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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


マカーブルの声

■序■

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804:  :03/04/15 11:23
  ちにいさいちにいん

804:  :03/04/15 11:23
  iちにいさnいちにいsん

806:匿名:03/04/15 11:25
  なんだこりゃ

807:  :03/04/15 11:26
いちにいさんいちにいさんいちにいさん
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「うー」
 ここのところ、雫が運営しているBBSはちょっとした危機を迎えていた。いや、陰気な荒らしなどへの対応はもう手慣れたものであったが、この荒らしなのかどうかも定かではない病的な連続投稿は、削除の手も追いつかないほどの速さで増殖していくのだ。
「仕方ないなあ。あんまり好きじゃないんだけど、アク禁しちゃえ」
 いちにいさん、
 それを延々と紡ぎ続ける書きこみは、すべて同一のホストから投稿されているものだった。調べてみると、なんと雫のBBSだけではなく、世界中に広がるwebの至るところでこの「いちにいさん」は猛威を奮っているらしいことがわかった。
 ホストはhpt.whom.ad.jp。
 ……関東地区にある小さな町、封霧町からのもの。しかも、とある病院のパソコンからのアクセス。アクセス制限をかけようとした雫の手が止まる。
「そう言えば……」
 雫の記憶に引っかかるものがあった。華奢な指はキーボードを慣れた風で操る。
 雫が興味を示した怪奇・不思議現象の数々は完璧なまでにデータベースに収められ、ずらりとモニタの中で整列していた。
 雫は検索にかかったタイトルひとつをクリック。『封霧町の奇病』。
「やっぱり。封霧町……1年前にちょっと噂になったところだよ。ヘンな病気が流行ったんだって。ひとの感情がなくなって人形みたいになる病気。今回の荒らしと何か関係あるのかも?」
 むう、と考えこむ雫の目はしかし、きらきらと無邪気に輝いていた。
 未知の世界を渇望する飽くなき好奇心が、彼女を突き動かす。やれやれ。こうなった彼女を止められるのは、誰かがまとめた結果報告メールだけだ。
「ねぇ、封霧町に行って調べてきてくれない?」


■霧を封じた町■

「また、お会いしましたねえ」
「ええ、また会いましたね」
 封霧町の小奇麗な駅から出てきたふたりは、はじめにそう言葉を交わした。海原みそのと大覚寺次郎。ふたりは別件でこの手の調査をともに行ったことがある。尤もその程度の間柄であって、それ以上でも以下でもないが――お互い、すぐに忘れてしまえるほど無個性な存在ではなかった。
 ふたりはまたしても目的が同じだったことから、揃って同じバスに乗った。総合病院行きのバスは空いていたが、みそのは次郎の隣に座った。ふたりは親子のようには見えず、かといって友人同士とも取れず、実に奇妙な組み合わせであった。
 ふたりの他にバスに乗っていたのは、寝ているのか死んでいるのかわからない老婆ひとり、並んで座っている女子高生ふたり。学校帰りであるらしいが――制服が違っていた。
 窓の外にひろがる封霧町は、ごく普通の町に見えた。
 少なくとも、みそのの『目』にもそう映っている。
 奇病が流行ったという喜ばしくない過去を全く感じ取らせない風景だった。次郎は無精ヒゲをざりざりと撫でて、眉をひそめた。
 ――それもそうかもな。そんな病気の噂は聞いたことない。聞いても忘れるか、それとも本当に耳にも入らなかったか、その程度の規模なんだろう。
 往々にして、噂というものは力を増していくものだ。奇病にかかった人間がたった二人であったとしても、最終的には「流行った」ということにされてしまうのかもしれない。ただ、患者はひとりだけではないはずだ。ひとりだけ、という限定がついてしまうと、さすがに「流行った」とまでは風呂敷も広がらないに違いない。
「患者様は、13人いらっしゃったようですわ」
 次郎のその考えでも読み取ったのか、みそのは微笑みながら囁いた。彼女は町を流れる噂と真実の糸を掴み取り、そう結論を出したのだった。
「過去形ですか」
 窓枠に肘を置き、ざりざりヒゲを撫でながら、次郎は言った。
「ええ。今は、ふたり」
「それは随分と減ったものですね」
「『けいじばん』に書き込みをなさったのはそのうちのおひとりです」
「……『イチ』とつく名前の方でも、患者さんに居ませんでしたか」
 次郎は自然とみそのの能力を信用し、活用しようという気にもなっていた。その思いの現われが、その質問であった。
 いちにいさんいちにいさんいちにいさん……
 みそのは次郎から虚空に視線を戻した。彼女の瞳は、漆黒から深淵へと変じたようであった。この世のものではない何か、光が紡ぎ出す二次元には無い世界を覗きこみ、彼女は呼吸と同じくらいに自然と、その探索をやってのけたのだった。
「……ここでは、わかりかねますわ。病院に着きましたら、もう一度試してみようと思います」
「お願いします」
 そう言っているうちに、巨大で無愛想な建物が見えてきた。
 大抵の病院は、とても身体や精神を癒してくれるとは考えられない風貌をもっているもの。この「ふうむ総合病院」もその例に漏れなかったようだ。規則的に並んだ窓や白い壁、乗り場で待機しているタクシーの行列、車椅子、看護婦、患者。連想するのは癒しではなく死と病。不愉快な幻。魂。
 次郎はなおも眉をひそめていた。
 バスの乗客は、全員が「総合病院前」の停留所で下車した。


