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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ナイルサイル教団
〜 「ナイルサイルの会」 〜

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 ≪ 信じるものは救われる! 確実な現世での御利益を貴方に!! ≫

 いるのかいないのかわからない神様、あるかどうかすらわからない来世での御利益。
 そんなものが信じられますか? 貴方が求めているのは、そんなものですか?
 
 そのような神々とは違い、高次元の存在であるナイルサイル様は、我々の目にこそ見えませんが、本当にいらっしゃいます。
 そして、ナイルサイル様は、あるかどうかわからない来世の利益ではなく、現世での利益を確実に貴方にもたらして下さいます。

 ナイルサイル様は、もともと人間に対して好意的なお方ですので、ナイルサイル様のご加護を得るのには、多額の寄付も、長期間に渡る修行も必要ありません。
 一度入信してしまえば、あとは週に一度、お近くの支部にある礼拝室へ参拝するだけで、貴方の人生は見る見るうちに上向きになります。

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「……なんですか、これ?」
 碇に渡されたビラを見て、三下は首を傾げた。
「見ての通り、『ナイルサイルの会』のビラよ。
 つい最近できた新興宗教の一派なんだけど、このところ口コミで急に広まってるの」
 その碇の言葉に、三下は改めてビラの内容を読み直す。
 不景気な現代、現世で行き詰まってはいても、まだ来世に全ての望みを託せるほどには現世に絶望していない人々が、「確実な現世での利益」という言葉につられて、この「ナイルサイルの会」とやらに入信しようとしたとしても、無理のない話ではある。
「でも、本当に御利益なんかあるんですかねぇ」
 三下がそう呟くと、碇は呆れたように答えた。
「実際に御利益がなければ、口コミで広がったりしないわ。
 恋が実った、大口の契約が取れた、宝くじで三等が当たった……まあ、大きい方でもそのくらいだけど、聞いた限りではみんな何らかの『いいこと』に恵まれてはいるみたいよ」
 本当に御利益があるのなら、入信してみようかなぁ。
 三下がそんなことを考え始めたとき、碇の声が彼を現実に引き戻した。
「それで、今回はこの『ナイルサイルの会』を取材してもらいたいんだけど、いいわね?」
 その言葉に、三下は半ば反射的に首を縦に振っていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 注意一秒、暴走一大事 〜

 一方その頃。
 水野想司(みずの・そうじ)は、いつものように森里しのぶとの他愛のないおしゃべりを楽しんでいた。

 彼女との会話は、楽しいだけでなく、実はメリットもそれなりに大きい。
 前、かどうかはわからないが、とにかく一点ばかり見て突っ走ってしまう性格の想司に比べ、わりと周囲をよく確認するタイプのしのぶは、想司の知らない、もしくは見落としていたようなことを、いろいろ知っていたりするからだ。
 もっとも、そうして得た情報を想司が自分流に「活用」してしまうことを、しのぶはあまり快く思ってはいないようだが、それはまた別の問題である。

 そして、この日も、彼女との会話は、想司に思わぬ情報をもたらした。
「ところで、想司くんは『ナイルサイルの会』って知ってる?」
 ちょうど話が一段落して、話題がなくなったその瞬間。
 唐突に、しのぶがそんなことを言いだした。
「知らないけど……それ、何?」
「最近流行ってる宗教みたい。
 なんでも、寄付も修行もしなくても、必ず御利益が得られる、って噂なんだけど」
 これも、しのぶにとっては、あくまで何気ない会話の一部だったのであろう。
 しかし、今回はこの一言が、想司の暴走を引き起こす引き金となった。

