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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 魔多足袋山の恐怖

 (オープニング)

 東京都の外れに、霊峰八国山という妖怪の里があった。
 やる気の無い妖怪が多い八国山では、困った事があるとすぐに草間興信所に駆け込むのが通例となっている。
 そんな、八国山での出来事だった。
 「む、陸奥、どうしたにゃ!」
 「ちょ、長老。みんながおかしくなっちゃいました。
  草間さんの所に行きましょう…」
 長老化け猫と若い化け猫が、話している。
 陸奥と呼ばれた若い化け猫は人間の少年の姿をしていたが、体中にひっかき傷があり、とても痛々しい。
 彼を含めた八国山の若い化け猫達は、ゴールデンウィーク中にマタタビ狩り旅行に出かけていたのだが、帰ってきたのは傷だらけの陸奥一人だった。
 「魔多足袋山に入ったら、何もしてないのに、マタタビを食べ過ぎたみたいに気持ち良くなって…
  僕は何とか耐えられたんですけど、みんなはおかしくなっちゃったんです。」
 魔多足袋山は、八国山の化け猫達がいつもマタタビを採りに行っている山である。
 普段でも、マタタビの食べすぎで酔いつぶれる者は必ず現れたが、今回は山に入っただけで、何もしてないのに酔っ払う化け猫が続出したのだ。
 様子がおかしいと思った陸奥は、急いで山に帰るように他の化け猫達に言ったのだが、逆に襲われてしまったという。
 「お、お前たち、魔多足袋山に行ったにゃか?
  今年の5月は500年に一度、魔多足袋山に妖怪マタタビがいっぱい生える時にゃ。
  こんな時にあんな所に行ったら、おかしくなるに決まってるにゃ!」
 長老化け猫は、にゃーにゃーと怒った。
 近づいただけで、猫がおかしくなってしまう妖怪マタタビ。化け猫も例外では無いと長老は言う。
 「じゃあ、行く前に教えて下さい…
  声、かけたじゃないですか、出発前に。」
 恨みがましく、長老を睨む陸奥。
 「そうだったかにゃ、覚えてないにゃ…
  それより、草間って誰にゃ?」
 長老化け猫は、年のせいで物忘れがひどかった。
 …数時間後、引っかき傷だらけの陸奥が草間興信所に駆け込んだ。
 「く、草間さん、化け猫を40匹位、捕まえてくれませんか…」
 「な、なんだ、いきなり?」
 疲れきった様子の少年化け猫に、戸惑う草間だった。 

 (依頼内容)
 ・妖怪マタタビの力で、若い化け猫達がおかしくなってしまいました。
 ・誰か、住処まで強制連行してあげて下さい。

 (本編)

 0.シュライン・エマ

 「うん、別に私は構わないわ。手伝うわよ。
  …ていうか陸奥君、大丈夫?」
 いつものように草間興信所にバイトにやってきたシュラインは、草間や陸奥達から大体の話を聞いた。陸奥の引っかき傷が痛々しい。
 「駄目かも知れません…」
 人間に化けている力も惜しいと、化け猫の陸奥は猫の姿に戻って丸くなっていた。
 「マタタビ酔いで、はしゃぎ回ってるわけよね?
  知らないうちに、怪我とか負ってたりしないかしら。何か、化け猫にも効くような薬でも用意した方が、良いと思うんだけど。」
 「あ、はい。薬草の類だったら、うちの山には売る程ありますんで大丈夫です。
  そうですね、カマイタチ君にでも持ってきてもらいますよ。」
 さっそく相談を始める、シュラインと陸奥である。

