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誘惑の冷たい煌き in ゴーストネットOFF
■オープニング〜落札、如何?■
「うわあああどーしよー♪」
ネットカフェの一角。
じたばたと騒ぐ愛らしい子供がひとり。
喜んでいるのか困っているのかいまいち判別付け難い感嘆の声を上げている。
ついでに言えば――幼い子供である限りよくある事でもあるが――性別もいまいち不明。
「どぉしたのー丁香紫(てぃんしぁんつー)?」
彼女――彼?――の隣からは、可愛らしくも元気な声が飛ぶ。
銀髪銀瞳の幼い姿、その声の主の名は海原みあお。
「これこれこれこれこれ〜!」
みあおの問いに、はしゃぎながら丁香紫が指差したのは目の前のパソコン画面。
示されるままみあおはちょこんと覗き込む。
「ふーん、ネットオークションか…って日本刀? 何妙なもの見てんの丁香紫ー?」
ネットオークション、だけならまだ良い。ただ…画面に大きく映っていたのは…何やら厳重に封印してある日本刀ひとふりだった。
…何だか似つかわしくない。
それも現在付いているお値段は…どうあっても小学生に…否、一般ピーポーに手が出せる桁とは思えない。何処ぞの財閥の御曹司やお嬢様ならいざ知らず。
そもそも刀剣のコレクションなんぞしていたのかこの子供。
「…そんなものどぉするの?」
小首を傾げみあおは問う。
特に骨董に興味がある訳で無い彼女には理由がわからない。…いまいち興味は湧かない。
「前々から探してた奴なんだよこれ〜! うわあどうしよう。ってか落札できなかったらどうしようっ!」
「…って…うわっ、ゼロがいっぱいじゃん! ねえねえ、丁香紫こんなの落とせるの?」
もっともな疑問。
だがあっさりと丁香紫は言ってのけた。
「ボクこう見えてもきっぱり当年取って664歳だもん。こんな事もあろうかと結構溜め込んであるから心配は無いよ☆」
可愛らしくみあおにウインクし、言っている間にも丁香紫は何やら手許でぱたぱたと操作をしている。…どうやら既にオークションに参加しているようだ。
今入力された額は…どうやら二番手より一万上乗せで、現在最高額である。
「どーだろーどーだろーどうしよー♪」
「…ねえねえねえねえねえ」
そんな丁香紫の後方で毎度の如く怪奇掲示板の記事確認をしていた雫。
慌てて後ろのふたりに呼び掛けた。
「ん?」
「…丁ちゃんトコのその日本刀、この書き込みのネタとかぶるのって気のせい?」
「え?」
がばりと後ろを振り返りふたりは雫の見ていた画面を覗き込む。
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タイトル:封印された妖刀 投稿者:匿名希望 [URL]
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■現在某ネットオークションで出品されている「封印された日
本刀」を落札した方にお願いします!
この刀、所持者に莫大な富を与えると言う曰く付きの代物なん
ですが、もうひとつ曰くがありまして、鞘から刀身を抜いた者
は刀に魅入られ血に餓えた殺人鬼になり、六人の血を吸った時
点で使い手の魂を吸い取り勝手に鞘に戻ると言う話もあるんで
す。そしてこの刀を手に取ったものは必ず封印を解き鞘から刀
を抜きたいと言う誘惑に駆られるとか。怪奇マニアでもあり刀
剣マニアでもある身にするとそれが本当なのかどうか気になっ
てしょうがないんですが、当方の持ち合わせではこの刀、手が
出るお値段じゃないんですよー(泣)
その問題の妖刀に掛けられている「封印符」の画像だけは手許
にあるんで、URLのところにアドレスを書かせてもらいました。
私が言っているのはこれで封印されている「古い刀」の事です。
具体的な来歴ははっきりせず、無銘の刀ではあるらしいんです
が、確認できそうな方、どうか確認した結果をこのBBSにカキコ
してやって下さい…自分の目で確認したいのは山々なんですが
できないんですー、どうか教えてやって下さいー(泣)
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ネットオークション、手の出ない値段――決定的なのはURLに記された封印符の、色や柄。
…丁香紫が参加中のネットオークションに出されている刀に施されている封印符とまるっきり同じだ。
「わ、それって当たりだよっ! 雫!」
「そうだよね!?」
「だーかーらボクが欲しがるの! 初めて知った120年前からずーっと探してたんだからっ。その頃からもう妖刀として名高くってー、本当かどうか確かめたいでしょー?」
ずーっと欲しかったんだよねー、と丁香紫は無邪気に告げる。
それを聞き、雫の――そしてみあおの目の色も変わった。
「じゃあ絶対落札して! お願い! あたしにも見せて!」
「うん。面白そぅ〜!! みあおも見たーい! そう言う事なら絶対見るー! 絶対落とせ丁香紫!」
「ふふふふふ。もっちろん落としますよ♪ まっかせて☆」
…とは言え鞘から刀身を抜いた者は刀に魅入られ血に餓えた殺人鬼になるって言う話じゃ…いったいどう検証する気だ?
