コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


整理整頓はこまめにしましょう

■オープニング■

 ずず、と同時にコーヒーを啜るふたりの男女。
 場所は月刊アトラス編集部の隅。お湯の入ったポットやら何やら…その辺のもの常備の休憩所。
 ふたりはカップから口を離すと、幸せそうに息を吐き、カップをことんとテーブルに置く。
 それすらもほぼ同時。
「美味しいですね」
「ええ本当に」
 白々しくも艶やかな笑みを浮かべたふたりはどちらからともなく茶菓子に指を伸ばす。
 嬉しそうに――それも男の方、カトリックの黒い僧衣を纏った金髪の美丈夫は心底嬉しそうに――ザラメ砂糖をまぶしたクッキーをもくもくと頬張っている。
 にこにことそれを見ているのは女の方、顔色は悪いがその目鼻立ちは上々の貴婦人。但し、プレーンなクッキーを噛み砕くその開いた唇からは先端がやけに尖っている牙の如き乱杭歯が時折覗く。
 …長閑に茶をしばいていた僧衣を着込んだ金髪の美丈夫ことユリウス・アレッサンドロに顔色の悪い妙齢の貴婦人ことエル・レイは、次には同時にはぁと溜息を吐いていた。
 編集長がいい加減見咎める。
 ずっと何か言おう言おうとは思っていたのだ。…このクソ忙しいところに何を暇そうに居座っているこのふたりは。しかも揃って人外魔境。前者は齢27にしての枢機卿兼公式エクソシスト、後者は正体不明の女吸血鬼だ。…そもそも仲良く茶など飲んでいられる間柄なのだろうかとの疑問まで浮かぶ。
「…茶を呑むだけなら草間のとこにでも行きなさいな」
「…いやそれは気の毒でしょう」
「…あそこは清貧が旨のユリウスのとこより各段にぎりぎりの生活してるものねえ」
 編集長――碇麗香は頭が痛くなったようにがくりと額を押さえる。
「あんたたち本っ当にそれだけの為に来た訳?」
「いいえそんな訳無いじゃないですか。ちゃあんと用はありますよ。ですがなかなか切り出せないじゃないですか。ここまで急がしそうにされていてはね」
「あ、そ。わかってるんじゃない」
「だからこうやってのんびりコーヒーなど頂きつつ、お待ちしている訳なんですよ」
「残念ながら待っていても手が空くとは思えないんだけど。今日は」
「そうですか…残念です。本の整理、手伝って頂こうと思ったんですが」
「は?」
 何を寝言言ってるこの神父。…部内のこの忙殺振りが見えないと言うのか。
「整理って言うよりね、本の山の中に仕舞い忘れた一冊を探してるらしいのよこの神父様」
 麗香が思ったところでエルが説明を付け加える。
 それで少しだけ理解を得た。
「…ええその通りなんですが。ひとりでやるにはどうにも…量が多過ぎましてね」
 だがやっぱりそれだけでは納得行かない。
「もっとぶっちゃけるとカバラ系の文献漁りになるんだけど。見るからに異教臭いから身内の方には頼めないんですって。だから私みたいなのが相談に乗ってる訳だけど」
 再び当然のようにエルが付け加える。
 …いや、そもそも何故女吸血鬼が神父の話す事柄の解説をしているんだ。
「……ここにそんな人員が余ってると思う? それこそ草間にでも頼んだ方が賢明よ」
「はは。こちらの人手が余ってるとは私も思いませんよ。ですが、手伝って頂けるなら、いい記事のネタも提供できると思うんですけれど」
 さりげなく付け加えられた言葉に麗香の耳はぴくりと反応する。
 ――いい記事のネタ。
「………………本当かしら神父様?」
「無論、情報提供者の素性を隠しておいて下さるのならば、と注釈は付きますが。だから草間さんのところじゃなく、まずこちらに伺ったんですけどね」
「そのくらいなら約束するわよ。本当にいい記事になるんだったらね」
「…さて、どうでしょうかね…?」


