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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


再生の雨

------<オープニング>--------------------------------------
 件名:雨 投稿者:ユマ

 雨を探しに行きませんか?


 件名:別に探さなくても 投稿者:ルウ

 もうすぐ梅雨に入るんだから待ったらいいと思うけど。


 件名:雨は雨でも 投稿者:ユマ

 説明し辛いのですが、普通の雨ではありません。細かくパラパラと降る、光る雨です。去年祖母が亡くなったとき、山で見ました。
 その後僕は幾度も山を訪れましたが、雨を見ることは出来ませんでした。もしかしたら、祖母が亡くなったことと関係があるのかもしれません。祖母は山で育ち、山中にある墓に埋葬されましたから。
 僕以外に雨を見たという人に訊くと、家族や友人が亡くなった後に見ていることがわかりました。しかも、亡くなった方は必ず山に関係している人物なんです。
 そこでようやく本題に入るのですが。
 最近、僕の飼っている猫が車に轢かれて死んでしまいました。
 この猫は元々山にいた、山に関係のある猫です。
 今山へ行けばきっと雨が見れると思うんです。ご一緒にどうですか?


 件名:その雨って 投稿者:ユキ

 なんか怖いよ?


 件名:そんなことはありません 投稿者:ユマ

 決して怖くはありません。柔らかで、触れるとあたたかい雨ですから安心してください。
 ただ、少し妙ではあります。
 雨が降っているときの景色が、山のものではないんですよ。
 何もない場所――というか、まるで別の世界に見えました。
 それを突き止めるためにも、僕と一緒に雨を探しに行きませんか?



「雨を探しに行きませんか?」
 ――雨。
 ゴーストネット掲示板にあったその記事は、南宮寺天音の記憶を揺さぶった。
 ――雨は嫌いや。
 天音の思い出の中で、雨は常に棘棘しかった。
 最初に思い出したのは――里子に出された日の雨。
 幼かった天音は、どうしていいかわからず長い間雨の中で佇んでいた。
 身体に染み込んで行く雨は、次第に天音の心にも染み渡った。
 それからずっと、雨は痛々しく天音を取り込んだ。
 ――うちの「母親」が亡くなった日も、雨やったな。
 まるで他人事のように、ぼんやりと思い出す。
 母親が亡くなった後は、叔父夫婦と暮らす生活が待っていた。
 あの時から、帰りたくない家が出来た。
 行く当てもなく、家から逃げ出した夜もあった。
 ――そんな日は必ず雨やった。
 感情は冷静なのだが、天音は無意識に腕を押さえていた。
『思い出したくない』――心の底でそう思っているのかもしれない。
(そんなこと思い出したからって、今更どうなる訳でもないやんか。仕方ないことや)
 でも、一番新しい雨の記憶は、そう割り切れるものでもなかった。
 昨日――雨の日に祖父が亡くなったのだ。
(あの日、雨が降っていて嫌な予感はあったんや)
 祖父は唯一天音を可愛がってくれた人だった。叔父夫婦に内緒で飴などのお菓子をくれては、皺だけの顔で笑っていた。何よりも優しい笑顔だった。
(何で、雨の日なんかに――)
 冷たくなった祖父を見たとき、天音は泣かなかった。
 実感が沸かなかったのだ。
 だが祖父の頬に触れて――その冷たさや、天音の記憶の中の祖父よりもずっと痩せこけている事実に気付いた時――どうしようもない感情に襲われた。
 少しも悲しんでいない叔父夫婦が去ってから、天音は初めて涙を流した。
(だから、雨は嫌いなんや)
 ――でも、この記事は「雨を探す」と言う。
 光る雨は、山で亡くなった人がいると見えるらしい。
(うちにも、見えるかもしれへん)
 ――祖父は山奥の神社で宮司をしていたから。
 吸い込まれるように、天音は参加メールを送っていた。
 ――何故だかは自分でもわからない。
 祖父のことを思い出したいのかもしれない。会いたいのかもしれない。
 天音は祖父が亡くなってから、全ての博打の誘いを断っていた。
 それ程までに、祖父の死は大きかった。
 メールを送ってから、天音は祖父のことを思い出した。
 心の底に溜め続けた記憶は、一度流れ出すと止まりそうもなかった。


