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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:血染めのトンネル
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界境線『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 目の前に壁が迫り、
「くっ!?」
 と、新山綾はハンドルを切った。
 タイヤを軋ませる軽自動車。
 ‥‥間に合わない!
「ガードウィンド!!」
 発動する物理魔法。
 衝突音。
 ボンネットが潰れた車から、のろのろと綾が這い出す。
「いたたた‥‥」
 国道五号線にあるトンネルだ。
 深夜ゆえ車通りが少なかったからこの程度で済んだものの、一歩間違えば大事故である。
 または、茶色い髪の大学助教授が「魔法」を使えなかったら大怪我をしていただろう。
 出張で函館まで訪れたのだが、とんだ仕事になってしまった。
「それにしても‥‥なんなのよ‥‥さっきのバイク」
 前方から突っ込んできたオートバイを避けたため、トンネルの入り口にぶつかってしまったのである。
 まったく、無謀運転にも程があろう。
「こんなに反対車線にはみ出してくるなんて‥‥」
 憤然と携帯電話を取り出す。
 警察を呼び事情を説明する為だ。
 と、その手が止まった。
「あれ‥‥?」
 改めて周囲を見回す。
 おかしい。
 この道には、登り車線と下り車線の二本のトンネルがある。
 対向車が、いるはずがないのだ。
「なんで‥‥?」
 疑問符とともに、危険な単語が脳裏に点滅する。
 たしかにこの大沼隧道は、幽霊トンネルとして有名なのだ。
「はい。こちら一一〇番。警察です」
「Q〜〜」
「もしもし。どうしました? 大丈夫ですか?」
 受話器から呼びかける警官の若い声をバックに、綾の意識は事象の地平へと旅だっていった。






※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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血染めのトンネル

 国道五号線を函館から札幌方面へ北上すると、大沼隧道の手前に地蔵が建っているのがみえる。
 道祖神、ではない。
 慰霊のための地蔵である。
 かつて、この地で交通事故があった。
 むろん事故など日本中どこでも起きている。交通戦争などという不穏当な言葉もあることだ。
 まして、ここ北海道は交通事故死亡者数、全国一なのだ。
「いまさら一つの事故がどうこうってのも、リアリティーがない話だがなぁ」
 巫灰慈が言った。
「ま、ね。でもなかなか悲劇的な話だったわよ。調べてみたら」
 シュライン・エマが応えた。
 ここで亡くなったのは、同時小学生の少女とその母親。
 およそ三五年ほど前の話だ。
 子供が病気にかかり、病院に連れてゆく途中だったという。
 対向車線からはみ出してきたオートバイを避け、トンネルの入り口に衝突した。
 以来、子供を抱えた幽霊がこの界隈に出没し、事故を誘った。
 とくにオートバイや長距離トラックなどが、何台も犠牲になったらしい。
「で、結局ああやって慰霊碑を建てたんだって」
 ハンドルを操りながら言うシュライン。
「なるほどなぁ。最初のは綾の事故と似てるな」
「そういうこと」
「ふむ‥‥」
「でもね。違うこともあるのよ」
「当時はトンネルが一本だけだった、だろ?」
「ご名答。綾さんが事故った道路は、当時の道路じゃないわ」
「さて、どうしたもんかな」
 助手席の浄化屋が腕を組んだ。
 心霊というものは万能の存在ではない。
 たとえば地縛霊は、憑いている土地以外に影響を及ぼすことはできないし、幽霊になった時点から先の知識や経験も得ることは不可能である。
 今回のケースでいえば、もともとの事故があった場所とは違う場所で、大学助教授は事故を起こしている。
 つまり、符合するのは状況だけなのだ。
 それを外して考えた場合、事故自体は珍しいものではなくなるだろう。
「となると、ハイウェイヒュプノシスって線も捨てられねぇな」
「どうかしら?」
 巫の呟きに、シュラインかせ穏やかな反論を提示した。
 ハイウェイヒュプノシスとは、一種の事故催眠である。
 古代ギリシャ神話の眠りの神から名付けられたその現象は、脳が疲労しているときや単調な道を運転しているときに起こる。
 深夜、運転中に道端で手を挙げている女性を見つける。不審に思いつつも後部座席に乗せてやり、しばらくして振り返ると、女性の姿はない。
 当然である。
 もともと乗せていないのだから、いるはずがない。
 たっている女を見たつもり、乗せたつもり。
 この部分が、偽りの記憶なのだ。
 近い例でいうと、既視感(デジャヴュ)などもそれにあたる。
「充分、有り得るんじゃねぇか?」
「ところが、綾さんがここを幽霊トンネルだと思い出したのは、事故のあとなのよ。本人がそう言ってるわ」
 幻覚現象である以上、登場する像は当人の想像力と記憶力の範囲に留まる。
 しかも、さすがの綾もトンネルで起きた最初の事故の詳細など知るはずもない。
 生まれるより前の話である。
「けどよ。無意識にビビってたって可能性もあるぜ」
「もちろんその可能性もあるわ」
 だからこそ、こうして調べているのだ。
 仏頂面で事故報告書を書いている友人のために。


