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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ト長調『五月のそよ風』
〜Lieder ohne Worte - Op.62-1

「ほ、北海道、ですか? またまたこれは、随分と遠い所で――」
「そんな事いわれても、ねぇ、ユリウス? 幽霊というものはね、所構わず出てくるものなのよ。良いじゃないの。折角北海道に行くんだったら、経費削減よ。ついでに取材してきて頂戴」
「……なんで又そんな」
「遠い、って言っても、あなただって行くんでしょ。なら、良いじゃない」
 普段厄介な目に遭わされている報復よ、とばかりに、碇は1枚の紙をひらつかせながら、ユリウスに向かって微笑んで見せた。
 ――ユリウス・アレッサンドロ。
 齢27にして、教皇庁の高位聖職者である枢機卿であるその青年は、気まずそうに己の金髪(ブロンド)を、肩元で弄繰り回しながら、
「けれども、別に遊びに行くわけじゃあありませんし……」
「麗花ちゃんだって喜んでいるんでしょ? 観光だと思って、ね」
 碇から突きつけられる紙を受取るなり、うーん、と1つ、唸り声を上げた。
 実はユリウスは、明後日ほどから、暫く北の大地へと出向く事となっていた。理由は、麗花をとある人物に会わせる為――麗花とは、ユリウスのいる教会に勤めている、霊媒体質のシスターの事であった。
 本当は、彼女の霊媒体質を考慮すれば、とてもではないが飛行機などに乗れるはずも無いのだが、
「札幌は、京都にどこか似ているわ。碁盤の目なの。綺麗にね。観光だってし易いでしょうに、」
 麗花に会わせたい人物、すなわち、死霊使い(ネクロマンサー)の講師が、そこにしかいないのであるから仕方がない。
 ユリウスの考えによれば、彼女の霊媒体質の有効利用の手立てがここにあるのだとされていた。
 それは、ともあれ。
「勿論、その小難しい日程に、あ、ネタになりそうなら現地から調査員を同行させてもらうかもしれないけれど、それには支障が無いように、で良いの。夜中にね、地下鉄の駅構内を子どもが走り回るだなんて、どう考えてもおかしいじゃない?」
「それは、そうですけれど」
 所が、今回碇がユリウスに頼んでいるのは、それとは全く、別件の事であった。
 最近の『月刊アトラス』への投稿による、とある噂――夜中になると、大通り駅の構内を、小さな子どもが走っているのが見かけられる、という噂の、実質的な調査。
 駅員の方も、ホームレスの方も、かなり驚いているのだとかいないのだとか。
 面白そうじゃない? これは間違い無く、雑誌(うち)の求める方向のネタだわ。
「という事で、宜しくお願いするわ」
「そんな、ですから、時間もありま――」
「市民会館横の雪印パーラー」
「……へ?」
 なおもしりごみを見せるユリウスに、ここぞ、とばかりに言葉で突きつけてやる。
 最初から断られる事は知っていたわ。なら、こっちにだって、エサを用意しとく必要があったわけよ。
 意地悪く微笑みかけると、
「巨大パフェがね、あるのよ。それをおごってあげるから、行ってきて頂戴」
 無論こう言われてしまえば、具合が悪くなるほどに甘い物好きのユリウスが、事を断れるはずもない。
 気がつけば首を縦に振っていたユリウスの姿に、碇は満足気な微笑を浮かべていたのだった。



