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そこにいるのはもうひとりのあなた
■オープニング■
件名:自分とまったく同じ顔をした人間に出会うと死ぬ。
宛先:月刊アトラス編集部 送信者:雪群秀彦(ゆきむら・ひでひこ)
件名に挙げたのはよく言われるドッペルゲンガーの話だ。
私は自らの身に起きた正にそうとしか言えない記録を残す。
そしてその恐ろしさを広く示したい。
このメールは恐らく遺書になるだろう。
この不可思議の検証は是非、貴誌にお願いしたい――。
■■■
「えーと、あ、あれ?」
『…だからここをクリックしてね、えーと…私がやります。三下さん♪』
にっこりと笑い美都(みと)は手も触れずに――彼女は肉体が無い「幽霊」なのだから元々触れられないと言えばそうなのだが――マウスを動かす。
そして、何度か画面を切り替えると。
『編集長ー、投稿メールが来てますー』
と麗香に呼びかける。
…幻(まほろば)美都――彼女は過去の騒動の結果、編集部に居座るのみならず、出来る事くらいは、とお手伝いまで始めていた。
結果、これ。
実質的に、部内のネットワーク・パソコン担当になっている。
実は生前から得意技だった上に、幽霊である現在は、一時的に『依代』以外の器物に取りつく事が――それも直に通信回線を走る事すら出来ると言うから便利な話だ。それに可愛らしい見た目からして、ヴァーチャルアイドルがそのまま飛び出して来たようなものとも言える。
そしてネットワークに関してはむしろ、彼女はそこらの編集員より役に立つ。
…要領を得ない編集員――例えば三下――達に、教える立場にすらなっているのだ。
「あら、美都ちゃん有難う。まったく…三下より余程役に立ちそうね。…どれどれ」
麗香は画面を覗き込み、メールを読む。
「…ふむ。最近目新しいネタが無いのよね。じゃあ取り敢えずこれ、取材頼みましょうか」
■いきなり袋小路■
「はーいはいはーいみあおが行きまーす!」
元気良く立候補したのは編集部に遊びにと言うか社会科見学と言うかお手伝い――否、それはこの場においてはむしろ邪魔とも言う――をしに来ていた銀髪銀瞳の小さな女の子。
確か海原家の末娘――海原みあお。
いたいけな少女の、いきなりの厄介事への立候補に数瞬部内が静まり返る。
…基本的に『生贄』は消去法で選ばれるもので、積極的に立候補と言う事はあまりに少ない。
「メール見せて下さーい!」
言ってみあおは三下と美都の間に割り込んでくる。
「わわ…っ」
そして三下は椅子から押し退け倒される。
これ幸いとみあおは三下の椅子に座り直し、にこっ、と美都に笑いかけてから画面を覗き込んだ。
『だ、大丈夫ですか三下さん!』
「っ…たたたた…だ、大丈夫。有難う、美都ちゃん…」
声は出せても物理的に手が出せない美都に安心させるよう答えつつ、よろよろと三下は立ち直る。と、先程まで座っていた自分の椅子の背凭れをがっちりと掴んで、みあおの後ろから何処か恨めしそうにコンピュータ画面を見た。
その様を見て編集長は溜息を吐く。…小学生にまで負けるとは…。
『えーと、三下さんが見えなかったんでしょうか…?』
美都が恐る恐るみあおに確認。けれどそれに返るのは「あー、ごめんなさーい今度から気を付けまーす」と上っ面だけっぽい信用ならない返事。…無意識だか意図的だかよくわからない。
とにかくその時にはみあおの意識は殆どメールに向かっていた。
被害者当人・三下も特に気にしていない――と言うか言っても無駄だろう、とある意味悟ってしまっているところがある。
やや情けないがこれも処世術か。
