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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


反魂と龍


さて……ここに来てくれたということは、アンタは自分の力に自信があるんだよな?
まぁ別に話を聞いてからでも遅くないが……これは正直、オレも手を焼いているんだ。

調べてもらいたいのは、「反魂の術」についてだ。

通常、死者を蘇らせるなんてのは無茶だが…だが、この無茶をやらかそうって馬鹿がいやがる。
大元の依頼はそいつを止めたいってヤツなんだが、その「反魂の術」の方法がわからなけりゃ、それを阻止する方法だってわからねぇ。
そこでアンタには、「反魂の術」なんてものが実現可能なのか、それはどういった手順を踏まえて行うのか、この二点を調べてもらいたい。
ただ一つだけ言っておく。

-------これは、おそらくとても危険だ。

依頼人が言うからに、術者はもはや正気ではないらしい。
捜査中に襲ってくることだって十分に考えられるし、しかも相手はあの最強と詠われる【龍】だからな……。
無理強いはしない。最悪の場合、怪我だけじゃすまされないかもしれない。
そのぶん報酬は破格だと思ってくれていい。
失敗成功に関わらず、前払いで------そう、これくらいだな(ゼロが並んだ電卓を見せて)
今回の手がかりは【龍】と【反魂】の二つしかない。
殆ど無理を言っているのは百も承知だが、人間であるオレは【龍】なんてものに対抗できる術が無いんだ……。

この依頼、受けてもらえないだろうか?




【日】




 小さな日の思い出というのはどうして忘れてしまうのだろうか。
 どんなに大切だと思っていた気持ちでも、いずれは時の流れに風化してしまう。大切だったのに、心から大事にしていた宝物だったのに、優しく抱きしめていたはずの想いは、どうして消えていってしまうのだろう。
 夕飯のメニューや印象に残っているCMソングはいつまでも覚えていられるのに、本当に大事なものはどんどん薄れていってしまう。きつく抱きしめていても、柔らかく抱きしめていても、やがて優しさすら争いの中へと駆け出すこの世界の中で、それらは遠い彼方へと飛び去ってしまう。
 それが記憶という電気信号に過ぎなくても、忘れたくは無かった。
 小さな頃の思い出。白い靄が立ちこめているような記憶。必死に思い出そうとしても思い出せない、大切だった何か。
 何が大切だったのか思い出せないのに、ただそれが大切だったことだけは分かる。
 夢を見たのだ。それは------お伽噺のような夢。赤くて大きな龍がいた。私は深い森の中を歩いていたのだと思う。柔らかい下草はどこまでも蒼い緑で、風が空から舞い降りてくるたびに、ざわめくように波打っていた。点在する樹木は大きく、上を向けば春か上空で木漏れ日が揺れていた。不安定なくらいゆらゆらと揺らめく世界にあって、ただそこは心地よかった。風も、木も、空も、龍も、全てが安心感をもたらすものだったから。
 空と海は繋がっていると、誰かから聞いたことがある。
 空を突き抜ければそこには大海が広がっており、魚が飛んでいるのだと。どうやって行けばいいのか聞いたら、大人は自分で探しなさいと言った。
 だからその時、見つけたと龍に言ったのだ。
 木漏れ日はまるで海の中に居るようで----空と海が繋がっているのはきっと、こういう意味だったんだと、そう思った。
 赤い龍は優しく笑って(龍なのに笑うというのも変な表現だけど)小さな声で昔話をしてくれた気がする。
 そして眼が醒めた時、私は布団で眠っていて、どんな話をしてもらったのか忘れてしまっていた。
 大切な話だった気がする。
 ----私が忘れているのは、何なのだろう。




