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黄昏は囁く―夢―
●序
ネット上にて、蠢く存在がいた。どうして存在しているかなど、彼は知らない。否、知ることは罪なのだと勝手に思い込んでいた。
「馬鹿馬鹿しいな。どうして僕があんな奴らに負けたと思わなければならない?」
ぽつり、と彼は呟いた。全身を黒で固めた青年。黒い目は虚ろに光り、何もかも吸い込みそうなようにも思える。
「そうだ……折角だから招待すればいいじゃないか。ここは僕だけの世界」
青年は微笑む。空虚な笑みで。そうして、一人のキャラクターに目をつけた。じっと見つめ、それから小さく微笑むのだった。
ゴーストネットに『現夢世(げんむせい)』というスレッドが立っていた。その中の一つに、助けを求めるかのような記事が立っていた。
「現夢世イベント 投稿者:ハナ
私、イベントで『呪い』をやってしまったんですけど、それで何故か実生活にまで影響してるんです。突然何も無い所から植木鉢が落ちてきたり、横断歩道で誰かに突き飛ばされたり。考えられる事って、その呪いイベントしかないんです。どうしたらいいんでしょうか?」
「Re:現夢世イベント 投稿者:セイヤ
そのゲーム、たまに実生活に影響するんだよ。気を付けて。すぐにゲームを止めたらいいよ。絶対に」
「Re:現夢世イベント 投稿者:キョウ
ゲームを止めても無駄だよ。そうだね、どうしても止めたかったらゲーム上で呪い解除のアイテムを見つけなよ。ああ、でもハナは駄目だよ。呪いを受けているから解除アイテムは見つけられないんだ。……そう、今見ている人いるよね?止めたければ来れば良いさ。前みたいに行くと思ったら間違いだから」
「何、これ」
雫はスレッドを見て、小さく呟いた。
「このキョウって人、何か変。まるでこの人が呪いをかけたみたい……それに、解除アイテムって……このゲームに参加しろって事?」
雫は少し考え、スレッドに返信し始める。実際に呪いをうけた人物がいる。解除方法を教えている存在がいる。罠かもしれない。だが、それしか方法が無いのだとしたら?
「Re:現夢世イベント 投稿者:雫
解除アイテム、どんなものか知らないけど絶対に見つけてもらうんだから。それにしても、もっとヒントとかくれたらいいのに>キョウ」
その直後、返信が起こる。雫は思わぬ出来事に、思わず画面に釘付けになる。
「Re:現夢世イベント 投稿者:キョウ
窓を作っておくよ。解除アイテムを探す為だけの窓。そこにアクセスしたら、解除アイテムを見つけるまで出れないよ。……そう、精神をこちらに来て貰うよ。因みに、能力は現実世界と同じにしてあげる。せいぜい頑張ってよね」
●始動
草間興信所でパソコンを前にし、シュライン・エマ(しゅらいん えま)は身動ぎ一つしなかった。黒髪から覗く切れ長の青い目は、ディスプレイ画面を捉えて離さない。
「何て事」
ぽつり、と呟く。今でも耳の奥に響く、キョウの声。何も映さぬ、何も考えてはいない、虚ろの目と声。黒で固めたその姿。
(複雑そうでいて、それでいて良し悪しは別として……純粋そうな)
シュラインは、キョウと名乗ったあの存在を一つ一つ思い起こす。
(純粋、とは違うような。どちらかというと、彼は)
パソコンの画面を見つめ、キョウの書き込んだ発言を見る。突き放すような、それでいてどこか試しているような。
(悩む事を拒否しているみたい……なのかしら)
ともかくも、今は呪い解除に全力を注がなければならない。そうシュラインは考え、掲示板のスレッドを見つめる。そして、ハナの書き込みにあるメールアドレスにメールを打ち始めた。
「初めまして、こんにちは。私はシュライン・エマと言います。今回、あなたのスレッドを見て是非力になりたいので突然ですがメールさせて貰います。呪いイベントの事を、おも出せる限りでいいので詳しく教えて貰えないでしょうか?その前後に話かけた人物や行動、呪いがかかった状況や場所等、出来るだけ詳しく。お願いします。お返事をお待ちしております」
シュラインは一度だけざっと見直し、すぐに送信する。事態は急を要していた。恐らく、今もハナは呪いイベントを実行されているのだ。気持ちだけが急いていく。
(……で、何処から潜ろうかしら?)
