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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん

 奇妙な青年に会った、と言葉数の少なさに雑談や、増してや噂話などに興じる事の少ない幼馴染みが話題に上らせていただけに、よく覚えていた。
「あんた今幸せ?」
信号待ちに足を止めていた沙倉唯為は、横に並び立った黒尽くめの男に胡乱気に視線を向けた。
 まず目につくのは存在感の強い黒革のロングコート、そして目を覆って円いサングラス。
 季節感に薄い街中、とはいえアンバランスに組み合わせに違和感しきり、である。
 さりとて唯為も年間を通じて黒のスーツを愛用するに、人をとやかく言えた義理ではないが、当然の如くにそんな些末な事は気にもかからない。
「…あぁ、お前か、この間うちの可愛い子に妙な事を吹き込んだ奴は」
「どの子?」
思わずツッコミたいような問題発言はさらりと聞き流し、唯為は胸の前に腕を組む。
「人を疑う事を知らん奴なんでな、布教活動は少し御遠慮頂きたいんだが」
「疑う事を知ってるアンタになら、少しも遠慮しなくていいって事かな?」
人好きのする笑みで小さく肩を竦め、黒衣の青年が尊大な言を軽く受け流して切り返すに、唯為は軽く顎を上げた。
「なかなかやるな」
「それほどでも♪」
 信号はとうに青に変わっている。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
互いの出方を待つ間が沈黙に変じる前、ちょいと円いサングラスを片手でずらして…僅かな細さに鋭く、まるで不吉に赤い月のような色の瞳を覗かせた。
「下手なナンパだな。まぁ、インパクトにおいては下の中くらいはやってもいいが」
目だけが笑わない微笑みを交わして足を止めたままの青年二人を避けて、人は既に流れ出している…それに合わせて目を逸らした方が負け、とでもいうかのようにがっちりと視線を合わせたまま脇目も振らず、器用に歩みを進める両者に人の流れも遠巻きだ。
 北と南に向かってそれぞれ、三車線ずつの距離に長い歩行者用信号を渡りきり、左手に曲がるのも申し合わせたかのようで、今彼等が初対面だと思う者は少なかろう息の合いよう。
「やっぱあんた、かなり普通じゃねぇなぁ」
目が細められるに、深まる笑み。
「興味あンだよ。そういう人の、」
ひとつ息を吐くに途切れた言葉が、雑踏の内に…紛れもしない黒さに輪郭を浮き立たせたような青年の瞳の赤を、子供めいて楽しげな感情を宿す。
「生きてる理由みたいなのがさ」
唯為がピタリと足を止めるに、青年も全く同時に歩みを止めた。
「…まぁ、然程急な用もない」
軽く片眉を上げ、唯為は僅か首を傾ける。
「胡散臭い勧誘だが引っ掛かってやる」
彼自身も、青年の言動に興味を覚えた…それを言明するのはなんとなく癪で、唯為は軽く肩を竦めるにそれ以上の言は控えた。


 質の良い黒は、光を吸い込む質感に暗い明度の内でも際立つものだ。
 身体に合わせて誂え、仕立ても生地も良い黒のスーツ、絹の光沢に銀にも見えるグレイのシャツの襟元を開くに涙滴型に赤い石を下げたシルバーチェーンが覗き、色を合わせて左耳に銀のピアスを光らせた長身が人目を魅くは、その装いだけでなく。
 漆の艶を持つ髪が僅かにかかる目、下がり気味に表情を和らげる一助ともなるが、自信を示すかのように端の上がる眉に相殺されるに、意志の強さを宿した瞳の銀が宿す、尊大とも言える存在感。
 それは、真性の闇に光を戴くを見る者がない道理のように。
 が。
 今は別の意味で衆目を集めるに、唯為は足を組み直す動作に店内を睥睨した。
