|
反魂と龍
さて……ここに来てくれたということは、アンタは自分の力に自信があるんだよな?
まぁ別に話を聞いてからでも遅くないが……これは正直、オレも手を焼いているんだ。
調べてもらいたいのは、「反魂の術」についてだ。
通常、死者を蘇らせるなんてのは無茶だが…だが、この無茶をやらかそうって馬鹿がいやがる。
大元の依頼はそいつを止めたいってヤツなんだが、その「反魂の術」の方法がわからなけりゃ、それを阻止する方法だってわからねぇ。
そこでアンタには、「反魂の術」なんてものが実現可能なのか、それはどういった手順を踏まえて行うのか、この二点を調べてもらいたい。
ただ一つだけ言っておく。
-------これは、おそらくとても危険だ。
依頼人が言うからに、術者はもはや正気ではないらしい。
捜査中に襲ってくることだって十分に考えられるし、しかも相手はあの最強と詠われる【龍】だからな……。
無理強いはしない。最悪の場合、怪我だけじゃすまされないかもしれない。
そのぶん報酬は破格だと思ってくれていい。
失敗成功に関わらず、前払いで------そう、これくらいだな(ゼロが並んだ電卓を見せて)
今回の手がかりは【龍】と【反魂】の二つしかない。
殆ど無理を言っているのは百も承知だが、人間であるオレは【龍】なんてものに対抗できる術が無いんだ……。
この依頼、受けてもらえないだろうか?
【最果て】
遠い昔、空を見上げた時、そこに何が見えたのか私はもう覚えていない。
空の果てには何があるの?そう大人に問いかけると、答えは自分で探しなさいと言われた。
木漏れ日のように揺れる青に抱かれて、私は空を見ていた。水の中から見る青空はとても綺麗で、ゆらゆらと揺れる海面がとても好きだった。綺麗な海も好きだけれど、綺麗な空も好きだった。
同じ青なのに、違う色の空と海。
海の最果てにいけば、きっと空へ落ちるのだと、そう信じていた。
海の底と空の果ては繋がっているという御伽噺を信じて、大海をずっと泳いでいた。太陽の光も届かない底、どこまでも落ちればきっと、空へ行けるんだろう。
同じ色なのに違う青は、手を伸ばしても届かない。この青では自由に飛べるのに、あの青には触れることすらできない。何て不条理なんだろう。子供心に覚えた哀しみは、今も尚続いている。
空へ堕ちられるのなら、私きっと至福の中で逝けるのに。空が好き、青い空も夕暮れの空も雨の日の空も、色々な貌を見せる空が好き。
だから、海も好き。激しい色に優しい色、怒る時もあるし泣く時もある、そういう海が好き。
だから、考える。
同じようで違う青の果てには、何があるのだろうか。
この海の下でした見ることができないもの。
青の空の下でしか見ることができないもの、緑の空の下でしか見ることができないもの、黄色の空の下でしか見ることができないもの、赤の空の下でしか見ることができないもの。
海に住む私には見ることができないもの。
それが、私には見たかった。
あの青の下でしか見ることができない、空の最果てを。
青よりも蒼い、たったひとつの何かを。
私は知りたかった。
【お伽噺】
まず空と大地があり、風が生まれた。
風は空とひとつになり、大地は独りぼっちになった。
風と空は大地に会うことができず、大地は空と風をを知らなかった。
空と風は嘆き哀しみ、その涙が雨となって大地に降り注いだ。
大地は雨によって空と風を知り、自分が孤独ではないことを知った。
やがて雨は海となり、大地とひとつになった。
空と風はそれを祝福し、風は海と抱き合って喜んだ。
風と海が抱き合うと、海に波が現れて風と海は驚いた。
やがて海に生物が現れ、海は生物に提案した。
私の半身である大地に行ってみてください。
生物は興味を持った。大地とは何なのだろうか。
大地は海と同じくらいに広く、豊かであった。
生物は大地に根を張り、歩いた。やがて大地が言った。
空へ行ってはどうですか。
生物は空が何かを聞いた。
大地は優しく笑って言った。
空は私が独りでは無いことを教えてくれました。
生物は空へと飛び立った。そこには風が在り、空が在った。
だが生物は、風が在るために空へ留まることが出来なかった。
風と空はただ二つでそこに在ることを望んだ。
生物は諦めて、海に相談した。
どうすれば空へ在ることができるのだろう。
海は悩んだすえに、こう言った。
私の果てを探してください。そこは、空へと続くひとつの扉になるでしょう。
生物は祈り続ける。
空へ在ありたいと、空が見たいと。
それは昔の御伽噺。
何の変哲もない、ただの夢語り。
そこには白い闇が横たわっている。限りなく不透明でありながら、限りなく純白。手を差し出したら埋まってしまいそうな、果ての見えない白だ。
ささやかに風が吹いていた。その風にのって、嗅ぎ慣れぬ匂いが鼻をつく。微かだが確かに感じる異臭は、錆び鉄を含んだ--------生臭い香り。
白い闇は傲然とそこにあるのに、不思議と視界は開けていた。どこまでも広いのだと言うことがわかる。壁と床の境界線ですら見えないのに、ただこの場所がとても広いのだということは理解していた。