第一の問題に、シュラインは戻った。一人部屋では、妙に不安だった。何故そう不安になるのかは分からない。ただ、この『現夢世』の呪い解除イベントに潜る、という事が妙に不安な事だと思えてならなかった。シュラインは、じっと草間の方を見る。
「何だ?シュライン」
「ねぇ、武彦さん。ここでこの現夢世に潜ってもいいかしら?」
「そりゃ、構わんが」
何を今更、と言うかのように草間は答える。
「電気代と、パソコンを占領しちゃうんだけど?」
草間はそれを聞いて、ふと時計を見る。おおよその時間でも見ているようだ。
「……不安なのよ、妙に。何故だか分からないけど、一人で潜るのが不安なの」
シュラインがそう付け加えると、草間は妙に真顔になって口を開いた。
「なら、いいさ。ここから潜ればいい」
「いいの?」
「ああ。……不安なんだろう?」
草間の言葉に、シュラインは微笑んだ。そしてそれを見計らったかのように、メールの返事が届くのだった。
●潜入
「初めまして。私の呪い解除の為に動いてくださり、本当に有難うございます。私が覚えている限りの情報を、お教えします。呪いイベントは、カースゾーンという所に入ってしまうと、10分の1の確率で呪いを受けるというものです。呪いを受けると、色んなイベントに参加しようとしても出来なかったり、不幸な結果しかもたらさないんです。解除するには、仲間にアイテムを見つけてもらうしかないんですけど……私、面倒だからその時使っていたPCを消して、新たなPC登録してしまえばいいやって思ってたんです。だって、登録とか無料だし。それなのにPCは消えないし、実際にまで呪いを受けてしまって……。カースゾーンは、常闇の街っていう現代ビル群を模造したような建物があって、どんよりと暗い世界です。レアイベントがあるって掲示板で見たから行きました。前後に話し掛けられたり、話し掛けたりした人物はいません」
「……常闇の、街」
シュラインは一気にメールを読み、口ずさんだ。
(呪いのシステムは分かったわ。だけど、不可思議な所が多すぎるわ……)
ハナは呪いを受けたPCを消そうとした。リセット行為をしようとしたのだ。確かに、面倒ならばまた最初からやり直すというのも一つの手だろう。それなのに、それは出来なかった。それどころか、現実に呪いを受けてしまう。
「あら」
メールには続きがあった。追伸、と。
「追伸。シュラインさんのメール、何となくメールチェックしないとって思ったんです。早かったでしょう?変ですよね。急にメールチェックしないと、だなんて。虫の知らせでしょうか?」
(急に?)
シュラインは再び眉を顰めた。何かがおかしい。虫の知らせだろうか?それとも、ゲーム世界の呪いイベントを、現実に行わせているキョウの力のせいであろうか?