 1.魔多足袋山へ

 草間興信所に集まってきたのは、全部で6人。
 面子が揃ったところで、無言でテーブルにガスマスクを並べ始めたのは真言宗僧侶、護堂・霜月だった。
 「あの、霜月さん…
  そのガスマスクの山は何ですか…?」
 やや引きながら言ったのは、人魚の血を引く中学生、海原・みなもだった。
 「うむ、麻酔ガスを広範囲に散布するからには、ガスマスクを準備しておいた方が良いですからな。
 草間殿と陸奥殿を含めて、8個、用意して参りました。」
 霜月は淡々と答える。麻酔ガスを準備してきたのも、彼である。
 「そうですか…」
 何やら大掛かりな事になってるなーと、みなもは苦笑した。
 「…まあ、40匹も居るわけですしね。
  多少、大掛かりになるのは仕方ないかと。
  何気に、俺も眠り粉と防塵マスク、用意してきました。」
 みなもと同様、苦笑しているのはホストがバイトの大学生、斎・悠也である。
 猫の姿に戻って丸くなっている陸奥を膝に乗せ、治癒の符をぺたぺたと貼る彼は、神道系の術者でもあった。
 「…マスク、俺の分は要らないぜ。」
 ぼそっと言ったのは、鳴神・時雨である。改造人間の彼にガスの類は効かないのだ。
 「しっかし、あんたら、気合入ってるねぇ。
  ま、天気も良いし、楽しく行こうよ!」
 などと言いつつ、草間の横で呑気に茶を啜ってる女子高生は葛妃・耀だ。大陸渡来の虎人の末裔である彼女は、化け猫を自分の子分か何かと思っているようだ。
 「それより、耀。お前、妖怪マタタビは平気だろうな?
  虎だって、猫みたいなもんだろ。」
 呑気にしている耀に、草間が言った。
 「俺は、『猫』でも『化け猫』でもなくて虎人だぜ?
  だから、平気さ!」
 元気に耀が答えるので、この時は、これでこの話は終わりだった。
 「しかし、40匹ってのは多いよな。
  基本的には手分けして、猫共を探す方向で考えるべきかな、やっぱり。」
 手分けしないと、いつまでたっても終わらんぞと、時雨が言う。
 「うむ。
 ならば、化け猫達が居るマタタビの群生地の風上から、私が麻酔ガスを散布します。
 出来れば、それでまとめて無力化したい所ですが、まあ、少なくとも動きは鈍くなるでしょう。
 後は、各自で猫達を捕獲するというので、どうですかな?」
 霜月が、自分で用意してきた麻酔ガスを示しながら言った。
 「ガスマスクしながら麻酔ガスを散布して、化け猫を捕獲する、お坊さんかぁ。
 なんか、おいしい絵だな!」
 「…余計なお世話です。」
 耀の言葉に、ほっときなさいと答える霜月だったが、彼の提案自体に反対する者は居なかった。
 「後は、捕まえた化け猫の数も数えないとね。
 化け猫を捕まえたら陸奥君に連絡するようにして、数を把握してもらいましょうか?」
 「はい、じゃあ、僕は山の麓に居ますんで、何かあったら教えてください。」
 シュラインの言葉に、悠也の膝の上で丸くなっていた陸奥が答える。
 「よし、そんな感じで行くか。
 俺は、適当に山をうろついて、危なそうな奴のフォローに入るかな。」
 草間が最後に言って、今回の基本方針はまとまった。
 そして、一行は魔多足袋山へと移動を開始する。

 2. 化け猫捕獲作戦前編(シュライン編)

