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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


<忘れ去られたジュリエット>

<オープニング>

投稿a~××××
投稿者名.忘れ去られたジュリエット
投稿内容.王子様が来るのをお姫様は、ずっと塔の上で待っています。たとえ、王子様がお姫様を忘れても、ずっとずっと・・・・来るのを待っています。


 掲示板に1日1回。律儀に書かれている投稿。
 そして、その投稿記事を気にするようになって、一週間目。1人の男性が消えた。そして、次の週にはビルの上から飛び降り自殺をした。そして、彼に変わるように、また1人の男性が消えて、次の週には山に掛かっている吊り橋の上から飛び降り自殺をした。


投稿a~××××
投稿者名.忘れ去られたジュリエット
投稿内容.王子様が来るのをお姫様は、ずっと塔の上で待っています。たとえ、王子様がお姫様を忘れても、ずっとずっと・・・・来るのを待っています。

 
 掲示板に書かれる記事にレスが付いたのは、4人目の男性が会社の窓から飛び降り自殺した後。


投稿a~××××
投稿者名.忘れられたロミオ
投稿内容.あと少しで君を迎えに行ける。もう少しだけ待っていて・・・僕のお姫様。


 そして、再びレスが付いた。


投稿a~××××
投稿者名.忘れ去られたジュリエット
投稿内容.覚えていてくれて嬉しい・・・・。ずっとずっと、待っています。その為に、悪魔に魂を売り渡したのだから。


 それから数日後。
 掲示板に、この記事に伴う新しい依頼が舞い込んだ。


投稿a~××××
投稿者名.彩
投稿内容.婚約者が自殺しました・・・。自殺した時は、どうしてか分からなくて混乱して泣いてばかりでしたが、最近になって不思議に思う事が多くなったのです。彼の持ち物の・・・・いいえ、彼が持っていたパソコンに件名のない開かれたメールが5通。そして、彼が送ったメール4通・・・・。そして、パスワード制になっていて開けないフォルダが1個。たぶん、フォルダは日記だと思います。彼がどうして死んだのかメールを読んで、分かったような気がするんです。彼は自殺じゃない。殺されたんです。でも、私の力じゃ彼の死の真相まで辿り付けない。お願いです、誰か力を貸して下さい。私には彼がどうして死んだのか・・・誰に殺されてしまったのか、知る権利があるはずです。
 最愛の人を不条理に奪われた私には・・・・知る権利が。


<プロローグ>

 遥か遠くの昔の記憶。
 1人のお姫様と王子様の記憶。

『たとえ、この身が果てても貴方だけを待っております』

『たとえ、この身が朽ちようとも貴方だけを見つめています』

 固い誓い。指に絡まれた約束と、願い。
 王子様の優しい心が指から指へと伝わってきて、涙が一筋。ポロリ。音を立ててお姫様の瞳から零れ落ちました。綺麗な宝石のような涙。
 この指を離せば、もう2度と。愛しい王子様と会えない事をお姫様は知っていました。王子様が、好きだから。愛しているから、ずっと一緒に居たい。その為なら、今の生活を捨ててでも。例え、暮らしが貧しくなろうとも構わない。そんなささやかで小さな願いが叶わない事を、お姫様は知っていたのです。
 指が外されお姫様を見る王子様の瞳を見て、絶望を感じました。
 許されない恋だと知っていた。それでも、止められなかった。神に、世界に背いてでも。王子様を愛していたのです。
 絶望はやがて小さな炎となりました。

『離れないで』

 零れた言葉は、優しい声。
 けれども、お姫様の中に生まれた炎は、そのままお姫様の身体を魂をも燃やしたのです。
 お姫様は白い色が似合う。そう言われて育ちました。
 けれど、王子様は遠くなる意識の中で柔らかな笑みを浮かべ、お姫様に言いました。

