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<東京怪談ノベル(シングル)>


誰が為に

「影守、たった今から2日間休みに入れ。」

主から不意に言渡された休暇宣告に、影守 深澄は己の耳を疑った。
執事という仕事に休暇はない。
主が働いている以上、自分はそれに沿わねばならない。
「いえ、私は大丈夫です。」
そう言った影守を、主はちらりと冷ややかな目で見る。
「・・・聞こえなかったか?」
影守に有無を言わせぬ主の言葉。
この主に仕えると決めた時から、絶対になった命令。
もちろん、その道を選んだのは影守なので文句は言えない。

「かしこまりました。」

影守は姿勢を正し、主の命に従う。
主の何の気まぐれかわからぬが、自分は2日間の休暇を取らなくてはならない。
「只今より休暇に入らせていただきます。」
そう思って仕事を続けてきた影守は、思えば今まで休みらしい休みを取っていなかった。
調度良いのかも知れない。
自分が休暇の間の主の事が気になったが、その主が休めと言うのだから仕方がない。

(2日は長いな・・・)

ふと、そんなことを思う。
主に仕えようとする前、一流と称される企業の前線にいた頃、影守はやはり今のように休みなく働いていた。
その時は、例え一ヶ月の休暇をもらっても長いと感じることはなかったのだが・・・今はほんの数時間でも長く感じそうだった。
影守はそんなことを考えながら手元の書類や荷物を片付けると、主に向って恭しく頭を垂れた。
「では、失礼いたしま・・・」
「んじゃ、これからココ行こうな、ココ!」
退室を告げる影森の言葉を遮るように、先ほどとは全く声のトーンが違う主が雑誌の一ページを指差して言った。
「あの・・・」
「思いっきり遊ぼうな〜♪」
上機嫌で捲くし立てる主の言葉を、今度は影守が咳払いで遮る。
「俺は、休みなんじゃないのか?」
影守の態度も先ほどまでとは全く違う。
主に対する執事のものではなく、駄々をこねる幼馴染みの少年に向ける眼差しだ。
(まったく・・・)
影守は心の中で苦く笑いながら溜息をつく。
子供の頃から知っている、ヤンチャな少年の笑顔。
自分はこの少年のために生きてゆくのだと決めたのは、いつの頃だっただろう?
少年より年上の自分は、少年より先に社会に出て、それでも離れた場所から少年を見守って・・・。
この少年が独り立ちして、自分と一緒に来いと言われたとき、迷うことなく自分のレールから飛び降りた。
それ以来、この少年の傍らに常にある。
自分にかせられた名前のように、影となり、支えとなり、守りとなり、ずっと寄り添って来た。

満面の笑顔で甘えてくる少年に、影守はわざと曇った顔で言った。
「俺はゆっくり休むつもりだったのだが・・・。」
影守の意地悪な言葉に、少年はむっと唇を尖らせるように拗ねる。
そんな仕草は何歳になっても変わらない。
出会った頃と同じ、何も変わらぬ少年。
影守も優しい笑顔で少年を見やる。
今までも、これからも、ずっとこの少年を見て行くのだ。
そう思うだけで、胸の中に暖かさが宿る。
自分を見る少年を、自分はいつまでも守り続ける。
(意地悪が過ぎたかな・・・)
影守は少年に心の中を気取られぬように、慎重に微笑を戻すと言った。
「仕方ないな。」
その言葉に、少年の笑顔は更に輝く。
「やった♪」
そう言って、少年は予約したホテルのパンフレットや、手配したチケットを机の上に広げ始める。
「遊び倒そうーなっ♪」
影守の一言で、すでにテーマパークでの休暇に心が飛んでいる少年を見つめて、影守はそっと溜息をついた。
この少年が自分の気持ちにどれだけ気がついているかはわからない。
もしかしたら、何もかも知っていて自分を置いているのかもしれない。
もしかしたら、何もわからないのに自分を置いているのかもしれない。
それでも、そのどちらでも、影守には選択肢は一つしかない。

いつまでもお側に。

それだけなのだ。
影守は少年の向かいに座り、少年のプランに耳を傾ける。
これから2日間、この少年のお供だ。
仕事でもプライベートでも。
惚れた弱みとは良く言ったものだと苦笑しながら、それでも少し心躍らせながら少年の企画に付き合うのだ。

今までも。
そして、これからも。

ずっと・・・。