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祭りの正しい楽しみ方
*オープニング*
アルバイト急募。
山城神宮祭の案内役を若干名募集。
年齢問わず。
時間は本祭り当日3〜4時間程度。
日給1万。交通費他雑費は別途支給。
連絡先は090−△×68−5○△2まで。
ある日、雫がいつものように掲示板を覗くとこのような書き込みがあった。
「へぇ、ホントに祭りを案内するだけなら破格の時給かも」
若干名と言うことはほぼ早い者勝ちとなることは必死だろう。
「早速教えてあげようっと」
そう言うと雫はおもむろにメールを送信した。
『オイシそうなバイト発見したよ。 雫より』
*海原みなも*
通学用の鞄からメールの着信を知らせる軽快なメロディが流れる。
携帯が鳴ると電車やバスの中でもないのに、つい慌ててしまう人は多いだろう。
海原みなももそんな内の1人で、着信音が鳴るたびに慌てて鞄の中を探ってしまう。
そんなに慌てるなら、音は切ってバイブモードにしておけばいいのにとよく言われるが、それだと着信に気付かないことが多いのだから仕方がない。
みなもは携帯に届いていたメールを見て、くるりと踵を返した。
『オイシそうなバイト発見したよ。 雫より』
という、メールを見てみなもは家路を急いだ。
家に帰ると制服を着替えるよりも先にパソコンを立ち上げて、お気に入りからリンクを辿ってその書き込みを発見した。
「4時間としても時給2500円、しかも交通費別!?」
みなもは個人的な目的でお金がほしい状態だったので、そんな水面にとってこの話は実際オイシイ話に違いなかった。
目標金額は600万。
高校生になればバイトの幅も広がるが、まだ中学生のみなもがアルバイトが出来るところは限られている。だから、普段は年齢性別関係のない「草間興信所」で調査員をしてちょこちょこと稼いでいるのだ。そんなみなもには時給2500円、交通費その他雑費別は非常に魅力的な条件だろう。しかも、年齢性別問わず。
「このバイト、絶対ゲットしなくちゃね!」
雫に感謝しつつみなもは急いで電話を掛けた。
*
「うわぁ、立派なお家」
みなもは今回のバイト先である、御堂寺家の門前であっけに取られていた。
瓦のついた長々と続く塀に沿って歩いて行きようやくたどり着いた門は檜で出来ていて、左右とインターホンにはカメラが当然のように付いている。
先日慌てて電話を掛けると、電話に出たのは男性だった。
「まずは履歴書を送付してください。追って採用の連絡をさせていただきます」
と住所だけを告げられた。
そして、履歴書を送付して連絡が来たのが一昨日。見事採用と相成ったのだった。
みなもの使命は来る土曜、夕方5時から8時までの3時間、山城神宮祭りを案内すると言うことだった。
案内をする相手は、御堂寺玲香。
日本でも数本の指に入る大財閥のご令嬢だという。
ごくりと、息を飲み込んでみなもは恐る恐るインターホンを押した。
「あの―――」
みなもが何か言いかけるのを遮って、インターホン越しの女性が、
「海原みなも様ですね。執事の橋本から聞いております。どうぞ」
そういうと門が自動で開く。
――――もしかしてあたしすごいとこに来ちゃったのかなぁ……
少しうろたえながらも、みなもは門のところまできたメイドさんに案内されて中に入った。
さすがに、天下の御堂寺財閥の自宅だけある。
みなもは、採用が決まってから事前にインナーネットで調べた情報を頭の中で再確認する。
今日、案内するのは国内外に幾つものホテルを中心にスパや百貨店などを経営している御堂寺財閥の令嬢、御堂寺玲香16歳。みなもよりも2歳年上、幼稚舎から大学までエスカレーター式のカトリック系お嬢様女子高校の1年生。
学校までは当然車での送迎付きでひとりで買い物すらしたことがないという筋金入りらしい。
そんなことを考えながら通された部屋でまずみなもを迎えてくれたのは、前髪を後ろに流し、ダークスーツにネクタイので執事という言葉からイメージするよりも幾分か若い印象の男性だった。
「海原様ですね。私、当家の玲香お嬢様付きの執事をしております橋本幸弘と申します」
深々と最敬礼をされて、みなもも慌てて、
「う、海原みなもです。よろしくお願いします」
と、頭を下げた。