I

「――という事で、お願い致します。たとえ幽霊とは雖(いえど)も、小さな子どもを泣かせておくことは忍びありませんからね……」
 終電前に駅構内に入り込み、駅長らしき人物を捕まえて。
 早速ユリウスは、どこぞからの受け売りの言葉で、駅長に頭を下げていた。
「いえ、大丈夫ですって、器物破損などは絶対に致しませんし……教皇庁(ヴァチカン)と、CBCJ(中央協議会)に誓って大丈夫です。あ、ほら、身分証明書もここに、」
 困り果てた様子の駅長に向かい、威厳の欠片も無い交渉を繰り広げるユリウスに、
「……全く、もっと堂々としたら良いですのに」
「あーあ、それにしても退屈……みあお、こーいうの嫌いなんだよね……」
 思わず呟いたシスター・星月 麗花(ほしづく れいか)の横であくびを噛殺したのは、海原(うなばら)家の末っ子の小学生、海原 みあおであった。
 肩まで伸びる銀髪をわしわしと掻きながら、
「早く行こうよ……許可なんてどうでも良いって。みあお、面倒な事は嫌いだもん。ぶっつけ本番が好きだな〜」
 髪の毛と同じ色の瞳で、ふと、横に立つ影を見やった。
 その先には、年の頃なら10代前半、といった所だろうか。綺麗な金髪(ブロンド)の縦巻きが良く似合う、やわらかな雰囲気の少女がすっくと立っていた。
 みあおの声に振り返った御影 瑠璃花(みかげ るりか)は、いつも通りに手にしたクマのぬいぐるみを抱えなおすと、
「それもそうですわね。けれど……ほら、許可は一応、頂いておきませんと」
 青い瞳でみあおに微笑みかけ、そのまま上にある見慣れた少女に向かって同意を求める。
「まぁ、確かに。一応、できることなら穏便にやりたいしね。第一、警察に捕まるわけにもいかないもの」
 瑠璃花の視線の先で揺れる、長く、青みがかったさらさらの銀髪。
 ――光月 羽澄(こうづき はずみ)。
 瑠璃花の視線に応えたのは、鮮やかな緑の瞳の美しい、この場で唯一の高校生であった。
「まあ、交渉なんて、確かに面倒だけど」
 さらに頭を下げるユリウスの情けない姿に、いよいよ呆れ始めた隣の麗花の肩を諭すように叩きながら、思わず深く、溜息をついてしまう。
 確かに私生活上でも、そうしてその仕事上でも、交渉の大切さ、は、良くわかっているつもりではあったのだが。
 それにしても、
「随分と下から交渉≠ネさるんですね、ユリウスさんは」
「ええ……もう少し堂々と交渉していただいても、きっと大丈夫だと思うんですけどね。あれじゃあ交渉じゃなくて……」
 なんだかまるで、社員が社長に平謝りしてるみたいだわ。
 言葉の後半をぐっと飲み込んだ麗花の姿に、羽澄はその普段の苦労を、垣間見てしまったような気がした。

 ――そうして、昼間行った簡単な聞き込みも総合するに、
「アイスクリーム〜♪」
「あら、みあお様? 先ほどお菓子を食べたばかりではありませんでしたの?」
「いーのいーの。まだまだみあお、食べれちゃうよっ! 海鮮弁当とかも無いの? 沢山食べて帰るんだっ!」
「いや、海鮮弁当は地下鉄には無いんじゃあ……?」
 いや、した所で。
 役立つ情報が、殆ど皆無である事に、変わりは無かった。
 終電直前の駅。急ぎ足の人々に、5人も急ぎ足に聞き込みを行い、一応駅員の話なども総合してみたものの、結局、判ったのは、駅に少女が出る≠ニいう話のみであって、その出現場所や様子については、殆ど何もわからないままであったのだ。
 行き先の当ても無いままに、適当に歩き回る夜の駅構内。まだまだ肌寒い札幌の夜の中で、優しい駅員の考慮により構内の所々の明かりなどはつけられたままにはされていたものの、それでもどうしてか、必要以上に肌寒いような気がしてならない。
 もう少し厚着をしてくるべきでしたね、と、腕をさするユリウスの横では、みあおが先ほど買ったばかりのアイスクリームを舐めていた。
 いくらユリウスが甘いもの好きだとは雖(いえど)も、寒い日の、寒い所でのアイスクリームには、少々勘弁してほしいものがある。
 嗚呼、主よ、何か寒いです……そろそろ暖かいお布団で眠りたいですねぇ。麗香さんったら、最近あーやって私のこと、コキばかりつかってくれますけれど――って、パフェに釣られた私がもしかして一番悪かったりですとかっ?!
 ……と。
「両手に花、どころか、両手に花束、じゃない? ユリウス?」
 瑠璃花と羽澄と仲良く話していたみあおが、不意に考え込むユリウスの僧衣の裾を引っ張っていた。
「え、あ、はあ……」
 慌ててはた、と見下ろし、どう答えて良いのかわからなくなってしまう。
 教皇庁内では知識人、として知られているユリウスにも、実は苦手な事がいくつかあった。
 甘いものの無い環境≠ヘ言うまでもないのだが、
「瑠璃花も羽澄も麗花も可愛いし、みあおだって可愛いでしょっ?」
「ええ、まぁ、それは本当の事でしょうけれども、」
 実は子どもが苦手だという、意外な一面がちらりと覗く。
 無論、とりわけて子どもが嫌いだというわけではなく、
「……それにしても、ませたことを仰るんですね」
 文字通り苦手≠ネのだ。子どものあやし方、というのを全く心得ていない為、どう接すれば良いのかわからなくなってしまう事が、多々あるのだから。
 ――ちなみに、女の悩み事≠ニいうものも、苦手ではあったが。
 麗花曰く、デリカシーの無い枢機卿。
「マセテルかな? 普通だよね? ねぇ、麗花?」
「ええ、普通ではないかと。と言いますか、みあおちゃんも可愛いですね……♪」
 ぬいぐるみを抱える瑠璃花の手を、今日も忘れる事無くぎゅっと握り締めながら、問われた麗花がにっこりと微笑んだ。
 元々子ども好きな麗花は、両脇に愛らしい少女達を並んで歩かせて、今日も非常に上機嫌であった。
 ってゆーか、可愛すぎだわ!
 みあおがアイスを食べ終わり次第その手を取ってしまおうと、麗花は場違いにもこっそり目論むのであった。