 新山綾が事故にあったと聞いたとき、巫もシュラインも、跳びあがるほど驚いたものだ。
 それで東京から飛んできたわけである。
 もっとも、事故を起こした本人は軽傷を負っただけった。
 このあたりは、幾度も修羅場をくぐってきている女性だからであろう。
「一〇回くらい殺しても、綾さんは死なないから」
 素直でない表現をしながら、大事をとって入院した年長の友人を気遣うシュラインだった。
 もちろん、
「あんまり心配かけるな‥‥寿命が縮むかと思ったんだぞ」
「‥‥ごめん」
「あやまるようなことじゃねぇけど‥‥」
「でも‥‥ごめん」
「ほんとに大怪我しなくて良かったぜ」
「‥‥うん」
 などと、なんだかピロートークを繰り広げつつ異空間を形成している二人に対しての皮肉が含まれていたことは疑いようもない。
 遠距離恋愛中の巫と綾がこういう雰囲気になってしまうのは、まあ、仕方のないことではあるのだが。
 いずれにしても、わざわざ北海道まできたのだから、手ぶらで帰るというのも勿体ない。
 浄化屋としてはアトラスの原稿のネタになるだろうし、興信所事務員としては、怪奇探偵の名を売り込むチャンスだ。
 なかなかしたたかな二人は、綾の仲介で警察からの依頼を受けることになった。
 もぎ取った、という表現もできる。
 ただ、無限の時間が与えられたわけではない。
 調査に使える時間は、四八時間。
 丸二日間だけだ。
 もちろん、その間も警察は動く。あくまでも巫とシュラインの行動に掣肘を加えないというだけの話である。
「もっともね。完全に事故だと思ってるだろうから。警察では追い切れないかも」
 ごく短い回想のあと、シュラインが呟く。
 日本警察は無能ではない。
 それどころか、単に能力を考えるなら世界でも屈指の実力を持つだろう。
 にもかかわらず、しばしば未解決事件を生み出してるのは、その体質に原因がある。
 発想に柔軟さを欠いてしまうのだ。
「こいつが犯人」
 と決めつけると、他の事象が目に入らずムキになって追いかける。
 多くの場合、それで問題なく解決できるのだが、今回のようなケースになるとやはり警察はあまり得意ではない。
「ま、事故って考えるのも、べつに変じゃねぇよな」
 巫も頷く。
 伝承だのなんだのを考えなければ、ことは単純きわまる。
 トンネルの入り口に衝突する事故など、それこそどこででも起こっているのだ。
 とくに、凍結した道路では、数え上げるのも馬鹿馬鹿しいほど。
「でも、いまは冬じゃないわ」
「ああ。それにいくら疲れていてもそこまでハンドル操作を誤るってのは普通じゃねぇ」
 頷き合う。
 綾の軽自動車は、函館から札幌方面へと走行していた。
 大沼隧道を越えれば、湖畔に沿って伸びる曲がりくねった道を抜け、峠下という小規模な峠道に入る。
 普通に考えて、油断するようなルートではないのだ。
「深夜だったっことを差っ引いても、な」
 腕を組む巫。
「だとしたら、『本物』か、あるいは人間の仕業よね」
 ハンドルを握ったシュラインが微笑した。
 左手のブレスレットが、同意するように輝いている。