その時、
「橋本、まだなの?」
と、いう声がして奥の扉が開き、背中の半ばまであるキレイな黒髪にラベンダー色のワンピースを着た少女が出てきた。
「海原みなもさんね。私、御堂寺玲香です。今日はよろしくお願いしますね」
彼女はそう言って嬉しそうにみなもの前に駆け寄って来た。
みなもが想像していたお嬢様像よりも随分と気さくにみなもの手を取る。
「お嬢様、海原様はまだいらっしゃったばっかりで、お話しさせていただくことがありますのでもう少々お部屋でお待ちいただけますか」
「なによ、いいじゃないのそんなの」
「そう言うわけには参りません。さぁ、出来ないのならこのお話はなかったことに―――」
「わかった、わかったわよ。橋本の意地悪」
そういって、玲香はまた奥の部屋へと戻っていった。
「もうしわけありません」
「いえ」
「今日の祭りの件もお嬢様の突然の我儘でして。どうしてもお1人で行くと。お1人で買い物もしたことがないのに、祭りの人混みなどとんでもない話しです。突発的な外出ですので、たいした危険はないとは思うのですが……」
橋本が言うには、玲香は幼い頃からこれまでになんどか身代金目的の誘拐未遂にあっているという、そのため本来なら厳重な警備を置いたうえで案内のみを頼むつもりであったのだが、警備の手配が間に合わなかったと言う。
だからこその時給2500円なのだろう。
ボディガードと含めると、時給2500円と言うのも、いまいち微妙な金額のような気がする。
「履歴書を見せていただいたところ、海原様はそう言った多彩な経験もおありのようでしたので……。何より、お嬢様にボディガードであると言うことが分からないような方でないといけなかったのです。その点、海原様ならお嬢様と年も近いのでまずお嬢様が疑うこともないと思います。
どうぞよろしくお願いいたします」
みなもが事前に調べてきた限り、山城神宮祭りは確かに100近くもの夜店が山城神社前どおりに軒を並べるとうごくごく一般的な屋台で、ご令嬢が我儘を発揮してどうしても行きたい! と、思うような祭りではないと言う。
そこがみなもにとっては不思議だった。
「祭りと言えば浴衣なんでしょう?」
という、玲香お嬢様の一言でお祭り初体験のファッションは浴衣に決定した。
どうやら玲香なりに祭りというものに対しての知識を得てきたらしい。
玲香はさっそくメイドに着させてもらい、薄紫と白い矢羽根柄に兎が跳ねている浴衣に真っ赤な帯と身に着けた。
「みなもちゃんは? 浴衣は着ないの?」
そう言うと、玲香は何枚もの浴衣と帯を部屋中に広げてみせる。
「みなもちゃんのイメージで言うと……水色とかどうかなぁ。で、帯は黄色とか。ね、そう思わない?」
玲香はメイドと一緒にああでもない、こうでもないとみなもに何着もゆかたをあてがう。
しかし、みなもととしては今回は祭りの案内兼ボディガードなのである。
みなもにとって頼みの綱になるアレがはいっている鞄を背負うことを考えると浴衣を着るわけには行かず何とか、丁重に辞退させてもらった。
「いえ、玲香さんあたしは―――」
「えぇぇぇ、着ないのぉ」
「お嬢様」
お着替えタイムの為、部屋に入れてもらえずドアの外で立っているらしい橋本の叱責が飛ぶ。
「はぁい、わがままは言いません」
玲香は不服を隠す様子もない声をあげた。
助かった―――と、胸をなでおろしたみなもがふと時計を見ると午後6時。山城神宮の側までは当然車のらしいのでそろそろ出れば6時半頃には現地に到着できるだろう。
出発の前に、玲香の持っている巾着の中身をみなもは見せてもらった。
携帯、お財布、ハンカチ。
一瞬、嫌な予感がして、みなもは、
「玲香さん、お財布見せてもらっていいですか?」
「どうぞ」
承諾をもらって財布の中身を見せてもらったみなもはその財布の中身に唖然とした。
財布の中はクレジットカードのみで現金らしい現金が全く入っていなかったのだ。
「玲香さん、お金は持っていかないと。カードは使えませんから」
「そうなの?」
真顔でそう返す玲香を見て、
―――ちょっと心配かも。
と、みなもは苦笑いした。
*
みなもが今回の仕事にあたり橋本に用意してもらっておいたのは1本の紐だった。
―――可笑しいかもしれないけどどう考えても迷子にならないためには紐で括っておくのが1番だと思うんだもん!
