コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


白仮面の死神

■オープニング

「夢を、見るんです」
 ある日草間興信所をたずねてきたその少年は、そう言って力なく俯いた。
「それも、決まって同じ夢を……」
 少年の名は、日向晃といった。都内に住む某都立高校の3年生。学生服に包んだ少し細身の体躯と、優しげで、少し気の弱そうな風貌。一見どこにでもいるような普通の高校生だ。ただ一つ、濃い疲労と言い知れぬ恐怖の色を滲ませた、瞳の光を除いては。
「どんな夢かね?」
 草間武彦は興味深そうに、その眼を細めて問いかけた。
「死神が現れて……人を殺す夢です」
「死神?」
「全身を黒い衣に包んで……不気味な白い仮面に顔を被った殺人鬼。そいつが僕の夢に現れて、人を殺すんです……」
 そして、少年がその夢を見た48時間の後、彼の夢の中で殺された人物は、いずれも現実に変死を遂げていた。
 これまでに、既に四人。
「皆、会ったこともない、顔すら知らない人達でした。だから、ニュースであの人たちが亡くなったのを見て……僕、怖くて……」
「……確かに、ただの偶然とは思えないが……。それで、君の依頼とは?」
 武彦の問いに、晃はテーブルから身を乗り出して、答えた。
「真由を……僕の幼馴染を、助けてください!」
 その表情には、悲痛な彼の心情がありありと見てとれた。
「昨夜、またあの夢を見たんです。……真由が、あいつに殺される夢を……!」

■#1 日向晃

 ――夢の中の世界は、決まって一面の闇。
 そしてその闇の中に、闇よりもさらに昏い、漆黒の衣に身をまとった、『あいつ』が立っている。
《……死を。さらなる死を……》
 その顔を被う白い仮面が、闇の中で不気味な燐光を放つ。
 その姿はさながら、冥府へと連れ去る魂を狩る、死神のようだった。
《……我が飢えた魂を癒すものは、贄が放つ血潮と苦悶の叫びのみ……》
 あいつが男なのか女なのか、そもそも一体何者なのか、それは判らない。
 わかるのは、あいつが冷酷無比な、殺人鬼だということだけだ。
《……今宵の贄は……》
 あいつが、闇の一点を向いた。
 気がつくとそこには、一人の少女が立っていた。
 少し茶色がかった長い髪、人懐っこい大きな黒い瞳と、華奢な身体を包むセーラー服。
(……あれは!)
 その少女の顔には見覚えがあった。
 そして、彼女がこれから、どういう末路をたどるかも、わかった。
 闇夜を舞う烏のように、黒衣が翻り、あいつが少女の元へと奔った。
 一瞬の後に訪れる己の運命をいまだ知らぬ、哀れな『贄』のもとへと。
(やめろ! やめてくれッ!)
 そして――視界が、紅く染まった。

 ……また、あの夢を見た。
 目覚めると、全身がぐっしょりと汗で濡れている。
 最悪の気分だった。
 遮光カーテンの隙間から、朝の光がうっすらと僕の部屋に差し込んでいた。
 全身の震えは、汗で身体が冷えたせいだけではなかった。
 これまでにももう何度も、この夢を見た。
 だが。今日、夢に現れたのは――。
「やっと起きたの、晃? もう朝ご飯できてるから、早く降りてきて食べなさい」
 閉ざされた部屋のドアの向こうから、平和な日常そのもののような、母の声が聞こえてくる。
 ベッドから起きあがると、僕はこみ上げる吐き気を抑えながら汗に濡れた寝間着を脱ぎ捨て、制服に着替え始めた。

