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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


四旬節間奏曲(インテルメッツォ)

「ちょっと待て。ここは興信所であって、何でも屋じゃあないんだ! 何でそんな依頼を持って――」
「……だって、碇さんがおっしゃったんですもの。草間の所なら、どうにかしてくれるんじゃないの?って。ですから、」
「あの女……!」
 ……典型的な、西洋人。
 金髪(ブロンド)の髪に、蒼い瞳。白い肌に、すらりとした長身。
 だが、それでも、文句の付け所が無いほど流暢に日本語を話す男を見やって、思わず草間は、1つ、悪態をついてしまっていた。
 碇のヤツめ……また変な事を変に吹き込んだなっ……!
 ちなみに今、草間の目の前にいるのは――彼の知り合いでもある、枢機卿であった。
 教皇庁(ヴァチカン)の、高位聖職者。
 なぜそんな人が、この日本で、のんきに、しかも一般司祭服を着込んで住み込んでいるのかは、その一切が、不明であったが。
 枢機卿は――ユリウス・アレッサンドロは、優雅に零の入れた紅茶を嗜みながら、草間の不機嫌も気にせずに、言葉を続けていた。
「私、これでも一応枢機卿ですから、教皇庁(ヴァチカン)に帰って四旬節黙想会に参加しなくちゃあいけないんですよね。日本は物価も高いですし、向こうでチョコレートを買い溜めしてくるつもりですけれども、それはともあれ、ええ、まぁ、そういうことなんですよ、はい」
「だから、何で俺が」
「宜しくお願い致しますね、草間さん。シスターは良い子ですから、何も困る事には、ならないでしょうけれど」
「だから、俺は何でも屋じゃないんだっ! 教会の留守番なんぞ、どこか別の所に頼んでくれ」
「……それでも良かったんですけど」
 紅茶をかたんっ、と、ソーサーの上に置き、どこからともなく取り出したチョコレートを一口すると、
「心霊(オカルト)のプロって言いましたら、やっぱり、ここかなぁ、と思いまして」
「勝手に決め付けるな!」
 微笑む枢機卿に、草間はおもいきり、怒鳴り声を返してしまうのであった。