 魔多足袋山の麓までやってきた一行。
 「…おい、何か居るぞ?」
  言ったのは時雨だ。
 山の入り口付近で、少年がマタタビを抱えて転がっている。何故か猫のような尻尾が生えていた。
  「あんた、何やってんの…」
 見ての通りだったが、一応、声をかけたのはシュラインだ。
 「ぼ、僕、マタタビなんかで酔ってないにゃ!」
 化け猫の少年は、あわてて否定した。話を聞いてみると、どうやら彼は、かろうじて正気に戻って山を降りてきたらしい。それでも、マタタビを抱えて地面に転がっていたのだが。
 「みんな、まだマタタビの群生地で遊んでるにゃ…」
 マタタビ酔いの為にぐったりしながら、化け猫の少年は言った。
 彼と陸奥をひとまず麓に残して、一行は山中へと入り、マタタビの群生地で適当に別れる事にした。
 「んじゃ、後39匹、がんばろうぜ!」
 草間の言葉に、『おー!』と返事をして、一行は別れる。
 一行がそれぞれの方角に散る中、シュラインは草間を呼び止めた。
 「武彦さん、これ、あげとくわね。」
 小さな耳栓を手渡すシュライン。
 「耳栓…か?」
  音で気絶させるわけか。
  …うむー、良い手ではあるよな。」
 ヴォイスコントロールが得意なシュラインならではの手だった。マタタビで酔っていようと、直接的に脳を振動させる超高音なら効果は有りそうである。化け猫を殺さずに捕獲するには向いている手段と思えた。
 「ていうか、こんなもんを渡すという事は、俺に一緒に来いって事か…?」
 耳栓してても結構キツそうだなーと、草間は苦笑する。
 「うん、気絶した化け猫、麓まで運んでくれるかしら。
 私だって我慢するんだから、武彦さんも気合で…ね?」
 愚痴る草間に、シュラインが悪戯っぽく笑う。聴覚にも優れたシュラインにとって、音波は諸刃の剣でもあった。
 まだ、不満気な草間だったが、ひとまず耳栓を受け取る。
 それにしても今回は、麻酔ガスやら音波攻撃やら、無差別攻撃が多いなぁと草間は思った。
 しばらく山を歩いたシュラインと草間は、木の影でマタタビを加えている少女の姿を見つけた。彼女の耳は、一目見てわかる、猫耳である。
 無言で耳栓をする、草間とシュライン。
 「遊んでばっかりいたら、だめよお!」
 超高音のシュラインの叫び声が響く。
 化け猫の少女は、シュライン達の方を振り返った。
 「わ、私のマタタビは渡さないにゃ!」
 苦しそうな顔をする化け猫の少女は、しかし、すぐには気絶しなかった。まっしぐらに、シュラインに飛びかかる。
 思ったよりも速い。少なくとも、シュラインが知っている化け猫の動きでは無かった。
 …ちょっと、まずいかも?
 化け猫の尖った爪を見て、シュラインは思った。
 「ま、まあ、落ち着け。」
 言いながら、飛びかかる化け猫の腕を掴んで止めに入ったのは草間だった。
 すぐに、化け猫は目を回して、猫の姿に戻って気絶する。
 色々とはしゃいでいたのだろう。体は擦り傷だらけだった。
 「な、なんか、ちょっと危なかったわね。
  これ、妖怪マタタビの効力かしらね?」
 化け猫に傷薬を塗りながら、シュラインが言った。
 妖怪マタタビには、ドーピング効果も、あるのかもしれない。
 「う、うむ。そうかもな。
  しかし、音で猫が気絶するまで、少し時間稼ぎが必要みたいだな。」
 時間さえ稼げれば、安定感はある方法だと草間は思った。
 「そうねぇ…頼めるかしら、武彦さん?」
 「耳栓して、がんばるか…」
 ひとまず二人は、陸奥に連絡を入れると、のびている化け猫を彼の所に届けるべく、山を下った。
 「一匹づつ、地道に…ね?」
 「だな。」
 そうして麓へ降りる途中、二人は急な眠気に襲われる。それが霜月の麻酔ガスだと気づいた二人は、すぐにガスマスクをした。マスク越しに喉に入ってくる空気は、少しだけ重い気がした。
 ともかく、魔多足袋山の各地で、化け猫の捕獲作戦は始まったようである。
 シュラインと草間は同じような要領で化け猫をもう一匹捕まえたが、そこで、草間の所にみなもから連絡が入る。
 それは、少し悪い事態を彼らに告げるものだった。