■その後〜編集部内にて■

 と、編集部の入り口からちょこんと顔を覗かせていたのは青い髪と瞳の優しそうな女の子。
 休憩所に居座っているユリウスとエルにぺこんと会釈する。
「こんにちは」
「ああ、みなもさんじゃないですか。こんにちは。今日も良い日よりですね♪」
「あらどうしたの、こんなところに?」
「えーと、盗み聞きするつもりじゃなかったんですけれど、聞こえちゃいまして」
 言いながら女の子――海原(うなばら)みなもは編集部に入ってふたりの前に来る。
「人手を頼みたいんですよね? 本の整理をしたいとか」
「ええそうなんですよ。…あ、みなもさん手伝って下さいますか!?」
「ユリウス伯爵にはお世話になっておりますから、是非に。…シスターの麗花(れいか)さんにもお会いしたいですし!」
「…えー、とあの、すみません。今回はシスター・麗花には内緒なんですよ」
「そうなんですか?」
「物が物なんで、隠しておいた方が無難かな、と」
「はぁ…そうなんですか」
 みなもは少々残念そうにしょげる。
 と、そこに。
「あの、よろしいでしょうか?」
 春物の和服姿の美少女が恐る恐る声を掛けて来た。
 エルがすぐに気付く。
「あらお久しぶり。撫子(なでしこ)さんじゃない」
「はい。御無沙汰しております。その節は楽しいひとときを有難う御座いました」
「こちらこそ。美味しい桜餅のお店教えてくれて有難うね?」
「いいえ。気に入って頂けたのなら嬉しい限りですわ」
「お久しぶりです天薙(あまなぎ)さん。こんにちは」
「まあ、海原様じゃないですか。お久しぶりです」
「…あの、エルさんにみなもさん、そちらは」
 依頼人当人そっちのけで和服美少女と和む面子に、ユリウスはそろそろと問いかける。
「ああ、申し遅れましたわたくしは天薙撫子と申します。そちらの神父様にはお初にお目に掛かります。以後宜しくお願い致しますね」
 そして深々と頭を下げる。
「いや、丁寧な挨拶を有難う御座います。私はユリウス・アレッサンドロと申します。どうぞ宜しく」
「…で、あの…わたくしにも聞こえてしまったんですが、何やら人手を頼みたいとのお話ではありませんでしたか?」
「ええ、そうなんですよ。『二つ目』の書斎で紛れてしまった本を一冊探しておりまして…ついでに何処に何を置いたかわからなくなってきちゃってまして、整理なども頼みたいなあと…」
「なぁんか異端ぽい文献ばっかりだから身内には頼めない、とお困りなのよね枢機卿猊下?」
「異端?」
「そ。殆どカバラ系の文献らしいのよ」
「まあ。宜しければわたくしも御手伝い致します」
「あら本当?」
「実はわたくし、大学では民族伝承関連を専攻しておりまして…多少畑違いではありますが、恥ずかしながらそう言ったものにも興味があるんです。探す合間にでも…閲覧させて頂けたら嬉しいのですが」
「なんですかそんな事ならお安い御用ですよ。どうぞお好きなように見てやって下さい。…同志さんの存在は嬉しい限りです!」
 言いながら、撫子の空いている右手を取りぶんぶんと握手をするユリウス。
 何やら菓子らしい小さな風呂敷包みで塞がっている左手にも唐突に興味が行った。
「…ところでこれは?」
 指差し、少々期待しながら問う。
「お土産のおはぎです。手製なのですが」
「おはぎ…ですか」
 撫子の答えに凍り付くユリウス。
「? どうなさいました? ひょっとしてお嫌いでしたか!?」
「も…申し訳ありません…私、甘い物は大好物なのですが…小豆餡だけは…」
 しゅん、と叱られた犬の如く耳を垂らす枢機卿。
 …威厳もへったくれもありゃしない。
「罰当たりな事言うわねえこの神父。撫子さんのお手製なんて、美味しいでしょうに?」
「…エル様」
「あんたが要らないんじゃ私が全部もらっちゃうわよ? …無理に食わせたらおはぎの方がかわいそうだしね」
 ぽん、と撫子の肩を叩きつつ、ユリウスに人が悪い笑みを向けるエル。
「どーぞそうしてやって下さい…」
 心なしか目が潤んでいるユリウス。…そこまで嫌か。
「…そんながっくりしないで下さい伯爵。あたしが伯爵の好きそうな物も色々用意してきますから、ね? それに折角お手伝いするのにこの格好じゃ何ですし、ちょっと待っていて下さい!」
 何を思い立ったか突然言い残し、みなもは走って編集部を去って行く。