「どうした?シュライン。眉間に皺が寄ってるぞ」
草間が、シュラインの真似をするように眉間に皺を寄せてみせる。シュラインは小さく笑い、それから真顔になる。
「武彦さん、私これからこの現夢世に行くんだけど……」
「分かっている。何かあれば、叩き起こせば良いんだろう?」
「ええ。……お手柔らかに、ね」
草間に微笑みかけ、シュラインは一つ深呼吸する。現夢世のサイトに飛ぶと、既に呪い解除のイベント用の窓は開いていた。赤い文字の「OPEN」が、妙に頭に残る。
「行ってくるわ」
シュラインはそう小さく呟き、クリックする。途端、シュラインはぽつりと何処かに立っていた。現代都市を思わせるようなビル群が立ち並んでいるが、何処かしら違和感を覚えずにはいられないような。空はどんよりと曇っており、人一人見受けられない。
「ここ……ハナちゃんの言っていた、常闇の街……?」
ハナの話を思い出し、間違いないとシュラインは確信した。覚悟を決め、歩き始める。ちょっと歩くと、遊園地等にあるゲートのようなものがあった。恐らくは、ここが入り口なのだろう。横の方に、待合室のようなものも見受けられた。シュラインはそこをひょこっと覗き込む。
「……あら」
誰もいなかった。掲示板がぽつりと設置されているだけだ。
「変な気分ね。ネットの中で、掲示板を見る事になるなんて」
掲示板には『メンテナンスのお知らせ』とあった。
「本日、メンテナンスの為にこの『常闇の街』は閉鎖させていただきます。他の街にてお楽しみください」
「……キョウ、ね」
シュラインはそう呟く。そのレスに「残念!」とか「頑張って下さい」とか「じゃあ、ラッキーゾーンを増やしてください」とか……様々なユーザーからの励ましや希望が書き込まれている。シュラインは何とはなく、不思議な気分に取り付かれた。
(こんな事態が起こっていても、このゲームをやりたいと思う人はいる……いえ、知らないだけなのかもしれないけど)
だが、全く知らないというわけでもないだろう。それなのに、未だに遊ぶユーザーが確かに存在しているのだ。このゲームが面白いと思い、様々な噂をものともせずに遊びたいとするユーザーが存在している。シュラインは溜息を一つつき、その場を後にする。
「街の人でもいれば、いいんだろうけど」
その時、ふと視界の端に何かが見えた。人影らしき何か。シュラインは慌ててそれを追いかける。すると、そこにいたのは見たことのある式神であった。せっせと札をあちらこちらに貼っている。金髪に黒の目を持つ真名神・慶悟(まながみ けいご)をふと思い浮かべる。
「何だ。皆来ているみたいね」
シュラインは式神の姿に納得し、耳を澄ませる。誰かの気配を感じ取る為に、如何なる小さな音をも受け止める為に。
「……ちょっと静かにしていてね」
慶悟の式神に声をかけると、式神は札を貼る作業を一時中断させた。シュラインは再び耳を澄ませる。すると、微かに鈴の音が聞こえてきた。
「鈴……」
茶色のふわりとした髪に、青い瞳の大矢野・さやか(おおやの さやか)を連想させた。恐らくは間違いないだろう。あのような鈴の音を出すのは、さやか以外には考えられない。シュラインはそう考え、その音のする方へと向かった。その途中、ゴゴゴゴという何かが崩れていくような音が響く。シュラインは足を止め、辺りを見回す。音の正体は、たくさんあるビル群の一つが崩れ去っていく音であった。
「え?まさか……」
(ビルを壊しちゃったの?)
小さく考え、ありえる話だと自分で納得する。ここが仮想空間で本当に良かったと思いながら、再びシュラインは歩を進めた。
「あら」
辿り着いた先に、四人の人間がいた。シュラインはそこに近付こうとする。と、その時。錫杖がシュラインに突きつけられる。ぎらりと光る錫杖の持ち主は、網代笠に銀の目の護堂・霜月(ごどう しもつき)であった。
「……物騒ね」
シュラインはそう言って、苦笑する。
「すまぬ。先程まで、キョウ殿がいたものでな」
構えていた錫杖を降ろし、霜月が謝罪する。
(キョウが……そう、だからあのビルを崩壊させていたのね)
シュラインの心に、妙な納得がなされる。
「ええ、いたんですよ。次に会った時は容赦などしません」