 目を眩ます閃光。
 突っ込んでくるオートバイ。
「くっ! 灰慈!!」
「任せとけっ!!」
 助手席からハンドルを奪い取る巫。
 幻惑は、運転者にしか起こらない。
 不測の事態には浄化屋が対応する。最初から相談してあったことである。
 この日、何度目かのUターンを終え、何度目かのトンネル侵入を果たそうとしたとき、事態は急転した。
「やっぱりねっ!!」
 ウィンドウを開くシュライン。
 種の判った手品など、恐れるに値しない。
 音を探る。
 むろん、オートバイのエンジン音など聞こえなかった。
 当然であろう。
 実態などないのだから。
 それは、幽霊でも心霊でもない。
 路肩に車を車を止め、深夜の国道に降りる。
 シュラインが指をさした先は、トンネルの上。
「なるほどな。あんなところから照らしてやがったのか」
「気配は四つ。素人ね」
 足音や息づかいなどから、青い瞳の美女が断定する。
「なんてこった‥‥綾は素人にやられたのか‥‥」
 巫の嘆息。
 もっとも、プロフェッショナルがアマチュアにしてやられるケースは往々にしてある。
 まして今回は、油断につけ込まれたというより、巻き込まれただけだ。
 むろん犯人たちも、相手がまさか魔術師だとは知らなかったのだろう。
「犯罪者は何度でも同じことを繰り返す‥‥失敗するまでね」
 シュラインが呟いた。
「愉快犯ともなれば、その傾向はますます強まるな」
 浄化屋が応じる。
「じゃ、最後の仕上げといきましょうか」
 夜風に黒髪をたなびかせ、シュラインが左手を空に向けた。
「行くわよ。シルフィード」
『おっけー』
 インテリジェンスウェポンが応える。
 もちろんその声は、霊感のない彼女には届かないが。
「大いなる風っ!!」
 不可視の弓から放たれる不可視の矢。
 瞬間。
 持ち上げられるように、シュラインと巫の身体が宙に浮く。
 四本の矢のうちの一つ、大いなる風とは、ようするに風の衝撃波である。
 本来は相対する敵をはじき飛ばすためのものだが、このように飛行術として応用することができる。
 細かいコントロールは利かず直線的に飛ぶしかないが、それでもトンネルの上の山まで、一瞬で到達できるだろう。
「しっかり掴まっててね。灰慈」
「了解。けど、シュラインにくっついて飛ぶのは、これで二度目だな」
 浄化屋が笑った。
 インスマウスという街で、二人は同様に空を飛んだのだ。
 ただし、使ったのはシルフィードではなく物理魔法であり、方向も下から上にではなく上から下へであったが。
「じゃあ、結果も同じといきたいわね」
「当然だぜっ!」
 二人の紅と蒼の瞳が、唖然として見上げる犯人たちを捉えていた。