II

 ――突然。
「……あら?」
 ふ、と、意識の隅を掠めた違和感≠ノ。
 何かの、音を聞いたような気がして。
 羽澄は不意に、4人を小走りに離れ、その先にあった廊下の奥をじっと覗き込んだ。
 薄光に沈んだ、静かな廊下。
「羽澄おねーさま? どうか、なさいましたの?」
 飴色とオフホワイトのAラインコートに、ペタンとたれたウサ耳の帽子。淡いハチミツ色のフリルスカートを、ふわりふわりと靡かせながら駆け寄ってきた瑠璃花に、
「いや、何か聞えたような気が――」
 正確に言うと、気配がした、となるのかしら……?
 少々言葉に詰まる羽澄は、けれども次の瞬間、
 不意に、
「あら、瑠璃花ちゃん……?」
「はい?」
「誘われてきちゃったみたいだよ」
 悪戯っぽく、宙に向かって微笑んでいた。
 文字通り。
 ふわり、と羽澄の目の前を通り過ぎる、光が1つ、2つ、3つ――4つ、と。
「わぁ、きれーっ!!」
 麗花と話をしていたみあおは思わず、その光景に、戸惑う瑠璃花の方へと駆け寄って行く。
 宙を舞うのは、無数の光。
「……あらら?」
「すっごぉいっ! これ、羽澄と瑠璃花の手品っ?!」
「いや、手品って」
 両手を広げ、銀を靡かせ、みあおがくるり、と一回り。
 あまりにも突然現れた光の精霊達の姿に、瑠璃花は差し出した手で、触れられはしない友人達の姿を、けれどもしっかりと、確認する。
 呼んでも、いないというのに、
「どうしてでしょう……?」
「瑠璃花ちゃんがあまりにも可愛いから、呼ばれたのね、きっと」
 光魔法の使い手でもある、瑠璃花。
 意外な時間。意外な友人の訪問に、精霊達の方も、喜んでいるのかもしれないわね。
 羽澄も無意識のうちに、胸の前で両手を合わせると、それでも嬉しさを隠し切れない瑠璃花がくるりくるりと舞い踊るのを見つめながら、暖かく緑の瞳を、細めていた。
 ――と、
「……あ……!」
 不意に羽澄が、再び声を上げる。
「あれ、じゃないかしら?」
 凛、とした声を張り上げて、
「あの子――」
「あー、いたぁぁぁぁぁぁっ!!」
 羽澄の声を遮り、夜目のきくみあおも、颯爽と叫び声を上げていた。
 暗闇の奥に、少女の気配。
 みあおは刹那、たっ、と地を蹴っていた。
 みあおの軽い足取りに、羽澄と瑠璃花が小さく顔を見合わせる。
 実は。
 瑠璃花はいとこに、このような能力をあまり他人に見せないようにと、約束していたのであるが、
「……悠也くんには、内緒にしておくから」
「今は……おにーさま、ごめんなさいっ! という事でっ!」
 一言会話を交わすなり、光の精霊を引き連れて2人もみあおの後を追う。
 その後をさらに、突然の展開に驚くユリウスと麗花とが続いていた。