ここは、自分の心の中だからだ。
不思議と恐怖は感じない。
自分は寝ていたはずだった。夜いつものように、水姫を腕に抱いたまま就寝した。
だから、というわけでもないが、強引に断定することができる。これは夢だ。
少女が居る。白い闇を背景に、距離は5メートルほど。長い髪に白い肌、身に纏う服も白のワンピース。白と黒のコントラストに、燃え上がるような真紅の瞳が、こちらをひたと見据えている。恐ろしい程に整った顔立ちに、生気は無い。魂の無い人形がそこに居るような印象を受けた。それは異様に希薄な存在感のせいでもあるだろうし、人間離れした少女の美貌のせいでもあるだろう。それでも人形ではないと思うのは、瞳に宿る生気のせいだった。
みなもは少女に見覚えがあり、予感はしていた。
故に、少女の言葉にも、驚きを覚えなかった。
「……生まれてしまったのですね」
陶鈴よりも澄んだ音が、みなもの耳朶を甘くくすぐる。流麗とすら表現できそうな音には、深い哀愁が含まれていた。
みなもが黙って頷くと、少女が悲しそうに眼を伏せる。長い睫に、うっすらと涙がにじんだ。
「私は、止めることができなかったのですね」
何かを言わなければと思うが、どうにも言葉が出てこない。
無言のみなもを少女はどう思ったのか、深々と頭を垂れた。
「……迷惑をかけてごめんなさい。こんなことを言える立場では無いけれど…私にはこれしかできないから、本当にごめんなさい」
「あ……ううん、全然大丈夫ですよ!」
みなもの言葉に少女は顔をあげて、安堵したような笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
「平気だから、全然大丈夫。それよりも聞きたいことがあるんだけど……」
少女が無言で頷く。
「……貴方はだれ」
全てを理解している瞳が、みなもの心を射抜く。
やがて少女は胸に両手を当てると、両眼を閉じた。真紅の瞳が瞼の奧に消え、みなもは少し安堵する。
「----昔、龍族同士の諍いがありました。理由は些細なことでした。龍族の子供が喧嘩をして、相手に怪我をさせてしまった、それだけです。けれどもそれは、大人同士の大きな争いに発展してしまいました------争いは三日三晩におよび、やがて実力行使に出る者が現れました」
少女がすっと眼を開く。うっすらと滲んだ涙が頬を流れると、みなもは何故か胸が締め付けられた。こちらまで泣きそうになるのを堪えて、ひとつ頷く。
それを「続けろ」ととったのか、少女は大きく息を吸うと言葉を続けた。
「それから、状況は悪化する一方です。同種殺しという汚名を背負ったままに、一族は全滅しました」
早口に言葉を紡ぐのは、思い出すのがツライからだろうか。
「そして、私もその時に死にました」
驚くことは無かった。
ただ悲しくて、唇にしょっぱい味を感じて、泣いていることを知った。
「なぜ貴方が泣くの?」
少女が驚いたように問いかける。みなもは首を振って答えた。
「わかりません。ごめんなさい-----続けてください」
「-------私はクレシアです。赤龍族の長の娘。そして私の弟の名前はクレア。龍を滅ぼす者の構成するのはただひとり、弟のクレアだけ。私の弟が……龍を生み出し、殺そうとしている張本人です」
それから、クレシアの淡々とした言葉が、白い闇を満たしていった。
「クレアは病み、狂っています。私はあの子を守れませんでした。いえ…私はクレアをかばって死にましたが、それがあの子を傷つけてしまった。知っていたのに……あの子が身内の死を畏れていることを、私は知っていたのに。あの子を死なせたくないという私のエゴが、あの子を死よりも深い暗闇へ置き去りにしてしまった」
「新しい”認識”で龍を生み出しているのは、力のない龍のほうが殺しやすいから…なぜ私の姿を語ってビデオをばらまいたのか、私にはわかりません」
「あの子が同種殺しという大罪を犯せば犯すほどに、私はこの世界に囚われます。罪の鎖が私の身体を蝕み、世界に浮かぶ私の魂は色濃くなっていく。それは生き返るのではなく、むしろ逆----それなのに、あの子は勘違いをしている」
「私が罪に縛られれば縛られる程、あの子は罪を犯していく。そうすれば、私が生き返ると信じているから」
「それでも、死者は生き返ることができないのに。あの子が犯した罪の鎖は、私だけではなく他の死者も縛ってしまう。死者はやがてあの子に災いとなって降りかかる……なのに、なのに…私は何もできずに見てるしかできないなんて……」
「こんなことを言う資格、私には無いけれど。どうか、どうかお願い……あの子を助けてください」
「同種殺しという罪は消えないけれど、私はもう消えてしまうけれど、それでも私はあの子を助けたい。命なんて、私という意識なんていらない、ただあの子が生きてくれれば、私はそれだけでいい!」
「クレアを助けて-----------」
【満月の夜に】
眼が醒めると、見慣れた天井が見えた。
窓枠にかかる満月は、青白いからこそ純白の白。潔い光に煌々と照らされて、全ての物は無機質な影を落とす。
