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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


欠落

:オープニング:

「30分だったり、1時間だったり、その期間は一定してなくて」
と、草間の前で話すのは、押せばよろりと倒れそうな線の細い少年だ。
学生服の釦を一つも外さず着こなした様子は、どこからどう見ても優等生。
興信所など無縁な雰囲気だが、やや俯いた顔は居たって真剣。
「その間、記憶は全くないんです」
どうやら、少年は時折記憶喪失になるらしい。
学校に居る筈が、ゲームセンターにいたり、友達と遊んでいる筈が、何故か突然電車に乗っていたりする。
急に人が変わったように、ふと仲間達から離れて放浪しては、本人の全く知らない、思いもよらぬ所で我に返る。
「最初は、皆心配してくれていたんですが、最近は気味悪がって……」
学校も塾も散々サボって、大層困った事になっているらしい。
「ストレスが原因じゃないかと言われて、病院にも行ったんですが収まる気配がなくて。僕は、一体何処で何をしようとしているんでしょうか……」
訴えるように草間を見た少年が、ふとポケットに手を入れる。
首を傾げて暫くゴソゴソと制服中のポケットをあさっていたが、目的の物が見付からなかったらしい。
指先に付いた糸くずを見て、少年は舌を鳴らす。
「シケてんな」
ふと、少年が呟いた。
それは、つい今まで話していた声とは全く違う、どこか勝ち気な感のある声だ。
おや、と少年を伺う草間。
その草間に、少年は言う。
「なぁ、オッサン。煙草持ってないか?」
そして、弱々しい少年とは全く違った眼で、ニヤリと笑った。


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「一応、良識ある大人としては未成年に煙草を渡すわけにはいかないんだ」
少年の鋭い目線を正面から捕らえて、草間は何でもないような顔で答える。
あなたの一体どこが良識ある大人なんですか、と後ろで様子を伺うシュライン・エマと海原みなもは思ったが、そこは口を出さない。
「大人って奴はつまんねぇよな。こっちは客だぜ?茶の一つも出ねぇのかよ」
と言われて、みなもは手に持った盆から慌ててカップを差し出す。
受け取りながら、少年は茶菓子はないのかと文句を付ける。
それは無視して、シュラインは少年の様子を暫し観察した。
鷲掴みにしたカップから行儀悪く音を立てて紅茶を啜り、空いた手で制服のボタンを外す。
尊大な態度で足を組み、深く背もたれに身を沈めた様子は、さっきの少年とは全く違う。
「あなた、名前は?」
興信所に来たとき草間に名乗っているのを聞いたが、それとは別の名を持つ存在だろうか。
「さあな」
「名無しの権兵衛さんですか?」
「そう呼びたきゃ、呼べばいいさ」
「あなたとさっきの優等生君の関係は?」
尋ねるシュラインに、少年は空になったカップを差し出す。
「あんたに教えてやる理由なんざねぇだろ、オバサン」
何気なくカップを受け取って、シュラインは一瞬絶句する。
美しく有能な26歳の自分を捕まえてオバサン呼ばわりとは一体どう言う了見だ。と、少年の頭を小突いてやりたいが、そこは良識ある大人としてにこりと笑って交わす。ただし、こっそり笑った草間には鋭い睨みを利かせて。
「悪いけどな、あんた等につき合ってられるほどこっちも暇じゃねぇんだ」
立ち上がり、草間の机から煙草を1本抜き取ると少年は扉へ向かう。
その途中、突然みなもの髪を引っ張って青い髪が珍しいのか、手の中の一房を感心したように見つめる。
「随分綺麗に染めてんなぁ。お前、早く元に戻せよ」
「染めてません。これが地毛なんです」
正真正銘、みなもの青い髪は地毛だが、少年は信じていないのか、
「碌な人間にならねぇって、周りの大人に散々言われるぜ」
と一方的に言い置いて興信所を出ていってしまった。
「うーん………」
少年の様子を面白そうに観察していた草間が、煙草に火を付けて溜息を付く。
「あの調子で優等生君の知らぬ間にどこかに行ってしまうわけね」
言葉だけでは到底信じられないような事が、目の前で実際に起こったのだから少年の言葉以上に説明がなくても状態は分かる。
「でも、分からない事だらけですね」
少年に引っ張られて乱れた髪を整えながらみなもが言う。
「二重人格ですか?にしては、病院とかで判らなかったなんて……。イニシアティブをとっているのは、“彼”の方でしょうか?」
“彼”とは勿論態度の悪い少年の方だ。
「二重人格って、実際は二重って事はなく、多重人格として数人格が現れる筈よ」
表と裏のバランスが崩れたのか。足して割れば確か丁度良さそうではあるけれど、と呟いてシュラインは草間の机に置かれた紙を取り上げる。
そこには少年の名前と住所、学校名などが書かれている。
名前こそ平々凡々としているが、住所は高級住宅街、学校は有名私立校だ。
「優等生病弱属性と不良喧嘩属性のおふたりですから、彼が“彼”を生み出したというのなら分かりますけど……、もう少しお話を聞けたら良かったですね。なぜ、生まれてきたのか、とか、何をしたいのとかを。」
「少年の様子から…勝気な方は優等生くんの行動記憶してるのね?そして目的がある…と。如何にかして、でなく、何をしてようとしているのかって優等生くんは口にしてたし、勝気くんを認識できなくても無意識化では何処か繋がってるのかな?何にせよ情報が少な過ぎるから集めないとね」
「頼めるかな?」
と草間に言われて、シュラインとみなもは頷く。
「あの優等生君に戻ったらまたここに来るでしょう?それまでに出来る限りの事を調べておくわ」


