コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


傷痕の原因は

■オープニング■

「いえ、そんな事は無いですよ。――どうぞお掛け下さい」
 暇に飽かせてがやがやと賑やかだった草間さんトコの事務所内。そこに「ひょっとしてお休みなんですか?」とおずおず入ってきた若い女性がひとり。何処か思い詰めた顔の依頼人。察するなり所内の雰囲気が変化した。…何故ならそこに居たのはいつもの面子だったからだ。
「お名前をお聞かせ願えますか」
「私は白井麻耶(しらい・まや)と言います」
「で、いったい、どうなさいました?」
 ――依頼は何か。
 草間が尋ねるなり、躊躇う事無く麻耶は上に着ていた服を脱ぎはじめた。一同皆ぎょっとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい!?」
 動転して思わず語尾が上がる。
 当たり前だが目の毒だ。
「…見て下さい」
「貴女ね」
 草間は慌て目を逸らす。いやそれは断じて嫌なものでは無い(むしろ男としては嬉しい)が時と場合ってもんがある。
 目を逸らした一同に、苛立ったように麻耶は自分の左肩甲骨辺り…を示した。
「ここ――背中、です」
 示された場所を見て一同、絶句。
 やがて草間が痛々しそうに呟く。
「…それは」
 麻耶が示した場所、そこにあったのはあまりに惨い、引きつった大きな傷痕。気が引けるながらもよくよく見ればその大きな傷の他にも、大小様々な傷がその身体には刻まれていた。
「…気が付くと、あるんです」
「!?」
「こんな怪我した覚えはまったくないんです。なのに気が付くと…例えば道を歩いている途中で突然痛っ、と思ったら…帰宅して鏡で見てみると、どういう訳か有り得ないような凄い傷になっているんです」
「そりゃ…」
「傷作るような事は絶対していないんです! なのに痛いんです。傷ができているんです! 原因をつきとめて下さいっお願いしますっ!!」
「…」
 ひとりでに身体に傷が出来る。その原因をつきとめて、直してくれと言われても…。
 …そもそもそれは探偵の仕事なのだろうか。
「『怪奇探偵』と名高い草間さんくらいにしかこんな事頼めません…」
 …また言われた。…そこまで有名か。
「ったってな…」
「お願いしますっ」
「…まずは服、着て下さい。何にしろそれから、ですよ」
 依頼人が自分から脱いだと言えど、男であるが故の後ろめたさから口調がたどたどしくなる。その態度から麻耶は己の姿にはっと気付き頬を赤く染めた。言われた通りそそくさと服を着込む。それを確認してから草間はややわざとらしく咳払いをした。
「…じゃ、改めまして」