『君は、赤い色も似合う』

 王子様の赤い血を受け、優しく微笑みを浮かべるお姫様に呟いて王子様は意識を手放しました。
 お姫様は王子様の身体を抱き締めたまま、涙と共に言葉を零しました。

『貴方と一緒に居る為なら、私は悪魔にも魂を売ります』

 誰かに許してもらいたいわけじゃない。
 誰かに認めてもらいたいわけじゃない。

『ずっと、貴方と』

 呟いた言葉は、やがて。
 全てを狂わす呪縛となった。


<1>
 
 つい先日までは、ジャケットを手放せないほど肌寒かった。それなのに、今日はジャケットなんていらないほど。むしろ、半そでを着ても良いほどの天気の良さ。
 季節の移り変わりと、人の感情の移り変わりほど予測のつくものはない。そんな考えが頭の横をよぎっては消える日曜日。
 溜め息すら飲み込まれる人波をくぐり抜けた場所にある、この辺りでは有名なネットカフェに、3人の大人と1人の少女が集まっていた。
 机の上に置かれているパソコンのディスプレイには、色々な。それこそ、鼻で笑ってしまうような情報から、目の離せない情報まで色とりどりに用意されていた。そして、4人が見ている情報は1つ。
「これが、1番・・・初めらしいですね」
 細い指をディスプレイの上にコツンと乗せて、海原 みなも(うなばら みなも)は言った。その言葉に賛同するように、みなもの横に座っていたシュライン エマが1つ頷く。
「そうね。日付的に、この後の一週間後に男の人が一人死んでいるわ」
「そして、1番最新なのが・・・これです」
 カチリとカーソルを動かして、九尾 桐伯(きゅうび とうはく)は1番真上にある記事をディスプレイ上に出した。
「・・・・今までと少し違うな」
 ダージエルはそう言って、記事を読み進める。

投稿a~××××
投稿者名.忘れ去られたジュリエット
投稿内容.あの日の夢を見ました。貴方と一緒に居た最後の日の夢。・・・・神様なんて居ない。だから、私は悪魔に魂を売った。この身を堕とす事に恐怖などない。あるとすれば、2度と貴方と会えなくなる事だけ。貴方を失う恐怖よりも恐いものなんて私にはない。

「犠牲者が・・・また?」
 今までの経緯を見て、また誰かが自殺・・・いや、殺されると思ったのだろう。みなもが目を伏せて悲しそうに眉を寄せた。
「いや。まだ、間に合う」
 ダージエルは断言してイスに座りなおした。
「どうしてですか?」
 桐伯が画面の記事をプリントアウトする操作の傍ら、ダージエルの自信のある発言に疑問を投げかけた。
「今までの経緯から見ても、この記事から失踪して死んでしまうまでに大体の日数があるだろう?」
「・・・1週間前後?」
 シュラインが口に指を当てて言うと、ダージエルは頷いて言葉を続けた。
「つまり、その日数の中で解決すれば犠牲者も出ないだろう」
「もし、マインドコントロールなどの催眠療法にかかっていたら?」
「マインドコントロールでも呪いでも・・・私には関係ない」
 そう断言するダージエルに桐伯は苦笑を漏らした。
「その自信を信用させて頂きます」
「あぁ、そうしてくれ」
「・・・じゃあ、話が付いたとところで」
 シュラインは腕時計を見て3人に微笑みかけた。
「それぞれ、分かれて行動に移りましょう」
 今日。ここに集まったのは、ただ集合場所がわかりやすかったのと、実際の記事を見ておきたかった為だ。集まった後、4人で話し合って行動は別々にして依頼に取り掛かろう。と、そう決めていたのだった。
「では、依頼人の方は頼みますね。お二人とも」
「はい。頑張ります」
「任せておいて」
 ニッコリと微笑を浮かべる桐伯に、シュラインとみなもも微笑んでみせた。
「私は行く場所が違うから、後で合流する」
「分かりました。私は、もう少しネットで調べたい事があるので、ここで待機します」
「それって、プリントアウトしてる事と関係あるの?」
「ええ。気になる事がありましてね」
「気になる事、ですか?」
 みなもが不思議そうに桐伯に尋ねると、画面に出ている記事を指差した。
「もしかしたら、言霊の様に書き込みの文自体に何らかの力が込められているのかもしれない。そう思いましてね」
 そう言うと、桐伯は隣に設置されているプリンターからプリントアウトした紙を取り上げた。
「ちょっと調べたいんです」
「分かったわ。それじゃあ、私達も何か分かったら連絡するわ」
「お願いします」
「では、そろそろ私は行く」
 席を立ったダージエルは一言だけ3人に向けると、みなもが気遣うような目線で言葉をかけた。
「あの。お気をつけて・・・無理はなさらないように」
「分かっている」
 ふわりと、一瞬だけ。
 落とすように微笑むと、ダージエルはそのまま店を後にした。
 その後姿を見送ってから、シュラインが席から立ち上がる。
「じゃあ、私達も行きましょうか?」
 そう、みなもに声を掛ると、「はい」と短く答えてみなもも席から立ち上がった。
「では。また、後で」
 2人に艶然と桐伯が微笑むと、2人もにっこりと微笑を浮かべた。
「じゃあ、何か分かったら連絡するわ。・・・また、後でね」
 シュラインはそう言うと、みなもを促して店から出た。
 出る間際、桐伯と目が合ったみなもが軽く会釈をする。
「さて、と」
 2人の後姿を見送ってから、桐伯は息を吐いてパソコンのディスプレイへと目を移した。