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「後を追ってみたら良かったですね」
電話の前に座ったシュラインに、みなもは言う。
“彼”の後を追えば何をしているのか、何が目的で少年と入れ替わっているのかが分かるのではないかと。
「そうねぇ。でも仕方がないわ。取り敢えず、お家の方に話しを聞いてみましょ」
「そうですね。あ、お家の方なら、いつ頃から“彼”が現れ始めたのか分かりますよね?」
「少年の知らない兄弟がいないかどうかも、聞いてみましょ」
と、シュラインは紙に書かれた番号をダイヤルする。
素行を良くし過ぎ、反動が何か形となって現れたのか、或いは少年の知らない兄弟、例えばこの世に誕生しなかった命が、少年の体に甦ろうとしているのか、はたまた全く関係のない何かが、少年の体に起きているのか。
呼び出し音の後、電話口に出たのは上品な声の持ち主だった。
シュラインは自分の名前と草間興信所の名前を告げ、少年が途方にくれ相談に来た事を伝えた。
シュラインが質問した事と、それに対する答えを横でみなもがメモする。
通話は小一時間にも及んだが、メモはほんの数枚。分かった事はごく僅かで、あまり訳に立ちそうにない事ばかりだった。
「手がかりなし、と言うかなんと言うか、薄情な母親って印象だったわね」
母親は、少年がいつ頃から“彼”と入れ替わるようになったのか、把握していない。病院に行った事など知らず、この頃息子の様子がおかしいのは少年の年齢に応じた反抗期のようなものだと思っていると言う。少年には他に兄弟姉妹はなく、ましてや少年に祟るような親戚縁者もいない。妙な言いがかりを付けるなと文句を言われた上に、未成年の遊び半分の依頼を間に受けるとは何事か、と注意までされてしまった。
「もし人格障害で、別段、このままで不都合がないようなら、無理して人格統合を行なわなくてもいいと思います。なにより、“彼”の存在意義が彼のストレスなら、自然消滅を待った方がいいですよね。」
「そうね。目的があるなら優等生君と協力したほうが良でしょうしね。優等生君が帰ってきて、また“彼”と入れ替わるようならビデオかレコーダーででも伝言残すとかして貰いましょ」
取り敢えず、出来る事と言えば少年の再訪を待つばかりである。