「ふーん……つまりは、商売仇だねっ☆」
 想司の言葉に、しのぶが驚いたような表情を見せる。
 純粋な驚きが三分、「また余計なことを言ってしまった」という後悔が三分、そして今後の想司の暴走によって引き起こされるであろう事態に対する恐怖が三分、そしてそれ以外が一分、と言ったところであろうか。
 ともあれ、今さらしのぶが後悔しようと、恐怖しようと、一度始まった想司の暴走は、もう誰にも止められない。
「この僕、『マジカル☆ソージー』を差し置いて、ご近所の皆様に愛と平和を押し売りするとは良い度胸だよっ♪」
「ちょ、ちょっと、想司くん? 何か勘違いしてない!?」
 想司を何とか静止しようと、最後の抵抗を試みるしのぶ。
 だが、それも、やはり無駄な努力でしかなかった。
「まかせといて! 真の最凶(?)は一人だとこれからサックリ証明するよっ☆」
 そう一声叫ぶと、想司はさっさと駆けだしてしまったからである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 テントの中には何がある 〜

「ナイルサイルの会」の東京支部は、都心に近い某駅から徒歩数分のところにあった。
 おそらく、通勤途中や仕事帰りにも寄れるように、ということなのだろうが、確かにそういう意味では正しい場所選択と言える。
 しかし、そういった繰り返し訪れている人間にとっては便利でも、「駅から近いことは近いが、入り組んだ裏通りの一角」という立地条件は、初めて訪れる人間にとっては、あまり優しくはなかった。

「確か、この辺りのはずなんですけど」
 そう呟きながら、三下が辺りをきょろきょろと見回す。
 その視線が、ある一点で止まった。
「まさか、あれじゃないですよね……」
 三下の言葉に、藤咲愛(ふじさき・あい)もその視線の先の方へと目をやる。
 すると、そこにはあからさまに怪しい占い小屋風のテントがあった。
「あれは、さすがに違うと思うんだけど」
 きっぱりと否定する愛。
 けれども、三下はそのテントがどうも気になって仕方がないらしく、こんな事を言いだした。
「僕も、そう思いますけど……でも、他にそれらしい建物もありませんし。
 それに、もしあそこがただの占い小屋だったら、その時は、あそこで聞いてみれば済むことじゃないですか」
 それらしい建物、と言われても、「新興宗教っぽい建物」というのは一体どんな建物なのか、あるなし以前に愛には今一つ想像がつかないが、無理にあるかないかのどちらかで答えるとすれば、そんな建物はないと答えるより他にない。
 ならば、この辺りのビルを虱潰しに当たっていくよりは、とりあえず占い小屋にでも行ってみた方が、まだマシなような気もする。
「わかったわよ。じゃ、行ってみましょ」
 愛は苦笑しながらそう答えると、三下とともにそのテントへと向かった。





 二人がテントの中に入ると、中には細長い机が一つと、椅子が一つあり、その向かいにフードつきのローブをかぶった小柄な人物が座っていた。
 フードのせいで顔は見えないが、まだ中学生くらいの少年、もしくは少女といったところだろう。
「いらっしゃい♪ あなたの相談事は何ですか?」
 ローブの人物が、予想外に明るい、中性的な声でそう尋ねてくる。
 その様子に、三下も少し驚いたようだったが、すぐに気を取り直してこう尋ね返した。
「あの、ナイルサイルの会というのはここでしょうか?」
「ナイルサイルの会をお探しですか? では、まずはここへおかけ下さい☆」
「はぁ」
 いまいち要領を得ない答えに首を傾げながらも、言われるままに椅子に腰掛ける三下。
 すると、ローブの人物は心底嬉しそうな笑みを浮かべて、そばの天井からぶら下がっていた怪しい紐を引っ張った。

 次の瞬間、突然三下の真下の床が左右に開いた。
 支えを失って、三下は椅子ごと階下へと転落する。
 その様子を見て、愛はとっさに臨戦態勢をとった。
「ちょっとあんた、何するのよ」
 そう威嚇する愛に、ローブの人物は楽しそうに微笑むと、一声叫んでローブを脱ぎ捨てた。
「願いを叶えるのに他力本願はダメダメです!
 『餓えた狼的に生死のギリギリを見極め集めるからこそ、七つの球から出てくる龍はありがたい』のですっ♪」
 脱ぎ捨てられたローブが、愛の視界を遮るようにしてゆっくりと宙を舞う。
 そのローブが床に落ちたとき、愛の前に立っていたのは、魔法少女のような姿をした少年……想司であった。