■医者の代わりもやろうと思えば■

「そうですね…何か…心当たりはないでしょうかね。そう、例えば、誰かに恨まれていたり、何か御神体みたいなものに礼を欠いてしまったり…祟られたり、呪われるような、心当たりです」
「そんなものわかりません! 私は日々普通に生きてるだけですから…そりゃあ人並みには恨まれてるとも思いますけど…。初詣とかだったらちゃんと詣でた先の作法に則ってやってます! それは聖人君子とは言い切れないでしょうが…だからってそれだけでこんな風に呪われるんだったらそこら中呪いで溢れていると思います!」
「…実際溢れてます」
「え?」
「いやこちらの話で。じゃあ、具体的な心当たりは、無いんですね」
「ありません」
 きっぱり。
 草間は少し考える素振りを見せた。
 と。
 たまたま居合わせた中のひとり、真咲御言(しんざき・みこと)が口を挟む。
「…アレルギー、って事は無いですかね」
「はぁっ?」
 意外な答えだったのか麻耶の声が裏返る。
「近頃の若いひとは、色々と過敏ですから。それこそ霊現象と見紛うような凄い形の、けれど正体は単なるアレルギーってのも、無くはないんです」
「そ、そうなんですか?」
「まぁ、かなり確率は低いですが」
「私は…アトピーとか…子供の頃から、無かったですけど…卵とか乳製品も平気ですし、花粉症にもなっていないし…」
「…考え難いですか」
「と、思います」
 だ、そうです。とばかりに真咲は草間に視線を戻す。
 と。
「あの」
 そろそろと手を上げる、青い髪と瞳の娘。
 彼女もここに居合わせた常連組、海原みなもである。
「ん?」
「何はともあれ、まずは治してあげられないですか。痛そうです…」
「ん、ああ…まぁ、そうだな」
 草間はああ、と納得する。
 治せる技があるのなら、治してやろうと思うのが人情だ。
 そしてここには今現在ふたり程、この傷をどうにかできそうな該当者がいる。みなもに言われて初めて気付いた。…草間零と鬼凋叶棕(くい・てぃあおいえつぉん)。
 ついでに言えばどちらもそれを職業にしている訳ではないのだから、単なる好意にしろお節介にしろ、やってやっても良い筈だ。
 …そもそもどちらも人間では無いので医者以外の医療行為が云々の法律にも引っ掛からない。…そう、実は凋叶棕も人間ではなかったりする。
「しょうがないねえ。可愛いお嬢さんの為だ」
 飄々と言いながら、いつもの如くダークスーツを着込んだ怪しげな男こと凋叶棕は麻耶の座るソファに歩み寄る――寄ろうとした。
 が、
 途中で真咲がぱしっとその腕を掴み制止する。
「そりゃ貴方だったら医者の真似事は…と言うよりそこらの医者以上の事は簡単に出来るでしょうが…」
「…あんたに任せるのは見た目が怖い。依頼人が怯える。取り敢えずこの場合はだな」
 真咲の言葉を受け、後を続けた草間はちらりと零を見る。
「頼めるか?」
「勿論です」
 こっくりと頷いた零は麻耶の手をゆっくりと取る。
 そしてすっ、とまずは小さな擦り傷を撫でた。

 ――零は中の鳥島で怨霊機を守っていた初期型霊鬼兵。
 ――その力は――『超回復』をはじめ様々な霊能力を――。

 零の指先に撫でられた部分から、当然のように、傷口が消える。
「え…」
 呆然とする麻耶。
「大きい傷は、肩…と言うか背中、でしたよね。他にも、身体中にある、と。
 …取り敢えずあっちの部屋、行きましょうか」
 暫し考え零は奥の部屋に麻耶を連れて行く。

■■■

 更に暫し後。
 零と共に奥の部屋から出て来た麻耶は興奮したように顔を赤らめて口を手で押さえていた。
 そして、有難う御座いますっ、お礼の言いようもありませんっ、と何度も何度も零に頭を下げている。その場に居る人すべてに感謝したいのか、他の面子にも同様にぺこぺこと。
「傷は全部綺麗に消しました」
「すまんな」
「いいえ。折角、できる事なんですし」
 にっこりと笑い零が言う。
 ただ何故か、上手く行った筈なのに草間の表情が浮かない。むしろ落ち込んでいる。
 麻耶――依頼人の喜びようを見て更に。
「…今度は『怪奇探偵』どころか…『心霊クリニック』とか言われない事を祈るぞ」
 せめて探偵の名が消えないでくれ。
「…あ、それ結構儲かるんじゃないですか?」
「…」

■■■

「何はともあれ、取り敢えずは良かったです。女性が身体に傷を作るなんて、とんでもないことですからね」
 ほっとしたようにみなもはコーヒーカップに口を付ける。
 そこではた、と気が付いた。
「ところで凋叶棕さん」
「ん?」
「以前ネットカフェの前でお会いした時は、『殺し屋』さんと仰っていたのは気のせいでしょうか」
「ああ。あれはとっくに足洗った。弓月(ゆづき)が居なくなりゃあそこに居る必要もないからな」
「…そう言えばみなもさんにはまだお話ししてませんでしたね。凋叶棕は今は探偵やってます」
「草間さんと御同業ですか!?」
「まぁそうなるな。っつぅかここの下請けか?」
「…ウチはそれ程裕福じゃない」
「ま、ボランティア的な下請けってとこだな。ついでに言えば今こちらの零嬢がやったような事もできるぜ?」
「…凋叶棕さんも霊鬼兵なんですか」
「似たようなもんだ。但し、『他人の手』は入ってないが、な」
 にやりと笑い凋叶棕は誤魔化す。
 と。
「はいはい。どうでも良い話はそこまでにして、…取り敢えず座ったら? 白井麻耶さん…だっけ?」
 まだ興奮冷めやらぬ、といった按配で立ったままの依頼人に笑いかけ、ソファを薦めたのはこれまた居合わせていた常連組の女吸血鬼、エル・レイ。
「まずはコーヒーでも一杯飲んで落ち着きなさいな。真咲が選んだ豆だから美味しいわよ?」
「あ、どうも…」
 エルの言葉に促され麻耶が座るのと入れ替わりで今度は真咲がソファから立つ。一応客人の筈なのに当然のように給湯室に向かった。この男、あるじの草間や家人の零に任せもせず、どうやら煎れるところからやっているらしい。それで、他の面子は誰も言わない。…コーヒーに限ってはいつもの事である。
「…では、取り直しまして、原因究明の方に移りましょう。今、傷が治っても根本的な解決にはなりませんから」


