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<PCシナリオノベル(シングル)>


街角の二人

「なぁ久坂、お前の妹カワイイってホント?」
学校指定の鞄に授業で使った教材を入れ、下校準備を整える久坂ように級友が何気なくそう話題を振った。
「僕に似てないから可愛いよ」
間髪入れぬ返答に、おぉ、と軽いどよめきが上がる。
 色素の薄さに白い肌と茶の髪、そして日本人らしからぬ翠色の瞳とを備えて繊細に丁寧な己の容貌に慣れた彼が讃じるその可愛さや如何に、といったものだが。
「それが何か?」
その笑顔にひいやりと空気が凍った。
 顔は笑っている…なのに怒っている。器用にその表情と感情との格差の間に存在する主張はどんな鈍い人間でも理解出来たろう…曰く。
『妹にちょっかいかけたらコロす』
と。
 その空気が読めないのか、はたまた男子よりは剛胆な作りなのかは分からないが、ようの背に複数の女生徒の声がかかる。
「久坂くん、一緒に帰らない?」
「学校の近くにケーキの美味しい喫茶店があるからお茶して行こうよー♪」
やめろ、逃げろと男子諸君が心に思えで警告すら発せない無音の重圧を発したまま、ようはくるりと振り返り…。
「ありがとう、でも妹と待ち合わせてるから。また誘ってくれる?」
それはそれは朗らかな笑みを向けた。
「も、もちろん」
「久坂君って妹思いなのねー。いいなー」
健全なる男女交際に発展するかどうかまでは別として、他校の女子も集まる場所で見目の良い男の子を連れているだけでステイタス、な腹のあった彼女らは残念そうだが、そんな邪気のない笑みで次の機会を匂わされては信じてしまいたくなるのも人情。
 好感触にやんわりとした辞退し、さて、と振り返れば、生命に危険を感じていた男子生徒の姿はきれいさっぱりと消えていた。
「まぁ……いいか」
あれだけ脅しておけば解るだろう…と、ようは二つ隣の組に在籍する双子の妹を迎えに廊下に出て先の男子達が廊下の角に鈴なっているのに出会した。
「何をしてるのかな?」
「げっ、久坂……ッ!」
トーテムポールよろしく、曲がり角の壁に懐いて縦並びになっていた彼等は、最後尾の男子がようの存在に気付いて上げた声に動揺し、脆くも呆気なく崩れて重なる。
 それでも気力か根性か、はたまた生存本能か、何処か団体行動する昆虫めいた動きで重なる上から後退していく様は壮観…でもあるが、ようがそれを許すはずもなし。
「何をしているのかな?」
重ねて同じ言葉をもう一度。
 一番下になっていた為に、逃れるのが最も遅れた同級生が這い進むズボンの裾を踏み付けて、その進行を妨害する。
「えー……あー芸術鑑賞?」
「へぇ、階段にそんな素晴らしい絵画があったとは知らなかったな?誰の作?」
「……強いて言えば、神かな」
何処か遠い目をして、同級生は両掌を上に向けて肩の位置まで上げた。
「その造形を果たして人の手が真似る事が出来ようか……否!答えは否だよ久坂くん。ダ・ヴィンチもレンブランドもゴッホもサクラモモコも二次元に人の想像を超えた世界を求めて、人の手による永遠を描こうとした…が、それは限りない模倣の原点となったに過ぎない……神の御手によってのみ、真の、そして至高の美は創り出され、そしてまたそれ故に儚くも姿を変え行くが運命……」
誰かこの美術部員にキツい一発くれてやれ、と長口上を聞いた誰もが思ったに違いない。
「それはそうと久坂、似てないなんて全然嘘じゃん。お前と妹めちゃそっくり」
唐突に素に戻った彼の頭頂部に、ようの学生鞄の角がヒットした。
 先の口上を真と取るならば、『めちゃそっくり』なように捧げられたも同然の言、鳥肌が立っても罪はない…が。
「人違いだろ、つきは僕よりもずっと……」
全く信じていない口調で階段下…踊り場の窓から見える、下校途中の生徒達の後ろ姿の中でただ一人に気付く。
 影を落とす校舎を見上げて黒い瞳の…自分と全く同じ顔をした存在が、その視線が自分を認め、微笑った。
 ざわり、と肌が総毛立つ。
「ホラ、そっくりじゃんよー」
ダメージにも屈せずに立ち上がって背後に立った同級生に、ようは半ば無意識に裏拳をくれて再度、地に沈める。
 その間、影に溶け込むようにも見えて奇怪に、ふつりとその姿がかき消えた。
「……似てないよ、全然……」
だが、それに答えられる者は居なかった。