「そ、想司くん!? これは一体どういうことだい!?」
 階下から、今にも泣き出しそうな顔で見上げる三下。
 想司が話にからんできた以上ただでは済まないことくらい、もうとっくにわかっていそうなものなのだが、そうやって割り切れるほどの度胸が三下にあるはずもなかった。
「得体の知れない神様にすがってお願い事を叶えてもらおうなんて邪道だよっ♪
 その曲がった根性を叩き直すため、そして三下さんの覚醒を早めるためにも、三下さんには僕が下水道の一部を無断で改造した『恐怖の地下迷宮』に挑戦してもらうよっ☆」
 想司がそう言い終わるのとほぼ同時に、あちこちからうめき声のようなものが聞こえてくる。
「な、なんなの?」
 おそるおそる、落ちないように気をつけながら下の様子を探る愛。
 その彼女の目に、三下の四方八方から迫る大量のゾンビの姿が目に入った。
「ひいいいぃぃぃぃ! た、助けてくださああああぁぁぁい!!」
 ゾンビを見て、完全にパニック状態に陥る三下。
 愛も何とかしてやりたいとは思うが、これだけの数のゾンビを蹴散らすのは容易ではなさそうだし、こんな連中とケンカをしたら三日は臭いがとれなさそうな気がする。
 そんな愛の悩みを見越したかのように、想司が口を開いた。
「別に、あのゾンビさんたちは人を傷つけたりはしないよっ♪」
 だが、その言葉に反して、ゾンビたちは逃げまどう三下を壁際に追いつめ、一斉につかみかかっていく。
 何とかしなければ、と、愛が本気でそう思ったとき。
 事態は、思わぬ展開を見せた。

『三下ワッショイ! 三下ワッショイ!』
 突然、ゾンビたちが声をそろえて三下を「ワッショイ」し始めたのである。
 その予想を遙かに上回る光景を、愛はただ茫然と見つめた。
「これなら、もし脱出できなかったとしても少しは元気が出るでしょう♪
 これで今日の事件も解決ですっ☆」
 勝手なことを言って決めポーズを取る想司にツッコミを入れる気力すら、もはや今の愛には残っていなかった。





 ちなみに。
 三下がどうにかこうにか地下迷宮を脱出したのは、それから四時間ほど後のことだった。
 しかし、愛の予想通り、三下の全身に染みついた悪臭はちょっとやそっとでは取れそうもなく、結局取材の再開までには丸二日の時間を要したのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 敢行、突撃取材 〜

 本物の「ナイルサイルの会」の支部は、想司のテントのすぐ隣のビルの中にあった。
 小さなビルの一つのフロアに、事務室と、礼拝室の二つのみがある。
 廊下には、そこそこレベルの画家が描いたような風景画がいくつか飾られており、殺風景なビルの廊下を少しでも飾ろうという努力のあとが見て取れた。
「いかにも、予算厳しい中で何とかやりくりしてます、って感じね」
 愛が正直な感想を口にすると、想司と三下もそれに賛同するように首を縦に振る。
 本当に「確実な現世での御利益」がある宗教の支部には、とても信じられないような質素さだった。

