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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


≪死霊遊戯≫

【序】
「よーっす、夙(まだき)〜。今暇かー?」
 かなり暇人に見えるが、実はちゃんとした企業で働いている(筈)の矢蔦優治(やつた・ゆうじ)が、人形店『傀儡堂』にいつものようにやってきた。
 だが、肝心の店主の姿が無い。
 普通ならば「矢蔦さん、また仕事サボったんですか?」と冗談を言いながら笑って出迎えてくれるのだが、不思議な事に店内には人の気配が無い。
 閉店時には奥の部屋に仕舞われている筈の人形が飾り棚にきちんと綺麗に並べられてあるのだから、いるはずなのだが。もう一度呼びかけてみたが、返答は無い。
「‥‥っかしぃなぁ。‥‥ん?」
 店の中に入り、カウンター代わりになっているテーブルの傍に来て、彼は気付いた。
 ノートパソコンの電源が入ったままになっている。それだけならばまだ離席しているだけだろうと判断できたのだが、その傍らにあるパソコンのゲームソフトを発見し、自分でも分かるほど顔から血の気が引いた。
「‥‥あの、大バカ野郎っ!」

 最近、ネットで有名になっているゲームソフトがあった。その名前は『死霊遊戯』。開発者の名前も会社も知られていないが、ネットで販売されている為、比較的簡単に購入できる。
 だが不穏な噂もあった。

『このゲームに手を出すと死ぬ。』

 莫迦らしい噂だが、これは真実だった。一度このゲームをやったという人物が、大手サイトの掲示板に以下のような書き込みをしたのである。

『ゲームに引きずり込まれた後、死人の群れがやってきた。逃げている途中で生きた人間にも会ったが、そいつらもいつまで生きているか分からない。
 このゲームの中で死ぬと、死人の仲間入りをする。死んだら、後は生きている奴に殺される以外に道が無い。ゲームをクリアしたら助かるらしいが、それも何処まで本当なのかは分からない。
 私は運良く、羽のある生き物を見つけて現実に戻ってこれたが、またあのゲームをする気は無い。』

 だが、運良く帰還した者は少なく、ゲームに取り込まれた人々は行方不明となっていた。行方不明者の殆どがこのゲームに取り込まれたことを知った警察も、何人かの刑事が取り込まれてしまい迂闊に調査ができなくなった。
 夙もその一人になってしまったのは、言うまでもなく‥‥。

