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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


白仮面の死神

■オープニング

「夢を、見るんです」
 ある日草間興信所をたずねてきたその少年は、そう言って力なく俯いた。
「それも、決まって同じ夢を……」
 少年の名は、日向晃といった。都内に住む某都立高校の3年生。学生服に包んだ少し細身の体躯と、優しげで、少し気の弱そうな風貌。一見どこにでもいるような普通の高校生だ。ただ一つ、濃い疲労と言い知れぬ恐怖の色を滲ませた、瞳の光を除いては。
「どんな夢かね?」
 草間武彦は興味深そうに、その眼を細めて問いかけた。
「死神が現れて……人を殺す夢です」
「死神?」
「全身を黒い衣に包んで……不気味な白い仮面に顔を被った殺人鬼。そいつが僕の夢に現れて、人を殺すんです……」
 そして、少年がその夢を見た48時間の後、彼の夢の中で殺された人物は、いずれも現実に変死を遂げていた。
 これまでに、既に四人。
「皆、会ったこともない、顔すら知らない人達でした。だから、ニュースであの人たちが亡くなったのを見て……僕、怖くて……」
「……確かに、ただの偶然とは思えないが……。それで、君の依頼とは?」
 武彦の問いに、晃はテーブルから身を乗り出して、答えた。
「真由を……僕の幼馴染を、助けてください!」
 その表情には、悲痛な彼の心情がありありと見てとれた。
「昨夜、またあの夢を見たんです。……真由が、あいつに殺される夢を……!」

■#1 日向晃

 ――夢の中の世界は、決まって一面の闇。
 そしてその闇の中に、闇よりもさらに昏い、漆黒の衣に身をまとった、『あいつ』が立っている。
《……死を。さらなる死を……》
 その顔を被う白い仮面が、闇の中で不気味な燐光を放つ。
 その姿はさながら、冥府へと連れ去る魂を狩る、死神のようだった。
《……我が飢えた魂を癒すものは、贄が放つ血潮と苦悶の叫びのみ……》
 あいつが男なのか女なのか、そもそも一体何者なのか、それは判らない。
 わかるのは、あいつが冷酷無比な、殺人鬼だということだけだ。
《……今宵の贄は……》
 あいつが、闇の一点を向いた。
 気がつくとそこには、一人の少女が立っていた。
 少し茶色がかった長い髪、人懐っこい大きな黒い瞳と、華奢な身体を包むセーラー服。
(……あれは!)
 その少女の顔には見覚えがあった。
 そして、彼女がこれから、どういう末路をたどるかも、わかった。
 闇夜を舞う烏のように、黒衣が翻り、あいつが少女の元へと奔った。
 一瞬の後に訪れる己の運命をいまだ知らぬ、哀れな『贄』のもとへと。
(やめろ! やめてくれッ!)
 そして――視界が、紅く染まった。

 ……また、あの夢を見た。
 目覚めると、全身がぐっしょりと汗で濡れている。
 最悪の気分だった。
 遮光カーテンの隙間から、朝の光がうっすらと僕の部屋に差し込んでいた。
 全身の震えは、汗で身体が冷えたせいだけではなかった。
 これまでにももう何度も、この夢を見た。
 だが。今日、夢に現れたのは――。
「やっと起きたの、晃? もう朝ご飯できてるから、早く降りてきて食べなさい」
 閉ざされた部屋のドアの向こうから、平和な日常そのもののような、母の声が聞こえてくる。
 ベッドから起きあがると、僕はこみ上げる吐き気を抑えながら汗に濡れた寝間着を脱ぎ捨て、制服に着替え始めた。

