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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


カガミワタリ

*オープニング*

 雑多な音に溢れたアトラス編集部内。
 5月とは思えない熱気に満ちた街中を歩き回り、ようやくの思いで取材を終えた三下の机の上には、まるで追い討ちをかけるかのように投書のハガキと封書が束となって積まれていた。
 半ば呆然としながら、三下は重いカバンを床に下ろし、その小さな山を指差した。
「あの、これは一体……」
 力ない声で発せられた質問の先には、悠然とデスクに構える麗香の姿が。
「次の取材」
 彼女の返答はたった一言。それ以後の一切の説明は期待できないことを悟った三下は、虚脱感を覚えながらも、緩慢な動作でそれらを手に取った。
 いくつかの投書に目を通していくうち、それらの中身が同じ内容を示していることに気付く。

 期間を限定して展開されている、郊外の移動遊園地。そこで囁かれるひとつの噂。日没後に現れるミラーハウスの不穏な影。
 鏡から鏡へと渡る『黒い服の少女』。
 映るはずのない、実体を持たない、鏡の中だけに存在する『彼女』。
 笑い声を聞いた。
 名を呼ばれた。
 化け物を従えていた。
 知人が攫われた。
 お菓子を渡された。
 願いを叶えてくれた。 

 他愛のないものから深刻なものまで。内容の信憑性のほどは定かではない。だが、それを差し引いたとしても、三下には少女の存在意図がうまく読み取れなかった。
 彼女は何を目的としているのだろう。
 一方で人を攫い、一方で願いを叶える。
 ただ声を発するだけで、それ以上の関わりを持たない時もある。
 途方にくれた顔で立ち尽くす。
 判然としないままに、自分はここへ出向くのだろうか。
「これから、ですよね……?」
「今から行けば丁度いい時間でしょ?」 
 三下の方など見向きもしないまま、麗香は答える。
「ただ、そうね……三下くんにはここで別の仕事をしてもらった方がいいかもしれないわ」
 そこでようやく、彼女は顔を上げた。
「貴方のこの原稿、あまりの出来だから」
 麗香はコツコツと机の上の用紙を指で叩く。
 冷たく突き刺さる視線。
 わずかな間、訪れる沈黙。
「行ってくれる人、探してきます……」
 再び重たいカバンを抱え、三下はよろよろと編集部を後にした。


*声ヲ聞イテ*

「わあ、ようやくついたぁ」
 バスに揺られること1時間45分。
 華奢な体に見合わぬ大きな籐編のバスケットを携え、海原みあおは、乗降口のステップから軽く跳ねて降り立った。
ライトアップされた入場ゲートを見上げると、肩の上でさらりと髪が揺れる。
 白いキャミソール・ワンピースに薄手のカーディガンを羽織った、銀の色彩を持つ少女。
 麗香に原稿のリテイクを言い渡された三下の代わりを買って出たのは、13歳の小学生であった。
 たまたま編集部に遊びに来ていた彼女は、好奇心の指し示すままに調査依頼を引き受けたのである。
「なんたって『げんばひゃっぺん』って言うもんね!」
 事前の情報収集は、三下に見せてもらったあの投書の山だけである。
「友達になってくれたりするかな? 遊んでくれるかな?」
 どんな子なのか、何がしたいのか、正体は何なのか。鏡と少女の関連性はなんなのか。
 いくつも湧き上がる疑問符とふくらむ期待。
 聞き込みやネット関係での情報収集なんてつまらない。
 とにかく自分で現場を確かめたい。噂の彼女に直接触れ合ってみたい。そんな衝動を抑えられなかった。
 そんなみあおの思いは、そのままお菓子やジュースの形となって籐のバスケットに詰め込まれた。
「頑張るぞー、オー!」
 一人気合を入れて、陽の落ちた遊園地の入場ゲートを越える。
 
 電飾に彩られたいくつものテント。くるくるとまわるコーヒーカップ。メリーゴーランド。移動を考慮されているためだろう、大掛かりな遊具は見当たらない。全体的にこじんまりとした印象を与える園内。まばらな人影。それらの間をすり抜け、みあおは件のミラーハウスへ。
「ようこそ、鏡迷宮へ。素敵な時間をお過ごしください」
 自分の前で、カップルが一組、中へと消えていくのが見えた。
 後を追うようにして、チケットを係員に差し出すと、イミテーションの宝石で彩られた鏡の迷宮へ足を踏み入れた。