「‥‥て、事で。悪ィけど、手伝って欲しいんだ」
 申し訳無さそうに、竹刀を傍らにおいて‥‥優治は頭を下げた。

【壱:Into the Cyber-World.】
 ゲーム参戦者たちはそれぞれ武器を持って優治の前に集まったわけだが。
「‥‥‥‥えーと。‥‥みゆきちゃんはこっちか?」
「みさちゃんで〜す♪」
 方眼紙とペンを片手に持ち、元気よく挙手をする杉森みさき(すぎもり・−)。彼女の横には同じ顔立ちの少女、杉森みゆき(すぎもり・−)が竹箒を両手でしっかりと握り締めて立っていた。
 ショートカットがみゆき。柔らかな茶褐色の髪をリボンで軽くまとめているセミロングがみさき。そう髪型で判断する方が容易いのだが、顔だけを見て判断するのは優治にとっては難しいらしい。よって彼は出発前にプチ混乱を起こし、ある意味戦線離脱気味であった。
 杉森姉妹の見分けを完璧につけようとしている彼を放置し、店に立ち寄り話を聴いた参戦者たちは、店にある物で武器になるものを探し回った。流石に人形だらけで、カウンター代わりのテーブルの向こう側にあるドアは鍵がかかっていて入れない。
「‥‥正直、乗り気じゃないんだけどね‥‥あのヒト、胡散臭いし。可愛い子供じゃないし」
 そうぶつぶつと言いながら、紅臣緋生(べにおみ・ひおう)は店内を歩き回っていた。
「‥‥でも、知らない顔って訳じゃないし」
 ふと店の入り口に掛かっていた鏡に目を留めて、しばらく思案してから近寄った。そこに映る自分のルビーにも似た真紅の瞳を見ながら意識を集中させる。
「武器は‥‥何か使えるって訳でもないから‥‥」
 これで何とかするか、と独りごちて自分自身に邪眼の能力を発動させて暗示をかけた。
 一方。
「体感ゲームって、面白そう! ちょっと楽しみだな」
 海原みあお(うなばら・−)が椅子に腰掛けて足を揺らしながら、丸い可愛らしい銀の瞳を細める。その様子を見ながら、朧月桜夜(おぼろづき・さくや)も手元にある符や柄に呪の描かれた短刀などを数え、整理していた。
「あたしは現実でやってる事と大差ないわねェ。まぁ、あの矢蔦さん? イイ男だし、こういうのは得意だから」
 うふふと笑い、口元を手で覆いながらちらりと優治の方へと視線を向ける。向けられた方は、まだ杉森姉妹と睨めっこしたまま動かない。
「でもあなた、みなもちゃんと姉妹だったのね。彼女は元気?」
「うんっ!」
 にこにこと笑みを向けられて、桜夜の顔にも自然と笑みが浮かんだ。以前別口の依頼で同行していた少女とはそれほど親しい仲でもない。だが、一緒に行動した仲間なのだから忘れる事はできない。
 良かったわ、と柔らかい炎のような赤い瞳を細めて笑う。その微笑を見てみあおが少し顔を赤らめて笑みを返した。 
 既に武器を所持している沙倉唯為(さくら・ゆい)は、全員の準備が終わるまで店内の散策をしていた。ショーケースの中や棚の上に飾られた人形達を、壁に掛けられた照明から零れる明かりを反射する銀色の目で、飾られた人形をただ見ている。
 日本人形のような物があったり、本物のように精巧に作られた動物の型までもある。その中に、籠に入れられた鳥を見つけ、それを凝視したまま優治に声をかける。
「おい、優治。この籠は使えないか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 無言。
「‥‥おい?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「優ちゃん、今壊れちゃってるよぉ」
 代わりに少女の声が聞こえて、カウンターの方へと振り返る。みさきが笑顔を浮かべながら唯為を見て言った。
「頭から煙出ちゃったみたい」
「‥‥‥‥‥‥‥‥阿呆が」
 深々と溜息を吐いて、鳥籠を手に取った。中にあった鳥を掴んで棚に置こうとした所で、みゆきが慌てたように手を伸ばす。
「夙さんの作った物だから‥‥乱暴に扱っちゃ駄目です」
 片手に箒を握り締め、小刻みに震えながらそう訴える目の前の少女をしばらく眺め、伸ばされた手の上に静かに置いた。籠を抱えてカウンターに戻ったところで、頭から煙を出している優治の頭を軽く(それでもかなり痛そうな音はしたが)殴りつけた。
「おぉっ?」
「『おぉっ?』じゃない、準備できたぞ。行くなら早く行った方がいいだろう。それと、お前は説明書とこれを持っていけ」
 鳥籠を押し付け、自分は鞘に収められた刀だけを持って他の参加者を待っている。
 みあおは桜夜の準備が終わったと同時にカウンターへと戻り、緋生も店の何処に置いてあったのか分からない角材を手にして傍に立っている。みさきとみゆきも、飾られていた紅い髪の騎士人形『アルマンダイン』を持って優治を見ている。
「‥‥それじゃ、行くか。全員、ちゃんとスタートボタン押してから来いよ!」
 そう言って、マウスを動かし、カーソルを[START]に合わせてクリックした。