■さあ検証だ■
「よっしゃー! ゲットっ♪」
宣言通り落札したのか、丁香紫から今度こそ確実な喜びの声が上がる。
「二、三日中に届くって☆」
そしてみあおと雫にVサイン。
「んじゃ、その間に!」
それを受け、胸を張ったみあおは何処からともなくじゃんっ、と青い羽を取り出す。
「封印符のコピー、念の為たぁっくさんつくっとこ?」
封印符の画像をコピーして、改造後の自身の羽――霊力を持っていて色々に使える――で霊力をくっつけて、取り敢えずでも何でも良いから使えるようにし、それを使用したならば。
…万が一鞘から引っこ抜いて誰か暴れ出しても、質より量でどうにかなるかもしれないし。
言ってみあおはたーっと店内を走って行く――行こうとする。
と。
目の前に店員さんらしい背の高いお姉さんが立っていた。
そしてそのお姉さん――香坂瑪瑙(こうさか・めのう)はみあおの高さに合わせるように屈み込む。
「お店の中で走るのは止めよーね?」
「あっ、ちょうど良かったお店のひとだよね?」
「あら? 何か用かな?」
「プリンタ貸してっ」
「ああそれなら向こうにあるけど…使い方わかる?」
「…っと、どうだろ」
みあおは小首を傾げる。
「何に使うのかな?」
「えーと、あの画像コピるの」
雫の見ていたパソコン画面――ちょうど封印符の画像を表示させていたそこを、指差す。
「…」
短冊型の紙。奇妙な図形である。いや、達筆過ぎて読めない類の文字かもしれない。とにかく、素人さんにすれば何とも付かない図柄の、紙っぺらと思しき画像。ちなみに地の色は黄色だ。描かれている文字――図形?の色は、黒と朱と白の三色。
「…妙な画像だね。呪符か何か?」
「あ、お姉さんひょっとして結構詳しいひと?」
雫が口を挟む。
この画像を見て『呪符』と言う単語がいきなり口に出ると来ればその可能性は高い――即ち、最低でも、雫の同類(予備軍含む)な可能性が高い。
「いや、こう言うのに詳しそうな知り合いが居るだけ」
「ふーん。じゃ、どんな系統のものだか…何か見当は付かない、かなあ?」
詳しそうな知り合いが居ると来れば、偶然でも何でも、その手のモノを見て知っている可能性もまた高かろう。
「どんな系統って言われても…日本とか、中国…アジア系に見えるけど。文字のインクは墨っぽいじゃない? 一応、漢字、みたいでもあるし。紙の色が黄色だから中国系かな? どうだろね?」
お手上げ、とでも言いたげに苦笑する。
「とにかくこれをコピりたいの!」
「…やってあげよっか?」
「んじゃ任せた!」
「はいはい。わかったから、店ん中走りまわるんじゃないよ?」
改めて言い聞かせ、雫の使用している機体番号と表示画像のアドレス、画像のプリント枚数を確認した瑪瑙は来た道を戻る。
現金と言うか何と言うか、瑪瑙の注意に対し、はーい、と元気な返事がみあおから返った。
結局、画像のプリントは瑪瑙に任せ、みあおは丁香紫の隣に戻り、座る。
「あ、そうだ。ねえねえねえ」
「ん? なーに、みあおちゃん?」
「あんな書き込みあったんだからさ、ネットの方で聞いてみればもうちょっと色々有力な情報が集まるんじゃないかな? 結果を教えるって言えば、結構情報提供してくれると思うよ!」
「お、そうだね。色々面白い話が集まるかもしれない。採用☆」
ばしっと答えて丁香紫は速攻、ぱたぱたとキーボードを叩き出す。
■■■
「できたよ?」
数分後、封印符の画像を印刷した分厚い紙の束(…)を持って戻ってきた瑪瑙にみあおはわーいと飛び付く。
ちょうどその時、のほほんと丁香紫がパソコン画面から振り返った。
「美都(みと)ちゃんからなんだけどこの刀、アトラスも目ぇ付けてたんだってさ」
「それから三下さんとこの天王寺さんもオークションに参加していたらしいよ?」
雫が丁香紫の情報に補足する。