<2>

 ダージエルは、今まで居た世界と異なる世界に来ていた。

 霊界。

 そう呼ばれている、世界。人が生を終えた時、魂を受け入れる・・・世界。
 生を受けている人間ならば躊躇うであろう世界でも、ダージエルには関係なかった。彼にとっては、何よりも親しみやすい世界だ。
「あ・・・・」
 何時もの場所に彼女は居た。
 霊界で裁きを待っている、ダージエルの婚約者。変わらぬ美しさを称える人。
「少し、話を聞きたい」
「・・・お話、ですか?」
 彼女の隣に座り、ダージエルは依頼の事を鮮明に話す。
 その話を聞いた彼女は、思い出したように言葉を紡ぎだす。
「そういえば、先日。1人の男性の方が霊界から去った、と。そういう話を聞いた事があります」
「何?」
「詳しい事は、分かりません。けれど、その男性の方は最大の罪を犯し死んでしまった。と、そう聞いています」
「最大の、罪?」
「・・・はい」
「人を殺したか?」
「いいえ」
 ゆるく首を振ると、小さな声で言葉を続けた。
「近親相姦です」
 ダージエルは驚く事も無く、彼女の話に耳を傾ける。
「罪を犯し、そして男性は妹に殺された。そう聞いています」
「そうか」
 一言だけ呟いて、ダージエルは立ち上がった。
「その男は妹に魂を召喚されたんだな」
「・・・・えぇ、禁忌とされている反魂の術を用いて」
「時間を取らせたな」
「いいえ。役に立てたか、どうか」
「十分に役に立っている。少なくとも、私達は思い違いをしていたという事をな」
「思い違い?」
「・・・『忘れ去られたジュリエット』は、私達の近くにいる」
 そう言い切って、ダージエルはその場を後にした。