■■■

 突発的なそれを見送り暫し後。
「えーとですね、女の子にばかりと言うのもちょっと気の毒なんですが…」
 …ほら本なので、重いですし。
「じゃ、本に興味ありそうな男手にも連絡付けてあげるわよ」
「本当ですか!? いやあさすが碇編集長♪」
「…但し『取材になりそうなネタ』の方、忘れない事」
「そりゃ勿論ですよ! 頼りにしてやって下さい♪」
 いまいち信用ならない安請合い。
 編集長は不安に思いながらも受話器を取り、ぴぽぱぽボタンをプッシュし始めた。

■■■

 暫し話して、がちゃりと受話器を下ろす。
「大学教授がひとり捕まったわ。カバラだって言ったら凄く乗り気。すぐ来るって。それから彼がね、ちょうど適任な司書が居るから連れて行くって」
「そうですか! それは有難いです!」
 編集長の御言葉に心底嬉しそうな顔をしつつ、ユリウスは何杯砂糖を入れたかわからないようなコーヒーを飲み干していた。
 と、ちょうどその時。
「お待たせしましたっ!」
 たったったっと編集部に掛け込んで来たのは、実用性重視型のメイド服――曰く、姉から借りた物らしい――姿になったみなも。
 その手には何やらどっさりと別の荷物も持っている。…多分、菓子。
「じゃ、大学教授さんと司書さんが来るのを待ってから、参りましょう」
 ぱん、と手を叩き、嬉しそうにユリウスは纏める。
 その様を眺め編集長はほっと息を吐いた。
 漸くこのふたりを編集部から追い払える…。


■幻滅〜そして結局■

 思ったよりたくさん集まりましたねえ〜、と、のほほんと笑っていたのはユリウス。
 実はかなり駄目元でアトラスに伺ってみたんですが、と続く。
 場所は彼の住まいの教会敷地内。…但し、普段寝泊りしているところや、教会の建物とは別の場所。
 …曰く、何故か地下である…らしい。
「えーと、こちらです」
 何やら魔法陣が書いてある胡散臭い鉄製のドアを開け、ユリウスは折り畳みの階段を部屋に下ろした。

■■■

 停止。
 一同の目の前にあったのは、うずたかく積み上げられた書物の山。そしてその上に、薄らと、どころでなく溜まっている埃。部屋の隅には蜘蛛の巣が。最近動かしたと思しき、瀟洒なテーブル上にあるごく一部の書物くらいが唯一の例外。
 天井まで届きそうな大きな本棚に囲まれた部屋ではあるが、その肝心の本棚の方は隙間だらけである。
 …そして時々、あまり見掛けぬ正体不明な虫さえも床を通りがかったり。
「…今?」
「…何か、居ましたかしら?」
 反射的に引くみなもと撫子。
「仕方無いでしょ。ここまで散らかってちゃ、ね。…ゴキブリじゃないだけマシと思いましょ」
 あっさりと認めるエル。…やはり大物フリークスなのか。…いやそれはどうでも良い話。
「マシってあの…『それ』が居る可能性は…」
「書斎と言う事だし、食べ物が無ければ大丈夫じゃないかね? ここは地下だろう」
 安心させようとしてか、引いているお嬢様方に対し口を挟む、碇編集長が伝手を付けて来た文化人類学の大学教授こと桐生(きりゅう)アンリ…ではなく本人の希望によれば、ヘンリー。
「だけどユリウスって年がら年中甘いもの食べてるから…ここに食べ物が無いとも限らないような…」
 あっさりぶち壊すエル。
「――」
 俄かに青褪めるお嬢様方。
「…居ない事を祈りましょう」
 覚悟を決めて纏める、撫子。
「…ところでこれってジャンル別とあいうえお順…と言うかアルファベット順かな? どっちで分けたら良いのかしらね?」
 虫の一匹で騒ぐ面子を余所に、思わずと言った様子でぽつりと呟く綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)。
 …さすが現役・都立図書館司書。
 気になるのはそちらが先らしい。
 と。
「…っきゃああああああぁぁああっ!!!」
 悲鳴が。
 折り畳みの階段を降りて来たその地点、入り口の――ところで。
 グレーの修道衣を纏っていたひとりのシスターが、一同の後ろから地下室の内部を覗いて卒倒し掛かっていた。
 そしてその叫びを受けてか、もうひとつ元気そうな男の声が追ってくる。
「…どうしたのシスター・麗花? って、えええええぇっ!?」
 続いて折り畳みの階段を降りて来たのは、先に現れたシスターと同年代と思しき、ユリウスと同じ形の僧衣を纏った背の高い神父――ヨハネ・ミケーレ。
 ふたり共に、地下の惨状を見て、絶叫。
「「いったいこの惨状は何なんですかあああああっ!!!」」