「へぇ、あやかし荘の?」
「…綾さんが欲しかったんじゃなくて血縁のひとでこーいうの好きなひと居るんだって。ちょうど後少しで誕生日だからプレゼントにいいかも、ってやってたらしいよ?」
「さっすが財閥、プレゼント如きに金(と命)掛けるね〜。でもねえ…天王寺の倉に入っちゃったら将来的にも手に入れるのにまた一手間掛かっちゃうから譲れないなあ」
「ま、綾さんとしては別にそれ程本気で落とす気じゃなかったみたいだけどね。自分用じゃない訳だから」
「確かに天王寺に本気で来られたら長々と競ってただろうからなあ」
うんうんと納得する丁香紫。
と。
目をきらきらさせて、みあおが丁香紫の袖を引っ張った。
「ねえねえねえねえねえ今アトラスも目ぇ付けてたって」
「ん? ああそうそう。だから結構詳しいところ調べてあるんだって。金額からして自分のところで手が出せるとはさすがに思えなかったみたいだけど、落とした奴見付けて来いって編集長に発破掛けられてたらしいよ」
「じゃあ美都来るの?」
「落とした事言ったら、良ければ是非取材に来たいって。情報提供する代わりに」
「じゃあ!」
「勿論構わない、って返信したよん♪」
『と、言う訳で取材の打ち合わせに参りました☆』
ふっ、と突如その場に現れたのは月刊アトラス編集部の常駐幽霊・幻(まほろば)美都だった。
返信を受けて後、得意技を駆使して通信回線を辿り、即、来てみたらしい。
「あ、店員さんにも見られてしまいましたね」
どうしましょう? と焦る様子もなく小首を傾げる美都。
店員さん――瑪瑙は肩を竦めた。
「アトラス、って言ってたね? となると貴方が幻美都ちゃんか。…空五倍子(うつぶし)に聞いた事あるわ」
『空五倍子さんとお知り合いですか?』
「同じ大学の同期ですよ。ちなみにさっき言ってた『この手の話詳しそうな知り合い』ってののひとりは彼です」
『はー、だったら良かったですー。もし騒がれたらどうしようと思いました』
美都はほっと胸を撫で下ろす。そして丁香紫に向き直った。
『では、取り直しましてこちらで調べました情報の方ですが…』
■■■
美都曰く。
件の刀をオークションに出していた人物は、西田利美(にしだ・としみ)と言う若い女性だと言う。つい先日亡くなった(それも殺人を犯した直後に原因不明で亡くなったらしい)父親のコレクションの中にこの刀とそれにまつわる伝承の書き付けを見付け、即どうにかして処分しようと決意したと言う話。ちなみにこの西田さん、この刀をとことん避けているらしく、アトラス編集部の面子が話を聞かせて下さいと行っただけで、ただで差し上げてもよかったんですが…と言われてしまった程だそうだ。
…ただどうやら、何処で『その刀を処分したい』と言う話を仕入れて来たのか、オークションの主催者側から『是非ともその刀を引き取りたい』との申し出が速攻来ていたらしい。アトラスよりも余程早く。で、早々に手放したい西田さんにすれば先着でその主催者側にあっさり委託してしまったとの事。
そしてネットオークションに至ったと言う。
「あー、それはまだ知らなかった。西田さんのお父さんの事件って、それはひょっとすると一番最近の事件になるよね。実はこの刀絡みの殺人事件ってどういう訳かあんまり表に出て来ないから探し難いんだけど。…てゆーかアトラスより先に来てたって言う主催者は何者なんだかね」
『それも調べました』
美都が続ける。
『こちらはですね、表向きは普通の会社なんですが、どうも裏ではオカルト系骨董を探して世界中に根を張ってる結構大規模な組織みたいで。情報はかなり速くて正確みたいです。…羨ましいやら妬ましいやら。それに世界レベルでフットワークが軽い。…これも羨ましいですねー? ま、ウチも精進してるつもりではあるんですがまだまだです。で、えーとですね、「こういう代物」って裏では莫迦みたいな高額取り引きが当たり前らしいんですよ。今回のこの刀の落札価格はあっちの業界じゃ普通…もしくは少し安いくらいのレベルみたいですもん。それからですね…実は知っていながら盗品とかにも手を出している危ない会社でもあるらしいですよ?』