 視線を巡らせれば、あらゆる角度から映し出される無数のみあおも一斉にそれを真似る。
 引き伸ばされ、あるいは押し潰された虚像群。奇妙に捩れた映像の断片。鏡とガラスが織り成す幻想は、幾重にもかさねた照明を拡散させ、独特の世界を生み出していた。
「あの子ってどこにいるのかな……誰にでも見えるものなのかな」
 人が二人並んで歩くには狭い通路を、みあおは慎重に進んでいく。
 時折バスケットを逆の腕に持ち替えながら、目を凝らし、耳を澄ませ、臨む。噂の影と接触できる機会を逃したりしないように。
「呼んだらあの子、出て来てくれるのかな?」
 唇に指を添え、小鳥のように首を傾げる。
(……………………誰カ)
「!?」
 みあおの聴覚がかすかな音を拾う。ごく短いな思考の断片。反射的に振り返る。
 視界の端をすり抜ける、黒い影。
「待って!」
 待ち望んでいた瞬間。逃してはいけない。
「みあお、キミに会いに来たの!」
 ワンピースの裾を翻し、みあおは駆け出した。
 別のところから上がる突然の悲鳴。反響。正確な位置は掴めない。
(オ願イ 聞イテ)
(ネエ オ菓子ヲ アゲル)
(ダカラ ネェ 聞イテ)(聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ)
(誰カ)(誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ誰カ)
「化け物が出た」「黒い影が横切った」「襲われそうになった」
 混乱状態に陥ったものたちが口々に叫ぶ『目撃証言』。
 だが、影の発する音を、その中の誰も言葉としては認識しない。
 声を上げる客たちを押しのけ、それを辿りながら、彼女の影を追いかける。
(見ツケテ)
 囁き。闇に溶け、消え入りそうにか細いけれど、語りかけてくる。
 右。左。右。もう一度右。
「見つけてあげる! みあおが見つけてあげるから!」
 みあおの視界を掠めて、黒い影は迷宮の奥へと向かう。
(見ツケテ)
 鏡。ガラス。鏡。もう一度鏡。
(…………………見ツケテ……)
 少女の囁き。
(私ヲ)

***

 編集部では、三下が不器用ながらもパソコンによって情報収集を行っていた。
 出発前にみあおに言い渡されたものである。
 ディスプレイに展開される、いくつものウィンドゥ。机には寄せられた投書が日付順に並べられている。
 なお、彼のリテイク原稿は今、麗香の元に行っている。その時間を利用しての作業だった。
 移動遊園地に彼女が現れるようになったのは丁度一月前。
 その時期と前後して、ここでは鏡の嵌め替えが行われている。深夜忍び込んだ何者かがミラーハウスの鏡を叩き割っていったのだ。悪質なイタズラとして被害届けも出されているが、犯人は今のところ上がっていないらしい。
「ということは……もしかしてこれと関係があるんだろうか?」
 思案する素振りで画面を見つめる。
 黒い服の少女は鏡とともにやってきた。
 だが、三下がさらに情報を得ようとマウスに手を伸ばしたところで、麗香の冷たく砥がれた声が飛ぶ。静かな怒気が含まれた呼び出し。
「は、はいぃいぃ」
 慌てて席を立つ。机の角に身体をあちこちぶつけながら、麗香の元へと急ぐ。
 そして彼は真実をひとつ取りこぼす。
 重なり合うウィンドゥの中、ホームページのコンテンツに載せられた小さな記事。伝えられるのは、13歳の少女の失踪。別のコンテンツでは、連続少女殺害事件が取り上げられている。どちらも目撃情報を呼びかけるための、微細なデータの提示がなされていた。
 もしその記事をクリックしていたら、そしてもし、これらを結び付け、思考を掘り下げるだけの猶予を三下に与えられていたとしたら、彼もまた真相に近づけたのかもしれない。

***

 時折通路とガラスの境界を見誤り、腕や肩、バスケットを各所にぶつけながらも、みあおは懸命に追跡する。
 可聴域ぎりぎりのところで『誰か』を呼ぶ声。
 救われたいと足掻く、悲痛な叫び。
「!?」 
 唐突に視界が開けた。
 薄闇に慣れた目に、飛び込んでくる、不意の照明。迷宮の中の小さな広場。
 まぶしさに、一瞬目がくらむ。
「追いついた!」
 思わず声を上げて駆け寄る。
 みあおの姿があるべき場所に、少女が独り、佇んでいる。
 無数の虚像の只中で、彼女だけがどこにも反射していない。
 今まで黒い影としてしか認識できなかった少女は、そこでだけ、確かな存在感を持っていた。
「ようやく、見つけた」
 声を掛けながら、弾む息を整え、みあおはそろそろと彼女の元へ。
 彼女がまた、どこかへ逃げてしまわないことを祈りながら、必死に語りかける。
「あのね、みあお、君に会いに来たの。どうしてここにいるのかとか、何でこういうことしてるのかなとか、いっぱい聞きたいことがあって。ええと、あとね、仲良くなりたくて、お菓子もいっぱい持ってきたの」
 そうして抱えていたバスケットを彼女の目線まで持ち上げる。無数のみあおも一斉に動く。
「ここまで来たよ?」
 一歩、また一歩。そしてみあおはようやく、彼女の元へと辿りつく。
 間近で見た彼女の纏うワンピースは、黒く濡れているようだった。
(出シテ……)
 光を失った黒曜石の瞳が、鏡の向こうでかすかに揺らぐ。
 縋るように、ヒトの熱を持たない石膏のような手が、自分に向けて伸ばされる。
(私ノ声ヲ 聞イテ……)(聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ聞イテ)
 断片的な言葉が、頭の中でリフレインする。
「いいよ。みあお、聞いてあげる」
 同じ仕草で、みあおも右の手を伸ばす。
 二人の指先が、鏡を隔てて触れた瞬間、視界が弾けた。
 突き抜けていく、一瞬のフラッシュバック。

