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異次元迷路
□■オープニング■□
「ねぇ三下君。あなた、異次元に行ってきてくれないかしら？」
三下を呼び出した麗香は、さらりとそう告げた。
「へ？ ……えぇぇっ?! い、異次元ですか?! 酷いですよ編集長ぉぉぉ、そこまで邪険に扱わなくても……ううっ」
「なぁに言ってるのよ、ただの取材よ」
「まったく鬱陶しいわねぇ」と続けて、麗香は三下に資料を手渡した。
「何ですかこれ？ ――異次元…迷路？」
「今月号の読者投稿欄に載ってから、それに関する問い合わせがどんどんと増えてきてるわ。来月号にその情報を載せたら、きっと反響は大きいはずよ」
「ううっ……で、でも……もし戻って来れなかったらどうするんですか?!」
涙目で問った三下を、麗香は手に持っていた書類を丸めて殴った。
「よく読みなさいよっ。当然本当に異次元というわけではないわ。ただ不思議なことに、誰もクリアできない迷路なの」
「何か仕掛けがあるんじゃないですか？」
「そう思うなら、自分の目で確かめてくる！」
麗香はそう言いながら、今度は三下の背中を押し出した。
「ふぇ〜ん、わかりましたよぉぉ」
「もちろんただ行くだけじゃダメよ。ちゃんと記事としても面白いものに仕上げること！」
「編集長のおにぃぃぃぃ」
エコーを残して、三下は準備へと向かった。その様子を見て、麗香は激しく不安になる。
「参ったわね……誰か一緒に行ってくれる人はいないかしら？」
※麗香が三下君に渡した資料。
・迷路は建物の中にあるため、空からの攻略は不可能。
・迷路は２階建てで、２階のベランダから手を振ることがクリア条件。
・迷路(建物)はかなり広く、中は真っ暗である。
・建物自体に電気が通っていないので、灯りがついたりすることはない。
・これまでにクリア者はいない。クリアできない者は皆、入った所(玄関)から出てくる。
□■視点⇒海原・みあお(うなばら・みあお)■□
「こんなにたくさんの方が手伝って下さるなんて、三下・忠雄感激ですぅ〜」
男の人に引きずられてやってきた三下は、集まっていたみあおたちを見ていきなり泣き出した。
「オーゲサだなぁ、三下は」
呆れた声でみあおが言うと、三下はいつものように反射的に謝る。
「すみません（ぐすん）」
皆がぎょっとした目でみあおたちを見たのは、みあおが誰に対しても呼び捨てだからかもしれない（ちなみに敬語だって使わないぞ）。
「えーと……とりあえず皆さん自己紹介お願いできますか？」
おどおどしながらも三下が仕切る。
「じゃー俺から」
と三下を楽しそうに引きずってきたお兄さんが手を上げた。
「俺は高杉・奏(たかすぎ・かなで)。よろしくな」
続いて隣の男の子。
「俺は守崎・北斗(もりさき・ほくと)。で、こっちが……」
「石和・夏菜(いさわ・かな)でーす！ よろしくね」
さらに隣の女の子が続けた。２人は知り合いらしい。
順にいったら次はみあおの番。
「みあおは、海原・みあおっていうの」
「よろしくな」
みあおが「よろしく」という前に、奏はそう言ってみあおの頭を撫でた。
（なんか……子どものお遣いの心境……）
みあおは小学校低学年くらいにしか見えないから、仕方ないんだけど。
「俺は大覚寺・次郎(だいかくじ・じろう)といいます。よろしくお願いしますね」
最後にスーツのお兄さんが自己紹介をした。これで全部だ。
「――で、あれが問題の迷路ですが……」
切り出した三下の視線の先に、皆が合わせた。目の前には２階建ての大きそうな（奥行きのありそうな）建物がそびえている。
「とりあえず管理人の方にお話を聞けるようセッティングしてありますから、受付の方へ行きましょう」
「あんたにしちゃあ珍しく用意がいいな」
歩き出そうとした三下の足が、からかった北斗の声でとまる。ぷるぷると震えていた。
（もしかして……）
「うぅぅぅ……どうせ話をつけたのは編集長ですよぉぉぉ」
思ったとおり、三下は泣きながら走っていった。皆笑っている。
「あのまま受付に駆けこんだら、受付の人は何事かと思うでしょうね……」
次郎が同情したように呟いた。でも皆、その反応も楽しみだから誰もとめない。
（可哀想な三下）
でもみあおも、とめないけど……うふ。
受付に行くと、既に迷路の管理人が来て待っていた。みあおたちは狭い受付の中テーブルを囲んでソファに座る。
「――ええと、皆さんはあの迷路が本当にゴールできるものなのかどうか、確かめにいらしたんですよね？」
最初に口を開いたのは、その管理人だった。