 家を出て、学校へと向かう途中、ぽん、と何者かが肩を軽く叩いた。
 一瞬、身を固くする僕。おそるおそるその方向を向くと、細い指先が僕の頬をつん、と突いた。
「あはは。朝から何暗くなってんの?」
「真由……」
 あの夢の中に現れた時と、全く同じ姿で、彼女は微笑んでいた。
 僕の幼馴染み、三枝真由。
「おっはよっ」
「やめろよ。ガキじゃないんだから。今時こういうの」
 そう言って僕は頬に突きたてられた彼女の指を払う。自分の胸の中にどんよりとわだかまる、不安を払うかのように。
「そうよねー。『今時こんなの』にひっかかるほうもひっかかるほうだけどさっ」
 そう言って彼女は、愛らしく舌を出した。
「なんだかわかんないけど、最近暗いよぉ、晃」
 真由は心配そうに、僕の顔を覗き込んだ。
「何か心配事でもあるなら、ちゃんと言ってよね」
 僕は何も言わなかった。何も、言えなかったのだ。
「あんまり考え込んで歩いてると、危ないよ。ほら、最近通り魔多いしさ。こないだもニュースでやってたでしょ」
 僕を気遣ってか、冗談めかしてそう言う彼女。
 だけどその言葉は、より一層僕の不安と確信をよりどす黒く確固たるものに変えていった。
「真由……」
「ん、なになに?」
「……いや、なんでも、ないんだ」
 僕は、失いたくない。
 真由を失うわけにはいかない。

 そしてその日の放課後、僕はまっすぐ家へ戻らず、草間興信所を訪れた。

■#2 集められた者たち

「なるほどなあ……」
 淡兎・エディヒソイは日本人離れしたその容姿とは明らかに似つかわしくない、関西なまりのイントネーションで、そう呟いた。
 透き通るような白い肌と美しい銀色の髪。繊細さを感じさせるその表情もまた、彼の内に流れるロシア人の血からくるものか。
 テーブルを挟んで正面に座る、学生服姿の少年――今回の件の依頼者である日向晃を、眼鏡の奥の青い瞳が射るように見つめる。
 少年の語ったその言葉が、果たして嘘偽りないものなのかどうか、仮に真実であったとして、彼の妄想に過ぎないのではないか。それを確かめるかのように。
「あんたがその夢を見る度に、実際に殺人が起こる、か。しかも今度夢に現れた被害者は、幼馴染みの女の子……っちゅうわけやな」
「はい……」
「そのお話が本当だとしたら、確かに厄介だ。わざわざ草間氏が私達に調査を依頼してくるわけですね」
 淡兎の隣に座っていた長身の青年――宮小路皇騎が呟くように言った。
 女性と見まごうほどの長く美しい黒髪と、端正な美貌。そこに浮かぶ表情は、晃から聞かされた状況に真剣に思いを巡らせているようにも、愉しんでいるようにも見える。
「予知夢の類という可能性もあるにはありますが……果たしてそういったことが起こりうるものなのか、ですね」
「……あたしは、日向さんのお話を信じます」
 確信の響きが宿る澄んだ声で、日向の隣に座っていた少女――海原みなもが言った。
 海の色を思わせる青い髪と、青い瞳。まだあどけなさを感じさせるその愛らしい表情は、この場にいる誰よりも若い。
「根拠はありませんけど……でも、日向さんの瞳は、嘘をついていない。あたしはそう思います」
「俺も信じるぜ」
 無駄なく鍛えられた体躯に、ジーンズとTシャツという出で立ちで、ソファの背後に立って腕組みをしながら話を聞いていた青年がみなもに賛同した。