 …結局、身内にもバレた。


■何はともあれ片付けましょう■

 だが、幸か不幸か『それは異端なのでは』と言う話より先に、『部屋の散らかりよう』にシスターこと星月(ほしづく)麗花はキレていた。
 そしてもうひとりの身内ことヨハネの方は――その埃に絶叫したことはしたのだが、実はお宝のような蔵書の山にどちらかと言うと…青い瞳をきらきらと光らせている。
 ふたりの姿を見てユリウスは一旦冷汗をかいたが、上の方にバレなければいいか、と誰にも気付かれぬ内に即座に状況を取り繕う。
「…ああヨハネ君に麗花さん。良かったらここの本の整理…と言うかお掃除手伝ってくれませんかね?」
「っ言われなくてもこれを片付けずにいられますかっ!!」
 凄い剣幕でユリウスに詰め寄る麗花。
「そ、それは有難う御座います…それから探している本も一冊あるんですが…それも、頼めますかね?」
 …この時点で何やら気迫負けしている。

■■■

「…ちなみにですね、探している本なんですが、表紙は黒い皮で――大きさは…ちょうどこの本くらいです」
 言ってユリウスは手近に落ちていた一冊を拾う。それは当て嵌めるならA5サイズ程と言える、『七十人訳聖書』のかなり古い写本。
「…ぱっと見たところ…そんな感じの本、一番多いわね?」
 ふぅ、と溜息を吐きつつ汐耶は言う。
「だから紛れてる訳よ。ほら、これだってこれだって、そうだし」
 ひょいひょいと近場に落ちていた本――『創世記』に『民数記』の写本――を取り上げ、エルは言う。
 同じくらいの大きさの、黒皮の表紙の、本。
 …と、言うか聖書が平気なのか女吸血鬼。
「実はここにある本、基本的に原本よりも…私や知人が手ずから写したり訳した本が多いんですよ。だから装丁が皆似てきてしまう訳でもありまして…」
「じゃあひょっとして探しているって本も、自分たちで写した本って事なのかしら?」
 薄手の白手袋をはめながら汐耶が確認する。
 ユリウスは肩を竦めた。
「実はそうなんです。一応タルムード――口伝で伝えられた聖書解釈でユダヤ教師の言行録みたいなものを編纂した書物です――の形をとってはいるんですが」


