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<東京怪談ノベル(シングル)>


想いよ、届け
●清めの後
「ふう……」
 もぞもぞと動かしていたふわふわのバスタオルの中から、月見里千里は顔を出した。濡れた髪と、パジャマから覗くほのかに桜色な肌。見るからに風呂上がりだと分かってしまう。
「身体も綺麗になって、頭もさっぱりしたし……んっと」
 千里はちらっと机の方に目をやった。机の上には、すでに可愛らしいレターセットが準備されている。
 その中の洋封筒には、ヨーロッパの地名と思しき住所が記されていた。恐らくこの洋封筒はこれから空を飛び、海を越えることとなるのだろう。
 そして、肝心の宛名は少し優し気な感じもする男性名。そう、このレターセットは海外に居る千里の想い人に向けて書くために用意した物であった。
「よぉっし、書くぞぉっ☆」
 両手のこぶしをぎゅっと握り、気合いを入れる千里。
 手紙を書く前に風呂に入って身体を清め、リラックスもしてきたのだ。きっといい手紙が書けることだろう、千里はそう思いながら机についた。
 だがしかし――現実はそんなに上手くゆかないものである。

●想いが強すぎて
「むー……」
 千里は両手で頬杖をついたまま、目の前の便箋を見つめていた。便箋は冒頭に彼氏の名前が書かれただけで、以下は全くの白紙であった。
「……まとまんないなぁ」
 千里がぼそっとつぶやいた。書くことがない訳ではない。むしろありすぎる。ゆえに何を書いていいか悩んでしまうのである。
 目の前に居たならば、時間の許す限り想いのたけを伝えればいいだけの話。けれど手紙は違う。限られたスペースの中でいかにして自らの想いを込めるのか、それが重要だった。
 だったら枚数を限ることなく、想いを全て記してしまえばいいという考え方もある。けれどそれをしてしまうと、千里はきっと手紙を出せなくなってしまうだろう。次から次に、想いは溢れ出してくるのだから。
 千里は椅子から立ち上がるとそのままベッドの方へ行き、背中から一気に倒れ込んだ。そしてごろんと転がると、枕に手を伸ばしてそれを胸元でぎゅう……っと抱き締めた。
「いっぱい、いっぱい……伝えたいことあるのに。どうしてペンが進まないんだろ……」
 小さく溜息を吐く千里。今の千里の姿は、まさに悩める乙女の図であった。
 千里はしばし枕を抱き締めたまま、ベッドの上を転がっていた。が、やがてこれではいつまで経っても進まないと気付いたのか、再び机の方へと戻っていった。
 ちらっと時計を見る千里。もうとっくに日付は変わってしまっていた。

●想いは深く、より深く
 ベッドで転がったことがいい気分転換になったのだろうか、少しずつではあるが千里の手が動いていた。
 それでも書きながらまだ悩んでいるようで、千里の表情は百面相状態となっていた。きっと想い人がこの光景を見たら、微笑ましいと思いつつも吹き出してしまうことだろう。千里自身には、とっても真面目なことなんだけれども。
 そして1時間近くが過ぎた頃、ようやく千里がペンを置いた。
「書き上がったぁ……」
 ほうっと安堵の溜息を漏らし、天井を仰ぐ千里。これで何とか、想いを手紙に込めることが出来た。そう思うと途端に喉が乾いてきてしまう。
「んっと……ジュース、ジュース☆」
 机を離れ、ジュースを取りに行く千里。そしてペットボトル片手に戻ってくると、千里はとすっとベッドの上に腰を下ろした。
 しばしジュースを飲みながら、まったりとした時間を過ごす千里。と、先程書き上げた手紙のことがふと気になり、机の上から便箋を持ってきてベッドの上で読み直すことにした。
「誤字脱字はないよねぇ?」
 たぶんないとは思うけど、あればそこだけちょこちょこっと修正しなくちゃいけないかな。そう考えながら、千里は手紙を読み始めた。
 最初のうちは普通に目を通していた千里だったが、1枚目の中程辺りに差しかかった所で、急に顔色が変わってしまった。
 便箋を持つ手にもぎゅっと力が加わり、次第に千里の顔が赤くなってくる。それでもなお手紙を読み進めてゆく千里だったが、最後5枚目を読み終えた頃には千里の顔は真っ赤っかになってしまっていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 後半ほとんど声になっていない叫びを上げる千里。便箋を床に放り出すと、ベッドの上をごろごろと転がり回った。
「なっ……何でっ? 何であたし、あんなこと書いちゃってるのっ?」
 千里は頭を抱え込むと、ふるふると首を振った。もう恥ずかしさでいっぱいといった表情である。
 というのも……本当に恥ずかしくなってしまうような過激で刺激の強い表現が、手紙の随所で見られたからだ。しかも書いたのは確かに自分のはずなのに、その覚えがないものだから威力はもう倍増。ちょっとした破壊兵器だ。
「違うぅぅぅっ……! あたしはあんなこと書きたかったんじゃなくってぇぇぇっ……あうぅぅぅぅっ……!」
 考えてみれば、真夜中という時間帯がいけなかったのかもしれない。知らず知らずのうちに、想いを深くさせてしまうこの時間帯が。
 だから千里の強い想いがより深くなり、ついつい便箋に過激な表現を記させてしまったのかもしれない。
 まあ……心の奥底では微かに思っていたのかもしれないが、そんなこと想い人に面と向かって言える訳がない。いくら手紙でも、だ。
「……やぁぁぁっ、もう書き直すぅぅぅっ……!!」
 ごろごろと、ベッドの上を転がり続ける千里。せっかく書いた手紙も、残念ながら書き直しとなってしまった……。

●素直な想いを伝えるために
 存分にベッドで転がった千里は、落ち着きを取り戻すと三たび机に向かって手紙を書き出した。
 今度は表現に気を付けて、慎重に書こうとする。だがさっきの失敗があるために、ちょっと書いては書き直し、また書いては書き直しという繰り返しになってしまった。
 時間は刻々と流れてゆき、そのうちに窓の外に見える空が明るくなってきていた。
「……もういい……」
 その瞬間、千里の中で何かが吹っ切れた。
「もういいっ! 手紙だからって、文章で伝えなきゃいけないって決まりなんかないんだからっ!! あたしの想いが、ちゃんと伝わったらいいのっ!!」
 そう言うと、千里は便箋にさらさらと絵を描き始めた。それは千里と思しき少女が、胸元で大きなハートを抱えて微笑んでいる絵であった。
「うん、いい出来。後は……」
 絵を描き終えた千里は、最後にこう文章を書き入れた。『これが今のあたしの想いです。 千里』と。
 それから便箋を手に取ると、千里は静かに唇を押し付けた。ちょうど絵の中の自分の、唇に当たる所へ。
 便箋から唇を離すと、千里は照れ笑いを浮かべた。
「……これで想いもこもったよね」
 千里は少し恥ずかしそうに言ったが、間違いなく想いはこもっているはずだ。だって、これ以上に直接的で、かつ素直な想いのこめ方はないのだから――。

【了】