 ともあれ、これだけで全てを判断するわけにはもちろんいかない。
 そう考えて、三人は「入会希望者の方はこちらへ」という張り紙のある、事務室へと向かった。





 事務室にいたのは、一人の人のよさそうな青年だった。
 年の頃なら二十代後半、やせ形で、どちらかといえば少し頼りない感じがする。
「入会希望の方ですか?」
 その問いに曖昧な返事を返しつつ、愛は三下から預かったビラを取りだした。
「私たち、これを見てきたんだけど……実は、いくつか質問したいことがあるの」
「それでしたら、私がお伺いいたしますが」
 答える青年に、愛はさらにこう要求してみる。
「貴方を信用しない、というワケじゃないけど。
 もしよかったら、教祖様にお会いできないかしら?」
 ところが、青年の返事は予期せぬものだった。
「当会には、教祖に当たる人物は存在いたしません。
 ですが、責任者ということでしたら、私、内藤が当会の最高責任者ということになっております」
 これには、さすがの愛も驚きを禁じ得なかった。
 いくら予算が厳しいとはいえ、最高責任者が一人でぽつんと事務室にいるなどと、一体誰が想像できるだろうか。
 それに、最高責任者がこれだけ年若い人物というのも、不審と言えば不審である。
(これは、絶対何かあるわね)
 そう確信しながらも、愛はそれをなるべく表に出さぬようにしつつ、言葉を続けた。
「それじゃ、いくつか質問いいかしら?」
「ええ、どうぞ」
 にこやかな笑みをたたえたままの内藤に、愛はまずこう尋ねてみた。
「じゃ、まず、ナイルサイル様っていうのは、どんな神様なの?」
「ナイルサイル様は、高次元の世界にいらっしゃる存在です。
 他の宗教の言う神様のように、造物主であるとか、全知全能であるとか、そういったことはありませんが、我々人間とは比べものにならないパワーをお持ちです」
 なるほど、この辺りまでは、ビラに書いてあったことと大差はない。
 ならば、と、愛は次の質問をした。
「ちょっと待って。
 今、『高次元の世界』って言ったわよね?
 『高次元の世界』というのは、一体どういうことなの?」
「そうですね。
 まず、ここで言う『次元』というのは、一般的に言われる、二次元だとか、三次元だとか言う時の『次元』とはまったく意味が違います」
 内藤はそう答えると、机の引き出しから一枚の紙を取りだし、その上にペンで同心円のようなものを描いて、こう続けた。
「この中心の円の内側、これが世界の根元となる『核』です。
 そのすぐ外側、中心の円と次の円の間が、今我々のいるこの世界です。
 そして、その上の層も、そのまた上の層も、それぞれに世界なのです。
 このような世界がどれだけ重なっているのかはわかりかねますが、ナイルサイル様は、このうち我々がいる世界の二つ外側、つまり二段階次元の高い世界にいらっしゃいます」
 内藤がそこまで言い終わったとき、横で見ていた想司が突然口を挟んだ。
「それって、空の上にあるってこと?」
 確かに、この絵を見る限りでは、そう判断できなくもない。
 しかし、内藤はそれを笑って否定した。
「いえ、これはあくまでもわかりやすいように図にしただけで、実際にこのような位置関係にあるということではありません」
「そっかぁ☆」
 想司が納得したところで、愛はさらに質問を続ける。
「それはそうと、その『高次元の世界』って、一体どんな世界なの?」
 すると、内藤はすぐには答えず、壁際の棚の上からラジオを持ってきて、愛の前に置いた。
「このラジオの、FMのチューニング部分を見て下さい。
 最後のところにある1から3の数字にあわせると、テレビ放送が受信できるのはご存じですよね?
 けれど、この受信機では、音は聞けても映像までは出ませんから、放送されている番組を完全に見ることは出来ません。
 それと同じように、この次元にいる我々の認知の仕方では、より高次元の世界の様子について、正確には知り得ません」
 何度も尋ねられたことがあるのか、いかにも説明し慣れている、と言った感じを受ける。
 これは思った以上の難敵かも知れないと思いつつ、愛は続けて訊いた。
「そういえば、ナイルサイル様は人間に対して好意的だ、ってことだったけど。
 どうして、ナイルサイル様は人間に対して好意的なの?」
「先ほどの世界の図は覚えていらっしゃいますよね?
 『核』が同じであることからもわかるように、これらの世界はお互いに密接に関係しており、一つの世界で起こったことは、ただちに他の世界にも影響を及ぼします。
 よって、ナイルサイル様が我々人間を助けたとき、それはこの世界の一つ上の次元にも影響を及ぼし、ナイルサイル様のいらっしゃる世界にも影響するのです。
 一言で言うなら、『情けは人のためならず』と言うところでしょうね」
 その内藤の返事に、またもや想司が反応する。
「ん? 『情けは人のためならず』って、『情けをかけることはその人のためにならない』って意味じゃないの?」
「そう解釈している方もいらっしゃいますが、それは本来は誤用ですよ。
 本当は、『情けをかけると、それが巡り巡っていつかは自分に返ってくる』というのが、本来の意味です」