 3.化け猫捕獲作戦・後編

 化け猫達の様子がおかしい。
 いや、元々おかしいし、妖怪マタタビのせいでさらにおかしいわけだが、それにしてもおかしい。
 その事に、最初に気づいたのは、みなもだった。
 「私が会った化け猫さん、『虎の姉御にご報告だ!』とか言って、走って行っちゃったんです。」
 彼女は、草間に携帯でそう伝える。
 どうも、『虎の姉御』というボスが居て、ある程度組織だって行動しているらしい。
 妖怪マタタビのせいでドーピング状態になった化け猫達が単体でも意外と手強い事もあり、一行は麓で作戦を練り直す事にする。
 「ていうか虎人の娘、来ないな…」
 一人、姿を現わさない耀の事を時雨が言った。
 「えとー、さっきも言ったみたいに、『虎の姉御』っていうのが、猫さんの親分らしいです…」
 みなもは、やれやれ、と、言った。
 「きっと妖怪マタタビは、猫系の妖怪みんなをおかしくするにゃ…」
 最初に山の入り口で転がってた化け猫が、ガタガタと震えている。
 ため息をつく、一同。
 「なんか…もう、放っといて帰りましょうか…」
 半ば本心で言ったのは、シュラインだ。
 「うむー、悪の虎怪人か。倒しがいはありそうだな。
  …ただ、組織だって連携攻撃とかされると面倒だよな。」
 数えてみると、現在、捕まえた化け猫の数は18匹。まだ、半分以上が山に残ってる計算だ。
 「私、『お魚さんにゃ〜』とか言われて、10匹位の化け猫さんに一度に襲われました…」
 みなもが苦笑しながら言った。
 「あんた、よく無事だったわね…」
 シュラインが呆れている。
 「はい、近くの湖に飛び込んで人魚化して逃げました。」
 少し自慢気に笑う、みなも。伊達に人魚の血は引いてない。
 「うむー、一応、本気を出せば20匹位なんとか出来るかもしれんが、手加減する自信までは無いぞ。」
 「同感です。
  …それに、あの八国山の化け猫ですら、妖怪マタタビを吸ったら凄い事になってますしな。虎人に至っては、果たしてどうなってるやら…」
 武闘派の時雨と霜月が言う。
 「うーん、耀さんの事はともかくとしても、何とか猫達を一網打尽にする手は無いですかね?
  僕の眠り粉は、結構使ってしまいましたし…
  霜月さんのガスも、さすがにネタ切れですか?
 「無念。全て撒いてしまいました。」
 悠也の問いに、首を振る霜月。
 「シュラインさんの音波攻撃は、どうです?
  凄く効いたみたいじゃないですか。」
 化け猫仲間から話を聞いた陸奥が言った。
 「うーん、無差別過ぎて、みんなが居ると使いにくいのがねぇ…
  それに、気絶するまでにちょっとタイムラグがあって、私が襲われちゃうのが欠点かな。」
 音に怒った化け猫に襲われて、ちょっと危ない場面もあったとシュラインは言う。
 「20匹以上の化け猫が音に怒ってシュラインに飛んできたら、ちょっとフォローする自信が無いな。俺達もシュラインの声の影響を受けちまうわけだし。」
 耳栓してても結構効くぜ。と、草間が言った。
 「あの、妖怪マタタビの効力なんですけど、水で匂いをきれいに洗い流すと、大分薄れるみたいなんです。
 だから、みんなで湖で水泳勝負とかすれば…いえ、何でも無いです。」
 そりゃ、無理だなと、言ってる途中でみなもは気づいた。
 「うーん…
  なら、こういうのはどうです?
  僕の符で暗闇を作ってですね…あーして…こーして…」
 悠也が一つ、提案をした。
 そうして、しばらく相談は続いた。
 「がんばってくださいねー」
 『みんな、がんばるにゃー』
 話をまとめた一行は、陸奥やその他の正気に戻った化け猫達が見送る中、再び山に入る。
 ただ一人、みなもだけは、他の者達と違う方向へ歩いた。
 その様子は、すぐに化け猫達のリーダーの所にも伝えられる。
 「にゃ?
  俺の山を襲うにゃぁ?
  そんな事する子には、耀たんのおしおきにゃ。
  みんな、一緒に来るにゃあ!」
 妖怪マタタビを吸って上機嫌の耀は、精神的にも肉体的にも大覚醒中だ。
 マタタビ酔いの虎人と22匹の化け猫達は、威勢良く駆け出す。
 一方、草間達はマタタビの群生地付近までやってきた。
 「もの凄い勢いでこっちに向かってくる足音が聞こえるわ。