<3>

 ディスプレイ上に浮かぶ記事とプリントアウトした紙を見比べながら、桐伯は溜め息を吐く。人目には、変わらない。少しだけ『変かな』と思う程度の記事。
(意味深な書き込みに後ろ暗い事のある男性が、心当たりの場所に行き『忘れ去られたジュリエット』と云う女性に殺されたのだろうと思っていたのですが)
 何となく、桐伯の直感が何かが違うと警告していた。
 記事の内容は、どれも『王子様』にあてたものばかり。
 そして、その内容は切実なもの。
(何が・・・引っかかるのでしょうか?)
 そして、桐伯はふと違和感を覚えた。
「・・・・王子様?」
 可笑しい。
 もし、これがシェークスピアの作品『ロミオとジュリエット』になぞらえているのであれば、『王子様』や『お姫様』と言った言葉は出てこないはずだ。あの話は、ロミオとジュリエット。それぞれの親が敵貴族の為に引き離された2人が、擦れ違ってしまい最後は心中という結果になってしまった。そういう話のはず。
 少なくとも『お姫様』や『王子様』という言葉は出てこない。良くて『お嬢様』などの言葉になるはずだ。
 投稿者名は、もしかすると意味なんて無いのかもしれない。
「何か分かったか?」
 後から声をかけられ、桐伯は見ていたディスプレイから目を離し後を振り向いた。
「いいえ。何も・・・ただ、気になる点は幾つか」
「そうか」
 ダージエルは桐伯の隣に座ると、ディスプレイに浮かんでいる記事を見ながら言葉を続ける。
「まじ、そちらの気になる点から聞いてもいいか?」
「えぇ」
 苦笑を浮かべ、桐伯は先程思ったことを口にした。
「と、そう思うんです」
「・・・ああ・・・。確かに」
 そう言ってダージエルは口を閉じ、それから開いた。
「だが、意味はあると・・・思うぞ」
「え?」
「これは、私の情報だが。少なくとも、この『忘れ去れたジュリエット』は失った恋人を再び、自分の元へと召喚するために悪魔に魂を売った事に違いはない」
「それじゃあ、『忘れ去られたジュリエット』の意味は?」
「話の中のジュリエットは、ロミオの後を追い死んだ。だが、現実のジュリエットは?」
「・・・・死んだロミオを甦らせようとした・・・・」
「そう考えるのが妥当だな」
「ちなみに、ダージエルさんの情報を聞いてもいいですか?」
 桐伯が言うと、ダージエルは1つ頷いた。
「『忘れ去れたジュリエット』は近親相姦という罪を犯した上に、『忘れられたロミオ』を殺した」
 その言葉に驚きを隠せない。桐伯はダージエルを見つめた。
「そ、れは」
「事実だ。反魂の術を使い『忘れられたロミオ』を甦らせようとしている」
「・・・・ふぅ」
 桐伯は溜め息を吐いて苦笑を浮かべた。
 自分が考えていたよりも、根が深い。
「やっかいな依頼になりましたね」
 そう言うと、桐伯の持っている携帯から着信音が鳴り響いた。携帯のディスプレイに浮かんでいる文字は、シュラインの名前だ。
「何か分かったのでしょうか?」
 そう呟きながら、着信ボタンを押す。
「はい。九尾です」
 ダージエルは、桐伯の話し声を聞くともなしに聞きながらパソコンのディスプレイに浮かんでいる記事を見つめる。
 もしも、『忘れ去られたジュリエット』が居るならば。ダージエル達の動きを見ているはずだ。恋人を呼び戻す為に悪魔にすら魂を売った彼女ならば。
「え?・・・すいません、良く聞き取れない・・・・。シュラインさん!?シュライ!!!!」
 桐伯は突然に途切れた電話に耳を押し当てる。けれども、電話から聴こえるのは、無機質な音だけ。
 舌打ちをして桐伯は電話を切る。
「何か、あったか?」
 さっと顔色を変えてダージエルが聞くと、桐伯は1つ頷いた。
「どうやら、私達は『忘れ去られたジュリエット』に歓迎を受けてないようです」
「だろうな」
 桐伯は立ち上がるとメモを取り出した。
「何かあった時のために、私も依頼人の住所を聞いていて正解でした」
「行くか」
「そうですね」
 そう言いあって、桐伯とダージエルはカフェを後にした。