■調査〜顕現■

 と、言う訳で。
 昼は、夜仕事に従事している真咲とちょっと危なく見える探偵下請けの凋叶棕、夜は、昼間に学校があるみなもと夜の方が何処となく元気なエルが当面、ボディーガードと言うか何と言うか、草間興信所の調査員として麻耶と共に行動する事になった。麻耶にしてみると初めは『藁にも縋る思いで…』の『藁』程度の頼りだったのだろうが、零に傷を治してもらった事で今度こそ怪奇探偵・草間興信所の面子は全面的に信頼されている。
 調査員の面子はまずは彼女の毎日の行動パターンを把握。朝起きて洗顔着替えに食事、会社に向かって昼休みには外食でお昼、その後再び会社で仕事、帰宅がてら買い物その他し、気が向いたら友人と外食、そうでなかったら家で食事。その後風呂、TVやら雑誌やら見て少し寛ぎ、そして就寝。特に代わり映えしないよくあるリズム。
 ちなみにひとり暮らしらしい。その上現在は彼氏なし。彼女の元を頻繁に訪れるひとは居ないよう。
 …取り敢えず、毎日極力一緒に過ごしてみる。

 数日後、夕方。
 みなもは麻耶とエルと共に歩いていた。会社帰り。ついさっき真咲&凋叶棕のふたりと役割を交代したところ。その時情報も伝え聞いたのだが、本当に麻耶本人の言う通り歩いていていきなり傷が浮かび上がった時もあったと言う。小さい物だが、数回。
 それを聞いてみなもはいよいよ困惑した。さすがにそれは無かろうと思っていたのだ。
「…本当に何なんでしょう?」
 思わず嘆息。
 それを見て不安そうに麻耶がみなもの顔を覗き込む。
「…わかりそうに、ないですか?」
「まだ何とも言えません。ですが大丈夫ですよ。どうにかなりますって!」
「そうそ。もうちょっと調べてみないとね。取り敢えず凋と真咲から聞いた話じゃ特に『悪いモノ』って感じじゃなさそうだから、そこは安心していて良いと思うわよ? 真咲は元・専門家だから本当に危ないもの、は見落とさないし」
「そうは言われても…」
 己が身に起こる状況は何も変わっていないので安心してはいられない。
「…えーと、肩甲骨辺りの傷が一番大きかったですよね」
「そうなんです。まるで羽でももがれたみたいな…実はこれが一番痛かったですし」
「…本当に羽が生えていた、って事は無いでしょうか?」
「………………え?」