 想司と内藤がそんなやりとりをしている間に、愛は自分なりにいろいろと考え、そして「教義などに関する質問では、おそらくボロは出ない」という結論を出した。
 そうなれば、質問の方向性を変えるより他に手はない。
 そう思って、愛は現実的な質問に切り替えることにした。
「ところで、ここは寄付はいらないと聞いたけど、それでどうやって運営しているの?」
「『御利益を得るのに必ずしも寄付は必要でない』というだけで、別に全ての寄付をお断りしているわけではございません。
 事実、この会の設立に当たっては、ナイルサイル様からの啓示を受けた多くの方々による寄付がありました」
 相変わらず、打てば響くように答えが返ってくる。
 とっさに言い訳を考えているとは思えない以上、よほど対策を立てているのか、あるいは本当に正直に答えているのかのどちらかとしか考えられない。
(ひょっとすると、本当に正直に答えているだけなのかしら?)
 そんな思いが、微かに頭をよぎり始める。
 それを隠して、愛はさらに尋ねた。
「その多くの方々って?」
「残念ながら、ナイルサイル様への信仰はまだあまり一般的なものではなく、また、一部の悪質な教団のせいで『新興宗教』と呼ばれるもの全体が胡散臭い目で見られていることもあって、実名を出すことはできません」
 そう答えながら、初めて、内藤が表情を曇らせる。
 確かに、有名人や、社会的に責任のある立場にいる人物の場合、特定の新興宗教と関わりがあるということは、今の世の中ではスキャンダルのネタに使われかねない。
 それを考えれば、ここでごり押しすることは出来なかった。
「じゃ、この会の設立の経緯について教えてくれない?」
 次善の策として、そちらの方へ質問の方向をシフトさせる愛。
 その問いに、内藤は再び笑顔で答え始めた。
「最初にコンタクトがあったのは、ナイルサイル様の側からです。
 ナイルサイル様は私に夢を通じて語りかけられ、ナイルサイルの会設立に向けての話し合いを行う時間と場所、そして相手を見分ける目印を指定されました。
 私が半信半疑で指定された場所に行ってみると、そこには目印を付けた何人かの方々がいらっしゃいました。
 自分を除いては、皆企業の経営者などで、やはり同じようにナイルサイル様に啓示を受け、藁にもすがる気持ちでここに来たとのことでした」
 なるほど、そういった人々であれば、新興宗教との関係を公にするのを嫌ったとしても無理のない話である。
 そんなことを考えている間にも、内藤の話は続いた。
「そこで我々は実際に話し合いを持ち、彼らが資金を提供し、そして私が教団を実際に運営することで話がまとまりました。
 責任ある立場にある彼らと違って、当時の私はただの売れない画家でしたから、教団の運営に当たるのに何の不都合もありませんでした」
「じゃ、あの廊下に飾ってあった絵は、内藤さんが描いたの?」
「ええ、あれは昔私が描いたものです。
 ここの壁があまりに殺風景だったので、手元にあったものをいくつか飾ってみたのですが……お恥ずかしい限りです」
 想司の質問に、照れたように頭を掻いてみせる内藤。
 その様子を見て演技だと思うのは、おそらくよほどひねくれた人間だけだろう。
 ただのお人好しか、とんでもない腹黒狸か、二つに一つである。
「ちなみに、出資して下さった方々は、皆『出資した分以上の御利益があった』と言っておられました」
 その内藤の説明を聞いて、愛は内心舌を巻いた。
(教義にもこれと言った穴はなく、設立経緯も「神のお告げ」で説明がつくレベル。
 正直、ここまで穴がないとは思わなかったわ)
 ふと隣を見ると、三下は思い切り感動した様子で話に聞き入っている。
 このままでは、本当に入信すると言い出しかねない。
 そう考えた愛は、一か八か勝負に出てみることにした。
「……それじゃ、最後の質問だけど。
 一部の人間を幸せにすることは、一部の人間を不幸にすることにつながることがあるわよね?
 ナイルサイル様は、そういった願いに対しては、どう対応していらっしゃるのかしら?」
「例えば、同じ人を好きになった人たちのうちの一人が、『恋愛成就』をお願いしたりしたようなときだねっ♪」
 適切なのかどうかよくわからないような例を出す想司。
 その質問に、内藤は初めて少し考え込むような素振りを見せた後、真剣な顔で答え始めた。
「難しい質問ですね。
 ただ、ナイルサイル様は人間に対して好意的ではありますが、全ての人間を幸せにする責務を負っているわけではありません。
 ですから、今そちらの方が出した例のように、仮にその願いを叶えることで不幸になる人がいるとしても、それが失恋程度の問題であれば、それほど気には留めないのではないかと思われますし、仮に不倫の恋のように、相手の周辺にいる人々はもちろん、当人たちをも著しく不幸にするような問題であれば、おそらく『願いを叶える』のではなく、『目を覚ます』ような方向に誘導してくださるのではないでしょうか」
 百点満点ではないが、十分納得できるレベルの答えである。
 だが、その後に、彼は複雑な表情でこう続けた。
「とはいえ、これもあくまで推測に過ぎません。
 我々に高次元の様子が知り得ないのと同様、高次元の存在であるナイルサイル様の真意は、我々の未熟な知性では測りかねます」
 自分たちが信仰している対象の真意を、実際には把握できていないと言う告白。
 それは、言えば明らかに不利になるような内容である。
 にもかかわらず、彼ははっきりとそのことを口にした。