 彼の名は五代真。年齢の差はあれ、一応学生という身分にある他の面々とは異なり、彼は『便利屋本舗』という会社から派遣されてきたれっきとした社会人だ。年齢こそ宮小路と同じ、二十歳ではあるが。
「それに、あんたの気持ちもよく判る。俺にも浮羽って幼馴染み……っちゅーか、腐れ縁っちゅーか……そういう奴がいてよ。そういう話を聞かされちゃ、放っておけねえ」
(単純やなあ……)
 淡兎は今時珍しい五代のストレートさに肩をすくめつつ、小さく微笑した。
「せやけど、今聞いた話だけじゃ何ともできへんな。その死神っちゅう奴に心当たりはないんか?」
「全く、ないです……顔は仮面で隠してましたし、全身も黒い衣を纏ってて……」
「ふむ。じゃあ、手口や。どないな殺し方をするんや?」
「それは……」
 晃の表情がより深刻なものになった。
「よくは……覚えていません……」
「覚えてない? でも、殺してるのはわかる?」
「はい……」
「場所とかはどうなんだ?」
 五代が頭をぼりぼりと掻いて、そう問うた。
「場所……」
「その死神野郎がその子を襲ってた場所とか、時間帯とかだよ」
「そうですね。もしそれが予知夢なのだとしたら、犯行時刻や場所を予測することができるかもしれません」
 宮小路もうなずいた。
「……すみません。そこまでは、はっきりとは……」
「大切なことなんだぜ。はっきりと思い出してくれ」
「思い出せないんです……。思い出そうとしても、頭の中に霧がかかっているみたいになって……」
 こめかみを手で抑えて、苦しげにうめく晃。
「あまり無理させちゃダメです、五代さん」
 晃を気遣うみなも。
(覚えてへんっちゅう事は、夢の中で見てはおるんやろう……まるで思い出すことを無意識が拒絶してるみたいやな。よっぽどショックな光景やったんか、あるいは……)
「……ひとまず、これからのことを考えましょう」
 宮小路の言葉に、全員がうなずいた。
「この件に関しては、少し人手を分けたほうがよさそうですね。彼が見るようになった死神の夢と、現実で起こっている通り魔殺人の因果関係。そして死神――犯人の正体について、もう少し詳しく調べる必要があるでしょうし……それとは別に、狙われているというその子の護衛も必要でしょう」
「じゃあ二人ずつ、調査班と護衛班に分かれたらどうでしょうか」
「だったら俺は、護衛の方に回るぜ。いろいろ難しいことを考えるのはあんまり得意じゃねえしな」
 みなもの提案にうなずいて、五代はにっと白い歯を見せて笑った。
「私は調査の方に回りましょう。女の子の護衛役も悪くはないんですが、少し気になることもありますからね。……日向さん、後でもう少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか」
 宮小路の言葉に、戸惑いながら頷く晃。
「あたしも、調査のお手伝いをさせてください。きっと何か手かがりが見つけられるはずですから……何かわかり次第、あたしも護衛の方に回ります」
「じゃ、残ったうちは、便利屋さんと一緒に真由ちゃんの護衛ってわけやな」
 淡兎はソファから立ちあがった。
「皆さん……」
 晃は四人に、深く頭を下げた。
「どうか、真由のことを……お願いします」
「大丈夫だ、安心しろ。俺達が真由ちゃんを守ってやるから」
 元気づけるように、五代の手が、ぽん、と晃の肩を叩いた。