<4>

 シュラインとみなもは依頼人の家へと来ていた。
「大きな・・・お家、ですね」
 みなもは呆然と立ちすくんでしまった。
 指定された場所の家は、もはや『屋敷』と言った方が正しい。塀が、どこまでも続いている。
「本当。ここら辺なんて、高級住宅街なのに。税金がすごそうだわ」
「あはは、本当ですね」
 みなもの乾いた笑いに、シュラインが微笑んで肩を竦める。
「ま、私達が用があるのは家の中だし」
「ええ。そうですね・・・家に用があるわけじゃないですものね」
 そう言いながらシュラインがインターホンを押す。
 数秒後。インターホンから、雑音交じりの声が聴こえてきた。
「はい?」
「シュライン エマと海原 みなもです。ご依頼の件で伺わせて頂きました」
「ああ・・・少し、待って下さい」
 そうインターホンが切れて、少しの間。カチリと何かが外れる音が聞こえてきたと思ったら、再びインターホンから声が聴こえてきた。
「どうぞ。門の鍵を開けましたので。中へお入りください」
 そして、ブツとインターホンが切れた音がした。
「すっごい」
 みなもの素直な感想に、シュラインは笑みを零した。
 門を開け、中へと入る。
 中は西洋風の庭で、目の前に建つ屋敷も洋風館だ。
「は〜〜〜、すごいなぁ」
「・・・・・可笑しいわね」
「え?」
 家の玄関まで、まだある。シュラインは、そう判断して言葉を素早く続ける。
「気をつけた方がいいわね」
「どうしてですか?」
「依頼人は『婚約者を殺された』と言っていた。でも、インターホンから客人を招き入れるまで・・・
まるで、ずっとこの屋敷に住んでいるかのように自然なものだったのよ」
「・・・え・・・」
 みなもは一言だけ漏らした後、ハッとしてシュラインを見た。
「婚約者。なら、まだ一緒に住んでない事だってある。仮に、一緒に住んでいるとしても、彼女のやり方は、とうていすぐさま身に付けられるものとは思えないほど自然なもの」
「もしかしたら、今回の依頼者は」
「犯人の可能性も高いわね」
 そうシュラインが言うと、みなもに視線を向けた。
「・・・気をつけて」
「はい。シュラインさんも」
「ええ」
 そう2人が頷き合うと同時に、数メートルまで近づいた玄関の扉が開かれた。