 家を出て、学校へと向かう途中、ぽん、と何者かが肩を軽く叩いた。
 一瞬、身を固くする僕。おそるおそるその方向を向くと、細い指先が僕の頬をつん、と突いた。
「あはは。朝から何暗くなってんの?」
「真由……」
 あの夢の中に現れた時と、全く同じ姿で、彼女は微笑んでいた。
 僕の幼馴染み、三枝真由。
「おっはよっ」
「やめろよ。ガキじゃないんだから。今時こういうの」
 そう言って僕は頬に突きたてられた彼女の指を払う。自分の胸の中にどんよりとわだかまる、不安を払うかのように。
「そうよねー。『今時こんなの』にひっかかるほうもひっかかるほうだけどさっ」
 そう言って彼女は、愛らしく舌を出した。
「なんだかわかんないけど、最近暗いよぉ、晃」
 真由は心配そうに、僕の顔を覗き込んだ。
「何か心配事でもあるなら、ちゃんと言ってよね」
 僕は何も言わなかった。何も、言えなかったのだ。
「あんまり考え込んで歩いてると、危ないよ。ほら、最近通り魔多いしさ。こないだもニュースでやってたでしょ」
 僕を気遣ってか、冗談めかしてそう言う彼女。
 だけどその言葉は、より一層僕の不安と確信をよりどす黒く確固たるものに変えていった。
「真由……」
「ん、なになに?」
「……いや、なんでも、ないんだ」
 僕は、失いたくない。
 真由を失うわけにはいかない。

 そしてその日の放課後、僕はまっすぐ家へ戻らず、草間興信所を訪れた。

■#2 集められた者たち

「なるほどなあ……」
 淡兎・エディヒソイは日本人離れしたその容姿とは明らかに似つかわしくない、関西なまりのイントネーションで、そう呟いた。
 透き通るような白い肌と美しい銀色の髪。繊細さを感じさせるその表情もまた、彼の内に流れるロシア人の血からくるものか。
 テーブルを挟んで正面に座る、学生服姿の少年――今回の件の依頼者である日向晃を、眼鏡の奥の青い瞳が射るように見つめる。
 少年の語ったその言葉が、果たして嘘偽りないものなのかどうか、仮に真実であったとして、彼の妄想に過ぎないのではないか。それを確かめるかのように。
「あんたがその夢を見る度に、実際に殺人が起こる、か。しかも今度夢に現れた被害者は、幼馴染みの女の子……っちゅうわけやな」
「はい……」
「そのお話が本当だとしたら、確かに厄介だ。わざわざ草間氏が私達に調査を依頼してくるわけですね」
 淡兎の隣に座っていた長身の青年――宮小路皇騎が呟くように言った。
 女性と見まごうほどの長く美しい黒髪と、端正な美貌。そこに浮かぶ表情は、晃から聞かされた状況に真剣に思いを巡らせているようにも、愉しんでいるようにも見える。
「予知夢の類という可能性もあるにはありますが……果たしてそういったことが起こりうるものなのか、ですね」
「……あたしは、日向さんのお話を信じます」
 確信の響きが宿る澄んだ声で、日向の隣に座っていた少女――海原みなもが言った。
 海の色を思わせる青い髪と、青い瞳。まだあどけなさを感じさせるその愛らしい表情は、この場にいる誰よりも若い。
「根拠はありませんけど……でも、日向さんの瞳は、嘘をついていない。あたしはそう思います」
「俺も信じるぜ」
 無駄なく鍛えられた体躯に、ジーンズとTシャツという出で立ちで、ソファの背後に立って腕組みをしながら話を聞いていた青年がみなもに賛同した。
 彼の名は五代真。年齢の差はあれ、一応学生という身分にある他の面々とは異なり、彼は『便利屋本舗』という会社から派遣されてきたれっきとした社会人だ。年齢こそ宮小路と同じ、二十歳ではあるが。
「それに、あんたの気持ちもよく判る。俺にも浮羽って幼馴染み……っちゅーか、腐れ縁っちゅーか……そういう奴がいてよ。そういう話を聞かされちゃ、放っておけねえ」
(単純やなあ……)
 淡兎は今時珍しい五代のストレートさに肩をすくめつつ、小さく微笑した。
「せやけど、今聞いた話だけじゃ何ともできへんな。その死神っちゅう奴に心当たりはないんか?」
「全く、ないです……顔は仮面で隠してましたし、全身も黒い衣を纏ってて……」
「ふむ。じゃあ、手口や。どないな殺し方をするんや?」
「それは……」
 晃の表情がより深刻なものになった。
「よくは……覚えていません……」
「覚えてない? でも、殺してるのはわかる?」
「はい……」
「場所とかはどうなんだ?」
 五代が頭をぼりぼりと掻いて、そう問うた。
「場所……」
「その死神野郎がその子を襲ってた場所とか、時間帯とかだよ」
「そうですね。もしそれが予知夢なのだとしたら、犯行時刻や場所を予測することができるかもしれません」
 宮小路もうなずいた。
「……すみません。そこまでは、はっきりとは……」
「大切なことなんだぜ。はっきりと思い出してくれ」
「思い出せないんです……。思い出そうとしても、頭の中に霧がかかっているみたいになって……」
 こめかみを手で抑えて、苦しげにうめく晃。
「あまり無理させちゃダメです、五代さん」
 晃を気遣うみなも。
(覚えてへんっちゅう事は、夢の中で見てはおるんやろう……まるで思い出すことを無意識が拒絶してるみたいやな。よっぽどショックな光景やったんか、あるいは……)
「……ひとまず、これからのことを考えましょう」
 宮小路の言葉に、全員がうなずいた。
「この件に関しては、少し人手を分けたほうがよさそうですね。彼が見るようになった死神の夢と、現実で起こっている通り魔殺人の因果関係。そして死神――犯人の正体について、もう少し詳しく調べる必要があるでしょうし……それとは別に、狙われているというその子の護衛も必要でしょう」
「じゃあ二人ずつ、調査班と護衛班に分かれたらどうでしょうか」
「だったら俺は、護衛の方に回るぜ。いろいろ難しいことを考えるのはあんまり得意じゃねえしな」
 みなもの提案にうなずいて、五代はにっと白い歯を見せて笑った。
「私は調査の方に回りましょう。女の子の護衛役も悪くはないんですが、少し気になることもありますからね。……日向さん、後でもう少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか」
 宮小路の言葉に、戸惑いながら頷く晃。
「あたしも、調査のお手伝いをさせてください。きっと何か手かがりが見つけられるはずですから……何かわかり次第、あたしも護衛の方に回ります」
「じゃ、残ったうちは、便利屋さんと一緒に真由ちゃんの護衛ってわけやな」
 淡兎はソファから立ちあがった。
「皆さん……」
 晃は四人に、深く頭を下げた。
「どうか、真由のことを……お願いします」
「大丈夫だ、安心しろ。俺達が真由ちゃんを守ってやるから」
 元気づけるように、五代の手が、ぽん、と晃の肩を叩いた。