† プレリュード †

「草間さん、こんにちは」
 ――草間がようやく、そんな一言に現実に引き戻されたのは、あれからしばらく経ってからの事であった。
 腐れ縁の友人の話をぼっと聞き流していたためか、いつのまにか、事務所内に人影が増えていた事にも気がづかなかったらしい。
 軽く頭を振り、女の声が聞こえてきた方へと視線をめぐらせるなり、
「……ああ、みなも、か。それと――おや、」
 見慣れぬ姿に、ゆっくりと、立ち上がる。
 今日は珍しく、2人連れで来たバイトの少女の横に立つのは、
「お久しぶりですわ、武彦様」
 久しぶりに会うこととなる、いつもお世話になっている少女であった。
「どうしたんだ? みなも。御影さんと一緒だなんて、」
「先ほどそこで出会ったんです。ね、瑠璃花ちゃん?」
 草間の言葉に答えたのは、近くの中学校のセーラー服に身を包んだ、中学生のバイトの少女であった。海を思わせる青の瞳で草間に微笑みかけ、海原 みなも(うなばら みなも)はそのまま、手を繋いでいる少女の方をやわらかく見下ろした。
 一方、その先に立っていたのは、年の頃なら10代前半。今日は春を思わせる薄緑のドレスをふわりと着こなし、愛らしく、けれども優雅に立ち振る舞う、縦巻き金髪(ブロンド)の少女であった。
 ふわふわのクマのぬいぐるみを抱きしめたままで、御影 瑠璃花(みかげ るりか)は草間を笑顔で見上げると、
「先ほどみなも様と、そこで出会いまして……何か面白い事でもあるのではないかと思いまして、ついつい来てしまったんですの」
「ああ、そうか、何も無いけど、ゆっくりして行ってくれて構わないからな。どーせ今日の依頼人≠ヘ、料金も置いていかないようなろくでもない貧乏神だ」
 草間が呻くなり、
「ひっどいですね、さっきから話を聞いていたら全く、武彦さんったら……」
「本当の事だ……俺は嘘など言っていないからな!」
 瑠璃花の肩に手を置いていた草間は、けれども次の瞬間、突如として、背後のソファの方から聞こえてきた声に、その声を荒げてしまっていた。
 忘れてしまっていたが、否、正確に言うなれば、意識が忘れようとしていたのだが、
「さっさと帰れ、ユリウス。俺は忙しいんだ」
「おや、瑠璃花さんに仰った事と事実が違うじゃあありませんか。いけませんよ、嘘は。十戒にもありますでしょう。汝、偽りの証しを立つるなかれ――=v
「俺はクリスチャンじゃないから良いんだ! 全く、2人とも、暫く向こうの部屋で遊んでてくれ……あの神父(男)、ほんっとうにうるさいんだよ。さっさと追い出してやらないと――」
 喋り出すと延々と止まらなくなる友人≠、本気でさっさと追い出してしまおうと考え、草間は颯爽と踵を返す。
 全く、誰がそんな依頼を受けてやるものか……!
 第一、草間興信所という場所は、ボランティア経営をしている訳ではないのだ。留守番の依頼などと、どうして仮にも探偵事務所がそのような仕事を請け負わなくてはならないのだろうか。
 冗談じゃない――!
 だが。
 草間がユリウスに対して、文句を突きつけようとした――その、刹那の事であった。
「ところでユリウス様、何か面白い事はありまして? ユリウス様がここにいらしているという事は、何かがあるという事ですわよね♪」
「そうですよね、伯爵様! 今日はどんなお話をお持ちになってきたんですか?」
 いつの間にか草間より先に、ユリウスに詰め寄っていた2人が、やたらと元気に瞳を輝かせていた。
 2人の中でもいつの間にか、ユリウスイコール面白い事件、という方程式が成り立ってしまっているらしい――
 おい、もう勘弁してくれ……。
「……お前らまで……」
 少女達2人の好奇心に、草間は本気で、頭を抱えていたのだった。



† 第1楽章 †

 幸い、まだ冷蔵庫の中に残っていた八国山の湖の霊水を鞄の中に確かめ、みなもはゆっくりと息を吐いていた。
 水を愛し、水に愛される人魚の一族の血を受け継ぐみなもにとって、この水は時に武器となり、又、時に盾となる。冷蔵庫に保管、という点では少々浪漫に欠けるような気もするが、遠い場所まで霊水を貰いに行く事が大変である以上、それも仕方の無い事なのかもしれない。
 今日は、職員会議でみなもの学校も午前授業であった。だが、みなもはそのまま家に帰るでなく、慣れた様子でバスに乗り、とある教会へと向かってゆく。
 ――先日。
 みなもはバイトの先で、ちょっとした依頼、と言うよりも、頼み事、を請け負ってきていた。
 教会の、お留守番。
 まぁ、何とも平和な依頼よね。
 止まったバスに立ち上がり、お財布から100円玉を引っ張り出しながら、みなもはふと、考える。
 最近は物騒な依頼も多かったから、今回は結構、楽しそうかも――。
 確かに、その教会のシスターが霊媒体質であったりと、なにやら問題もありそうではあるが、
「そんなもの、最近の依頼に比べたらなんのその、か、」
 バスステップを降り、眩しい太陽の光を仰ぎながら、ふと、呟きを唇に乗せた。
 どことなく懐かしく感じられる、南中前の太陽の光。普段は授業中であるはずのこの時間帯。
 風に靡く青い髪に、さらりさらりと手を当てて、
「……どちらにしろ、楽しそうだから良い、かな」
 軽い鞄を担ぎなおすなり、にっこりと、微笑を浮かべる。
 大きく息を吸い込んで、バスの過ぎ去った後の、静かな時間の道路を振り返った。
 ……ちょっとした、恩返しっていうわけでも、ないけれど。
 伯爵様には、お世話になったものね。
 それに、シスターさんにも、又会ってみたかったし。
 正直、楽しみなのかもしれない。
 考えるだけで、色々と楽しみが増えてゆく。何をして留守番をすれば良いのか。考えるまでもなく、すべき事も沢山あるはずであった。
 伯爵様には、時間の事もきちんと確認しておいたし。
 あとは、行くだけ、か。
「さってと、行きますか」
 きっと瑠璃花ちゃんも、あたしの事を、待っているだろうしね。
 颯爽と踵を返すと、みなもは風の吹く方向へと向かって、ゆっくりと歩き出していた。