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翌日になって、少年が草間興信所を尋ねてきた。
昨日はすみません、と謝った後で、ポケットから小さな箱を取り出す。
「それは?」
シュラインの質問に、少年は首を傾げた。
「昨日、気が付いたらポケットに入っていました。包みを解いて中を見てみたんですが、それが」
「それが?」
みなもが続きを促すが、少年は困ったように二人に箱を差し出した。
「僕は買った記憶がないんです、でも、財布からお金がなくなっていて」
空けても良いかと尋ねると頷いたので、シュラインが包みを解く。
「わぁ……」
中から現れた箱を開き、歓声を上げたのはみなも。
「指輪……」
包みは贈答用のシンプルなものだが、貼ってあるシールは時折名前を聞く宝石店のものだ。
「僕、昨日どうやってここを出たのか、覚えていないんです。草間さんと話しをしていたところまでは覚えているんですが、その後気が付いたら、駅に立っていました。その時にはもう、これがポケットの中に」
少年は昨日、塾の月謝と興信所に支払う料金として、計5万ほどを持っていたのだと言う。
「9号……てところかしらね?」
シュラインは箱ごと持ち上げて中の指輪を眺める。
「女性用ですよね、すごくシンプル……まるでエンゲージリングみたい」
「あなた、彼女はいるの?」
シュラインの問いに、少年は首を振る。
「友達は何人かいますけど、つき合ってる子はいません。彼女がいたらいいなとは思うけど、今は別に気になる子もいないし」
つまり、女性用の指輪など買う予定も理由もない。
「えっと、いつ頃から記憶が途切れるようになったんですか?」
敢えてもう1人の“彼”の存在を告げずにみなもは尋ねる。
「1ヶ月半くらい前だと思います。最初はそんなに長い時間じゃなくて、ほんの数秒って感じでした。だから、ちょっとぼーっとしていたのかとか、居眠りしたのかくらいしか思わなかったんです」
日がたつに連れて記憶を失う時間は少しずつ長くなり、最短で30分程度、最高で半日程度、少年は全く自分の行動を把握出来ないと言う。
「1ヶ月半前に、あなたはどんな事をしてたの?何か、普段と変わった事ってなかったかしら?」
1ヶ月半前に、何かしらきっかけがあったのではないかとシュラインは思う。
「えっと……、別にこれと言っては……、あ、でも」
「でも?」
「学校の遠足で、公園へ行きました。名前は忘れましたが、大きな池のあるところで。そこで、女の人を助けました」
女性を助けた、と言う言葉にシュラインとみなもはすぐに反応した。
「女の人?どうしてですか?」
「妊婦さんだったんです。池の柵に寄りかかっていて、バランスを崩して落ちかけたと思ったんです。でも、助けたら突然泣き出して、話しを聞いたら死のうと思ってたと言っていました。気にはなったんですが、集合時間で僕、急いでいたし、自殺しようとしてたなんて言われてもどうしやら良いかわからないから、元気出してくださいって言って、それだけなんですけど」
自殺しかけた妊婦と指輪。突然現れる別の人格。
シュラインとみなもは顔を見合わせた。
無言で、これは人格障害ではないと確信し合う。
「昨日、気が付いたら駅に居たって言ったけど、それはどこの駅?」
少年の答えた駅は、家とは全く逆方向だ。
「妊婦さんの左の薬指に指輪があったかどうか、覚えていませんか?」
「そこまでは……顔もちょっと見ただけで、若い人だなってくらいしか覚えてません」
「若いって、どれくらい?」
と問われて、少年はシュラインとみなもを見比べる。
そしてふと俯いて、頬を掻いた。
「オバサンよか下だよ。19さ」
「あ」
みなもが短い声を上げる。
「なんだ、今日はあのオッサンはいねぇのか」
ニヤリと笑って、少年は顔を上げる。
素晴らしい変わり身の早さ。
「出たわね、勝気くん」
「それ、返して貰おうか。オバサンにやるために買ったんじゃねえ」
「買ったと言っても優等生君のお金なんだから、あなたのものじゃないわ」
「金は天下の回り物って言うだろ。堅い事言うなよオバサン」
何か違うような気がするが。
「あなたは一体、何者なんですか?」
少年は答えず、シュラインの手から指輪の箱を奪う。
「あ」
取り戻そうと手を伸ばしたが、遅い。
少年は机を蹴飛ばして興信所を飛び出す。
「追い掛けて!早く!」
「はいっ!」
蹴飛ばされた机を見事腰に受けてよろめきながら、シュラインが叫ぶ。
みなもは少年の後を追って興信所を飛び出した。


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「ごめんなさい、見失いました」
と、シュラインの携帯に連絡が入ったのはそれから30分後。
指輪を持った“彼”の足は速く、途中追いつきかけたものの、ほんの僅か、信号に気を取られた間に見失ってしまった、とみなもは肩で息をしながら言った。
“彼”を見失ったのは、昨日少年が気付いたら立っていたと言う駅から西に少し進んだ大通り。
みなもから少し遅れて興信所を出たシュラインは、恐らく“彼”が昨日の駅に向かうだろうと予想して同じ駅に到着したところだった。
「どうしましょう、一旦駅に戻りましょうか」
「私がそっちに行くわ。少し待ってて頂戴」
と、電話を切ってシュラインはみなもの待つ場所へと走る。