【弐:People who fell.】
「‥‥予想以上だな」
 唯為が響き渡る悲鳴に対して素直な感想を述べる。
 仮想世界でのスタート地点は寝所で、これでもかと言わんばかりに布団が敷きつめられている。片隅でうずくまっている子供を発見したみあおが、特に怖がる素振りも見せずに話し掛けた。
「こんにちは」
「‥‥ここは休憩所だよ。ここだけは、死霊が入れないようになってる。怪我したらここで休んでいってね」
 膝を抱えたまま微動だにせず、そうぼそぼそと消え入りそうな声で話す。
 だが、此処で怪我をしたから休みますと堂々と言える者がいたら凄いかもしれない。襖や障子向こうからは、絶え間なく悲鳴や銃声、更には謎の撲殺音まで響き渡っているのだ。
 その前に、スタート地点として扱われていた所為か、人の足跡が大量に付いていて休む気も失せる。
 悲鳴が響く度に、みゆきが身体を震わせて箒を握り締める手に力を入れた。
「‥‥‥アンタ、顔色悪いよ」
 緋生が横に立っている優治の肩に手を置き、そう呟いた。優治はからくり人形のように首をカタカタと動かし、ぎこちの無い笑みを浮かべる。これはこれである意味怖いかもしれない。
「や、すまん、あのな、俺、こういうの、苦手なんだは‥‥」
 先に言えよ。
 口にこそ出さないが、全員が心の中でほぼ同じタイミングでツッコミを入れる。
 だが此処で立ち止まっている余裕もなく、緋生と唯為を先頭にして障子戸を開いた。中庭と思われる場所には、累々と何かが横たわっていた。それが死霊だという事は良く分かるのだが、動かない所を見ると誰かに倒されたのだろうか。
 それらを無視して廊下を進もうとした途端、横たわっていた死霊たちが一斉に起き上がり、全員に飛び掛ってきた。
「い‥‥‥‥‥‥っやあぁぁぁぁぁあっ!!」
 ばしばしばしっと小気味の良い音を立てて、死霊3体が大きく飛んだ。
「みゆちゃん、凄いっ! 野球選手になれるよ!」
 みさきの嬉々とした声が聞こえているのかいないのか、彼女は箒を振り回して『悪霊退散』を文字通り行なっていた。みさきはと言うと、手にしている方眼紙とペンで現在地のマッピングを開始していた。脇には紅い髪の人形が抱えられている。
「みあおちゃん、下がっててね」
 札を取り出し、桜夜がウィンクしてみあおを下がらせる。彼女の力に反応し、札が淡い発光を見せた。
「みんなもちょっと下がって!」
 先頭2人が死霊を蹴り飛ばして腰を沈める。優治がまだ暴れているみゆきを押さえつけて桜夜に合図した。途端、風の切る音に混じり、雷光が走った。
「もう少し眠ってて頂戴っ!」
 光が鞭のしなるような動きを見せ、一条の雷が死霊たちの身体を貫いていく。呻くような声を上げ地に倒れ伏し、そのままぴくりとも動かなくなった。
「‥‥倒したのか?」
「威力の弱い雷撃よ。死なない程度に威力は落としたわ」
 クス、と妖艶な笑みを零して唯為に答える桜夜。ふと、優治がその死霊に再び群がり始めた『羽のはえた生き物』を発見し、鳥籠を見る。どう考えても隙間から出て行きそうではあったが、一応捕獲してみようと考えたらしい。庭に降り立ち、恐る恐る籠を開き、死霊に群がっていた‥‥ハエを一匹籠に収めた。
 途端。
「あっ」
 誰の声だったのかは分からないが、籠にハエを捕らえた途端、優治の姿が消えたのである。
「‥‥セーブしたと認められたんじゃないの?」
 緋生の淡々とした声が、屋敷に響く悲鳴の中冷たく響く。
 一分も経たない内に優治が今の地点に現れ、廊下を這い上がるように戻った。
「使えん奴め」
「籠渡したのはお前だ!」
 唯為の冷たい一言に、優治が噛みつくように怒鳴る。
「‥‥早く行った方が良いんじゃないですかぁ?」
 半泣き声を上げてみゆきが移動を訴えた。全員がその意見に賛成し、まずは中庭巡りから屋敷へと入る事となった。一階は順調に進み、みさきがつけていた方眼紙のマッピングもほぼ埋まる。
「上がる階段しか見当たらなかったね」
 みあおが横からそのマップを覗きこみ、あれこれと話し合う。
 その間にも主戦闘要員となった緋生と唯為、優治の3人が死霊を追い払っていた。桜夜も術を使おうとしたが、温存しておいた方が良いかもしれないという意見もあり、現在ではみゆきの宥め役に徹している。
 とりあえず階段を登ろうという意見に達し、二階へと向かった瞬間。
 先頭にいた緋生の髪が数本、最上段の階段に開いた穴と同時にぱらぱらと落ちた。
 すぐ後ろにいた唯為に手だけで下がるよう指示して、彼女に倣い全員が階段を下りる。
「‥‥拳銃持ってるのが、階段に待機してる」
 あのまま上がっていたら、恐らく頭を撃ち抜かれて死霊の仲間入りをしていただろう。
「でも、無事で良かったですね」
「何で気付かれたんだろ〜?」
 杉森姉妹が口々に言う。みあおが緋生を見上げ、口を開いた。
「おねぇさんの髪、紅いから目立つんじゃないかな」
 全員の視線が緋生の髪に集中した。だがその視線を受け止めても彼女は動じず、逆に胸を張って反論した。
「これは、アタシのスタイルだから‥‥変えらんない」
「いや、変えろとは‥‥」
 優治が苦笑を浮かべて言ったが、最後まで話す事は出来なかった。
 突然、全員の足元に大きな穴が開いたのである。
「‥‥は?」
「お?」
「え?」
「わ?」
「あ?」
「「「「うっそおぉぉぉぉぉぉぉ?!」」」」
 一瞬硬直した7人だが、重力には逆らえるはずも無く。
 黒い闇の中へと落ちていった。只1人、みあおだけは青色の小鳥に姿を変え、ゆっくりと皆の後を追った。