 事故の大きさは、速度に比例する。
 これはまったく物理法則の示すとおりだ。
 そして、函館から七飯まで区間は、高速道路が敷かれている。
 いかにも中途半端だが、これは道央自動車道の延長工事の副産物である。
 近年中に、国縫まで延びているそれと連結するだろう。
 現在のところ、函館と七飯の間は無料区間だ。
 一般道を通るより速く、しかも無料ということであれば利用を躊躇う理由はない。
 そこに、今回の事故の布石がある。
 高速道路を降りたあとに速度感覚が狂うのは周知の事実だ。
 けっして低速とはいえない時速六〇キロが、まるで亀の歩みのように感じてしまう。
 インターチェンジからトンネル入り口まではわずか数キロ。
 この間に通常の速度感覚に戻るか。
 答えは否であろう。
 高速状態の自動車は、ごくわずかなハンドル操作で大きくぶれる。
 そのような状態のとき、いきなり強烈な光を浴びせられればどうなるか。
 結果は、綾の巻き込まれた事故が示している。
 まことに見事な算術というべきだろう。
「だが! 綾に手を出したのが運の尽きだぜっ!!」
 上空から、猛禽のように巫が襲いかかる。
 蹈鞴を踏む犯人たち。
 全員が捕縛されるまで、五分とは要さなかった。
「ま、こんなもんよね」
 荒事を見物していただけのシュラインが、軽く頷いた。
 もし犯人が逃げ出したときに備えてシルフィードは構えていたが、どうやら使うまでもなかったようだ。
「高校生ってところかしら?」
 地面にのびている犯人の一人を、つま先でつついてみる。
「なんだってこんなしょうもないこと考えやがったんだか」
 息一つ乱していない浄化屋が、手際よく少年たちを縛りあげていた。
「それを調べるのは、警察の領分ね」
 どうせ、たいした理由なんかないでしょうけど、と、シュラインは内心で付け加えた。
 退屈だったからとか。
 事故車から金銭を奪うつもりだったとか。
 あるいは女性ドライバーだった場合、もっと不埒なことを考えたかもしれない。
 いずれにしても、馬鹿な考えだ。
「このまま続けてたら、死人が出たかもしれないんだぜ?」
「最初の被害者の綾さんがほとんど無傷だったから。だから、自分たちのやってることの重大さに気づかなかったのかもね」
「なるほどな。逆に言うなら、最初が綾で良かったわけだ。被害を減らすって意味だけどな」
「そうね。この子たちが幸運に感謝するかどうかは、わからないけどね」
 シニカルな笑みを秀麗な顔に刻む蒼眸の美女。
 あの綾が、ことさら寛大な処置を少年たちにとるとは思えない。
 壊れた軽自動車の補償、治療費、精神的苦痛に対する慰謝料。
 きっと、泣くほどの金額を請求されるだろう。
「ま、自業自得だがね」
 巫も唇を歪めた。
 もちろん高校生では支払い能力はないだろうから、払うのは親ということになる。
 これも、自業自得だ。
 加害者の人権を守ってやるほど、偽善的な嗜好を巫もシュラインも持ってはいない。
「それにしても‥‥」
「ん?」
「こんなものがバイクのヘッドライトに見えるとはね‥‥」
 集魚用のサーチライトに視線を向けるシュライン。
 もしかしたら、犯人たちの中に漁師の息子とかがいたのかもしれない。
「人間ってやつは‥‥」
 ふと、巫が口を開いた。
「人間ってやつは、見たいものしか見ねぇし、聞きたいことしか聞かねぇもんだ」
「そうね。それは私たちもおなじかも」
 シュラインの笑いは苦い。
 怪奇現象の半分は人間によって作られる。
 東京で煙草を吸っているであろう恋人の言葉が思い出された。
 思いこみ、勘違い、誤認。
 そして、願望と期待。
 それが怪奇現象を作る。
 解き明かしてみれば、心霊など介在していないことの方がずっと多いのに。
 幽霊に滅ぼされた国などないし、幽霊に支配された都市などない。
 そう考えると、べつに恐れるものでもないのだが、
「だがまあ、ロジカル過ぎるってのも、つまらねぇ話さ」
 なんとなく苦笑を浮かべ、煙草に火を灯す巫。
「そうね」
 つられるようにシュラインが微笑んだ。
 ざわざわと。
 木々がざわめく。
 上空では雲が切れ、満月期に近づいた月が炯々と輝いていた。












                           終わり



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)       withシルフィード

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。
「血染めのトンネル」お届けいたします。
札幌では桜が満開となり、目を楽しませてくれています。
東京はもう散ってしまったみたいですが。
さて、いかがだったですか?
楽しんで頂けたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。