「こんにちは」
「あ、みなも様っ!」
 聖堂に続く扉が開かれた途端に響き渡った挨拶に、早速反応を返したのは、シスターと一緒に戯れていた瑠璃花であった。
 瑠璃花ははたはたと駆け寄るなり、
「こんにちは、みなも様。学校、お疲れ様でございましたわ」
 桃色のドレスをひらりと持ち上げ、優雅に一礼して見せる。
 そんな様子にくすりと小さく微笑むと、みなもは瑠璃花の頭に、軽く手を添えながら、
「瑠璃花ちゃんこそ、お疲れ様。何も無かった?」
「ええ、大丈夫ですわ。麗花様も相変わらずですし、これから、昼食を作ろうと思っていた所ですの……ね、麗花様」
 みなもを見上げていた青い瞳が、不意に、視線を背後へと移していた。
 その、先には。
「瑠璃花ちゃん、お料理上手だって言うし……私も楽しみで。あ、こんにちは――どちらかと言いますと、御久しぶり、ですよね? ええと、」
「お久しぶりです。あたしは、海原 みなもと申します」
 1人のシスターが、暖かな微笑と共に立っていた。
 みなもは慌てて、少し背の高いシスターを見上げると、ぺこりと1つ、頭を下げる。
 確かに、みなもとこのシスターの間には、多少の面識はあったものの、それとてほんの数分程度のものでしかなかった。
 どちらかと言えば、はじめまして、の方が相応しいのかもしれない。
 シスターの方も、みなもに向かって丁寧に頭を下げ返し、
「私は星月 麗花(ほしづく れいか)と申します。どうぞ、今後ともよしなにお願い致しますね。それと、今日は宜しくお願いします……別にお留守番くらい1人ででも大丈夫なんですけれど、猊下ったら、心配性で」
 明るく自己紹介を付け加えた。



† 第2楽章 †

 階段下から呼ばれ、みなもは慌てて見入っていたテレビの電源を落としていた。
 何もしないまま居座るのはまずいから、と、瑠璃花と麗花が昼食の準備をする間、とある部屋の掃除を行っていたみなもではあったが、
 ……また、か。
 テレビを拭いている最中に、偶々触れてしまったスイッチ。そのまま画面に見入り、昼間のニュースにみなもは深く溜息をついていた。
<<現在警察での事情聴取が行われていますが、詳しい動機などについては――>>
 テレビの黒い画面に思い出される、ニュースキャスターの言葉。
 ……みなもと同い年の少年が、父親を殺したのだ、というそのニュースを、淡々とレポートしていた、あの、ニュースキャスターの、無機質な、言葉。
 最近、この手のニュース……多い、な。
 奇麗事を抜きにして、心が、痛む。
 本当に、切なくなる――
 どうして。
 どうして世界はこんなにも、辛い話題に、満ち溢れているのだろう――。
 と、
「……みなも様?」
「あ、」
 雑巾を片手に俯いていたみなもに、不意に、声がかけられていた。
 そっと尋ねるかのような、遠慮深気な、声音。
 いつの間にか階段を上がってきていた瑠璃花が、エプロン姿のままで、ドアからひょっこりと、顔を出していた。
 背後からの声音に、はっとして振り返り、
「あ、今行くねっ! ごめんほら、お掃除にちょっと夢中になっちゃってて……」
 慌てて不思議を問おうとする視線に、みなもははたはたとまくし立てて見せた。
 瑠璃花は一瞬、みなもの様子に訝ってしまっていたが、
「ええ、それでは、下でお待ちしておりますわ。クロワッサンサンドも上手にできましたから、早くいらして下さいね♪」
 お待ちしておりますわ、と一礼し、クマのぬいぐるみをつれて、あっという間に階段を駆け下りていった。