【参:Those who wait at heart.】
 桜夜が咄嗟に張った結界をクッションにしたお蔭で、床に叩きつけられる事は免れたが、先程とはまた違った雰囲気に全員の背筋に冷たいものが走った。
「‥‥凄い数ね」
 死霊の事に関しては専門家ともいえる桜夜がそう呟き、唯為も僅かに頷いた。だがすぐに鼻を鳴らして低く呟く。
「‥‥腐臭もな。程好く満ちていて、胸クソ悪い」
 少し遅れて小鳥の姿になっているみあおが到着した。元の姿に戻ろうとした途端、彼女に棒状の何かが襲い掛かった。それを見つけた唯為が鞘に収まったままの刀を振るい、棒を叩き折る。だがその先端についていた網のようなものに羽が引っかかり、バランスを崩したところをみさきが慌てて受け止めた。
「む、虫取り網‥‥?」
 慌てて網を外すとみあおは元の姿に戻り、網を遠くへと放り投げた。
「な、なんなの?」
「人か?! ‥‥やっと帰れると思ったのに!」
 7人の声とは違う絶望を含んだ声が暗がりから聞こえた。遠くから更に声が聞こえ、それを合図に明かりが灯り始める。虫取り網の棒を持っている男が、目の前で刀を手にしている唯為の姿を見て唖然とした。
 全員、まさかここで生存している人間に会うとは思わなかったらしく、目を丸くさせた。動じていないのも何人かいたが、男の後ろから聞こえてきた悲鳴と足音に緊張を走らせる。
「一人脱落者が出ましたー」
 とたとたと走ってきたのは‥‥夙。その後ろにも一人、みあおほどの小柄な少女が走ってきていた。
「‥‥あれ? 皆さんおそろいで‥‥矢蔦さんも。また仕事サボったんですか?」
 きょとんとした顔で足を止め、笑みを浮かべて言う。彼の間の抜けた顔を見て、全員が脱力した。
「夙‥‥‥‥‥‥」
「みゆきさんにみさきさんも‥‥あぁ、紅臣さんはお久しぶり。他の方々は初めまして。矢蔦さん、怪談苦手なのに良くこのゲーム始めたねぇ」
 誰の所為で来る羽目になったと思ってるんだ。
 一斉に非難めいた視線を投げるが、一人だけ突撃するように彼に飛びついた。
「夙さぁぁんっ!」
 へし折れて殆ど使い物にならない箒を投げ捨て、しっかりと抱きつく。
「あぁ、みゆきさんも駄目だったっけ」
 よしよしと頭を撫でて宥め、顔を上げて穏やかな笑みを浮かべる。だがすぐに表情を引き締めて、辺りに視線を向けた。緋生も何かに反応し、角材を構えて振り返る。奥の通路から壁を伝うような音が微かに聞こえ、それだけでなく床を這いずる音も響いてきた。
「よく無事だったね〜」
 のんびりとした声でみさきが笑う。
「みゆちゃん、いっぱいいっぱいだったもんね」
「そうみたいだねぇ」
 まだしがみついて離れないみゆきの頭を撫でて「頑張ったね〜」と保父さんのように言う夙。
 そんなほのぼの空間を無視して、桜夜が結界を展開した。が、僅かに遅れて、夙と共にいた男の胸が何かに刺し貫かれる。先端が尖った、ピンク色の妙な物体だった。それを見た唯為が舌打ちして刀の柄に手をかける。
「人型だけじゃないのか?」
「違うよ。羽のはえた生き物以外は、総て死霊になるみたいで‥‥あぁ、ほら。掃除屋が来るから早く離れよう」
 言うや否や、夙はみゆきを抱き上げ、目の前にいたみさきも抱えて、通路奥へ行くように指示した。彼に続いて、少女も走り出す。みあおが男の胸を貫いたものが何かを確認し、小さく身震いして桜夜にしがみ付いた。彼女を抱え、桜夜も夙と同じように走り出す。
 男の身体が軽々と浮かび、暗闇へと消えていく。彼が姿を消した先から、ずるずると這いずる音が聞こえてきた。
「茅環さん、『掃除屋』って何?」
 桜夜がみあおをしっかりと抱きかかえながら問い掛けた。夙は少し考えたようだったがすぐに苦笑を浮かべて答える。
「蛙。それもとても大きなものでね。死霊は食べなくて、此処のフロアに迷い込んできた生存者を喰う、そうプログラムされているみたいなんだ」
「‥‥食べられた人は、どうなるの?」
「どうなんだろう‥‥消化されるのかな」
 食べられてないから分かりません、と至極最もな答えを緋生に返し、走る。
 背後から風を切るような音が聞こえ、桜夜が僅かにスピードを緩めて札を取り出した。結界が発動すると同時に、先ほどのピンク色の物体が弾かれて床をのた打ち回る。
「蛙などという醜い物を斬るのは正直お断りだが‥‥容赦する必要が無いなら」
 そう言って刀の柄に手をかけ、細く息を吸った。
「‥‥我が魂と身に刻まれし真名、『櫻唯威』の名において‥‥『緋櫻』に命ずる。汝に掛けられた封印を解け、その力を解放せよ」
 彼の言葉の後に、しゃらん、という涼やかな音が鳴り、鞘に収まっていた銀色の輝きが通路の明かりを反射する。
「朧月、援護しろ!」
 鞘を投げ捨て、そう叫んで走り出す。札を取り出して集中を始める桜夜に連れ添うように、みあおが背に青色に輝く翼を広げた。
 夙がそれを見て感心したような声を上げる。
「あぁ、綺麗だね〜」
「お前も少しは危機感を持て!」
 優治がそう叫び、竹刀を振るって正面から来た人型の死霊を打ち飛ばした。彼の横で緋生が同じように角材を振るい、倒れかけた死霊を蹴り飛ばして遠くへとやる。
 夙に抱えられている杉森姉妹は前後で起こっている戦闘を見守っていたが、ふと夙の横に佇んでいる少女に目を向けた。歳は小学生低学年ほどの小さな少女だが、無表情で髪は白く長い。