「…それはつまり情報力を駆使した汚いくらい商売第一な会社だ、と。それだけの話かな?」
『ですね? 何かオカルト的な裏があるとか、その辺はあまり深く考えなくとも良さそうです』
「そっかー。で、この刀、特に銘はないんだったっけ?」
『はい。ただ…消されてるような痕もあるらしいって噂です』
「ふーん。じゃ、本当は銘があったかもしれない、と。画像で見る限り、実戦向きな柳生拵っぽく見えるけどね」
ふむ、と丁香紫が頷く。
「…実戦向き?」
『…確かに、現在進行形で人斬らせてるくらいじゃ実戦も実戦ですね』
うん、と美都が同意する。
そう言う意味でもないと思うが、何となく納得できるような気がするからわからない。
「…ところでみあおちゃん、封印符の方宜しく頼める?」
先程の提案の結果の方。
確かにそれは使えそうな気がするのだ。…そして実物が来る前に、予め用意しておかないと意味が無い物でもある。
少々負担になるだろうが、どうだろう?
自分の力としては霊能に縁の無い雫が恐る恐るみあおに問う。
「おー! まっかせなさいっ☆ 家でやってくる!」
瑪瑙からごっそりと渡されたコピーの束を抱き締め、みあおは威勢良く答えた。
が、それを見て丁香紫がぽろりと呟く。
「…半分ボクがやろっか?」
…つまりはあまりの量にちょっと見兼ねた。
「できるの丁香紫?」
「まぁね」
「じゃ、半分頼むっ」
半分――それでもまだ充分分厚い紙の束を、みあおは丁香紫に渡す。
「おっけー☆」
丁香紫はぱちんとウインクしながらそれを気前良く受け取った。
「…じゃ、各自の判断で使えそうなもの持ち寄って、三日後のお昼にまたここで待ち合わせってことに♪」
「はーい!」
『えーとあの、私はどうしたら?』
美都が訊く。コンピューターから離れて動くとなると、幽霊の身では少々心許無い。現在の本体こと依代を、同行者の誰かに持っていてもらえばまた話は違うが…。
「美都ちゃんの依代はアトラス寄ってあたしが連れてくよ♪ 心配しないっ」
ばん、と実体があったなら美都の背中を叩きそうな勢いで雫が言う。
「ずるい〜! 美都はみあおが連れてくのー!!」
そんな雫の科白に駄々を捏ねるみあお。
丁香紫は調停でもするようにぱんぱん、と両手を叩いた。
「ま、そりゃどっちでもいいよ。ちゃんと取材に来れるなら。
さて。じゃ、今日はこの辺で解散にしましょ☆」
■■■
約束の二、三日後――正確には三日後。抜け目無く丁香紫は宅配業者にそう指定していたらしい。
ネットカフェで待ち合わせの後、丁香紫の一声で向かったところは何故かあやかし荘の一室。
一行が管理人室前を通り抜けるところで、ひとり日本茶を啜っていた嬉璃にびしっと呼び止められた。
「何用ぢゃ丁香紫」
「きりりん例の部屋借りるよん♪」
「おう。『躑躅の間』ぢゃったな。恵美には言っておこう」
「宜しくねー☆ あ、今日、日本刀一本届くからそれもついでに宜しく☆」
「日本刀? またなんぞ妙なものでも手に入れたのか」
「興味があったらきりりんもおいで☆」
…曰く、丁香紫はあやかし荘に部屋を借りているらしい。
住まい以外にも部屋を借りており、凄まじい高額の日本刀をもあっさり落とすとなると本当にこの子供の財産はいまいち謎だ。
しかもこの嬉璃をきりりんと呼ぶその度胸。
…やっぱり謎の人物である。
どてばたと走りつつ、みあおら三人+幽霊ひとりは目的の部屋に向かう――躑躅の間。
到着し、よいしょと引き戸を開けると、そこは無闇にだだっ広い、五部屋ぶち抜きの空間だった。