きっぱりと、黒髪に緑の目の露樹・故(つゆき ゆえ)は言い放つ。顔はいたって真面目だ。
(さやかさんが何かされたのかしら?この人がこんなに怒るのは、さやかさん絡みだから)
思わず笑ってしまいそうになる顔を鎮めるように、シュラインは勤める。相手はいたって真面目なのだ。笑うのは申し訳ない。
「さっきも容赦という言葉の出てこないような攻撃方法だったと思うが」
ぽつり、と慶悟が呟く。さやかはそれに対して小さく苦笑するだけだ。
(やっぱりそうみたいね。……というか、あのビルを崩壊させたのは露樹さんね。そして原因はさやかさん……)
説明をされなくとも、シュラインは図式を容易に思い浮かべる事ができた。
「それで、アイテムは見つけた?」
本題となるシュラインの言葉に、皆が首を振る。キョウの出現に、皆それどころではなかったからだ。
「……いや、見つけたようだ」
慶悟は小さく呟くようにいい、小さく笑った。不適そうな笑みで。
●解呪
「我が意は我が威。我が声は理、我が声は真なり。陰陽五行は世の理……五行の相生・相克・比和により成る。存在は皆それに連なり、巡れば生まれ、また滅ぶ……」
慶悟の声が、辺りに響いた。それに乗じ、至る所から光が迸る。
「汝その姿を見せよ!」
その言葉を言い終わると同時に、慶悟の式神が五芒星を形成しながら何かを取り囲んでいた。その中心にあったのは、一枚のカードだった。至極平凡な、紙切れ。
「未だ、結界のようなものを貼られて得る事は出来んが……まあ、問題は無い」
慶悟はそう言い、式神達に命じて結界を解除しようとする。
「あれが、解除アイテム?」
呆気に取られ、シュラインが呟いた。そして近付こうとすると霜月に制される。
「待たれよ。……不穏な気配じゃ」
そう言って、霜月は錫杖を構える。それに倣い、故はトランプを手にし、さやかは鈴を構え、慶悟は符を取り出す。
「……見つけちゃったね。案外早いね……?」
にっこりと微笑む人物、それは紛れも無くキョウだった。シュラインは眉を顰め、キョウに向き直る。
「見つけたのなら、もういいでしょう?呪いを解除しなさい」
「そうだね……見つけたねぇ」
キョウはそう言うと、腕を振り上げた。さやかは鈴の音を鳴らし、皆に鎧を形成する。と同時に、慶悟は符を放って結界を形成した。二重の守りだ。
「奪っていきなよ」
「見つけろ、としか言っていないようだったが?」
慶悟が言うと、キョウは「あはは」と笑った。
「見つけても、得られなかったら駄目でしょう?」
キョウはそう言うと、腕を大きく振り下ろした。幾重もの空気の刃が結界を襲う。式神の行使と同時進行の結界は、早くもゆらゆらと揺れていた。
「性懲りも無く……!」
故はそう叫び、トランプを投げつける。それはキョウを掠め、空気の刃を止める。それとほぼ同時に、霜月は錫杖を振りかざし、キョウを牽制する。
「このままじゃ良くないわ……絶対に、良くないわ!」
さやかが叫ぶ。霜月の錫杖の向こうで、キョウは怪訝そうにさやかを見つめた。空虚な目のままで。
「どうしてこんな事をするの?」
「望みがあるから」
さやかの問いに、きっぱりとキョウは言い放つ。
「じゃあ、その望みって何?」
「……君達はさ、ゲームに来ていない時のPCって何していると思う?」
ぼそり、と呟くようにキョウが言った。
「PCってさ、操られるだけ。言わば自身の化身。だけど、ログアウトしたら?その化身は何処に行くんだろうね?」
「話が見えぬ。今はキョウ殿の望みとやらを聞こうとしておるのに」
「だからさ、僕の望みは皆の望みを叶える事」
霜月のせかすような言葉にも動じず、キョウは答える。
「そうは言っても君も大変じゃあいですか。四六時中ヒトの欲望を満たさなきゃいけない。まるでカッコウを育てているホオジロですよ?まあ君が、メリットがあると思ってやってる事なので止めやしませんがね?君の願い、それで本当に叶っているんですか?」
反論を許さぬ、故の言葉。一気に言われても、それでもキョウは動じない。
「叶っている。……叶っているよ」
「もしや、プログラマーの残留思念のような物か?それとも暴走したNPCのAIなのか?」