■#3 手がかりを探して

 護衛役として、三枝真由の自宅へと向かう淡兎と五代。
 事務所の窓からその背中を見送りながら、宮小路はぽつりと呟いた。
「……さて。こちらはこちらで、一度情報を整理してみる必要がありそうですね」
 みなもは新聞やネットでのニュースサイトを中心に、宮小路は警察関連の知人を通じて、これまでに起こった四件の事件の情報を集めた。

 犯行時間はいずれも深夜1時から4時の間。
 被害者は鋭利な刃物のようなもので全身を切り刻まれていた。死因は出血多量によるものだが、傷は内臓に達するほどの深さではなく、また心臓など急所となる部分は外されていた。
 つまり犯人は、わざと被害者をすぐに殺さず、その身体中を少しずつ切り刻んで、ゆっくりと死に至らしめていったようなのだ。
 某建設会社重役、主婦、住所不定無職の男性、小学校教諭……と、被害者達は職業も年齢もバラバラで、そこには何の共通点も見出せなかった。
 犯行現場も会社から公園、被害者の自宅とバラバラで、目撃者が他にいないということをのぞけば、犯人に計画性はなく、ただ快楽衝動による突発的な犯行だというのが捜査当局の見方だった。

 みなもと宮小路は、晃からもう一度、夢を見た日とその内容を、彼の記憶が許す限り詳細に聞き取り、実際に発生した通り魔事件と照らし合わせてみることにした。
「最初、あの夢を見始めたのは、ちょうどニヶ月前だったと思います。すごく生々しくて、気持ち悪くて……目が覚めた時は、夢だったことにほっとしました。でも、その次の日のニュースで、夢に出てきたあの人が、通り魔に殺されたって……」
 宮小路が愛用のノートパソコンに、これまでの事件で被害者となった四人の人物の写真を表示させる。
「……本当に、彼らに間違いありませんか?」
「はい……もう夢の中での出来事は、あまりよく思い出せないんですけど、この人たちの顔は……死んでいく瞬間の、あの表情は……今でも頭から離れません……」
「ふむ……」
 これまでの事件は、晃が夢を見てから、いずれもその次の深夜に犯行が行われている。だとすれば、死神が今夜真由の元を訪れる可能性はきわめて高い。
「気になるのは、日向さんが何故そういう夢を見るようになったかということです」
「はい……」
「考えられる可能性としては、先ほども言いましたが予知夢の類。次に、日向さん自身の願望がそういう夢を見せている可能性」
「……僕が、あんなことを望んでるというんですか」
「いえ、あくまで可能性のひとつとして、ですよ。……他に、近親者の意識からの同調なども考えられますね」
「同調……」
「意外と犯人は、日向さんの身近なところにいるのかもしれません。何か心当たりはありませんか?」
「いえ……特には……」
 晃は無言で、考えこんでいた。
「どんな細かいことでも結構です。夢を見るようになった二ヶ月前から今までで、何かご家族で様子が変わられたり、気になる言動をされていたことは?」
 晃はしばらく考えて、
「そういえば、両親が……妙なことを言ってました」
「妙な事?」
「ちょうど二ヶ月ほど前だと思いますけど……両親がインドネシアに旅行に行ったんです。そして帰ってきたその翌日に、土産のつもりで買ってきたものが、なくなってるって」

         ※         ※         ※

 気がつくと時間は夜9時を回っていた。
 宮小路はみなもと共に、車で晃を家まで送り届けた後、五代に携帯で連絡を入れた。
 そして実際に起こった4件の通り魔事件の詳細を説明し、今夜死神が現れる可能性が高いことを告げる。
「残念ながら、犯人の目星はまだついていませんけどね。ですが手口から見ても、明らかに殺しを楽しんでる。危険な相手なのは間違いありませんね。くれぐれも用心してください」
 そして、五代の方からの報告を聞いた途端。
「……なんですって?」
 一瞬その表情が揺らいだ。
「それは厄介ですね……。日向さんはもうご自宅にお送りしてしまいましたし……わかりました、後で私達も合流します。それまで、真由さんの事は頼みますよ」
 そして電話を切る。
「何かあったんですか?」
 不安げなみなもの問いに、
「……まだ三枝真由は自宅に戻っていないようです。時間的に、まだ早すぎる気もしますが……あの二人だけでは、少々心配ですね」
 そして、懐から小さな白い紙切れのようなものをとりだした。
 それは陰陽師としての能力を持つ彼が、術を行使する際に用いる呪符であった。
 小さく何事かを唱えながら、手にした二枚の呪符に念を込め、窓の外に放りなげる。
 呪符はひらひらと風に舞い――次の瞬間、白い二羽の梟の姿に化けて、飛び去った。
「あれは……?」
 みなもの問いに、宮小路は淡い笑みを浮かべて、
「式神ですよ。『御隠居』と『和尚』。どちらも齢八百歳を越える化け梟が精霊化したものです。念の為に、あの子たちにも真由さんを探して守るように命じておきました」
 そして、車を発進させる。
「あたし、ひとつ気になることがあるんです」
 不意に、みなもが呟くように言った。
「気になること……?」
「インドネシアに行った日向さんのご両親が、持ちかえってきたもののことです」
「何か心当たりが?」
「ええ。母から聞いたことがあります。遠い遠い昔に、あたしの一族の祖先が、人間達にその造り方を教えたという、忌まわしい仮面のこと……」

■#4 対決

「まさか、『御隠居』と『和尚』が倒されてしまうとはね」
「ろくに説明もしねえで、余計なことをするからだ。ま、いい運動にはなったけどな」
 五代の言葉に、宮小路は苦笑いした。
「それより、こんな手でうまくいくんか……?」
「ええ。海原さんのおかげで、死神の正体もだいたいの見当がつきました。獲物は必ず、罠に飛びこんで来るでしょう」
 淡兎、五代、そして合流した宮小路の三人は、三枝家の前で監視を続けていた。
 時刻は、まもなく午前2時になろうとしている。
「丑三つ時……か。得体の知れない死神とやらがうろつくには、似合いの時間だ」
「噂をすれば何とやら――やな。……来おったで」
 三人は路地の影に身を潜めた。

