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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


蔦の館の姫君

*オープニング*

 彼が誰かに恋をしていることはすぐに判った。
 伊達に産院で産まれた時からのお隣さんなわけではない。
 柚原夏南(ゆずはら・かなん)は、誰よりも早く幼馴染みの東路也(あずま・みちや)の異変に気が付いた。
 判らないのは相手が誰かと言うこと。夏南が確信を持って言えるのは少なくとも相手は同じ学校の子ではないと言うことだけだった。
 ある日、毎日毎日出かけていく路也を尾行して、夏南はその相手を突き止めた。
 蔦に覆われた洋館、近所の子供の間では幽霊屋敷として有名な無人の館のはずだった。
 なんでこんなところで会っているのだろうと、少し首をかしげながらも路也の後を追って忍び込んだ夏南がそこで見たのは、居間で誰かと楽しそうに話している路也の姿だった。だが、その相手の姿はちょうどカーテンの陰になっていて夏南の位置からは見えなかった。
 それに焦れて、窓にかぎがかかっていないことを確認した夏南は、居間の窓を開けて路也を呼んだ。
「路也」
「夏南?―――――」
 そう路也が振り返った時だった、突然開いていた窓がばたんと閉じる。そして、夏南が突然のことに吃驚しているうちに、屋敷の蔦がものすごい勢いで伸びはじめる。
「うわ、ちょっ、なんだよこれ!!」
 叫んでいる間に、あっという間に、蔦が屋敷全体を包み込んでしまった。
「路也、路也!!」
 叫んでみても、路也からの返事はない。
 蔦の隙間を広げて何とか室内の様子を覗くと、路也は今のソファに横たえられている。路也が話していた相手の姿は相変わらず見えない。
 とにかく路也を助けなければと、夏南は誰かに助けを呼ぶべくその場を離れた。
 来た道を戻ろうと走り屋敷から飛び出した途端、男にぶつかった。
「いってぇ、どこ見て歩いてんだよ、オッサン!」
 そう勢いよく怒鳴られた男―――草間武彦は「オッサン」という一言に一瞬、傷ついた顔をして見せた。
「この場合、突然飛び出してきたヤツにぶつかられた俺の方が被害者だと思うんだがな」
 そんな、草間の言葉に夏南は耳を貸す様子もなく、とりあえず、見ず知らずの男だろうがなんだろうがここで会ったが百年目とばかりに草間の服をきつく両手で掴んで言った。
「助けてくれよ、オッサン!」