 午前九時三十分。
 天音は集合場所となっている駅に着いた。
 ――早く着きすぎたのか、ユマは見当たらない。
(今日も確か博打の予定があった筈や)
 断ったことに対して未練はないが――「博打」という言葉から再び祖父を思い出す。
 天音が賭博師になり、独り暮らしを選んだ時、叔父夫婦は世間体を考えてか嫌な顔をしたが、祖父は違っていた。
(うちの独り立ちを喜んでくれはったな)
 天音自身よりもその喜びは大きいように見えた。
(雨、見えるやろか)
 まだわからない。祖父の遺体がまだ埋葬されていないのが気にかかる。
 ――どちらにしろ、行ってみないと結果は出ない。
 時計を見ると、集合時間は過ぎている。
 ――遅い。
(皆、何してんのや)
 祖父の思い出と現実と――半々の気分で辺りを見回す。
 と、反対側のホームにいる四人の集まりが目に入った。
 四人で話し込んでいる。
(何してんやろ)
 ………………。
(もしかして)
 あれか?
(あかん! 反対側のホームやないか!)
 天音は階段を駆け上がった。


 当日。集合場所となっていた駅で、一際元気な声が響く。
「雨降りじゃなくって良かったね!」
 そう言いながら、海原みあおはリュックをポンポンと叩いている。みあおの身体が小さなためか、リュックが何かの怪物に見える。
 何故こんなにリュックが膨れているのか。
「何が入っているの?」
 光月羽澄は不思議そうだ。
 みあおは満面の笑みで、
「お菓子とジュース!」
 と答えた。
 どう見てもリュックは、お菓子とジュースだけで一杯にしたとは思えない程の膨れ方をしているのだが――みあおの嬉しそうな顔と合わせると、納得出来る気もする。
 もっとも、羽澄も準備に関しては抜かりがなかった。
 春物のブーツには靴擦れ対策が施してあるし、インディゴブルーのシャツに黒のジーンズ、髪はポニーテールという動きやすい格好をしている。それから、気温のことも考えて、黒のニットのジップアップジャケットも着込んでいるのだ。
「確かに、東京の人は、上から何か羽織っている方がいいかもしれませんね」
 羽澄の格好を見て、ユマが感心する。
「ここは基本的には気温は高いんですけどね、何分東京と違って湿度が低いですし、今は雨が降りやすいですから。東京の人は寒いと感じるかもしれません」
 ここでユマは視線を変え――九尾桐伯の手元に止まった。
「ああ、これですか」
 桐伯が片手を持ち上げてみせる。手にしているのは、割と大き目の紙袋だ。
「全員分のお弁当、だそうです」
「……だそうです?」
「あたしが作ってきたの。ほら、昔の人はお墓の前でお弁当食べていたでしょ? でも作りすぎちゃったかな、重くなっちゃって」
 羽澄が付け加える。
 半分だけで良いよ――と羽澄は言ったのだが、桐伯は全員分を持っているのだ。
「いいえ、軽いですよ。向こうで食べるのが楽しみですね」
 余裕、と言った表情の桐伯。
 手を下げる代わりに、ユマに向かい、
「この辺りでも、そういう風習はあるのでしょうか?」
 ユマは少し考え、
「そうですね、今でも重箱に入れてお墓の前で広げることはしますよ。食べずに、箸で取って祈るんです。何故そんなことをするのかは、よくわかりませんが」
 ある程度の風習は残っている土地らしい。
 話中、みあおは空を仰いだ。風習よりも、今日の天気が気になる。
(曇り……だなぁ)
 さっき、ユマは「今は雨が降りやすい」と言っていたが、今日はどうだろうか。雨の中の山は滑りやすそうだ。
(それも面白そうだけどね)
 みあおはユマに聞いてみる。
「今日は雨、降るかな?」
「いや、曇ってはいるけど多分降らないよ」
 即答された。
(つまんないの)
 でも、結局は山の中で雨が降ることになるだろうから、
(その時誰かこけないかな)
 今から期待しておこう。
「みあお、早く山に行きたいな」
 急かすみあおに、困り顔のユマ。
「それがまだ全員揃ってないんですよ。あと一人なんですけど」
 確かに、予定ではユマを入れて五人な筈が今は四人しかいない。
 だが、集合時間はとうに過ぎている。
「もしかしたら電車を乗り違えているのかも……」
 羽澄の言葉で、ユマは益々困ってしまった。携帯番号を聞いておけば良かった、と後悔しているのだろう。
「いや、わかりませんよ。既に到着している可能性もあります」
「九尾君、心当たりあるの?」
「心当たりというか……。彼女じゃないですか?」
 目の前に、息を切らした高校生位の少女――南宮寺天音がいる。
「……すんまへん。ホーム間違ごうてしもうて」
 南宮寺天音が間違うのも無理は無かった。この駅には出口用の通路はなく、降りたホームから反対側の、こちらのホームを端まで進むと外に出られるというややこしい作りになっていたからだ。
「では行きましょうか。ユマさん、とりあえず猫が発見された場所へ案内してください」
 桐伯がユマを促した。