「まぁ……そうなりますね」
三下が頷きながら答える。
実際には何か仕掛けがあるんじゃないかと思って来たんだけど、結局は同じことだ。
ちなみにみあお自身は、迷路にはそれほど興味がなかったりする。ただ誰もクリアしていないのが気に入って、１人目になるべく来たのだった。
管理人は深く頷いて。
「そういう取材なら大歓迎ですよ。さすがに構造を雑誌に載せたいとかは困りますが」
「そ、そんなことはしませんよぉ！」
焦る三下の様子に、管理人は笑った。
「まぁあなた方を信じましょう。……ところで、皆さん懐中電灯を持っていらっしゃるようですが」
迷路の建物はすぐそこ。いつでも入れるように、皆持参してきた懐中電灯を手に持っていた。
「あら、中で懐中電灯を使うのはダメですか？」
夏菜が問いかけると、管理人は少し困ったような顔をして。
「うーん……普段は禁止していますが、まぁいいでしょう。ただ、懐中電灯があることで比較的簡単にゴールできてしまうかもしれませんね」
「――それは、懐中電灯で仕掛けが見えてしまうからですか？」
管理人の妙な発言に、奏が鋭い突っ込みを入れる。それに対し管理人は、はっきりと首を振って答えた。
「あの建物に仕掛けなんてありませんよ。それを示すために電気自体を通していないのもあるのですが……信じていただけないことが多いようで。それを確認していただくためにも、今日はぜひゴールしてもらわないと」
★
迷路の入り口――玄関の前。
まるで必殺シリーズのように６人並んで、こちら側に向いているベランダを見上げていた。
「あそこから手を振ればいいってワケか」
確認するように北斗が呟く。
「さて……じゃあ作戦はどうしましょう？」
相変わらず意見を求めるだけの三下に、呆れた口調で奏が告げた。
「１つだけ決まっていることがあるぞ」
「へ？ 何ですか？」
「三下。お前はここで待機だ」
「えぇぇっ、何でですかぁ?!」
（まったくこの人は〜〜）
「カメラ持ってるの、三下だけだもん。皆があそこから手を振って、他に誰が証拠写真撮るのよ」
「あ……」
みあおの発言に、皆の視線が三下の首から下がっている一応は高級そうなカメラに移った。
「うううぅぅぅ」
爪先立ちをした犬のように、三下は震えている。
「――それなら、こういうのはどうですか？」
ふと次郎が口を挟んだ。
「ちゃんとゴールできたという証拠があればいいのなら、ここから梯子でもかけて登って、手を振っている写真を撮る、と」
「お、いいね。俺賛成」
至極真面目そうに見える次郎だったけど、どうやら中身はそうでもないらしい。あっさりと賛成した奏とは違い、夏菜は不満そうに返した。
「え〜〜？ 中に入らないで終わっちゃうの？」
「いえいえ、どのみち中のレポートは必要でしょうから、適当に楽しく歩き回って読者の興味を惹く記事を書けるように頑張りましょう。ようは中からゴールする必要はないというだけですよ」
次郎がもっともらしく答える。
「なるほどな。俺ならあれくらいの高さなら楽に登れるし」
「どうして？」
北斗の言葉にみあおは思わず訊き返した。"あれくらいの高さ"といっても、普通の建物と同じ――３メートル以上はあるだろう。
すると夏菜が北斗の腕を取って。
「実は北ちゃん忍者なのよ！」
「え？ ホント？ みあお初めて見ちゃった」
妙に感動して、みあおは改めて北斗を見つめる。
（うーん、これが忍者か）
まじまじと見上げられて北斗は、視線をさけるように顔をそらした。隣で夏菜が笑っている。
「――あ、あのー……」
そこへ三下が、三下の癖に呆れたような声を挟んだ。
「皆さんロマンがないですよぉ〜。頑張って解いてやろうという気はないんですかぁ?!」
確かにそれも一理ある。みあおだって"１人目"にはなりたいもん。
「まぁそうだな。とりあえず１回は、適当に中に入って歩いてみよう。それでゴールできたらラッキーだしな」
奏の発言に皆頷いた。管理人の言葉が頭に残っているからだろう。
"懐中電灯があれば、楽にゴールできるかもしれない"
そうなればいいと思いつつも、それならそれでつまらないような気もして。
みあおは複雑な心境で、皆に続いて玄関へと足を踏み入れた。
それぞれに懐中電灯で周りを照らしながら、幅１メートルくらいの細い迷路を並んで歩く。分岐地点では何人かに分かれて先を見に行き、先が続いていそうな方へ皆で行くということにした。
バラバラに歩いてもいいのだけど、折角皆で来たんだし、次郎が１人で歩くのは怖い（極度の方向音痴で迷路の中で迷子になりそうだって）と言うので、お互いの居場所を確認できるこの方法を選んだのだ。