■盛り上がって参りました/海原みなも■

「ひとつ確認します。これらの本を実際に使用するのはこのテーブルで、ですよね? じゃあ…使用頻度の高い物から近くの本棚に置いた方がいいですね。具体的にどの本を良くお読みになるのか伺ってもいいかしら」
 大雑把に見渡し、汐耶が問う。
「えーと、それはですね」
「おおおユリウス神父、これは」
 それを余所に、わくわくしながら真っ先に書物の山に挑み、ぱらぱらとページをめくって行くヘンリーもとい桐生。
「はい? あ、その辺りに積んであるのはカバラとしては基本的なものが多いですね。それは『光明の書』に『光輝の書』。向こうは…『秘法開顕』、辺りでしょうか」
「へぇ…何だか興味深そうな書物ですね!」
 俄かに喜ぶユリウスの弟子ひとり。
「そうですか? じゃあはじめからヨハネ君たちには頼んでも良かったんでしょうかね…まずいかな、と思ってアトラスにお願いに行ったんですが」
「…師匠にそんな奥ゆかしい事を言われてはこちらの調子が狂います…普段は何でも僕に押し付けるじゃないですか。…ひょっとして何か変なものでも食べましたか」
「言ってくれますねヨハネ君?」
 じろり。
 にっこりと笑ってはいるが目の色が笑っていない気がする。
 と。
「あのー、この本はこちらの棚でいいですね?」
 埃を掃い、棚を拭きつつ、背伸びして本を並べようとしているみなもの声が飛んでくる。
「…はい。それは『化学の結婚』ですから大丈夫です」
 ちらりとみなもの手にある本を見やり、ユリウスは微笑んで頷く。
「こちらは…巻物ですか? …美しいものですね」
 また別の一角から、手拭いで頭巾に着物には襷がけ、とお掃除スタイルになった撫子の声が。
「ああそれは仰る通り巻物です。『エステル記』ですね」
「…ところで猊下…カバラどころか…魔書、禁書と言った類のものが多いのは気のせいですか」
 そ、と、紛う事なき魔道書・『Mの書』の古い写本を掲げ、ハタキ片手に麗花はじろりとユリウスを見る。
 が。
「おおそれはかの薔薇十字団の祖、クリスチャン・ローゼンクロイツが手に入れたと言う…!」
 ヘンリーこと桐生が飛んでくるのが先だった。
「へ? あの」
「良かったら見せてくれ給え」
 返答も待たずにひょいと麗花の手から取り、ページをぱらぱらぱら。
「ふむ。じゃあこの辺りは…」
 頷きながら、ヘンリーこと桐生はまた手近な場所から一冊手に取り、ぱらりとページをめくり出す。
「――ちょっと待って下さいヘンリーさんっ」
「何?」
 ユリウスの制止を聞きヘンリーこと桐生はページをめくる手を止める。
 が。
 次の瞬間、彼のめくっていた本のページからばちばちばちと光が弾けていた。予めこっそり張っておいたらしいシールドの魔法と『何か』がぶつかり合い、その火花は激しく散っている。
「何事だ!?」
「…はー、シールド張ってらっしゃいましたか…良かったです。だったら大事無いでしょう。えーとですね、それは小物ですが悪魔が封じてある本でして」
「そんな物騒なものがあるのかね」
「ええまあ。力はともかく性質が悪いのは祓った後も野放しにしないで封じておいてあるんですよ。そこまでは良いんですが…封印されていても、人が本に触れたならその接触している間だけは悪魔もその相手に限り、ある程度影響が与えられますんで注意が必要です」
「随分と危険な書があるんですね?」
「すみません。私は平気なので言い忘れてました。ですがまぁ、そんな『封印の書』に限ってはわかりやすい違いがありますからすぐ区別は付きます。今ヘンリーさんが持ってらっしゃる本のように、表紙の色が白なんですよ。それだけ気を付けて下さい。触れる時は霊的な防御措置をしてから――防御措置ができるひとに取り扱いはお願いしますね。そうなら、大丈夫ですから」
「あたしも『守る術』、は使えますが…『水の壁』ではやっぱりそれらの取り扱いはまずいですよね?」
 冷静に考えればここは書庫と言うか書斎と言うかとにかく本のたくさんある場所。
 …念の為聖水も持参しては来たのだが…物凄く単純に、水濡れ厳禁な気がする。
 切羽詰まった急場以外では使わない方が良いだろう。
「そうですね。みなもさんとシスター・麗花は触れないでいた方が無難です。これらの『封印の書』だけは私や他の方々に任せて下さい」
「わかりました伯爵」
「了解しました猊下」
 朗らかに答え、みなもと麗花はまた別の一角に向かう。
 と。
「あの…このぼろぼろの本…と言うか…どうにか綴じてある古い紙の束、と言った方が正しいような代物はいったい」
 言葉通りいまいち扱いに困るような本(?)を持ったみなもがユリウスに問うて来る。
「あ、それは『竹内文書』の一部ですね」
「…」
「…日本のものですよね、この紙は?」
「…僕にもそんな風に見えますが?」
 首を傾げるみなもとヨハネ。
「………………どうしてここにそんな物があるんですか」
 撫子は思わず冷汗。
 それは確か、『日本で』超古代文書と言えば真っ先に取り上げられそうな書物である。
 関係ありそうな話とすれば、モーセやキリストが日本で神道を学んでいたとか言う眉唾な話くらいだが…。あまり似つかわしい蔵書とは思えない。謎である。
 …そんなこんなで――真面目にやってる人は居るのだがそれでも脱線しまくりつつ、わけのわからないまま時は無情にも過ぎて行く。