■#3 消えた真由

 淡兎と五代が三枝真由の自宅を訪れた時、時刻は夜7時を回っていた。
「しかし、どうやって状況を説明すりゃいいんだ?」
「そりゃ、ありのまんま、言うしかあらへんやろなあ……」
 素直に信じてもらえるかどうかはわからないが。
 玄関前のインターホンを鳴らすと、母親らしき女性の声がスピーカーから聞こえた。
《はい、どちら様でしょうか》
「こちら、三枝真由さんのお宅ですかね。我々は草間興し……むぐっ」
 大慌てで五代の口を塞ぐ淡兎。
(ありのまんますぎるっちゅうねん! 草間興信所の人間やなんて言うたら、変に警戒されるだけやろ!)
 そして代わりに告げる。
「あ、うちら、日向晃君の友達ですねん」
《……あら、晃ちゃんの?》
「え、ええ。それで、日向君から頼まれ事をされましてん。そないなわけで、真由さんにお会いしたいんでっけど、今おられますやろか?」
《それがね。もう学校からとっくに帰ってきててもいい時間なのに、まだ戻ってないのよ。もしかしたら、晃ちゃんのところにお邪魔してるのかと思ってたんだけど……》
 二人の表情が厳しくなった。
 まさか……遅かったのか?
「ほな、ちょっと心当たりを当たってみますわ。もし見つけたら、お母さんが心配してはったから、はよ帰りって伝えときますわ」