「‥‥夙さん、この子は?」
「うん? あぁ、これかい? 僕の『武器』」
 笑顔でそう言ってのけると、天井を仰ぎ見た。
「‥‥無粋な蜘蛛がいるなぁ。『藤花(とうか)』、片付けておいで」
 彼の言葉に反応し、藤花と呼ばれた少女が壁に向かって走り‥‥左右の壁を足場にして天井へと飛び上がっていった。
「忍者みたーい」
 みさきが感心したように、夙に背負われたまま彼女の姿を見送った。
 一方。
 巨大な蛙が姿を現し、その大きな眼をぎょろりと唯為に向けて動きを止めた。しかし開いた口からはだらしなくピンク色の舌が床を這いずっている。
「気色の悪い‥‥」
 舌打ちして緋櫻を構え、腰を落とした。彼を敵だと判断したのか、蛙も舌を動かして様子を見る。その下がふるふると左右に揺れ動いたかと思うと、先端が西洋の槍のように尖り、唯為に向かって走り出した。
「『咲耶姫』!」
 桜夜が札を飛ばし式神を召喚する。彼女の言葉に反応して札が幼い少女の姿をとり、唯為の前に淡く輝く防御結界を作り出す。穂先がその結界に触れたと同時に唯為は地を蹴って大きく飛び、伸ばされている舌を足場にして更に飛んだ。
 ぎょろりと動いた黒い目に、緋櫻の刃先を向ける。
 そのまま突き立てるように刃を推し進めると、緑とも黒ともつかない液体が蛙の目から溢れ出した。かなり痛かったのか、舌を鞭のようにしならせて左右の壁に打ちつける。式神である咲夜姫が唯為と主である桜夜に結界を張った。
 金属同士を擦り合わせたような耳障りな音が響き、全員が顔を顰めた。
「おや?」
 そんな中で、夙が間の抜けたような声を上げて天井を見遣る。振り返った緋生の視界には、壁が揺れた衝撃で彼を目掛けて落ちてくる、二匹の巨大な蜘蛛が映った。
「矢蔦、竹刀振って」
 彼女と同じように振り返った優治が、言われるままに竹刀を横薙ぎに振るう。それを足場にして、緋生が宙を舞った。右足でまず一匹目を蹴り飛ばし、身体を捻って二匹目に左足の回し蹴りを食らわせて飛ばし、彼女自身は悠々と着地する。
「映画みたい‥‥」
 みゆきが感心したように呟き、緋生を見つめる。
 此処へ降り立つ前、鏡を見て邪眼をかけた。その内容は『自分は武芸の達人である』という暗示をかける為であり、その効果はまだ続いていた。
 吹っ飛んだ蜘蛛二匹は蛙の横に落ち、裏返しになったまま足を動かしてもがいている。その頭を唯為が緋櫻で切り落とし絶命させた。
 尚ものたうち回る蛙の舌を切り落とそうと、唯為と咲耶姫が動いた。だが動きが激しく、なかなか捕らえる事ができない。
「動きが速すぎるな」
「じゃあ、止めようか」
 唯為の呟きに、夙が答える。天井から壁を蹴る音が聞こえ、音が止むと同時に藤花が降りてきた。
「藤花、彼らの手伝いをしておいで」
 軽く地を蹴って走り出した少女は、桜夜とみあおの脇を通り過ぎて左右に手を広げた。
「えぇと‥‥名前が分からないな。日本刀のお兄さん、少し待っててね」
 のんびりした声が響き、同時に藤花の左右の手の指先から糸が発射される。それらが壁に突き刺さると彼女は走り出し、地面に指を突き立てたり、壁に向かって指を突き立てるなどの行動をとり始めた。彼女が動く度に、蜘蛛の糸のような物が張り巡らされていく。
「‥‥傀儡人形か!」
 唯為がそう叫ぶのと同時に、藤花へ蛙が舌を伸ばした。それを待ち構えていたように彼女が動き、腕を強く引いた。辺りに張り巡らされた糸が互いに寄り合って隙間を細くしていく。糸が引き絞られると、蛙の舌は糸に絡め取られて動きを封じられた。
「捕獲したよ」
 のほほんと夙が言い終わる前に、唯為がその舌を切り裂いた。緑色の液体が辺りに散ったが、それが己の服にかかる前に後退する。
「もっと下がって! 咲夜姫、行きなさい!」
 風が鳴り、主の言葉に反応して咲夜姫が姿を変えた。風の刃へと変わり、開かれた大蛙の口に命中する。そのまま縦に切り裂かれ‥‥その巨体は二分されて左右に広がり、そして姿を消した。
 だがその腹から出てきた、蛙に取り込まれた人々は死霊となって襲い掛かってくる。
「みあおに任せてっ!」
 桜夜の横にいた、青い翼を広げたみあおがそう叫び、翼を更に大きく広げる。
 翼から一枚一枚羽根が抜け落ちるように離れ、宙に漂った。蛍の群れのように漂ったそれは、みあおが振った手に導かれるように死霊たちに襲い掛かる。
『みんな、帰るのよ』
 音も無く死霊たちに突き刺さった青い羽根が輝きを増し、彼らを包む。光が収まった頃には、そこには何もいなかった。
「な‥‥何が起こったの?」
 夙にしがみ付いたまま、みゆきが問いかけた。
「浄化作用だね。いやはや、凄い」
 心底感心したような声に、みあおが振り向いて小さく笑った。
「でも、無理はいけないよ?」
「え? あ‥‥」
 がくりと膝を折り、倒れそうになった小さな身体を桜夜が支える。唯為が鞘を拾い上げ、刀に付着した蛙の体液を振り払ってから収める。
「‥‥ねぇ、もしかしたらさ」
 緋生が死霊を粗方片付けてから、みあおを見た。
「‥‥その子の力で、アタシ達も帰れるんじゃない?」
 全員の視線が、みあおに集中した。彼女は僅かに小首を傾げたが、やってみようと小鳥へと姿を変える。そして‥‥。