霜月が尋ねると、キョウは初めて不快そうな顔を示した。
「僕の事なんて、どうだっていいじゃないか。解除アイテムが必要なんだろう?さっさと僕を倒して手に入れればいいじゃないか」
「言われなくても、そうするつもりだが?」
慶悟はそう言い、「新しきを生む為に滅ぶ事、其を相克という……」と呟いて式神各々に相克を促す。パン、という弾けるような音がして結界が解けた。式神が解除アイテムを持って、慶悟の元に行く。慶悟はそれを手にし、眉を顰めた。それは、ハナのPC登録用紙だったからだ。
「ねぇ、皆の望みを叶えるのなら、どうしてハナちゃんの望みを叶えないの?彼女は呪いを解除したいって思ってるじゃない」
「……だけど、ハナのPCは消されたくないと願っている」
ぽつり、とキョウは答える。
「ハナは、呪いを受けたからってPCを消そうとしたんだよ。だけど、たかだか面倒ってだけで消されるハナのPCはどうすればいい?」
皆、言葉を無くす。初めてキョウ自身の言葉を聞いているような気分になったからだ。
「リセットは簡単だよ。消して、やり直すのは至極簡単。でも、消される方は?」
「まさか……キョウ、あなた……」
シュラインは目を見開く。キョウは目を虚ろにさせたまま、それでもにやりと笑ってみせる。すると、それと同時に五人の後ろのビルがゴゴゴ、と音をさせて崩れ去った。そこから現れたのは、もうまたもやキョウ。
「……喋りすぎだよ?ハナ」
鋭い目で、もう一人のキョウは霜月の錫杖に制されているキョウ……ハナを睨んだ。
「……あなた、ハナちゃんのPCなのね?」
シュラインが言うと、ハナは小さく笑った。空虚な笑みだ。
「僕の存在は何なのか、ただの形代なのか……分からなくなったんだよ。僕にも存在意義が欲しいんだよ……」
「見たところ、俺よりずっと若いんでしょう?君は。俺達に判らない存在意義を、若い子が気にするには早すぎますよ?」
故が、冷たく言い放つ。
「それでも、僕は存在意義を求めている。例え、この気持ちが理解されなくても」
「理解しようと努力だってするわ。だって、そうでしょう?最初から投げ出したら、負けを認めたも同然ですもの」
さやかが、必死になって叫ぶ。
「黙れ!」
もう一人のキョウが、ハナを捕らえたままの霜月に向かって行く。霜月は錫杖を片手で支え、もう一方の手で懐刀を素早く抜いてそれに応じた。
「おぬしこそ黙っておれ。全ての元凶はおぬしなのでは無いのですかな?」
「よく言うよ……この世界でしか生きられぬ僕達の悩みも、願いも、分かる筈がないくせに!」
「だから、そういう不安を誤魔化す為にこういう事になってしまったのね……?答えの出ない事なんて世の中の殆どがそう。でも向き合って悩む所から自己が育つんだと思うのだけど?」
シュラインの言葉に、キョウは眉を益々顰めた。
「……解除アイテムは手に入れた。もうここには用が無い」
慶悟は小さくそう言い、念を込めた。途端、様々な場所から爆音が響いた。キョウとハナが慌てて辺りを見回す。
「ここの様々な場所に、札を貼っておいた。……さて、ゲームは一日一時間だ。とっとと帰るぞ」
慶悟がそう言うと、ぐにゃりと空間が歪んだ。解除アイテムを手に入れた事と、慶悟が世界に打撃を与えた事による歪みだ。
「……黄昏……」
歪んで行く中、誰かが呟いた。だが、誰の言葉であったかは分からなかった。
●結末
気付いた時には、再び草間興信所にいた。シュラインは草間が心配そうにこちらを見ているのを見て、小さく微笑み返す。そして、すぐにゴーストネットの書き込みを見に行く。
「有難うございました。お陰で、PC登録も抹消する事ができ、呪いみたいなこともなくなりました。もう、二度と現夢世はやらないと思います」
ハナからの書き込みだった。一同はそれを見た後、誰からとも無く集まった。
「結局、キョウっていうのは誰かのPCだったのね。誰かは分からないけど」
シュラインが言うと、その後をさやかが続ける。
「だから、ハナさんは呪い解除イベントに参加出来なかったんですね。ハナさんが参加すると、キョウとなる事が出来ないから」
「かと言って、俺はまだ木っ端微塵を諦めたわけではないですからね」