 牛小屋前を素通りし、果実園を抜ける。山まで多少距離があるようだ。
 その間も、天音は尚も祖父のことや家のことを思い出していた。
 耳の奥で、雨の音が聞こえる気がする。
 その音に混じり、会話が聞こえてくる。
「あ、ヤギ!」
 みあおの声。
 民家の前にヤギが三頭ほど鎖で繋がれていた。めぇぇ〜とかったるそうに鳴いている。
「みあお、ヤギ見たの初めてなんだぁ」
 珍しそうな声を出すみあお。羽澄も同じだ。
「あたしもこんなに近くで見たのは初めてだなぁ。三頭もいるのね」
「去年は四頭いましたよ。毎年一頭ずつ減っていくんです」
「…………」
 無言になる羽澄。何と返せば良いのやら。
「いなくなっちゃうの? ちょっと可哀想だね、こんなに面白い顔してて可愛いのに」
 みあおは桐伯を見上げて、
「可愛いよね?」
 同意を求めた。
「え? ……そうですね」
 面白い顔、というのは可愛い顔とイコールの関係にあるのかどうか。
「あんまり可愛いとは思えないけどなぁ」
 羽澄にそう言われ、みあおは「そーかな。……そーかも」と自分で納得している。
「天音は?」
 みあおの問いに、天音は半分我に返った。
(全然聞いとらへんかったなぁ)
「あ、えーと……何やったっけ?」
「ヤギ。どう思う?」
 天音は、数秒ヤギを眺めた。どう思うかと聞かれても。
「……白い」