 ……問題に、ぶち当たっていた。
 普段なればありえない事態にか、霊の方も、感化されてしまっているらしい――姿の増え始めた霊達の姿に、5人はふ、と、同時に足を止めていた。
「邪魔ね」
 呟いた羽澄の横で、みあおが悔しそうに地団駄を踏む。
「あああっ! もうっ!! 早くしないとあの子、いなくなっちゃうよっ!!」
「そうですね……」
 と、珍しく前に出てきたのは、呟いたユリウスであった。その場所から麗花の事を不意に前に引っ張り出すと、
「という事で、ここは麗花さんに任せましょう」
「――はい?!」
 戸惑うシスターに、抱えてきた荷物から引っ張り出したフルートを、無理やり手に持たせる。
 あまりにも唐突な物の登場に、見上げていた瑠璃花は思わず両の手を組み、
「まぁ、麗華様はフルートを演奏なさいますの? 素敵ですわ♪」
「いえ、演奏と言いますか、まぁ、なんと言いますか……」
 珍しく訝る麗花は、使い慣れたフルートをじっと見つめながら、ぽつり、と、
「……でも私、まだ上手には――」
「いえ、だから遥々、北海道まで来たんじゃないですか、シスター」
 突然の提案に戸惑う麗花の肩に、ユリウスが軽く、手を置いていた。
 眼鏡の奥から、暖かく微笑んで、
「誰も最初から、完璧になんてできませんよ。何、大丈夫ですって。何かありましたら、私がきちんとどうにかしますから」
 頼りにして下さい、と言わんばかりに、もう1度、彼女の肩を軽く叩く。
 そのまま青い瞳で構内を見回し、
「やってごらんなさい、麗花さん。大丈夫です――きっと主が、お守り下さりますよ」
 さぁ、と上司に促され。
 そうして麗花は小さく頷くと、戸惑いながらも冷たいフルートを、そっと、構えた。
 ――死霊使い(ネクロマンサー)
 その名の通り、何らかの力を借りて、霊などを操り、統制する能力を持つ者。
 何もわからぬうちに、昔習っていたフルートを再びやれ、と練習させられ。それからまだ、数ヶ月と経っていない。
 まさか、自分でもこんな事ができるだなんて、そんな事、これっぽっちも考えた事がなかったのに……。
 霊の統制。追われるばかりだった存在を、今度は、自分が操る側に立つなんぞと――。
 ……思いながら。
 1息、また1息と、フルートに意思を吹き込んでゆく。
 夜の駅構内。きっと皆、寂しいんだわ。
 楽しい音色を聞いたら、浄化されて、くれるかしら――?
 と、
 麗花の奏でる、フルートの音色が鳴り響く広場で。
「……羽澄おねーさま、あれ、見て下さいっ!」
 麗花に呼ばれるようにして、1点にふらりと集まってくる霊達の光景を凝視していた羽澄の視線を、瑠璃花がふと、その目の前へと引き寄せる。
 小さな手で精一杯に指を指しながら、
「あの子、ではありませんこと?」
「きっとそうだよ! みあお、行ってくるっ!」
「あ、ちょっと、キミっ?!」
 瑠璃花の言葉に、自分と同じくらいの背丈の少女を見つけ、颯爽と駆け出したのはみあおであった。
 慌てて駆け出した瑠璃花と羽澄が、みあおの後を追う。
「危ないですわよ、みあお様っ?! 足元にも、お気をつけ――きゃっ!」
 少女に注意を促しながら、足元のタイルの溝に靴を引っ掛けた瑠璃花を、
 だが、
「……瑠璃花ちゃんこそ、大丈夫? か弱いんだから、気をつけないと」
 ふわりと微笑み、暖かく支え。
 羽澄はとりあえず、と、背後を振り返り、ユリウスと麗花とに1礼を残し、瑠璃花を抱き上げて再び駆け出した。
 どうやらこれで、周囲の霊には気を使わなくてもすみそうだ。
 麗花のフルートの音色は、間違い無く構内の霊に、確実に影響を与えていたのだから――。



