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<東京怪談ノベル(シングル)>


思い込んだら笑いの道を?
 啓斗はビデオを見ていた。
 終始真面目な表情を崩さず、ご丁寧に画面の前に正座までしている。
 もし事情を知らない人が見れば、家族か誰かが巻き込まれた事件のニュースを見ているのか、あるいは何かよほどありがたいお言葉でも聞いているのかと思ってしまうであろう程の真剣さだった。
 しかし、啓斗が見ていたのは、そのどちらでもなかった。
「もうええわ! どうも、失礼しました〜!!」
 陽気なお笑い芸人の声と、拍手の音が、スピーカーから聞こえてくる。
 そう、啓斗が見ていたのは、「お笑い番組」のビデオだったのである。
 だが、「お笑い」のビデオを見ているというのに、啓斗は笑うどころか眉一つ動かさない。
 とはいえ、別に「我慢している」というわけではない。
 啓斗には、この手の「笑い」がさっぱり理解できないため、笑おうにも笑えないのだ。
 そして、それこそが、今回啓斗がこのようなビデオを見ている理由でもあった。

 そう、啓斗は、「笑い」の修行をしていたのである。





「……よし」
 三本目のビデオを見終わって、啓斗は満足そうに呟いた。

 世の中の、ほぼ全てのことに、基礎があり、基本となる法則がある。
 ならば、漫才などの「笑い」にも、基本法則のようなものがあるはずだ。
 今回の啓斗の修行は、まずその「法則」を掴むことから始められた。
 幸い、世のお笑い番組の大多数では、観客の笑い声なども一緒に収録されており、どこが笑い所なのかが判別できる。
 その「笑い所」の部分を抽出していけば、自然と「どうすれば笑わせることが出来るのか」という、法則の方も見えてくるはずだと啓斗は考えたのだ。
 法則がわからなければ、個々の事例から抽出する。まさに帰納法的な考え方と言えよう。

 だが、この方法にも、一つ大きな欠点があった。
 どこが「笑い所」なのかはわかっても、どうしてそこが「笑い所」になったのかという伏線の方が、啓斗にはまだよくわからないのである。
(さて、どうしたものか)
 啓斗は少しの間考えたが、すぐにこう思い直した。
(完璧を求めて何も得られないより、まずは手に入った範囲の情報で満足すべきだろうな)
 その結果、啓斗が得られた情報とは。
「基本的に、ツッコミを入れればお客は笑う」。これだけであった。
 何かその手前に一つ肝心要のステップ、つまりボケが抜けている気もするが、もともと啓斗はその部分が理解できていなかったのだから、「何かが足りない」という微かな違和感は感じるものの、その正体に思い当たることはなかった。
 その代わり、啓斗は「自分のやり方」でその不足分を補うことにした。
「修行のためしばらく山に篭もる」
 啓斗は半紙に毛筆でそうしたためると、さっさととある山奥へと向かってしまった。





 山奥に着くと、啓斗はおもむろに滝に打たれ始めた。
 わざわざ山奥まで来たものの、「笑い」の修行のために何をすればいいのかよくわからないため、とりあえず修行の定番ということで滝にでも打たれてみようか、となったのである。
 こんなことで「笑い」の力がつくとも思えないのだが、山奥にそんなことをツッコんでくれる奇特な人間がいるはずもなく、結局、啓斗はこういった勘違いしまくりの修行を延々と続けることになるのであった。

 そして、啓斗が一通りのメニューをこなし終わった後。
 帰路についた啓斗の横合いから、不意に大きな熊が現れた。
 とっさに、護身用(?)に携帯している小太刀二振りを構える啓斗。
 その啓斗目がけて、熊は思い切り前脚を振り下ろした。

 啓斗はそれを後ろに跳んで避け……そこで、あることに気がついた。
 熊の前脚を振り下ろすその仕草が、「やめろよ!」と相方の暴走を静止するときの、お笑い芸人の仕草とそっくりであるということに。
(これもまた修行、か)
 啓斗は勝手にそう理解すると、「この熊を倒すのに、お笑いの技法を使ってみよう」と決心した。
 彼の知る限り、この場面で応用できそうな「ツッコミ」は二種類。
 その両方を試してみるべく、啓斗は熊の左側へ走った。
 熊の注意が、左側に集中する。
 その隙をついて、啓斗は素早く方向転換し、熊の右側を抜いた。
(今だ!)
 熊が振り返るより早く、啓斗は飛び上がり、熊の首筋目がけて、小太刀を一閃させた。
「ええかげんにしなはれ〜!」という、ツッコミの叫び声とともに。
 無表情のまま、小太刀で熊にツッコミを入れる青年の図。
 とても「笑い」の修行には見えないし、実際修行になっているとも思えないが、啓斗本人は相変わらず大まじめである。
「もうええわ!」
 そう叫びながら、啓斗が熊の胸元を叩く、代わりに小太刀を熊の胸に突き立てると、今度こそ、熊はその場に倒れて動かなくなった。
「笑いの道は厳しいな……」
 小太刀についた血を拭いながら、啓斗はぽつりと呟いた。

 ちなみに、この一連の「笑い」の修行が、はたして効果があったのかどうかは……まあ、推して知るべし、といったところである。