【肆:Return of Challengers.】
「無事に戻れて良かったね」
 アルマンダインをショーケースの中へ戻しながら、ソファに座っている全員へと振り返る。
 だが。殆どが疲弊し、中でもみあおと緋生の消耗は激しかった。帰還の為に小鳥へと変化し、現実へと戻ってきた時には力が尽きかけていたのだ。緋生に至っては長時間の暗示が精神的に影響を与え、更には慣れない格闘で暗示が解けた途端、身体に負担がかかった。
 精神的な面で言えば、みゆきと優治の二人もなかなかの物である。現実に戻って、やっと一息吐けたような顔になっているのは、仕方ないのかもしれない。
「それにしても、なんであのゲームを?」
 桜夜が出された冷たい甘茶に口をつけて問いかけた。
「ん? う〜ん‥‥最近流行ってるゲームがあるからって、お客さんに勧められたんだよね。説明書見たら武器を持っていけって言うから、あれを持っていったんだけど」
 そう言って、夙はカウンター横に座らされた藤花を指差した。小首を傾げ、みさきが近寄って彼女を眺める。
「本物の人間みたいだね〜」
「人形だよ。えぇと‥‥日本刀のお兄さん」
「沙倉だ」
「あぁ、沙倉さん。貴方は分かったみたいだけど」
 凄いね、と何に感心しているのか分からないが、笑顔で彼を見る夙。
 緋生がそんな夙を見ながら、ぽつりと小さく呟いた。
「‥‥やっぱ、胡散臭いわ‥‥」
「んあ?」
 彼女の呟きを掻き消すように、優治が説明書を見ながら叫んだ。
 横に座っていたみゆきと桜夜が左右から覗き込み、口々に「なに?」と言う。テーブルに説明書を叩きつけるように置き、ある一文を指差して彼は言った。
「‥‥説明書の文章が追加されてる‥‥」
 その一言に全員がテーブルに集まって覗き込んだ。説明書を前もって総て読んでいた夙も「あぁ本当だ」と呟く。