 上り坂を上っていくと、だんだんと山中に入ってきた。
「ああ、そうだ」
 ユマは思い出したように振り返り、
「蛇に出会った場合は、騒がずに僕に知らせてくださいね」
 ――蛇?
 少々表情を曇らせる羽澄。
「蛇……あんまり出会いたくはないわね」
「動かなければ多分大丈夫ですよ。確か蛇は動く物を獲物と考えているらしいですから」
 桐伯が励まし、みあおは考え込んだ。
(蛇って、やっぱりお友達には無理かなぁ?)
「まぁ一応言っただけで、蛇なんて滅多に出ませんから。それに、この山は訪れる人が割りと多いので、比較的歩きやすいと思いますよ。今は午前中ですので、あまり人はいないと思いますけどね」
「お墓があるから?」
 羽澄が不思議そうに聞く。
「そうです。ここはある種特別な場所なんですよ」
「特別な場所ですか?」
 桐伯が興味を示す。
「ええ。お墓があるせいでしょうか、天国に近い場所とされているんです」
 ユマは天を仰ぎ見、続けた。
「この辺りでは、亡くなった人は海を渡ると言われています。海を渡って、空よりも高い向こうの世界へ行く、と。海の向こうには天があり、最も特別な場所です。事実人が亡くなった時はそこで故人に厄を持っていってもらえるよう、海で儀式を行います。ですが、それではあまりに遠くて、僕らには近づけません。でもここ――お墓があり、空に近い山なら――海の向こうほどではありませんが、天国に近い場所ではないか、という話になりまして。故人に会いたくて訪れる人が多いんです。その上、今回のような雨騒ぎがあったんで、“ここは天国に近い場所に間違いない、雨はきっと向こうの世界のものだ。亡くなった人が見守っているんだ”って大騒ぎですよ。あんまり出入りすると天がお怒りになるんじゃないかって、山へ入るのは一週間に一度となっています。時間帯は夕方が多いですね。夕方は神聖な時間ですから、何が起こっても不思議ではない、ということらしいです」
 ある程度どころか、変わった風習のある土地のようだ。
「それって、亡くなった人に会えるかもしれないってこと?」
 羽澄が聞く。
(猫をきっかけに雨を探したいのかと思ったけど、そうじゃなくて――)
「猫に会いたいの?」
「……出来れば。それに祖母にも。雨が降っている時は、辺りの景色はまるで別世界のようでしたから、あるいはあれが向こうの世界だったのかもしれません。それなら会えるかもしれない」
 後半は早口で、聞き取りにくいものだった。本人も感情の高ぶりを恥じたのか、
「これはやってはいけないことでしょうか?」
 おずおずと言った。
「どうでしょうね」
 桐伯が答える。
(果たして、向こうの世界とやらに、生身の自分達が行けるものなのかどうか)
「良いか悪いかは別にして、リスクは高い気がします」
「九尾君のいう通り、大変なことだとは思うわ」
 考え、考え、一言ずつはっきりと述べる羽澄。
「でも、やってはいけないかどうかって言うのは、向こうの世界っていうのが決めるんじゃないかな。逆に言えば、ユマ君はそこまで考える必要ないよ。どうしても猫やおばあちゃんに会いたいなら――あたしは止めないよ」
「……そうですね」
 コクン、と頷くユマ。
 みあおがユマの服を軽く、引っ張る。
「それにね、もし雨が見つからなくっても寂しくないよ? みあおがお友達! ユマも、みんなもね!」
 みあおは目をキラキラさせている。
 ユマはみあおの頭を撫でた。
「ありがとう」
「うん!」
 ――みあおはユマとお友達。でも、
(絶対雨を見つけて、写真を撮るんだもん)
 という気持ちは、あえて口に出さず黙っておく。あくまで内緒。
「うちも賛成やな」
 それまで黙っていた天音が急に喋り出した。
「会いたいと思うから雨を探す――別にかまへんやんか。結果に関わらず、それくらいやってみたってバチは当たらへんよ。それで例え会えなくても、ええんちゃうの? こんな日もええもんやって思えば、終いや」
 それは独り言のようにも聞こえた。天音は遠くに視線を置き、物思いに耽りながら呟いている――そんな印象を受けた。
(それでええやん)
 天音は言葉を自分へ向ける。――『だから考え事は終いにして、皆の話を聞こうや』
 別に皆の話を全く聞いていない訳ではない。
 ユマの猫のことを心配していない訳ではない。
 だが、それでも天音の意識は、どこか遠い。
(祖父の思い出はもう十分思い出した筈や)
 ――いや、何か忘れている気がする。
(何やったろうか……)
 記憶の中の雨は、未だ止まない。


「ここが猫――ノアを拾った場所です。ここで遊んでいるのを見つけたんですよ」
 木々が囲むようにして、ある程度のスペースが出来ている場所だった。それ以外に特記する箇所はなく、これからどこを探せばいいのかわからない。
「キャンプが出来そうな場所ね」
 羽澄が言った感想に、桐伯が反応する。
「すっかり、漂白の民のことを忘れていました」
「?」
 一同首をかしげた。漂白の民とは?
 苦笑する桐伯。
「失敬、これだけでは何のことだかわからないですよね。そういう名の、山々を渡る民がいたんですよ。ユマさんの記事を読んだ時に漂白の民を連想して調べてみたのですが、忘れていました。しかしながら、中々興味深い民でしたよ」
「漂白の民……変な名前だねぇ」
 みあおが呟く。舌が回り辛いらしい。
「本当の名は、ミカラワケヤヨロヅノモノハコビと言うんですがね」
「……絶対言えないよ」
 桐伯はかがんで、枝を掴み地面に文字を書いた。
 ――身殻別八万物運。
「こういう字を書くんです」
「……絶対読めないなぁ」
 羽澄も覗き込む。
「読み方を言われれば頷けるけど、そのまま出されたらあたしも読めないかも」
 天音は相変わらず視線を遠く、空の辺りに定め、記憶を辿っている。
 雨の日に、何かあった筈なのだ。
(確か、雨の中にうちがいて……)
 おそらく、叔父夫婦に辛く当たられた時の記憶だろう。
(それで……どうしたんや……?)
 その意識をすり抜けるように、桐伯の声が響く。
「生活場所を次々に変える部族なんですが、そのためか謎が多く興味深いんです。彼らが使っている文字は独特で、解読されたのは昭和に入ってからですが、発生したのはかなり古く、古代の頃からとされているようです。私が興味深いと思ったのは、一族がまとまったきっかけが――」
 桐伯は地面に文字を書いた。
 ――藤原道隆。
「彼の捨て子に出された隠し子にある、というところです」
「それ本当?」
 羽澄が聞き返す。有名な人物が出てきた。
「ええ。その隠し子の道宗が、出雲族から諸技能を学び混交し、掟を作ったそうです。例えば部族のことを秘密にする、などですね。掟は強い力を持っていたようで、破った先には死が待っていたと言われています。――実際に奇妙な死をとげた者もいますから」
 桐伯は話しながら何か思い出したらしく――又枝を取り、『神去り』と書いた。
「彼らは、人が亡くなることをこう表現するらしいのですが――さっき、ユマさんの話を聞いていて、思い出しました」
 ユマは地面をじっと眺めている。
「神去り、ですか。それをこちらの意志でどうにかするというのは――確かにリスクの高い話かもしれません」
「大丈夫! 何とかなるって」
 みあおが言う。ユマの不安をかき消すような声だ。
 ――。
(遠くで話が聞こえとるな)
 天音は霧のかかった思考で考える。
 耳元では、雨。
(――実際の雨を見れば、わかるかもしれへん)
「なぁ、ここから墓の場所は近いん?」
「ええ、すぐ傍ですよ」
「そんなら、そっち行かへん? そこで腹ごしらえして雨を探そうやないか」
 急かす天音。
 羽澄が、
「大丈夫?」
 と聞く。様子が妙なので、具合が悪いのかと心配しているのだ。
「ああ、平気やで。皆の話だってちゃんと――」
(何話してたんやろ?)
 天音は地面の『身殻別八万物運』の文字に気付き、
「なんや、ミカラワケヤヨロヅノモノハコビがどーたら話しとったんやろ?」
 完璧に言ってのけた。
「すごいねぇ! 早口言葉みたい!」
 みあおは面白そうに跳ねる。
「任せとき。ほな、移動しようか」
 何でもない、といった表情で返す天音。だが、
(……そもそも、あれは一体なんや?)
 真実、何もわかってはいなかった。