■■■

 夜。
 一緒に夕食を食べて、泊まり込み予定。
 麻耶にしてみると、久々に賑やかな食卓。
 ずず、と啜った後の味噌汁茶碗をテーブルに置くと、みなもは麻耶に問いかけた。
「で、今…昼間のように何か傷できてたり、しますか?」
「いえ。…よく考えると、夜にひとりで家に居る時は、なりません。けど、朝方痛くて目が覚める事も多いんです。寝る時はそれ程痛まないのに」
「…ちょっといい?」
 エルが箸を置きながら何か気付いたように口を挟む。
「どうしました? エルさん?」
「みなもちゃんちょっとごめんなさいね?」
 先に謝っておいて、エルはいきなりみなもの手首をぐいと掴んだ――少しだけ、力を込めた状態で。
「え…痛っ!」
 吸血鬼は怪力が標準装備。
 本当に何の気も遣わなければ、女の子の手首を握り潰すくらい軽い事。
 …その力をもって、弱く弱く、だが薄く痣ができてしまうくらいには強く、握る。
 痛がるみなもを確認してから、エルはぱっと手を離した。
 そこにはやっぱり、手の形の痣ができている。
 と。
「痛っ」
 何故か麻耶がみなもと同じ側の、自分の手首を押さえている。
「…え?」
 麻耶の手首に、みなもの手首にあったのと同じ痣ができていた。
 ――その上、麻耶の方にその痣ができているのに気付いた時には、みなもの痣の方は消えている。
 当然ながら痛みも無い。
「…昼間の傷の原因は、こう言う事、みたいね。こんなにはっきり出るとは思わなかったけど」
 言いながらエルは立ち上がる。救急箱どこ? と麻耶に問い、そこから冷感湿布を取り出して、ごめんなさいねと言いながら手ずから貼り付ける。後で凋か零ちゃんにまた頼むからそれまで我慢してくれる? と続けた。
「じゃ…今のは、あたしから白井さんにこの痣が移った、って事ですか!?」
「その通り。多分、通りすがりの人の傷、貰って来ちゃってたんじゃないかしら。でもこれだけじゃ全部説明付かないのよね。さっき白井さんは、朝方痛みで目が覚めるような事も多いって言ってたでしょう? 寝る時はそれ程痛まないのに、って。寝てる時なんか確実にひとりの筈よね?」
 だったら何処で傷を移されると言う?
「…だったら、夢遊病、って事はないでしょうか?」
「夢遊病、ですか」
「寝ている間――意識の無い間に何か行動起こしている、って事です」
「言われてみると…朝は腕とか足の、『出ているところ』に何故か痣やら擦り傷多いです」
「…」
「…」
 麻耶の発言にみなもとエルは顔を見合わせた。
「ありそうね?」
「ですね。じゃあ今日はそれを前提として、見張ってみましょうか?」

■■■

 深夜。
 夢遊病かも知れないと言われてまた落ち着けず、麻耶は寝付けないまま、まんじりともせず過ごしていた。エルとみなももそれに付き合って、何となく起きている。
 そして現在午前三時十四分。
 ただぼーっとしているのも何なので、と、三人は手近にあったトランプで七並べなどやっていた。
「みなもちゃん大丈夫? 明日も学校あるんでしょ? 寝た方がいいわよ? …白井さんも御仕事あるんでしょうし、少しは睡眠、取った方がいいわ」
「そうは…言われましても」
「眠くない、か」
「はい」
 頷く麻耶。
 一方のみなもは――。
「…は、えっ?」
 呼ばれてはっと我に返る。
 うつらうつらと居眠りをしてしまっていた。…それは仕方あるまい。何と言っても十三歳の中学生。徹夜はちょっと酷である。
「…布団、敷いてありますから」
 麻耶は微笑んでみなもに言う。
「え、と、でも」
「折角の御言葉なんだから甘えておきなさいな。大丈夫。私が見てるから。それに、何かあったら起こしてあげるわよ?」
「でも…」
「人生の先輩の言う事は素直に聞きなさい」
「……じゃ、済みませんがお先に失礼します」
 申し訳無さそうに頭を下げ、みなもは立ち上がり隣の部屋に向かおうとする。
 と。