*シュライン・エマ*

「お帰りなさい」
 事務所に戻ると、出掛けには零しかいなかった事務所にはお馴染みのシュライン・エマと海原みなもの2人、そして正体不明ではあるが最近稀に顔を見せる深影想助の姿があった。シュラインとみなも、零の3人は応接セットに腰掛けてティータイム、想助は3人から離れた窓際に立っていた。
「あ、お帰りなさい。今日、調理実習でマドレーヌ作ったんで持ってきたんです」
「で、武彦さん、その後ろの子は?」
「後ろの子?」
 シュラインは足音で武彦がひとりで戻ってきたのではないことに気付きそう言った。
 全く気付いていなかった様子のみなもと零はその言葉で始めて気付いたようで、草間の背後から現れた子供に驚いた顔をしている。
「おっさん、こんなことしてるヒマはないんだって、早くあそこから路也を助けなきゃいけないんだから―――!」
 年はみなもよりも少し下くらいだろう、Tシャツにジーンズのいかにも活発そうなその子供は、草間に首根っこをつかまれ猫のようにじたばたしながらもそう言って大きな声を出している。
 黙って2人の攻防戦を見ている面々の視線に気付き、
「あ〜……」
草間はちょっと気まずそうな顔をする。
 どうやら、子供と一緒に厄介事も拾ってきてしまった様子だ。
「悪いけど、ちょっとコイツの話し聞いてやってくれないか」
 シュラインは、すばやくみなもの隣に移動して一方のソファを明渡す。
「とりあえずここに座りなさい。まず名前と年齢は?」
「柚原夏南、11歳」
「さっき『助けないと』って言ってた路也君っていうのは? 誰なの?」
「オレの幼馴染みだよ。なんだか最近様子がおかしかったんだ。きっと好きなヤツが出来たんだと思う。妙にこそこそしてて……だから、今日跡をつけたらアイツ4丁目の幽霊屋敷の中に入って行って―――あの家にはもう誰も住んでないんだって聞いてたのに中にいる誰かと話してたんだ。それで、オレつい覗いていた窓を開けてアイツのこと呼んだら……急に窓が閉まって開かなくなったんだ! それに壁に張り付いてた草が急に伸びて窓を隠しちゃうし!」
「で、とにかく助けを呼ぼうと飛び出したところでぶつかられてな」
 それで連れて来ちゃったのね……とシュラインは思わず呟いた。
―――そりゃあ、助けてって言われるとつい面倒見ちゃうのは武彦さんのいいところだと思うけど……
 何も、みすみすただ働きの種を拾ってくることはないのではないかとも思うのも本音だ。
「とにかく! 早く路也を助けないといけないんだってば!」
 再び立ち上がろうとした夏南を草間は押さえつけた。
「まぁ、待てって」
 夏南の暴れっぷりを見るに見かねて、
「そうよ、坊やの話しだけじゃ情報が少なすぎるわ。路也君を助けるにしろなんにしろそのお家の事をちゃんと調べないと」
諭すようにそう言ったシュラインに向かって夏南は、
「そんな暢気なこと言ってて路也になんかあったらどうするんだよ、オバサン!」
と、シュラインを睨みつけてきた。
 その夏南の台詞に一瞬事務所が静まりかえる。
「オバサン、ねぇ……」
 シュラインのその冷静な口調がよりいっそう寒気を誘ったらしく草間などは見ざる聞かざる言わざるといった感じで無視を決め込んでいる。
「シュラインさん、夏南さんまだ子供だし――――」
「わかってるわよ、みなもちゃん。お子様の発言にいちいちヒステリー起こしたりしないわよ」
 そう言ってシュラインはみなもに向かって微笑んで見せた。ただ、ついつい『お子様』の部分に力が入ってしまったのはご愛嬌というものだろう。
 シュラインはいつもよりも嫣然と、
「夏南くん、路也君を心配する気持ちは判るけれど路也君がそのお家で話していた相手が誰にしろ謝らなくちゃだめよ。どう考えても最初に失礼なことをしたのは貴方の方なんだから。違う?」
と言った。
 夏南にもその自覚が多少なりともあったのか途端にしゅんとしてしまった。
―――まぁ、ただ我儘なお子様ってわけじゃないみたいね。
 きっと、その幼馴染みのことが心配すぎて取り乱している部分が大きいのだろう。そう考えると、そんなに悪い子ではないようだ。
「じゃあこうしませんか。僕は夏南くんと先に現場に行きます。現場に行く人とその家について調べる人の二手に分かれるっていうのは?」
 それまで黙って話しを聞いていた想助が提案していた意見にみなもも賛成する。
「そうですね。現場に行かないと判らないこともあるかもしれませんし。あたしも一緒に行きます」
 シュラインもその意見には賛同だった。
「それでいいか?」
 草間の問いかけに夏南は黙って首を縦に振る。
「じゃあ、あたしはそのお家の事を調べるわ。みなもちゃん携帯持ってきてるわよね?」
「はい」
「連絡はそれで取りましょう」
「わかりました」
「じゃあ、行こうか」
 夏南を先頭にして事務所を後にする3人を見送ったシュラインが振り向くと、草間はいつのまにかかけていた電話を切ったところだった。