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「そこの信号で、分からなくなってしまいました。横断して真っ直ぐ行ったのか、曲がったのか……」
合流した交差点で、シュラインとみなもは道路を見渡す。
「病院のある方って、どっちかしら……」
「え、病院ですか?シュラインさん、どうかしたんですか?」
机の直撃を受けた腰がどうかしたのだろうかと、みなもが気遣わしげに見る。
「私じゃないわよ。ほら、あの優等生君、妊婦を助けたって言ってたでしょ?この辺に住宅街って少ないから、病院から回った方が早いんじゃないかしら」
「産婦人科か、総合病院ですよね。あ、総合病院なら、少し行った処にありますよ。そこから行ってみますか?」
“彼”は、指輪を渡しに行ったのではないか、とシュラインは言う。
「優等生君の体を借りて、ですか。と言う事は、“彼”は既に亡くなってる?」
「或いは、どうしても自分では身動き取れない状況にあるか……」
どちらかと言えば、前者の可能性か高いか。
病院の案内板で婦人科の病棟を確認して、2人はエレベーターに乗り込む。
「もう一つの人格じゃなくて、取り憑いていたんですね」
「きっかけは…やっぱり池で妊婦を助けた事かしら?」
自殺を図ろうとした“彼”の彼女。それを助けた少年。
少年の体を借りて、“彼”はもう一度彼女に会いたかったのかも知れない。
「シュラインさん、あそこ……」
エレベーターを降りると、廊下。廊下の左右にそれぞれ病室がある。
突き当たりに近い右側の病室の前に、少年の姿があった。
壁に手をやり、表札のあたりをゆっくりと撫でる。
そして、近付いたシュラインとみなもにゆっくりと笑って見せた。
「見付かっちまったか」
「彼女に会いに来たの?」
シュラインの問いに、“彼”は頷く。
「馬鹿だからさ、コイツに助けて貰った後も何度か自殺しかけてさ」
と、“彼”は体を指さす。
「腹ン中のガキ共々生死を彷徨ってたのさ。もう随分良くなったみたいだけどな」
“彼”は表札の名前を指先でゆっくり撫でる。
「コイツにどうこうしようってつもりはねえんだ。俺は、届けられなかった指輪をどうしても届けたかった」
結婚の約束をして、指輪を買って、役所で貰った婚姻届を持って帰る途中、事故に遭ってしまったのだと“彼”は言う。
「お約束の間抜けなパターンだよな。俺もつくづく自分に嫌気がさしたぜ」
“彼”は、自分の死後嘆き続ける彼女の姿を見ていた。
自分の死を悲しみ、大きなお腹を抱えて不安に暮れ、死んでしまおうとする彼女を、ずっと見ていた。
「コイツの中に、どうして入れたのか俺には分からねぇけどな、チャンスは生かすもんだろ?」
事故の時に無くなってしまった指輪を探して暫く歩き回った。
だけど、見付からない。四六時中自分が支配出来る訳ではないから働いて新しく買う事も出来ない。
だから少年の5万円で、指輪を買った。
「悪いとは思ったけどな。これさえ渡せば、俺はもうコイツから離れる。大人しく成仏するよ。だから、見逃してくれ。もう、時間がないんだ」
少しずつ、少年を支配する力が薄れてきているらしい。
頼む、と頭を下げる“彼”に、シュラインとみなもは一瞬顔を見合わせてから頷いた。
「悪ぃな」
“彼”はゆっくりと扉を開いた。
中には、ベッドに横たわる女性の姿。
“彼”はポケットから取り出した箱を開いてサイドボードに置き、瞼を閉じた彼女の目に、ゆっくりとキスをする。
「俺の子供と、頑張って生きろよ。ずっと、見守ってるから」
優しい声。
“彼”が心から伝えたかった言葉を、シュラインは聞いた。

「愛してる」


end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
0086/シュライン・エマ /女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1252 /海原・みなも  /女/13/中学生  

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■         ライター通信          ■
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この頃毎日喘息を出してる佳楽季生です、こんにちは。
ご利用頂けて本当に嬉しいです。有り難う御座います。
力不足な為、お二人だけのお話になってしまって申し訳ありません。
もう、ほんのちょっとでも楽しかったと思って頂けたら嬉しい限りなのですが、
如何でしょうか。小心者なので毎日ビクビクしています。
ところで、久し振りに焼きそばUFOを食べました。
「ごちソース」が「いちごソース」に見えてどんな味なんだ!?とちょっと怯
えました。自分の馬鹿さ加減につくづく呆れる今日この頃であります。
馬鹿でへっぽこで取るところがないですが(涙)またお目にかかれたら幸いです。

シュライン・エマ様
不良少年の方に、何度もオバサン呼ばわりさせてしまってすみません(大汗)
腰まで強打させてしまって。行儀の悪い少年で申し訳ありません。
そして何時もご利用下さって、本当に有り難う御座います。