 びくん

 麻耶の身体がぶるり、と震えた。
「…?」
 不思議そうな顔をする、麻耶。
 注視するエル。
 振り向く、みなも。

 そこに。

 めきめきと音を立て。
 大きな、影が。
 ずるりと。
 背中に。

「――!」
 あまりの事に声も出ない。

 夕方にみなもがぽろっと言った通り――麻耶の背に真っ白な翼が一枚だけ、生えていた。


■片翼の癒しの天使■

 麻耶は絶句。
 頭の中はパニック状態。
 その姿を見てみなもも一気に目が覚めた。
「…ぁ」
「大丈夫です落ち着いて下さいっ」
 咄嗟に、麻耶に掛け寄り安心させようと手を取るみなも。
「え、あ、あのこれって…羽根、え…あ」
「やっぱり、ラビエルか」
「…やっぱり?」
 エルはこれを予期していたと?
「癒しの天使が能力を暴走させてたんだったら、通りすがりに人様の傷貰ってくるって事もあるかな、ってね」
「…癒しの天使?」
「ラファエル、なら聞いた事あるんじゃない? クリスチャンで無くとも、四大天使の名前くらいなら認知度高いでしょ。…このラビエルってのは、そのラファエルの前身に当たる神格」
「ラファ…って、え!?」
 それはかなり大物なのでは。
「まぁまぁ。驚かない驚かない。結構良くあるのよ。天使憑き」
「…天使、憑き?」
 置いて行かれた子供のような頼りない顔で麻耶はエルを見る。
「なりそこない、って言ったら良いのかしらね。今で言う『天使』、と同じだけの力はあるけど、人間から置いてきぼり食らった影響でちょっと歪になっちゃってる『天使の原型の神格』が取り憑く事が結構あるの」
「…良くある、事、なんですか」
「まぁね。だからまずは落ち着いて」
「そうです。落ち着いて下さいね? 羽が生える程度なんだって言うんです! うちの妹だってそうですよ?」
「…え?」
「それに、ここだけの話ですが、あたしも実は人魚だったりします。羽が生えるどころか、足の代わりにお魚の尻尾になっちゃうんですよ? それでもどうにか普通に中学生やってます」
「――」
「はじめは滅茶苦茶混乱しましたよ。なんでこんな、って運命ってものを呪いもしました。でもそうやってても何も変わらないし仕方も無いんで、認めちゃって、慣れる事にしたんです」
 苦笑しながら何でもない事のように話す。
 それは、凄まじい事だと思えるのに。
「…貴方」
「ですから、ね?」
「…はい」
 ばさ、と白い翼が揺らめく。
 説得が功を奏したか、麻耶の様子は一応落ち着いて来た。
 それを見計らい、みなもが問う。
「えっと…こうなった事に何か、心当たりはありませんか?」
「…ないです」
 即答。
 今度はみなもはエルに振る。
「天使憑き…って仰いましたよね」
「ええ」
「じゃあ、何か家系とか…でしょうか」
 それを受け麻耶に問い直す。
「…聞いた事無いです」
 力無く頭を振る。
「でもまあ、霊格が高い事は確かみたいね。貴方」
「そう、なんですか…?」
「そうじゃなかったらそもそも天使は憑かないの」
「…はぁ」
「ま、偶然の賜物で霊格が高く生まれ付くって事も多いからね」
「…じゃあ、白井さんの場合はその『偶然』、ですか。でもそれにしたって…何か原因は」
「選ばれた、って思っちゃった方が気が楽なんじゃないかしら。そうね、寝てる時にでも下りて来たんじゃない? だから夜に無意識に…ってね」
「そう、なんでしょうか」
 麻耶は困惑しながらも、真剣に考え込む。
「…ま、もうあなたは大丈夫そうに見えるけどね」
「え?」
「例えば、ほら」
 エルはそっと麻耶の手を取る。
「自覚して認めてしまえばね、このくらいすぐ消えるのよ。癒しの天使、だものね?」
 …エルに付けられたみなもの痣、それが移り、痣が残っていた筈のそこ。いつの間にやら何も無い。綺麗さっぱり消えている。
「――」
「結局、みなもちゃんの話が正しい訳なのよ。怯えるより慣れた方が良い。…そうね。試しに、翼引っ込められないかしら」
「え?」
「そう思ってみるの」
 エルに諭され、麻耶は黙り込む。
 暫くそのままで居て――少し、後。
 めき、と音がした。
 生えた時と、同様に。
 逆回しにするように、ゆっくりと。
「…わ」
 本当に、引っ込んだ。
「わ、上手いです」
 思わず声を上げるみなも。
「…できるじゃない。だったら本当に大丈夫よ? 自分でコントロールできれば、勝手に翼も出て来やしないし、道端で通りすがりの人様の怪我をもらってくる事も無い。…夢遊病もなくなるんじゃないかしら? 多分、今の自分を認めたくなかったから、無意識の内でやってたんだと思うもの」
 麻耶は無言のまま洗面所に向かう。鏡。自分の姿。――何も変わらない。今まで通り。
 それを確認した麻耶はぺたん、とその場にへたり込んだ。けれどその表情は、今までと打って変わって、心底安心したように明るくなっている。静かにほっ、と息を吐いていた。
「…じゃあこれで解決、って事で良いのかしらね?」
 後を追って洗面所に様子を見に来たエルは、麻耶に向け、にこりと笑う。