          ***

 シュラインはまず、夏南に聞いたその家の正確な番地を調べる。
 S町4丁目16番。
 そして、過去10年の住宅地図でその家を確認すると、8年前の地図にはその家は『宇野正行』という人物の家となっていた。
 そこまで調べたところで、事務所に青年がひとり入って来た。
「思ってたより早かったな」
と、草間は青年―――宮小路皇騎の顔を見るなりそう言った。彼は、表にこそ出ないが有数の財閥と陰陽師一族の跡取であり、コンピューターにも精通している。その能力を生かして、調査員として草間興信所に来る依頼を手伝っている。
「至急の呼び出しだと連絡を受けたので急いできたんですけど」
と皇騎は苦笑してみせた。
「ノーギャラで悪いんだがちょっと協力して欲しいことがあってな」
 そう言って草間は夏南とその幼馴染みが出くわした一件とそれに関わることになった自分の不運、そして現在の状況を説明した。
「とりあえず、今のところわかってるのは問題の家の正確な住所と8年前までそのお宅は宇野正行さんという人のお宅だったって事くらいなのよね」
 この数分の間にシュラインが事務所の中で調べたことについて皇騎に報告する。
「それだけあれば十分ですよ」
 皇騎が持参したラップトップのノートパソコンは、一見ただのノートパソコンのように見えるが能力的にはそこいらのデスクトップのパソコンを軽く凌ぐ高性能の特別なものらしい。
 ネットに接続したかと思うと数分後には、皇騎は1枚の紙をプリントアウトした。
 そこには現在の所有者がまだ宇野正行氏であること、宇野家の当時の家族構成は宇野負債、それに一人娘の3人であるとの事。そしてあの家の管理を任されているのはちょうどこの事務所から宇野邸へいく道中にある個人の不動産屋であるということが記載されている。
「実家の方に宇野氏の現在の勤務先等を調べてもらうように手はずはしました。先行して既に現場に行っている人たちがいるのなら少しでも早く情報を得る必要がありますから」
 シュラインはまずすぐに不動産屋へと電話を掛け、手早くアポイントを取り付ける。
 その間に皇騎はというと、ネットからその近辺で関係ありそうな噂話等を探っていた。
 何しろ、いつもと違い今回は時間がない。
 互いに打ち合わせをしたわけではないのだが、必然的に役割分担が出来ている。いかに時間のロスを少なくしてより多くの情報を得るか。ある意味、お互いの腕の見せ所と言うところだろう。
「どう? 何かあの家についての噂話とか見つかった?」
 シュラインは、電話を切ったあとにすぐに皇騎の手元のディスプレイを覗き込んだ。
「特別、近所や子供達の間で何かあの家についての噂があるわけではないようですね。子供にしてみればあの洋館風の見た目が好奇心をそそる元になってはいるようですが―――とにかく不動産屋に当たってみるのが1番手っ取り早いでしょうね」
「そうね。あ、その前に……1度みなもちゃんのところに今の時点での情報を伝えておいた方がいいわね」
 そう言うと、シュラインは『海原みなも』のメモリーをダイヤルした。
 コール5回で、
『もしもし』
と、みなもの声が聞こえた。
「もしもし、みなもちゃん? まだ、中には入ってないわよね?」
『はい。夏南さんが教えてくれた壁の崩れた場所から敷地内には入ったんですけど』
「とりあえず、不動産屋には手を回して物件に興味があるってことで話しはつけたから。鍵はありきたりだけど、玄関脇の鉢の下にあるらしいわ。そこに住んでいたのは宇野さんという家族だったそうよ。家族構成は両親と娘が1人。でももう数年前にそこを引き払ってるんですって。ただ、まだその家を所有しているのは宇野さんのお宅らしいの」
『じゃあ、その娘さんが路也さんと話されていたんでしょうか?』
「まだ確認中なんだけどその可能性はあると思うわ。家族の行方が判ったらまた連絡するけど」
『はい、じゃあこれからどうにかして中に入ります。また入れたら連絡しますね』
「えぇ、なるべく私たちも早くそっちに行くから。これから先はメールで連絡を入れるから。気を付けてね」
 そう言ってシュラインは通話を切ると、
「さ、行きましょうか」
と、皇騎を促がした。