「…ふぅん、東京のひとなんだね。会社員――サラリーマンか。でもここからだと電車で二十分くらい掛かっちゃう場所だなー。ま、大丈夫大丈夫みあおでも行ける行ける。で、ドッペルゲンガーだって? えーと、自分と瓜二つの顔したひとが目の前に現れたって事がそれだ、とこのひとは言ってるんだ? 時間はつい昨日の夕方、残業で遅くなった帰り道でばったり、と。んで、出会った途端にその相手は踵を返して逃げて、自分はそれを追い掛けた、と。うわあ好奇心旺盛だねー。さすがアトラスに投稿してくるだけはあるなー…と、で、捕まえて、ってうわそこまでするんだ? すごーい。…で、捕まえたその相手は、自分を見て、「何してる?」とにやりと冷たく笑った、らしいと。そこで捕まえたその相手の声から何から、ちょうどその日の夕方に不注意で作ってしまった手の甲の小さな傷まで自分と同じと思い知らされ、思わず手を離してしまった…とか何とか。それで逃がしちゃったんだ。大胆な割にちょっとした事でびっくりするんだねー?」
『…ドッペルゲンガーに出会ったら死ぬってのは…まあ通説としてありますしねえ』
「ある意味、『こっちの世界』じゃ常識の類に入るわね。でも理由は…いまいちはっきりしないのよねえ。まぁ、ドッペルゲンガーだとはっきり認識してしまったら、自然に『自分はもうすぐ死ぬ』と思っちゃった、としてもおかしくないわね。ウチの読者なら」
「へー。じゃ、そこでビビってこんなメール送ってきた、って感じなのかな? となるとその瓜二つの相手ってのは本当に自分と瓜二つだと御本人確認しちゃえたんだ? だからこんな確信し切ってる文面、と。ねえねえもし本当なら、コレ噂になってる、って事もあるよね?」
『ま、その可能性はあると思いますよ?』
「んじゃさ、美都…って呼んでも良いかな? 良いよね?」
『全然構いませんよ?』
「わーい♪ じゃ美都さ、何か情報が無いかネットの方で探れるかなー?」
『そですね。やってみる価値はありそうですね。…て言うかまずは投稿者御本人様に会ってみましょう♪』
「できるの!?」
『お任せ下さい☆』
美都はみあおにぱちりとウインク。
『経費削減にもなりますしね、編集長?』
駄目押しとばかりににこりと笑う美都。自分の着ているびらびらな白いネグリジェの裾を両手の指で抓んでぺこりと礼をすると、元から透けている彼女の姿は今度こそその場から完全に掻き消えた。
同刻、みあおの前のコンピューターから低くも軽快な機械音――「考え中」な音がする。
美都はそこから移動した。
■■■
…なしくずしに美都に任せて暫し後。
『ちょっとちょっと大変ですよ皆さん!』
ふっと画面の前に現れた美都の突然の剣幕に、そこに居た部内の面子は振り返る。
『このメールの送信者の雪群さんって方、ホントに亡くなってます…』
「え!?」
『それも、どうやら昨夜、このメールを出した直後に亡くなったっぽくて…今、警察さんの現場検証にちょうどぶち当たって私が居るのバレそうになっちゃったんで慌てて逃げてきました』
「…何ですって?」
■『偽者』を捜せ■
――このメールは恐らく遺書になるだろう。
まさか本当にその文面通りとは。
…かの『月刊アトラス』編集部への投稿メールだ。どうせいつもの如く読者(怪奇マニア)の妄想か何か――と言い切ってしまってはさすがに拙いか――だとばかり思っていたのだが…とんだ『本物の事件』になってしまった。
警察沙汰になっている事件に首を突っ込むのは基本的にあまり宜しくない。
それもこちらが怪奇雑誌の編集者となれば…現場に向かってもふざけるなと突っ撥ねられるのがオチだ。
ただ、今回ばかりはひとつアドバンテージがある。
即ち、彼が最後に出したメール――記録に残っている最後の第三者とのアクセスが、アトラス宛てだったと言う事だ。それも「遺書になるだろう」などと不穏な文面の、関連性がありそうな。
こう来れば、事件に関る事にある程度正当な理由ができる。
幾ら文面の他の内容がドッペルゲンガーだのなんだのと、オカルトをまったく信じない警察にしてみれば支離滅裂もいいところな話だとしても、そこはそれ。
…充分、我々が食い込む余地は――隙はある。
その上、我等が読者の敵討ち、と大義名分も確り作れる。
被害者には気の毒だったが、初めに思ったよりも良いネタに化けそうだ。
と、月刊アトラスの編集長は思ったのだが…。
「やだやだやだどーしても一緒に行くっ!!」
「…ったってねえ」
『う~ん』