さすが座敷わらしの住む家、広さに掛けてはそれなりのものがあるらしい。
外からみるとそれ程広くは見えないが。
…そもそもここはバブルが弾けた上に大不況とは言えそれでも地価のバカ高い東京二十三区内。
それらを思うと実はこの建物ってば異空間なんじゃなかろうか、などと変な可能性まで思い至る。
『…ところでその重そうなリュックサックはなーに?』
美都に問われ、に、と笑うみあお。
「非常用だよん。電磁石☆ 強っ力なやつ!」
それは確かに元を辿れば刀と言えども鉄の塊。
いざとなったら刀を無理矢理引き付けてしまおうと言う策か。
「…それはひょっとして取材のカメラの方がヤバいんじゃ」
雫からは冷静なツッコミ。
「あ。まぁいいじゃん? …ダメ?」
『…そうですか…写真は諦めろって事ですか…』
がっくりと溜息を吐く美都。
そこで丁香紫から件の紙の束が差し出された。
「はい。封印符のコピー。ちょっといじって一応霊力付けといた」
「あ、みあおもやっといたよ!」
言葉と共に、みあおは電磁石と同じくリュックサックから紙の束――封印符のコピーの束――を取り出す。
と。
「――くぉら丁香紫貴様いったい何を頼みおったんぢゃあぁぁああっ!!!」
玄関の方面から嬉璃の怒号が響き渡った。
■襲撃と言うか暴走■
嬉璃の叫びに一同は玄関へと走る。
と。
「なんやなんや?」
まずは綾。
「何何ー?」
次に柚葉。
「?」
最後に歌姫。
揃って自分たちの部屋から顔を出すあやかし荘の面々。走り抜けるみあおらを見、何やら騒ぎだと気付くとぞろぞろと野次馬に出てきた。
が。
『皆さん出て来ないで下さぁぁああいっ!!!』
一足先に嬉璃の元に行っていた美都からの制止の声が。
え、なに? と要領を得ない皆からの返答を余所に、玄関には座敷わらし標準装備の玩具兼武器こと手毬を携え、じりじりと後退る嬉璃の姿が。
その前には。
件の日本刀――それも陽光を受けぎらつく抜き身の――を片手にぶら下げた兇人が居た。
服装からして、どうやら宅配便の配達員である。
廊下にがやがや出てきた面子をじろりと睨め上げ、良い獲物を見つけたとばかりにぺろりと唇を舐める配達員。わかりやすいくらい禍禍しい。
配達員は刀をゆらりと構えると、雄叫びを上げながらアパートの中に走り込んで来た。それに合わせ、ずざっと足早に後退る嬉璃。ちっと舌打ちすると、きゅるるると音を立て嬉璃の手の中で手毬を高速回転させる。その球体が不意に浮き上がったかと思うと、唸りを上げて配達員の頭を狙い飛んで行く。配達員は咄嗟に避けるが、避け切れず、手毬が掠った衝撃で頬に傷が残った。直撃していたら昏倒は免れなかったろう凄まじい威力。
嬉璃は再び舌打つと、くいっと右手の人差し指を曲げる。すると当然のように手毬が手の中に戻ってきた。
「きりりん手許狙って!」
「手許ぢゃと!?」
「あの刀落とせば多分止まるっ」
「確かぢゃな!?」
丁香紫に確認すると、嬉璃は再び手毬を戦闘モードに切り替え、配達員へと投げ付ける。今度は右手首――刀を握るその手指に向けて。
今度は命中し、ぎゃぎゃぎゃぎゃ、と嫌な摩擦音が響く。
配達員からはぐわあぁあと苦悶の声が。
そして。
からん
――落ちた。
それを確認するなりみあお、丁香紫、雫の三人は、一気に、わっ、と大量の封印符(のコピー)を刀に貼る…と言うより封印符のコピーでほぼ刀の全体を埋め、とにかく刀を抑え込む。
すぅ、と刀身の光が消える感触。
これはいい徴候。
だが。
「…ちょっと待った鞘は」
はた、と気付いた雫の言。
――肝心の、鞘が無い。
配達員は抜き身の状態の刀をぶら下げここまで来た。
けれど刀身に血は付いていない――恐らくまだ犠牲者は出なくて済んでいるだろう。
…鞘は近くにありそうな気がする。落ちている?