■■■

 何とか依頼の解決を見て数日後。
 草間興信所にて『天使憑き』事件時の調査員の面子が揃った時の話。

 みなもは信じられない事を聞いていた。
「…嘘?」
「ま、ね。正直、依頼人さんに翼が生えた時はどうしようかと焦ったわよ。でも『こっち関係』は抜け目無い筈のあんたが、交代の時やけにあっさりとこっちに渡したからね。それもあって大丈夫かなー、と誤魔化した訳よ」
 エルはちらりと真咲に目をやる。
 穏やかな笑みを返された。
「冷静に誤魔化してもらえて、正解です。…こういった場合、本人に落ち着いてもらうのが第一ですからね。周りが慌てたら余計にまずい。憑かれていながら生きて普通に生活できている時点で、本人が自覚してさえくれればどうにかなるものなんです。器としては既に保たれている訳ですから。むしろ、外部から何かする方が難しい」
「…じゃ、あの…良くある事、じゃないんですか」
 エルは当然のようにそう言っていた。
 が。
「本当言うとかなり珍しいですよ? 俺はカタラリ――神格つかまえてこういう言い方もなんですが、ラビエルと比べたら相当下っ端です――の一回だけしか見た事無いですね。それでもかなりの大事になりました」
「私でも…そんなに聞いた事無いわね。それもラビエルなんて大物は、初めてだわ」
「…え」
 それって実はかなり危険だったのでは。
「ま、その過去の経験があったから今回の対処法は薄々見当付いた訳で。エルさんに任せておけば間違い無いと。もし万が一失敗したとしても『貴方なら』力技で何とかできると思いましたし。念の為、家の外に凋叶棕も差し向けておきましたしね? 必要無くて済んだようですが」
 黙ってコーヒーを飲んでいる男――凋叶棕に視線を流す。
 実はこの凋叶棕、色々便利な力を持っていたりする。霊鬼兵みたいなものだ、と言ったのは伊達ではない。エルの助力に、充分なれる。
「何にしても正直、みなもちゃんの存在がかなり説得力になったのよね。ありがと?」
「…え」
 それは確かに青い鳥娘な妹は居るわ自分は人魚だわ…と説得力のある発言は多々していたと思う。
 …だからってそこでそんな礼ですか。
 少々見当違いではなかろうか。
「それじゃあ…あの、白井さんは本当に大丈夫なんですか?」
 …みなもにすれば肝心のそちらが心配だ。
 それには真咲が答える。
「本人が自覚したのなら大丈夫ですよ。もう能力の暴走は起きません。ちゃんと解決してます。憑いてる、って言い方してますが、特に祓う必要もないんです。…と言うか、下手に祓えません。祓おうとする方が危険です」
「ま、そういう事で。ね? どうにかなったんだからいいじゃない?」
 悪戯っぽいエルの声。
「はぁ」
 何だか騙されているような気がする。

 …どうやら草間興信所には最近『狸』が増えたらしい。

【了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1252■海原・みなも(うなばら・みなも)■
 女/13歳/中学生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ※オフィシャルメイン以外のNPC紹介

 ■依頼人■白井・麻耶(しらい・まや)■
 女/19歳/会社員(OL)

 ■原因■ラビエル(らびえる)■
 無/?歳/癒しの天使

 ■居合わせた常連組■エル・レイ(える・れい)■
 女/?歳/吸血鬼

 ■居合わせた常連組■鬼・凋叶棕(くい・てぃあおいえつぉん)■
 男/594歳/殺し屋改め探偵(表向き)・仙人(本性)

 ■居合わせた常連組■真咲・御言(しんざき・みこと)■
 男/32歳/バーテンダー(元・IO2捜査官)

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 さてさて。
 いつも海原家の皆様にはお世話になっております。深海残月です。
 今回は(も、ですね)おひとりさまの御参加になりました。
 故にNPCがまたも大挙して現れております…。

 天使は…やっぱり即わかりますね(笑)
 ただ、海原家の皆様とは多少違う意味合いで御座いました。
 どちらにしろ、突然あんなになったら嫌ですよねえ…などと思いつつ。

 …こんなん出ましたが、楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致しますね。

 深海残月 拝