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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


メイド志願 実践篇

「箔が無いんだ、箔が」
「どうしたんですか? 急に」
 首をかしげながらも零が聞き及ぶと、草間はにやと笑って、言った。
「まともな仕事をしてるんだぞ、という箔だよ。それがあれば、変な怪奇幻想の世界に引きずりこまれることもない」
「……でも、浮気調査だとか、そういうのは嫌いだって、以前おっしゃってましたよね」
「それはそれ、これはこれだ」
 煙草を新しい灰皿でもみ消しながら、はぐらかしつつも言葉を次ぐ草間。
 何か考えがあるようだった――
「……調査書」
「調査書……が、どうかしたんですか?」
「こういう仕事をしました、という物理的な証。そういうのを資料として並べておけば、普通の依頼人に怪訝な顔をされることもない」
「されてるんですか?」
「怪奇探偵なんて不名誉な称号もあるしな……草間興信所――と言うよりは俺――としてはだな、まともな仕事で飯を食べたいと考えている。しっかり食べていた時期もあるしな」
「いつから、今のような仕事ばかりするようになったんですか?」
 素朴な零の疑問に、草間は手の甲を振り、にべも無く応えた。
「そんなことはどうでもいい。そうだ、あの会社なら資料のデータ化が進んでるから、生の調査書はなんとか返して貰えるかも知れない。でも、俺はここにいなけりゃならんしな……よし」
 デスクのチェアから立ち上がった草間の表情は、明るかった。
「零」
「なんです?」
「確か――」
 かつて内部調査を依頼され、調査報告書を提出した使用人派遣会社。
 その名前と、その会社に関係している人間の名を草間が口にすると、零は笑って、
「はいっ。じゃあ、資料の回収を頼む、ってことでいいんですよね? それでは、お話、通しておきますね」

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 ゆっくりと袖を通す。
 首筋のボタンを留め、背中からエプロンドレスの紐を襷状にかけて、縛る――
 素肌に直接触れる内布の感触はとても心地よく、まるで一枚皮を被せただけのような軽さすら感じられた。
「きつくないかしら?」
「……はい、大丈夫です」
 優しい口調に、神妙に応える少女――海原みなも。
 ふと、頭に、ふさ、とした感触を感じた。
 髪を抑えるように乗せられたそれに、軽く指をなぞらせる。
 素材が良かった。
 ……カチューシャ。
 ウェイトレスのバイトなどでも身に付けたことはあったが、それとは比べ物にならないくらいに装飾は細やかで、しかも軽かった。
 もちろん、それはアクセサリーだけではない。
 袖口やロングスカートの開き、肩口の加工――何もかもが至高の創りをされていた。
「はい、どうぞ」
 示されるままに、鏡を見る。
 自分の姿ながら、鳥肌もとい、鮫肌が立つような感覚をみなもは覚えた。
 ……これまで自分が見ていた、着ていたメイド服は、それは本当のメイド服ではなかったのだ。
 メイド服みたいなもので、メイド服ではなかったのだ……そう彼女に実感させるほどに高級、かつ優美であった。
「どうですか? 自分だけの服を着た感想は」
「嬉しすぎて、逆になんだか実感が薄いです」
 みなもの言葉に、着付けを終えた年若いメイドは微笑しつつ、
「活発に動けば、いやでも実感出来ますよっ」

  ◆ ◆ ◆

 海原みなもがバイト登録していた、とある使用人派遣会社。
 その会社の内部調査を以前に請け負っていた、草間興信所からの、当時における資料請求を――すでに資料部がデータ化を終わらせていたためか――同社は心良く了承した。
 その資料の選別と輸送が、両者と関係の深い彼女に委任されたのは、至極当然のことではあった。

  ◆ ◆ ◆

「失礼しまーす」
「……ん、どうぞ」
 ノックを二つ、書斎に入るみなも。
 中では大きな資料棚の脇……豪勢なビャクダン製のデスクで、資料部長が作業をしていた。
(……ろまんてぃっく、よね)
 黙々とPCのディスプレイを見つめながらテンキーを打つ彼を見つつ、みなもはそう思わずにはいられなかった。
 こうして御邪魔している洋館は、過去の資料保管場所であると同時に、文化的に価値のある財産でもあり、資料部長とその妻は、会社から建物自体の管理も任されているという。
 さっきも、その妻にメイド服の着方をはじめ、洋館の勝手その他を丁寧に教えてもらったのだが、その手際の良さにみなもは感心したものであった。
(奥さまがメイドさん、かぁ……)
「どうしたんだい? 時間は経つばかりだよ?」
「……あ、はい! それでは、はじめてもよろしいでしょうか!」
「はい、どうぞ。うるさくしても平気だからね」
 やんわりとした資料部長の言葉は、初仕事で緊張の坩堝にあるみなもにとって、とても優しかった。

