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反魂と龍
さて……ここに来てくれたということは、アンタは自分の力に自信があるんだよな?
まぁ別に話を聞いてからでも遅くないが……これは正直、オレも手を焼いているんだ。
調べてもらいたいのは、「反魂の術」についてだ。
通常、死者を蘇らせるなんてのは無茶だが…だが、この無茶をやらかそうって馬鹿がいやがる。
大元の依頼はそいつを止めたいってヤツなんだが、その「反魂の術」の方法がわからなけりゃ、それを阻止する方法だってわからねぇ。
そこでアンタには、「反魂の術」なんてものが実現可能なのか、それはどういった手順を踏まえて行うのか、この二点を調べてもらいたい。
ただ一つだけ言っておく。
-------これは、おそらくとても危険だ。
依頼人が言うからに、術者はもはや正気ではないらしい。
捜査中に襲ってくることだって十分に考えられるし、しかも相手はあの最強と詠われる【龍】だからな……。
無理強いはしない。最悪の場合、怪我だけじゃすまされないかもしれない。
そのぶん報酬は破格だと思ってくれていい。
失敗成功に関わらず、前払いで------そう、これくらいだな(ゼロが並んだ電卓を見せて)
今回の手がかりは【龍】と【反魂】の二つしかない。
殆ど無理を言っているのは百も承知だが、人間であるオレは【龍】なんてものに対抗できる術が無いんだ……。
この依頼、受けてもらえないだろうか?
最強であると謳われるようになってから、どれほどの星露が過ぎ去ったのだろうか。
業は巡り因果は廻る。誰かが誰かの被害者であり、同時に加害者にも成りうる可能性を持つ。全ての----世界そのものが時間という流れの被害者であるように、世界そのものが時間を害する加害者になる。
殻が流す涙に、意味などは無いだろう。
そう言ったのは誰だったのだろうか。思い出せぬ程に遠い昔、八百という年月はあまりにも短く、同時に気が遠くなるほどに長かった。
最強であるという名こそが真の意味を持ち、その器である自分の嘆きなど、それは他者にとって何の意味も持たないものであると、その真実を認めるのは辛く、そして悲しかった。
殻にも心はあるのだろうか。------あるに決まっている、それは自分のことであるのに、時々自問する自分がいる。
空白のような世界でも、空はただ穏やかに流れ過ぎ去っていった。
青空、曇り空、夕焼け、たとえ一時として同じ表情を見せるたった1つの空に、心惹かれてしまうのは何故なのだろう。
そう問いかけた時、傍に居た彼女は嬉しそうに微笑んで、こう言った。
『空の果てを探してしまうんですよね、きっと』
彼女が傍に居る時だけ、心和むのを自覚する。
好きだなぁ、と、ゆるやかな時と同じ速度でそう思う感情はとても心地よかった。再認識するのではなく----そのつど思うのだ。毎回、これ以上は無いと思うのに。
だからかもしれない。空の果てというものについて、夢想するようになったのは。
地球は球状で、空は地球を包み込むようにして繋がっている。円に果てなど無い。故に、空に果てなどあるわけが無い。
それは誰もが知っている事実だ。空に最果て等、空が途切れる場所など、夢物語も良いところだろう。
けれど、想わずにはいられない。
けれど、願わずにはいられない。
彼女にとっての空の果てに、自分の姿があるようにと。
自分にとっての果ての鍵が、彼女の心であるようにと。
それは伝え聞くお伽噺。
【お伽噺】
はじめに空と大地があり、風が生まれた。
空と風とひとつになったが、大地は独りぼっちになった。
風と空は大地に会うことができず、大地は空と風をを知らなかった。
空と風は嘆き哀しみ、その涙が雨となって大地に降り注いだ。
大地は雨によって空と風を知り、自分が孤独ではないことを知った。
やがて雨は海となり、海は大地とひとつになった。
空と風はそれを祝福し、風は海と抱き合って喜んだ。
風と海が抱き合うと、海に波が現れ、世界は驚いた。
やがて海に生物が現れ、海は生物に提案した。
私の半身である大地に行ってみてください。
生物は興味を持った。大地とは何なのだろうか。
大地は海と同じくらいに広く、豊かであった。
生物は大地に根を張り、歩いた。やがて大地が言った。
空へ行ってはどうですか。
生物は空が何かを聞いた。
大地は優しく笑って言った。
空は私が独りでは無いことを教えてくれました。
生物は空へと飛び立った。そこには風が在り、空が在った。
だが生物は、風が在るために空へ留まることが出来なかった。
風と空はただ二つでそこに在ることを望んだ。
生物は諦めて、海に相談した。
どうすれば空へ在ることができるのだろう。
海は悩んだすえに、こう言った。
私の果てを探してください。そこは、空へと続くひとつの扉になるでしょう。
空の果てを探してください。そこは、私へと続くひとつの鍵になるでしょう。
生物は祈り続ける。
空へ在ありたいと、空の最果てを見つけたいと。
自分にとっての空の果てを----------
【白の還る場所】
