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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


龍姫

■ はじまり ■

少女は、厳かに告げる。静謐に、一言一言を噛み締めるように、のっぺりとした笑顔を貼り付けたまま。
ざァァァァァ……という不愉快なノイズに、少女の声はかき消されることなく、鼓膜へと滑り込んでくる。
いっそ耳が無ければ、貴方はそう思いながらも、動くことができないでいる。
始まりは一本のビデオテープから。ポストに投函してあった、宛先すら書かれていない小包。
その夜は、雨が降っていた。雨音に耳を傾けながら、ビデオデッキにセットする。
その時に気付いていれば良かったのだ。これはおかしい、と……。
だが遅く、どこかで見たような……そうあれは映画の、呪いのビデオのように、微少を浮かべた画面の中の少女は告げる。

「……龍が生まれる」

その意味がわからずに、ただ潜在的な恐怖から視線を外すことですら躊躇われる。
湿った空気に錆び鉄の匂いが混ざり、やがて歯の根がカチカチと音を立てだした。

----次の日、貴方は不可解なビデオの相談を持ちかけるべく、知人の草間のところへと出向いた。





 ■机の下■



「はじめに言っておくぞ?」
 草間の言葉に、葛妃曜はうんうんとかなり抵当に相づちを売った。
 時刻は夜、どっぷりと世界が夜に浸かりまくった時間帯は、眠気を誘って仕方がない。これを越えてしまえば眠気など吹っ飛ぶのだが、それこそが重労働なのだ。天使が目の前で手招きをしているような気怠い倦怠感に包まれて、曜は欠伸を噛み殺した。
「ここは怪奇探偵所じゃない……興信所だ。それは分かるよな?」
 そうだねぇという呟きは、生あくびのせいで言葉を成さない。目尻に溜まった涙を人差し指でぬぐって、曜は小首を傾げた。
「うん?」
 黒曜石にも似た光沢を放つ頭髪が、さらさらと揺れる。挑発的に輝く瞳に、すらりとしている滑らかな肢体と、それを多う制服。生半可な美少女----美少年?----では太刀打ちできない程の美貌を持つ彼女に、是非ともこき使われたい!と懇願する老若男女は大勢いるだろう。
 だが、例外とはいつの世もあるものである。
 曜の愛らしい仕草を歯牙にもかけず、草間はひきつく頬を押さえて言った。
「ならなんでいちいち厄介事を持ち込む」
 流石に怒鳴りはしなかったもの、凄まじいまでの仏頂面で草間がぼやく。
 なんと答えようか一瞬迷い、だがしかし曜はきっぱりと言い切った。
「だって俺、他に頼る人がいなくて」
 もちろん大嘘である。
 草間はあやしい専門家だから、まぁようするにフル活用で使ってやろう。みたいな下心があったり無かったり。正直にそんなことを言おうものなら協力を願えないだけでは飽きたらず、最悪閉め出されかねないので黙っておくことにしたのは、ひとえに曜の賢明な判断の賜である。
「顔が笑ってるぞオイ」
 半眼で指摘する草間に、曜もまた愛想笑いで返した。
 ことの発端は謎のビデオだった。
 龍が生まれる、生まれるからどうしろと言うのだというしか他に無いが、それでも生まれるのならそうなのだろう。
 保護して捕まえてやらねばなるまい------そんな素晴らしい理由ではないが、興味が湧いたというのは確かだった。
 理屈ではなく本能的に、血が騒ぐ。どうしようもない高揚感で身体中の血が熱くなる。獣のしての本能がそうさせるのか、それとも別の何かがあるのか。
 まるでジェットコースターに乗る目前の、あの気分が高まる感じに酷似している。
 その時だった。

 助 け て

 二人しかいないはずの空間に突如、不協和音が混ざった。
 ぞわっとうなじの産毛が総毛立つ。あり得ない音に、二人はしばし顔を見合わせて硬直した。
「------聞こえた?」
 じっとりと冷や汗をかいた手の平をスカートに押しつけながら、曜は草間に問いかけた。
 草間が無言で頷く。
 ひやりと、背中に冷たいものが流れた。

 ……助 け て

 空耳ではない。空気を振動させて鼓膜に響く、確かな肉声だ。
 耳元で囁かれているような、ねっとりと首筋を舐めあげるような、聞く者の不快感を呼び覚ますような声。
 室内の温度が一気に下がったような気がした。
「---------誰…………?」
 自分の声が掠れているのを自覚する。カラカラに乾いた喉で、生唾を無理矢理呑み込んだ。ゴクリ、という音が異様に大きい気がした。
「誰?」
 今度は掠れなかった。
 そのことの多少の安堵を感じながら、彼女はゆっくりと立ち上がった。
 きん、と凍り付いたとすら思わせる空気の中で、彼女はことさら時間をかけて周囲を伺う。
 本棚、
 机、その上に置かれたコーヒーカップ、
 無駄に積まれた書類、
 ちょっと古い扉、
 カーテンがきっちり閉じられた窓、
 そして
「----------!!!!」
 彼女は見た。

 髪の毛の長い1人の少女が、あり得ない角度で眼前のテーブルの下に収まっているのを。

 ソファーとセットになっているそのテーブルの下は、人が入るには窮屈すぎる。ほぼ折りたたまれるようにしてそこに収まっている少女の首は、あり得ない方向にねじ曲がっていた。肩の関節も足も、どう考えても折れている----いや、そんな格好で生きているとは到底思えない。
 ふと、死んでいる少女の口が動く。