         ※         ※         ※

「ああ、まだこっちには戻ってきてないみたいだぜ」
 携帯で、宮小路に現状を報告する五代。
「依頼人にどこか心当たりがないか、聞いてみてくれねえか?
 ……そうか、それじゃ仕方ねえな。とりあえず、エディーと一緒に、この辺りを探してみるさ。また何かわかったら連絡くれ。ああ、頼むな」
 そして電話を切った。
「……向こうはどないやって?」
「宮小路が言うには、やはりこれまでの4件の通り魔事件は、依頼人が夢を見たその数日以内に発生してる。手口はいずれも鋭利な刃物による刺殺。それも、わざと急所を外して、致命傷にはならない程度に切り刻んでやがる」
「嬲り殺しってわけかいな……最近の死神っちゅうんは、ずいぶんと悪趣味やな」
 うんざりしたように、淡兎は肩をすくめた。
「依頼人はもう家に帰したそうだ。時間も時間だしな。俺は一旦、真由ちゃんが依頼人の所に行ってないかどうか見てくるぜ。エディーはどうする」
「せやったら、うちはここで待っとくわ。もしかしたら行き違いで彼女が帰ってくるかも知れへんしな」
「じゃあここで待っててくれ。念の為に学校も見てくるから、その間に彼女が帰ってきたら携帯で知らせてくれ」
「わかった」
「くれぐれも用心しろよ、エディー」
「その言葉、そっくりあんたに返したる、便利屋さん」
 二人は笑い合った。

         ※         ※         ※

 五代と別れた後、淡兎はすっかり日も落ちた住宅街の路地の影から、三枝家の玄関を監視し続けた。
 腕時計を見ると、既に10時。
 三枝真由は決して、親に無断で遅くまで遊び歩くタイプの少女ではなかった。それだけに、こんな時間になっても帰らないのはおかしい。
 さすがに淡兎の心の中にも焦りが芽生え始めた、その時――。
(あれは……)
 いつの間に現れたのか。
 ぼんやりと黒い影が、三枝家の玄関の前にゆらりと立っていた。
 路地の薄暗さもあるが、生身の人間にしては、輪郭がぼやけ過ぎている。
(まさか、あいつが……!)
 意を決して、淡兎は影の前に飛び出した。
「おんどれの好きにはさせへん!」
 そして影に掴みかかる。
 不意の奇襲に、影は驚いたようだった。慌てて淡兎の双の腕をすり抜け、後ろに飛び退る。
(……速い……!)
 いまいましげに淡兎は影を睨みつけ、体勢を整えて身構える。
「……せやったら、これでどうや!」
 淡兎は眼前の影めがけて、己の中に封じられた力を解放した!
 ぐおん――。
 目に見えない何かが歪んだような音とともに、影が激しく震えた。アスファルトに舗装された地面が、強力な力で押しつぶされるようにへこんでゆく。
 淡兎・エディヒソイの切り札、重力操作の能力であった。自分を中心とした半径5メートル以内の空間にら働く重力を自由に変化させることができ、また彼自身はその影響を受けない。
 増幅された重力の影響で、影は完全に身動きを封じられていた。
「年貢の納め時やな、死神!」
 勝利を確信した淡兎の声は、次の瞬間、驚愕の響きに変わった。
 ひざまづいた影の姿が煙のように溶け崩れて、その中から飛び出した鳥のようなものが、夜空へと飛び去っていったのだ。
 しばらく呆然と、その方角を見つめて。
 影の立っていた足元をふと見ると、破れた白い紙のような物を見つけて、拾い上げた。
「これは……」
「そいつは、式神を実体化する依代の符だそうだぜ」
 背後から聞こえた声に振り向くと、セーラー服姿の少女を背負った五代がそこに立っていた。
「あーあ、やっぱりあんたもやっちまったか」
「……どないなってるんや、これは……」
「あいつは、死神なんかじゃねえよ。宮小路の奴が余計な気を回して、護衛の手伝いによこした式神の片割れだ。……もっとも、もう一匹はさっき俺がやっつけちまったんだけどな」
「その子は……無事なんか?」
 五代の背中で、少女は気を失っていた。この子が三枝真由、らしい。
「心配ねえ、俺が相手してた方の式神を見て、驚いただけだ。まあ、普通の生活をしてれば、ああいったもんを見るのは初めてだろうからな。むしろ、事情の説明がしやすくなったってもんだ」