実際、現地についてみなもは自分の判断が間違っていなかったと痛感した。
予想以上の人、人、人。人並みだらけでちょっと気を抜くとすぐにはぐれてしまいそうだ。
送ってくれた車は2人が戻ってくるまで通りの側の駐車場で待機していると言うことだった。
祭りの流れに乗る前にみなもがしたことと言うと、まず、その用意してもらった紐を自分のバッグと玲香の手に括りつける。
「さぁ、いきましょう」
みなもと玲香は手をつないで祭りの人ごみの中に身を投じた。
りんご飴に、焼ソバ、お好み焼き。
おめんをいっぱい並べた屋台、水ヨーヨー釣り。
輪投げに射的。
色とりどり多種多様な屋台が不思議と夜の闇に馴染んで見える。
独特の熱気とざわめきに、一応仕事だということはわかっていてもみなももわくわくしてしまう。
まして、初めての玲香は頬を高潮させて、一つ一つの屋台を物珍しげに眺めてみなもに質問してくる。
「ねぇ、みなもちゃん、見て見て」
玲香に引っ張られてみるとそこにはカラーひよこがぴいぴいいいながら囲いの中を歩き回っている。
「あんなひよこはじめて見たわ!」
「あれは、スプレーとかで色をつけられてるんですよ。だから、あんまりながいきできないんですって」
そんなことを言いながら屋台のジャンクフードを食べながら歩く。
これぞ祭りの醍醐味のひとつだろう。
綿あめ、じゃがバター、もちポテトなどなど、どれもこれも始めての味に玲香は目を白黒させていた。
祭りを歩き始めて、1時間ほどたった頃だろうか、通りをずっとまっすぐ歩いていた2人は徐々に人も屋台も少ない場所まで来てしまった。
そんな時、みなもはずっと2人の後を付けている気配を感じた。
「玲香さん、引き返しましょう」
そう言って、急に方向転換する。
2人の後ろにいたのは大学生くらいの男が3人だった。
なんだかニヤニヤしながらみなもと玲香に近付いてくる。
「ねぇねぇ、君達2人連れなんでしょう」
「俺達と一緒に回らない?」
どうやら、誘拐ではなくいわゆるナンパらしい。
「珍しいよね、彼女は浴衣なのに、そっちの子は制服でしょう?」
そういって男の1人が玲香の手を掴もうとする。
「離して下さい!」
玲香はそう言って男の手を振り払った。
「えいっ」
そう声を出してみなもは鞄から水の入ったペットボトルを取り出して3人の足元に水をかけた。
「冷てぇ」
「なにすんだよ!」
男達は色めきたって2人の手を掴もうとした、だが、みなもはすばやく玲香の手を取って男達の脇をすり抜けるようにして人ごみの方へ駆け出す。
「待て!」
そういって、男達は2人を追いかけようとした。
だが、それはかなわなかった。
「え、なんだよ、これ!?」
口々に、声をあげる。
それもそのはず、みなもは男達の足にかけた水を操って男達をその場に足止めしたのだった。
「玲香さん、早く」
そういってみなもは玲香をひっぱって人ごみにまぎれて姿を隠した。
祭りの中央の辺りまで来て、屋台と屋台の間、人の少ないところで2人は息を整える。
「あれってナンパってやつよね?」
「そうですね。結構強引だったけど」
「私、ナンパって初めてでちょっとドキドキしちゃった」
そう言って、玲香はみなもに今回の祭りに行こうと思ったわけを話し出した。
「私の生活っていままでずっとすごく狭い世界の中にしかなかったの。それじゃいけないって思ったの。……橋本にはすごく今度のことも迷惑をかけたと思うんだけど、どうしても橋本や家族以外の人とこうやって出かけてみたくて」
きっと、玲香は財閥の令嬢である御堂寺玲香ではなく、普通の高校生の女の子として見てもらえる世界に憧れていたのだろう。それが、たまたまこの祭りだったというだけだ。
なんだか照れくさくてみなもと玲香は顔を見合わせて笑った。
「あ、みなもちゃん、私最後にあれやってみたい」
片手にヨーヨーとりんご飴を持った玲香が指したのは金魚すくいの屋台だった。
みなもとしてはちょっと複雑で、あえて視界をそらしていたのだが、玲香がやりたいと言うのならいたしかたないだろう。
「おじさん、1回」
そう言ってみなもは屋台のおじさんから紙を張った丸い輪っかをもらい、玲香に手渡した。
「これで金魚をこのお椀の中に入れればいいのよね」
そういって玲香は真剣な顔で水の中を泳ぐ赤や白、黒い出目金を追いかける。
「えい」
そう言って掛け声をかけて救おうとするが、金魚は何度か紙の上で跳ねてぬれた紙を突き破って逃げてしまった。
「おじさん、もう1回!」
今度は玲香が直接屋台のおじさんから貰って再チャレンジする。
みなもは玲香のあまりの真剣な姿に、ちょっと手心を加えた。
水を通して少し金魚に大人しくしてもらう。
「あ、やった!」
小さな子供のような顔で、玲香は嬉しそうに笑っていた。
*
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
無事に玲香を案内し終えたみなもの元には後日、当初の予定よりも多い3万円のアルバイト料と、玲香の部屋に新しく置かれた金魚鉢で泳いでいる赤色のと黒い出目金、おまけにおじさんがくれた白と赤の混ざった3匹の金魚が泳いでいる写真が届いた。
ちなみにその写真には赤い金魚に「れいか」、黒い金魚には「はしもと」、白と赤の金魚には「みなも」と書かれていた。
Fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生 】
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■ ライター通信 ■
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どうも、こんにちは。遠野藍子です。
毎回締め切りぎりぎりで申し訳ないです(^^ゞ
今回、おひとりでの参加と言うことで、なんだかちょっと別商品のような雰囲気になってしまっています。
最後の金魚のくだりは海原様用という感じで考えてみました。
ちょっと季節先取りなお題でしたが楽しんでいただければ幸いです。
またお会いできることを楽しみにしています。ありがとうございました。
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