 クロワッサンサンドに、ローズティ。
 瑠璃花と麗花で作ったのだという昼食を、3人で、満面の笑みで囲みながら、
「――そういうわけでして、瀧廉太郎記念館にはメンデルスゾーン≠ェ植えられているはずです。この教会の神父がやたらと音楽好きでして、そちらの方向には詳しいのよね」
 ローズティーの香りに、いつの間にか話は薔薇の花談義の方へと向かいつつあった。
 ひょんな事から、開発新種の薔薇の花メンデルスゾーン≠ノついて話していた麗花が、ようやく話に一区切りをつける。
 ――みなもも、瑠璃花も。
 デザートの桜アイスをつつきながら、黙って麗花の雑学に耳を傾けていた。
「結構小さくて愛らしい花が咲くそうですよ。まぁ、メンデルスゾーンの作風はどちらかというと軽めですし、あまり大きな花がぼん、と咲かれても……とは、確かに思いますけれど」
「星月さんって、物知りなんですね」
 ローズティーを一口するなり、みなもが小さく呟きを洩らす。
 無論、メンデルスゾーンと言えば、ロマン派の作曲家の事ではあるのだが、しかし残念な事に、その知名度は、と言えば、到底ベートーヴェンやバッハ、モーツァルトなどには遠く及ばず、音楽の教科書にも、名前がちらりほらりと出てくる程度なのである。
 絶対、ペーパーテストには出ないわよね。
 みなもとて、その名前は聞いた事があっても、具体的な曲名を知っているわけでも、その作風を知っているわけでもない。
 だが、そんな少々マイナーな作曲家の没後150年を記念して開発されたのが、今、麗花の話しているメンデルスゾーン≠ニいう種類の薔薇なのだと言う。
「私としても見に行きたいんですけれども……」
「麗花様は、薔薇のお花もお好きなんですのね」
 自分の膝の上から見上げた瑠璃花に微笑みかけながら、麗花は小さく頷き、
「ええ、薔薇、大好きですよ――綺麗ですし、色も香りも素敵ですし、ね」
 ちなみに、どちらかと言えば、麗花はむしろ、薔薇の方に興味があるらしい。
「勿論、他の花も綺麗ですけれどもね」
 けれども瑠璃花は、麗香の言葉にふと、思い返す。
 この教会のお庭に、薔薇の花はありましたかしら?
 この前幽霊の運動会に来た時とは違い、暖かくなり始めた今日この頃。芽を出し始めた植物の中に、
 ……わたくしが先ほど見た所、薔薇は、ありませんでしたわ。
「麗花様、教会に薔薇の花はありませんの?」
「あ、ええ。私、ここに来たばかりであまり事情は知りませんけれど、どうやら無いようですよ。全部芽を見て花の種類は調べましたけれど、薔薇は、どこにも」
「星月さんって……そんな事もできるんですか?」
「花は、好きですから」
 驚くみなもに、麗花がやわらかく答える。
 確かにみなもも、人並み以上に海の中の事情には詳しかったりはするが、
「すっごいですね……」
 素直に、麗花の事を尊敬してしまう。
 良いな、麗花さん。物知りだし、可愛らしいし――。
「一応これでも、理科の2分野の植物分野は満点でしたし」
「すっごいですっ! あたし、もうすぐその辺がテストなんですよねっ! 是非教えてくださいっ!」
「ただし生物は0点でしたけど――見てると吐き気が」
 急き込むみなもに、さらに悪戯っぽく、麗花はおどけて見せるのだった。