 通された部屋は、婚約者が使っていたという私室だった。
「このパソコンが、そうなんです」
 シュラインは依頼人である、彩に気をつけながらパソコンを起動してメールフォルダを開く。
 問題のフォルダには、やはりパスワードがかかっていて開かない。
 とりあえず、見れるメールを見つめながらシュラインとみなもは内容を読んでいく。
 しかし、内容はありふれたものだ。普通のメール友達同士で交わす他愛ない事。今日の出来事。家族とケンカした。友達に言われた事。
「ジュリエットからのメールは削除されているわね」
「・・・・ええ。私が削除しましたから」
「え?」
 みなもはシュラインをかばうように前に立つ。
「貴方」
 シュラインが、穏やかに微笑む彩を見つめながら言葉を失う。
「この掲示板には色々な人が来てくれる。そして、私が必要だったのは・・・私の書いた記事を見て、お遊び気分でも良い。メールをくれる男性だったの」
「・・・貴方が『忘れ去られたジュリエット』なのね」
「そう」
「どうして・・・じゃあ、どうして、助けを求める依頼なんて」
 彩はゆっくり動いて、部屋の中央に置かれているテーブルに指を置いた。そこには、ガラスのシンプルなデザインの写真立てが置かれている。
 シュラインとみなもの居る位置からでは、写真の映像は見えない。
「あと1人必要なの。お兄様を呼び戻すための生け贄が・・・血が繋がっている事なんて関係ない。関係ないのに、私達の両親は私とお兄様を離そうとしたの。酷い話でしょう?」
 そう言って、彩はみなもとシュラインを見つめた。
「だから、離れないようにお兄様を殺したの。それから両親も。・・・でも、気付いた。お兄様が居なくちゃ意味が無い。どうすればいいのか、分からなくて。お父様の書斎に色々な本があるのを思い出して、調べたわ。そうしたら、見つけたの。反魂の術の・・・悪魔に魂を売り渡す術のやり方が乗っている本を」
 みなもは息を整えながら、彩の話を促す。
「それで、メールで返事が来た人を殺したのですか?」
「私が直接手を下した訳じゃないの。私が呼び出した悪魔が、一人一人の魂を喰べてから突き落としていったそうよ。魂を喰べてしまった後の人間は狂うから・・・それだと、私が動きにくくなるわ。って言ったら、そうやって殺して行ってくれたの」
 歌うように言われ、シュラインは目を細めた。
「貴方は、自分の欲望の為に・・・人を殺す手伝いをしたの?」
「勘違いしないで?」
 鋭い目線で彩はシュラインを睨んだ。
「もともと、両親が私とお兄様を引き離そうとしなければ、こんな事にはならなかった。私達は、ただ一緒に居たかっただけなの・・・それなのに、ロミオとジュリエットの両親のように・・・・・・・・自分達の都合で私達を引き離そうとしたのよ」
「どこの親でも・・・やると思いますけれど」
 みなもは悲しげに目を潤ませて彩を見つめた。
「愛した人を引き離される悲しみは分かります。けれど、貴方のやった事は許される事じゃないです」
「許し?」
 彩は面白そうに2人を見て嘲笑を浮かべた。
「私は誰かに許してもらおうとも、認めてもらおうとも思わない。願いは、ただ1つよ」
 いったん言葉を区切って、彩はパチンと指を鳴らした。
「お兄様と・・・・一紀さんと一緒に居たい・・・ただ、それだけ」
 風が部屋の中に吹き荒れる。
 風の中に何かが居ると、シュラインとみなもの腕と頬に微かな痛みが走りぬけ、赤い血が線となって流れ出た。
「その為なら、私は悪魔にでも魂を売るわ」
「・・・・そう・・・」
 シュラインは携帯電話を取り出すと、彩に分からないよう桐伯の携帯番号を押す。そして、着信ボタンを押して、彩に向き合った。
「なら、どうして・・・掲示板に依頼の記事なんて書いたの?」
「あの掲示板は色々な人が集まるから都合が良かった。でも、1つだけ都合が悪い事があるって後から知ったの」
「あの掲示板で依頼を受ける人間がいる・・・私達のような人間が居る事ですね」
「ええ。そうよ」
 彩はみなもの言葉に頷くと、腕を上げて2人を指差した。
「計算外だった。このまま、あの掲示板で生け贄を探し続ければ、きっと・・・貴方達が邪魔しに来るって分かったから」
 だから。と言葉を区切る。
「逆に貴方達を生け贄にしようと思ったの」
 パシンと音がして、彩の指から風が塊となってシュラインの持っている携帯電話を突き抜ける。
「仲間を呼ぶなら遅すぎたわね」
「そんな事はありません」
 携帯電話を破壊された時に、同時に腕をも攻撃されバタバタと血を腕から流すシュラインの前に立ちみなもが彩をにらみつけた。
「あたしが相手をさせて頂きます」
「・・・・」
「シュラインさんも・・・もう、誰も傷つけさせません」
「そう。じゃあ、貴方の魂でお兄様を甦らせましょう」
 にっこりと彩が笑うと、部屋の中に風が竜巻となって激しく音を立てる。