III

 廊下を走り、そうして、広い広場へと出た。
 少しだけ小さな、けれども、だからこそ愛らしいような――そんな場所。
 薄暗い構内に、布ずれの音すらも鮮明に響き渡る。
「ねえ、君のお名前はっ? どうしてこんな所にいるのっ?」
 不意に立ち止まった気配にみあおも足を止め、両手を広げて、弾む息と同時に問うていた。
 本当、足速いんだね、君……!
「みあおもかけっこは得意な方だけど、本当に早いんだね。少し、疲れちゃった」
 大きく吸い込んだ息を吐き出したみあおに、けれども少女は、なにも答えようとはしなかった。
 ――確かに。
 目の前に彼女≠ヘ、背を向けたままで立ち止まっていた。
 けれど。
「……みあおちゃん、キミ、ほんっとうに足速いんだね……」
 さらに後ろから追いかけてきた2つの気配に、和服姿の少女が<Mクリを身を震わせる。
 そう。
 少女の服装は、この上なく時代錯誤であった。
 赤い着物に、おかっぱ頭。腰には良く映えた、黄色の帯。
 ――もしかして、
 不意に起こった考えに、
「羽澄おねーさま、ありがとうございました」
「あ、うん、」
 お礼の意も含めた婉曲的な言葉で、瑠璃花は羽澄に、自分を地面へと下ろしてもらえるようにとお願いした。
 とんっ、と軽く地面に触れる足先。
 瑠璃花を抱えた羽澄が走り出してからも、なお付き添ってきていた光の精達の燭光に、瑠璃花の影がゆらりと振れた。
 思わず。
 一瞬羽澄は、その見慣れているはずの姿に、思わず息を呑んでしまう――。
「……羽澄おねーさま、」
 髪を掻きあげる愛らしい仕草に、けれどもちらりと覗くのは、そこはかとない、艶やかさ。
 誰よりも、光の似合う少女。
 闇夜に映える月のような、たおやかな、少女。
「……――」
 MICHAEL(ミカエル)、か……。
 『光の天使』
 普段のその、良くも悪くもどこか庶民めいている$Uる舞いに、思わず忘れそうになってしまう事もしばしばではあったが、彼女は間違い無く大財閥のご令嬢であり、そうして、その容姿を生かした、人気のモデルでもあった。
「おねーさま?」
「あ、う、うんっ、何?」
 2度目に呼ばれ、ようやく現実に引き戻された羽澄は、慌てて返事を返していた。
 青い瞳にじっと見上げられ、
「わたくし、先ほどから思っていたんですの。――彼女、幽霊では、」
「ない、でしょうね」
 真面目な問いに、羽澄も腕を組んで言葉を返す。
 相変わらず、返事ももらえぬそのままに、それでも、アイス食べよう! だの、駅弁って地下鉄に売ってたかなっ?! などと無邪気に問いかけるみあおを視界の隅に、さて、これからどうしたものかと2人で考え込んでしまう。
 ――普通の幽霊とは、気配が、違った。
 麗花さんのフルートの音色にも、何の反応も示さなかったし……。
「妖怪とか、そっちの類かしらね?」
「だとしましても、悪い感じはしませんわ」
「……そうよね。とりあえず、話してみないとわからない、か」
 1つ息を吐き、羽澄は長い銀髪に、さらり、と指を差し込んだ。
 みあおがあれだけ話しかけているのに対し、それでも一向に言葉を返してこない所を見るに、
「何にしようかしらね」
 どうやら、単純な会話だけでは駄目らしい。
 そう、だがしかし。
 会話が駄目なれば、他の手段がある。
 場の雰囲気を、彼女に気に入ってもらえるように、盛り上げてしまえば良いのだから――。
「私あまり、古い歌は知らないんだけど、な」
 脅える少女の姿に、何を歌おうかと、遠巻きながらに苦笑する。
 どう考えてもあの子は、今時の娘では無いのだろう。となれば、やはり古くからある楽しい歌で、心を開いてもらう他やりようがない。
 ――普段は内緒にしてあるが、羽澄はこれでも、一流の歌手でもあった。
 プロフィール全非公開の人気歌手・lirva(リルバ)。
 姿すら見せないこの歌手には、けれども日本中からの、いや、下手すれば、世界からの注目すら向けられていた。
 亡き母から受け継いだ、歌唱力。
 これも私の、誇りだもの――。
 胸に、手を置き。
「みあお様っ!」
「瑠璃花、聞いてよっ! 全然この子、みあおの事相手にしてくれないんだよっ! どうしよう……みあお、嫌われちゃってるのかな?」
「そんな事ありませんわ。きっと、緊張していらっしゃるのですわ」
 2人の少女の声を遠くに聞きながら、羽澄は神経を集中させた。
 ちょっと、楽しそうな歌が良い。
 古い歌は、あまり良く知らないけれど、でも――。
「♪エッサッサ エッサッサ ぴょんぴょこ兔がエッサッサ♪」
「「「……え?」」」
 突然聞えてきた、意外と言えばあまりにも意外すぎる羽澄の歌声に、みなもと瑠璃花と、そうして少女とが――一斉に、声の主の方へと視線を投げかけた。
 随分と楽しそうな表情で屈みこみ、低い位置から歌を口ずさむ少女に、
「わぁ、みあお、その歌知ってるっ!」
 満面の笑顔で応え、みあおも一緒に歌い出す。
 隣に立つ瑠璃花のウサ耳帽子を、勢い良く取り上げて、
「「♪郵便配達エッサッサ とうきびばたけをエッサッサ♪」」
 少しばかり警戒心の無くなった少女の方へと駆け寄るなり、その帽子を、少女の頭へぽん、と被せてやる。
 そのまま、その元気にものを言わせて少女の両手を取り、少しでも自分達の近くに来てもらえるようにと、
「「♪ひまわり垣根(がきね)を エッサッサ 両手(りょうて)をふりふり エッサッサ♪」」
 踊るように手を引きながら、そのまま瑠璃花も巻き添えにしてしまった。
 3人で輪を作り、2人は見知らぬ少女に向かって、微笑みかける。
 少しだけ冷えた手を、それでもしっかりと握りながら。
「「♪わきめもふらずに エッサッサ 電報電報 エッサッサ――♪」」
 みあおと羽澄の楽しそうな歌声は。
 やがて、少女が小さくはにかむまで、響き渡る事となったのだった。