白い夢を見ていた。白い闇の中に取り残されて、少女は泣き叫んでいた。届かないと知りながら、枯れることの無い声を振り絞って、ただ叫んでいた。
それに応えたのは、少女と関わり合う少数の命。彼らは龍であり、人魚であり、そして人であった。ゆえに、少女は涙を流して膝をついたのだ。
助けて欲しいと。
闇というものは漆黒である。その固定観念を根底から打ち破るには十分な白い闇が、視界を埋め尽くしていた。ひたすらに広大だということは分かる。だが、呼吸を圧迫するような閉塞感を感じずにはいられないほど、そこは見通しが悪かった。粘着質な白い闇が、身体の細部までを舐め回す。
そんな闇の中、取り残されるようにして立ちつくす少女に、江戸崎は見覚えがあった。
あの、ビデオの中で呟く少女である。腰まで流れる黒髪に、病的な白い肌。枯れ枝のように細い体つきは、病んでいる印象を受けた。実際に、病んでいるのだろう。業に縛られ罪に犯され、魂が衰弱した、その結果だった。
「……ごめんなさい」
少女の赤い両目から、透明な雫がこぼれ落ちた。
何故と問いかけるよりも速く、少女が自分の服の裾を握りしめながら続ける。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。私がちゃんとしていれば、こうならずにすんだのに。ごめんなさい。許してなんて言えないけど----ごめんなさい……」
早口で繰り出される謝罪の言葉に、江戸崎はただ何も言わなかった。
中途半端な慰めは時間の無駄だと、割り切る程度には成長している。それが大人の卑怯なところなのか----子供のように純粋に相手に同情し想いを寄せることが出来なくなって久しい。
相手の感情に共鳴し胸が締め付けられながらも、頭のどこかで打算的な自分が居る。
純真であるということは、それだけで神聖なのだろう。一人、青い髪と眼を持つ少女の微笑みを思い出して、江戸崎は微笑した。
「……俺は全てが知りたい」
江戸崎の断固とした言葉に、少女が頷いた。
「赤龍族同士の諍いがありました。あまりにも昔のことで、その理由すら覚えてません--------ただそれは、赤龍族の巨大な一族を破滅するに至る程に、巨大な戦でした」
その話は聞いたことがあった。同じ龍族であれば、否が応でも耳にする----一族の滅亡。赤龍の中では最強を誇る一族が、勢力争いで自滅したと聞き及んでいる。
---------同種殺しという、汚名を背負ったままに。
「私も、その時に死にました」
死んでも死にきれない程、強い思念に囚われている。そう付け足す少女の表情は伺えなかった。小鳥のように震える肩に気付かないふりをして、江戸崎は無言で先を促した。
「弟のクレアをかばって、私は死にました。今でも覚えています。牙が私の胸をえぐり、爪がお腹を引き裂くあの感触を。クレアに逃げてと叫びながら、弟の姿が見えなくなってほっとしたあの瞬間まで」
「だけど私のその行動が、クレアを狂わせてしまった」
「新しい”認識”で龍を生み出しているのは、力のない龍のほうが殺しやすいから…なぜ私の姿を語ってビデオをばらまいたのか、私にはわかりません」
「あの子が同種殺しという大罪を犯せば犯すほどに、私はこの世界に囚われます。罪の鎖が私の身体を蝕み、世界に浮かぶ私の魂は色濃くなっていく。それは生き返るのではなく、むしろ逆----それなのに、あの子は勘違いをして……」
「私が罪に縛られれば縛られる程、あの子は罪を犯していく。あの子は信じています。より多く同胞を殺せば、私がいつか生き返ると」
「それでも、死者は生き返ることができないのに。あの子が犯した罪の鎖は、私だけではなく他の死者も縛ってしまう。死者はやがてあの子に災いとなって降りかかる……なのに、なのに…私は何もできずに見てるしかできないなんて……」
「こんなことを言う資格、私には無いけれど。どうか、どうかお願い……あの子を助けてください」
「同種殺しという罪は消えないけれど、私はもう消えてしまうけれど、それでも私はあの子を助けたい。命なんて、私という意識なんていらない、ただあの子が生きてくれれば、私はそれだけでいい!」
「クレアを助けて-----------」
【闇の還る場所】
しん、と夜が凍り付く。人の囁き声も、木陰に潜む羽虫の音も、何も聞こえない。微かな耳鳴りすら覚える程の無音の中、何者をも揺らさない微風が頬を撫でていく。
美しい月夜であった。巨大な満月は白く、それ故に青い。薄手のカーテン越しに室内を照らし出す月光が、淡く室内を飾り立てる。決して豪奢では無い自室が、たったそれだけで何物にも代え難いほど貴重に見えた。
自然が生み出す、今一時だけの豪華さである。
そんな非現実的な室内の中央付近に、ひとつの人影があった。直立不動の体勢のままに、布団の上に腰を下ろしている江戸崎をじっと見据えている。
青白い月光の光すら吸収してしまうほど、陰鬱な気配を持つ少年である。青く豊かな髪に、色素が無いのではと疑う程に白い肌、薄闇の中で爛々と輝く瞳は、血の色と見紛う程の真紅だった。
「久しぶり、と言うべきか」