「さようなら」
 その瞬間、目の前に見も知らない男性が残像のように現れた。
 構えていたみなもは、その残像に驚いて手の動きを止める。
「・・・お、お兄様」
 その彩の言葉に、シュラインとみなもは互いに顔を見合わせた。
(あれが・・・・)
(『忘れられたロミオ』・・・)
「お兄様・・・・甦られた、のですか?」
 彩が恐る恐る近づくと、男は緩く首を振って彩の頬に手を這わせた。
『もう、終わりにしよう』
「え・・・・・?」
『終わりに、しよう』
 言葉を続ける男に彩は、絶望的な目線を向ける。
 その目を見ながら、みなもはシュラインに近寄って血が流れている腕に自分のスカートを破り包帯代わりに巻きつける。
「大丈夫ですか?シュラインさん」
「ええ・・・ありがとう。でも、雲行きが何だか変な方向に行ってるわね」
「確か、生き返るのには後1人の生け贄が必要だったはずですよね」
「そう・・・・」
「何があったのかしら」
「俺が呼び出しただけだ」
 え?と、みなもとシュライン。そして、彩が声をする方を見ると、そこには金色の髪をなびかせて立っているダージエルと、苦笑を浮かべている桐伯がいた。
「案外、近くて助かりました。途中、タクシーの運転手さんに怒られてしまいましたがね」
「遅いあいつが悪い」
 にべもなく言い切り、ダージエルは腕を組んだ。
「大丈夫ですか?シュラインさん、みなもさん」
「はい・・・あたしより、シュラインさんの方が」
「私も平気よ。それより、呼び出したって?」
「未練があれば、その場所に魂は止まる。もしかしたら、ロミオを呼び出せると思ってな」
「そうしたら、当たったという訳です」
 桐伯はシュラインの身体を支えながら、そう言う。ダージエルも、みなもをかばうように前へと立ちはだかる。
「お兄様・・・お兄様」
 涙が零れるように、名前を呼び彩は男の膝元へと崩れ落ちた。
『分かっているのだろう?彩・・・もう、駄目だよ・・・俺は、君の元へ行けない』
「だ、だって!!!レスを返してくれっ」
『・・・俺じゃないよ』
 悪魔が。
 君の行為を続けるために仕組んだ罠。
「お兄様」
『彩・・・俺の可愛い彩』
「・・・・・・・ふぅ」
 彩は涙を零すと、男に手を伸ばして4人のほうへと目線を向けた。
「貴方達が、お兄様を呼んでくれたの?」
 その言葉に、ダージエルが頷くと彩は「そ、う」と微笑んだ。
「結局・・・私は馬鹿な夢を見ていただけだったんだ・・・・。ロミオとジュリエットは、2人とも死んでしまったけれど。私は、そうはならないって思って」
 力尽きたように彩は男を見上げて涙を零した。
「・・・・お兄様。ごめんなさい。私の所為で」
 その時、部屋の中に再び風が竜巻のように吹き荒れた。
「こ、これは!!!?」
「悪魔の仕業か!?」
 ダージエルと桐伯は、それぞれシュラインとみなもをかばいながら部屋の中を見渡す。
「呪縛・・・私が私に掛けた狂った呪縛の代償です」
 彩はそう言って微笑みかけた。
「魂を差し出す契約。2度と、人間に戻れなくても良い・・・もう1度、逢いたい・・・逢えたなら、何も望まない」
「何を言うんだ!!!!!」
 ダージエルは叫ぶと、目に見えないはずの悪魔に向かって天空剣を振りかざす。
「桐伯!!!!」
 そう名前を呼ぶと、桐伯は彩の身体に向かって糸を放ち自分の場所まで彩を運び込む。
「悪魔よ、人間の弱気部分に漬け込む所業だけは変わらないな。私の目にとまった事、無に帰り後悔するがいい!」
「シュラインさん、みなもさん!彩さん、こちらへ!!!」
 ダージエルの攻撃の波動から3人を守るように桐伯が身体で壁を作る。
 パキンと音を立て、部屋の中に渦巻いていた風が途切れた。
「終わったか」
 そうダージエルが一言呟くと、男に頷いてみせた。
『彩』
 名前を呼ばれ、彩は顔を上げ桐伯の身体に守れていた身体を出した。
「お兄様」
『・・・さようなら』
 1番、この世で優しい言葉。
「・・・・・・・・・・・・・・」
 シュラインは彩の身体を抱き締める。微かに震える華奢な身体が、今は酷く頼りない。
「本来ならいけない事だが。彩と契約を結んだ悪魔を消滅させた。魂が喰われることはないから、安心しろ」
 ダージエルの言葉に男は頷いて、姿を、消した。
「メールに悪魔の言葉を綴ったんです。それを見た人は、悪魔に取り込まれる」
 彩はポツリと呟いて、シュラインに抱き締められるまま、うなだれた。
「結局・・・私、何も分かってなかった」
 ポロポロと涙を零して、彩は目を伏せた。
「もう、2度と。お兄様にも逢えない」
 そっと羽毛を撫でるように、みなもは彩の前に座り頬を撫でた。
「でも、貴方の心に・・・ずっと、居る。そうでしょう?」
「・・・・・・・」
「彩さん、貴方の心に」
 みなもの言葉に彩は、再び涙を零した。

