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調査コードネーム:見果てぬ夢
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :界境線『札幌』
募集予定人数 :1人〜3人
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護り手。
そう呼ばれる存在は、たしかにある。
ただし、それはなにか特定の固有名詞ではない。
組織があるわけでもない。
ようするに、この国を守ろうと考える人々の総称だ。
たとえば自衛隊であったり、内閣調査室であったり、警察であったり。
あるいは個人で戦い続けるものもいるだろう。
前者の代表格だったのは、北斗学院大学に勤務する助教授である。
そして後者は、札幌市内で雑貨屋を営む男があげられるだろう。
新山綾と嘘八百屋。
この二人が邂逅したのは、そう遠い昔の話ではない。
それぞれ自分の裁量と力量の範囲内で、この国とこの島を守ってきた。
これまでは。
「道庁が占拠されたわ」
苦虫を噛み潰したような顔で綾が言う。
「当選なさったばかりの知事も、人質にされたようでございますね」
イヤホンを外し、嘘八百屋が溜息をついた。
「報道管制はどうなってる?」
「あと五時間が限界だな。鼻の良いマスコミは、たぶんもう動き出してる」
内調のサトルと陸自の三浦が小声で会話を交わす。
白ロシア魔術師の残党たちによって北海道庁が占拠されたのは、いまからおよそ一七分前のことである。
心臓部を直撃された。
戦力の激減した魔術師どもは、最後の暴挙にでたのだろう。
だが、このまま中枢が麻痺すれば、暴挙は成功に変わってしまう。
「こっちも迂闊だったな。まさかこんな手でくるとは」
「嘆いていても意味はありますまい」
「その通りよ。嘘八百屋さん。いまは行動の時。でも、まさか市内で自衛隊を動かすわけにはいかないから」
「少人数で潜入するしかありませんでしょう」
「人選を進めて。時間ないわよ。みんな」
助教授の言葉に、三人の男が頷く。
五時間‥‥できれば四時間以内に道庁に潜入し、人質を救出し、首謀者を捕らえるか殺す。
方法はこれしかない。
つまり、こちらの行動指針は、相手にも容易に想定できるということだ。
それでも、
「この北海道をあいつらの自由にさせたりしない‥‥」
エアコンディショナーが送り出す風が、護り手たちの髪を揺らしていた。
最後の戦いの幕が上がる。
※「北の魔術師シリーズ」最終回です。
※バトルシナリオです。推理の要素はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
受付開始は午後8時からです。
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見果てぬ夢
潜入の鉄則。
それは、「相手に見つからず」だ。
ごく当然のことのように思えるが、じつはこの条件を満たすのは容易ではない。
相手が潜入を許さぬように予防線を張っているからでもあるが、侵入したあとに幾人か敵を倒せば、理の当然として察知されてしまうからだ。
言い換えると、時間の経過とともに潜入部隊の不利は大きくなる。
だから、
「秘密裏に任務を遂行することが不可能ならば、できるだけ現場を混乱させる」
という作戦が採られることが多い。
敵から冷静な判断力を奪い、軽挙妄動させるのだ。
むろん、その混乱をこちらがコントロールできなくては意味がない。
どちらの作戦を選択するとしても、けっして簡単ではなかろう。
「難しいからって、逃げるわけにもいかねぇけどな」
ぼそりと呟く巫灰慈。
峰打ちされたロシア人魔術師が、ずるずると崩れ落ちる。
北海道庁。
この北の島の、心臓部である。
占拠されてしまったのは痛恨ではあるが、座って嘆いているわけにもいかない。