《……死を。さらなる死を……》
 澱んだ風が夜の世界を吹き抜けてゆく。
 夜よりもさらに昏い、漆黒の衣が風に舞う。
 不気味な燐光を放つ白い仮面の奥で、この世のものならぬ不吉な声が響いた。
《……我が飢えた魂を癒すものは、贄が放つ血潮と苦悶の叫びのみ……》
 不吉な死の匂いとともに、何処からともなく現れた白仮面の死神は、まるで肉体の重ささえ感じさせないかのように、夜闇の中を駆けた。
《……今宵の贄は――》
 その声に混じった響きは、憎悪とも、愉悦ともとれた。
 そして死神は、三枝家の前に降り立ったのだった。

「待っていましたよ、死神さん」
 死神の前に、宮小路が立ちふさがった。
 そして、淡兎と五代も、死神の周囲を取り囲むように、その逃げ道を塞いだ。
「ここから先は、行かせるわけにはいきませんよ」
 宮小路の美貌に不敵な笑みが浮かんだ。
「不動明王が加護、我が右手に宿らん! ――『羂索』!!」
 その右手にかざした符が燃え上がり、帯状の炎が生まれた。それは鞭のように鮮やかにしなると、死神の身体に固く巻きついた!
「逃がしはしませんよ」
 炎の鞭で死神をぎりぎりと締め上げながら、宮小路は死神の背後にいる二人に叫んだ。
「早く、その仮面を! それが『死神』の正体です!!」
 しかし、二人が死神をおさえつけるよりも早く――細く鋭い糸のようなものが凄まじいスピードで走り、その身体を縛る炎の鞭をずたずたに切り裂いた!
「……くっ!」
「しまった!」
 三人の一瞬の隙をついて、頭上高く跳躍する死神。
 そして、二階の部屋に面したベランダに着地する。
 そのガラス扉の向こうには、真由の部屋があるのだ。

         ※         ※         ※

 音も立てずにガラス扉を割り、死神が部屋の中に進入してきても、真由はベッドの上で布団に包まったまま、身じろぎひとつしなかった。
《さあ、愛しき我が贄よ……》
 ひゅっ、ひゅっ、という何かが風を切るような音がした。
 それは、仮面から生えた、細い毛のような糸だった。死神の仮面をひとつの生物とたとえたら、それは触手のようなものに近い。
 そしてその細い触手は、凄まじい速さで振り回されることによって、目に見えない刃のようになる。先ほど、宮小路の術を破ったのも、まさしくこの触手の刃に他ならない。
 死神の声が、より一層狂気の色を帯びた。
《その熱き血潮と苦悶の声で、我が飢えた魂を満たせ!》
 そして、刃がベッドの上の少女へ、奔った!
 ざしゅっ、という乾いた音とともに、引き裂かれた布団の羽毛が、白い雪のように飛び散った。
 ベッドには、先ほどまで眠っていたはずの少女の姿は、なかった。
 代わりに、布団と一緒に切り裂かれた呪符の破片が、舞い上がった羽毛と一緒にひらひらと舞い落ちた。
《バカな、これは――幻影だとッ!?》
 次の瞬間。部屋の影に身を隠していたみなもが、手にした短刀で死神の仮面を貫いた!
《それ……は……まさ……か……》
 短刀に貫かれた部分から、仮面にひびが走ってゆく。
「そう、破邪貝の殻を鋭く磨いて造られた、呪詛破りの短刀よ」
《そう……か……貴様、人魚族の……!》
「死者の骨と髪で作られた、忌まわしい仮面……ここはあなたのいる世界じゃない。還りなさい、永劫の闇の中へ!」
 この世ならぬ断末魔の声と共に。
 仮面はぼろぼろと崩れはじめ、そして灰となり散ってゆく。
 仮面の下にあったその素顔は……日向晃のものだった。
 呪縛から解き放たれ、床の上に倒れ伏した晃は、すでに息をしていなかった。