 あの頃、何よりも欲したのは、黒い髪と瞳。
 母のように光を吸い込んで艶を放ち、妹のように闇の内に光る星を宿したような。
 けれどどれだけ望んでも、願っても、自分は色素の薄さに淡い髪と瞳のままで、憧れは傍らにありながらも決して手の届かない。
 愛する者と同じでありたい、子供めいた同一化願望。
「随分痛いところをついてくれるね……」
呟き、ようは瞼を開いた。
 図書室にはとうに人の気配はなく、静粛を掲げた室内にようの微睡みを破ろうと声を上げるどころか、微笑ましく見守ってしまった周囲に尽力に、窓の外には黄昏の光が長い赤の波長に世界を染め変えている…というのに。
 それ、は肌以外は欠片も外界の色に影響されない黒い色彩で、ようの前に立った。
「こんにちは」
ようの顔で、ようの声で。
 どういった心境の変化か、もしくはようが一人の時を狙っていたのか…もしくは時が到ったか。
 今までは、遠巻きに姿を見る、見せるのみであったのが今日初めて、明確な声を発した。
「痛い……かな?この姿は、気に入らない?」
ようの言に、五指を広げて自らの胸に置き、問う。
「君の望みだったから、映し易かったんだけど」
「君は……何?」
ようが真っ直ぐに見上げ、その視線を外さないまま、席を立つ。
「君こそ、何?」
禅問答めいた切り返し。
「ホラ、この髪も瞳も……君が、強く強く望んだ姿だろう?僕がそれを得た。だから」
ようの表情まで酷似させた顔で、それ、は笑った。
「君はもう要らないんじゃない?僕がなるよ、君に」
そう、ようが存在する場所を明け渡せと言う。ようが望み続けた、愛する者と同じ色彩を持つその姿で。
 対してようは、ゆっくりと…並ぶ本棚と読書スペースとの合間の通路へ誘うように歩を進めた。それに応じて、もう一人のようも、動きを見せる。
 相対する黒と翠の瞳。
 その色を別にすればまるで姿見に映したかのよう、しかしその片方がその均衡を崩して静かに、そして寂しげに微笑った。
「でも今はそれも必要ない」
何を、ともう一人のようは首を傾げた。
「君は僕になれない。僕も君のようになるつもりもない」
断じる否定に、ようが憧れ続けた姿を持ったそれは凍り付いたように動きを止めた。
 夢にしか見れかったその色、夢にこそ見る度に、目覚める度に自分だけが違うのだという切なさを去来させるばかりのコンプレックス。
 求めたのは生来に同種である、確固たる証。
 あの頃の、稚い気持ちに嘘はないけれど。
 求める以上に与える強さで、妹を護り、そして母の願いに応えているという確固たる絆の証のように、嘗ては茶水晶のそれであった瞳を深い翠に変じさせた、ようの選択。
「姿だけ似せても無駄だよ……『君は、僕の幻』 でしかない」
ようはすいと、懐内から一枚の符を取り出し、唇にあてた。
「『虚偽の姿は真の姿にあらず』」
ふぅ、と符に吐息を吹き込む、命を与える。
 符は一瞬の光に伸び上がるように形を変えた。
 長柄の穂先に銀の刃を持つ…槍へと。
 石突きのトン、と軽く床を突いた反動に、しなやかな材に跳ねた槍の中程を逆手に掴んだ次の瞬間、よう手首の切り返しに勢いをつけて、そのまま正面へと…もう一人のよう、に向かってそれを投じるに、紙を突くよりも容易に破魔の槍はその胸に吸い込まれる。
「おやすみ。僕の分身」
 その眼差しばかりは最期までように据えられたまま、ようは、血の一滴も見せる事なく、千々に裂け消えた。
 一人は姿、一人は生、そのように有りたかった…憧れだけは、互いに真実で。
 そう、有ったかも知れない可能性が動く事は決してない。それでも。
「いつか、僕もなるかも知れないしね」
この瞳が色を変えたように、望みは形を変えても必ず。
 それでも遠く、母にねだって泣いた幼い日の懐かしさに、ようはもう一度静かに告げた。
「おやすみ」
と。