【お伽噺】




 はじめに空と大地があり、風が生まれた。
 空と風とひとつになったが、大地は独りぼっちになった。
 風と空は大地に会うことができず、大地は空と風をを知らなかった。
 空と風は嘆き哀しみ、その涙が雨となって大地に降り注いだ。
 大地は雨によって空と風を知り、自分が孤独ではないことを知った。
 やがて雨は海となり、海は大地とひとつになった。
 空と風はそれを祝福し、風は海と抱き合って喜んだ。
 風と海が抱き合うと、海に波が現れ、世界は驚いた。
 やがて海に生物が現れ、海は生物に提案した。
 私の半身である大地に行ってみてください。
 生物は興味を持った。大地とは何なのだろうか。
 大地は海と同じくらいに広く、豊かであった。
 生物は大地に根を張り、歩いた。やがて大地が言った。
 空へ行ってはどうですか。
 生物は空が何かを聞いた。
 大地は優しく笑って言った。
 空は私が独りでは無いことを教えてくれました。
 生物は空へと飛び立った。そこには風が在り、空が在った。
 だが生物は、風が在るために空へ留まることが出来なかった。
 風と空はただ二つでそこに在ることを望んだ。
 生物は諦めて、海に相談した。
 どうすれば空へ在ることができるのだろう。
 海は悩んだすえに、こう言った。

 私の果てを探してください。そこは、空へと続くひとつの扉になるでしょう。
 空の果てを探してください。そこは、私へと続くひとつの鍵になるでしょう。

 生物は祈り続ける。
 空へ在ありたいと、空が見たいと。
 それは昔の御伽噺。
 ちいさなちいさな、どこにでもある昔語り。





【白い闇】





 それは限りなく不透明な純白であった。闇とは本来漆黒であるべきなのに----そこに広がるのは、確かに白い闇であった。昏い白が横たわっている。天と地の境界線すら無い、完璧なまでの白い暗闇は、こうして立っているだけで、白に汚染されていく感覚がある。
 それが例え、機知外じみた妄想であったとしても。
 ささやかには足りぬ微風が、頬を撫でる。その風に混ざって感じた嗅ぎ慣れぬ匂いは、錆び鉄を含んだ生臭いそれであった。
 白い闇は傲然とそこにあるのに、不自然に視界は開けていた。いや----視界というには語弊がある。それは視覚ではなく感覚であった。こうと感じる直感的なもの、故にここはとても広い。広大な意識の中に刷り込まれた仮想の空間---------夢。
 その中に、自分の意識とは別の意識を感じて、撫子は振り返った。
 感情の起伏が驚くほど少なくなっているのを自覚する。これは夢という白濁した意識であるからなのだろうか、それとも白の持つ魔力なのだろうか。白という色は、人の感情を吸い込む力がある。
 それは少女だった。純白の闇を背に、直立不動で立っている。距離は目測で五メートル程だろうか、光を反射しない夜色の長髪に陶磁のような白い肌。燃え上がるようにぎらぎらと輝く真紅の瞳が、印象的だった。 
 撫子は少女に見覚えがあった。故に、彼女が自分の意識が在ることにも疑問を持たなかった。
「……生まれてしまったですね」
「後悔していらっしゃるの?」
 撫子の問いに、少女は答えない。ただ沈痛な面持ちでかぶりを振り、両手を胸で組み合わせた。祈るような、懺悔するような----いったい何に祈り、懺悔するというのだろう。神など、全てに平等である神など、この世に存在していないのに。
 感傷的な気分にどっぷりと浸りながら、撫子は少女が口を開くのを待った。
「-----------私は過ったのかもしれません」
 そんなことはない、と否定しかけ、言葉は喉の奥に呑み込まれた。
 どのような慰めも、気休めも、この場では意味を持たない。優しくするという本当の意味を理解している、厳しい自分に嫌気がさす。
 それでも少女は気にもとめていないようだった。あるいは、最初からそんなものに期待していなかったのか。
「助けてください、というのは虫が良すぎるかもしれませんね」
 自嘲気味に零れる笑みは、儚い。
 撫子は首を振ってそれに答えた。
「いいえ。…私にお手伝いできることがあれば」
「……貴方は私を----私達を赦すと言ってくれるのですか?」
「はじめから、私はあなた方を救うつもりです」
 少女の表情がさっと翳る。罪悪感に苛まれるような、それでいて甘い自分を卑下しているような、様々な負の感情が入り交じった複雑なものだ。
「全てをお話しします」
 そう言って唇を噛み締めた少女の表情は、薄く微笑んでいる。そうしていなければ、泣き出してしまいそうだとでも言うふうに。
「----昔、龍族同士の諍いがありました。理由は些細なことでした。龍族の子供が喧嘩をして、相手に怪我をさせてしまった、それだけです。けれどもそれは、大人同士の大きな争いに発展してしまいました------争いは三日三晩におよび、やがて実力行使に出る者が現れました」
「…………」
 撫子が無言でひとつ頷く。
 それを「続けろ」ととったのか、少女は大きく息を吸うと言葉を続けた。
「それから、状況は悪化する一方です。同種殺しという汚名を背負ったままに、一族は全滅しました。そして、私もその時に死にました」
 同種殺しという名がどれほどの意味を持つのか、撫子には知り得ない。ただそれが耐え難い屈辱であり、哀しみであることは理解した。
 人の世であっても、殺人という罪は計り知れない程に大きいのだから。
「-------私はクレシアと申します。赤龍族の長の娘、そして私の弟の名前はクレア。龍を滅ぼす者の構成するのはただひとり、弟のクレアだけ。私の弟が……龍を生み出し、殺そうとしている張本人です」
 それから、クレシアの淡々とした言葉が、白い闇を満たしていった。

