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<東京怪談ノベル(シングル)>


Innocent World

追われ、追う者。
例えば、殺人者。
例えば、泥棒。
例えば―――?

雷歌はダークハンターといわれる狩人だ。
古き時から忌むべき魔たちを狩っていく、そう義務付けられている種族。
だが繰り返される戦いの末。
ダークハンターは雷歌のみと今現在はなっていた。
それを寂しい、と思うことは。

……なかったけれど。

長い時を生きれる砂時計を与えられようと死んでしまえば皆同じ。
自分もいつか、砂の様に溶けて消えていくのだから。

なのに。
最近、この自分が魔を狩ろうとする時に追ってくる青年がいる。
雷歌自身はおぞましいと。
出来うるならば、このように変化せずに殺せたら良いのにと思う姿を
驚きもせずに追ってくる、青年が。
多分、スーツが似合ってないから新米の刑事さん…なのだろうけれど。

黒の長い編み上げのブーツ。
明治初期の様な女学生が好んでしていた海老茶の袴を着て
今日も雷歌は東京と言う街を歩く。
この姿のときだけはダークハンターである事を忘れられる
雷歌にとっての唯一の時間だ。
そして、追って来てくれる名も知らぬ青年を見ていられる唯一の。

気になる、のか―――眺めているといつも柔らかな気持ちになれる彼の人の姿。
願わくば、いつまでも。
そう……………何時までも、この時間があるように思っていた、祈っていた。


――とある事件がおきるまでは。



*************************


―――雷歌。

『……何』

何処からともなく、響く声。
が、人に聞こえるような声ではなく。
例えるならば頭に直接響く声なき声の様なもの。

それが、再び呼びかける。

―――雷歌よ、最後の『闇狩人』の名を継ぐべき『器』よ、と。

ぴく。

ヒトガタではない、本来の姿になっているときにこう囁かれ
指ではない、指をぎゅっと力強く握り締めた。
そうでなければ、自分が崩れてしまう。
今は目の前の敵を狩る事だけ考えなくてはならないのだから。

……暗闇の中、雷歌の身体が閃光の如く舞う。
一つの光。
消えぬ光の様な色を放ちながら鮮やかに。
音もなく、崩れ消滅していく敵を見送りながら最後の一人に、目を向ける。
先ほどからの声の主に。

『お前で最後だ』

そう、言おうとした刹那。

赤いライトが夜目にも鮮やかに幾度となく瞬いた。
何故!?
何故、此処に―――今、この時にパトカーが…あの青年が来る?
考える余裕もない不思議なまでの躊躇い。
あと一人で、この闇に隠れる魔を狩れるのに。
何故。
――――――どうして。


急に攻撃の手がが緩んだ雷歌に魔物が其処に留まるはずもなく。
音もなく、それは闇夜に溶けた。


『雷歌、問いかけは終わりだ。次に、逢えたら―――そう、奴を最初に殺してやろう。
狩人に柔らかな心など必要ない…必要なのは我らを刈り取る無用なその殺しの力だけだ』
あまりにも理不尽な言葉だけを残して。



*************************


春の陽は落ちるのが遅い。
夕刻になると言うのに外はまだ明るく昼間のようでもある。

だが確かに。
夕刻なのだと言う事を知らしめるものがある。
―――月だ。
昼には明るすぎて見えないその姿も夕刻には鮮やかにその姿を照らし出していく。

あの後。
魔からの言葉をずっと雷歌は考えていた。
躊躇った、その刹那。
何故と自分の中で問い返していたあの想いを。

そして、出た結論は。

『青年の中にある自分の記憶を消す』だった。

無論、彼は異形の自分の姿しか知らない。
この姿の雷歌がこっそり見ていたことも多分気付いてはいないだろう。
それでも、いつかは。
―――巻き込んでしまうかも知れないのだ。
望むと、望まざるに関わらず。

きゅ、と唇を軽く結び雷歌は歩き出した。
最初で最後になるだろう、会話を―――下らない嘘の言葉を青年がきちんと
聞いてくれるよう、願いながら。

「あの……すいません」
意を決し雷歌は目当ての人物へ声をかけた。
自分のことなど知りもしないだろうに声をかけられても戸惑うことなく
不振に思うことも無いのかにこやかに笑い返してくれる。
「どうしたんだい?」と柔らかな声で。
……何故、知り合えずに終わってしまうのだろう。
どうして人は―――自分自身、人とは呼べないかもしれないが―――何故
誰かを求めてしまうのだろう。

(……考えても無駄な事だと知っているけれど)

もう二度と問いかけもしない問いだとも知っているから。

「……裏の雑木林の中に……」
「ああ、落し物でもした? …もう暗くなるから一緒についていってあげようか」
「ありがとうございます……すいませんがお願いできますか?」
「勿論」

雷歌は裏手の雑木林をゆっくりと歩く。
さわさわと揺れる梢。
夜になり、一層暗さを増していく樹木。
まるで迷子になったかのような錯覚を覚える。

「……どこら辺で落としたのかな? 大きさは?」
青年が問い掛けた、その時。
雷歌は自分の身体を体をゆっくり変化させた。
サイレントムービーのように音も何もなく、ただ見られたくない姿を目の前に
いる人へと見せ続けた。

「な…………!?」
青年が大声を出したその瞬間。
雷歌は手ではない手で青年へ触れ、呟いた。
目に映る姿は自分の異形の姿だと解っていて、声なき声で振り絞るように。
「……ごめんなさい。もう二度とこの姿を追いかけてこないで……
これ以上は…貴方を巻き込んでしまうから」

雷歌は一粒の涙を零し……それが、青年と雷歌の最後となった。
青年が追っていた事件に対する全ての事柄を―――今現在の事も雷歌自身が全て消し去ってしまったからだ。
全てはただ、泡と消える。
雷歌の想いすら、追いかけていた記憶さえも。


追う者と、追われる者。
果て無き世界で狩りを続けなくてはならない者。

自分の記憶の中に。
成就される事はなかった幸福な―――記憶だけを残して。






―End―