『セーブされる度に、ゲームの難易度が上がります。
 皆様、どうぞ次の参加の際は死霊にならないように、お気をつけ下さい‥‥。
 楽しみにお待ちしております。』


                        〜死霊遊戯・完‥‥?〜

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0085 : 杉森・みゆき(すぎもり・−) : 女 : 21 : 大学生】
【0444 : 朧月・桜夜(おぼろづき・さくや) : 女 : 16 : 陰陽師】
【0534 : 杉森・みさき(すぎもり・−) : 女 : 21 : ピアニストの卵】
【0566 : 紅臣・緋生(べにおみ・ひおう) : 女 : 26 : タトゥアーティスト】
【0733 : 沙倉・唯為(さくら・ゆい) : 男 : 27 : 妖狩り】
【1415 : 海原・みあお(うなばら・−) : 女 : 13 : 小学生】

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■         ライター通信          ■
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 西。です。締め切りです。‥‥‥‥す、すみませ(投石。)
 言い訳をさせていただくならば只一言。『今日片付けられる事は明日に回すな』という事です(何)
 ‥‥いえ、他に色々溜め込んでたワタシが悪いのですが。

 殆どの方が『夙の救出を最優先・第一』とされていたので、最奥のボスを希望されていた方には申し訳ないですが、此処でセーブさせて頂きました。
 「どうやってセーブされてるんですか?」という意見はご遠慮ください(笑)
 希望があるかどうかは分かりませんが、気力があれば続きを書きたいなと‥‥き、気力があれば(爆)
 ‥‥あるのかな。難易度高くなるとか書いてあるし。

 今回は内容も感想も、参加してくださった皆様に統一という形を取らさせて頂きました。
 本当は個別に感想を述べなきゃいけないんですが(汗) 本当に申し訳無いです。
 今度こそはもっと早く仕上がるように頑張ります!‥‥と言って、何度目だろう自分(爆)

 こんな体たらくですが、また後日見かけましたら遊んでやってください。
 今回のご参加、真に有難う御座いました!(平伏)