 帰り道。暗闇。不意に掴まれた腕。身動きの出来ないままに見上げた白い光。手術台。(きみはうまれかわったんだよ)翼。滴る血。見知らぬ人間。見知らぬ自分。

 網膜の裏で踊る過去の幻影。みあお自身の痛みの記憶。
 同時に起こる反響。共鳴。同調。衝撃。光と虚像と音が溢れる。
 意識が唐突に闇の底へと一気に引き落とされた。

 遠くの闇から聞こえる足音。息遣い。(コワイ)黒い大きな影。振り返る。外灯の下で閃くもの。暗い殺意にぎらついた両の目と、冷たい白刃。(おじょうちゃん)肉食獣の口元が歪む。(ダレ)凍りつく。腕を掴まれ(ヤメテ)悲鳴を上げて振り払う。草叢を掻き分け、必死に足を縺れさせながら(ナニナニナニ)懸命に走る。(ヤメテヤメテ)足が縺れ(コワイコワイコワイ)バランスが崩れる。持ち直し、また逃げようとするその背に、灼け付く痛みが斜めに走った。衝撃。(イタイ)地面に倒れ付す。(イタイイタイナニイタイコワイイタイ)も一度立ち上がろうともがく。(にげるなよ)髪を掴まれ、後ろへと引き摺り倒される。(イヤイヤイヤ)のしかかる黒い影。手足をばたつかせ、必死にもがく。(おれとあそぼう)凶器が閃く。
(キャァアァァ…ッ……ッ)

「きゃぁあぁぁ…っ……っ」
 時を越え、彼女と重なり合い、みあおの喉から引き裂くような鋭い悲鳴が突き上げる。
 呼応して、砕け散る鏡たち。チカラが波及する。破壊音が周囲に広がっていく。
 いくつもの破片が宙を舞い、乱反射を繰り返しながら地へと落下する。
「……あ、ああ……ぁ……」
 それを追う様にして、みあおの意識もまた現実世界に焦点が戻る。
 過去に同調し、引きずり込まれた再現体験。
 乱れた呼吸と動悸はなかなか治まらなかった。
 だが、全身を切り裂く痛みが次第に遠退いていく。
 あれほどの衝撃を受けながら、みあおの身体は無傷を保たれていた。
 自分の身体であることを確かめるように僅かに動かした指先に、バスケットからばら撒かれたお菓子が触れる。
 何かが自分の首に絡み、覆いかぶさっているせいで、視界は狭く、思うようには動けない。
「……?」
 自分の動きを封じているものをなんとか確認しようと、身体を捻り、床の散らばるお菓子と破片を避け、床に手をつきいて上体を起こす。
 自由意思を持たないそれは、重力に従って彼女の身体をずり落ち、膝で止まる。
「あ……」
 彼女だ……変わり果ててはいるけれど、直感する。
「……よかった」
 そう呟く声に被さって、まったく別のところから上がる悲鳴。
「なんなんだよ」「おい、やばいって」「死体だ!」「女の子が」「警察を呼べ」「誰か」
 いつの間にこれほどの人間が集まっていたのだろう。
 みあおを取り巻き、そしてみあおを置き去りにして、彼らの言葉は、非日常を日常へと恒常性にのっとり正していく。
 騒ぎに駆けつけた警備員や集まってきた客たちの喧騒をどこか遠くに聞きながら、みあおは、自分の膝にうつ伏した少女の骸へと手を伸ばす。
「……もう、怖くないからね」
 半ば白骨化した頬に掛かる長い髪をそっと撫でつけ、彼女にだけ届く声で優しく語り掛ける。
 その姿に嫌悪も恐怖も感じなかった。
 自分はこの子を出してあげることが出来た。
 彼女はもう鏡を渡り、誰かを呼ばなくてもよくなったのだ。
 安堵にも似た思いを胸に、みあおはずっと彼女の乾いた髪を撫で付けていた。
「みあおが見つけてあげたから、もう大丈夫だよ……」


 そして、遊園地の怪異は幕を閉じる。
 ここから先で起こることはすべて、『ヒトの領域』の範疇である――――――



END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1415/海原・みあお/女性/13/小学生】

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。
海原みあお様、はじめまして、こんにちは。新米ライターの高槻ひかるです。
この度は当依頼へのご参加、まことに有難うございました。
OMCでの初仕事となった今回ですが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただければ幸いです。