 ピンクを基調にした店内には所々に星のオブジェが並び、どこか夜店のとりとめない賑やかさを感じさせ、かつ乙女チックだ。
 女同士、もしくはカップルで入るならば問題なかろう…が、男同士なら居心地の悪さに入るに躊躇いを覚えるファンシーさだ。
 案内されたのは窓側の席、ビルの二階の立地に大きく取られた窓から、広場を見下ろす、男二人。
「面白い店だろ?」
案内した青年…通り名だと前置いてピュン・フーと名乗った彼に問われ、唯為は感心した風で頷く。
「容姿も言動も胡散臭ければ趣味も名前も…、か」
手を差し延べる風に緩く曲げた右手を向け、ピ、と人差し指で青年を示す。
「親しみを込めてピュンちゃんと呼んでやろう」
最も、唯為がピュン・フーの何処ら辺を親しんでいるのかは分からないが。
 五指に万遍ない銀の指輪、眼窩にルビーを嵌めた髑髏の頭をおしぼりでなんとなしに拭いていたピュン・フーはあからさまに嫌な顔をした。
「ピュン君やフーちゃん、ましてやピュンちゃんは不可。ただピュン・フーとだけ呼ぶよーにOK?」
くどくどとと、そして言い慣れた調子の抑揚に、唯為は鷹揚に頷いてみせた。
「OKだ、ピュンちゃん」
ピシリ、と音を立てて凍ったような空気を読んでか読まずか、ウェイトレスがオーダー票を片手にテーブルの傍らについた。
「おきまりですか〜?」
伸ばした語尾に、ピュン・フーはメニューも見ずに「グリーン☆ランド」と注文する。
「ブルマンをホットで」
唯為もまたメニューには手を伸ばさずに言うが、
「恐れ入りますお客様〜。当店では必ず品名でご注文頂く流儀となっておりまして〜」
「……注文の多い料理店だな」
「いや、ひとつしか注文してねぇし」
さり気なツッコミに奇妙な、だが目くじらを立てる程でもない要求にメニューに手を伸ばし…唯為は沈黙した。
 並ぶ表記は「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら…特に注釈がつくわけでなく、その名のみでは如何なる料理が出てくるのか全く予測がつかない。
「どーした唯為?遠慮なく頼めよ?」
ピュン・フーはどうやらこの店のシステムを知っていたらしい…『ピュンちゃん』の報復のつもりか、頬杖をついて悪戯ッ子の笑みを向けられるに問うも口惜しく、メニューの一画を示してオーダーする。
「おっとこ前だなー」
ピュン・フーが笑いを漏らすに「当然」と眉を上げ、唯為はふと思い出した風で続けた。
「俺の方が男前に決まっているが…お前と雰囲気が似てると言われるのは心外だな」
「え?そっくりじゃん?」
さらりと問い返されるに、空気が凍る、パート2。
「何処がだ」
「服黒いし」
オーダーメイドのスーツとハードなレザーファッションを黒いというだけで括るな。
「アクセはシルバーだし」
シンプルに素材の良さを前面に出した貴石の組み合わせと、スカル系のストリートアクセでは、激しくタイプが違う。
「ホラお・そ・ろ・い♪」
サングラスを外して赤い瞳を晒すに唯為のネックレスを示し、イヤな感じで区切りながらのピュン・フーの言に大人げなくムッとする唯為。
「一緒にするな」
ピュン・フーは悪戯っぽく笑い、自分の左の耳朶をちょいと指で弾いた。
「一緒じゃねーのもあるじゃん。俺、ピアス空けらんねーもん。すぐ塞がっちまうから」
「全然、全く、断固として似てない」
少し意地になったような唯為の否定に、ピュン・フーは笑う。
「それともひとつアレだな。普通じゃない」
笑って続けたピュン・フーの言う、普通の意がかかる所に微妙な含みがある…焔の記憶に呼び覚まされるもう一人の己、先代を殺して継承いだ妖刀『緋櫻』、平安の時代より妖を狩るに連綿と続いてきた一族の血を統べる当主としての責が脳裏をよぎる。