■#5 結末

「ご苦労だった」
 草間武彦は、全ての報告を聞いた後、四人にねぎらいの言葉をかけた。
「まさか、まだ現存している『白骨面』があったとはな。俺も、噂に聞いたことはあったが」
 白骨面。それは、はるか古に、人魚たちの一族によって伝えられ、呪詛に用いられた仮面であった。
 人骨と人髪を用いて造られたその面は、強力な怨念を宿し、所有者に人を超える妖力と、永遠の命をも授けるとされた。しかし、仮面の怨念はしばしば人を支配し、狂わせる。そして仮面に命を取りこまれ、人は下僕となる。
 それ故にその存在を危険視した人魚たちによって、ことごとく破壊され、封印されてきたのだった。
 晃は自分でも気づかないうちに仮面と出会い、支配されていた。
 夢の中で彼は、操られる自分の姿を見ていたのだ。
「彼にとっては可哀想ですが、これでよかったのかもしれません」
 宮小路が呟く。
「せやなあ。操られてたとはいえ、自分が4人も人を殺してたなんて知ったら、罪の意識と後悔は、生半可なもんやない」
「くそっ……」
 淡兎も、五代も落胆しているようだった。
 彼の望み通り、真由は守った。
 だが、彼を救うことは、できなかった。
「あたしは……そうは思いません」
 後味の悪い結末に、暗く沈んだ面々の中で、みなもだけは違った。
「あたし達では、救えなかった。それは事実ですけど……彼を救える人は、きっといますよ。あたしは、それを信じます」

         ※         ※         ※

 ――目覚めると、そこは真っ白な部屋だった。
 身体が重い。そして頭の奥が鈍く痛んだ。
 ずいぶんと長い夢を、見ていたような気がした。
 ……ここは……。
 ……僕は、一体……?

 僕には、名前も、記憶も、何もかもなくなっていた。

 いや。
 たったひとつだけ。

 ベッドに横たわった僕の胸によりかかるように、眠る少女の頭があった。
 ずっと泣いていたのだろうか。目元が真っ赤に腫れている。

 ……なんだろう、この気持ちは?
 懐かしい?
 いや……愛おしい。

 その少し茶色がかった髪にそっと触れると、彼女は目を覚ました。
 そして、驚きと、歓喜に満ちた表情で、一言だけ囁いて、彼女はまた泣き出した。

 ――おかえりなさい。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号/    PC名    / 性別 / 年齢 / 職業
 1207 / 淡兎・エディヒソイ / 男性 / 17 / 高校生
 0461 / 宮小路・皇騎    / 男性 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)
 1252 / 海原・みなも    / 女性 / 13 / 中学生
 1335 / 五代・真      / 男性 / 20 / 便利屋

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■         ライター通信          ■
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 どうも、ライターのたおです(≧∇≦)/
 この度は、再び作品のご発注をどうもありがとうございました!
 ファンレターもどうもありがとうございました! 超うれしかったですーヾ(≧∀≦)〃
 ……なんて私信みたいなことをこんなところに書いてていいんだろうか。まいっか。

 実は今回のこの事件、依頼文(オープニング)を書いた時点で、僕の中で事件の真相から最後の結末まで全て決めていたつもりだったのですが、実際に参加してくださった皆さんがすごく個性的で魅力的なキャラクターだったのと、各PCのプレイングの内容が僕の予想を遥かに越えて面白いものだったので、ああすればもっと面白くなるな、だったらこれもやっちゃえ、などと欲張っているうちに、すっかり当初とは全く違った結末になってしまいました。
 ちょっと内容を詰め込み過ぎてまとまりに欠いているかな、という気もしますが(本当は、八国山の霊水のエピソードもぜひ入れたかった……)今回は各メンバーが単独行動をしている部分が結構あって、各キャラクター事に異なった事件の側面がいろいろと見えてくる、という形になってると思うので、他の参加PCのプレイングもチェックしていただけるとより楽しんでいただけるのではないかと思います(≧∇≦)/

 これからも一生懸命心を込めて書かさせていただきますので、どうぞ、応援してやってくださいね。
 また、ご意見・苦情などありましたら、ぜひお寄せください!
 よろしければぜひ、またのご発注をお待ちいたしております。