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<東京怪談ノベル(シングル)>


bloom of youth

「草間ちん!花見だ付き合え♪」
今日も賑わう草間興信所。
 神薙春日の勢いよく開きすぎた扉が、バウンドして戻りそうになるのを、背後に控えていた友人と執事と秘書とを兼任して有能な青年が、白い手袋の片手で止める。
「花見ってお前…」
煙草を口に運びかけていた動作で止まった。
「今から行って場所があるワケないだろーが」
日本人は花見が好きだ。大好きだ。
 何故なら就業時間であろうが、新入社員が仕事もしないで場所取りをさせてもお給料に響かない、それほどまでに花見が好きだ。
 故に、花の季節の桜の下に陣取る苦労は並大抵でなく、場合によっては確保した場所で3日も野宿、なんてのもザラである。
「そー言わずにさー。行こーぜ、お弁当もあんだしさー」
「無理無理。そーだ、いっそ学校なら穴場だろう。友達とでも行って来い」
言い切って、煙草に火を点けようとポケットにライターを探し…ふと、視線を横に流して気付く。
「だって龍之助バイトだって言うし」
拗ねて唇を尖らせた春日の背後…懐に手を入れた執事の、シルバーフレームの眼鏡越しに眇められた目が殺気を放っている。
 目は口程に物を言う…曰く、『断ったら殺す』、と。
「あ、あー…そうだな、最近お日様の下に出てなかったからなー」
ぎくしゃくと探り出した百円ライターに火を点けようとするが、火花が散るばかりで形を得ない。
「たまには福利厚生も充実させないとかんといかんかなー」
カツカツと執事は草間に視線を据えたまま、踵を鳴らして歩み寄るに、懐から黒光りする銃身を覗かせた。
「解った行く!付き合う!」
「御賢明です」
半ばやけっぱちっぽい了承に、執事は懐から出した銃…型のライターの先の火を草間が銜えた煙草に移した。


 花は朧に霞か雲か。
 淡いピンクを遠目に見るだけで心浮き立つ春…だが。
「ほら見ろ。どっこも無理だろ」
一体何日ぶりか数えるのも馬鹿らしい陽光を浴び、草間は桜…よりも、その根本でひたすら食う飲む歌うの宴に興じる人々を眺めた。
 はたして、東京の人口の1/3は訪れるという…上野公園くんだりまで足を伸ばすに、花よりも人を見に来た塩梅だ。
 たまにぽかりと間があるかと思えば、寝袋と携帯ゲーム、そして本にコンビニ弁当を抱えた若者や中年やらがまるで取られるかのように威嚇の視線を投げてくるにげんなりする。
 たまたまその場に居合わせた調査員も引き連れての草間興信所ご一行様は、春日の先導に諦めムードで歩を進め…。
「あったあった、彼処だよ草間ちん♪」
喜色も顕わに春日が指差すは…他と一線を画し、地面に敷かれたのはビニールでなく緋の毛氈に、ずらりと膳が整えられ、一画に積み上げられた日本酒、ビール、ワイン、ジュースの類も充実し…けれど、人の姿は何処にもない。
「遠慮なく入ってー♪」
春日は躊躇なく、靴を脱いで毛氈に足を乗せるが、某一流企業の名が威圧的に立てられるに、続く者が出ない。
「神薙…」
説明を求めて草間が名を呼ぶに、そこらの段ボールに油性マジックで文字を書きながら、春日は応じる。
「やだなぁ、草間ちん、俺の華麗なる裏稼業忘れたのかにゃー?」
それは予見。
 金の右眼が見せる、過去・現在・未来…触れた人間が知るべくもない運命を税務署に申告出来ない金額で切り売る、特殊技能を活かした春日の生業である。
「昨日、ここの会長さんが来てねー。今日は花見の予定だってぇから不参加にしとけって言っといたんだ」
企業の名の上に、ガムテープで切り取った段ボールを貼り付けるのに、『草間興信所』(株)、になってしまったのはまぁご愛敬。
「食中毒がヤバいからって」
だから遠慮はいらねーし、入って入って♪と手招いてちゃっかり上座に座る春日、執事は黙々と…手をつけてはいけない膳を隅に積み上げて行く。
「…お手伝いします」
零が簡単に境界を示して張られたロープを越えるに、我も我もと続く所員、調査員にあっという間に宴席が出来上がった。
「深澄、酒があたる心配はねーよな♪呑んじまおーぜ♪」
「春日様、先日痛い目を御覧になられたばかりでは?」
「う………ダイジョーブだって、あの鍼灸師のセンセー、今日は…居ない、よな?」
キョロキョロと見回すに、果たしてどんな目に遭ったのやら。
「あ、草間ちん、そんなトコにつったってねーで早く来いってば♪」
ぺちぺちと自分の横を叩いて示す春日…の前で目で殺せる眼圧に脅しをかける執事。
「入りゃいーんだろ、入りゃ!」
「楽しもーぜ草間ちん♪」
執事の後頭部しか見えなかった春日は、諸手を挙げて主賓を迎えた。