† 第3楽章 †

「最近は猊下のおかげもあって、ようやく霊力と言いますか、そーいう能力の融通がきくようにはなったんですよね。で、近くにはたまぁにお買い物にも行っているんですけれど、」
 事情を良く知る瑠璃花に説明を加えながら、けれども麗花は胸元から垂れる十字架のペンダントトップを嬉しそうに見つめ、
「でも、とっても嬉しい。ほんっとうにありがとう、瑠璃花ちゃんっ!」
 麗花は瑠璃花の小さな手を握り返していた。
 ――南中時の太陽が、夏を思わせるほど強い日差しで降り注ぐ中、3人は並んで、街路を歩み行く。
 教会の外に出る際、瑠璃花が麗花に手渡したのは、サファイア入りの銀の十字架のペンダントトップであった。元々サファイアは、魔よけとしても広く知られている。勿論、霊媒体質の麗花にとっても、心強いお守りとなるはずだった。
 確かに本人の言うとおり、麗花は最近では、それなりにその体質を制御できるようにはなっていたものの、それでとてまだまだ、足りない部分は沢山あるのだから。
「瑠璃花ちゃんと星月さんって、本当に仲が良いんですね」
 まるで仲の良い姉妹であるかのように手を繋ぐ2人を目を細めて見つめながら、ふと、みなもが微笑んだ。
 ……教会の扉を開けた瞬間から、感じている事があった。昼食の時、麗花が瑠璃花を膝の上に乗せているのを見た時も、そう。
 この2人、本当に仲良しなんだ。
 みなもが教会についてからというもの、これと言った大きな事件は起こってはいなかった。本当に平和に過ぎてゆく時間の中で、この2人の仲の良さは、見ている方の心まで和ませてくれるかのようだった。
 久しぶりに、良いもの見たような気分、かな。
 人間関係の縺れが幾つもこの世に問題を落としていく時代。心を和ませてくれる光景が、本当に、嬉しくてたまらない。
 連日テレビに映る残酷なニュースは、血のつながり、という絆すらも、ものともしないようなものばかりだった。先ほどのニュースもそう。そんなニュース達に、みなもは何度心を痛め、何度それを切なく、思った事だろうか。
 そうして何度、不安に思わされた事だろう。
 ありえもしない事まで、考えてしまう。世界の闇の深さに、自分まで、不安になってしまう。
 その闇に、取り込まれぬわけが無いという保証が、どこにあるのだと言うのだろう。両親が、姉が、妹が、そうして、自分が。誰かがある日、そんな闇に、取り込まれてしまったら――?
 突然沸き起こってきた今とは全く関係の無い考えに、みなもが慌てて首を振る。
 ああ、もう、何考えてるのかなあたし。今はそんな事、考える必要ないじゃないっ!
 ――と。
 不意に、沸き起こってきた考えに俯くみなもの目の前で、
 ふと、瑠璃花が立ち止まった。
「みなも様もご一緒致しましょう♪」
 みなもの方へと、もう片方の手を、差し出して、
「折角なんですもの、ね?」
 瑠璃花は上目遣いに、満面に微笑みかけた。
 ……口には出さなくとも、何となく、気がついていた。
 昼間、2階にみなもを呼びに行った時から、気がついてはいたのだ。理由まではわからなかったが、みなもが何かを悩んでいる事だけは、わかるような気がしていた。
 直接問いただすような事は、決して、しない。
 けれど、
 少しでも楽しんでいただけたら、きっと気が楽になりますわ――。
 思う瑠璃花の横から、麗花の言葉がやわらかく付け加わえられる。
「そうですよ、ね、今なら人通りも少ないですし、3人くらい並んで歩いたって大丈夫ですよ」
 一瞬、意外な2人の言葉に、みなもは言葉を失ってしまう。
 ……それでも、
「そう、ですね。それも良いかも……」
 すぐに素直に頷くと、瑠璃花の手をゆっくりと取っていた。
 確かに、瑠璃花は知らなかった。
 みなもが何を考え込んでしまっていたのか、そこまでは、知らなかったけれど。
「さあ、行きましょう♪ もうそろそろ、お花屋さんに着く頃ですわ。麗花様、みなも様、畑にどんなお花を植えるか、楽しみですわね」
 おそらく自分より純真であろうこの年上の少女は、又何か、他人について悩んでいるに違いない――そんな事を、ふと、思う。
 物騒で残忍な事件が、右上がりに増えていくこの時代。素直にそれはニュースにも反映され、痛ましい事柄が、連日のように放送されている。
 ……ニュース?
 そういえばあの時、みなも様はテレビの画面を眺めていらっしゃりましたわよね。
 もしみなも様が、わたくしが話しかけるまで、テレビを見ていたとするなら――。
 もしかしたら。
 もしかしたらみなも様は、そんな世の中そのものを悩んで≠「らっしゃるのかもしれませんわね。
 それはあくまでも、瑠璃花の仮定にすぎない。
 けれど、
「瑠璃花ちゃんは何色が好きなんですか? 私は――」
 麗花の言葉に答えながら、ふとみなもの方へと、視線を投げかけた。
 その優し気な視線の光に、仮定が確信となったような気がして。
 海の青へと、微笑みかけると。
 瑠璃花は小さな暖かな手で、みなもの手を握り返したのだった。