見慣れているはずの風景が幻想的に飾られるその様は、違和感すら覚えた。綺麗と表現するには足りぬ、現実から乖離した美しさがそこにある。
「……起きたみたいだね」
韻、と響くのは声変わりのしていないソプラノ。
おそらくこの少年が----クレア。龍を殺す為に戦いながら自らも傷つく、悲しい物語を紡いでいる少年。
みなもは布団から起きあがると、少年へと向き直った。少年は巨大な満月を背に、うっすらとした笑みを貼り付けたまま、みなもの動作を眼で追っている。
「龍を殺さないで」
水姫をきつく抱く。堅い鱗が彼女の柔らかい肌を傷つける。
少年は理想的な曲線を描く眉毛をひょいっとあげると、くつくつと喉で嗤った。
「命あるものを闇へ誘うのは、死ではなく真実だよ」
殷々と冥界から響くような声が、みなもの背筋を撫で上げていく。声で犯されているような気分に、嘔吐感を覚えた。
「……真実を見誤っているのは貴方のほうよ」
「そんなことは無いさ」
しゅ、と少年の爪が伸びる。3メートルほどの長さになった透明な爪先が、みなもの首筋に当てられた。鋭利な切っ先が薄皮一枚を引っ掻くと、うっすらと赤い血が垂れ堕ちる。
「ここで貴方は死に、その龍も死ぬ。これが真実でなければ、何だって言うのさ」
くす、くす、くす。
少年の貌に赤い亀裂が生まれる。妖美な印象が一片し、おぞろおぞろしい異質なものになる。少年の笑みだけで十分だった。狂っている----その、本当の意味を知るには。
「貴方を助けてくれって、クレシアさんにお願いされたわ。自分はもう消滅するから、って」
唐突に、少年の貌から表情が消えた。
「………………」
それは死者の魂を持った、人の器の姿であった。
幽冥を漂う死人か、誘う死に神か、どれにも属さない抜け殻の姿であった。
震える声だけが、それが生命あるものだということを証明する。
「……なぜ姉さんの名前を知っている」
カタカタと少年が震えるたびに、爪がみなもの首筋を小さく抉っていく。流れた血が襟元を染め上げると、水姫が怒ったように威嚇した。
「----クレシアさんは最後の力で、私に伝えていきました。貴方を----クレアさんを助けてくれ、って。これ以上、龍を殺させないでくれって」
「最後の力?」
首にあてられていた爪が、ふっと下ろされる。
爪が元の長さに戻ると、みなもは胸中で息をついて、続ける。
「もう、クレシアさんの魂はこの世にありません。あるのはただ、魂の抜け殻です。貴方の罪で縛られた、クレシアさんの哀しみだけ」
ずきり、と胸が痛んだのは、何故なのだろうか。
貴方の罪。
それは少年の罪悪感を煽るためでもあったし、打算的だということも理解していた。少年のためにきちんと伝えなければいけないことだと分かっていた、けれども、誰かを傷つけるのは心が痛い。
自分の言葉で自分の心が抉れていく。
「こんなこと、哀しみが増えるだけです」
少年が、ふと微笑んだ。
それはどこまでも穏やかな、湖面を想わせる微笑みだった。
その姿が掻き消える刹那に聞こえた声は、幻想だったのだろうか。
「僕は姉さんに嫌われていたのかな」
そんなことはない、と。
その言葉は嗚咽に混じって消えてしまった。
いつの間にか、みなもは膝を折り号泣していた。こんなに悲しいことだと、こんなに辛いことなのだと、柔らかい刃で切り刻まれた誰かの心が、ただ痛かった。
彼は扉の存在を知らないでいる。みなもにとってそれは空の果てであるように、少年にとっての扉もあるはずなのだ。それはもしかしたらクレシアであったかもしれないし、龍であったのかもしれない。青い空しか知らない彼は、緑の空を想像することすら出来ないで居る。それは、風と空を知らなかった大地のように。
お伽噺のように、彼にとっての空と風が在りますように。
泣きながら、みなもはただ祈るしか出来なかった。
その後、ドラゴンズ・フロウの名前が話題に出ることは、一度として無い--------
END or To be COMTINUED?
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
再納品ということで、大変ご迷惑をおかけいたしました。
前回作品は見なかったことにして頂けると大変嬉しいです…本当に申し訳ありません。
前回作品と今回作品を見比べると分かりますが、クレシア姉さんの要求が「殺せ」から「助けて」に変わっております。
というのも殺せ、だと美しくないという大鷹らしいっちゃ大鷹らしい理由からなのですが、それでもやはりこっちのほうが後味がスッキリするかと。
他登場キャラとリンクをさせていないので、感情移入しまくりで書かせて頂きました。
やはり無駄に新しいことするもんじゃないわね、とか悟ってみたり。
全体的に静かな流れになったので、個人的には少し気に入っている作品です。
みなも嬢の優しさと厳しさが上手く表現できたら良いなぁと思いつつ----
今回はご迷惑をおかけしました。
またいつか、お会いできる日を願って…
大鷹カズイ 拝
|
|
|