 これは彼が初めて出したボロなのか。
 それとも、これもやはり計算の内なのか。
 あるいは、彼は初めから全て正直に答えていただけなのか。

 愛が真剣にそう考え始めたとき。
 不意に、想司が内藤にこんな事を言った。
「これだけ質問責めにされて、よくそうやって笑顔で対応できるよねっ♪
 ひょっとして、心の中ではかなり怒ってたりしない?」
「ちょ、ちょっと!」
「そ、想司くん!!」
 予想外のことに慌てる愛と三下。
 ところが、内藤は怒る様子も見せず、少し寂しげな笑みを浮かべた。
「先ほども申しましたように、新興宗教と称して活動している団体の中には、相当数の詐欺師や、危険な団体が含まれていることも事実でしょう。
 そういった実状を考えれば、新興宗教と言うだけで警戒心を持ってしまい、興味はあっても近寄りがたく思ってしまう方が多いのも、悲しいことですが、やむを得ないことだと考えております。
 そうである以上、せめてここまで話を聞きに来て下さった方に対しては、可能な限りの質問に答え、疑念を晴らした上で入会していただきたい。
 それが、私の願いであり、責務です」
 その言葉に、その仕草に、ひとかけらの嘘も見あたらない。
 信じられないことだが、彼は最初から全て正直に答えていただけだったのだ。
 それが真実であるかは別としても、とにかく、彼の信じている通りに。


 