人質を解放し、可能な限り迅速に統治機能を回復させるのだ。
マスコミが嗅ぎつけるより速く。
世間が知るよりも速く。
「いくぜ‥‥」
すっと走り出す紅い瞳の青年。
まるでサバンナを駆ける黒豹のように。
作戦は、まだ始まったばかりであった。
「ふふふ‥‥」
蒼い瞳と黒い髪をもった美女が、婉然と笑いながらピストルを構える。
銃口から吹き出す虹色の水。
水鉄砲だ。
瞬間。
追ってきたヴァルキリーたちが、壁とぶつかって消滅する。
「ん。良い出来」
微笑するシュライン・エマ。
右手にもっている黄金銃は、レインボーエリクシルという。
錬金の精霊が宿る特殊な道具である。
その能力は、「無から有を生み出す」こと。
魔力によって呼び出された悪霊(キジーナ)は、錬金術で作り上げられた壁と衝突し、相殺する形で消滅したのである。
「あと三発しか撃てないわね。便利なのは良いんだけど、装弾数が少ないのが玉にきずかな」
けっこう贅沢なことを言って、レインボーエリクシルを懐にしまう。
彼女もまた、道庁に潜入している一人だった。
この他に、自衛隊と内閣調査室から三名ずつの精鋭が忍び込んでいる。
無言の連携を取りながら。
作戦と館内図は、すでに頭に叩きこんである。
いちいち連絡を取り合う必要はないし、傍受の危険を冒してまで取るべきではない。
とはいえ、
「さてと、灰慈の方は上手くやってるかしら?」
やや心配そうに考える。
能力面についてではない。
積極攻撃型に属する同年の友人に、地味な潜入任務が向いているとは思えなかったからだ。
「もっとも、わたしにだって向いてないけどね」
壁に張り付き、気配を探りながら先に進む。
警備の為に配置されていたのであろうヴァルキリーを倒したからには、こちらの存在が気づかれている可能性が高い。
いつ不意打ちが襲ってくるか、知れたものではないのだ。
それに、潜入から三〇分あまりが経過している。
「向こうから動きがあっても良さそうな時間帯よね‥‥」
内心に呟きながら、左手のブレスレットに触れた。
彼女の、もう一つの武器だ。
白ロシア魔術師たちの首魁は、まだ明らかになっていない。
亡命してきたカチューシャからの情報や、捕らえた魔術師からの自白も、そこまでは及んでいないのだ。
「よっぽど隠蔽力が高いのか。それとも臆病者か。どっちかだろうな」
とは、浄化屋の判定である。
いまのところ、魔術師たちは横の繋がりはあるものの、縦の関係がはっきりしない。
組織である以上、トップがいるのは疑いないのだが。
誰の指示を受け行動しているのか。
それを究明し解決しなくては、本当の決着にはなかなか結びつかないだろう。
「いくら兵隊どもをやっつけても、な」
貞秀が唸り、またひとり魔術師が床に崩れる。
「これで四人‥‥」
力量の差が大きい為、命を奪わずに気絶させることができている。
これも、いままでとは異なることではある。
「戦力が底をついてるんだろうな」
四度にわたる攻防で、魔術師たちの実働兵力は激減しているのだろう。
もちろん、
「それは俺たちも同じだけどな」
シニカルな笑い。
人的資源は無限ではありえない。
機械の部品とは違うのだ。
一つの才能が失われたとき、その間隙を埋めるのにどれほどの日数が必要になることか。
だからこそ、命を無駄にするべきではない。
だからこそ、戦争は悪である。
子供でも知っているはずのことを、白ロシアのものたちは判らぬのであろうか。
これほどの犠牲を払ってまで、彼らは何を求めるのか。
沈んだ太陽を沖天に引き戻すことなど、できはしないものを。
時代が変わった以上、人間も変わってゆく。
「いや。人間が時代を変えるんだけどな」
魔術師や祈祷師。神秘主義やオカルティシズムが世界を動かした時代は、とうに終わっているのだ。
科学万能、という表現は語弊があるが、いまは一部の者たちが「技能」を独占する時代ではない。
もともとは神秘主義に対する抵抗勢力として登場した科学。