「速攻で探してこぉいっ!!!!!」
みあおが、誰にともなく大声で元気に怒鳴った。
■だったら何も始めから■
結局あやかし荘の敷地内にこの刀の鞘と剥がされたオリジナルの封印符は落ちていて。
どうにかこうにか刀を鞘に収納し封印符(オリジナルだけでなくコピーもついでに)をべたべたと貼り封印し、刀を離した後、糸が切れるように倒れた配達員さんも介抱して一段落の後。
「うわあ本当に本物だったんだ…」
呆然と言う雫。
「…よーし、レポートがてらHPの方にも書いといてやらなくっちゃね!」
『取材許可どうもです☆ 勿論このネタは有効に活用させて頂きますよっ!』
ぐっ、と握り拳を固め、雫と美都はぼぼぼ、と同じように燃えている。
「…んじゃ、改めまして、納めませてもらいますよん☆」
そんなふたりを余所に、丁香紫は拝むようにぱん、と両手を合わせてから、無造作に刀を手に取った。
…つい今し方まで大騒ぎしていた刀を。
「ちょ!?」
「丁ちゃんっ!?」
「ん?」
丁香紫は平気な顔でみあおと雫を振り返る。
刀に取り込まれる気配は、ない。
「…あれ?」
「…大丈夫、なの?」
「って…うわああああああ☆」
突然の歓喜の声。
雫。
何故ならば。
丁香紫の姿が、薄らと透けていた。
まるで美都――幽霊の如く。
「念の為、隠形術掛けてからにしてみたんだよね〜。つまりね、ボクと言う主体を物理的にあやふやにした訳だけど?」
のほほんと告げると、刀をゆっくり持ち上げ、翳す。
黄色い封印符をべたべたと貼りまくり、雁字搦めに封じたその刀を。
そして、みあおと雫に向け、に、と笑う。
「…ま、ボクだけだったら特に何も考えず他に迷惑かからないように周囲一帯に禁呪掛けて、成兵術で作った木人どもに普通に抜かせて、同じように作った木人、斬らせてみても良かったんだけどね。
でもでも、やっぱり皆の御期待には応えないと、でしょ?」
からかうような言いっぷり。
…最後の最後でそう来るか仙人よ。
「…だったらはじめからこの儂に迷惑掛けるでないわこのクソたわけっ!!!!!」
ぱこぉぉぉおおんと派手な音を立て丁香紫の頭を直撃したのは、嬉璃の手毬(通常モード)だったとさ。
…座敷わらしの手毬なので、隠形中の丁香紫にも普通に当てる事はできたらしい。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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■整理番号■PC名(よみがな)■
性別/年齢/職業
■1415■海原・みあお(うなばら・みあお)■
女/13歳/小学生
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■ ライター通信 ■
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※オフィシャルメイン以外のNPC紹介
■刀の出品者■西田・利美(にしだ・としみ)■
女/27歳/保育士
■ネットカフェ常連で刀の落札者■鬼・丁香紫(くい・てぃんしぁんつー)■
無/664歳/仙人
■ゴーストネット常連■幻・美都(まほろば・みと)■
女/(享年)11歳/幽霊・月刊アトラス編集部でお手伝い
■ネットカフェのバイト長■香坂・瑪瑙(こうさか・めのう)■
女/20歳/大学生・ネットカフェ&某酒場でアルバイト
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さてさて。
いつも海原家の皆様にはお世話になっております。深海残月です。
今回はおひとり様の御参加になりました。
配達のひとが以下略、の部分は面白かったんで思いっきり採用させて頂きました。
また、実は丁香紫だけだったらプレイングの頭に書かれていた事だけで問題が無かったと言う…。
結局、どたばたして終わりました。
何故かあやかし荘に君臨している某座敷わらしが現れ、しかも妙に戦闘向きなキャラになっております…(汗)
それから…よく考えるとこれで『検証』になっているのかどうかも謎です(滅)
…こんなん出ましたが、楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いです。
気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致しますね。
深海残月 拝
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