■ところで取材は■

 数時間後。
 地下室内は半分以上、片付いていた。専門家・汐耶の指示で皆で手分けし、本棚に詰められた中身は整然となっている。ついでにみなもや撫子、麗花の手により部屋の蜘蛛の巣や埃も粗方掃われて、ここに来た当初と比べたら見違えるような状況にまで回復していた。
 ちなみにそれらを見た部屋の主も感嘆の声を上げていたりする。
「いや〜やっぱり頼んで正解だったですね。はかどります。皆さん、有難う御座いますね☆ じゃ、そろそろ三時ですし、休憩に致しましょう♪」

■■■

 と、皆で地下から出て休憩…の筈だったのだが。
 撫子から時間が空いたなら文献の閲覧しても構わないか、と望まれてしまい、更にヘンリーこと桐生に本に囲まれて過ごす休日もいいもんだねえとしみじみ言われ…結局地下に潜ったまま、そこで三時のおやつの時間、になった。
 みなもの大量の手作りお菓子に、撫子の手製のおはぎをはじめ、麗花の入れた紅茶、なりゆきで色々と手伝わされていたヨハネの手による菓子など、本の重みから介抱されたテーブルの上にところ狭しと並べられている。
「…と、言うか…どうしてここまで散らかっていたんでしょう?」
 そこでみなもから素朴な疑問。
「えー、とそれはですね」
 言葉に詰まる。
「…どうせ途中で読み耽っちゃってそのまんま、とかなんでしょ。それが一度二度、と繰り返されて、最後には…」
 撫子のおはぎ片手に、歌うようにエルが言う。
 …だから何故女吸血鬼が高位聖職者の言葉に補足したり説明したりツッコミ入れたりしているのだろう…。
「いやあわかるなその気持ち。ひとたび文書を紐解けば、次から次へとどんどん興味が移ってしまうものなんだよ。けれど先に開いた物も閉じて仕舞ってしまうのは惜しく、またすぐ見るかもしれないと手許に置いたままで他にも目移りをしてしまってねえ」
「その通りなんですよヘンリーさん。いやあ、わかって頂けて嬉しいです。…ってみなもさん! 美味しいですねえこのマドレーヌ! 絶品です☆」
 大学教授の言葉に深く頷きながらも、もくもくと食べるのは止めようとしない枢機卿。
「だからってこの扱いはね…」
 カップをソーサーに戻しつつ、はあ、と呆れたような溜息を吐く汐耶。
「まったくですわ。ここまでなる前にいい加減ちゃんと定期的にお掃除して下さいまし猊下っ!!! そうしてらっしゃったならお探しの本だってこんな大騒ぎしなくてもすぐに見付ったでしょうしっ!!!」
「…え、えーと、それは不覚だと思っております…今後は前向きに善処したいと…」
 …そして有期誓願二年目のシスターに怒鳴られる、やっぱり威厳もへったくれもない枢機卿猊下。