「人の普通の定義なんぞ分かり兼ねるが、少なくとも俺はお前よりはマシだと思うぞ」
普通とは、現実の裏側を知らず、知る機会もなく安穏に生きる人々の価値。
 そして、眼前に座る黒衣の青年からは、その裏側の…そして唯為自身にも近しい気配がした。濃く、深い闇色の気配。
「生きている理由とか言ったが、まだ死ねんから生きている、それだけだ」
先を促すように軽く眉を上げたピュン・フーに、唯為は莞然と続けた。
「事が済めば潔く旅立ってやるが、まだその時ではないんでな」
「ふうん…ま、俺も死んでないだけってカンジの事はよく言われるけどな」
肩を竦めた唯為に、ピュン・フーはテーブルの上に置いたサングラスを腕で窓際に寄せる。
「潔くッてのは、とっとと諦めるって事か?」
「さて、それはその時になってみないと分からん…それに、俺もまだ遊び足らんからな」
お気に入りの存在を思い出して、唯為は語尾に楽しげに。
 彼が存在する限りに、生きるに飽くという事はないような気がする。
「そーか、まぁ趣味は大事だよなー」
微妙に違った場所で納得しているようなピュン・フーがすいと身を引くに、「お待たせしました〜」と、ウェイトレスが注文の品をそれぞれの前に並べた。
 ピュン・フーの前には暖かに湯気を上げる抹茶と和菓子のセット。
 そして、唯為の前にはこの寒空の下に何故だか氷イチゴ。
「こう来たか……」
互いに据えられた品を前に、空気が凍る、パート3。
「……唯為、交換しねぇ?」
「仕方ないな、応じてやろう」
目出度く交渉が成立するに、何故だか品でなく席を立って入れ替わる両者。
「しかしまぁ…お前も物好きな奴だな、男二人で茶なんぞ」
黒文字で和菓子を突き刺し、唯為はまるごと一口で放り込む。
「そっか?俺わりとやるけど。トコロで、唯為んトコの可愛い子ってばもしかして朔羅?」
これまた抹茶を一息の勢いで喉の奥に流し込み、唯為は口の端についた緑の泡を指で拭った。
「何故分かった」
「可愛かったから…もしかして甘いの苦手?」
得意ではない、と問いを受けて唯為は親しげに呼ばれた名とその感想とに眉を寄せる。
「あいつを可愛がっていいのは俺だけだ」
「うわ。唯為ずりぃ、あんだけ可愛いの独り占めにする気かよ」
「アレは元々俺のだ」
子供が気に入りの玩具を取り合うような感で続けられる会話に、思わぬ場所で所有権を主張されている当人が、くしゃみを連発していない事を祈る。
 主張の合間にピュン・フーがあっという間に氷を平らげるに、唯為も流石に話を止めた。
「……よく冷えないな」
「冷たい方が痛まないんだよ、俺」
言い、親指についてしまったシロップを舌で舐め…かけた動作に、左の胸を押さえる。
「また仕事か……最近面白いトコになると呼び出しかかんだよなー」
内ポケットから取り出した携帯電話の着信履歴に、歎息する。
 お開きの気配に、唯為はピュン・フーと共に席を立った。
「次は洒落たバーでも用意しておけ」
そう告げるに、ピュン・フーは一瞬きょとんとした表情の後に笑って…そして唯為の耳元に口を寄せた。
「あの可愛い子連れて、東京から逃げな」
笑いを含んだような瞳…その癖に、真剣な紅、声に籠もる真摯さ。
 それが楽しげな色にとって変わる。
「そんでももし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
まるで不吉な予言のように一方的な約束を囁く左の耳元…のピアスを指が軽く弾く。
「んじゃーな、楽しかったぜ」
笑みを残して立ち去る背に…その言葉の意味の深さを訝しむ唯為の指先にかさりと乾いた紙の感触。
「支払いを残して行ったな……」
勝手なヤツだ、と唯為が不機嫌に述べた感想はおしなべて、彼の周囲が彼自身に抱く物と同じであった。