  …いうか、別に私じゃなくても、わかるわね。」
 聞き耳を立てていたシュラインが、化け猫達の足音の大きさに呆れる。
 「全くですね。
  それじゃあ、手はず通りに…」
 悠也が言って、何かの符を取り出した。
 すぐに、化け猫を連れた耀がやってくる。
 「俺の山にやってくる悪い子は、引っかいちゃうにゃ!」
 何かの薬でも打ってるようなテンションの高さで耀が叫び、
 『姉御の言うとおりにゃ!』
 化け猫達の声がハモる。
 「なんだかなぁ…」
 ドーピング系のテンションには付いていけないなぁと言いながら、それでも悠也は用意していた符を放った。
 瞬間、辺りが闇に包まれる。そういう符だった。
 予定通りの行動なので、悠也達はそのまま耳を押さえて、待つ。
 一方、
 「お前ら、あわてちゃだめにゃ!
  耳を澄ますにゃあ!」
  暗闇の中、虎人と化け猫達は、猫耳を尖らせて耳を澄ます。
 そこに、
 「あんた達、いい加減にしなさーい!」
 シュラインの超高音の音が響いた。
 『ふにゃ!?』
 聞き耳を立てていた化け猫達の悲鳴が上がる。
 耳を押さえて我慢していたシュラインの仲間達は、顔をしかめながらも、彼女を護るように周囲に展開した。
 「確かに、耳を押さえてても効くな…」
 「焼け石に氷水といった所ですな…」
 時雨と霜月がぼやきながら身構える。
 化け猫達の襲撃は無かったが、代わりに、
 「年増は黙ってるにゃあ!」
 耀の咆哮が帰って来た。
 ただの怒鳴り声ではない。精神を破壊する、魔術的な咆哮だった。妖怪マタタビの力で一時的に覚醒している彼女の力である。
 「と、年増とは何よ!?」
 負けじと声を返すシュライン。
 「やめんか、貴様ら…」
 時雨のぼやき声は、しかし、二人の声にかき消されて届かなかった。
 こうして音波の戦いはしばらく続き、気づけば、
 「草間さん、すいません。もう…付き合いきれません…」
 「…ああ、気にするな。」
 悠也と草間が地面でノビている。
 「ごめんなさい、調子に乗りすぎたわ…」
 当事者の一方、シュラインも燃え尽きた様子で、地面に座り込んでいる。
 「お前にしては…珍しいな。」
 微かに笑う、草間。
 草間の仲間達で、こういう状況である。化け猫達に至っては、最早、ピクリとも動かない。
 「きょ、今日は、この位で勘弁してやるにゃ。」
 かろうじて、よろよろと逃げ出そうとするのは耀だった。
 「もうひとがんばり、しますかな…」
 「以下同文だ…」
 どうにか立っている霜月と時雨が、耀と同様によろよろとしながら、彼女を追う。
 「く、薬漬けの虎女め…
  貴様が相手なら手加減も要るまいな。」
 何となくビシッと言い、時雨が飛び蹴りを放った。
 手加減無し。よろよろの全力キックである。
 「まだまだ…耀たんは負けない…にゃ。」
 耀は、何とか身をかわす。
 続いて、霜月が錫杖で襲うが、彼女はそれも避ける。
 「こ、こうなったら、やってやるにゃぁ!」
 明らかに逆ギレだが、耀は力を取り戻したようである。
 「全く、薬の飲みすぎですな。
  …あの手で行きましょう。」
 すでに法力を使う気力も無い霜月は、時雨に言う。
 「そうだな…」
 時雨も頷く。
 それから、二人は微妙に逃げながら、耀をある場所に誘い込もうと動いた。
 一方、その頃。
 海原みなもは、一人、近くの湖に浮いていた。
 あまり、気持ちのいい水ではなかったが、そよそよと流れる風は心地良い。
 ぼーっと水と戯れるみなも。
 平和って素敵だなーと、空を見た。
 …別に、現実逃避をして遊んでるわけではない。そういう手はずなのだ。
 そこに、霜月、時雨、耀の三人がへろへろの様子でやってくる。
 「みなも殿、後は頼みます…」
 言いながら、霜月と時雨が耀を連れて湖に飛び込んだ。
 「はいー、です。
  …あの、耀さん、変な薬は洗い流しちゃった方が良いですよー。
  ちょっとだけ、我慢して下さいね。」
 「な、何をするにゃあぁぁあ!
  やめるにゃぁぁぁ!」
 基本的に、みなもは手加減を知らない性格である。妖怪マタタビの匂いが完全に流れるまで、耀の体を何度も繰り返し水中に沈めるのだった。
 耀の断末魔の悲鳴は、マタタビの群生地に居る他の者達の所まで響き渡ったという…