          ***

 こぢんまりした不動産屋に着くと2人はそのまま応接室に通され社長自らの歓迎を受けた。事前に宮小路財閥の名前を出していたのがよほど聞いたらしい。
「実は先日あのあの物件の近くを偶然通りまして。今度私設のアンティークインテリアショップをという計画があるんですが、ちょうどイメージにぴったりだったもので」
 シュラインがそう切り出すと店主は相好を崩す。
「えぇえぇ、あの家は元を辿れば華族のお屋敷だったという由緒ある物件ですから。しかもですね登録手続き等の諸経費を合わせまして……」
店主はいそいそと電卓を叩き、
「このお値段で結構です」
と売り込んでくる。
「……確かに、お安いようですけど、ちょっと引っかかりますね」
 皇騎のその呟きに、店主がぎくりとした顔をしたのを2人は見逃さなかった。
「―――何か隠していることがあるんじゃないですか?」
「い、いえ、とんでもない」
「何もないのに、そのお値段って言うのはね……」
 その言葉に、店主は青ざめる。
 更にシュラインは後をを続ける。
「ねぇ、ご主人。腹を割ってお話ししませんか? 本当のことを言わせていただくと、もうこちらとしてはほぼあの物件をと言うことで話は進んでますの。ですから、多少の曰く付きでもかまわないんですよ。一般のお客様をお相手するよりも、宮小路財閥のお得意先のお客様が中心となるわけですから―――。むしろ、後になってその事をこちらが知った場合の方が問題になると思いませんか」
 にっこりと微笑むシュラインに対して店主の顔色は青を通り越して白くなっている。
「どうですか、ご主人」
 皇騎の駄目押しに店主はがっくりと項垂れる。
「―――実は……以前あそこに住んでいらっしゃったお宅に不幸がありまして」
「あら、それは何か事件とか?」
「と、とんでもない」
 店主の額からはだらだらと脂汗が流れ出す。
「いいえ、事件ではないんです! 現在もあの物件の所有者であるご夫婦のお嬢さんが病気で亡くなられて……高齢になってから授かった1人娘だっただけにご夫婦には相当ショックだったらしく―――娘さんの思い出の染み付いたお宅に住みつづけるのはつらいということで家具も殆どそのままで二束三文で手放されたんですよ」
「そうですか。そのお嬢さんって言うのはお幾つだったんですか?」
「ちょうど、ウチの娘と同い年だったんで、10歳かそこらですかねぇ。もともと病弱な子でほとんど学校にも行ってなくて仲の良い友達もいなかったっていうんだから、本当に気の毒な話しですよ―――」
 話しているうちに当時を思い出したのか店主はいつのまにかしんみりとした顔をしている。
「失礼ですけれど、そのご夫婦は今どちらに?」
「いまは、ご主人のお仕事の関係で確か外国の方に行かれたっきりです」
「そうですか」
「えぇ、ですからウチとしても生半可なお客様にはお売りすることは出来なかったんですよ」
 そう言った主人の顔は先ほどまでの顔とはうって変わって人の子の親といった顔でシュラインと皇騎の顔をしっかりと見つめ返している。
「わかりました。そういったことも考慮して前向きに検討させていただきます」
 皇騎のその言葉に、店主はよろしくお願いしますと深々と頭を下げた。
 
 皇騎は店を出るなりジャケットの胸ポケットから携帯を取り出した。
「どうしたの?」
「いえ、実家の方から連絡がありまして。大体はあの店主の話し通りですね。あとこれを送ってきました」
 どこから入手したのか、携帯に亡くなった少女の生前の写真だった。
 ひとりでこの少女はいったいどんな気持ちで病気と闘っていたのか。その日々を過ごしていたのか―――とてつもない孤独の闇が彼女を飲み込んでしまったのだろうか。
 幼い少女の心を想像して、シュラインの胸は押さえた。