■古き良き旋律■

 いちにいさんいちにいさんいちにいさん――
 総合病院の第二病棟に入った途端に、あの書き込みの謎は解けたような気がした。
 次郎の口元が思わず綻ぶ。
「何故お笑いになりますか?」
 みそのの問いに、次郎は指で天井のスピーカーを指した。息を殺してやっと聴き取れるか否かという音量で流されているのは、三拍子のリズム。
「ワルツです」
「ああ、この」
 みそのは目を細めて、小さな手を控えめに叩いた。
 ぱん、ぱん・ぱん。ぱん、ぱん・ぱん。
「音の流れですね」
 次郎は適当な看護婦を捕まえて尋ねた。病院は秘密主義の象徴だ。患者のことを尋ねても無駄だろうが、流れている音楽の意味を知ることくらいは出来る。
「ああ、副院長の研究の一環なんですよ。この曲は精神の安定を促すと」
 まあ、いくらか納得できなくもない理由であった。確かに、眠気を誘う音楽が身体に悪いとはなかなか聞かない。
 しかしこの三拍子、さすがに延々と聴かされては、逆に頭が参ってしまうのではないか。頭の中で、いちにいさんいちにいさんと拍子を取り続けるはめになりそうだ。
 次郎はついでにその看護婦から、奇病に関する資料を譲り受けた。何でも去年、マスコミのためにまとめた症状のレポートなのだそうだ。患者の名前は勿論伏せられていたが、参考にはなりそうだった。
 ただ、その目が現実を映し出すことが適わないみそののために、次郎が音読役を買うことになってしまったが。専門用語や13歳には難しい語彙を避けたために、かいつまんだ説明となった。

■封霧型急性精神的感情喪失症の名称変更
これまで「封霧型急性精神的感情喪失症」としていた症候群を、9月16日をもって「封霧型空洞状脳症」と改める。
これは同症候群患者の脳精密検査の結果、大脳内に極めて大きい空洞が発見されたからである。

■封霧型空洞状脳症について
患者からは如何なる病原体・細菌ともに検出されず。
大脳が損傷を受けているにも関わらず生命に別状は無し。但し、精神的感情が著しく欠落。

 ……要するに、この奇病の患者は脳に穴が開いているのに生きているという有り得ない人間ということになる。すべてに対して無気力になるため動くことも食べることも止めてしまう。呼吸は人間が無意識のうちに取る行動であるから、とりあえず介護があれば生きていくことも可能だろう。
 脳のレントゲン写真が添付されていた。
 空洞というより、「空」だった。精神科より脳神経科に行くべき患者ではないのか。
写っているのは頭蓋骨ばかりだ。本当にこんな状態になった人間が生きていられるのか? まるで悪い夢だ。ひょっとすると、また幻覚なのかもしれない。次郎はやれやれとため息をついた。飲んできた薬が効かない薬だとは思いたくなかった。
「……あれ」
 気がついたときには遅かったか。
 いつの間にか次郎の隣にみそのの姿はなかった。
 彼女は流されるままに真実へと向かっていってしまったのだ。
 次郎はやれやれともう一度ため息をついた。それから、ふと閃いた。ここでついでに自分の頭も診てもらおうか。幻覚を呼吸として受け入れて久しい自分の脳味噌は一体どんなことになっているのか? そう考えたあと、次郎は不謹慎だとばかりに嘲笑した。