■■■

 そんなこんなでのんびりと午後のティータイム&書物閲覧に当てられた時間が過ぎて行く。
「…うーん、この本なんかは…構わないかね?」
 休んだ後分類する為に、と一時的に机のすぐ側に積み直してあった本の中からヘンリーこと桐生は一冊丁寧に抜き出し、机上に置いた。
 表紙を開き、ページを一枚めくる。
 と。
「ああ、そんなところに!」
 ヘンリーこと桐生が今正に読もうとしていた本を見て、感嘆符を吐くユリウス。
「ん? ああこれこそがひょっとして」
「探していたラビ・ハイムの『タルムード』です」
「ほぉ、これが探していた本かね」
 これ幸いと文字を目で追う。これはほぼすべてがヘブライ語。時々ラテン語で注釈が付いている。丁寧に書かれた講話。内容としてはどうも、過去の『タルムード』群やら『律法』の五書、『形成の書』等を引きつつ、カバラに言及している部分が多い。
 はじめの数ページを暫し読み、ほぅ、と溜息。
「何と言うかこれは…随分と…画期的な」
「でしょう。…けれど残念な事にラビ・ハイムは随分前に亡くなられておりましてね。それで彼の蔵書は…色々ありましてすべて私が預る事になったんですよ。ちなみにこの『二つ目』の書斎にある本の三分の二は彼の本と思って下さって間違い無いです。…すべての本を把握し切れてないんで、この部屋は余計に整理できていなかった、と言うのもありまして」
「あの、ずっと気になってたんですが、そのラビ・ハイムさん、て方は何者なんですか?」
 カバラと言われても専門外なのでいまいち話に付いていけないながらも、みなもが問う。
「『昔』の知り合いです。ラビ――ユダヤの教師で、言わば異教の御同業みたいなものです。もっとも、向こうは聖職者と言う概念はありませんが――であると同時に熱心で優秀なカバリストでして。まぁその辺の興味から…私ともよく話すようになったんですが。凄く優しい方で、世の為人の為に『現場の人』にもこの叡智を使って頂こうとね、実用に足ると検証できた自分自身の解釈を必死で文書に纏められてたんです。これはその遺作になりますね」
「…そんな本が、何処かに紛れてなくなってしまっていたんですか」
 非難がましく麗花。
「…面目次第もありません」

■■■

「ところで…アトラス編集部では『いい取材のネタがあるから』と仰ってはいませんでしたか?」
 みなものクッキーをひとくち齧り、小首を傾げ撫子が言う。
「そう言えばそうですね?」
 同じく疑問に思い、ユリウスに振るみなも。
 アトラスで言う『いいネタ』とは怪奇現象の事でしかない。けれど今のところ記事になりそうだ、と思える程『都合のいい事件』は何も起きていない。
「ああそれはですね、実は『取材のネタ』が云々と言うのは殆ど方便なんですよ」
 言ってユリウスはとんとん、と見付かった本の表紙を指先で叩く。
 すると突如一陣の風が渦を巻き、突然『人』としか見えない存在がきょとんとした顔で現れた。ユリウスは見付かった本に挟んであった護符を一枚取り出し、当たり前のようにその『人』の口に含ませる。と、その『人』は人間らしく動き出した。
「…例えばこんな風にネタを『作る』事もできる事はできるんで、まるっきり嘘と言う訳ではないんですけれど」
「あの、こちらの方は…」
 そしてその『人』はティーポットを手に取り、当然のように皆のカップに注いで回る。
「ゴーレムです」
「え!?」
「作ったのはラビ・ハイムで、護符を口に含ませると動きます。喋れないんですけどね」
「…ってゴーレムって言うとあの岩を積んで作ったような巨人なんじゃ…」
「その形はゲームの影響ですね。本来のゴーレムは人間と姿形は殆ど変わりません」
「はー…」
 みなもは驚き、まじまじとそのゴーレムだ、と言う人型を見る。
 …自分よりちょっと年上くらいの、元気そうな男の子にしか見えない。
「おお本物のゴーレムと言うのははじめて見たぞ」
「それがカバラで出来る事の一端なんですか! 凄い…」
「神の模倣…ですね?」
「ええその通りです汐耶さん。『主なる神は、土の塵で人を形作り、その鼻に命の息を吹き入れられた』…とあるでしょう?」
「あの猊下…それってやっぱり異端のような気がするんですけれど」
「まあ、あまり難しく考えずに。みなもさんのお菓子美味しいですよ? 頂かないんですか?」
「誤魔化さないで下さい猊下。…それにいつまでお茶をしているつもりなんですか」
 じろりとユリウスを見遣る麗花。
 言いたい事は予想が付く。
 …探し物も見付かった訳ですし、そろそろ本の整理&お掃除のラストスパートに入らないと終わるものも終わりません。
 てな辺りだろう。