駄々を捏ねるみあおに頭を抱える編集長と腕を組み考え込む美都。ふたりとも年若い――と言うより幼い――娘さんを人死にの起きている事件に放り出すのは気が引ける。幾ら本人が望んでも。
…ちなみに美都は「随分前」に亡くなったらしい幽霊なので既に11歳と言う外見齢以上の年齢とも言える上、過去もあって険呑な話には慣れているので例外扱い。そもそも編集部の一員として「認められてしまっている」以上、ネタの為なら身体(彼女の場合は魂?)を張れと言うのは最低限の必須条件になっている。
「…子供じゃ駄目だって言うんなら!」
言ってみあおは、ぼんっ、と煙に包まれ爆発した。
そして煙が晴れた後にみあおの代わりに居たのは――青い小鳥。
みあおの変身した姿である。
『鳥じゃ…余計に駄目かも…ほら人間型じゃないとそれだけで厄介者扱いされたりする空間もあるから…』
例えば建物の中とか。
特に雪群の住まいのようなアパートの部屋なんて言ったら思いっきりそうかもしれない。
「…うっ」
『って言うかえーとですね、どうせだからみあおちゃんには私連れていってもらいたいんで、普段の姿の方が都合いいですよ?』
美都は自分の『依代』ことピンクのウサギのぬいぐるみを指し示す。
『ちょっと外に出てくる程度なら構わないんですが、本格的に動くんだったらやっぱ近くに「本体」がないと心許無いですし』
私でも。
…ウサギのぬいぐるみなんぞ持ってて少しもおかしくないのは小さな女の子くらい。
美都はそう言っている。
「ちょっと、美都…」
『編集長、危ないところは空五倍子(うつぶし)さんにお願いしましょう。ね?』
■■■
…数日後の決行日。
例のメールの投稿者こと雪群秀彦宅のアパート近くにて。
「…で、俺が呼ばれたと」
ぽつりと確認する大学生兼霊能ライターこと、空五倍子唯継(ただつぐ)。
ついでに彼にはもうひとつ陰陽師と言う肩書きがあったりする。但し、厳密に言うと本当の陰陽師ではないらしいのだが。色々やるらしい。
「いつの間にやら便利屋さんだねえ。ま、稼がせてくれるんならイイんですけどね」
『空五倍子さんなら比較的場慣れしてるでしょ』
「柴(しば)さんも結構使えますよ?」
同行しているフリーのカメラマンを指し空五倍子が言う。
指されたやや年嵩の男――柴達郎(たつろう)は速攻で反論した。
「使えるって言い方ァ無えだろう空五倍子。頼りになると言いなさい」
「はーい。柴さんは頼りになる男ですよー? 心霊写真撮らせりゃ世界一ですもんね」
「…誠意がこもってねえ」
「いや、ホントですよ?」
くすくす笑いながら続ける空五倍子。確かに誠意がこもっていない。…特に後半。「心霊写真撮らせりゃ以下略」の部分。
それは柴にして見ればコンプレックスに含まれる。
何故なら彼はごくごく「普通」のスクープを狙うような事件記者志望なのだ。
けれど大規模な火事の現場に行けば炭化した被害者の幽霊がぞろぞろ「助けて」と縋る阿鼻叫喚の地獄絵図を撮り、殺人事件現場に行けば素知らぬ顔で現場に居やがった「真犯人」の背後に被害者の霊がべったり取り憑いている画をばっちりと激写する…等々、例えを上げればキリが無い程「普通の記事」には不向きな写真ばかり撮ってしまう。…それこそ怪奇雑誌にでも売り込まねば食って行けないような。
だが逆に、それがあるからこそ月刊アトラスと言う上得意ができているのも否めない。
「…全っ然嬉しくねえ」
心底嫌そうな柴の声。
きょろんとみあおがその顔を見上げた。
「柴って心霊写真撮るの上手いの?」
「上手っ…てな」
「そこに幽霊が居る限り、柴さんのカメラのレンズはその姿を捉えますよ?」
「…本当!?」
「…なんで嬉しそうなんだ?」
「ううん。こっちの話だよーん☆」
心底嬉しそうにみあおはくふくふ含み笑う。
なんだなんだと疑問に思うがみあおはそれっきり何も言わない。
不意に美都が溜息を吐いた。
『…三下さんが来れなかったのは残念ですー』
「いや、そりゃあねえ…もし万が一、挙動不審とか言われて警察に連れてかれちゃったら後が困るでしょ。賢明な判断だったと思うよ」