 た す け て

「…………ひっ……」
 妖怪ならば怖くない。だが、コレはそういう種類の恐怖ではなかった。
 死んいても-----いや、本来なら苦痛に歪んでいなければならないハズの少女の顔は、愉悦のために歪んでいる。真っ白な、能面のような表情にぱっくりと割れた赤い三日月。口腔から除く舌はだらりと垂れ下がり、眼は瞳孔が開ききっている。
 異様な、としか形容できない。
 なのに。

 た す け て

 ぞっとした。
 少女の唇が動く。同じ言葉を紡ぐ。死人の口から、生への執着が露呈する。
「あんたは------」
 イヤだ、イヤだ。
 ここに居たくない。
 そこから逃れようと身体が怖じ気づく。何者にも支配されぬ虎の一族が、龍すらも畏れると詠われる最強の種族の末裔である虎の本能が、それを拒んでいる。
「もう、死んでる!!」
 刹那、少女の瞳カッが見開かれた。
「!!」
 愕然としたような、目玉が飛び出しそうなほどに見開かれた瞼の端が、切れて血を流す。それはあたかも血の涙を流しているようで。
 曜は悟った。
 これは、龍を生みだす媒体となった、犠牲者なのだ。
 他人の身体を介して妖が生まれる、そんなことがあるのかは分からない。
 けれど、曜は咄嗟に叫んでいた。
「念じろ!出て行けって、自分の中から出ていけって、全力で念じるんだ!」
 少女にその言葉が伝わったかどうかは分からない。
 だが、少女の瞳に覇気が戻ったように、曜には思えた。
「……あ……アァ……」
 幼い唇から、意味を成さない呟きが洩れていく。よろよろと生白い手が差し伸べられたのを、曜は躊躇うことなく握った。
 骨が砕け肉が捻れ、辛うじて原型を止めている手の平は、氷のように冷たい。力を入れれば潰れてしまいそうだった。
「出て行け、って言うんだ。強く、ソレを拒絶するんだ!」
「…出て……て……ひぁ……」
 少女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
 ぼろぼろと止めどなく流れる涙が滴り、絨毯を濡らしていく。痛いのか、それとも悲しいのか、絶望しているのか、歓喜しているのか、曜には判別が着かなかった。
 だが、わかる。
 もう少しで、少女は救われる。
「ちゃんと言うんだ!!大丈夫、あんたは助かる!」
「…ァ----ああ………で……ぇ。あ……」
 少女の口腔から、涎がだらだらと垂れた。
 思わず手の平に力を込めると、まるで水を詰めたビニールのような弾力を感じる。皮膚の下で血液が波打っているようだった。
「……摩……般若波羅密多心……」
「草間!?」
 法言を唱え出す草間に、曜は振り返った。見ると、血の気の失せた表情のままに、草間がぶつぶつと漏らしている。
「続けろ」
 鋭く囁かれて、彼女は少女に視線を戻した。
 今だ変化は見られないが、それでも瞳に確かな意志を感じる。
「頑張れ」
 少女がこっくりと頷いたような気がした。




 出て行け。
 少女がそう言えたのは、明け方にほど近い時間帯だった。
 朝日に透けるようにして消滅する寸前、少女は確かに笑った。
とても幸せそうだった。
「何だったんだ……」
 寝不足の瞼をこすりながら、曜は呟いた。
「わからんが……取りあえず、成仏したようだな」
「そうだね……」
 ちっとも睡魔が襲ってこないのか、平然と言う草間に生返事を返して、曜はソファーに倒れ込んだ。ちらりと机の下を見やるが、もうそこには何もない。少女が流した涙の後すら、見当たらなかった。
「……そうだ」
 ふと気になって、彼女は鞄を漁りだす。
 やがて目当てのものが無いことに気が付き、怪訝そうな顔をした。
「ビデオが無い」
「ということは、あの少女はビデオの霊だったのかもな」
 戯けて言う草間に蹴りを入れるが、上手く力が入らない。それでもつんのめった草間に軽く満足して、彼女は腕を組んだ。
「あの子が自分の中に棲む龍に邪魔されて、成仏できなくて助けが欲しかったってことか?」
「かもしれんな、まぁ、少し色々と不可解な事件だったが-----たまにはこういうのも、悪くは無いだろう」
 納得はいかなかったが、まずは帰って眠りたい。
 無断外泊だということで、鬼のように心配をする家族の姿が脳裏に浮かび、彼女は深い溜息をついた。
「まぁ----考えても仕方無いし、今はひたすら寝たいね……」
 雀も爽やかに歌い出す、そんな早朝の出来事だった。



   完.



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0888/葛妃・曜/女/16/女子高生
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■         ライター通信          ■
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こんにちわ、はじめましてv大鷹カズイと申します。
この度はご依頼のほう、まことにありがとうございました。

今回、曜さんには他の方々と違い、完全完璧怪奇路線で頑張って頂きました。
戦闘場面や虎化も書きたかったのですが…一度別ストーリーで書いたところ、長い長い。
中途半端に短く削ると彼女のかっこよさがそがれてしまうと思い、今回は断念。
ああ、虎化したらきっと凄く強くて格好いいんだろうなぁ、等と自分勝手な妄想を抱きつつ。
それでも彼女の魅力の1%でも描写できてるといいな、と思います。
今回は龍が出ませんでしたが…もともと龍や妖怪の類が大好きな私です、草間の次のご依頼はきっと、妖怪が絡んでくることでしょう。


それでは、長々とおつき合いいただきありがとうございました。
またいつかお会い出来る日を願って、、、


   大鷹カズイ 拝