呟いて、自嘲した。言うべき言葉が見つからずに出てきた言葉の何の平凡なことか。八百年も生きていて、それでも身に付くのは本性を隠して人を欺く術だけで、気の利いた言葉ひとつかけられないとは。
「たぶん、今日あたり来るのではないかと思っていた」
少年は何の変化も無く、ただ無感動にこちらを見ている。それは見ているというよりも眺めている-----厳密に言えば、何も映していないかのようだった。
脱力しきった瞳は、死者を連想させる。生きる目的を見失い、だからといって死ぬ理由も見いだせず、生きることも死ぬこともできない狭間で揺れている。
いつだったかこの少年は、自分のことを<<狭間の王>>だと言った。
どちらが狭間の人間なのか、そう言いかけて、喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。言ってはならないことと、言ってよいことの、それくらいの分別はつけているつもりだった。
だからこそ自分は最強の名を冠す者で在り続けることができる----それが例え、殻を傷つけるという意味であったとしても。
そこまで考えて、江戸崎は頭を振った。これ以上は自虐的になりすぎる。歳を重ねて得るものは、相応の感傷と、ひからびた心だけだ。
「クレシアさんといったか」
その言葉に、少年がピクリと反応する。
痛々しい程に引き締められた口元から、無音の中、がりっと歯が欠ける音がした。
「------姉さんに会ったんだね」
「夢だったがな」
思い起こされるのは、悲しい眼をした独りの少女。
一部始終をぽつりぽつりと話すと、少年がぽつりぽつりと言葉を返す。
一瞬が引き延ばされた永遠の中で、二匹の龍はぽつりぽつりと言葉を交わした。
やがて--------
「……その様子だと、他のやつらのところにも行ったみたいだな」
誰が、とは言わなかった。
少年か、少女か、どちらでもかまわない。どちらが行ったのか、それとも両方が行ったのか、どちらにろ江戸崎には予想がつくことだったからだ。
急速に終焉へと流れている少年の姿が、なぜか痛々しい。
「ここで<<狭間の王>>を殺したら、姉さんは生き返るかな」
少年の腕が水平に上がり、指弾がこちらへと向けられる。何の殺意も感じられない。それどころか、感情の鱗片ですら見受けられない機械的な動作だった。
江戸崎は険しい瞳を向けて、少年に囁きかける。
「やればいいだろう。……それで本当に、オマエの言う”その望みが叶うのなら世界が崩壊してもかまわない”願いが叶うというのならな」
我ながら、残酷なことを言うと思う。突き付けられた刃を受け止める盾を、この少年は持っていないというのに。
それでも江戸崎は優しい言葉を知らないふうを装った。優しい言葉など、一時の同情など、無価値なものであるということを一番知っているのは、他ならぬ彼自身なのだから。
「…………うん、きっと叶わないね」
少年が俯いた。同時に腕から力が抜け、重力に従って垂れ下がる。
今の少年が正気なのか、狂気なのか、江戸崎に判断する術は無かった。
「止まり木を失った鳥は、空を恨むよね。空の果てを目指して飛び立って、希望に燃えていたのに。疲れ果ててそれでも空の果ては見つからなくて。空から落ちる間際に、空の果てを見つけられるのは、最強の名を持つものだけだと----自分には無理だと知るんだ。だから僕は、違う方法で空の果てを手に入れたかった」
おまえは違うのか。
おまえは最強の名を持つ龍では無いのか。
その問いに、少年は悲しそうに首を振り---------
「違うよ。僕は、最弱の龍だから」
そう答えた。
その後、【ドラゴンズ・フロウ】の噂を聞くことは、一度として無い……
END or To be COMTINUED?
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1300 / 江戸崎・満 / 男 / 800 / 陶芸家】
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ。大鷹カズイです。
この度はご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした。
再納品ということで数多くの皆様にご心配をおかけしたこと、深くお詫び致します。
今後はこのようなことが無いよう心がけますので、どうぞ今後も温かく見守って頂けると嬉しいです。
再納品前と後ではかなりストーリーが違いますっていうか別物です。
以前の作品は全キャラの話をリンクさせていたのですが、今回は単品でお届け。
……えー…単品なので心理描写情景描写共に力入りまくりで、意味の通じないところが多いですが、ちゃんと繋がってます。
言葉の裏の裏まで読んでくださると嬉しいです。
推理小説のようなノリで、言葉に込められた真の意味を探りながら読み進めていってみてください。きっと新しい発見が--------
と支離滅裂な言葉でお茶を濁してみたり(意味が違う)
今回は本当に申し訳ありませんでした。
またいつか、お会いできる日を願って。
大鷹カズイ 拝
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