「クレアは病み、狂っています。私はあの子を守れませんでした。いえ…私はクレアをかばって死にましたが、それがあの子を傷つけてしまった。知っていたのに……あの子が身内の死を畏れていることを、私は知っていたのに。あの子を死なせたくないという私のエゴが、あの子を死よりも深い暗闇へ置き去りにしてしまった」

「新しい"認識"で龍を生み出しているのは、力のない龍のほうが殺しやすいから…なぜ私の姿を語ってビデオをばらまいたのか、私にはわかりません」

「あの子が同種殺しという大罪を犯せば犯すほどに、私はこの世界に囚われます。罪の鎖が私の身体を蝕み、世界に浮かぶ私の魂は色濃くなっていく。それは生き返るのではなく、むしろ逆----それなのに、あの子は勘違いをしている」

「私が罪に縛られれば縛られる程、あの子は罪を犯していく。そうすれば、私が生き返ると信じているから」

「それでも、死者は生き返ることができないのに。あの子が犯した罪の鎖は、私だけではなく他の死者も縛ってしまう。死者はやがてあの子に災いとなって降りかかる……なのに、なのに…私は何もできずに見てるしかできないなんて……」

「こんなことを言う資格、私には無いけれど。どうか、どうかお願い……あの子を助けてください」

「同種殺しという罪は消えないけれど、私はもう消えてしまうけれど、それでも私はあの子を助けたい。命なんて、私という意識なんていらない、ただあの子が生きてくれれば、私はそれだけでいい!」