奏はみあおが迷わないように手を引いてくれた。だからみあおはお礼に、持参してきたお菓子やジュースを分けてあげた。これが助け合いというやつだ。
迷路の中はどんなふうかというと、壁が黒いだけでこれと言って変わった所はない。壁を叩いてみるとコツコツという音がして、結構丈夫そうだった。簡単に動きそうな感じではないけど……。
たまに行き止まりにあって、少し戻ったりしながら、みあおたちは"適当"に進んだ。会話も弾んで、十分に楽しかった。
（――あれ？）
やがてふと、みあおは空気の流れを感じた。
みあおは風を感じ取るのが得意だ。それは鳥の持つすべての能力をこの身に宿しているから。
（近くに階段があるのかな？）
外からベランダを見た時、ベランダのすぐ奥には大きな窓が見えた。それが閉まっていたから、外部と接点がないため直接的な風の流れは期待できない。
（でも、１階と２階の接点なら……）
それが気圧の差であれ温度差であれ、風の流れはあるだろう。
みあおが風の流れを感じる方向へ懐中電灯を向けると、次郎がそちらの方へふらふらと歩いて行くのが見えた。
（まさか次郎も？）
そして――
「あ、ありました！ 螺旋階段がありますっ」
★
２階も迷路かと思っていたら、普通のダイニングキッチンになっていた（めちゃ広くて、かなり違和感がある）。その奥にベランダが見える。
閉じていた大きな窓を勝手に開けてベランダへ出ると、すぐに外の三下が反応した。
「あぁぁっ、皆さん！ ゴールできたんですねッ?!」
ただ残念なことに、みあおの身長が小さすぎて三下の姿は見えない。
「！ わ」
すると奏が、ひょいと持ち上げてくれた。柵を越えて、三下がカメラを構えているのが見える。思わずＶサイン。
「――ああ、やはりゴールしましたか」
ちょうど写真をとり終わった後に、おそらくさっきの三下の声を聞きつけた管理人が受付から出てきた。
「上から下におりるのは簡単ですよ。ホラ、そこにポールがあるでしょう？ それを伝っておりればいいんです。まぁ腕力のある人なら登るのも簡単そうですが」
管理人が指を差した場所には、確かに国旗を掲揚するようなポールが立っていた。柵のすぐ近くだ。
「危ない方法だなぁ」
奏は呟いてから、みあおに「行けそうか？」と問いかけた。
「うん。みあお平気。とっても身軽だよ」
柵の上に下ろしてもらって、そのままポールに飛び移った。……といっても、そんなに距離はない。
万が一落ちてもいいように三下が下で待ち構えているけど、間違ってもそこには落ちたくない。
（いざとなったら飛ぶもん）
そんなことを考えながらスルスルとおりていった。
続いて北斗、夏菜、奏と難なくおりてきたけど、どうやらいちばん問題なのは次郎のようだった。かなり長い時間をかけて覚悟をしてから、ようやくおりてきた。当然下へ着いた時には汗びっしょりだ。
下に皆が揃うと、それを確認するように見回してから管理人は口を開いた。
「どうですか？ 何故ゴールできないのか、わかりましたか？」
その問いに、答えられる者はいない。
「……そうですね、マッピングしてみることをオススメしますよ。そうしたらわかると思います」
続けた管理人に、夏菜が元気よく返事する。
「はいは〜い、ちゃんと準備してきたよ！」
「俺も、通った場所がわかるようにいいもん用意して来たぜ」
北斗が続けた。
顔を見合わせて、全員で頷く。
（なんかワクワクしてきた）
ゴールそのものよりも、この迷路が一体どうなっているのか。
（楽しみ〜♪）
右手を壁につけて歩きながら、歩数を基準にしてマッピングしてゆく。
方位磁石を見ながらマップを書いているのは夏菜。北斗は夜光塗料を塗った画鋲を通過した壁に刺していき、同じ場所を通ったり壁が動いたとしてもすぐにわかるようにしていく。
そうしてかなりの時間をかけて完成させたマップ。
「あれぇ……？ こんな真ん中の広い所なんて、あったっけ？」
それを改めて明るい外で眺めた夏菜が、疑問の声をあげた。覗きこんだ皆も不思議そうに。
「んー……みあおも広い所なんてなかったと思う」
「確かに、右手を壁につけてはいたが、左にはちゃんと壁があったよな」
「でも壁を動かした形跡もなかったぜ？」
「これは一体……どういうことなんでしょう？」
首を傾げた。
（迷路で右手をつけて歩く理由）
それは迷路内をくまなく歩くためだ。普通に考えたら、それで行けない場所はないはずなのに……。
「――マップ見ながら、まっすぐそこへ向かって行ってみるか」
提案したのはやっぱり奏だった。
そこでもう一度、皆で（といっても三下以外）迷路に入ることにする。