【了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1252■海原・みなも(うなばら・みなも)■
 女/13歳/中学生

 ■1449■綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)■
 女/23歳/司書

 ■0328■天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)■
 女/18歳/大学生(巫女)

 ■1439■桐生・アンリ(きりゅう・あんり)■
 男/42歳/大学教授

 ■1286■ヨハネ・ミケーレ(よはね・みけーれ)■
 男/19歳/教皇庁公認エクソシスト(神父)

 ※表記は発注の順番になってます

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ※オフィシャルメイン以外のNPC紹介

 ■依頼人■ユリウス・アレッサンドロ(ゆりうす・あれっさんどろ)■
 男/27歳/枢機卿兼公式エクソシスト

 ■何故かその相談役■エル・レイ(える・れい)■
 女/?歳/吸血鬼

 ■地下室の散らかりようにキレたシスター■星月・麗花(ほしづく・れいか)■
 女/19歳/シスター

 ■探していた本の元々の持ち主と言うか作者■ハイム・レヴィ(はいむ・れう゛ぃ)■
 男/(享年)37歳/ラビ兼カバリスト・IO2所属

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 さてさて。
 深海残月です。
 綾和泉様、桐生様、ミケーレ様、初めまして。
 天薙様、お久しぶりです。
 そしていつも海原家の皆様にはお世話になっております。
 このたびは御参加有難う御座いました。
 今回のPC個別部分は、基本的には皆同じで、ところどころ違う部分が混じっている形になっております。
 他の参加者様のものも御覧になられますと良いかもしれません。

 ところで皆様プレイングでは基本的に本にばかり興味が行ってて、取材、とは誰も(笑)
 依頼人のユリウスとしては無論、有難かったのですが…碇編集長の方は…お気の毒さまでした…で済むのでしょうかね(え)
 結局のところ、大した騒ぎは起きなくて済んだのですけども。…もし「取材」の方が重点的だったプレイングが来ていたら…また違った形になったでしょうが。

 …実はカバラ関連あまり詳しく知らないと言うのに軽い気持ちで依頼出してしまったので作成に四苦八苦しておりました。故にいまいち内容が噛み砕いて使えていないような気がしております(汗)。そしてそのせいかまた長引いてます…。最近そうでなくとも長引き加減なのに申し訳ないです…。
 そしてトラブルにもこれに限って思い切り巻き込まれると言う事態。…神様に怒られてるんでしょうか(汗)
 色々ありましたが本当にお付き合い頂き有難う御座いました。

 ちなみに本の名前表記はほぼ日本語訳に統一させて頂きました。
 …光輝の書=ゾハルとか光明の書=バヒルとか形成の書=イェツィラなんでしょうが、同じ物に対して色々な言い方をすると(短編小説では特に)混乱しそうな気がしたので。
 それと正直な話、やっぱり書いている本人がいまいちわかってないから、ってのもあるんですが(例えばタルムードなんかは訳がよくわからなかったので逆に向こうの名前そのままです/滅)
 また、時々変な本が紛れ込んでますがあまり気にしないで下さい。恐らくは部屋の主かその知人の趣味です。
 それから、用語等、その使い方は激しく間違いだ、ってところがあったら申し訳ありません…(未熟者)

 海原様。
 部屋の中がただごとでない状態だったので、ついでにお掃除もしましょうか、と言うのは必然的なお話でした。ひょっとして見越されていたんでしょうかね(笑)。また、ユリウスの為に菓子まで作って来て下さって有難う御座いました。
 ところで最近気になるんですが…海原様のおねえさまの服のコレクションっていったいどれ程なんでしょう?(笑)

 …こんなん出ましたが、御期待に添えたのかどうか果てしなく謎です。
 楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致しますね。
 本文以外にも長々と失礼致しました。

 深海残月 拝