 ユリウスが、いつの間にか瑠璃花から預かっていたトートバッグ。その中から引っ張り出した、大きなピクニックマットの上に、皆で円状になって座り。
 瑠璃花のウサ耳帽子を被った少女は、やはりちょこん、と、先ほど追いついてきたばかりの麗花の膝の上に、腰掛けさせられていた。
「お名前は何て言うんですかっ!」
 早速膝の上の少女に向かって、麗花が瞳を輝かせて問うてみる。
 ちなみに麗花は、両隣に瑠璃花とみあおを座らせる事も、忘れてはいなかった。
「……ええっと、」
 ――けれど。
「妖怪さんの類、ですよね?」
「私に聞かれても……」
 少女の沈黙に、流石にどうして良いのかわからなくなり、沈黙してしまった麗花の横で、ユリウスが羽澄にちらりと問うてみる。
 確かに。
 先ほどから比べれば、これほどまで、自分達に接近してくれているのだ。羽澄の歌と、みあおと瑠璃花の微笑みとに、彼女の警戒心は、少しでも解けている――と解釈しても、間違ってはいないのであろう。
「ねぇねぇ、あの子、何でお話してくれないのかなぁ? さっきはあんなに楽しそうにしてたのにっ!」
 羽澄とユリウスとの間に、みあおがちょこん、と割り込んでくる。
 そう、だが一方で。
 今みあおの、言った通りでもあった。
 あれから一言も、話そうとはしない、少女。
 麗花の膝の上に大人しく座れども、一切口を開こうとはしなかった。
「ねぇ、君、ちゃんと喋ってくれないと、みあお達わかんないよ」
 そそくさと少女の方へとマットの上を這い寄って、みあおがその、黒い瞳をじっと覗きこむ。
「お話しようよ! きっと楽しいよ。それにみあお達、もし君が困ってるんなら絶対力になれると思うんだ!」
「そうですわね。何かありましたら、是非お手伝いさせていただきたいのですが……」
 ふんわりと広がるスカートの上からやわらかく微笑んだのは、瑠璃花であった。
「きっとお力になれると思いますわ」
「そうよ! 大丈夫、任せて下さい。何かの霊に虐められてるんだとかでしたら、あそこにいる猊下が解決して下さりますしっ!」
「うわヒドっ! シスター、最近私の事やたらとコキつかってません……?」
「気の所為です、猊下」
 眉を顰めた上司にきっぱりと断言すると、麗花は少女を抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
 少しだけ薄汚れた、着物姿の少女。
 皆が触れ、見る事もできる点からしても、明らかに幽霊とは違う。けれど、どう考えても、普通の人間でもない少女。
 ……それでも不思議と、嫌な雰囲気の欠片も無い、少女。
 良く、わからないけれど。
 でも、
「――どこから来たんですか?」
 ふと気が付けば、暖かな声音で、そう、問うていた。
 先ほどとは違い、そっと優しく、言葉をかける。
「瑠璃花ちゃんもみあおちゃんも、羽澄さんも、猊下だって。皆、優しいですから」
「麗花の言うとおりだよ! それにみあお、君と一緒に遊びたいなぁ。ね、良いよね?」
 さらに身を乗り出して、みあおが後に続けた。
 ……本当に、楽しそうな表情に。
 みあおの肩にかかっていた銀髪が、さらりと滑り落ちる。
「ね、一緒に遊ぼ?」
 すっと、小さな手を差し出して。
 戸惑う瞳に、さらに微笑みかける。
 少女が一瞬、ぴくり、とその肩を震わせた。
「……大丈夫、怖くないよ」
 それでも、左の手で、引き寄せるように少女の片手を取ると、みあおはその上に、そっと右の手の平を乗せる。
 一瞬、瞳を閉ざして。
「これ、お守り。きっと君も、幸せになれるからっ!」
 ぱっと、離した。
 ――残された少女の手の平の上には。
 青い、青い、空色の羽が1本。
「ね、楽しくやらなくちゃ!」
 幸せ色の、羽が1本。
 幸せの青い鳥≠ゥらの、少女への贈り物が、1本。
 それは精一杯の、みあおからの贈り物であった。
「ね?」
 見つめて。
 じっと見つめた、少女が。
「……あ、ありがと……」
 掌(たなごころ)に、大切そうに羽を包み込み、初めて細々しく、口を、開く。
 みあおはやった! とばかりに両の手を打つと、状況を見守っていた皆に向かって、ブイサインをして見せた。
 ――ほんの少し、前までは。
 幸せの青い鳥のこの力。手に入れた経歴が経歴だけに、受け入れる事ができずに、苦しんでばかりいたけれど。
 ねぇ、みなも、みその。
 こーして役立てれば、きっとそれで、良いんだよねっ!
 大切な姉達の事を思い出し、みあおは自信満々に胸を張る。
 だってそうしたら。
 皆もみあおだって、きっと幸せに、なれるはずだもんね……?
 