† ポストリュード †

 夕暮れの公園を、3人で仲良く、並んで歩いて帰ってきた。
 花屋で薔薇の花を、ついでに植え替えの為のスコップも購入し、荷物は全部宅配で教会に届けてもらう事として、余った時間をデパートで遊び潰し。
 そうして、今。
「白い薔薇はこの辺で良かった、んでしたっけ?」
 先ほど、タイミング良く届いたばかりの薔薇の苗木。赤白とりどりの花々は、きっとこれから、教会の庭を明るく彩ってくれるのだろう。
 想像するだけで、明るくなる気分。
 麗花は、知らずのうちに高ぶる気持ちを押さえつけ、
「ええ、そこでお願いします。それから、紅いのはこっちで――」
 スコップを片手に、問うてきたみなもに向かって微笑みかけていた。
 日が暮れる前に――と、いつの間にか現れていた瑠璃花の執事も含め、4人で行う共同作業。
 紅く染まった世界に、楽し気な笑い声が響き渡っていた。
「お嬢様。薔薇の花には棘がありますから、ご注意下さいませ」
「大丈夫ですわ。この前もお庭に、薔薇の花を植えたばかりですもの」
 間違い無く良い所のご令嬢であるのにも関わらず、雑用や雑務を自分でする事を好むお嬢様≠ノ薔薇の苗木を渡しながら、執事はわかってはいても、やはりやわらかく注意を促してしまう。
 けれども、サングラスの向こうに見える瑠璃花の姿は、日々確実に大きくなっている。気のせいではなく、それは間違えの無い事実であった。
 それはわかって、いるのだけれど。
「榊、肥料を取っていただけますかしら?」
「かしこまりました」
 それでもやはり、心配である事に変わりは無い。幼い頃からその成長を見守ってきただけに、少女のこの成長期が、めまぐるしく思えて、たまらないのかもしれない。
 ――少しでも目を離していれば、あっという間に1回りも、2回りも大きくなってしまう、瑠璃花の成長期。
 追っているのが、やっとのほどの。
「でも、榊さん、どこにいらっしゃったんですか?」
「榊はいつでもわたくしの傍にいて下さりますわ」
 みなもの問いに、満面の笑顔で答える瑠璃花の声。
「ね?」
 と、予想外に話を振られ、慌てながらも平静を装い、榊は小さく頷いて見せた。
「榊はいつでも、わたくしを手助けしてくれますわ。わたくしの自慢の執事ですもの」
「あら、猊下なんて私の事、助けてくれる所かいっつも迷惑ばっかりかけてくれますよ。同じ男なのにね、大違い!」
 瑠璃花の言葉に、麗花が花を植えつけながら、本気で羨ましそうに返してくる。
「でも、伯爵様はお強いじゃないですか。いざとなったら星月さんの事、守ってくれますよ」
「駄目駄目、あの人は駄目です。いっつも甘い物の事しか考えてなくて、部下の事をこき使って自分は楽してるんですよ。今日だって、うちの神父が1人事務手続きの為に教会出てますけれど、あれ、本当は猊下の仕事なんですよ? いくらあの人がちょっとばっかし気が弱いからって、なんでも押し付けちゃあ可哀想だわ。仮にも自分の弟子なのに」
 みなもの言葉に、麗花は照れでも何でもなく、本気でここにいない人物を駄目だと評価して下す。
 けれども瑠璃花の推測が正しければ、そこには欠片の邪気も存在しない。
 親しいからこその、辛口評価。
 麗花様もきっと、ユリウス様と一緒にいると、楽しいんですわね。
「ね、榊。麗花様はきっと、ユリウス様の事をこれっぽっちも嫌ってなんていらっしゃらないんですわよね?」
「――そう、思います」
 微笑みかけられて、榊も笑顔で答えを返す。
 元々、聡(さと)い子である、という印象は強かったのだが、
「それどころか、もしかしたら、寂しがっていらっしゃるのかもしれませんわね」
 いつの間にか、その言葉まで大人に少しずつ、近づいている印象。
 お嬢様も日々、大きくなっていらっしゃる――。
 榊はほっと息をついて、瑠璃花のスカートについていた土を、そっと払いのけるのだった。