 膳に変わって用意されていたのは、段を数えるのがちょっと面倒に感じる大量のお重。
 旬の食べ物、高価な食材をふんだんに使ってそれ以上、舌の肥えた調査員を唸らせる味、それが春日の背後で持参の緑茶をすする執事一人の手による物との事実が発覚するに、
「お嫁さんにして下さい!」
「嫁に来い!」
などの酒の勢いを借りた告白が勃発していた。
 けれど執事は怜悧な容貌に見合って冷ややかな微笑で、「私は身も心も春日様の物ですので」と、爆弾発言で酔っぱらい共を撃破する。
 深く読みたければ深くまで読める台詞に、思考を刺激された面々は何故だかコイバナに花を咲かせる事となった。
「草間ちんはさ、恋人いないんだっけ?好きな人とかいねーの?」
大黒天が福々しくプリントされたビールを片手に傍ら、黙々とウィスキーの水割りを勧める草間に問うに、彼は、ふ、と笑った。
「男の人生には煙草が…」
「まぁったまたぁ!」
何やら渋い台詞を吐こうとしたらしいが、どぐぅッ!と重い音で春日の肘ツッコミが胸に炸裂する重い音にのたうつ草間。
「つか、興信所の大蔵大臣とはどーなんよ?いーねぇ、モテる男はさぁ〜」
ケラケラと笑っての言、対象を限定して肩で小突くに、春日は片頬を上げたからかいの表情になる。
「そのうち刺されない様に気をつけろよー♪」
 執事が甲斐甲斐しく空き缶を片付ける為に本数が分からず…そうは見えないが、大分回ってきているらしい。
「…そーゆーお前はどうなんだ?現役高校生」
出会いも豊富だろう、と切り替えされるに、男子校とはいえ、通学途中の春日を見て想いを募らせる少女なども居るのだが、浮いた噂はとんと聞かない。
「………俺ぇ?」
苦く笑って春日は手にしたビールを一息に煽ると、口許を拭った。
「聞ーてくれる?草間ちん……」
しゅんと沈んだ雰囲気に、何か地雷を踏んでしまったかと内心慌てる草間だが、ここは大人の余裕の見せ所、という事で先を促すにグラスをコン、と缶ビールに合わせて鳴らす。
「不毛…だって分かってんだけどさ…」
語尾が消え入りそうに小さくなるのに耳を寄せた草間の首に、春日は腕を絡めた。
「俺は草間ちんの事、ちょ−ラブッ!」
衝撃の告白は、そのままスリーパーホールドに移り、にわか審判がカウントを取るに、宴席はプロレス会場と化した。


 大の字になって天を仰げば、視界は空の青を背景にした桜に埋め尽くされる。
「龍之助と、見たかったなぁ〜」
けれど今はバイト先で、彼は彼の恋で手一杯だろう。
「俺のが何倍もイイ男なのに…なんであんな三下のスカンピン…」
健気で、一途で…自らの想いに対する、不器用なまで真っ直ぐな誠実さ。
 最もそんな想い人だからこそ…自分の想いを押しつけられず、一進も一退もしない彼の恋を歯痒く見守り続ける、親友でいようと自らに誓ったのだが。
『…片思いってのはせつねーよな〜』
その一歩を踏み出したら、今一緒に桜を眺められたかもしれない…いつだってそんな可能性が、ことある毎、寂しさと共に頭をよぎる。
「春は青いと書くんだよなぁ…」
空に向かって手を伸ばすと、届かぬでいて包む近さで其処に在る、天。
 苦笑に大きく欠伸をすると、心地よく訪れた睡魔に瞼を閉じた。
 眠りの闇の中では、過去も現在も未来も見えない。
 せめてその時間くらい、想い人との逢瀬を夢見ても良いではないか。


 戦い済んで(?)、日も暮れて。
 草間興信所(株)の宴席は、屍累々…そう評するしかない。
 見事なまでに酔い潰れた人々の合間に、黙々と後を片付ける執事はその屍の間に眠る己の主に、用意してあった毛布を着せかけ…その髪に一枚の桜の花弁が散るを見るに、それをつまみ上げた。
 主人がふにゃ、と笑い、口の中でごにょごにょと何かを呟いてまた眠る。
「…おやすみなさいませ」
ふ、と吹く息に花弁を飛ばし、執事は穏やかに微笑んだ。