  ◆ ◆ ◆

(……あった。ここからね――ちゃんと、草間興信所の印とか、押してある)
 綺麗にファイリングされた資料の中から目的の資料を見つけるのは、たやすかった。
 しかし、どうやらここからが本番でもあるらしかった。
「なかなか量があるだろう。焦らず、ゆっくり抜き出していって」
「は、はいっ」
 大判のファイルが12冊。
 会社一つの調査なれば、これだけで済ませているのは相当に要領が良いとも言えた。
(……草間さん、真面目な探偵もしてたんだ)
 ちょっぴり不謹慎なことを思いつつ、スッと大きく手を棚の上に伸ばす。
(……あっ。ちっとも引っ張られる感じがしない)
 身体を伸ばしても、着ている服がしっかりその動きに付いて来る感触に、みなもは驚いた。
 着衣が、まさしく身体の一部だった。
 下着や肌着のそれとはまた違った、しかし身体の線の動きを全く妨げられていないという、確かな感覚。
 ワンオフで作られた服の底力に舌を巻きつつ、みなもはその手にどんどんとファイルを抱えて行った。
「一つ三キロはあるのに、また随分と力持ちだね」
「あ、いやあ、まあ、そういう家系なんですー」
 はぐらかすその表情は引きつり笑いを浮かべていた。
「も、もしかして……し、知ってます?」
 何と無しに、みなもがカマをかけてみると。
「え? 何のことだい? 小さな人魚さん」
 やはり何と無しに、言葉は返って来たものだった。
 目の前に積み上げたファイルの塔に、ちょっとした揺らぎを感じつつ、みなもは強く心に思った。
(もう、気にするのよそう……おしごとおしごと)

  ◆ ◆ ◆

 みなもにして、身近で『現役』の仕事を見て分かることは、多かった。
 メイドとは、家事を代行するだけの存在ではなく、まさしく、奉仕という精神の塊なのだということ。
 一つ一つの仕草や行動が、全て他者を引き立てるためのルーチンワークなのだということ。
 そして、それを可能にするのは、自身のプライドと、底のない思いやり……一見矛盾したこの二者間の絶妙な境目に、使用人業というものが成り立っているのだということ――
「……私、何にも分かってなかったんですね」
「まあ、決して、華やかではないかもしれませんよね」
 休憩のための紅茶をキッチンの隅で入れつつ、妻でありメイドでもある先輩が、みなもに微笑みかける。
「もっと、内から輝き、にじみ出てくるものですよね。確かに、こういった服を綺麗だと思う人はそれなりにいます。でも、それ以上に機能的でしょう? 他はどうか知りませんけど――」
「全然機能的ですっ! 他の着れなくなっちゃうくらいです!」
 まくしたてるみなもに、彼女は苦笑しつつ、
「それに、奉仕する側も、仕える人間に相応しくなければなりません。真の意味で使用人を扱うということを心得ている人って、やっぱり人間的にも尊敬できるような人達ばかりですから」
「……だんな様も、そうなんですね」
 みなもが何気なく問うと、先輩メイドは頬を赤らめ、
「ま、まあ……だ、だんな様に関しては、もっと他の感情もありますけども」
「結婚しちゃったくらいですもんねっ」
「……し、仕事しましょ? ね?」
 焦る彼女を見つつ、みなもは強く心中に想った。
(魂から相応しくなってはじめて、こういう仕事してます、って言えるんだな)
 見かけではなく、人間としての意志。
 どのような仕事でもそうだ。
「少しでも、伝えられるといいですね」
「何を……ですか?」
 その笑みは、みなもにとって生涯忘れられないものとなった。
「仕事を通じて人と触れ合うということが、どんなことなのかということを」
「と言うと……?」
「普通の仕事にしろ、バイトにしろ、お金はもらえますし、そのためにすることでもありますよね。でも、そこからさらに、一歩進んだものの感じ方を――うーん、上手く言えないですね……」
「……でも、ちょっとはわかったような気がします」
 みなもの快活な応えに、先輩メイドは一瞬きょとんとしつつも、笑顔で聞き返した。
「差し支えなければ、教えて欲しいかも」

 みなもは自身たっぷりに、ポーズまで決めて言ってみせた。

「愛がなくっちゃね、ってことです♪」



                          Mission Completed.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/クラス】

【1252/海原・みなも/女/13/中学生】

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■         ライター通信          ■
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……どうも、Obabaです。

今回の依頼にご参加いただきありがとうございました。
・……と言うのも変な話でありますね(苦笑)

本チャンのサンプル文がUPされる以前にお申し込みして頂けてしまい
どうしたものかと思っていたのですが、
お寺様(笑)の「やれ!」というお達しと、
折り良く発注して頂けたシチュエーションノベルもあったということで、
完結連作という形を取らせて頂きました。
ちょっとした中距離走のようで、なかなかスリリングでした(!)。

内容に関しては……ごにょごにょ。
よろしければご意見ご感想ご文句、テラコンにてお待ちしております。

それでは激しくシーユーアゲン、失礼致します。
Obabaでした。