■#4 対決

「まさか、『御隠居』と『和尚』が倒されてしまうとはね」
「ろくに説明もしねえで、余計なことをするからだ。ま、いい運動にはなったけどな」
 五代の言葉に、宮小路は苦笑いした。
「それより、こんな手でうまくいくんか……?」
「ええ。海原さんのおかげで、死神の正体もだいたいの見当がつきました。獲物は必ず、罠に飛びこんで来るでしょう」
 淡兎、五代、そして合流した宮小路の三人は、三枝家の前で監視を続けていた。
 時刻は、まもなく午前2時になろうとしている。
「丑三つ時……か。得体の知れない死神とやらがうろつくには、似合いの時間だ」
「噂をすれば何とやら――やな。……来おったで」
 三人は路地の影に身を潜めた。

《……死を。さらなる死を……》
 澱んだ風が夜の世界を吹き抜けてゆく。
 夜よりもさらに昏い、漆黒の衣が風に舞う。
 不気味な燐光を放つ白い仮面の奥で、この世のものならぬ不吉な声が響いた。
《……我が飢えた魂を癒すものは、贄が放つ血潮と苦悶の叫びのみ……》
 不吉な死の匂いとともに、何処からともなく現れた白仮面の死神は、まるで肉体の重ささえ感じさせないかのように、夜闇の中を駆けた。
《……今宵の贄は――》
 その声に混じった響きは、憎悪とも、愉悦ともとれた。
 そして死神は、三枝家の前に降り立ったのだった。

「待っていましたよ、死神さん」
 死神の前に、宮小路が立ちふさがった。
 そして、淡兎と五代も、死神の周囲を取り囲むように、その逃げ道を塞いだ。
「ここから先は、行かせるわけにはいきませんよ」
 宮小路の美貌に不敵な笑みが浮かんだ。
「不動明王が加護、我が右手に宿らん! ――『羂索』!!」
 その右手にかざした符が燃え上がり、帯状の炎が生まれた。それは鞭のように鮮やかにしなると、死神の身体に固く巻きついた!
「逃がしはしませんよ」
 炎の鞭で死神をぎりぎりと締め上げながら、宮小路は死神の背後にいる二人に叫んだ。
「早く、その仮面を! それが『死神』の正体です!!」
 しかし、二人が死神をおさえつけるよりも早く――細く鋭い糸のようなものが凄まじいスピードで走り、その身体を縛る炎の鞭をずたずたに切り裂いた!
「……くっ!」
「しまった!」
 三人の一瞬の隙をついて、頭上高く跳躍する死神。
 そして、二階の部屋に面したベランダに着地する。
 そのガラス扉の向こうには、真由の部屋があるのだ。

         ※         ※         ※

 音も立てずにガラス扉を割り、死神が部屋の中に進入してきても、真由はベッドの上で布団に包まったまま、身じろぎひとつしなかった。
《さあ、愛しき我が贄よ……》
 ひゅっ、ひゅっ、という何かが風を切るような音がした。
 それは、仮面から生えた、細い毛のような糸だった。死神の仮面をひとつの生物とたとえたら、それは触手のようなものに近い。
 そしてその細い触手は、凄まじい速さで振り回されることによって、目に見えない刃のようになる。先ほど、宮小路の術を破ったのも、まさしくこの触手の刃に他ならない。
 死神の声が、より一層狂気の色を帯びた。
《その熱き血潮と苦悶の声で、我が飢えた魂を満たせ!》
 そして、刃がベッドの上の少女へ、奔った!
 ざしゅっ、という乾いた音とともに、引き裂かれた布団の羽毛が、白い雪のように飛び散った。
 ベッドには、先ほどまで眠っていたはずの少女の姿は、なかった。
 代わりに、布団と一緒に切り裂かれた呪符の破片が、舞い上がった羽毛と一緒にひらひらと舞い落ちた。
《バカな、これは――幻影だとッ!?》
 次の瞬間。部屋の影に身を隠していたみなもが、手にした短刀で死神の仮面を貫いた!
《それ……は……まさ……か……》
 短刀に貫かれた部分から、仮面にひびが走ってゆく。
「そう、破邪貝の殻を鋭く磨いて造られた、呪詛破りの短刀よ」
《そう……か……貴様、人魚族の……!》
「死者の骨と髪で作られた、忌まわしい仮面……ここはあなたのいる世界じゃない。還りなさい、永劫の闇の中へ!」
 この世ならぬ断末魔の声と共に。
 仮面はぼろぼろと崩れはじめ、そして灰となり散ってゆく。
 仮面の下にあったその素顔は……日向晃のものだった。
 呪縛から解き放たれ、床の上に倒れ伏した晃は、すでに息をしていなかった。