■ちづる■

 流されるままにみそのは次郎のそばを離れて、第二病棟の中をしずしずと歩いた。虚ろを映し出すその瞳は、この病棟をあてもなく歩き回る患者たちのものと紙一重だ。その大人びた微笑みは狂気に囚われた証だとも言えた。患者たちと根本的に違うのは、みそのがその狂気を愛し、受け入れている点だろう。
 ワルツの流れを遡り、彼女は広い休憩室に入った。
 壁際にはパソコンが数台置かれている。それに向かっているのは今は少女ひとり。みそのよりも年嵩だろう。人差し指で機械的にキーボードのキーを叩いている。
 いちにいさんいちにいさんいちにいさんいちにいさんいちに
「千鶴様」
 その名を呼ぶと、少女は手を止めた。名前は力だ。死の淵にある人間をもこの世へ導くこともある。少女はみそのにゆっくりと目を向けた。
 少女はみそのに似ていた。目鼻立ちは全くもって別人であったが、醸し出す気は見まがうほどに似通っている。長い黒髪、深淵の如く暗く深い漆黒の瞳。
 千鶴は長いこと外に出ていないのか、病人そのものの肌だった。
 みそのを見ても、みそのに呼ばれても、何も感じず何も思うことはないのだろう。千鶴は黙ってみそのを見つめたまま何もしなかった。

 流れが――途切れている。

 1年前の夏で、千鶴の流れはぷっつりと途切れていた。流れがまるで鋭利な刃物で切断されたかのようだ。このような流れの「終わり」は珍しい。なにものかが関わっているのは間違いない。それも、人間やみそのの手など及びもつかぬ、強力で高位なものの影が見えたのだ。
「何故、そのような書き込みをなさるのですか」
「……さあ……」
 ようやく千鶴は口を利いた。感情が無いと言うだけで、コミュニケーションを取ることが出来ないというわけではないらしい。
「あたまのなかをぐるぐるながれているの。いち、にい・さん、いち、にい・さんって」
「そのようですね」
「それを、のこしておくことにしたの。わたしがいたっていうしょうこのつもりなのかもしれない。わたし、でも、わたしがどうしてこんなことをしてるのか、もうわからなくなっちゃった。わたしがこんなことしてるのか、それとも――」
「あなた様を食べてしまった、その方が為さっているのか」
「そう。もう、わからない」
 千鶴の指はキーボードから離れた。
 みそのは振り向いた。
 次郎がようやくこの場所をつきとめていた。みそのが微笑みかけると、次郎は妙に難しい顔のまま近寄ってきた。
「この方が――」
「ええ」
「何かわかりましたか」
「最早、千鶴さんはほんの一欠けらを残しているだけ。後はまったく別のお方です」
「レントゲンには何も写っていませんでしたが……何かは居るのですね」
「ええ。わたくしたちを超えた偉大なるもの」
 物質と非物質という境すら越えたものが、千鶴の頭蓋の中に棲みついている。だが、いまやそれは餌を食らい尽くそうとしていた。空洞を満たしていたものが去ろうとしている。千鶴をこれまで繋ぎとめていたのは、三拍子のリズムと、光と影を超越したものだった。
 終わりが訪れる前に――次郎は少しだけ慌てた。
せめて、原因を。
「あなたが覚えているいちばん新しいものは?」
 千鶴はしばらく、ぼんやりと虚空を見つめたまま(見ても何も感じない人間は、果たしてものを「見ている」と言えるのだろうか?)黙っていた。
「ながれぼし」
 かすれたかぼそい声で、やがて彼女は呟いた。
 次郎は手早く、空いているパソコンのキーボードとマウスに手を伸ばした。
 ネットには接続されているようだ。パソコンはほとんど化石化していると言っていいほど古く、回線もかなり細いものだった。カーソルが砂時計と化している時間のあまりの長さがもどかしい。のろのろと回るIEシンボルもいらいらさせてくれる。画像の表示などは絶望的な遅さだ。動画を観ようと思っても、まず間違いなく凍りつく。
 思わず知らず苛立ち始めている自分を、次郎は嗤いとばしたくなった。
 なぜ自分はこんなにも必死になっているのだろう。


■流れ星■

 千鶴が最後に記憶したもの。
 それは、1年前の夏に封霧町で見られた流星群だった。封霧町で、という限定がついたのは、その夜のその時間帯は全国的に雨が降っていたからだった。封霧町をはじめとしたほんの一握りの町でだけ、運良くその流星群を見ることが出来たのだ。
 ひどく小規模で、天文学マニアでもなかなか注目しないような貧弱な流星群だったらしいが――偶然その時間帯、封霧町で、空を見上げた人間が少なくとも13人は居たのではないか。
 かれらは空から降ってきた。
誰も真相を知らない。次郎が探し当てたこの事実でさえ、裏付けにも満たない。
しかし、と次郎は薄ら寒いものを感じた。
世界中で、どれほどの人間が、その日その時間に夜空を見上げたのだろう。