例の場所は、真っ直ぐ向かおうとすれば玄関から驚くほど近い。さほど時間がかからずにたどり着いたそこは――
「何……？」
「え？」
「空間――じゃないな」
ちゃんと壁で埋まっていた。空間なんてない。ただその壁には、北斗が刺しながら歩いたはずの画鋲もなかった。
「まさか……」
そう声に出して、北斗は向こうへ回りこむ。
「やっぱり！ ここが階段のある場所だ……」
「！」
不思議な現象だった。
（もしかして、ここ消えてたの？）
そう思わずにいられない。
「異次元」
「！」
不意にした声は、みあおたちの中の誰でもなかった。
「それゆえに、異次元迷路と呼ばれています」
「管理人さん……？」
いつの間についてきていたのか、懐中電灯を振るとそこには管理人が立っていた。
「ここもマッピングしてみるといいでしょう。マップの空いた場所を完璧に埋められると思います。終わったら、２階へ上がってきて下さい」
管理人はそう告げると、自分はさっさと２階へ上がってゆく。
みあおたちは管理人の言うとおりマップを補完してから、２階へと上がったのだった。
★
「これは３次元でのみ許される究極の迷路です」
管理人が最初に口にしたのは、そんな言葉だった。
みあおたちが２階へ上がってみると、管理人はお茶とケーキを用意して待っていた。それがゴールへたどり着いた者へのご褒美のようだった。
ダイニングテーブルを囲んで、会話は続く。
「通常懐中電灯の携帯を許さないのは……壁に手をつけさせるためですか？」
問いかけたのは奏。それに管理人が頷く。
「そう。人が暗がりで転ばずに進むためには、壁に手をつけて歩くしかない。だからゴールにはたどり着けない。ゴールは１つの壁から隔離された場所にあるのだから」
「夏菜、手をついて歩けば絶対ゴールできると思ってた……」
そう呟いた夏菜と、皆は同じことを思っていただろう。もちろんみあおもだ。
「これはそれを逆手にとった迷路なんです。ゴールが迷路そのものと違う階層にある時のみ可能な」
管理人はそんな言い回しをしたけど、みあおはよく理解できない。すると解説するように次郎が口を開いた。
「そうですね。普通ゴールといえばそのまま外に出られる場所でなければ……ゴールというよりも通過点になってしまいますもんね」
（そっか）
もしあの階段の位置にゴールがあったとしても、出てこなければならないのならやっぱり通過点なんだ。
「２次元でこんな迷路を作っても何の面白みもないことは、わかっていただけましたよね？」
理解したみあおたちに、管理人は笑顔で告げた。
「だな。こんな紙の迷路なら、一目見ただけで道筋がわかる。何の捻りもない簡単すぎる迷路だ」
夏菜が描いたマップを、ヒラヒラと揺らして北斗が答える。
こうして図にしてしまえば簡単。けれど３次元では、永遠にすらなってしまう迷路。
（うん……楽しい！）
今までにない発見だった。
来てよかったと思った。
それからみあおたちは、三下が外で待っているのも忘れて。
管理人の作ってくれる料理に舌鼓を打ちながら、色んな話題に花を咲かせたのだった。
(了)
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号/ ＰＣ名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 1415 / 海原・みあお / 女 / １３ / 小学生 】
【 0367 / 高杉・奏 / 男 / ３９ /
ギタリスト兼作詞作曲家】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / １７ / 高校生 】
【 0921 / 石和・夏菜 / 女 / １７ / 高校生 】
【 1352 / 大覚寺・次郎 / 男 / ２５ / 会社員 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは＾＾ 伊塚和水です。
いつもご参加ありがとうございます_(_^_)_
今回は初めてのＰＣ様でしたので、緊張する反面とても可愛らしいキャラで楽しく書かせていただきました。イメージに合っているといいのですが……＾＾；
マップに関して。画像を用意してありますので、興味のある方はうちのサイトへどうぞ＾＾； わかりにくくて申し訳ないです(/_;)
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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