 墓の前で食事を摂る一行。
 墓は、見た目にはそれとわからないほど山に馴染んでいた。
 洞窟のようなもので、その出入り口は岩によって隠されている。
 その岩も滅多に動かされないためか、苔が生えていた。
 山に眠る――と言った雰囲気で、
「御伽噺に出てきそうだね」
 みあおの感想の通りである。
「代々、ここに埋葬されるのですか?」
 桐伯の質問にユマは「ええ」と答えた。
「一族は全員ここに埋葬されます。お墓は二つあるんですけど、村のほうにあるお墓には遺骨は入れず、こちらに入るんです。村にある方は形だけのものですね」
 ユマは羽澄が作ってきた料理を口にする。
「――美味しい」
「そう言ってもらえると作ってきた甲斐があるなぁ」
 羽澄は料理が得意なため、弁当は瞬く間に空っぽになった。
 みあおが持ってきたお菓子やジュースも取り出し、食べる。
 自然の中にいるせいか、食が弾む。
「やっぱり、自然の中は良いわね」
「そう思います? 僕はずっとここから出て行きたかったんです」
 ユマは笑いながら肩をすくめた。
「自然が豊かな場所で、住民には温かみがあるって言われますけど――ここで暮らしている僕からすれば、鎖に繋がれているようなものですよ。何をやっても筒抜けですからね。それはあたたかいのかもしれないけど、時々人の心に土足で入り込まれているような気持ちになるんです。だから出て行きたいと思っていました」
「今は、そうじゃないの?」
「ええ、あの雨を見てから変わりました。そもそも僕は別におばあちゃん子でもなかったんですよ。ノアは大切でしたけど。だから祖母が亡くなったときも、悲しみはしたけれど、仕方ないと思っていました。でもあの雨を見たら――何故かここにいたくなったんです、それから祖母を探したいとも」
「それはどうして?」
「さぁ、僕自身よくわからないんです。ただ、雨の中にこの村を見た気がして」
 ここでユマは言葉を切った。
「雨、降りませんね」
 ぽつりと言った。
 ――いや、
「何か、降ってるよ!」
 みあおが叫んだ。
 ――雨だ。
 ぷつり、ぽつりと降っていた雨が、勢いを増し降り注ぐ。
 辺り一面、空白に包まれた。
「ばあちゃん! ノア!!」
 ユマが光の中へ駆けていく。
 それを追って、四人も中へと入る。
 ただ、天音だけは――別の目的を孕んで。