「今回みてェな場合、奴は居るだけで不審人物扱いされそうだとァ思わねェか? 美都嬢よ」
『…空五倍子さん柴さん言い過ぎです…』
と、言いつつ美都の声もしぼむ。何故なら否定し切れない…。
「いーや。事実でしょ。三下はぜぇったい挙動不審。臆病過ぎるもん」
美都から託されたぬいぐるみをぎゅっと抱いたまま、胸を張ってみあおは言い切る。
『…みあおちゃんまで』
がくりとする美都。
…まで、と言うよりむしろみあおの言い方が一番身も蓋も容赦もない。
■■■
道中、編集長から直々の電話。
「…はい。わかりました」
ぴ。
空五倍子は携帯電話に掛かって来ていたその通話を切る。
『編集長なんだって?』
「先日例の投稿メールの件で念の為編集部に来た刑事さんがですね、こっちの事もちゃーんと話を通して下さったそうです」
「…そりゃ随分物分かりの良い」
「いや、女王様の下僕志望のヒトだったとか…『件のバイト先』で客として来ていたとかなんとか」
「…マジか?」
「…後半は冗談です」
「…つーと前半はマジってか…笑えねえぞ」
「…言ってから思いました。はは、寒いと言うより攻撃的な寒波を感じます」
寒いどころかある種『オソロシイ』ギャグを言いつつふたりは溜息。
悪戯っぽくみあおが見上げる。
「バレたら怖いよお?」
「…と、言うよりみあおちゃんに我々が何事を話しているのかわかっているらしいと言う事実の方が怖いです」
空五倍子は再度の溜息。
「ま、そりゃそれとして…雪群さんの死因は何だっつったっけ」
「心不全だそうですよ。どうとでも取れる死因です。が」
「が?」
「編集長がコンタクト取った刑事さんによると、特に他意なく、心不全と思ってもらって良いそうです。薬物だとかその辺の疑惑はシロだろう、と。特に心臓が弱かった、とかもないそうなんですが…だからこそ余計変だとも言えますがね。事件性は薄いそうです。唯一のネックがアトラスへの投稿メールくらいだそうで」
「…ありゃあ確かに自然死にゃ見えねえ内容だ。タイミング良過ぎらァ」
件の投稿メール。
『と、なるといよいよその瓜二つだって言う「偽者さん」が怪しいですね』
「その通り。ただね、それが原因だったとしても、結局法的には自然死って事だけで終わっちゃうんだよね。何処ぞの大物でも出て来ない限りは」
「何処ぞの大物ー?」
みあおが首を傾げる。
興味津々、と言った様相の彼女に、空五倍子はのほほんと苦笑する。
「名前を言わない方が良いです。ある意味不吉ですから」
「不吉? みあおとは逆じゃん。大丈夫だと思うよー? ねえねえ。なになに?」
「…ま、そもそもこんな瑣末な出来事に手を出してくるような輩でもないと思いますがね。今回は特に関係ないでしょう」
「ぶー。ずるいー!」
「あ、着きましたよ。ここです。雪群さんの住んでいたアパート」
「誤魔化すな空五倍子ー!」
「…ここで騒いでると後が面倒だぞ」
■■■
一通り部屋を見て。
特に何ができる訳でもないようだ、と取り敢えず柴にぱしゃぱしゃ数枚写真を撮らせ、一行は外に出る。そろそろ夕方。薄暗い。よくよく考えれば来た時間帯もまずかったか。普通に午後、昼日中からの取材と言うのは『怪奇ネタ』には似合わなかろう。
「…取り敢えずドッペルゲンガーって言うと、詩が有名だよね。青褪めた男がどうのって、確かハイネの詩だったかな? これは、ぶっちゃけると自分と瓜二つの姿ってのは…あの世からのお迎え――死神の姿って事なんだよね。死が近くなると、現れる。正体は以前亡くなった友人とか、だっけ?」
「そういや聞いた事あったな。『その姿見て、我が心おののきたり、月影の照らすは、我が己の姿』だったか」
「…柴さん詩なんか読むんですか? 意外だなあ」
「け。どうせ似合わねえよ」
「ま、それはそれとして。ただ、この死神ってのはあくまで詩の話。実在する怪奇となればまた別で」
空五倍子はぴたりと足を止める。
「例えば…魂が分かたれたとか色々と説はあるんですが、今回のこれはどうやら『写し身』ですね」
「写し身?」
