あれだけ降っていたどしゃ降りの空が、嘘のように晴れ渡っている。
 大きな月が見下ろすように辺りを照らしていた。もうあと数刻で夜明けを迎える空にも、たくさんの星が輝いていた。
「なんだか疲れる仕事だったな」
 レミントンが左肩を押さえて苦笑した。
「まったくだ」
 弔爾も大きく伸びをして呟く。
「面白かったですわ」
 雷歌が赤い唇を歪めて微笑んだ。
「両親にはなんて伝えるべきかな」
 草間が苦笑しながら、グローブとボールを地蔵の前に供えた。
「息子さんは成仏していました、でいいんじゃないか?」
 慶悟が地蔵に手を合わせながら微笑んだ。草間も「そうだな」と頷いて微笑んだ。
「それじゃ、無事に解決したことだし、朝飯くらいは奢るさ」
「ほう、それは嬉しいな。といっても、こんな時間じゃ、ファミレスか?」
「何か文句があるのか? レミ」
「まあいいじゃん。疲れたし、文句はいわねーよ」
「そうだな、おまえもいいか?」
 振り向いた慶悟の視線がきょとんとする。
 弔璽が気付いて、慶悟の視線を追った。
「あれ‥‥?」
 雷歌の姿がいつの間にかその場から消えていたのである。
 さっきまではそこにいたのに。

 困惑した仲間達は、しばらく顔を付き合わせたあと、仕方なく諦め車に乗ってその場所を去っていく。
 それを高い場所から、雷歌は見下ろしていた。
「‥‥ふふ」
 一陣の風が、女の赤い髪をなびかせる。
 首を見上げると、そこには大きな白い月。彼女はその月の美しさに、切ない微笑を一瞬見せるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0166 レミントン・ジェニール 376 女性 用心棒(傭兵)
 0389 真名神・慶悟 20 男性 陰陽師
 0845 忌引・弔爾 男性 25 男性 無職
 1428 紅蓮の鬼姫・雷歌 700 女性 ダークハンター
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■              ライター通信               ■
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 こんにちわ、ライターの鈴猫です。
 大変お待たせして申し訳ありませんでした。
 「しょういちくん道路」をお届けいたします。

 皆様の個性を色々と想像しながら楽しく書かせていただきました。
 初めましての方も、いつもお世話になっております方にも、楽しんでいただけたら嬉しいです。
 まだまだ自分の力不足の点をもひどく痛感させていただいたりも致しました。
 言葉とは難しいものですね。

 それではまた違う機会にお会いできることを祈って。
 ありがとうございました。

                        鈴猫 拝