 走っているのかいないのか、それもわからないほど、視界はぼやけていた。
「ばーちゃん! ノア!!」
 反応がないまま、ユマは走ったが――コツン、と身体が何かに当たった。
 壁のような物だ。
 叩いてみたが、それ以上先へ行くことは出来ない。
(これじゃあ、とても会えそうにない……)
 ここがどの辺かもわからない。白く輝いているだけだ。
「待って! あれは虹じゃない?」
 羽澄が言った。
 通れない壁の向こうには、確かに虹がかかっていた。
 ――雨が降っていたから?
「いや、あれは普通の虹ではないですね。雌の虹ですよ」
 桐伯が見分けた。
「色の配列が逆ですから、間違いありません。普通の虹は雄で、雌は珍しいのですが――あちらではあの虹が当たり前なのかもしれません」
 みあおは目を瞬く。
「じゃあ、あっちはこことは違う世界なんだね?」
「おそらくそうでしょうね」
「やったあ! 見つけたんだね!」
 その声と同時に、何かが光った。雨とは違う光である。
「今、何か光らなかった?」
 不思議そうな羽澄に対し、
「ううん! 全然!!」
 みあおは明るく答えた。
 桐伯は、みあおが両手に持っているポロライドカメラに目をやってから、
「気のせいかもしれませんね」
 と微笑んだ。
 天音は見えない壁よりも向こう――別の世界を見つめていた。
(やっぱり、会えないんやろか)
 白い景色は揺るがない。
(一目だけでもええんや)
 耳の奥で、記憶の雨音が強くなる。
『天音』
 記憶の中で、声が聞こえる。
 ――目の前には、皺だらけの顔で笑う、祖父がいた。
(これが、忘れていた記憶?)
 祖父は雨の中で笑っている。
(一体、何をしてはるん――)
「天音ちゃん?」
 羽澄の声で、現実に呼び戻される。
 目の前には祖父ではなく羽澄が、心配そうにしていた。
「大丈夫? 気分悪い?」
「いや、大丈夫やで」
 だが天音の目は虚ろで、声は弱弱しかった。
 それは考え事をしていたせいだったのだが、傍目には具合が悪いように見える。
「あたたかいとは言っても、雨に濡れたら身体に良くないわ。これ使って」
 羽澄が手渡したのは、青い色をした傘だった。
「――それや」
「え?」
「間違いない、それや!」
「は?」
 ――思い出した。雨の中、家に帰れずにいたら、傘を差した祖父が声を掛けてくれたこと。
(何で忘れてたんやろ)
 ――雨に関する、唯一の良い記憶なのに。
 天音は羽澄の手をとっつかみ、お礼を言った。
「ありがとうな!」
「……どういたしまして」
(そんなに雨に濡れたくなかったのかな?)
 ――雨が降る。
「あたたかい雨ですよね」
 ユマが漏らした。
 桐伯は雨に触れた。あたたかい雨が、身体に染み込んでいく。
「多分、これは輪廻転生の象徴ではないでしょうか。長い間、こうして時を繰り返しているのでしょう」
「輪廻転生……」
 ユマは呟き、壁に手を当てた。
「ここから先は、行けないんですね」
「今はそうですが、いつかは――長い時間を繰り返す場所ですから」
「それがいいよ、ユマ。雨はこうして見れたんだし(みあおは写真を撮れたし)、アクシデントも無かったんだしさ(雨が降った時誰かこけてくれたら面白かったけど)、良かったじゃん!」
 笑顔のみあお。
「そうですね」
 ユマは壁から手を放した。
「今はこれで十分です」
 羽澄は雨の降る空を見上げて、息を吐いた。
「なんだか、ホッとしたなぁ」
 それからぽつりと、
「歌でも歌おうか」
 歌い始めた。
 その声は、人々の眠りを撫でるように、雨と混じり降り注がれていった。


終。 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男/27/バーテンダー

 1415/海原・みあお(うなばら・みあお)/女/13/小学生

 1282/光月・羽澄(こうづき・はずみ)/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員

 0576/南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)/女/16/ギャンブラー(高校生)

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■         ライター通信          ■
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「再生の雨」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。

 今回、予定していたよりもずっと話が長くなりました。(そのためか、少々タイトルからずれました……)

 話に出てきたのは、架空の土地です。実在する土地を元に考えたので、本当のことも多いのですが、あくまで架空の場所としてお考え下さい。
 
 違和感を持たれた個所がありましたら、どうかご指摘願います。