IV

 翌朝。
 昨日出合った少女と共に、5人は札幌の街並みを歩いていた。
 これで一応、事件は解決。取材も終わり、一段落であった。
「でも、なるほど、そういうオチでしたか。座敷童子……ですか。やっぱり居場所が、無い、んですね」
「そうですね。だから地下鉄の構内で迷っていただなんて……」
 女の子3人に囲まれながら、照れたようにみあおと手を繋ぐ少女を見つめながら、
「それにしても、お清(しん)ちゃん、ですか」
 4人とは少しだけ距離を置いた場所から、ユリウスにだけようやく聞えるような声量で、麗花はくすり、と微笑んでいた。
「はあ、あまり聞かない名前の響きですね」
「昔の名前ですもの。当然です。……最近では日本人の名前も、結構西洋っぽくなっていますしね」
 ――昨夜、あの後。
 ようやく口を開いたお清から、事情を聞いたユリウスは、
「でも、良かった。みあおちゃんのお着替えがピッタリで……瑠璃花ちゃんのお着替えは、正直、お清ちゃんには大きすぎましたし、それに……ちょっぴりミスマッチでしたから」
 居場所を失ってしまったのだ、というお清を、暫くの間引き取る事に決めていた。
 勿論、諸々の問題から考えてみれば、それは彼女が人ならざる者であったからこそ、決意できた事でもあったのだが、
「そうですね。それにしても皆――楽しそうです」
 実は、この座敷童子をどうにかしてくれそうな当てが、無いわけでも、なかったのだ。
 まぁそれに、お清ちゃんの事は、シスターに任せておけば大丈夫でしょうしね。
 麗花の言葉に一言呟きを付け足して、ユリウスは暖かな視線で子ども達を見下ろした。
 ……お天気も、良いですし。
「平和ですねぇ、本当に」
 空を仰いで、微笑を浮かべる。
 最近は、本当の意味で忙しい事も、色々と多かったのだ。
「やっぱり毎日、落ち着いて紅茶を飲んでいられるような日が続くのが、一番ですよ」
 波乱万丈な事も多い。
 けれど。
 やっぱり楽しく過ごせる事が、一番、素敵な事ですね――。

 切欠は、羽澄のたったの一言であった。
『ユリウスさん。でかけりゃいいってもんじゃないわ……』
 お清と共に、皆で札幌の街並みを堪能した後、アトラスの編集室で麗香と約束した通り、代金アトラス付けで雪印パーラーの巨大パフェを食べようと目論んでいたユリウスに、けれども羽澄は呆れたように首を横に振っていた。
 量より、質。
 いくら量が多くても、やっぱり美味しくなくっちゃ駄目よ、と、普段の毅然さを、愛らしくも悪戯な笑みに変えた羽澄の言葉に、一同が足を向けたのは、羽澄推薦のケーキファクトリーであった。
 ……だが。
「「具合……わるぅ……」」
 ケーキを食べ始めてから暫く、げっそりとして声をハモらせたのは、ユリウスの隣に腰掛けていた麗花と、その向かい側に座っていた当の羽澄であった。
 2人はお互い、示し合わせたかのように視線を交わすと、そのままテーブルの上に潰れてしまう。
 ……あう。
「でも、ユリウスもほんっとうに甘いものが好きなんだねっ! みなもから話は聞いてたけど、まさかまあるいケーキをまるまる1個食べちゃうとは思わなかったよ」
 みあおの言うとおり、パーティ用の丸いケーキをまるまる食べてしまったユリウスは、けれどもさらに、チョコレートケーキを3つ追加しながら、みあおに向かって幸せそうに微笑み返していた。
「いえ、このくらいならば楽勝ですよ。最高記録はウェディングケーキ3段ですか。知人の挙式に呼ばれたんですけどね、5段作りのを下から3段頂いてしまいました……美味しかったんですもの」
「ええ、いいなぁー。みあおも食べたかったぁ! あ、みあおそのイチゴ欲しいなー」
「あ、はい、どうぞ」
 甘い物繋がりによって、いつの間にか絆を深めていた2人の横で、瑠璃花がちょこちょことフルーツケーキをつつきながら、お清の様子を気にしていた。
 自分の隣の椅子に、ちょんこん、と腰掛けるお清に、フォークの使い方を教えたのも、椅子の座り方を教えたのも、
「美味しいですか? お清様? 甘いものはとっても素敵な食べ物ですから、きっと気に入って頂けるかと思いますわ」
 全てはお清の頭を撫でる、瑠璃花であった。
 こっくりと、小さく頷いた少女に、さらに微笑を深めると、
「良かったですわ。それでしたらわたくしも、今度からお清様にお菓子を持ってくる事ができますもの♪」
 本当に嬉しそうに、胸の前で手を組む。
 ……どんな時でも。
 本当に甘いお菓子1つで、場の雰囲気が、和んでしまう。
 だって、羽澄おねーさまのお菓子も、悠也おにーさまのお菓子も、ほんっとうに美味しいんですもの!
 まあ、確かに、
「……………」
 ふと、視線をめぐらせたその先に、あまり上品とは言えない風貌でケーキを嗜む<リウスを、思わず見なかった事にして。
 心の中で、呟きを付け足した。
 確かにやりすぎは、良くないのかもしれませんけれども――。