「ひとの姿を写しとって自分の姿とする『何か』が居るって事ですよ。で、写しとった姿『本人』と出くわすと、ちょっと大変な事になる、と」
空五倍子は意味ありげに言いながら、じっと前方の暗がりを見据える。
「ま、俺はそう簡単に死ぬ気無いですけど。あー、どうやらこりゃ問答無用で消さなきゃなんないクチだな…」
ぶつぶつとぼやきつつ、空五倍子は背負ったままのディパックの横側ファスナーに手を掛けた。
取材時に彼が背負ってくるディパックの中身は、カメラに筆記具、原稿、事前資料と言った取材道具以外に――術師としての装備一揃い。一見、カジュアルな格好でも本当に必要な用意を怠ってはいない。
「…んじゃ久々に記事になりに行きましょうか。写真の方は宜しくお願いしますよ。柴さん、みあおちゃん」
言い置き、空五倍子は符と小さな短剣数本、水の入った500mlペットボトルを取り出した。
――同時刻、暗がりから現れたのは空五倍子と瓜二つの、姿だった。
■速攻■
「「…うっわ、悪趣味」」
口を開くのさえ同時。
一瞬で鬱陶しくなった空五倍子は眉を顰めると、ちゃき、と短剣を眼前に構え持つ。ペットボトルの水をそれらに万遍無くかけてから、その切っ先で何やら印でも切るよう複雑な形に時に小さく、時に大きく動かす。刃を閃かせ、様々な軌跡を描く。その間、一連の動作であるように、ひゅ、ひゅんと鋭く空を切り、短剣が符を縫い付ける形で次々に投げられていた。四方八方。それなりの規則性はある配置。何やら口内でぶつぶつ呟いてから、破、と気合を入れる。その時手許に残っているのは短剣一本のみ。
「「…正体見たり」」
この後に及んで鸚鵡返し。
それにも構わず空五倍子は、舌先を噛み、その血を最後に残った短剣の刃に鋭く吹き付けた。己の血で染めたその刃を再び芝居がかった動きで奇妙な形に翻す。
と。
「…ぐ」
偽者の空五倍子の身体が、唐突に傾いだ。
そしてそのまま金縛りにあったよう、動かない。
「はい、おしまい」
のほほんと言ってのけると、本物の空五倍子は抉るように手許の短剣を力強くくるりと回した。
それだけで。
――偽者の空五倍子の姿が、霧散した。
「…以上、禁呪でした――コレは、陰陽術じゃなくて方術ですね。どちらかって言うと」
ディパックから取り出した紙切れでぐいと手許の剣を拭うと、次には空五倍子は短剣でそこらに縫いつけた符を回収し出す。
『…早』
「ぼやぼやしてたらこっちが囚われる。誰かの霊どころか念の塊だったからね。今の。意識なんか初めっからない。思いだけが暴走して力持ってるようなもんだよ。主体無し。それも…悪意多め。あれに当たって厄除けも何もせずそのままで居たってんじゃ、雪群氏の死因が心不全も納得」
「そんなだったか?」
「ええ結構強烈で。但し姿を写された相手にしか悪意の念は向かないんでしょうが。だから今の場合は問答無用で『禁じた』訳です。『存在自体』をね」
それが道家で言う「禁呪」です。…別に使用が禁じられたタブーな術って訳じゃなく。
空五倍子は淡々と説明する。
「…ったく。姿が写されたのが俺で良かったですよ」
対処法を持たない柴やお預かりしているお嬢さんのみあおではどうなっていた事だか。
「…取り直しまして写真の方は、どうでしょ?」
「おう。バッチリだ。ちゃあんとお前さんがふたり写ってるところ、撮ったぜ」
「なら上々」
小さく笑った空五倍子は柴の足許、みあおの様子も確かめつつ、先程取り出した物をディパックの中に丁寧に仕舞い込む。
■有耶無耶のまま撮影会■
無事、編集部に帰還して。
フィルムやら何やらとセットで編集長に御報告の後。
ぐいぐいとみあおに服の裾を引っ張られるまま柴は彼女に付いて来る。
そして物影で屈むよう手招きして頼まれた。
と、部内の連中から何幼女に手ぇ出してんだー? と野次られる。
そんな外野に莫迦野郎手前こそ何考えてんだ、と罵倒しつつ柴はみあおの要求に渋々従った。
「…で、何だって? お嬢ちゃん」
何事か小さく耳打ちされる。
…その内容は取り敢えず、それ程深く考える必要のある事ではない。