<エピローグ>

 彩は警察へと自首した。後は、彼女が立ち直るのを祈るばかり。
「終わったわねー」
 シュラインは、そう言いながらイスに深く座る。
 4人は、再びネットカフェに来てくつろいでいた。
「後は、彩さんが立ち直ってくれれば」
「いいですね」
 みなもと桐伯が代わる代わる言うと、ダージエルが窓の外を見つめて呟いた。
「人間は、そう弱い生き物ではないから大丈夫だろう」
 運ばれてきたティーカップに口をつけて、やんわりと微笑む。
「そうね。きっと、乗り越えてくれるわ」
 シュラインが賛同すると、みなもと桐伯も頷いた。
「悲恋は、お話の中だけで十分ですからね」
 そう言って、桐伯は新しい記事に付いているレスに気付いた。

投稿a~××××
投稿者名.忘れられたロミオ
投稿内容.君を、ずっと想ってる。だから、生きてどうか幸せに。僕のお姫様。

 どうして、ずっと『忘れられたロミオ』なのか疑問に思っていたが、何となくだが分かったような気がした。
 きっと、彼は彼女が好んで人を手に殺めるような人でない事を知っていた。そして、彼も自分の為に人を殺して欲しくなんてなかった。傍にいれば分かっているはずの、2人の性格。けれど、運命が擦れ違い離れ離れになってしまったが為に分からなくなった。
 だから、『忘れ去られたジュリエット』であり『忘れられたロミオ』なのだ。お互いを必要としているのに、お互いを忘れていってしまった2人。
「次は、幸せになれるといいですね」
 桐伯は、そう言いながらレスにレスをつけた。
「どうかした?桐伯さん?」
 シュラインの言葉に桐伯は首を横に振った。
「なんでもないですよ」

投稿a~××××
投稿者名.T・K
投稿内容.ロミオとジュリエットは、誰にも知られない場所で。ずっと、一緒に幸せに暮らしました。

 そんな未来があれば、誰も悲しまない。
 きっと。
 誰も、忘れ去れたりしない。
 このお話の結末を。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1416/ ダージエル・ー / 男 / 999 / 正当神格保持者/天空剣宗家/大魔技】
【0332/ 九尾・桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー】
【1252/ 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生】
【0086/ シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
※並び順は申し込まれた順になっております。

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、朝井 智樹でございます(^−^)

 ダージエルさん、この度は拙い依頼にご参加頂き誠にありがとうございます(^−^)とても、嬉しかったです(^−^)
 九尾さん、海原さん、シュラインさん。再度の依頼へのご参加、誠にありがとうございます(^^)また、依頼を受けていただけて本当に嬉しいです(^−^)

 さて、今回のお話は有名なシェークスピアのお話『ロミオとジュリエット』を少し意識しています。あのお話、私は大好きなのですね〜。途中で、ロミオに向かって「男なら、ジュリエットを掻っ攫って地の果てまで行く根性見せろ〜」とか思っていたのは秘密ですが(言ってる、言ってる)
 そして、禁断の兄妹愛とかやっちゃって・・・。止まるところを知らない朝井です(止まれ)また、次の機会があれば、少しは暴走を止めようかなぁと自粛中・・・・。

 それでは、少しでもこの話を読んで『ああ、こういう話好きかも』、『うん、楽しかったゾ』と思っていただければ、これ以上の幸せはございません。
 また、どこかでお会いできることを祈りつつ。次はギャグをやりたいなぁとか考えている朝井からでした(^−^)