「次郎様、千鶴様が」
 みそのが、彼女らしくもない緊迫した声を出した。張り詰め、追い詰められた声だった。次郎は我に返り、隣の丸椅子に座っている千鶴に目を向けた。
「流れが変わりました」
 みそのが眉をひそめた。
 千鶴はずっと、ワルツに合わせて緩やかにデスクを叩いていたのだが――その拍子取りももう止んでいた。
 かさかさに渇いた唇が開き、呻き声のようなものが漏れてきた。
 あああああああああああ。
 次郎は正直この瞬間、いつもの薬がついに切れたのだと危惧した。だがしかしここは病院だ。保険証は忘れたが処方箋をもらうことは出来るだろうから、その点は安心したかった。
 千鶴の目から、ずるずると透明な何かが這い出してきて、けたけたと笑っていた。
 それは蛙のようで、蛭のようで、涙のよう。透明だった。次郎が持つ異能、みそのの目に映る流れを妨げるもの、それらが偶然にも、その存在の姿を統一したのかもしれない。
 千鶴の涙腺から現れた侵略者は、するりと千鶴の身体を伝って床に降り、床を這い、曇り硝子の窓に組みついた。
 しししししししししししししししぃ!
 そいつはすべてを嘲笑うと、事も無げに窓枠と窓のわずかな隙間をくぐっていった。
 それきりだった。
 千鶴の身体は、どたりと床に倒れこんだ。

 精神病棟の窓ということもあって、窓は厳重に閉めきられ、はめ殺しと言っても差し支えがないほどだった。あの外宇宙からの(ともすればこの世ではない何処かからの)侵略者の行方を追いたかったが、窓はぼんやりと白く曇っていたために、それすらもかなわなかった。
 しかし、みそのにとってはその窓の曇りも意味をなさないもの。
 大気の流れ、雲の流れを貫き、夕焼けから藍の空へ、そして漆黒の彼方へと、驚くべき速さで渡っていく透明な存在を見た。かれは、みそのが身を置く深淵よりも遥かに遠い処へと去り、一度も振り向きはしていなかった。みそのの「視線」には気づいていたようだったが、干渉する気は無かったらしい。
 ただ――
「……行ってしまいましたわ」
 みそのは追跡をやめた。これ以上深入りする必要はないと判断した。
「あれは悪いものです。行かせるべきじゃなかったかもしれませんよ」
 次郎は曇りガラスを半ば睨みつけていた。
 千鶴はすでにこの場からどこか別の場所に運び出されていたが、手当てや介護の仕様もないだろう。彼女の頭の中身は本当に空になってしまったのだから。
 どう特別な存在であろうと、かれらが「人間の脳を食う化物」であることには変わりがない。
「そうですね、きっとまた来るでしょう」
「あれはそんなことを言っていましたか?」
「『ワルツは良いものだ』と感じておられるようでした」
 みそのは静かにいつもの微笑みを消した。次郎も、やはり難しい顔になっていた。

 三拍子に魅せられていたのは、怪物なのか。
 最後に残っていた千鶴の意識の破片、最後のその一欠けらを食ったあの存在が、その意識に影響されただけなのか。

 ふたりは、後者であることを願っていた。
 千鶴が本当に自分のすべてを奪われてしまっていたのでは、あまりに哀れではないか。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1352/大覚寺・次郎/男/25/会社員】
【1388/海原・みその/女/13/深淵の巫女】

【0576/南宮寺・天音/女/16/ギャンブラー(高校生)】
【1421/楠木・茉莉奈/女/16/魔女っ子(高校生)】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。『マカーブルの声』をお届けします。

 みそのさま、次郎さま、この度は二度目のご参加まこと
に有難うございました。続けてご参加いただけたことに狂
喜乱舞しております。
 二度目ということもあり、かなりスムーズに物語を運ぶ
ことが出来ました。

 なお、この『マカーブルの声』はふたつに分割されてい
ます。お暇があれば、2本合わせてお読み下さい。

 当初の予定ではもっと血が出て、少し危険な依頼となる
はずでしたが、戦闘系PCさまがいらっしゃらなかったた
め、このような静かなホラー仕立てとなりました。
 血を望んでいらっしゃったのであれば申し訳ありません。
頭とか割れたりするはずだったのです(笑)

 それでは。
ご縁があればまたお会いいたしましょう。