「…いや? 構わねえが」
「うわーい! 柴ってばイイひとだー!!」
万歳をしながらぴょんぴょんと喜ぶみあおの姿に、野次っていた連中は結局何事なんだ、と注目していた。
■■■
そして。
『?』
「来て来て~♪」
美都の依代ことピンクのウサギのぬいぐるみを持ったまま、みあおは編集部の隅、客人用に仕切ってあるスペースに入り込みちょこんと椅子に座る。
少し遅れて美都本人の霊体も追って来た。
『なーに?』
「写真撮ろ☆」
期待に満ちたきらきらした目でみあおは美都を見る。
む、と美都はつくりのよい眉を顰めた。
『写真…でも私「こう」だし、写真は結構バクチじゃないかなー、みあおちゃん?』
――写るか写らないかわからない。
「だから柴に頼んだ!」
ぐっ、と得意げに親指を立てたグーを出すみあお。
「おう。頼まれた」
のっそりと後から入ってくる柴。
美都はきょとんとその姿を見やる。
柴はいつも持ち歩いているカメラを掲げ、悪戯っぽく彼女を見返した。
『柴さん…だったら写りそうですね』
望むと望まざるとに関らず心霊写真ばかり撮りまくる呪われたフリーカメラマンこと、柴達郎。
彼に撮ってもらうなら、美都でも確り写りそう。
そう思い、みあおは柴に頼みこんだのだった。
■■■
で、柴に何枚か撮ってもらった後。
「ついでに、これは良けりゃ、なんだが…」
そう前置きされて話されたのは、今の写真をアトラス編集後記の欄にでも載せても良いか? という話だった。
…それはみなもお姉さんに訊いてからじゃないとわかんないです。
みあおのその答えに、柴は残念そうに肩を竦めていた、らしい。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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■整理番号■PC名(よみがな)■
性別/年齢/職業
■1415■海原・みあお(うなばら・みあお)■
女/13歳/小学生
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■ ライター通信 ■
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※オフィシャルメイン以外のNPC紹介
■投稿者■雪群・秀彦(ゆきむら・ひでひこ)■
男/34歳/会社員
■取材同行者■幻・美都(まほろば・みと)■
女/(享年)11歳/幽霊・月刊アトラス編集部でお手伝い
■取材同行者■空五倍子・唯継(うつぶし・ただつぐ)■
男/20歳/大学生・マスコミメディア対応陰陽師・霊能ライター
■取材同行者■柴・達郎(しば・たつろう)■
男/35歳/フリーのカメラマン
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さてさて。
初めまして。深海残月です。
この度は御参加有難う御座いました。いつも海原家の皆様にはお世話になっております。
今回はおひとりさまの御参加になりました。
どうやら美都が気に入って頂けたようで(笑)
有難い事です。
記念写真の方は大事をとって、心霊写真ばかり撮ってしまうカメラマンの柴にお願いしておきました。
この美都は今後も編集部に居座る予定なので、宜しかったらまたどうぞ(図々しいっすね…)
戦えないと言われてしまいましたので空五倍子が駆り出されてしまいました。
便利屋と化してます(違)
また、彼の術系統は…信じないで下さい。本当なのは「符」に「剣」に「水」と言う道具立て(いや、それも微妙に怪しいんですが)くらいで、方法としては深海残月のでたらめ九割なので(汗)
…こんなん出ましたが、楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致しますね。
深海残月 拝
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