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<東京怪談ノベル(シングル)>


違戻ノ水

 今日は儀式。神を封印するための儀式です。神が心地よく眠っていられるよう、深淵の巫女全員で神の御寝所を整えます。
 いつもの巫女装束とは違う儀式用の衣装を着けると、否が応にも緊張が高まってきました。さらに能力増幅用の"神時代"の遺産を身に着けると、わたくしたちは人魚の姿へと変わります。
 人魚のくせに泳げないわたくし。でもこの時ばかりは、人魚姿になってもおぼれることはありません。
(嬉しいな……)
 儀式のためとはいえ、ちょっとだけ快感なのでした。
 準備が終わると、いよいよ儀式が始まります。
 神の御寝所を取り囲む大勢の巫女たち。
 その周囲を漂っている数個の装置も、やはり"神時代"の遺産です。個人用の力場を発生させ、かつ増幅させるという機能があるのです。
 儀式はそれを起動させて行われます。
 わたくしは心を落ち着かせて、"もの"の流れを感じ取るよう集中しました。遺産はわたくしのその力をも増幅してくれますから、いつもより多くの、そして精細な流れを感じることができるのです。
 儀式は深淵の巫女全員で行われますが、個々の役割はすべて違います。
 わたくしの役割は、"もの"――特に水の流れを感じ、心地よい質の水をこの空間に引き寄せること。
 神の御寝所を満たす大切な水ですから、当然失敗は許されません。もちろんわたくしだけではなく、それは巫女全員に言えることです。すべての巫女が自分の役割をしっかりと果たしてこそ、儀式は完成するのですから。
 わたくしは以前、儀式の運行を司る巫女に訊いたことがありました。儀式が失敗することはあるのか――と。それに対しその方はこう答えました。
(100%成功し、100%失敗する)
 と。
 最初の頃はその意味がよくわからなかったのですが、何度もこの儀式を体験してきた今、なんとなくですがわかるようになりました。
 たとえ何人かの巫女が自分の力を出し切れなくとも、だからといって神がお起きになることはありません。そういう意味では、巫女が故意に失敗するようなことをしない限り成功と言えるのでしょう。
 そして巫女全員がどんなに死力を尽くしても、神を永遠に封印することなどできません。だからこそ、常に失敗とも言えるのではないでしょうか。
(もちろん)
 これはわたくしの想像ですけれど……。
 美しく澄んだ水を意識の底で探りながら、わたくしは考えておりました。
(――もし)
 もしもわたくしが、故意に失敗を犯したら……?
 100%の成功はもちろんあり得ず、わたくしはこの"夢"のような生き方をやめることができるのでしょう。
 神に対する決して報われることのないこの想いから、逃れることができるのでしょう。
(でも同時に)
 2度と、あの腕に抱かれることはできないのです。あの悦楽の時を、体感できなくなるのです。
(耐えられない――)
 わたくしの思考は、いつもそこで堂々巡り。
 心の上辺でどんなに辛いと思っても、その辛さから逃れたいと思っても。奥底では決して離れられないことを知っていて、放せないことを知っていて、それでも考えてしまうのです。
(ただ心の静寂を望むように)
 醜い感情を悟られぬように。
 流れを掴むことに集中できないわたくしの身体が、ほんの少し震えました。手をきつく、握ります。
(今ここに)
 禍々しき水を呼び寄せたら。
 儀式は失敗するでしょうか。
(わたくしにはもう)
 それによりこの世界が終わってしまうことも、それが神から禁じられていることも、どうでもよかった。
 ただ解き放たれたかったのです。
 それが大いなる空であるのか、甘美なる海であるのか。
(わたくし自身)
 選びきれぬまま。
 それが身勝手なことだと知っても――。
(!)
 やがてわたくしは、不安定な精神のまま。神に相応しき水を探り当てるのに成功しました。
 その水のあまりの清々しさに、爆発せんばかりにあふれていた想いが浄化されてゆきます。
(わたくしは……)
 どうして神のことを想うと、制限がなくなるのでしょうか。それとも巫女は、皆そうなのでしょうか。
 水をこちらへと呼び寄せながら、わたくしはその水に想いを託しました。
(どうか)
 どうか神が安らかに。
 お眠り下さいますよう。
 ずっと御傍に。
 居られますように――。







(了)