■#5 結末

「ご苦労だった」
 草間武彦は、全ての報告を聞いた後、四人にねぎらいの言葉をかけた。
「まさか、まだ現存している『白骨面』があったとはな。俺も、噂に聞いたことはあったが」
 白骨面。それは、はるか古に、人魚たちの一族によって伝えられ、呪詛に用いられた仮面であった。
 人骨と人髪を用いて造られたその面は、強力な怨念を宿し、所有者に人を超える妖力と、永遠の命をも授けるとされた。しかし、仮面の怨念はしばしば人を支配し、狂わせる。そして仮面に命を取りこまれ、人は下僕となる。
 それ故にその存在を危険視した人魚たちによって、ことごとく破壊され、封印されてきたのだった。
 晃は自分でも気づかないうちに仮面と出会い、支配されていた。
 夢の中で彼は、操られる自分の姿を見ていたのだ。
「彼にとっては可哀想ですが、これでよかったのかもしれません」
 宮小路が呟く。
「せやなあ。操られてたとはいえ、自分が4人も人を殺してたなんて知ったら、罪の意識と後悔は、生半可なもんやない」
「くそっ……」
 淡兎も、五代も落胆しているようだった。
 彼の望み通り、真由は守った。
 だが、彼を救うことは、できなかった。
「あたしは……そうは思いません」
 後味の悪い結末に、暗く沈んだ面々の中で、みなもだけは違った。
「あたし達では、救えなかった。それは事実ですけど……彼を救える人は、きっといますよ。あたしは、それを信じます」

         ※         ※         ※

 ――目覚めると、そこは真っ白な部屋だった。
 身体が重い。そして頭の奥が鈍く痛んだ。
 ずいぶんと長い夢を、見ていたような気がした。
 ……ここは……。
 ……僕は、一体……?

 僕には、名前も、記憶も、何もかもなくなっていた。

 いや。
 たったひとつだけ。

 ベッドに横たわった僕の胸によりかかるように、眠る少女の頭があった。
 ずっと泣いていたのだろうか。目元が真っ赤に腫れている。

 ……なんだろう、この気持ちは?
 懐かしい?
 いや……愛おしい。

 その少し茶色がかった髪にそっと触れると、彼女は目を覚ました。
 そして、驚きと、歓喜に満ちた表情で、一言だけ囁いて、彼女はまた泣き出した。

 ――おかえりなさい。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
整理番号/    PC名    / 性別 / 年齢 / 職業
 1207 / 淡兎・エディヒソイ / 男性 / 17 / 高校生
 0461 / 宮小路・皇騎    / 男性 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)
 1252 / 海原・みなも    / 女性 / 13 / 中学生
 1335 / 五代・真      / 男性 / 20 / 便利屋

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 はじめまして、たおと申します。
 この度は、作品のご発注をどうもありがとうございました!

 実は今回のこの事件、依頼文(オープニング)を書いた時点で、僕の中で事件の真相から最後の結末まで全て決めていたつもりだったのですが、実際に参加してくださった皆さんがすごく個性的で魅力的なキャラクターだったのと、各PCのプレイングの内容が僕の予想を遥かに越えて面白いものだったので、ああすればもっと面白くなるな、だったらこれもやっちゃえ、などと欲張っているうちに、すっかり当初とは全く違った結末になってしまいました。
 ちょっと内容を詰め込み過ぎてまとまりに欠いているかな、という気もしますが……今回は各メンバーが単独行動をしている部分が結構あって、各キャラクター事に異なった事件の側面がいろいろと見えてくる、という形になってると思うので、他の参加PCのプレイングもチェックしていただけるとより楽しんでいただけるのではないかと思います(≧∇≦)/

 よろしければぜひ、またのご発注をお待ちいたしております。
 もちろん、感想・苦情などもぜひお寄せいただけると嬉しいかぎりです。