 と、その時。
「うわああああぁぁぁっ!」
 だしぬけに、三下が奇声を上げた。
「ちょ、ちょっと、三下!?」
「ど、どうなさったんですか!?」
 驚いて声をかける愛と内藤。
 三下はその内藤の顔を見ると、いきなりテーブルに突っ伏して泣き出した。
「私たちは、本当は月刊アトラスの取材に来たんです!
 いくら取材のためとはいえ、あなたのような人を騙そうとするなんて、僕はなんてことを……!」
 どうやら、先ほどの内藤の言葉に本気で感動したらしい。
 こうして真相を全てぶちまけられてしまっては、事態がよくわかっていない想司はともかく、最前線に立って質問を浴びせていた愛としては、ただただ気まずい。
「ま、まぁ、そういうことなのよ」
 驚いた、というより、むしろぽかんとした様子の内藤にそれだけ告げると、愛はさっと二人から視線を逸らした。

 そして、少しの沈黙のあと。
「顔を上げて下さい」
 内藤が、静かに口を開いた。
 怒っている様子は、少なくとも声の調子からは感じられない。
「最初から取材だと明かしてしまえば、本来の対応を知ることができないかも知れない。
 そう考えて、取材だということを伏せていたんですよね?
 そちらの事情も、よくわかります」
 愛は、そっと内藤の方に視線を戻してみた。
 彼の顔には、最初と同じ、おだやかな表情が浮かんでいた。
「それに、月刊アトラスさんというと、あの白王社の、ですよね?
 私も、貴誌のお名前はかねがね伺っています。
 その月刊アトラスさんに取材に来ていただけるだなんて、光栄なことです」

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〜 その後 〜

 それから数日後。
 三下が書き上げた原稿に目を通して、碇は首をひねった。
「三下にしてはよく書けてると思うけど、これじゃあまりにも論調が好意的すぎない?」
 それを聞いて、愛と想司は思わず苦笑いを浮かべる。
 その点については、すでに二人が何度もツッコミを入れていた。
 だが、すっかり内藤の人柄に惚れ込んでしまった三下は、一向に改めようとしなかったのである。
「僕は、これでも客観的に書いたつもりなんですけど」
 そう答える三下に、碇は鋭い視線を向ける。
「三下、まさか取材してきたついでに入信してたりしないわよね?」
「い、いえ、そんなことはありませんけど……」
 三下の視線が、明後日の方向に泳ぐ。
 しかし、三下の答えは、一応嘘ではなかった。
 一応、というのは、入信しようとした三下を、「そんな他力本願なことでは三下さんの覚醒が遅れてしまう」と想司が半ば強引に、というより、これ以上ないくらい強引に止めた、という事実があるからである。
 よって、形式的には三下は入信してはいなかったが、実際には入信しているのとほとんど変わらない状態だったと言ってもいい。

 ともあれ、その三下の様子を見て、碇は小さくため息をつくと、改めて手元の原稿を見つめ、それからもう一度、今度は大きなため息をついた。
「……まあ、いいわ。今から別の人を行かせたんじゃ間に合わないし、これも読めるレベルにはなってるしね」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0830 / 藤咲・愛  / 女性 / 26 / 歌舞伎町の女王
0424 / 水野・想司 / 男性 / 14 / 吸血鬼ハンター

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武でございます。
 この度は私の依頼にご参加下さいまして誠にありがとうございました。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で五つのパートに分かれています。
 このうち二番目のパートにつきましては、愛さんと想司さんで異なったものとなっておりますので、もしよろしければ相手の方の分のノベルにも目を通していただければ幸いです。

・ナイルサイルの会について
 調査方法等の関係上、今回は明かされませんでしたが、「ナイルサイルの会」には、一応「裏」があります。
 それにつきましては、いずれ別の依頼として「草間興信所」の方にアップさせていただきますので、興味がおありの方は、そちらの方もご期待下さいませ。

・個別通信(水野想司様)
 いつもパワフルなプレイングありがとうございます。
 今回は序盤の山場であるゾンビさんの辺りはもちろん、後半でも「純真な子供」という特性を活かして活躍(?)していただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 もし何かありましたら、遠慮なくお知らせいただけると幸いです。