それはいま世界を席巻し、オカルトは歴史の影へと追いやられてゆく。
「いずれは、俺みたいな人間も必要なくなるさ」
やや寂寥を込めた呟き。
だが、きっとそれでよいのだ、と、巫は思う。
特殊能力など、振るう機会がない方が良い。
「特別な存在」など、いない方が望ましい。
一部の「優秀」な人間が歴史を主導する時代は、もう終わった。
これからは、なんの特殊能力も持たぬ普通の人間が知恵を出し合い、相談して、議論して、試行錯誤を繰り返しながら歴史を紡いでゆくべきだ。
人類は、そういう道を選択したのだから。
「と、柄にもねぇことを考えちまったな‥‥」
表情を引き締める巫。
目前には階段。
これを昇れば、知事執務室はもう目と鼻の先だった。
リビジョニスト。
そう称する人間が、この世には存在する。
歴史修正主義者という。
これは、「現在の人類のありようは間違っているので、正しく軌道修正するべきだ」と考える連中である。
まあ、思想は自由であるし、考えるだけなら勝手であろう。
「でも、実力行使にでられると、ちょっと困るのよねぇ」
シュラインが呟く。
ノイエナチス。
イスラム原理主義者。
そして、白ロシアの魔術師たち。
「ばかばっかり‥‥」
紡ぐ言葉は、苦い。
かつて、ネオナチが作り出した哀しき兵器を目撃したことのあるシュラインである。
あのような悲劇は、もう繰り返したくなかった。
全人類が解りあえる、などと絵空事を唱えるつもりはない。
一〇〇〇人の人間がいれば、一〇〇〇通りの価値観があって当たり前だから。
ネオナチだろうが先軍思想だろうが、考える分には自由だ。
だが、実行を容認することは、けっしてできない。
歴史を逆行させ、悲劇を繰り返すことなど、認めるわけにはいかない。
だからこそ、
「私には戦う力なんてないけどっ」
不可視の弓から、不可視の矢が放たれ、魔術師を二人まとめて拘束した。
矢の名を、疾き風。
効果は、見ての通り風の鎖である。
「いくわよ。シルフィード」
弓に語りかけたシュラインが、庁舎の廊下を駆ける。
もしも彼女に霊能力があれば、シルフたちの声が聞こえたであろう。
『あたしたちも手伝うよ』
と。
シルフィードに宿る精霊は四体。すべてが風の精霊である。
それぞれが特殊能力を持ち、使用者の意図をくみ取り、状況に合わせて最良の攻撃方法を選択する。
嘘八百屋が作る道具の中でも、ひときわ特殊なインテリジェンスウェポンなのだ。
巫が愛刀としている貞秀に、少し似ているだろう。
ただ、貞秀に宿っていたのは、刀匠自身であったが。
「守るんだからっ!」
『絶対に!』
『好きにさせたりしない!』
『この国も!』
『あの人も!』
シュラインの声とシルフたちの叫びが唱和し、次々と襲い来るヴァルキリーたちを吹き飛ばす。
知事執務室前。
魔術師たちにとっては、最後の砦だ。
この扉の向こうには、おそらく首魁がいるだろう。知事を人質にとって。
「しゃぁ!!」
あまり意味のない、だが猛々しいかけ声とともに、巫が知事執務室に躍り込んだ。
相棒が稼いでくれた貴重な時間、無駄にするわけにはいかない。
瞬間。
うなりをあげて襲いかかる無数の魔術の槍。
「くっ!?」
かつ避け、かつ貞秀で弾きながら、床を転がる浄化屋。
回転する視界の中で、敵と人質の位置関係を確認する。
このあたりは、さすがの戦術眼であろう。
敵は一人。
人質は‥‥知事と秘書官だろうか。三人ほどひとまとめにして部屋の隅に転がされている。
どうする‥‥?
一瞬の思考の後、巫は敵と人質の間に滑り込んだ。
助けるためにここに来たのだ。戦闘より、人質救出を優先させるべきだ。
「はやく逃げろ!!」
浄化屋の声。
弾かれたように逃げ出す人質たち。
だが、その速度は巫が期待したものよりずっと遅かった。
暴行を受けたためだろうか。それとも、恐怖で身体がすくんだためだろうか。
いずれにしても、これではただの的だ。
人質たちに魔術の槍が集中する。
「くそっ!」
刀で弾くのは間に合わない!
