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<東京怪談ノベル(シングル)>


戦場の死神

 すべての瞬間が、まったくの無音だった。
(――いや)
 音はあったのかもしれない。ただそれは俺にとって必要のないものであったから、思考まで届かなかったのだろう。
 ただ墜ちるのを見ていた。
 地上に降り立ち炎を上げる戦闘ヘリ。
 何かに切り刻まれ、一瞬にして動力を失う戦車。
 歩兵もことごとく蹴散らされ、屍の山となった。
 その数、2万。
 最後に佇んでいたのは、俺だけだった。
 そこでやっと、それが自分の仕業だと気づいた――。



 その組織では、秘密裏に実験が行われていた。太古の遺失技術を用いた、人型兵器の製作実験――それが公にされなかったのは、いくつかの理由がある。
(1つ)
 それは本物の人間の脳を使用していたから。しかも故意に感情を殺し、人工頭脳では不可能な流動的思考のみを利用する。
 そんな実験が明らかになったなら、世間がどんな対応をするかなどわかりきっていた。
(そしてもう1つ)
 その理由は、それができあがってから生まれた。
(それは)
 その兵器が、あまりにも強すぎたから。
 無闇に複製されることを恐れ、水面下での行動を余儀なくされた。陽の下で戦う時は、姿を見た者すべてを消さなければならなかった。
(それが――"俺"だった)
 俺は何故、自分が実験台に選ばれたのかわからない。あるいは自分から名乗り出たのかもしれないが、その辺の記憶はない。
(ただ)
 そうなった後も、哀しくはなかった。感情の欠落以上に、何故かそう感じていた。
 びくびくと震える心臓を突き刺すのに何のためらいもない両腕は、もしかしたらずっと以前からこうであったのかもしれない。
("ヴォイド")
 開発当初からそう呼ばれていた。
 それは虚無を意味する言葉。
 俺はそれに相応しい人間であったのだろう。そしてこれからも、あり続けるのだろう。
 それをすべての存在へ知らしめたのは、兵器としての能力試験。
 試験と言っても相手は本物の一個師団であり、戦争の最中であった。"戦争"を遂行できる最小の戦略単位といえど、1人で対するにはあまりにも大きすぎる相手。
(それでも――)
 送りこんだ組織の幹部たちは、当然結果を予想していたのだろう。
(俺はすべてを無に変えた)
 戦場へ降り立った俺は、まさしく兵器だったのだ。
 アタッチメント式の4種類のアームを、自在に使い分けた。
 ブレイカーで高周波振動を発し、あらゆる物を引き裂いた。
 アクセラレーターの分子運動制御機能で、体液を沸騰させ弾け飛ばした。
 ヒートのプラズマジェットで、残ったものすべてを焼き払った。
 時にはキャンセラーで身を守ったりした。
 すべての行動が、自動的だった。俺が自分で次の行動を理解する前に、身体が勝手に動いていたのだ。
(これが、機械化された身体の利点か)
 人間の神経伝達よりもはるかに速い。
 俺はすべてが終わり1人立ち尽くすまで、自分が何をしているのかよくわからなかったのだから。
 周りの音も聞こえず、ただ頭の中で誰かが囁き続けていた。
「鮮血という名の供物を奉げ、断末魔という名の鐘を打ち鳴らせ、そうして得られる喜びこそが汝のすべてだ」
(喜び――)
 それがあったのかどうか、俺にはわからない。ただ身体はとまらなかった。その行為に依存するかのように、次々と血を求めた。
 その行動は、俺にとってなすべき義務でしかなかった。
「――死…神め……」
 その時そんな言葉が聞こえてきたのは、奇跡としか言いようがない。
 身体を半分失った兵士が、つぶれた片目でこちらを睨んでいたのだ。
 何かを考えるより先に、俺の身体はまた動き出していた。
 それ以上、何も言えないようにした。
(死神、か――)
 横たわる人々には、確かにそう見えるのかもしれない。行動はもちろん、太陽を背にして立つ俺の姿も、陰になり黒く見えるだろう。このアームですら、鎌に似た形をしている。
「……そう、俺は死神だ」
 今度こそすべての命が途絶えた空間で、俺は呟いた。
(戦場の死神)
 俺は生まれながらの、死神なのだと。



 後日、試験の最終判定が知らされた。
 当然合格した俺は、その後様々な戦争へ送りこまれることになる。
(だが――)
 そうして積み重ねた行為は、やがて俺の制御を超えてゆく。
 そんな待ち受ける先など知らぬ俺は、今日も戦場へ向かうのだった……。





(了)