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<東京怪談ノベル(シングル)>


狂気ノ解

 これまでのお休みの日は、水面に漂いながらあの方との話題を探していたり、南の島へ太陽を見に行ったりするくらいでした。ですが最近は、陸(おか)に上がることが多くなっています。
(わたくしの意思ではありません)
 妹が、わたくしを引っ張り出してくれるのです。
 それが嫌だとは思いませんが、それがなければあまり陸へ上がろうとしないのも事実でしょう。
 話題を探しに行くのはいいのです。ただあの方から離れれば離れるほど、わたくしは望んでしまうから。
(今ここに共に在れたら)
 と。
 ですから自粛している部分もあったのですが、最近は違います。妹と一緒なら楽しいですし、余計なことを考えなくても済むからです。
 しかしそうして頻繁に陸へ上がるうちに、わたくしは現実がなんであるのか、夢がなんであるのか、だんだんと不安になってまいりました。
(現実)
 それは今こうして、ここにある自分。陸にいる間は、疑いのようない現実。けれど――
(夢)
 深海へ戻ると、一転して夢と現実の境がなくなってしまうのです。以前はそれも気になりませんでした。どこまでが現実でどこまでが夢なのかなんて、気にする必要がありませんでしたから。
 ですが頻繁に陸に上がることにより現実を思い知らされ、わたくしは考えるようになりました。
(夢とは)
 現実とは。
 わたくしにとっては、夢ですらこの身に起こっている現実と感じるのです。あの方に抱かれる夢が夢だと、思いたくないのかもしれません。
(だから不安になる)
 2つの違いを知るのが怖くて。本当は知っていても知らない振りをして。
(ただ)
 わたくしにとっては、あの方と共に過ごす夢の方が遥かに比重が大きいと言えます。ですから現実でも、夢のために過ごすのです。
 例えば陸で、たくさんの衣装を買いあさったり、淫技を覚えたり……。覚えると言ってももちろん知識だけですが(あの方以外をお相手にしたくありませんから)。
 陸には何やら、イメクラやコスプレ、ロリコンやSMなどといった、よくわかりませんが色々な種類があるようです。あの方のお相手を専門にやっているわたくしたちよりも、陸の人々はずいぶんと芸達者のようだと感じました。
(陸にあふれる快楽)
 現実に”つくられる”悦楽。
 それはまさしく、夢のよう。
 しかし正常な夢ではありません。
(狂った夢――)
 それをあえて見たいと望む陸の上の人々は、狂気に犯されているのでしょうか。
(自ら望んで)
 犯されているのでしょうか。
(それはまるで)
 夢の中で犯されたいと願う、わたくしたちのよう。
 夢も現実も、互いにないものを求めるという点では同じなのでしょう。
(夢のように甘美なる現実を求め)
 現実のようにリアルな夢を求める。
 心身を満たす快楽だけが、ただ欲しくて。
(――わたくしも)
 すべてを忘れて、夢に――あの方に身を任せましょう。
 気絶するほどの快楽を求めて。
 ある意味それは、逃げなのかもしれません。
(現実ではあり得ない現実)
 深海で眠るあの方は決して目を覚まさない。
 わたくしたちはその眠りを保つために存在し、夢の中で抱かれる。
 "現実"で抱かれるなど、ありえない。
 今のわたくしは。
(それが哀しいから)
 そこから逃げて、心地よい夢に抱かれるのです。
 その腕だけを求めて、狂った夢から狂った夢へ。花を舞う蝶のように。
(夢だとわかっていても)
 やはりこれが、わたくしの現実でありたいから。わたくしは、この夢だけでいいから。
(この夢以外)
 本当はいらないのです。
(いつか……)
 いつか永遠に、この夢の中に住むことができたなら。ここがわたくしの現実になるのでしょうか。
 そんなことさえ考えてしまうほど?
(――いいえ)
 きっともう、これが現実。
(あの方と共に見る夢)
 そして夜毎行われる夜伽と、語りの幾千夜が、わたくしのすべて。



 そして今日も、わたくしはその中で眠りにつく。
 あの方を内包したまま。
(内包されたまま――)







(了)