それを悟ったとき、巫の身体は自然に動いていた。
射線上へと。
自らの肉体を盾として利用するのだ。
躊躇いは、なかった。
彼の恋人がそうであったように、彼もまた多くのものを背負って戦っている。
北海道に住む民が自分たちの未来を託した知事を、こんなところで死なせるわけにはいかない。
たとえ、自分の命と引き替えにしても。
それだけのことである。
「綾‥‥すまねぇ‥‥」
『謝ってばかりじゃの。愚孫よ』
脳裏に響く声。
闇色に変わる貞秀の刀身。
蒸発するように消える魔術の槍。
「義爺さ‥‥ん‥‥?」
『現世(こっち)が騒がしすぎて、ゆっくり眠ってもおられぬわ』
「ばかやろ‥‥」
嬉しさと感謝を押し隠し、呟く浄化屋。
『素直さのないやつじゃ』
含んだような笑声が、心に木霊する。
懐かしい声が。
不敵な笑みを浮かべて、巫がゆらりと立ちあがった。
「逃げな」
人質に語りかける。
先ほどより、ずっと落ち着いた口調で。
こけつまろびつ、執務室から飛び出してきた人質たちは、すぐにシュラインの保護下に入った。
もちろん、それだけで万事が解決したわけではない。
室内で戦う巫は一対一だが、シュラインは四名もの魔術師を相手取って戦っているのだ。
それでも彼女が一歩も退かないのは、守りたいという想いのためである。
「逃げてください。ここは私が食い止めますから」
淡々と言い放つ。
階段を下れば、内調なり自衛隊なりの救出隊と合流できるはずだ。
そうすれば、もう人質の安全は確保されたも同然だろう。
ただ、むろん白ロシア魔術師たちにとって、それは作戦の崩壊を意味する。
むざと逃がしてくれるはずはなかった。
躊躇する人質たちのまえで、黄金銃を抜くシュライン。
「レインボーエリクシル。道を造りなさい」
吹き出す虹色の水。
錬金の壁が、魔術師と人質を隔てる。
「さ、どうぞ」
憎々しいほどの落ち着きで促す蒼い目の美女。
動き出す人質たち。
魔術師とヴァルキリーの攻撃を捌きながら。
野戦服は各所が破れ、血が噴き出している。
それでも、
「ここから先には、一歩も進ませない」
微笑する。
凍土よりも、なお冷たい笑み。
灼熱の太陽より、なお熱い笑み。
黄金銃をしまい、ふたたびシルフィードを構える。
怪鳥のような叫びとともに襲いかかるヴァルキリー。
「いかせない、と言ったわよ」
解き放たれる風の精霊。
真空がキジーナの身体を千々に切り裂き、魔術師たちにも無数の傷を与えた。
「真なる風。これも風の力よ」
花崗岩の城壁のように屹然と立ったシュラインが、言った。
「闇よ! 喰らいつけ!!」
巫の声に応じて広がった闇が、魔術師の召喚したヴァルキリーを包み込む。
「この闇は黄泉平坂。けっしてもどれねぇ地獄の道標だっ!」
次々と闇に飲まれてゆく戦乙女たち。
やがて、執務室の中に動く者は、二人だけになった。
「降伏しろ」
浄化屋が、静かに告げた。
降伏勧告をする余裕が生まれた、ということである。
屹っと睨みつける魔術師の首魁。
青年‥‥少年といっても良い風貌だ。
外国人の年齢はよく判らないが、おそらく二〇歳は越えていまい。
「お前になにが判る‥‥我が一族が受けた苦しみと屈辱‥‥」
「わからねぇさ。だかな。どんな理由でも人を殺す理由にはならねえ」
冷然とした浄化屋の言葉。
あるいはそれは、自分自身に向けたものだったのかもしれない。
彼の手もまた、人の血によって穢れているのだから。
「お前などに‥‥判ってたまるかっ!!」
魔術師の手に生まれる魔力塊。
だがそれも、一瞬のうちに闇に喰われる。
「くっ!?」
「無駄だ。ラスプーチン」
浄化屋の言葉。
はっとする少年魔術師。
「なるほど‥‥そういう流れだったわけね」
横合いから声がかかった。
満身創痍のシュラインである。
なんとか魔術師たちを捕縛して、室内に入ってきたのだ。
これで、戦力比は二対一。
しかも魔法を使おうとしても、闇に喰われてしまう。
がくりと、少年の膝がくずれる。
それが、北の島を襲った一連の事件の幕引きだった。
窓の外から、人質たちの無事を祝う声が聞こえていた。
エピローグ
「バウディア・ラスプーチンっていうらしいわね」
「やっぱり、怪僧の血脈だったか」
「確信があったんじゃないの?」
「自身はあったけど、証拠がなかった」
「‥‥なるほど」
巫の言葉に、シュラインが軽く頷いた。
蒼い瞳に、明度を増す空が映る。
「ねぇ。灰慈」
「あん?」
「あの子って、どうしてこんなことを企んだのかしら?」
「闇ってヤツは‥‥」
「‥‥‥‥」
「誰の心にもあるもんだからじゃねぇかな‥‥」
「‥‥そうね」
暁闇。
灼熱の一夜が終わりを告げ、新たな一日が始まろうとしていた。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0143/ 巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター 浄化屋
(かんなぎ・はいじ) with貞秀
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま) withシルフィード
withレインボーエリクシル
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせいたしました。
「見果てぬ夢」お届けいたします。
なんと今回も定員割れ‥‥がびーん(汗)
でも、その分、描写が厚くなっているはずですが、如何だったでしょう。
楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
☆お知らせ☆
5月1日(木)、5月5日(月)の新作アップは、著者、私事都合によりお休みさせて頂きます。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
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