 4. 帰宅(シュライン編)

 「だるいにゃー…」
 「頭が痛いにゃー…」
 山の麓では、傷だらけの化け猫達が猫の姿に戻ってのびている。
 マタタビ酔いの所に、シュラインの超高音の声と耀の咆哮を受けた、化け猫達だ。
 「はいはい、おとなしくしてなさいね。」
 「自業自得ってやつですね…」
 シュラインと悠也が、化け猫達に傷薬や治癒の符を塗ったり貼ったりしている。
 気絶した化け猫達を苦労して運んできたのが、シュラインや悠也、草間達だった。
 そんな所に、耀を連れたみなも達が帰って来る。
 「だから、作戦だって言ってるじゃねーか。
  ああやって、化け猫達を一箇所に集めたんだよ。」
 未だに覚醒虎人モードの耀は、はっはっはと笑っている。
 肉体的にはともかく、精神的にはどうやら正気に戻ったようだ。
 「ホント…ですか?」
 みなもは目を細める。
 霜月と時雨は、深くため息をついただけで何も言わなかった。
 その日のうちに、一行は化け猫達を八国山へと届けて解散する。
 「今回は、ホントにご苦労様にゃ…」
 燃え尽きた様子の一行を見て、さすがの化け猫長老も平謝りしたものだ。
 その後、妖怪マタタビによる覚醒が切れた耀が後遺症で大分苦しんでるらしいという噂がシュラインの所に届いたが、さすがの彼女も、そこまでは面倒を見切れなかった。

 (完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生】
【1323 / 鳴神・時雨 / 男 / 32歳 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999歳 / 真言宗僧侶】
【0164 / 斎・悠也 / 男 /21歳 / 大学生・バイトでホスト】
【0888 / 葛妃・耀 / 女 / 16歳 / 女子高生】

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■         ライター通信          ■
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 毎度ありがとうございます、MTSです。
 なるべく本来の期限で納品したかったのですが、遅くなって申し訳無いです…
 話の内容に関しては、『超高音で頭蓋骨を振動させて気絶させる攻撃』を、
 どういう風に表現したら良いのか、結構悩みました。
 結局、本編みたいな感じにしてみたんですが、いかがでしたでしょうか…
 また、気が向いたら、遊びに来てくださいです。おつかれさまでした。