故は憤然として言った。まだ、さやかに怪我をさせた事を怒っているらしい。さやかがほんのり赤くなっている。
「むう、わしも登録しておるのじゃが……」
霜月が言うと、シュラインは苦笑しながら言う。
「護堂さんのPCなら大丈夫な気がするわ」
「そうか……」
何となく釈然としないように霜月は頷いた。慶悟は懐から煙草を一本取り出し、口にくわえた。
「あれだけ打撃を加えたのにも関わらず、まだサーバーは生きていた。……未だに、あの世界は崩れては無い」
「そうね。何がきっかけかは分からないけど……ちょっとしたきっかけで、PCがキョウという存在になるみたいだし……」
シュラインが言うと、皆も頷く。恐らくは、キョウという存在は数多くいるのであろう。そして今も、確実にキョウが存在しているに違いない。
「だから前回、俺達は離れた場所で同時にキョウ君に会っていた訳ですね。さやかさん達が会っていたのが征矢君のPCのキョウ、俺が会ったのがオリジナルのキョウ……」
故がそう言ってから、皆は気付く。オリジナルのキョウは、一体誰のPCなのかと。
「そう言えば、あの時誰か何か言わなかった?」
シュラインが皆に尋ねると、皆首を傾げる。
「黄昏、か?」
慶悟が言うと、シュラインは頷いた。
「黄昏……夕暮れのことですね」
故がそう言うと、霜月は小さく苦笑して続ける。
「それに、衰えの見える時、という意味もある」
霜月が付け加えた。
「何だか、まるで現夢世っていうゲームみたいですね」
さやかが呟くように言った。夢か、現か、幻か……。未だに存在するあの仮想空間で、今も生まれているのであろう「キョウ」という存在。存在の意義を求めるその様は、まるで自らの存在の衰えを表しているかのように。
「いつの日か、存在意義が見つけられる日がくるのかしら?」
シュラインの問いに、小さく霜月は笑った。
「さて、な。それまで、キョウ殿達は人の望みを叶えていくのであろうな」
「そして、それは気が遠くなる程の時間でしょうね。意外と頑張りやさんですね」
「故さん、顔が笑ってないですよ?」
冷たく笑う故に、思わずさやかは苦笑した。さやかに怪我をさせたキョウを、故は絶対に許す事は無いだろう。
「いずれにしろ、ご苦労な事だ……」
慶悟はそう呟き、ポケットから何かを取り出して破り捨てた。それは、仮想空間から持ってきてしまった解除アイテム、ハナの登録データであった。
<黄昏が囁かれ・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0086 / シュライン・エマ/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0604 / 露樹・故 / 男 / 819 / マジシャン 】
【 0846 / 大矢野・さやか / 女 / 17 / 高校生 】
【 1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999 / 真言宗僧侶 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。「黄昏は囁くー夢ー」に、「現」と続けてご参加いただいて本当に嬉しかったです。如何だったでしょうか?
今回は初の続き物、ということで。続き物としての皆様のプレイングがとても面白かったです。皆様、凄い洞察力と行動力で正直驚きました。凄いです。
シュライン・エマさん。いつも有難うございます。そして続けてのご参加、重ね重ね有難うございます。ハナに接触を試みようとしたのはシュラインさんだけでした。ハナという存在を露出できたのでは、と思って嬉しいです。
キョウとは、狂った鏡という意を含んでいました。まあ、まだ現夢世というゲームにはキョウという存在がごろごろしている訳ですね。ホラーです。
今回も、個別の文章となっております。他の方と比べてみるとより深く読み込めると思います。
ご意見・感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。
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