「クレアを助けて-----------」




【満月の夜に】




 眼が醒めると同時に思い出したのは、たわいもない夢物語だった。昔々のお伽噺、空と大地の擦れ違いや、哀しみ、喜び、そしてそれは”果て”のお話しでもある。
 綺麗な月が浮かんでいた。豪奢で洗練された空気を持つ、青白い月。どこまでも蒼く、それゆえに純白でもある巨大な満月だ。青白い月光が室内に滑り込んでいる。自分の部屋なのに、自分の部屋では無いような違和感があった。それでも見慣れた景色を不気味と思うことは無く、布団から上半身を起こして上着を羽織る。
 ぽつり、と呟いたのは、月の魔力に見せられたせいかもしれない。
「月には魔力があるって、信じますか?」
「お伽噺さ」
 返事はすぐ傍で聞こえた。ゆっくり頭を巡らせると、部屋の影と一体化するようにして、独りの少年が立ちつくしている。----途方にくれている迷子のようだと、そう思った。
 一片の光すら届かない夜色の外套に、それでも青白く波打つ頭髪。少年だと分かるのはまだ声変わりのしていないソプラノのせいでもあるし、先程の夢のせいでもある。
 クレア。
 あの少女----クレシアはそう言っていた。理論的ではなく直感で強引に断定する。
「空と風が在ると知った時、大地は悲しかったでしょうね」
「空と大地はお互いのことを知らなかった。いや----空は永久に辿り着けない遙か高見から、大地を見下ろしてきた。大地は見上げることをしなかった。見上げても、空であると認識することができなかった」
「空と風の存在を知らなければ、大地は孤独を感じることもなかったかもしれません」
 蒼覇の頭を撫でながら、そんなことを思う。
 知らなければ良かった、大地はきっとそう思ったに違いない。そうすれば孤独を感じる事もなかっただろう。それまで、孤独であるという認識ですら無かったのだから。
 二つの意識があれば、必ずそこに齟齬が生じる。それは上手く噛み合わない歯車のように、ぎしぎしと微かな軋みを生み出すのだ。その軋みが決定的になれば----人は、必ず過つ。軋みを直そうと試行錯誤を繰り返し、更に破壊を進めていく。
 恨まないわけがない。
 疎まないわけがない。
 大地が、空に憎悪を抱かなかったわけがないのだ。例えそれが逆恨みだったとしても----この、クレアのように。
「姉さんに会ったんだね」
 少年が一歩、影から踏み出す。儚い月光に照らされる貌に、生気は無い。
 幽冥を漂う死人か、誘う死に神か、どれにも属さない抜け殻の姿であった。
「……美しい人でした」
 少年がまた一歩、こちらへ近づく。正確には、開け放たれている窓辺へと。
 武器をかまえる必要は無かった。
 警戒すら----無意味なものだった。
 少年の姿が一瞬ぶれる。
 その小さな背中が夜闇へと薄れる刹那に聞こえた声は、幻聴だったのだろうか。

「姉さんは僕が嫌いだったのかな」

 なぜ自分に会ってはくれないのだろう。
 言葉にこめられた真意に気付いてももはや遅く、耳をすましてみれば聞こえるのは風の音ばかり。
 私がクレアに会えば、あの子はやり直すチャンスを失ってしまう----------
 軋んだ歯車が螺旋階段を転げ落ちるように、擦れ違った姉弟の真意を伝えられる者はいない。
 やるせない想いを残したままに、こうして事件は幕を閉じた。




 その後、ドラゴンズ・フロウの噂を耳にすることは、一度としてない-----




 
   END or To be COMTINUED?
 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328 / 天薙・撫子  / 女 / 19 / 大学生】
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■         ライター通信          ■
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こんにちわ。大鷹カズイです。
えー…何やら前回の作品(やり直し前)のと大幅にプロット変更、っていうかむしろ既に別の話と化しております。
再納品とのこと、本当に申し訳ありませんでした。
……登場人物の多さやらなにやらを考えると、どうしても同じプロットでは無理でした。
納品が遅れてしまい申し訳ありません。
今回多大なご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び致します。

今回は前回の話と比べて、淡々粛々と進みます。
っていうかむしろ遅々として進まないかもしれません。
文体に心理描写や抽象的な表現が多いので、裏の裏まで汲み取って頂けると嬉しいです。
些細な文章に重大な意味が込められていたりすることもありますので。
謎ときのようなカンジで読み進めていただける作品になったかと、自分では思っております。
本来の文章が散文詩的なものですので、原点に戻ってみましたが如何だったでしょうか。
賛否両論はあると思いますが、動きのある文章、静かな文章、両方書ける作家になりたいです。

それではまた、お会いできる日まで。

   大鷹カズイ 拝