          ***
 
 宇野邸にたどり着いたシュラインは、皇騎が敷地全体に結界を張っている間に中に居るであろう夏南たちと連絡を取る為にみなもの携帯にメールを入れた。だが、返事は返って来ない。
「中の様子は?」
 結界を張り終わった皇騎が戻って来るまで、メールを入れてから5分近く経過してもみなもからの応答はない。
 嫌な予感を感じながら、シュラインと皇騎はその家に足を踏み入れた。
 しかし、予想を裏切って、中に入るなりに夏南、みなも、想助の3人が玄関先へ姿を見せた。ただ、やたらと慌てている様子ではあったが。
「シュラインさん!」
「あぁ、良かった無事だったのね。メールを入れても全然返事がないから心配してたのよ」
 シュラインにそう言われてみなもが慌ててポケットの中から携帯を取り出すと確かに、メールが4通も届いていた。
「ご、ごめんなさい。バイブにはしてたんですけどあせってて気付かなかったみたいで」
「まぁ、いいじゃないですか。無事だったんですから」
と、皇騎はそうシュラインをなだめるがその台詞を聞いて、夏南は猛然と反発する。
「全然無事じゃねぇよ! さっきなんて、最初に路也が居た部屋に探しに行ったのに路也は居ないし、閉じ込められるし。この兄ちゃんのおかげで何とか部屋からは出れたけど……路也は1人で閉じ込められてるに決まってるんだ。全然無事なんかじゃない」
「以前この家に住んでいたお宅の娘さんはずっと1人だったそうよ」
 シュラインはそう言って、自分と皇騎が調べてきた内容を話し始めた。
「だから、もしも本当にその子が相手だとしたら―――少なくとも『大事なトモダチ』である路也君を傷つける事はないと思うの」
「とりあえず、『場』を安定させる為にこの家の敷地全体に結界を張ってありますから、これ以上何かが起こることはないはずです。2階に彼女の自室にだった部屋があるそうですから行ってみましょう」
 何かを考え込んでいる夏南は頷いた。
 5人は2階へあがりシュラインと皇騎が調べてきたと部屋の前に立つ。
 シュラインがまずドアをノックした。
 当然返事はない。
 ゆっくりとドアを開ける。
 カーテンで閉ざされた薄暗い部屋。
 その中に入った夏南は、
「路也!」
とベッドに寝かされている少年に向かって駆け寄った。
 しかし、路也と夏南の間にどこからか人形が現れる。そして、その人形の中から現れた人影が突然夏南の視界を遮った。
『ダメ!』
 シュラインはさっきの写真を思い浮かべた。
 夏南の行く手を遮ったのは間違いなく、写真に写っている宇野弥生本人の姿だった。
 彼女は手に先ほど人形を抱いて開いている手を広げている。
『ダメ、路也君はサツキが見つけてくれた弥生のトモダチなんだから!』
 サツキと言うのが人形の名前なのだろう。
「でも、弥生ちゃん。弥生ちゃんが寂しかったように夏南さんにとっても路也君は大切な友達なんです」
 みなもはそう言って弥生の説得を試みたが、逆に、
『弥生には路也君しか友達が居ないのよ。あなたには他にもいっぱい居るでしょう? いつも見てたから知ってるわ。だから帰って! 弥生から路也君を取り上げないで!!』
と弥生はますます感情を露にする。
 弥生が激昂するのに共鳴するように部屋が……屋敷全体が震える。
「っ……」
 それによって、結界を張っている皇騎に多少なりとも反動が来るのか、皇騎は微かに眉間にしわを寄せた。
「夏南さん!」
 弥生に突き飛ばされた夏南を後ろに居たシュラインとみなもが受け止める。そして、いつのまにか再び光刀を手にした想助が弥生の前に立ちふさがる。
「なるべく穏便にと思っていたが、そちらがそうくるなら黙ってやられる必要はないだろう」
 そう言って、1歩足を進めた想助を止めたのは意外にも夏南だった。
「待って!」
「ちょっと、待って」
 みなもとシュラインにありがとうといって、夏南は再び弥生と対峙する。
「確かに、オレには他に友達は居るよ」
『じゃあ―――』
「―――でも、誰も路也の代わりになんかなれないよ。君が路也が居なくなったら淋しいのと同じだから」
『それじゃあ、あたしはどうすればいいの? やっぱり1人で居なくちゃいけないの?』
 弥生のその言葉に、夏南は首を横に振り、
「オレと一緒に行こう」
と、手を差し伸べた。
「オレと一緒にやり直そう。こんなくらい家の中に閉じこもってないで、俺が外へ連れて行ってやる」
 夏南の発言に、一同戸惑いの表情を隠し切れない。
「淋しいんだろ? オレと一緒に来れば路也だって一緒だし学校にだって行けるだろ」
『……いいの?』
 戸惑っているのは弥生も同様だったようだ。だが、その弥生に向かって、夏南ははっきりと
「いいよ」
と頷いた。
「え、ちょっと夏南君」
「いいんだって。来いよ」
 もう1度差し出された夏南の手を弥生は取った。
 人形が床に落ち、弥生の姿は消える。
「ん……」
 次の瞬間、あの騒ぎの中、全く気付く様子のなかった路也の口から小さな声が漏れた。
「路也」
「……夏南?」
「ほら、帰ろうぜ」
 目を覚ました路也に夏南はそう言って手を引っ張った。