 その後、ついでにと買い物を始めたお年頃の女の子5人組によって、ユリウスがコキ使われていたのは、言うまでもない事実であり、
「ちょっとユリウスさん。ファクトリーで長居してしまった所為で時間が無いんですから……早くして下さいね?」
 その日、まだ新しいステラプレイスでは、はしゃぐ5人の少女と、その後ろに続く、憂鬱そうな1人の青年との姿が見かけられたのだという。
 振り返った羽澄の催促に、だが、ユリウスの反論は許されない。
 颯爽と羽澄は、4人の方へと視線を戻すと、
「さて、次は服を見てこなくちゃ。お清ちゃんにも、瑠璃花ちゃんにも、みあおちゃんにも、可愛いのが見つかると良いね」
「うん、スカート欲しいなっ! 可愛いのあれば良いなぁ」
「お清ちゃんには、ワンピースなんかも似合いそうですわね♪ 何色が良いですかしら……?」
 一瞬、横目で羽澄と麗花に意地悪く微笑みかけられ、大荷物を抱えた枢機卿はふと、考えてしまっていた。
 ――ああ、私、服とか靴とか、そーいうの、ぜんっぜん興味ありませんのに……。
 楽しい買い物に賑わう人々の中で、けれどもユリウスは、大げさなほどの溜息を、深く、深くついていたのであった――。


Fine



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      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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★ 海原 みあお 〈Miamo Unabara〉
整理番号:1415 性別:女 年齢:13歳 クラス:小学生

★ 光月 羽澄 〈Hazumi Kohzuki〉
整理番号:1282 性別:女 年齢:18歳
クラス:高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員

★ 御影 瑠璃花 〈Rurika Mikage〉
整理番号:1316 性別:女 年齢:11歳 クラス:お嬢様・モデル

(お申し込み順にて失礼致します)



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               ライター通信
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 まず初めに、お疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。
 この度はご参加の方、本当にありがとうございました。まずはこの場を借りまして、深くお礼を申し上げます。
 又、同時に、締め切りギリギリの納品となってしまいまして、大変申し訳ございませんでした。GW中の不調の所為で、予定が大幅に狂ってしまいまして……(滝汗)

 今回のこのお話は、『Lieder ohne Worte(無言歌)』に題を借りたお話の中でも、『Op.62(作品62)』のシリーズとなります。一応、これの次回作となりますのは、草間で公開予定の『変ロ長調『出発』〜Lieder ohne Worte - Op.62-2』の予定ですので、もし宜しければ、頭の片隅にでも置いておいてやって下さいましね。

 みあおちゃんには、お初にお目にかかります。元気っ子少女との事でしたので、かなりノリノリで書かせていただきました。幸せの青い鳥の設定、本当はもう少々生かさせていただきたかったのですけれども、なかなか上手くいきませんでして……申し訳ございませんでした。
 ちなみにみあおちゃん、あまり書く事ができませんでしたが、可愛いもの好きな麗花にきっちりと目星をつけられてしまったようです。お姉さんとも同じ歳なようですが、やはり外見は小学生ですし……。

 では、短いですが、乱文にて失礼致します。
 次回はお姉さんの方で、宜しくお願い致します。
 
※なお、ここで言う所の『無言歌集』は、メンデルスゾーンのピアノ曲集となっております。全48曲で、とても良い曲ばかりですので、機会がありましたら、是非聞いてみて下さいましね。(必ずしも、お話と曲のイメージがイコールになってはおりませんが……/汗)

14 maggio 2003
Lina Umizuki