 その後。
 純白のエプロンに三角巾姿の瑠璃花に命じられた″蛯煌ワめた4人で夕食を済ませ。
 教会に神父が帰ってきた時点で、ようやく3人は帰路についたのだった。
 見送りを終えた後、
「良いでしょ? 晩御飯は海原さんと瑠璃花ちゃんのご馳走だったんだから」
「僕なんて……外で済ませてきたのに……」
 帰ってきたばかりの同い年の神父に聖堂で自慢話をしながら、麗花は満足そうに頷いてみせる。
 これからは、庭も薔薇の花で賑わうだろうし。
 文句無しに、楽しいお留守番であった。
 こんなお留守番なら、又やっても、良いわよね。
「そういえば、薔薇の花を植えたんだって? 僕はまだ、見てないんだけど……」
「ええ。海原さんが霊水撒いてくれたから、きっと元気に育つだろうって。きっと帰って来たら猊下も驚くわ。まだ花は小さいけれど、これからもっと咲くだろうし、ね」
 ふと問われて、麗花は神父に頷いて見せた。
 今日1日の出来事を総括するかのような、本当に楽しそうな、笑顔と共に。


Fine



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      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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★ 海原 みなも 〈Minamo Unabara〉
整理番号:1252 性別:女 年齢:13歳 クラス:中学生

★ 御影 瑠璃花 〈Rurika Mikage〉
整理番号:1316 性別:女 年齢:11歳 クラス:お嬢様・モデル

(お申し込み順にて失礼致します)



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               ライター通信
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 まず初めに、お疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。
 この度はご参加の方、ありがとうございました♪
 伯爵様にお礼だなんて、そんな(汗)こちらこそ前回はお世話になりました。今回は、お馬鹿な猊下が不在であっただけに、物静かな感じのお留守番となり、無事に落ち着く事ができました。
 みなもさんにはご兄弟が多いですし、本人も本当に心優しいお方ですから、きっと日々のニュースに多くショックを受けていらっしゃるのでは、と思い、このように描かせていただきました。最近、物騒な事件が多いですよね。いえ、一方で、面白おかしく語れるようなニュースもあるのですけれど……。
 では、乱文にて失礼致します。
 次回は北海道にて、妹さんがお世話になります。宜しくお願い致します。

06 maggio 2003
Lina Umizuki