          ***

 夏南は路也とそのまま宇野邸から自宅に帰って行った。
「ありがとうございました――――って、言ってましたよ夏南さん」
と、みなもは別れ際に草間に伝えて欲しいといわれた言葉を草間に伝えた。
 事務所に戻って来たのはシュライン、みなも、皇騎の3人でいつの間にか想助の姿は消えていた。
「でも、驚いちゃったわよ、まさかあんなこと言い出すなんてね」
「まぁ、確かに予想外でしたけど、丸く収まってよかったんじゃないでしょうか」
「そうですよ、それに誰も怪我とかしなかったわけだし」
 草間に事の顛末について説明した後、感想を述べだした一同は草間が口にした、
「しかし、男前じゃないか。意外と大物になるかもな、あのボーヤ」
という言葉に口を止めた。
「な、なんだよ」
 その反応に、草間は何かまずいことでも言ったのかという顔をする。
「まさかとは思うけど、武彦さん気付いてなかったの?」
「何にだ?」
「……夏南さん、女の子ですよ」
「えぇ!?」
 やっぱり、と皇騎は呆れたような顔をして草間を見ていた。
「きっと『イイ女』になるわよあの子」
 そう言ったシュラインにみんなが頷いたのは言うまでもない。

Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生 】
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20歳 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)】
【 0893 / 深影・想助 / 男 / 19歳 / 時空跳躍者 】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、遠野藍子です。この度はご参加ありがとうございました。
 今回の『蔦の館の姫君』ですが、遠野的には姫君は路也君だったりします。そして最初のモチーフは眠れる守の美女だったりします(笑)そんなメルヘンなモチーフだったはずなのですが、こんな感じになりました。おかしいな、どこで間違ったんだろう。
 そういう意味では少し当初とは予定外の展開にはなりましたが、結果的にみればその方が良かったような気もしたりしなかったり……<結局どっちなんだか
 何はともあれ、少しでも気に入っていただけるお話しになって居れば幸いです。

シュライン・エマPL様>再度のご参加ありがとうございました。不動産屋に飴と鞭を使い分けていただきましたが、PCのイメージを掴めているかどうか不安な限りです。でも、やはり1番の目玉は夏南の「オバサン」発言でしょうか。これは今回の話のかなりのポイントだと思ってます。プレイングを読ませていただいた瞬間に思わず笑ってしまいました。えぇ、全く想像してなかった台詞だったので。お気に召していただければ嬉しいです。
では、また機会があれば再度のご参加楽しみにしています。